アシュリィと翠月、そしてサイバー・ラインに送られた人々を探し、ゲートと化した警察署から潜入したホメオスタシス一行。
しかし辿り着いたその領域の主は、最強の武力を持つと呼び声高いプレデターだった。
古戦場でプレデターが変異したサイバーノーツ、グラットンブルートと対決するも、彼の力に翔たちは手も足も出ず、退却するしかなかった。
そして、今。
響の機転によって窮地を脱した翔と鷹弘は、城から離れている閑散とした村のような場所に辿り着いていた。
「すいませんでした、静間さん」
小さな民家の屋根の下、戦いの後で冷静になったのか、翔は頭を抱えながらそう言った。
「思わず熱くなりすぎてしまいました。自分を抑えられなくなって……どうして僕はあんな事を……」
「それより、今はプレデターの方が問題だろ」
鷹弘はそう言うと、響の方を見て問いかける。
逃げ延びる事が出来たのは彼のお陰だが、何を理由にその判断を下したのか。それを知りたかったのだ。
「お前はどう思う。ヤツに何を感じた」
「直接プレデターと対峙してハッキリ分かりました。仮に俺たちが万全の状態で、仮面ライダーの五人全員が揃っていたとしても、絶対に勝ち目はありません」
言葉通りにハッキリと即答した響に、鷹弘だけではなく翔も目を見張る。
話を続ける彼の頬には、一筋の汗が伝っている。
「さっきはなんとか隙を作る事はできましたが、逃げ切れたのはプレデター自身が一切本気で戦ってはいなかったのと、ほとんど運が良かっただけですよ。彼が本気でかかっていれば……間違いなくあの場で全滅していたでしょうね」
類稀な戦闘センスを持つ響でさえ、そこまでの危機を感じる程の男。
思えば、確かにプレデターは必殺技どころか普通の攻撃のみで、ほぼ無傷のままリボルブの必殺技を軽々と無力化している。手の内もほぼ見せていない。
彼の底が見えない強さを改めて認識し、二人も息を呑んだ。
「じゃあ……どうすんだ? 俺たちはお終いか?」
「そうではありません。今のは普通に真正面から戦いを挑んだ場合の話です」
響の言葉に、鷹弘は頷いた。
何か策を打てば、たとえそれがどれ程か細い道でも、勝ち目は残されている。響はそう言っているのだ。
「とりあえず、当面は鍵を入手する事を優先するべきだと思います。そのためには恐らく……」
「例の四つの陣地に向かう必要がある、か。どの道、警視とも合流しねェといけねェからな」
「英さんが城の中にいる可能性は?」
「その場合はプレデターも、俺たちじゃなくてそっちの方を先に対処しに行くだろ。だから多分、アシュリィにせよ警視にせよ、いるとすれば城外だ」
今度は響が首肯する。
方針は定まった。休憩を終えれば翔たちはすぐに村を離れ、鍵を手に入れるため各陣地へと襲撃をかけるのだ。
まずはどこから向かうべきか。考えているところへ、鷹弘のマテリアフォンに浅黄から通信が入った。
『三人とも生きてる!?』
「なんとかな」
『じゃあ早速だけどひとつ報告! さっき城から南の方の陣地で、マテリアパッドの反応をキャッチしたよ!』
間違いなく翠月だ。これで目指す場所も決まり、翔たちはマテリアフォンを手に取った。
「よし、行くぞお前ら!」
『了解!』
鷹弘の号令のもと、三人はそれぞれマシンを呼び出して戦場を駆け抜けるのであった。
※ ※ ※ ※ ※
翔たちがサイバー・ラインに足を踏み入れるよりも前の事。
一足先にプレデターの領域に迷い込んでいた翠月は、同じくここに入ってしまった警官たちを指揮し、偶然警察署に居合わせていた住民たちの護衛を行っていた。
今、彼らは戦火で荒れ果てた廃村を拠点としてそこに留まっている。
「まさか警察署が領域に変化するとはな」
そう言いながら、翠月はマテリアパッドを操作する。
パッドの機能を使わずにサイバー・ラインに入ってしまったためか、どうやらゲートは開かないようだ。現実世界の方にも連絡がつかず、これでは住民を避難させる事もできない。
