仮面ライダーアズール   作:正気山脈

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「私は、ここで産まれた……」

 桃色の光が降り注ぐ檻の中。
 呼吸を荒げて頭を抱えているアシュリィが、ぽつりと呟く。
 先程の記憶の激流に苛まれた感覚が未だに残っており、すぐにでもこの場から飛び出そうとしていたのだが、足は枷と鎖付きの鉄球で繋がれているため身動きが取れない。
 唇を震わせつつも、一度だけ深呼吸する。

「私は一体……何なの……?」
「答えが知りたいかしら」

 突如として、檻の外から聞こえる声。驚き、アシュリィはバッと顔を上げた。

「誰!?」

 そこに立っていたのは、黒色のロングドレスを纏う、黒い長髪の女性。
 柔らかな凹凸がドレス越しでもくっきりと見える淫靡な身体つきで、スリットから覗き出る白く細長い脚は、同性であるアシュリィの視線さえ釘付けにする。
 またドレスは生地が薄く透き通って下着のつけていない肌が見えており、さらに胸の間から腹部、背中が大きく開いたデザインとなっていて、女性の艶めかしさを引き立たせている。
 暗がりのせいか、顔はよく見えない。しかし闇の中に輝く瞳は、アシュリィの姿を一直線に捉えている。

「あなた自身の全てが知りたいのなら、これを手に取りなさい。選ぶ覚悟があるのなら、だけれど」

 目の前にいるのに耳元で囁かれているかのような、甘く蕩ける声色。
 そして牢の中に放り込まれたのは、一冊の本だ。
 題名は書かれておらず、表紙には一人の少女が描かれているだけ。
 しかしアシュリィは確信していた。ここには、自分の記憶に繋がる『何か』があるという事を。

「さぁ……魔法が解ける時間よ、お姫様」

 女性が自らの赤い唇を、ゆっくりと舐める。
 直後、本を手に取ったアシュリィの意識が失われた。


EP.39[龍虎相搏]

 貪食の城にて対峙する、仮面ライダーたちとグラットンブルート。

 四人が一斉に走り出したその時、彼らの背後を小さな鋼の蝿が通り過ぎ、グラットンの兜に吸収された。

 

「ふん……なるほどのう。まずはこうじゃな」

 

 そう呟くと同時に、グラットンはトランサイバーG(ガロウズ)のリューズをひねる。

 

《リーサルドーズ! カオスモード、オン!》

「まさかいきなりか!?」

 

 驚愕するリボルブ。見る間にグラットンの姿は巨大化していき、その両翅が大きく開かれ、城の天井が破壊される。

 

「本気で相手をしてやると言ったじゃろう?」

 

 グラットンの姿は、既に人のものではなくなっていた。

 規則的な黄褐色と白のふさふさとした毛並みに、黒い縞模様が特徴の四脚の巨獣。まるでトラのようであるが、しかし口部や眼は獣のそれではなく、ハエのそれに近い。

 さらに、背中には翅だけでなく、身に巨大な六本の人間の腕が生えており、それらは全て太刀・長槍・大斧・鎖鎌・薙刀・金棒といった武器を持っている。まるで、鋼鉄の甲冑と化したハエが、上から覆い被さっているかのようだ。

 

「さぁ、どうする小童ども」

 

 ハエが足を擦るように、武器の刃と刃が擦り合わされる。金属音が響き渡り、火花が散った。

 それを聞いて、リボルブはヴォルテクス・リローダーとリボルブラスターを同時に抜き、その銃口をカオスグラットンに向ける。

 

「ンなモン……決まってんだろ!!」

「戦うだけだ!!」

 

 叫び、疾駆するのはサーベルとフェイクガンナーを持つキアノスだ。

 その後ろには雅龍が続き、アズールは走り回ってアメイジングアローを手に援護射撃を行っている。

 炎の銃弾が体をかすめ、矢が足を刺す。しかしどれも決定的なダメージを与えるには至らない。

 

「この程度ではなかろう仮面ライダー。全力で来なければ死ぬぞ」

 

 そして、カオスグラットンも動いた。

 巨木の幹のような六本の腕から幾度も振り下ろされる武器の攻撃は、城を微塵に砕き、仮面ライダーたちの足場を奪い尽くす。

 カオスグラットンとリボルブ以外の三人は、地面へと真っ逆さまに転落した。

 

「く、おおおおおっ!」

 

