仮面ライダーアズール   作:正気山脈

38 / 65
EP.38[NEXTEND(ネクステンド)]

 プレデターの城を攻略するため、四つの鍵の収集に奔走していたホメオスタシスの一行。

 作戦通りに最後の北の陣地で挟撃を行うはずであったが、新たに現れた四体のデジブレインにより、頓挫してしまった。

 

「くっ、最悪だ……」

 

 順調に最後の鍵を手に入れるつもりが、ハーロットが仕向けた増援によって妨害されてしまった。キアノスは歯噛みしながら、フェイクガンナーを持つ手に力を込める。

 しかも、後から現れた二体のデジブレインは言語を解している。それがとても不気味に思えたのだ。

 状況としても三対四とホメオスタシス側にとって不利。それを察してか、アズールがすぐさま動き始める。

 

「こうなったら四の五の言ってられない!」

 

 右腕に青いノイズが集まっていく。思わず、キアノスが叫んだ。

 

「よせ翔、静間さんの言葉を忘れたのか!?」

「やらないと全滅するかも知れない! だったら……危険でもここしかない!」

 

 アクイラの力のひとつ、データ・アブソープション。データを吸収する事で、そのデジブレインが持つ能力を掻き消す効果を持つ。

 尤も翔はその力の名も正体も知らないのだが、ともかくこれを使えば敵の攻撃を封じ込める事ができる。オルカ・デジブレインを菓子に変えた能力を厄介と見て、使用に踏み切ったのだ。

 

「喰らえ!」

 

 以前と同じように青い光の奔流を放とうとするアズール。

 その瞬間。上空から突然に、歌が聞こえ始めた。

 戦場に響き渡る、透き通るように綺麗な少女たちの歌声。たったそれだけで、アズールの右腕に集まった青い光が萎んでいく。

 

「えっ!?」

 

 自分の右腕を、アズールは驚きながら見つめる。ノイズは既に消失し、再び力を込めても光は戻らない。

 これにはキアノスも、雅龍でさえも愕然としていた。

 

「今のはなんだ、何が起きたんだ!?」

「分からない……きゅ、急に腕から、力が抜けて……!?」

 

 歌は既に止んでいるが、声が聞こえた方向を視認すると、そこにはやはり二体の少女のデジブレインがいる。

 この歌の能力の正体がどうであれ、彼女らが放ったものである事は明白だ。

 ならば、これから先の脅威となる前に――。

 

「私が始末する!!」

 

 雅龍は叫び、片手に持ったスタイランサーを振り被って、空に漂う黄色い少女のデジブレインへと投げつけた。

 しかし、少女が手を前にかざすと、その一撃は地面から壁のように伸び出て来た十数本の竹により阻まれる。

 

「なんだと……!?」

 

 ただの竹に攻撃を阻まれた事実に驚愕しつつも、雅龍はすぐに跳躍して直接殴りにかかる。

 だが。その攻撃が届く前に、デジブレインは姿を消した。

 

「なっ!?」

「うふっ、どこを見ているんですか?」

 

 地面に降り立った雅龍が振り返ると、そこには一本の竹と、その上に立つ少女のデジブレインの姿がある。

 少女は再び手を前に掲げる。直後、彼女の周囲の何もない空間から、槍のように尖った竹が伸び、それが雅龍に向かって射出される。

 

「ぐあああっ!」

 

 仮面から聞こえる苦悶の声。キアノスは助勢とばかりに発砲するが、黄色のデジブレインが地面から竹を生み出すと、それが弾丸を遮断する。

 そればかりか、少女の姿が見る見る内に小さくなったかと思うと、彼女の足元にある竹の断面の中に入り込んでしまった。

 

「何っ!?」

 

 驚くキアノス。瞬間、攻撃を阻害した竹の中から、先程の少女のデジブレインが飛び出して来た。

 無論元の体格に戻っており、出現と同時にキアノスの顔面に蹴りを浴びせている。

 

「……竹から竹に穴を通って移動できるのか!?」

「くすくすっ、捕まえられるものなら捕まえてみて下さい?」

 

 挑発的な笑い声を上げ、少女は再び竹を生成する。

 そして、一同は思い出していた。アシュリィが拐われた時の顛末を。竹の檻が現れたという鷹弘の言葉を。

 

「こいつらが犯人か!」

 

 また何かされる前に手を打とうと、今度は雅龍がボウガンモードのスタイランサーで攻撃するが、矢弾は竹の中に吸い込まれて別の竹から放出される。

 竹の先端が向いた位置に立っているのは、キアノスだ。

 

「ぐっ!?」

「しまった!?」

 

 ボウガンの矢がキアノスの肩に的中。よろめいた彼に追い打ちをかけるように、今度は赤い少女のデジブレインが動き出した。

 周囲から水が集まり、それが右掌の前に集まって球状となる。

 そして砲弾の如く発射され、キアノスは水圧により後方へ吹き飛ばされた。

 

「がっ……!!」

 

 怯んだところへ、さらに飛びかかって迫り来るヘンゼルとグレーテル。しかしそうはさせまいと、デジブレインたちの前にアズールと雅龍が立ち塞がった。

 

「これ以上は好き勝手させない!」

「いつまでもかわし切れると思うな!」

 