翠月は舌打ちしつつ、次の策を考える。
ホメオスタシスならばすぐに異変に気づき、ここまで来てくれるだろう。しかし、時間をかければ他の場所にいるであろう警官や町の住民たちも危険に晒される。
おまけに、遠方には白い陣幕のようなものとデジブレインの姿も見えている。
幸いにもまだ向こうは気付いていないようだが、翠月たちに気付けば襲ってくるだろう。だが、自分から打って出るワケにも行かない。
「となれば……」
敵が攻めてくる前に迎え撃つ準備を済ませ、ホメオスタシスの到着を待つ。取れる手立てはそれしかない。
戦えない者たちをすぐに安全な建物の中に避難させつつ、翠月はいつでも変身できるようタブレットドライバーを装着し、マテリアガンを持つ警官たちを村への侵入口に配置した。
が、避難誘導の途中にそれは起こった。
突然遠くで法螺貝笛の音が鳴ったかと思うと、陣幕のデジブレインたちが村に向かって進軍を始めたのだ。
「まずい、見つかったか!」
避難はまだ完了していない。翠月はマテリアガンで武装した警官を率いて先頭に立ち、デジブレインを迎撃すべくマテリアプレートを起動・装填した。
《ノー・ワン・エスケイプ!》
「変身」
《
雅龍へと変身した翠月が、槍を手に取って戦場へと躍り出る。
目の前にいるのは甲冑や刀で武装したベーシック・デジブレインたち。強化されているようではあるが、彼の敵ではない。
《スタイランサー・スピアーモード!》
「フッ!」
まるで伸び切った雑草でも刈り取っているかのように槍を振り、瞬く間に敵軍を一掃する。背後に回って倒しきれない者たちは、警官たちが撃って動きを止める。
「よし、これなら避難完了までに守り切れるか……!」
そう呟いたのも束の間、雅龍の前に新たなデジブレインが立ちはだかった。
黒々とした兜の下に鰐の頭を有する、刀を構える武将のような風貌。牙を光らせながら雅龍を見やるそれの名は、クロコダイル・デジブレインだ。
こいつがこの軍団の親玉だ。雅龍はすぐに直感した。
そこからの雅龍の判断は早かった。素速くスタイランサーを構え、攻撃にかかったのだ。
「喰らえ!」
繰り出された槍の穂先が、クロコダイルの胴に命中。堅い甲冑をいとも容易く貫く。
しかし、その一撃は、命中はしてもこのデジブレインを少しも追い詰めはできなかった。
甲冑よりも硬くそれでいてぬらついた鱗が、槍の威力を散らしたのだ。
「くっ!?」
槍を掴み、滑り込むような返す太刀が雅龍に襲いかかる。
その切れ味は鋭く、雅龍のパワフルチューンの装甲に大きな傷を付ける。
他のデジブレインよりも格段に強い。V2であるにも関わらず苦戦しているこの状況に、仮面の奥で翠月は歯噛みしていた。
「グルルラァァァ!」
「ぐぅっ!」
刀の連撃が、容赦なく雅龍を斬る。一撃喰らう度に装甲が火花を散らし、傷を負う。
その上で雅龍の槍はまるで通用していない。徐々に焦燥感が、彼の中に湧き上がって来る。
さらに、畳み掛けるように敵の勢いは増していく。ベーシック・デジブレインの数が、警官たちでも相手にしきれない程に増え始めているのだ。
「がっ……!!」
ベーシックたちの攻撃も受け続け、雅龍はついにスタイランサーを手放してしまう。
しかしそれは負傷した事が理由ではない。彼が本気を出すためだ。
「刃が通らないのならば!」
槍よりも鋭く放たれた拳打が、ベーシックやクロコダイルの鎧を粉微塵に砕く。
斬撃が通じなければ、打撃を繰り出せば良い。元より彼は、中国拳法に精通しているのだ。
突然に相手の戦い方が変わった事で、クロコダイルも対応できずに狼狽え、防戦一方となる。守りに構えた刀も、膝蹴りで叩き折られてしまった。
「グ、グロロ……」
そして、動きの悪くなった隙を雅龍は見落とさない。
「そこだ!」
《パニッシュメントコード!