 叫び声を上げ、アズールはヴェスパーフォトンを噴出して脚に力を集め、着地。雅龍はインクと凍結能力を駆使して足場を作り、キアノスと共にそこへ降り立った。

 

「ほう……生き残りおったか」

 

 翅を動かしてゆっくり地上に降りながら、カオスグラットンは四人を睥睨する。

 攻撃がまるで効いていない。弾丸や矢が当たっても、分厚い甲冑のせいで防がれているようであった。

 上空で再びカオスグラットンが腕を振り上げる。地上のアズールたちを叩き潰すために。

 

「ならば!」

 

 そこで、雅龍が動いた。スタイランサーをボウガンモードに変形させ、グラットンに狙いを定める。

 凍結機能を持つサスペンドブラッドは、当然このボウガンのインクにも仕込まれている。たとえ相手がどれほど頑丈であろうと、矢弾が当たればたちまちフリーズする事になるのだ。

 アズールとキアノスもその意図を察して、行動に出る。少しでもボウガンの攻撃が当たりやすくなるよう、翅を狙って矢と銃弾の連射だ。

 しかしカオスグラットンも、決して攻撃を眺めているだけではない。アズールたちの攻撃は武器を振り回して防ぎ、雅龍のボウガンから放たれたインクは回避している。

 

「どういう事だ……!?」

 

 それを見て訝しんだのは、上空で様子を見ているリボルブだ。

 グラットンは、明らかに攻撃を放つ相手によって防ぎ方を選んでいる。具体的には、アズール・キアノス・リボルブの攻撃は避けずに武器や体で防ぎ、雅龍の攻撃だけは防がず徹底的に回避している。

 フリーズの機能を知っていない限り、こんな挙動はあり得ない。

 

「だとしたら!」

 

 ハッと目を見開き、声を上げるアズール。

 敵は、グラットンは間違いなく既に雅龍転醒の能力を把握している。だからこそここまで集中して回避しているのだ。

 だが気付いたとすれば、それは一体いつなのか。相対するのが初めてである以上、攻撃を受けるまで能力を知る事などできないはずなのに。

 その思考を読んだかのように、カオスグラットンは笑い混じりに語り始める。

 

「今頃気付きおったか。領域に放っている鋼虫は、ただ武器になるというだけではない……監視した情報を儂に知らせる役目も持っておる」

「じゃあ、英さんの戦いは……!」

「既に見ておる。中々厄介な力を引っ張ってきたようじゃのう……じゃが」

 

 風を裂くような鋭い音と同時に、カオスグラットンが降下し、地上へと武器の猛打が振り下ろされる。

 

「当たらなければ凍る事もない」

「ぐぅっ!!」

 

 防御さえ意味をなさない、激しさを増す破壊の嵐により、アズールとキアノスと雅龍は地面を転がされる。

 頭上から炎の弾丸を浴びせ続けていたリボルブも、金棒の一撃を受け、地面へと突き刺すように投げ出された。

 

「ガッ!?」

 

 四対一でもなお、有効打を与えられない。そればかりか、逆に窮地に陥りつつある。

 それでもライダーたちは諦めずに立ち上がるが、彼らのダメージが決して軽くはない事を知っているグラットンの目は、もう失望の色に染まっていた。

 

「やはりこの程度かの」

「いいや……まだ、だ!」

 

 そう言って立ち上がったのは、雅龍だ。

 彼はドライバーにセットされたマテリアル・ネクステンダーを握り込むと、それを左側に傾け、スイッチを押した。

 しかし雅龍が動くと同時に、グラットンの方は飛行して即座に回避行動に移行している。

 

《パニッシュメントコマンド!》

 

 電子音声と共に、雅龍の全身に冷気が集まっていく。

 必殺技だ。続け様に、雅龍はマテリアルセンサーに指で触れる。

 

「喰らえ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルアセンド!》

 

 雅龍が右拳を突き出すと、サスペンドブラッドが巨大な龍の頭部姿を取って昇り、グラットンの背中に牙を突き立てた。

 たちまち両翅と六本の腕がが凍結し、飛翔能力が失われ、カオスグラットンは墜落する。

 

「むうっ!?」

「今だ!!」

 

 声を張り上げたのはリボルブだ。敵の動きが明らかに鈍くなったのを察して、アズール・キアノス共々必殺技の体勢に移る。

 

《フレイミングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! イーグル・マテリアルボンバード!》

《スプリームフィニッシュコード! Alright(オーライ)! チャンピオン・マテリアルスパーキング!》

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! アーセナル・マテリアルソニック!》

 

 炎の大鷲が巨獣の身を焼き尽くし、光の矢が眉間を貫く。そして光の弾丸は、隙だらけの脇腹を至近距離から容易く突き刺した。

 

「ぐ、ぬ」

 

 ようやく攻撃が命中し、牙の隙間から苦悶の吐息を漏らすグラットン。凍りついた翅もボロボロになり、それでも反撃に転じるため武器を動かそうとする。

 だが、雅龍がそれを許さない。

 グリップを握り込んで今度は前に倒し、スイッチを入力。そして、素速くセンサーへと指を伸ばした。

 

《パニッシュメントコマンド!》

「これでどうだ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルディセンド!》

 

 今度は巨大な龍の鉤爪が、頭上から雪崩の如く怒涛の勢いで虎の肉体を切り裂く。

 カオスグラットンの体は急激に凍りつき、粉微塵になって散る。

 白い塵屑がその場に広がるのを見て、全員息をついた。最強と呼ばれたCytuberを倒す事ができたという安心感が、心を満たしていた。

 ――だが。

 

「なるほどのう……初めて使う技ならば確かに対策もできん、が」

 

 積もった粉塵の山の中から、一本の腕が飛び出す。

 腕と言っても、先程のような巨大化したものではない。本来の、カオスモードになる前のグラットンブルートのものであった。

 

「今ので覚えたぞ」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 白い塵からグラットンが姿を現し、その両手に鋼鉄の蝿たちが集まると、太刀となって握られる。

 先の戦いでは使わなかった二刀流だ。カオスモードは手の内を見るための単なる布石で、ここからが彼の本気という事なのだろう。

 キアノスは息を呑み、声の震えを抑えながら問いかける。

 

「まだやる気か」

「当然じゃろう。面白くなって来たばかりなんじゃからな」

 

 刀を手にしたまま、グラットンはさらにトランサイバーGのボタンを順番に押す。

 その度に、古戦場に散らばっていた蝿たちが、決戦の場に集結していく。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「認めてやろう仮面ライダー、貴様らは強い」

 

 甲冑に蝿が取り込まれ、装甲はより強固になっていく。

 

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

「そしてその力と全身全霊を賭けてぶつかり合う事で……戦いに飢え続けるしかなかった儂が、ようやく満たされるかも知れない」

 

 続いて、鋼鉄の蝿は肩甲骨周りへと集まる。すると四本の腕が伸び出し、それぞれが刀を持った。

 

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

「礼を言わせて貰うぞ。本気にさせてくれた事をな」

 

 今度は甲冑や刀ではなく、グラットン自身の筋肉が蝿と融合して膨張していく。新たに生えた腕までも、隆々と。

 

「刮目するが良い! 我が武威を!」

 

 フォンッ、と太刀が風を断つ。

 その瞬間に、アズールたち四人の背筋にひりつくような感覚が伝う。

 グラットンの放つ凄まじい闘気が、立ち上る砂煙のように戦場全体を包み込み、対峙する者たちにプレッシャーを与えているのだ。

 

「いざ! いざ! 尋常に、勝負!!」

 

 歓喜の声を伴って、六つの刃の旋風が押し寄せる。

 崩落した城の残骸はグラットンの刀が掠めるだけで消し飛び、袈裟に振られた斬撃をサーベルで受け止めようとしたキアノスも、攻撃を防ぎ切れずに膝をついてしまう。

 

「くっ!?」

 

 あまりの威力に、キアノスの指先が痺れる。

 しかもまだ攻撃は終わっていない。三つの刀の突きが、目前まで迫っている。

 だがそこへ、アメイジングアローとアズールセイバーを持ったアズールが割って入った。

 

「兄さんはやらせない!!」

 

 グラットンの目の前にヴェスパーフォトンで構成された障壁が、刺突を妨げる。

 さらに、素速くアズールは剣と弓を交叉させて斬りかかった。

 振り下ろされた刃はしかし、グラットンには届かない。彼もまた、二本の刀で防いでいるからだ。

 

「この……!」

「無駄じゃ無駄じゃ」

 

 チャンピオンリンカーの腕力を以てしても、グラットンの人類を超えた怪力を打ち破る事ができない。

 そうして迫り合っている間に、残る四本の腕の持つ刀がアズールへと向かう。

 その時だった。

 