 アメイジングアローから発射された輝く二本の矢が、ヘンゼル・グレーテルのコンビを射抜き、撃ち落とす。

 しかしヘンゼルもグレーテルも、地面に転がっている石を拾い上げると、それをマカロンやクッキーに変えて口内に放り込んだ。

 ただそれだけで、負傷はたちまち修復される。

 

「これじゃキリがない!」

 

 何度攻撃を重ねても回復され、さらには竹のトンネルを渡る事で回避される。おまけに攻撃能力の高い水圧弾を操るデジブレインもいる。

 だが、それでもアズールたちは諦めない。

 今の戦況で一番厄介な相手を見定め、キアノスはそのデジブレインに向かって斬りかかる。

 竹を生み出す少女のデジブレインへと。

 

「うふっ、そんな攻撃……」

 

 しかし少女は再び自身の背後に竹を生成すると、そこへ飛び込んで回避に動く。

 それを狙い澄ましたように、キアノスもプレートを手にしてサーベルに差し込み、そのまま剣を突き出した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! センチピード・マテリアルスライサー!》

「ここだ!!」

 

 しなる鉄の鞭となった刀身が、少女の飛び込んだ竹を一緒に潜り抜ける。

 そして、移動先であるヘンゼルの背後で、彼女の体を絡め取った。

 

「えっ……」

 

 突然身動きが取れなくなり、そのまま少女は目の前にある竹へと引き寄せられる。

 すると再び空間移動が発動し、必殺技を構えるキアノスの前に立ってしまった。

 

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! アーセナル・マテリアルソニック!》

「ハァァァーッ!!」

 

 フェイクガンナーの銃口を少女の腹部にあてがい、必殺技を発動する。

 逃げ場のない至近距離から放たれた光の弾丸は、少女の体へと的確に破壊的な一撃を加えた。

 

「キャアアアアアッ!?」

「ツキミ!!」

 

 黄色のデジブレインの腹が黒煙を吹いているのを見て、赤い少女は名を叫びながら彼女に駆け寄った。

 しかし、そんな彼女の体を、無数の銃弾が突き刺す。

 

「いっ……!?」

「フィオレお姉様っ!?」

 

 二人の少女とヘンゼル・グレーテルの悲鳴。アズールたちは銃声の聞こえた方角へと視線を注ぐ。

 そこにいたのは、トライマテリアラーを駆るリボルブだ。運転しながらガトリング砲を操作し、雨霰と弾丸を放っているのだ。

 そればかりか、デジブレインたちが怯んだと見るや、今度はガトリングを自動操縦にしてマテリアプレートをヴォルテクス・リローダーに装填し、必殺を発動しようとしている。

 

「どこのどいつか知らねェが、デジブレインは全員ブチのめす! 三人とも避けろよ!」

「は、はい!」

《ブレイジングフィニッシュコード!》

 

 アズールたちがその場で伏せると同時に、リボルブの体から大きく高まったカタルシスエナジーが溢れ、銃へと集まっていく。

 そしてマテリアフォンを甲板にかざし、必殺技が発動した。

 

Alright(オーライ)! ダンピール・マテリアルデストロイヤー!》

「消えろォォォッ!」

 

 次の瞬間、赤く燃える無数の杭が、四体のデジブレイン目掛けて殺到する。

 直撃は避けられない。フィオレと呼ばれた少女が短く悲鳴を上げる。

 

「お姉様、ここは撤退を!!」

 

 ツキミがそう言って両腕を前にかざすと、彼女ら二体のデジブレインの頭上から赤い布がカーテンのように垂れ下がり、それがリボルブの炎を遮断した。

 とはいえ爆風や衝撃まで和らげる事はできず、二人は強大な一撃によって吹き飛ばされる。

 しかし、直後に自身の背後へと竹を生み出すと、その場から姿を消してしまった。

 

「チッ、倒しそこねたか。だが……」

 

 火の粉が舞い、砂煙が踊る中へリボルブがじっと目を凝らす。

 残ったデジブレインは二体、ヘンゼルとグレーテルのはず。

 しかし必殺技を放った地点を良く見ても、その二体の姿はなかった。

 

「な!?」

 

 よく見れば、地面に穴が空いている。また地中に身を隠したのだろう。と来れば敵が次に取る行動は決まっている。

 舌打ち混じりにリボルブは炎の翼を背負って飛翔、他の三人も武器を手に警戒態勢に移った。

 

「クソッタレが……!」

《スクロール! レイニアス・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 翼を広げつつ、シリンダーを回転させたリボルブは銃の先端を地面へと定める。

 顔を出したその直後に必殺技を放ち、逃げられないよう絨毯爆撃を行うつもりなのだ。

 地面が盛り上がり、亀裂とともに影が二つ躍り出る。

 

「今だ!!」

Alright(オーライ)! レイニアス・マテリアルボンバード!》

 

 隼をかたどった炎の弾丸が撒き散らされ、アズールたちも地上からその影へと矢や弾丸で攻撃を仕掛ける。

 しかし。一斉攻撃を受けたその影は、まるで水のように溶けて形を失った。

 

「なに!?」

 

 思わずリボルブは撃つ手を止める。

 良く見れば、自分たちが攻撃していたのはデジブレインではない。姿形を似せて作られた、飴細工だ。恐らく地中で土を捏ねて作ったのだろう。

 そして、今度は飛礫と共に本物のヘンゼルとグレーテルが飛び出した。

 ヘンゼルはグレーテルの背を踏み台にしてさらに高く跳躍し、瞬く間にリボルブの眼前まで接近する。

 