手刀をクロコダイルの胸に押し当て、堅い拳を握ってごく短い距離でありながら凄まじい勢いの一撃を叩き込む。
寸勁、またの名をワン・インチ・パンチ。
必殺技によって右腕に溜め込まれたエナジーがクロコダイルの胸部にて炸裂し、轟音と共にその甲冑ごと肉体が爆ぜる。
「グオォォォッ!?」
予期せぬ大きな負傷に、クロコダイルは戸惑いを隠せない様子であった。
しかし鰐将軍の五体は未だ健在だ。超至近距離の一撃を耐え切ると、雅龍の腕と体を引っ掴んで持ち上げ、そのまま上空へと投げ飛ばした。
「む……!?」
「ガァァァッ!」
空に逃げ場はない。クロコダイルは刀を持った両腕を大きく広げると、全身に闘気を漲らせる。
闘気の塊でできた巨大な鰐の頭が、ずらりと牙の並んだ口を開く。このまま雅龍を噛み潰そうというのだ。
だが。
《ジェットマテリアラー!》
クロコダイルの遥か高い頭上で、雅龍がマテリアパッドを操作すると、その姿が空中でバイク及び
タブレットドライバーで変身する仮面ライダーに備わった融合形態、ワイルドジェッターだ。
これによって雅龍は自在な飛行が可能となる。クロコダイルの一撃から逃れるのも、思うがままだ
しかし、彼は逃げない。再びスタイランサーを構えてマテリアプレードを装填すると、背中のタービンを全速で回転させ、風と共に猛スピードで真っ直ぐクロコダイル目掛けて降下していく。
《パニッシュメントコード!》
「終わりだ!!」
《
緑色の輝きを放つ槍の一突きが、大鰐ごとクロコダイルの肉体を抉り抜く。
甲冑が砕けて負傷している、鱗の割れた部位を貫いたのだ。先程までは刃が通らなかったが、今ならばやれる。そう思って雅龍は動いたのである。
「グ、ギッ……ィィィ……」
致命的なダメージによって、無念の断末魔と共に、デジブレインの姿が消滅していく。
そして完全に霧散すると共に、クロコダイルの立っていた場所に青色の鍵が落ちた。
「なんだこれは?」
将軍が消えて散り散りに退却するベーシック・デジブレインの軍団を尻目に、変身を解いた翠月がそれを拾い上げた。
用途は不明だが、恐らく何か意味のあるものなのだろう。そう思って、彼は鍵を懐にしまう。
その直後。戦場に似つかわしくないバイクのエンジン音のようなものが、翠月の耳に入り込んだ。
まさかまたデジブレインが現れたのか。警戒して再びタブレットドライバーを装着しようとするも、音の聞こえる方角を見て、すぐに中断する。
「彼らは……!」
そこにいたのが、それぞれのマシンに乗る翔や響や鷹弘というホメオスタシスの仮面ライダーだったからだ。
翠月はすぐさま彼らの方へと駆け寄り、翔たちもバイクから降りて翠月の元へ走る。
「英警視!」
「良かった、無事だったんですね!」
声をかけられ、翠月は無言で頷く。これまでの互いの状況整理も兼ねて、この場で情報共有する事となった。
まず、アシュリィがサイバー・ラインへと拐われた事。領域の入口の出現と翠月・アシュリィが消えた時期が重なっている事から、ここにいる可能性が高いという事。この領域の主はプレデターで、城の中に居を構えている事。
そして、大勢の民間人が巻き込まれている事だ。
「まずは現実世界への避難を終わらせないといけない」
「それが済んだら城に入るための鍵を見つけに行きましょう」
「鍵……これの事か? 先程デジブレインを倒した時に落としていったぞ」
そう言って翠月が青い鍵を見せると、おおっと声を上げて鷹弘が拳を握る。
「やっぱデジブレイン共が持ってんだな、この調子で全部奪うぞ!」
全員が了解し、次の目標が定まった。
二手に分かれて東西の陣幕にいるデジブレインを討ち、鍵を手に入れる。その後北の陣幕を目指し、挟撃によってここの鍵も奪取するという作戦だ。