「今だ!」

「むっ!?」

 

 アズールが右横に飛び退いたかと思うと、目の前からグラットンの方へ冷気を帯びる銀色の液体が飛来する。

 雅龍のボウガンが放ったインクだ。アズールの目的はキアノスを護るだけでなく、この攻撃を当てさせる事なのだ。

 自身の背中に命中するギリギリのところでアズールが回避したため、今のグラットンのスピードであろうとも逃れる事はできない。

 グラットンの甲冑の胸部を、銀色のインクが塗り荒らした。

 

「よし、これで!」

 

 勝ちは決まった。仮面ライダーたちの誰もがそう思った。

 しかし、グラットンは一度鼻を鳴らすと、甲冑のインクによって凍りついた部位が、カサブタのように剥がれてポロリと地面に落ちて砕ける。

 そして欠けた鎧の表面を、新たに戦場からやって来た蝿が融合して補強。凍結は収まり、何もかも元通りとなった。

 甲冑も刀も、蝿が集合してできたもの。よって、完全に浸透する前に薄皮一枚犠牲にするだけで、今のように簡単に難を逃れる事ができるのだ。

 

「これで……何じゃ?」

「そんな!?」

「この能力に頼るだけで儂に勝てると、本気で思っておったのか。たわけどもが」

 

 雅龍が舌打ちし、ノズルとボウガンから再度インクを連射する。

 しかし、グラットンはその全てを刀で弾き、刀身を砕きながらキアノスとアズールに蹴りを入れた。

 

「ぐあっ!」

「儂に勝ちたくばもっと必死になれ!!」

 

 刃を失った刀に蝿が集まり、刀身を形成する。

 蝿がいる限り、装甲も武器も無制限に再生し続けるのだ。これではちまちまとサスペンドブラッドを飛ばしてもどうしようもない。

 

「ならば!」

《パニッシュメントコマンド!》

 

 グリップを前へ傾けながらスイッチを親指で押し、さらにセンサーをタッチ。

 先程と同じように、氷の鉤爪が生み出される。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルディセンド!》

「ホアタァーッ!」

「それは既に見ておるわ!」

 

 横薙ぎに繰り出された爪の一撃を、グラットンは真上に跳躍して回避する。

 その瞬間を狙ってリボルブが銃撃するものの、殺到する炎の弾丸さえ刀で斬り払った。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちしつつ、リボルブは他の三人を集めて陣形を組み直す。

 簡単に済むなどとは誰も思っていなかったが、やはり想像していた以上に手強い相手だ。

 そもそも凍結(フリーズ)の能力すら凌がれる事がリボルブの想定外なので、作戦を立て直さなければならない。

 無論、グラットンがその暇を与えてくれればの話だが。

 

「むんっ!」

 

 六本の腕が同時に振り抜かれる。

 攻撃を防いだのではない。誰も攻撃に動いてなどいないので、当然だ。

 そしてキィィィンという甲高い振動音と共に、咄嗟に前に出て自らの両腕で身を守ったアズールの装甲に六つの斬創ができあがる。

 

「斬撃を……エフェクトもなしに飛ばした!?」

「『遠当て』か!」

 

 遠当てとは、相手から離れた位置にいる状態で打撃や斬撃を命中させる武芸の事である。分かりやすい例としては、大河ドラマなどであるような、遠距離にある火の灯った蝋燭を抜刀のみで掻き消すのがそれだ。

 しかし、当然ながら体得するのには相応の修練が必要で、翠月でさえその領域には達していない。威力にしても彼のレベルにまで到達するというのは、人類では不可能に近い。

 

「やっぱりとんでもねぇバケモンだぜ、このジジイ」

「今更後悔しても遅いぞ」

 

 背中に生えた四本の腕が、影すら残さない程の勢いで動く。

 それと同時にまたも空気の振動音が鳴り、キアノスとリボルブが装甲に傷を受け、後方へ吹き飛ばされた。

 

「ぐあああっ!」

「がっ!?」

 

 このままでは埒が明かない。アズールは大きく前に踏み出し、グラットンへと斬りかかる。

 しかし、やはり二本の太刀のみで防がれてしまった。

 

「く……っ、押し切れ、ない……!?」

「貴様のようなただの小僧が、一人で儂と戦えると思っておったのか。侮られたものよ、のう!」

 