「しまっ……」

 

 触れたものを菓子に変える力を持つ、ヘンゼルの魔の手が迫る。

 貫手だ。心臓目掛けて抉り込むように、腕が近づく。

 

「くぅっ!!」

 

 だが間一髪、リボルブはその場で大きく身を反らす事によって致命的な直撃を回避する事ができた。

 ただし。その胸の装甲には、四本の指の痕がくっきりと残って生クリームに変わり、さらに内側から血液が勢い良く噴出した。

 

「チィッ……!!」

「静間さん!」

「大丈夫だ……掠った、だけだ!」

 

 そうは言いつつも、リボルブは胸を押さえて地上に降りる。

 戦闘続行不可能となるほど傷は深くないが、菓子を食えば傷を治せる敵とこのまま戦い続けても、ジリ貧になるだけだ。かと言って、鍵を掌握されている以上は無視して退却する事もできない。

 一体どうすればこの強敵に勝てるのか。武器を握りながら考えていたアズールが、再び賭けに出ようとした、その時だった。

 

『おまたせ! そっちにゲッちゃんいる!?』

 

 浅黄から翔のマテリアフォンにそんな通信が入った。

 変身した状態のまま、翔は短く肯定する。

 

『じゃあ今から送るものを渡して! 完成したから!』

「え……?」

『良いから、ほら!』

 

 言われるがまま、マテリアフォンに転送された二つの物資を手に取る。

 ひとつはライトブルーのクリアパーツをベースとして、龍の正面の顔がメタリックシルバーカラーで装飾されたマテリアプレート。もうひとつは、上部にスイッチが付いている、黒いグリップ状のジョイスティックのようなものだ。

 アズールはそれらを、雅龍へと投げ渡した。

 

「英さん、これを! 浅黄さんからです!」

 

 受け取ったその道具を見て、雅龍は仮面の奥で頬を釣り上げる。

 

「なるほど。ついに完成したか」

 

 そう言って、雅龍はまずタブレットドライバーからアプリチューナーを外し、さらに握ったジョイスティックのスイッチを親指で押し込む。

 

《マテリアル・ネクステンダー!》

「新たな力……試させて貰うぞ、浅黄」

《セット! ネクスト・ジェネレーション!》

 

 アプリチューナーがなくなったスロットに、マテリアル・ネクステンダーと名乗ったそのジョイスティックが差し込まれると、雅龍の赤い装甲が外れ、ボディに水色のカラーラインが走り始める。

 雅龍は続いて、新たなマテリアプレートを起動する。

 

凍龍伝綺(ブリザード・ドラゴンズ・ロード)!》

 

 スイッチを押した瞬間、パワフルチューンの赤い装甲が消滅し、凄まじい冷気が雅龍の周囲に張り巡らされる。

 すると、ただならぬ気配を感じ取ったのか、リボルブにトドメを刺そうと向かっていたヘンゼルとグレーテルが足を止める。そして、今度は雅龍の方へと向き直った。

 その間に雅龍も、起動したプレートをドライバーに差し込み、マテリアルセンサーへと指を伸ばす。

 

《ドント・シンク・フィール! ドント・シンク・フィール!》

「ネクステンド」

Oh YES(オゥ・イエス)! ネクステンデッド・マテリアライド!》

 

 危険を察知した二体のデジブレインが、雅龍へと飛びかかった。

 それと同時に頭上からメタリックな東洋風の白銀の龍が舞い降り、咆哮と爪撃によってデジブレインを足止めした後、その体を分解させて装甲に変える。

 

《ブリザード・アプリ! 絶対零度の雪顎争覇! 龍氷鳳武、エクストラアクセス!》

 

 雅龍の立つ地面に雪の結晶のような紋様が浮かび上がると同時に、全身が白銀の装甲に、腕先や脚先など末端部はノズルの付いた淡く光る透明なライトブルーの装甲で覆われる。

 そして両目がオレンジ色に染まり、新たな姿に変じた雅龍のボディから、吹雪にも似た冷たい突風が放たれる。

 たったそれだけで地面が凍りついて霜が立ち、ヘンゼルとグレーテルは身を震わせる。

 

「仮面ライダー雅龍転醒(ガリョウテンセイ)……推参!」

 

 勇ましく名乗りを上げ、雅龍はスタイランサーを振って構える。風と共に雪のような銀粉がその場に舞い、地面の凍結が進行する。

 

「さぁ、どこからでも来い」

 

 挑発するように左手の人差し指をクイクイと動かした。

 それに苛立ったのか、ヘンゼルもグレーテルも、両腕を振り上げて雅龍に襲いかかった。

 

「キリキリ……」

「ギチュチュチュチュ!」

 

 触れれば敵を甘味に変える両腕。左右からの素早い猛攻を、雅龍は状態だけを動かしていとも容易くかわし続ける。

 これにはアズールも、そしてリボルブとキアノスも目を剥いた。

 

「す、すごい! あんなに手強い相手だったのに、簡単に避けてる!」

「確かにな。あの姿、V3だけあってマキシマムチューンとは比べ物にならない戦闘力だ」

 

 そう言いつつも、キアノスは「だが」と続ける。さらにリボルブも首肯した。

 