続いて戦力の分配、V3を持つ二人が別々に行動する方が良いという結論に達し、東には翔と翠月、西の方は鷹弘と響が担当する事となった。
「そっちはお前に任せたぞ、翔」
「うん。兄さんも、静間さんと一緒に頑張ってね」
そう言って、天坂兄弟は右拳同士をこつんと重ね合わせた。
そんな二人を尻目に、鷹弘も翠月に声をかける。
「一応言っておくが……プレデターが出張って来たら即退散してくれ。今は相手にできねェ」
「了解した」
かくして、鍵を入手するために一行は動き出した。
特に張り切っているのは翔だ。アシュリィを助け出すため、翠月と共に急ぎマシンを走らせて急いで敵陣に向かっている。
しかしあまりにもパルスマテリアラーの速度が速いので、心配になって翠月は彼に声をかける。
「翔くん、スピードを出しすぎだ。マシンの音で敵に気づかれてしまうぞ」
「どちらにしても戦うんですし、気にしない方が良いんじゃないですか?」
「それはそうだが……逸る気持ちは分かるが、くれぐれも冷静にな」
「大丈夫です、自分で言うのも何ですけど僕は冷静ですよ」
一瞬翠月の方に目を向けながら、翔は言った。ヘルメット越しに見えた彼の目は、確かに正気のように思える。
だが、アシュリィが姿を消した後の翔の様子を決して忘れたワケではない。今は無事でも、後々何かよからぬ事が起こるかも知れないという予感があるのだ。
「……見えてきましたよ!」
そうしている内に、二人の視界には東の陣幕が映る。
向こう側も翔たちの存在に気付いたようで、武器を手に進軍を開始している。
兵たちを指揮しているのは、大きな尻尾と尖った前歯を生やしている茶色いリスのデジブレイン。しかし一般的な可愛らしいリスのイメージとはかけ離れており、毛並みは激しく乱れ、丸々とした瞳のような形状のバイザーの奥には血走ったグロテスクな鋭い眼が見える。
両腕の強靭な鉤爪と刀を突きつけて、そのスクアラル・デジブレインと兵は真っ直ぐに襲いかかって来た。
「変身!」
「変身」
《
しかし大軍を前にしても翔たちは怯まない。
マシンに乗りながらもすぐにマテリアプレートを取り出し、それぞれアズール チャンピオンリンカーと雅龍 パワフルチューンへと変身を遂げた。
「そぉりゃあっ!」
「セァッ!」
アズールセイバーとスタイランサー、そしてバイクの車輪をベーシック・デジブレインに叩きつけ、二人は縦横無尽に突き進む。
狙うは将軍のリス。頭であるこのデジブレインさえ倒してしまえば、敵軍は散り散りになるだろうと判断したのだ。
「ギキキィーッ!」
しかし敵の軍勢の攻め手も激しい。
スクアラルの叫び声と共に、彼によって統率されたデジブレインたちは一斉に矢を放つ。槍や刀の反撃もあり、身動きが取りづらいため、ライダーたちも流石にマシンから降りざるを得なくなった。
「そりゃあっ!」
パルスマテリアラーをデータの状態に戻して、アズールは素速く剣と弓の刃をデジブレインの兵に叩き込む。
素速い斬撃は、群がるデジブレインたちを見る見る内に消し飛ばす。
しかし、これもスクアラルの狙い通りだった。バイクという機動力を失い、足軽たちの相手に疲れ果てたところを一気に叩く、という作戦なのだ。空に逃げても、弓で射落とせばいい。
この目論見そのものは正しい。ただし、アズールの形態が通常のブルースカイリンカーやV2だったならば。
「……ギ?」
アズールが、全身にオレンジ色の光――ヴェスパーフォトンを纏って跳躍した、その直後。
一瞬にしてスクアラル・デジブレインとの間合いを縮めた。
消耗する体力やカタルシスエナジーを考えなければ、パルスマテリアラーを使うよりも、チャンピオンリンカーのアズール自身が動く方が速いのだ。
そうして必殺の間合いに到達したアズールは、すぐさまアメイジングアローへと二枚のプレートをセットした。
《ツインフィニッシュコード!》