 太刀を右肩の装甲に振り下ろすグラットン。刃が浅く食い込み、短く苦悶の悲鳴を発して、アズールは右手に持っていた剣を取り落してしまった。

 

「小僧、まずはお前じゃ。このまま首をスッパリ斬り落としてやろう」

「やって……みろ!」

《スプリームフィニッシュコード!》

「むっ!?」

 

 見れば、既にアズールは空いた右手でプレートをアメイジングアローに装填し、マテリアフォンをかざして必殺技を発動しようとしている。

 この距離から一撃を受ければ、流石のグラットンと言えど決して無傷では済まない。

 そうなる前に首を落とさなければ。しかし判断を下した頃には、アズールはもう弓を引き絞っていた。

 

「遅いっ!」

Alright(オーライ)! チャンピオン・マテリアルスパーキング!》

 

 極大の光線が、ゼロ距離からグラットンのボディに直撃。甲冑を砕き、グラットンの増殖した四本の腕も消し飛ばして、地に転がした。

 

「ぬぅ! やりおる……!」

「ぐうっ!」

 

 吹き飛ばして距離が離れた事で、アズールの肩に刺さった刃も抜けるものの、血が溢れて変身が解除されてしまう。

 とはいえ、これでようやく決定的なチャンスが訪れた。

 

「甲冑が再生する前に潰しましょう!」

「おう!」

 

 キアノスとリボルブが頷き合い、素速く動き出す。

 翔が作った反撃の隙を無駄にしないために。

 

《リボルニングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ラプターズ・マテリアルエクスプロージョン!》

「くたばりやがれ……!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「これで終わりだ!」

 

 二人のさらに後ろでは、雅龍が翔を戦闘域から逃しつつ、マテリアル・ネクステンダーを握って必殺技を発動しようとしている。

 だがリボルブとキアノスが必殺のキックを放った瞬間、グラットンも立ち上がって右手の刀を地面に突き刺し、トランサイバーGに手を伸ばした。

 

「倒れぬ、終わらぬわ……『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! ブシドー・マテリアルジェノサイド!》

「チェェェェェストォォォォォゥッ!!」

 

 発動の瞬間に太刀を両手で握り込み、全力で振り抜く。

 まだ刀の届く範囲に来ていないので二人には当たらないはずなのだが、グラットンのカタルシスエナジーを吸って刀身が巨大に膨れ上がる。まるで鉄の塊のような分厚く重々しいそれは、明らかに全長10mを超えている、おおよそ人間が扱えるとは思えない代物であった。

 リボルブ・キアノス両名の脚と大太刀が激しくぶつかり合い、爆音が響き渡る。

 勝負を制したのは――グラットンだった。必殺の一振りを受けた事により、キアノスとリボルブの変身は解ける。

 

「クソッ、タレが……!」

「しまった……!?」

 

 しかし、無意味な一撃ではなかった。

 グラットンの大太刀は今の一撃で完全に砕け散っている。それだけでなく、甲冑が損傷している状態で無理に振り被ったために、より深く装甲が破損しているのだ。

 決定打を与えるなら今しかない。生き残った雅龍はマテリアプレートを手に取り、スタイランサーに装填する。

 直後、グラットンも両腕を広げて叫ぶ。

 

「今こそ好機……この戦場に在る鋼鉄蝿よ、我が元に集まれ」

 

 その言葉に呼応して、至る場所から蝿が集結し、グラットンの方へと向かう。

 甲冑を修復して武器も作るつもりだ。それと同時に、雅龍も動いていた。

 

「させん!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! ウォーゾーン・マテリアルスティング!》

 

 雅龍が掲げた槍を自分の方へ投げようとしているのを目視して、即座にグラットンはバックステップする。

 飛んで来たスタイランサーは地面に落ちて突き刺さり、目標のいない場所で冷気が放たれた。

 あのまま留まっていれば自分は凍りついていたであろう。グラットンがカラカラと笑い、ゆらりとトランサイバーに指を伸ばす。

 

「惜しかったのう」

「いいや、これでいい。私の勝ちだ」

 

 それを聞いて、グラットンの手が止まった。

 見れば、攻撃から後方へ逃げたグラットンの方に向かって飛んでいた蝿たちが、動きを止めて地面に落ち、砕け散っている。

 どうやら、槍が放つ冷気によって凍りついているようだ。

 

「なんと……!」

「私はこの瞬間を待っていたんだ。お前の武具が砕け、全ての蝿が一点に集まる、この時を」

「まさか、今の投槍は」

 