「本当にたったそれだけなら、同じV3の俺たちだけで倒せたはずだぜ。なんか秘密がありそうだな」

 

 確かに、とアズールも頷いて戦いを見守る。

 すると再びマテリアフォンから着信音が鳴り響いた。浅黄からだ。

 

『ふっふーん! いやぁ鋭いねふたりとも』

「浅黄さん?」

『あの凍龍伝綺(ブリザード・ドラゴンズ・ロード)にはね……ゲッちゃんにしか使いこなせない、特別な調整がされてるんだよ』

「特別な調整?」

『見てれば分かるよ』

 

 そんな会話をしている内にも、戦いは続いている。

 雅龍は相変わらず攻撃を避け続けており、その速度は先刻見た時よりもずっと速くなったように思える。

 

「……いや、違う……!」

 

 アズールが首を横に振った。リボルブ・キアノスらも同様だ。

 強化されたとはいえ、ただ雅龍が速くなったのではない。むしろその逆で、ヘンゼルとグレーテルの動きの方が遅くなっているのだ。

 徐々にではあるが、二体の腕から繰り出される攻撃速度は、当初のそれよりも明らかに落ち込んでいる。まるで動きすぎて疲労しているかのようだ。

 

「キ、キリィ!?」

「キチュチュ!?」

 

 ヘンゼルもグレーテルも自身の異常を察知したらしく、攻撃を中断して距離を取る。

 一体何が起きているのか。そう思ったアズールがヘンゼルたちの体を凝視すると、ある事に気がついた。

 

「アレは……」

 

 ヘンゼルとグレーテルの手や足に、点々と白い模様のようなものが付着しているのだ。

 正体にはすぐに思い至った。

 先程までの冷気と照らし合わせて考えると、これは霜だ。

 

「まさか!」

 

 アズールはハッと目を見開く。

 デジブレインたちの体の動きが鈍くなっていたのは、疲労などでは断じてない。体が凍りつつあったために、腕力も運動能力も激減していたのだ。

 直後、示し合わせたかのように浅黄が得意げに話し始める。

 

『アレが仮面ライダー雅龍転醒の能力……凍結(フリーズ)だよ』

「フリーズ?」

『そ。ゲッちゃんの気の流れを操るとかって言う拳法、アレはトランサイバーとかガンブライザーを使ってるような生きた人間には通用するけど、デジブレインや仮死状態の人間相手にはあんまり効かないでしょ? その欠点を補うための力なんだよ』

 

 曰く、今の雅龍は超低音の微細な冷却液『サスペンドブラッド』を噴霧して全身に纏う事によって、接近した敵の肉体を凍らせるのだという。近づけば近づくほど濃度は高くなり、凍る速度も上昇する。

 これは、以前にホメオスタシスの面々が交戦した、フュアローミュージシャンの熱操作能力を参考にして作成されたものだ。

 

『でも、それだけじゃないんだよ』

 

 このサスペンドブラッドは、雅龍の精神が維持されている限り常に放出され続け、さらに至極小さな結晶体でありながら、デジブレインを凍結させるデータを内包している。たとえ冷気に耐性を持っていようと、この粒子に触れた時点で内部の凍結データが起動し、最終的には動作が停止するのだ。

 それはさながら、利用中のPCが突然停止する『フリーズ』と呼ばれる現象と同じように。故にこの能力も凍結(フリーズ)と呼称されている。

 しかし、リボルブはまだ納得していない様子だった。

 

「それが雅龍の弱点とどう関係してんだ?」

『ふふふ、まぁ見てれば分かるよ』

 

 浅黄の発した言葉と同時に、それまで避けるだけだった雅龍は大きく動き出す。

 疾走してヘンゼルとの距離を大きく詰め、拳で突いた。彼の素早い動きに対して、ヘンゼルは左腕を使って防御を試みる。

 そして命中の瞬間。その左腕は、肩まで凍結して砕け散った。

 一部始終を目撃していたリボルブは、仮面の奥で唇を釣り上げる。

 

「なるほどな、そういう事か」

「静間さん?」

「蓋を開けてみりゃ、まぁ単純な話だな。あのサスペンドブラッドってのは、警視の拳法と同時に使えばデジブレイン共の体内に流し込めるんだよ」

 

 それを聞いて、アズールも得心が行ったように数回頷く。

 確かにその方法であれば、生物以外にも有効な攻撃手段となるばかりではなく、あのプレデターでさえも倒し切れるかもしれない。少なくとも、彼はそう判断していた。

 

『し・か・も! サスペンドブラッドにはまだまだ秘密があるんだよ! 見せちゃってゲッちゃん!』

「フ……良いだろう」

 

 雅龍はスタイランサーのトリガーを引きながら、穂先を地面に突き刺して仁王立ちする。

 一方、左腕を失ったヘンゼルと、サスペンドブラッドによる凍結状態から抜け出すため共に距離を取って戦線離脱していたグレーテルは、地に手をついていた。

 石や地面の一部を菓子に変えて食らう事で、回復を図ろうというのだ。

 しかし、いつまで経っても能力は発動しない。どちらが何度手をついても結果は同じだった。

 

「無駄だ。貴様らの腕は既に『凍結(フリーズ)』している」

 

 二体がハッと顔を上げ、雅龍は槍を引き抜いた。

 