「これで決める!」
《
炎と風、水と土の力を宿す斬撃がデジブレインの軍団を蹴散らし、消滅させる。
スクアラルは咄嗟に両腕で防御した後、鉤爪を突き出して攻撃にかかった。
だが続いて弓を引き絞って放たれた極光の矢が、たった一撃で胴を貫く。
「ギ、ギッ……」
それでもなお、スクアラルは倒れない。消えない。
体に風穴が空いたまま、アズールに向かって勢い良く爪を振り被った。
「うわっ!?」
「おのれ……!」
爪を受け、アズールは体勢を崩す。それをカバーするように槍が突き出され、それを頭部に受けて今度こそスクアラルは消滅した。
ベーシック・デジブレインたちが退散し、地面には赤い鍵が落ちる。これで二つ目だ。
「すいません、助かりました」
「気にする必要はない、作戦も順調に進行している事だからな」
口ではそう言いつつも、雅龍はたった今の攻防に明確な違和を感じ取っていた。
普段通りのアズールの必殺技なら、あのデジブレインは体を穿たれる程度では済んでいない。矢を受けた段階で跡形もなく消し飛んでいたはずなのだ。
心の乱れが必殺技にも大きく影響してしまったのだろう、と結論づけるしかなかった。翔本人が自覚しているかどうか、という点については翠月にも分からないのだが。
「……ともかく、まずは調査だ。その後は手筈通りに移動しよう」
「はい!」
まだ変身を解いた彼の言葉に頷き、アシュリィと被害者を探すべく翔は探索を開始する。
陣幕には、縄で拘束された人々の姿がある。どうやら翠月たちと同じく迷い込んでしまい、デジブレインに見つかった後に捕まったようだ。
そして、やはりアシュリィの姿はない。
「……避難を終わらせて、次へ行きましょう」
「ああ」
平静を装っているが、やはり翔の表情は明るくない。アシュリィを見つけられず、助けられていない事にもどかしさと悔しさを感じているのだ。
翠月もそれは読み取れているのだが、彼に対して何もできない。
二人共やりきれない気持ちを抱えつつ、人々の避難を完了し、作戦遂行のために北の陣地へ向かうのであった。
翔たちが予定通りに東の陣地に到着したのと同じ頃。
鷹弘と響もまた、西にある陣幕で敵と交戦を始めていた。
既にV3となったリボルブとキアノスが、背中合わせになりつつも甲冑姿のベーシック・デジブレインたちを射撃で次々に消滅させている。
「今までの連中よりは強ェみてェだが、やっぱプレデター本人に比べりゃ大した相手じゃねェな?」
リボルブラスターとヴォルテクス・リローダーの二挺拳銃による一斉射撃を繰り出しながら、リボルブは言う。
ものの数秒で敵軍は半壊状態だ。しかし、この陣地を守っている将軍の豚型デジブレイン、ピッグ・デジブレインは健在だ。
ピッグ・デジブレインは鼻をフゴフゴと鳴らしつつ、二つの薙刀でキアノスに刺突・斬撃の波状攻撃を仕掛けている。
「こっちは中々手強いですね……でも」
激しい連撃をフェイクガンナーとサーベルで悠々と受け止めたキアノスは、前蹴りをピッグの腹に食らわせると、一枚のプレートを取り出した。
強力な攻撃が来る。それを察知して、ピッグ・デジブレインは防御態勢に移った。
だがキアノスは手に取ったそれを武器に装填せず、目を離した隙にピッグの背後へと素早く回り込んだリボルブに投げ渡す。
「ピギッ!?」
「終わりにしてやるぜ」
《フィニッシュコード!
銃から放たれた炎の弾丸がムカデの姿を取り、長い体を使ってピッグ・デジブレインを拘束。
そのままリボルブは、ヴォルテクス・リローダーのシリンダーを回転させ、さらなる必殺攻撃を行う。
《スクロール! イーグル・ネスト!》
計六度の回転。燃える鋼鉄のムカデが絡みついて身動きがとれなくなっている間に、リボルブはマテリアフォンをかざし、必殺を発動した。
《フレイミングフィニッシュコード!