 グラットンは、呻きの混じったような苦々しい声を発する。

 対して、雅龍の方は仮面の中で唇を吊り上げていた。

 

「そう……お前を狙ったものではない」

 

 結果として一対一の形になってしまったものの、雅龍はようやく勝ち目が見えた事を確信し、拳を握って構えを取る。

 

「お前の能力は全て、あの鋼鉄の蝿を使った武装や身体を強化するためのものだ。そして武器も防具も蝿も失い、手を読み誤った今……その力は使えない!」

 

 そう言って、雅龍は油断なくじりじりと間合いを詰める。

 すると、沈黙していたグラットンが自らの肩を揺らし、くつくつと笑い始めた。

 

「見誤ったのは貴様の方よ、小僧」

「なに?」

「確かに貴様の言う通り、これでもう強化はできん……で、あるならば――もはやこの甲冑は不要ッ!!」

 

 一喝と共に、身体を覆っていた甲冑が勢い良く四散する。金属の塊は、まるで弾丸のように勢い良く撃ち出され、雅龍を襲撃した。

 

「ガッ!?」

 

 不意打ちを食らって体勢を崩しつつも、倒れる事だけは防いだ。

 甲冑を失い身体強化に使った蝿も飛ばしたグラットンは、細身だが力強い筋肉に包まれており、武器は携行していない。

 攻撃を喰らったとはいえ、変身を解除されるようなものではなかった。むしろサスペンドブラッドを防ぐ事ができない今のグラットンならば、インクを当てるだけで倒せる。

 雅龍はそう思って、腕を突き出してノズルからインクを発射しようとする。

 しかし、カチッという音が響くだけで、何も起こらない。

 

「こ、これは!!」

 

 見れば、いつの間にかノズルの穴が、鈍い色の金属の蓋ようなもので塞がれている。足の方も同じらしく、インクが出て来ない。

 雅龍にはひとつだけ、この状態に至る原因に心当たりがあった。

 先程グラットンが飛ばした甲冑の破片、あの時の攻撃。あれはノズルを詰まらせ、サスペンドブラッドの使用を封印するために、捨て身で攻撃したように見せかけたのだ。

 

「こんな手があったとは……!」

「不覚じゃな。さぁ、その状態で儂に勝てるか」

 

 そう言って、グラットンは遠くにいる雅龍に向かって拳を突き出す。ただそれだけで、雅龍の胸部装甲に拳の痕がくっきりとできあがり、後方へ吹き飛ばされた。

 先程も見せた技、遠当てだ。打撃と斬撃の違いはあれど、威力もスピードも、同じ技を太刀で行った時よりも遥かに増している。

 離れた場所で戦いの様子を見ていた鷹弘は、愕然とするばかりであった。

 

「素手でもこんなに強ェのかよ!?」

「ヤツにとって、武器とは素手の延長に過ぎないんでしょう。むしろ……徒手空拳こそヤツの本領だったんだ!」

 

 完全に想定外だ、とばかりに嘆く声を発する響。

 そんな彼の肩に手を乗せ、翔は真っ直ぐに雅龍を見つめる。

 

「英さんを信じよう。あの人ならきっと……」

 

 三人が話している間にも、戦いは続く。雅龍は拳を握って直進し、地面に突き刺さったスタイランサーを無視してグラットンを殴りつけた。

 雅龍も槍術ではなく拳法を得意としている。素手同士の勝負になるのは必然だった。

 

「ホァタァァァーッ!」

「ムゥッ!? ククッ……ハハハッ!!」

 

 突き出した拳は頬に命中し、グラットンをよろめかせる。

 しかし向こうも負けじと、顔面へ幾度も拳打を放った。それも遠当てを利用し、触れる手前で拳を止める事で、凍結から身を守っているのだ。

 

「ぐぅっ!」

 

 あまりにも強く素早い連撃に、仮面が破損。左眼と流血した頭部が露わとなるが、それでも脚に力を入れて、雅龍は再びグラットンを見据える。

 そして拳からの見えない打撃が繰り出された瞬間、裂帛の気合と共に自身も拳で突き、遠当てを相殺した。

 するとグラットンは歓喜したように「おおっ」と声を上げ、両手を叩いた。

 

「良いぞ良いぞ! じゃが、これも受け切れるか!」

 