「機能が停止した以上、腕を介しての能力も発動しない。観念するんだな」

「キ、キリ……ギィィィッ!」

 

 能力を使えない以上、もはや回復の手段は絶たれている。

 逃げるしかない。ヘンゼルとグレーテルは、踵を返して退却を開始した。

 が、二体ともその足が止まってしまう。見ると、既に膝から下が凍り始めているのだ。

 これがサスペンドブラッドの秘密。スタイランサーから発せられるインクにもこれが混ぜ込まれており、先程地面に突き刺した時、既にヘンゼル・グレーテルの立つ位置の周辺に染み込ませていたのだ。

 

「終わりだ」

 

 スタイランサーの先端をインクで丸く固めて鉄球を作り、右肩で担いで、雅龍はゆっくりと二体の前に立つ。

 両足は完全に凍結が終わり、腕も動かなくなっているようだ。

 そこへさらに追い打ちをかけるべく、左腕を前に掲げる。

 直後、腕の末端部、つまり袖にあたる位置に仕込まれたノズルからインクが噴き出した。

 無論サスペンドブラッドが混ぜてあり、ヘンゼルとグレーテルは全身にこれを浴びて完全に凍結。一切の動作を封殺された。

 

「ふん!」

 

 そして、インクで作ったハンマーの一振りで、必殺技を使うまでもなく二体同時に粉々に砕いた。

 後に残ったのは、音を立てて落ちた小さな緑の鍵だけだ。

 

「す、すごい……圧倒的だ」

 

 変身を解除した翔が、呆然と呟く。

 三人がかりであれほど苦戦した相手を、相性の問題もあるとは言っても同じV3で呆気なく消滅せしめたのだ。

 衝撃的な事態であるが、何より心強いとも感じていた。

 

「これで鍵は揃ったな。あとは」

「あとはプレデターですね」

 

 鷹弘と響が互いに頷き合う。

 プレデターは未だに雅龍の戦いを見ておらず、サスペンドブラッドの存在さえ知らないため、不意を突ける。

 チャンスは今このタイミングしかないのだ。

 

「浅黄、あんたは来れるか?」

『ん……ごめん、実はウチまだケガが治りきってなくてさ……一仕事できたし、ちょっと休憩させて貰って良い? 間に合いそうならそっち行くから』

「そうか。じゃあゆっくり休んどけ」

 

 鷹弘は通話を打ち切り、改めて集まった三人に向き直る。

 

「鍵も揃ったんだ。これでやれるはずだ……行くぞ!」

『了解!』

 

 四人はもう一度城へ向かってマシンを走らせた。

 その背後、戦場の上空を、鋼の小蝿が追跡しているのも知らずに。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 約十分後、ホメオスタシス一行はプレデターの城下に到着する。

 目の前にあるのは四つの鍵を必要とする錠前。翔はそれにひとつひとつ鍵を差し込み、解錠していく。

 そして最後の鍵が解かれたその瞬間、錠前が消失し、扉は解放された。

 全員の表情が引き締まり、警戒態勢になる。だが、この場に敵のデジブレインが現れる事はなかった。

 

「……やけに静かだな」

「城内は警備が手薄みたいですね?」

「まぁその方が都合は良い。あの時は上から落ちてきたし、どうせ野郎は最上階だろ。さっさと行こうぜ」

「そうですね。アシュリィちゃんの居場所も倒した後で白状して貰いましょう」

 

 そんな会話を交え、先へ先へと四人は進む。

 彼らが調べる限り地下へ続く階段などは存在せず、牢屋なども確認できない。ただ、上階への道だけは開かれている。また、やはり敵の姿もない。

 そして、最上階への階段に足を踏み出した、その時。

 四人の頭の中で、突然記録映像のようなものが流れ始める。

 

「これは……」

 

 今までと同じく領域の主であるCytuberの記憶だ。しかし、今回の記録はどこか古めかしく、全体的にセピア色に近い風景だった。

 そこは畳の敷かれた少しばかり貧相な家で、机には新聞が置かれており、年号には『昭和14年』とある。

 

「昭和14年は西暦換算で1939年だから……」

「……って、80年以上も前の記憶か!? コイツ何歳だよ!?」

 

 もしも本当に1939年だとすれば、この男は100歳を超える事になるのだが、この人物こそ間違いなくプレデターのはずだ。

 驚きながらも、四人はこの記憶に注視した。

 

 

 

 新聞を広げて読んでいるその男の姿は、30代のように見える。眉間に皺が深く刻まれており、手には竹刀ダコがくっきりと浮かんでいる。

 男は軍服を着用しており、当時の状況から考えても戦時中である事が見て取れた。

 名前は万福 武蔵(マンプク タケゾウ)というようだ。

 

『改造手術……でありますか?』

 

 記憶は日本軍の軍事施設、そのとある一室に切り替わる。

 武蔵の目の前には、二人の男が立っていた。そのうちの一人は彼の上官で、もう一人は白衣を纏った科学者じみた風貌の男だ。

 

『うむ。脳や神経細胞を演算装置とし、全身を機械化する事で兵器として運用する。戦車や戦闘機の操作も射撃精度も精密になるし、上手く行けば大きな戦果が期待できるだろう。我々はこれを完全機人兵計画と呼んでいる』