「消し飛べェ!!」
銃口から飛び出した爆熱を纏う灼炎の荒鷲が、ようやく鎖を外した豚の将軍を燃やし尽くす。
「ブギィィィッ!?」
転がり回って消し止めようとしても、鷲は執拗に追跡し続け、火の手を絶やさない。
全身を丸焼きにされ、ついにピッグ・デジブレインは炭となって消滅した。
「かなり呆気なかったな」
炭化した残骸の中から黄色の鍵を拾い上げ、鷹弘は言う。
作戦は順調に進行している。後は翔たちと共に北の陣地でデジブレインを挟撃し、最後の鍵を入手するのみだ。
そんな風に考えていると、陣幕で調査を行っていた響が、鷹弘へと声をかけてくる。
「静間さん、この陣地に囚われた人はいないようです」
「そうか。先を急ぐぞ」
「了解」
引き続き作戦を進めるため、鷹弘と響は北の陣地へと歩き出す。
だが、その時。
地の裂けるような轟音と共に、東の陣幕が崩れ去り、二体のデジブレインが二人の前に飛び出した。
「キリキリキリキリキリ!」
「ギギチュチュチュチュ!」
アゴにベットリとついた生クリームやお菓子の食べ滓を撒き散らしながら、シロアリに似た姿のデジブレインが威嚇する。
このデジブレインは子供服のようなものを着ており、それぞれ胸に『
鷹弘は舌打ちしつつ、再びヴォルテクス・リローダーとマテリアフォンを手に取った。
「このタイミングで新手かよ……響、お前は先に行け!」
「静間さんは!?」
「こいつらをブチのめした後ですぐに追いかける! 今はお前だけでも作戦通りに行ってくれ!」
「……分かりました、お気をつけて!」
「俺はこいつらの相手をする。一人で充分だ」
響は無言で重く頷き、マシンマテリアラーを駆ってその場を去る。
二体のシロアリ、ヘンゼル・デジブレインとグレーテル・デジブレインは追跡に動こうとするも、その前にアプリドライバーを装着した鷹弘が立ちはだかった。
「どこへ行く気だ。テメェらの相手は俺がするっつってんだろうが」
《ラプターズ・フリート!》
「変……身!」
《
トリガーを引くと同時に、六体の鳥が弾丸のように鷹弘に命中し、炎と共に装甲を形作る。
《ラプターズ・アプリ! ホーク! ファルコン! アウル! レイニアス! ヴァルチャー! イーグル! 羽撃く戦艦、フルインストール!》
「すぐにブチのめしてやる!!」
そうして猛禽のテクネイバーと合体する事により、仮面ライダーリボルブリローデッドは再度戦場に姿を現すのであった。
変身を終えるなり、リボルブは素早くヴォルテクス・リローダーを抜き放つ。
燃える弾丸は凄まじい速度でシロアリのヘンゼルに向かうが、グレーテルが地面に掌を叩きつけると、突如として土に変化が起こる。
甘い匂いを放つ、プルプルとした黄色い物体。どう見てもプリンだ。
まるでトランポリンのようにそれを踏み台にして、二体のデジブレインは跳躍し、銃撃を回避した。
「何っ!?」
「キリキリキリ!」
続け様に上空から振り下ろされるヘンゼルの拳。リボルブは身を反らして避け、胸の装甲に掠める程度に留めた。
しかし。
「うっ!?」
その一撃によって、攻撃を受けた装甲の一部が僅かに融解する。
否、変化しているのだ。真っ白な生クリームに。
「こいつらまさか……!!」
リボルブが息を呑み、にじり寄って来るシロアリから遠ざかろうとする。
ヘンゼルとグレーテルの能力の正体。それは『触れた物体を菓子に変える』というもの。土がプリンになったのも、装甲を生クリームに変えられたのも、その力の影響なのだ。
今は仮面ライダーとしてデータの装甲を纏っているが、もしも生身で直接触れられたらどうなってしまうのか。
リボルブにも予測できないが、それだけは絶対に阻止しなければならないと確信した。
「ギチュチュッ!」
「くうっ!」
鳴き声を発し、二体のアリは交互に手を突き出して攻め立てる。
腕の動きは素速く同時に繰り出されるが、リボルブは持ち前の反射神経でその攻撃を避け続けた。
しかし仮面ライダーが人間である以上、常にスタミナという問題が付き纏う。いつまでもやり過ごせるとは限らない。
「だったら……!」
左右からの波状攻撃をバックステップで逃れたリボルブは、そのままシリンダーを四回転させる。
《スクロール! レイニアス・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》
必殺が発動する。それを危惧したようで、今度はヘンゼルとグレーテルが即座に回避行動に移る。
リボルブの狙い通りとも知らずに。
「ここだ!」
《
甲板部にマテリアフォンをかざして発動した、必殺の銃撃。
無数の炎の百舌鳥は、ヘンゼルとグレーテルではなく、その足元や周囲の地面へと着弾した。
「ギギッ!?」