 今度は右脚が、フォンッ、という音と共に横薙ぎに振り抜かれる。

 空気の振動音が響き、雅龍は素速く両腕で顔と胸部を守った。

 直後、刃物でつけたような傷が腕の装甲に刻まれ、身体が僅かに浮き上がる。

 

「蹴りでも遠当てを……!?」

「不思議な話ではあるまい」

 

 そう言って、グラットンは大きく前に踏み出して接近し、雅龍の目前で拳を乱れ打つ。

 遠当ての連撃だ。今度は身を守る余裕もなく、まるでサンドバッグのように乱れ飛ぶ拳を受ける事になった。

 

「ぐ、くっ、ガァッ……!!」

 

 よろめいて仮面の隙間から血を吐き零しながらも、雅龍は立ち上がる。

 対するグラットンは、今を好機と見て自らのトランサイバーにゆっくりと触れた。

 

「万策尽きたか? では、今すぐ楽にしてやろう……『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! ブシドー・マテリアルジェノサイド!》

「チェェェェェストォォォォォゥッ!!」

 

 右手に手刀を作り、光の刃を形成。上段からそれを振り下ろさんと疾走する。

 その時。雅龍は左手に握ったマテリアル・ネクステンダーのスイッチを、三回連続で入力した。

 

《マスタリーパニッシュメントコマンド!》

 

 雅龍の右拳に冷気が集束して氷の塊となり、それが龍の頭部の形を取る。

 そしてグラットンを迎え撃つべく、氷の籠手を装着したまま、拳を突き出した。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルターミネイション!》

「ホォアタァァァァァッ!!」

 

 二つの腕が交叉し、互いの必殺技が相手を貫く。

 長い沈黙の末、先に膝をついたのは――。

 

「ぐ……あ、ぁぁっ……」

 

 変身が解けた翠月だった。血の溢れ出る脇腹を押さえ、それでもなお戦意を失う事なくグラットンを見上げている。

 

「ク、クククククッ」

 

 対するグラットンは、立ち尽くして笑い声を発していた。

 そして。

 

「見事だ!!」

 

 賛辞の言葉の後、トランサイバーGと全身が凍結して、砕け散るように変異状態が解かれる。

 上顎から下は全て機械となっており、その頭部も人間らしい肉体と呼べるのは金属に貼り付けた皮と、脳のみ。

 これが、プレデターこと万福 武蔵の真の姿だった。

 

「素晴らしく、楽しい、漢の戦いだった。兵器として生きるしかなくなった儂が……戦いに飢えて渇き続けた儂が、ようやく、満たされた」

「万福さん……」

「ようやく、人間に……戻った気分だ……」

 

 ノイズ混じりの声で、翠月の腕に介抱されながら、武蔵は言う。

 彼は既に、自分の奥底にある本当の願いに気付いていたのだ。

 兵器ではなく、人間に戻りたい。身体はどうにもできなくとも、せめて心だけでも人間として死にたいと。

 

「儂の体はもう長くない。この損傷ではじきに死ぬだろう」

 

 そう語って、武蔵は翠月のマテリアパッドに手を伸ばした。

 

「だから命尽きる前に、最後に伝えよう。あの女……ハーロットの領域の座標を」

 

 その場に駆けつけていた翔と響、そして鷹弘が驚きつつも顔を見合わせる。それさえ分かれば、ようやくアシュリィの救出ができるのだ。

 武蔵の脳を通して、マテリアパッドにデータが送信されていく。翠月はそれを確認しつつ、腕の中にいる漢に一礼する。

 

「ありがとう。あなたの武人としての姿勢に敬意を表する」

「儂を倒したお前たちならばやれる。勝てよ、仮面ライダー」

 

 最後に満足そうな笑い声を上げて――武蔵は、二度と動かなくなった。

 

「とんでもねェ強敵だったな」

「ええ。だけど、真っ直ぐな人でした」

 

 そう言って、翔は武蔵の腕のトランサイバーGから、マテリアプレートを回収しようとする。

 しかし。引き抜いたそれは、翔の手から離れて上空へと飛んでいく。

 

「あっ!?」

 

 マテリアプレートの飛ぶ先で、足を組んで漂っているのは、スペルビアだった。

 

「まさか……まさか、ひとりも殺せずに役目を終えるとは。いやはや、あなた方の底力も中々予想外ですねぇ」

 

 トントンとこめかみを指で軽く叩きながら、スペルビアは冷めた眼を武蔵の遺体に投げかける。

 