『その被検体に自分を?』

『君は身体的に至って健全で、何より文武に優れている。他にも何名か募るつもりだが、成功すれば君がその機人兵軍を率いる事になるだろう』

 

 上官の男はそう言った後、頭を振ってさらに述懐する。

 

『今すぐに決断してくれとは言わない。簡単な話ではないからな、覚悟ができたら返事を――』

『いえ、やります。是非やらせて下さい』

 

 武蔵の言葉を聞いて、上官も科学者の男も目を丸くした。

 

『本当かね? 提案した私が言うのも何だが……今ある自分の体を捨てる事になるんだ、もう少し考えてからでも遅くはないと思うぞ?』

 

 心配そうに声をかける上官だが、武蔵は強い決意の眼差しのまま、首を横に振る。

 

『国のためにと捧げたこの命、今更惜しくなどありません。二度と食事ができなくなるのは心残りですが……』

 

 上官の男は涙ながらに下唇をキュッと締め、科学者と共に深く頷く。

 

『よく言ってくれた、君のような大和魂を持つ男こそ国の宝だ。ご家族には私から説明しておく。必ず成功させよう』

『ハッ!』

 

 そう言って武蔵は敬礼し、科学者と共に部屋を後にした。

 改造手術によって肉体のほぼ全てを機械化した存在、それが完全機人兵(フル・サイボーグ)。武蔵は望んでこの手術を受けた。

 国のためというのは事実だが、何よりもこの戦争に勝利するために。弱肉強食は世の常、勝利するにせよ敗北するにせよ、弱き国民を守りつつ何らかの形で国の強さを示す事ができなければ侮られるのみだ。

 かくして無事手術は完了し、ワニやトラと言った獰猛な生物との戦闘能力試験を経て、武蔵は部下や同僚と共に戦い続けた。戦争が終結するのには、およそ六年の月日が流れる事となった。

 しかし、この戦いで武蔵ら完全機人兵は中心的な活躍を担っていたものの、英雄として迎え入れられたのかといえば、そうではない。

 

『……本当にすまない、万福くん。君には申し訳ないのだが……機人兵の存在を公にする事はできないという上からの指示なんだ。大人しく従って欲しい』

 

 記憶の流れは戦争後の時期まで飛躍する。

 戦いによっていくらか機人兵は失われたものの、生還を果たした武蔵を出迎えたのは、あの上官だ。しかし、彼の持つ銃の照準は武蔵に合わせられている。

 機人兵は多くの戦果を挙げたが、同時に多くの人間の命を奪ってしまった。戦争が終わった今、その責任が命ある存在の彼らに降り掛かってきたのだ。

 

『自分は……処刑されるんですか?』

『そうならないための処置をする。新たな任務だ。君たちはこれから……極秘の倉庫の中で眠りについて貰う』

『え?』

 

 この上官の言うところによれば、機人兵を人間ではなく兵器として扱う事で、彼らの存在を秘匿しつつ廃棄を免れるというのだ。

 無論、脳だけは生体なので冷凍保存する必要がある。早い話がコールドスリープという事だ。

 

『いつになるかは分からん。しかし、何年かかろうとも必ず君たちを外に戻す。それが許される世の中になるように尽力すると約束する』

『……分かりました。我々が目覚め、外に出るその時までに……今よりも日本が、世界がより良い場所になっている事を願います』

『ああ、任せてくれ』

 

 その返事と共に、一同は敬礼する。

 順番に専用のカプセルの中に収容され、機械の肉体ごと凍結。深い、深い眠りにつく事となった。

 だが。

 

『おやおや。まさかこんな面白いものがあるとは』

 

 突如として脳裏に響き渡った声に、目を開かざるを得なかった。

 カプセルの小窓の外にはいない。というよりも、ガラスが曇って向こう側が見えない状態だ。

 しかし、男の声は確かに聴こえる。

 

『誰だ』

『サイボーグとしては少々古い型ですが、全身に至るまで改造とはとても興味深い。脳もまだ……えぇ、生きているようですねぇ』

『おい貴様、何者だと訊いているんだ! 答えろ!』

 

 武蔵が叫ぶと、声の主はくつくつと笑いながら返事をする。

 

『落ち着いて下さい。私の名はスペルビア、あなたをここから外へご案内しに来ました』

『なに? どういう事だ、日本はどうなった? 本当にもう良いのか?』

『扉のロックは既に解除できたはずです。まずは一度カプセルから出て下さい、その方が分かりやすいでしょう』

 

 言われて、渋々ながら武蔵は腕を動かして装置の扉を開けた。

 機械の体なので当然ではあるが、眠っていた状態であったにも関わらず、腕は問題なく動く。多少軋むような音がする程度だ。

 あれから一体どのくらい時間が経ったのだろうか。一年や二年か、まさか五年だろうか。多少の不安を心に抱えながらも、武蔵は声の主の方を振り返った。

 そして、絶句した。扉の前に人がいない事ではない。寂れきった倉庫の状態、そして自分以外のカプセルの電源が落ちている事だ。

 

『何が起きている!?』

『驚きましたね? あなたがここで眠っている間、実に50年以上もの時が経過したのですよ』

 

 声は、コールドスリープ用の機材のスピーカーから聞こえている。しかし、既にそんな事など彼にはどうでも良かった。

 