爆炎が火の粉と砂煙を巻き上げ、デジブレインたちの視界を遮る。
決定的な隙ができた。リボルブは続けてマテリアプレートを装填し、砂塵の先へと銃口を向ける。
《ブレイジングフィニッシュコード!》
「ブッ飛べ」
《
再び燃え盛る銃弾が飛び出し、煙の中にいたヘンゼルとグレーテルにそれらが命中。吹き飛ばされ、地面を這う事となった。
「キ、キリィ……」
「これだけじゃ消滅しねェのか。だったらもう一発……」
リボルブが追撃を行おうとした、その時。
地面に手を触れていたヘンゼルとグレーテルは、そのまま土をチョコレートに変質させる。
さらに二体がそれを口に含むと、必殺で受けた負傷がどんどん治癒されていく。
「チッ、マジかよ!!」
これ以上は回復させるワケにはいかない。そう思って、リボルブは連続で放銃する。
だがヘンゼルとグレーテルはそのまま地面を菓子に変えて地中へと潜り、逃亡を開始してしまった。
二体は猛スピードで、菓子を食べて傷を治しながら掘り進んでいく。
「しまった!?」
声を上げるが、もう遅い。デジブレインたちは既に地中からヴォルテクス・リローダーの射程距離外へと離脱してしまった。
しかも、その進行方向は北。このままでは四人の合流地点である北の陣幕に向かう事になるだろう。
「クソッタレが、これじゃ挟撃どころじゃねぇぞ……!!」
悪態をつきながら、リボルブはトライマテリアラーですぐさま追走を始めた。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、アズールと雅龍は北の陣地に到着していた。
敵はシャチに似た姿をした怪人。今までと同様に武装したベーシック・デジブレインを従える将軍だ。
その腕力は他のデジブレインに劣らず。パワフルチューンの雅龍と真っ向から拳をぶつけ合い、勝利する程だ。
「やるな……!」
「ケケーッ!」
鯱将軍、オルカ・デジブレインは、ぶんぶんと大槍を振り回して追撃とばかりに雅龍を薙ぎ倒す。
「ぐっ!」
「英さん!」
窮地を察し、ベーシック・デジブレインの相手をしていたアズールは、オルカの背後から矢を放つ。
しかし鯱の将軍は身を翻して光の矢を掴み取り、握り締めて砕いた。
「なっ!?」
「ケェケケケッケッ!」
「ぐあっ!!」
オルカはそのままアズールの胸を槍で突くと、アメイジングアローを持った腕に強く噛み付いた。
たまらず弓を取り落とす。その隙に、今度はアズールに拳が飛び掛かって来た。
「くぅっ、この!!」
しかし殴られるばかりではない。アズールも負けじとオルカの胴を抉り込むように拳を突き出し、距離を取った。
非常に攻撃的で狡猾なデジブレインだ。ベーシック・デジブレインにも、たった今の攻撃後の隙をついて弓と火縄銃による攻撃指示を出している。
「手強いですね」
「二人はまだなのか……!」
オルカから離れつつベーシックを蹴散らし、アズールと雅龍は耐え忍ぶ。
リボルブ・キアノスグループとの合流による挟撃。狙い通りに事が運べば、勝利は間違いないはずなのだ。
今か今かと待つ間にも、オルカたちは激しく攻め立てて来る。ジリ貧と言う程ではないが、一撃の破壊力の高さは厄介だ。
あまりの強さに、翠月も仮面の内側で汗を垂らした。だが、その時だった。
「すまない、遅れてしまった!」
銃声が響き渡り、ベーシック・デジブレインたちが塵となって、一人の仮面ライダーが戦場に乱入する。
西の陣幕から来たキアノスだ。背後からの奇襲で、敵軍を次々に打ち倒している。
だが、そこにリボルブの姿はない。
「兄さん、静間さんは!?」
「新たに二体のデジブレインが現れて、俺を先に行かせてくれた。恐らくアレはハーロットのデジブレインだ」
「そんな……」
ハーロットの配下のデジブレインはどれも強力な個体である事を、アズールは知っている。彼を案ずるあまり、その声は細くなっていた。
しかし、キアノスはそんなアズールに向かって首を横に振った。
「翔、今は目の前の相手に集中するんだ。静間さんならきっと大丈夫だ」
言われて、アズールは俯いて沈黙する。
すると動きを止めた二人の間に、好機と見たのかオルカ・デジブレインが割って入った。
狙いはキアノス。野太い腕で強引に押し飛ばし、槍を振り上げて貫かんとしている。
「させるか!」
だが、手痛い攻撃で体勢を崩しつつも、キアノスは反撃を忘れない。
素速くプレートをフェイクガンナーにセットし、グリップエンドを掌で叩いた。
《オーバードライブ!
「喰らえ!」
銃口から撃ち出された青い光の球体が、オルカに向かって突き進む。
しかし命中するかに思われたその一発は、寸前のところで横っ飛びにより回避される。
そして、その光弾の向かう先に立つのはアズールだ。
《フィニッシュコード!