「あるいは、そこの鉄屑が思った以上に耄碌していただけでしょうか。多少は役に立ちましたがね」

「……貴様……最後まで戦い抜いた人間の、漢の魂を侮辱する気か!」

 

 歯を軋ませ、体に力を込めて翠月は立ち上がった。翔たちも、マテリアフォンを手に睨みつけている。

 しかし、スペルビアは鼻で笑うばかりだ。

 

「人間? ハハッ、何を仰る。確かにトランサイバーを使える程度に人間的な理性や感情は残していたようですが……身体をここまで改造した時点で、所詮ただの兵器。そして本来の役目を果たせないのならガラクタ、ゴミ同然ですよ」

「貴様ァッ!!」

「さて」

 

 彼らの負傷を見て既に戦える状態ではない事を見抜いているのか、スペルビアは早々にマテリアプレートを頭上に掲げる。

 プレートに力が飲み込まれ、崩壊が始まった。

 

「我々が作る世界にこんなゴミは必要ありません、廃棄処分と致しましょうか。あなた方も脱出しては如何かな?」

「くっ……!」

 

 ホメオスタシスには抗う術も他に取れる手段もない。潜入したメンバーに連絡を取りつつ、四人はその場を後にする。

 残された武蔵の遺体が瓦礫に飲み込まれて地の底に消えていくのを楽しげに眺めつつ、スペルビアも姿を消した。




「はぁ~、くたびれた。ごめんねーふたりとも、付き合わせちゃって」

 時は、四人の仮面ライダーがプレデターと決着をつけるよりも前に遡る。
 マテリアル・ネクステンダーと凍龍伝綺(ブリザード・ドラゴンズ・ロード)を完成させた浅黄と鋼作と琴奈は、作業部屋から退室し、廊下を並んで歩いていた。

「お疲れさんです」
「間に合って良かったですよ」

 両手を合わせて謝る浅黄に、二人が笑いながら返答する。
 現在三人が向かっている先は、鷲我の執務室だ。
 ちょうど昼食の時間なので、彼に声をかけ、食事を共にしようと浅黄が提案した。要は奢らせるつもりなのである。
 歩き続けて浅黄たちが部屋の前に到着すると、僅かに開いた扉の隙間から声が漏れ聞こえた。

「ん、誰かいる……?」

 浅黄は扉の前で耳を傾ける。

「まさか、信じられん! 本当に彼女なのか、いや仮に彼女がそうだとしても……」
「だがここに書いてある事を信じるなら……翔に施術をしたのは、こいつで間違いねぇ」

 何やら不穏な会話の内容だ。
 なので、ガチャリと遠慮なく浅黄は扉を開いた。

「ちーっす」
「浅黄!?」
「二人共コソコソと何話して……!?」

 慌てた様子で部屋に入り込む浅黄の後ろに、鋼作と琴奈も続く。
 見れば、部屋の中には鷲我だけでなく肇がおり、二人でパソコンを使って何やらSDカード内のファイルを開いていたようだ。。
 画面には『瓜晴 愛梨子(ウリハル アリス)』という名の黒髪の女性が写っている他、机の上には『加々美 兎月(カガミ ウヅキ)』という黒髪の少女のデータが書かれた資料が置いてある。
 資料によると、愛梨子という女性は話題の議員である久峰 遼の秘書であり、兎月という少女は過去にZ.E.U.Sでアルバイトとして働いていたようだ。
 そして、二人の顔は姉妹かと見紛う程に良く似ている。
 浅黄はその二つの写真を、食い入るように見つめていた。

「おい、勝手に何してんだ」
「どういう事!? どうしてこの人の写真があるの!?」
「なに? どういう意味だ」

 声を震わせて半ば叫ぶように問い詰めてくる浅黄にただならぬ事態を予期し、一度落ち着かせた上で、肇は訊ねる。

「お前、こいつを知ってるのか」

 すると、浅黄はゆっくりと首を縦に振った。

「この人は……ウチの姉貴、ハーロットだよ!!」

 全員が声を失って、浅黄の言葉に自らの耳を疑う。特に鷲我と肇は、開いた口が塞がらないという様子だ。
 翔に改造手術を施した人物と、アクイラの細胞片を植え付けた裏切り者。
 その正体こそ、大物議員の秘書にして元Z.E.U.S社員、Cytuber一位のハーロットだったのだ。

 そして――真の絶望は、息を殺してすぐ傍まで迫っていた。
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