『50年だと!?』

『ええ。誰も手入れしなかったせいで機材もホコリまみれですし、ネズミやら何やらがケーブルを噛み千切ったようですねぇ。あなたの部下は全員死んだようですよ、ここで身動きが取れないまま』

『バカな……!!』

 

 武蔵にとって考えられない事だった。

 上官はかつて、ここから出られる世の中に変えると言っていた。必ずその約束を守れるかどうかはともかくとしても、定期的な点検や清掃を怠るはずはないと思っていたのだ。

 しかし、現にこの倉庫は廃れつつある。武蔵自身、生き残れたのが奇跡だと思える程に。

 

『データによれば、あなたをここに収容した上官は殺されたのだとか』

 

 スペルビアと名乗った男の声が響くと同時に、その姿が立体映像として現出する。

 顔には孔雀の仮面を被っていた。

 

『フル・サイボーグの運用実験の非人道性について指摘された末に処刑されたのだとか』

『なんだと……』

『早い話が、今まで守って来た国に裏切られたのですよ。あなたもね』

 

 武蔵は自分の視界が歪み始めるのを感じた。

 それなら。

 それなら、自分たちは何のために苦労して戦って来たのか。何のためにこんな姿になってまで必死に戦地に赴いていたのか。

 何のために。

 何のために……。

 

『欲しくはありませんか?』

 

 それはまるで、悪魔の囁きのように。武蔵の背後からスペルビアの声がするりと耳孔を撫でる。

 

『な、に……』

『兵器として封印されてしまったあなたの力を真に望む世界が、欲しくはありませんか? 身勝手な弱者を守る必要もなく、ただ強い敵を喰らい続ける事のできる理想の世界が……私なら、その願いを叶える事ができますよ?』

 

 このまま生き続けたとしても、もはやフル・サイボーグのような人間兵器が世に受け入れられる事はないだろう。

 ならば。

 ならば、いっその事。

 

『良いだろう。今は貴様の口車に乗ってやる。だが忘れるな、俺は魂まで売るつもりはない!!』

『では契約成立ですね、その"傲慢"なる悪意を私がプロデュースしましょう。手始めにあなたのボディを改修しましょうか、もちろん最新の技術で……』

 

 こうして、万福 武蔵はCytuberに加わり、強者を喰らい尽くす捕食者(プレデター)となったのである。

 

 

 

「……マジかよ」

 

 信じられない、と言った様子で鷹弘が呟く。

 同じく万福 武蔵の記憶を見ていた響と翠月も、沈痛な面持ちで口を開いた。

 

「これがプレデターの正体か」

「あんな時代からサイボーグが存在していたとはな。そして……兵器運用されていた」

 

 その言葉の後、深く息をついて翔が顔を上げる。彼の瞳には、悲しみと失望の念が広がっていた。

 

「酷いですよ、こんなの。ずっとみんなのために戦い続けてくれた人が……どうしてこんな仕打ちを受けなくちゃいけないんですか!?」

 

 震える拳を、血が吹き出んばかりに握り込む。

 だが、その力の篭もり過ぎた翔の肩に翠月が触れた。

 

「それが人間という生き物なんだ。理解を超えた力を持つモノを、たとえそれが世界を救った英雄だとしても、神とも悪魔とも捉える。アクイラやスペルビアもそうだろう?」

「……」

「だが、翔くんにも響くんにもひとつだけ忘れないでいて欲しい」

 

 翠月は二人の方を、そして鷹弘へと視線を送りながら、階段の先へ足を進める。

 

「人間の造ったバケモノや、悪意を持つ者の犯罪を止められるのは、やはり人間だけだ。だからプレデターは我々が止めなければならない」

「英さん……」

「行こう。いい加減あの大戦の亡霊を眠らせてやるべきだ」

 

 彼の後ろへ翔たちも続いて歩く。先へ待つ強敵、プレデターを止めるために。

 そして、一行は最上階の大広間へと辿り着く。ターゲットである機人の老爺は、畳の上で正座していた。

 

「待っておったぞ小童ども」

 

 ニィッと口の端を吊り上げ、プレデターは立ち上がる。

 翔たちも覚悟を決めた様子でドライバーを装着し、マテリアフォンを取り出した。

 

「あなたを止めに来ました」

「ほう……できると思うのか? この儂に手も足も出なかった若造どもに」

「やってみせる。そしてアシュリィちゃんの居場所も吐いて貰う」

「なに?」

「あなたがあのデジブレインたちに攫わせたんだろう、彼女を」

 

 プレデターは目を細め、翔の言葉に頭を振った。

 

「悪いが何も知らんな。誰にも命令しておらん」

「え……?」

「大方ハーロットの仕業じゃろうな。儂はそもそもこの領域を現実化する気もなかったからのう」

 

 武人然とした態度と姿勢で、プレデターはゆらりと立ち上がる。そして、懐から一枚のマテリアプレートを取り出した。

 

「とはいえ、だ。最奥まで侵入された以上……儂も腰を上げねばなるまい」

《ブシドー・ブリード!》

 

 プレデターはトランサイバーG(ガロウズ)に手を伸ばし、口を近づけて鍵となる言葉を発する。

 

執甲(シッコウ)

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ブシドー・アプリ! 獣面刃心、トランスミッション!》

 

 城内で再度立ちはだかるは、獣面の武士。翠月は初めて邂逅する相手だ。

 