「そぉりゃあっ!」
自身も必殺技を発動したアズールは、迫り来る光に向かって両手で剣を横薙ぎに振り被る。
キアノスの必殺技を打ち返す事で、軌道を変化させたのだ。その目標は当然、無防備な背中を晒しているオルカ・デジブレインである。
「ケッ、ゲケェーッ!?」
二人の連携必殺技で威力の増した強烈な一撃は、オルカの甲冑と背ビレを砕く。
だが消滅には至らず。怒りを両眼に滾らせ、背後に立つアズールに標的を変更する。また攻撃が来る事を察知して、彼も剣を構えた。
しかし、その時が訪れる事はなかった。
「……え?」
突如としてオルカの肉体が変質していく。黒と白の逞しいマッシブボディが、甘い香りを漂わせる物体になっていく。
両足はハチミツのかかったパンケーキ、腕はエクレア、胴体はアメやキャラメルの塊。そして苦しげに抵抗を続けていた頭部も、ついに生クリームだらけのワンホールケーキに変わってしまった。
「な、なに……が……?」
あまりにも衝撃的な出来事に、翔は仮面の中で目を白黒させる。
ところが変化はそれだけでは終わらない。菓子の肉体に変えられたオルカ・デジブレインは地面から伸び出た四つの腕に足を掴まれ、そのまま左右で真っ二つに裂けた。
そして瞬く間に、地中から姿を現した二体のシロアリのデジブレインに捕食される。それに伴って出現した緑色の鍵も、ゴクリと飲み込んでしまう。
キアノスが西の陣地で出会ったデジブレインたちだ。
「こいつら、静間さんと戦っているはず!?」
「じゃあ……静間さんは!?」
なぜオルカ・デジブレインを喰らったのかは不明だが、状況は変わっていない。むしろ無傷の敵が増えて悪化している。
この二体を倒さなければ鍵は回収できない。三人のライダーたちは武器を構えるが、そこへさらに追い打ちをかけるように、上空から二つの影が飛来した。
「なんだ!?」
驚く雅龍。もうもうと立ち込める砂煙は徐々に晴れていき、闖入者の姿を露わにする。
それは、戦場に似つかわしくない、艶やかに咲き誇る華。あるいは華美なる宝石のような、女性型の美しいデジブレインだった。
一体は魚を思わせるような赤いドレスを纏っており、首からは赤い真珠で繋がれた貝殻のネックレスを提げている。脚部にはヒレのようなものもついているようだ。
もう一体は、天女の羽衣を彷彿とさせる黄色い布を肩に羽織っているデジブレイン。満月の耳飾りが特徴的で、ドレスには笹の葉の意匠が見える。
突然現れた彼女らに、三人は驚くばかりであったが、そこからさらに驚愕する事態が起こる事となった。
「クスクス……ごきげんよう、仮面ライダー様」
「みんなでさ、楽しいコトしよ?」
ガンブライザーを装着していないというのに、人の言葉を話したのだ。これには全員が瞠目せざるを得なかった。
一体彼女らは何者なのか。考える暇も与えられず、戦いは続く。
貪食の古戦場に建てられた、ホメオスタシスの拠点にて。
浅黄は仮面ライダーとグラットンブルートとの戦闘データを元に、再びタブレットドライバーの強化装備の構築に移っていた。
「今のままじゃ、誰もプレデターには勝てない……どうしたら……」
そんな言葉を口にして、浅黄は大急ぎで作業を進める。
彼女の見る限り、仮にこのV3用の装備が完成し、雅龍が使いこなせたとして、勝利の可能性はまだ五分五分だ。
しかもこれはグラットンの残りのエフェクトを除いた場合の計算。未知の力である以上、計測不可能というのが正しいのだが、どちらにせよ勝つ見込みはさらに低くなる。
が、それでも。それでも、何もしないよりはずっとマシになるはずだ。
後はもっと勝率を高める方法を、作戦を立てる必要がある。
「考えろ、考えろ……ウチにはもう、これしかできないんだから……!!」
ケガの痛みをこらえるように唇を噛み締めつつ、ズレた眼鏡も直さずに、浅黄は必死に知恵を絞って作業を続ける。
翠月も、翔や響、もちろん鷹弘も。今はどこにいるか分からないアシュリィや、ホメオスタシスの者たち、そして電特課の警察官も。
はみ出し者のハッカーである自分を受け入れてくれる、愛すべき友人たちを、絶対に死なせないために。