「今回は本気で相手をしてやろう。かかって来るが良い」

 

 太刀を右肩で担ぎ、手招きするグラットンブルート。

 それを受けて、四人もそれぞれドライバーとマテリアプレート、そしてマテリアフォンを取り出し、変身に移った。

 

『変身!』

「変……身!」

「変身」

 

 並び立つ四人の仮面ライダー、各々武器を手にグラットンと対峙する。

 そして一呼吸の間の後――決着をつけるべく、互いに敵方へと駆け出した。




『確かなのか、肇』

 仮面ライダーたちが戦っているのと同じ頃。
 車を運転しながら、天坂 肇は鷲我と通話していた。当然ハンドルは離さず、ホルダーにN-フォンを固定して通話の機能を利用している。
 ルームミラーに反射して見えるその目つきは、とても深刻なものだ。

「正直なところ俺自身もまだ信じられないが、ほぼ間違いないだろう」
『なんという事だ……。……この事は彼らには?』
「話してない、話せるワケないだろ」
『……そうだな……』

 スピーカーの向こう側で、鷲我の唸る声が聞こえる。
 数分の間の後、再び鷲我が話しかけた。

『それで、今お前はどこへ?』
「翔と響の母親の家だ」

 そう言って、赤信号の前で車を止め、目を丸くしているであろう鷲我から質問される前に肇は説明する。

「翔が手術させられて、アクイラの力を埋め込まれたのは生後すぐだったな。加えて二人の母親はその後に死んで、父親は行方も詳細も不明と来てる……キナ臭いと思わないか?」
『まさか、施術者と父親が同一人物だとでも言うのか』
「仮に違ったとしても何かしらの繋がりがあると俺は見ている。少なくとも、母親の方は殺された可能性が高い」
『……口封じか』

 首肯する肇。その視線は、ベビーカーを押して横断歩道を歩く女性をぼんやりと眺めている。

「あの家で今更大きな手がかりが見つかるとは思ってない。だがどんなに些細でも良い……何かを掴んで、犯人の特定に繋げる」
『分かった。そっちは頼んだぞ』

 通話が切れる。ほどなくして、肇は目的の家に辿り着いた。
 彼が空き家同然のこの家を調査するのは、実に三度目となる。一度目は翔たちの母親の素性を調べるため、二度目は周辺住民の聞き込みのついでだった。
 既に警察などからも家宅捜査の許可を得ており、鍵も入手している。
 他に誰かが侵入した様子もない。肇はロックを外して扉を開き、足早に中へ入った。

「……しかし、どうしたもんか」

 先程肇自身が言った事だが、調査済みの場所で今更大きな手がかりなどあるはずがない。
 だが、何かを見落としているという事も考えられる。ひとまず、肇は母親の寝室へと足を進めた。
 埃を被った何もない部屋。前回調査に来た後も、当然だが誰も掃除に来ていないらしい。
 肇は早速室内を調べ始める。本棚や机、鍵のかかっている場所はもちろんの事、家具の隙間など影になっているような場所をも。
 それでも、やはり手がかりを見つける事はできなかった。

「無駄足だったか」

 嘆息し、肇は動かした家具を元の位置に戻していく。

「……ん?」

 ふと、その手が止まる。
 目の前にあるのは三面鏡のある化粧台(ドレッサー)。中は既に調べて、何も見つからなかった。
 が、その三面鏡を見ている内に、肇はある違和感に気づく。
 三つの鏡の内、右側のものが僅かに左に傾いているのだ。動かす時に指がぶつかったのか、それとも見逃していただけで最初からそうだったのかは分からない。
 ともかく、肇は鏡の角度を元に戻した。
 すると、カチリという音と共に、今度は左側の鏡が反対方向に傾く。

「これは?」

 その鏡にも手を伸ばし、角度を修正。再び音がしたかと思うと、今度は中央の鏡が戸のように開いた。
 この化粧台にはカラクリが仕込まれていたのだ。恐らく肇が調べている内に、偶然にも仕掛けが作動してしまっていたのだろう。
 開いた鏡戸の中には、手紙とSDカードが一枚入っている。手紙の内容は概ね以下のようなものであった。

『いつ私の身に危険が迫るか分からないので、ここに証拠品を隠す。もしもこれを読んでいる人物が私以外の人間で、正しい心の持ち主であるのなら、どうかこのカードの中身を読んで志を継いで欲しい』

 そして手紙の末尾には、久峰 錠(ヒサミネ ジョウ)という名前が記されている。その名を視認した肇は、眉をひそめた。

「……久峰だと?」

 当然翔たちの母親はそのような名前ではないし、名字も違う。
 そもそも久峰といえば、代々政治家や知事や市長といった職務に就いている有名な一族で、最近では久峰 遼(ヒサミネ リョウ)という議員が次代の総理大臣の有力候補としてニュースで話題に挙がっている。
 直後、肇は思い出す。少し前から、その一族の者であるタレントのジョー・ヒサミネという男が消息不明となっている事を。
 名前は一致しているが、どちらにしてもなぜこの場所にそんな人物の手紙があるのか?

「こいつは思ってもみない収穫かも知れないな」

 そうと分かれば、長居する必要はない。
 肇はSDカードと手紙を上着の胸ポケットに入れ、鏡を元に戻すと、すぐに家を立ち去るのであった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。