軍鶏のデジブレインとの戦いが終わった後。
アシュリィを連れて自宅に戻った翔は、靴を脱いで大きく息を吐く。その顔には隠しきれない疲労感が漂っていた。
訓練も含めて一日に三度もデジブレインと交戦したので無理もない話だ。特に、最後の戦いでは連続して必殺技を撃たされていた。
しかし休んでいる場合ではない、翔はアシュリィを空き部屋へと案内する。
そこは、来客用に用意された和室だ。仄かに鼻孔をくすぐる畳の匂いは、訪れる度に翔の心を落ち着かせる。
「布団は押入れの中にあるから。机とかも好きに使って良いからね」
琴奈から貰った他のお下がりを綺麗に畳んで収納しながら、翔は言った。
すると、背後でボーッと立っていたアシュリィが、翔に向かって「ねぇ」と声をかける。
見れば彼女は、棚に飾ってある写真立てを眺めていた。そこには、幼い頃の翔と響、そしてひとりの男が写っている。
「この家、あなた以外に誰かいるの?」
「あー、兄さんと父さんがね。って言っても、父さん今は日本にいないんだけど」
アシュリィはまだ写真立てを見ている。そこに写っている男の顔と、翔たちの顔を見比べているようだ。
写っている兄弟の姿は、今よりもずっと幼い。少なくとも10年近く昔の写真だった。
一方で兄弟の間に入って二人の手をつないでしゃがんでいる男は、中々ハンサムで当時の写真では三十代前半のように見えるが、可愛らしい翔と響に比べて強面だ。
男は頭に藍色のソフト帽を目深に被っており、同じ色のベストとスラックス、薄紫色のワイシャツに真っ赤なネクタイという出で立ちだ。また、なぜか左手にだけ革製の手袋を着けていた。
「これがあなたのパパ?」
「うん、そうだよ。
「たんてい……」
アシュリィはさらに、翔と写真の男を見比べる。
「似てない」
「あはは、そうだね」
特に気にした様子もなく翔は笑う。アシュリィはまだ疑問があるようで、写真をじっと見ている。
すると、何を言いたいのか察したのか、翔は先んじて口を開いた。
「母親はいないんだ。色々あって、男三人で住んでる」
「色々?」
「んー……」
翔はほんの少し考え込んだ後「まぁ隠す事でもないか」と呟いてから、アシュリィに微笑みかける。
「僕らは捨て子なんだ」
「え?」
「言ったでしょ? 大切な人に見捨てられたって。本当の父さんと母さんがいたみたいなんだけどね、物心ついた頃から僕は児童養護施設にいた。僕と兄さんがちゃんと兄弟だって分かったのは、職員さんが僕らを一緒に引き取ってくれたからなんだ」
「……なんで?」
「なんで捨てられたのかは僕にも分かんないよ」
アシュリィは絶句し息を呑む。だが、それは翔の口から語られた真実に衝撃を受けたからというだけでは決してない。
目の前の男は明るく振る舞っているが、彼が本当はどう思っているのか、全く見えて来ないのだ。
自分の身に起きた出来事を不幸と思っているのか。怒っているのか、悲しんでいるのか。単純に気にしていないだけなのか。本心がまるで分からない。
そして当の翔は暗い話題を無理矢理打ち切るかのように「さて!」と言ってポンと手を叩くと、今度はリビングへとアシュリィを案内する。
「お腹空いてるでしょ? 今ご飯用意するから、ちょっと待ってね」
翔はアシュリィを席に座らせ、胸にオレンジ・バナナ・ブドウ・メロンなどが刺繍されたエプロンを纏ってキッチンに立つ。
弾むように動くその背中に、アシュリィは声をかけた。
「ねえ」
「ん、何?」
「どうして私を助けるの? こんな事したってあなたに何の得もないでしょ」
「言わなかった? 放っておけないからさ、君の事。それに、人を助けたいと思うのに理由なんかないよ」
鍋の中身をぐるりとかき混ぜ、翔は言う。そして炊飯器の方まで歩いて蓋を開くと、すぐさましゃもじを使ってご飯を二つの皿に盛り付ける。
そして鍋の方に戻り、鍋の中身をご飯の乗った皿にかけていく。
カットされたニンジンとジャガイモにタマネギなどの野菜や、薄切りの豚肉が入っている、香ばしく匂い立つドロリとした茶色い液体だ。
翔はそれを、テーブルで待つアシュリィの前に置いた。
「今日はカレーだよ。明日の分まで作ってて正解だったね」
「……」
「どうぞ、召し上がれ」
スプーンを渡して、翔はアシュリィの向かい側に座って微笑む。
アシュリィは料理を前にして、表情はそのままに瞳は無邪気な子供のように輝かせている。
そして翔の視線に気づくと、我に返って咳払いし、恐る恐るとカレーとライスをスプーンで掬って口に運んだ。
「……!!」
瞬間、アシュリィは目を丸くして再びスプーンを器へ。さらに食し、また器へ。何度も繰り返す。
「どうかな? おいしい?」
ニコニコとしながら翔が問いかけているのを耳にし、ようやくアシュリィはスプーンの動きを止める。
すぐ目の前に翔がいる事を忘れ、嬉々として料理を食べ続けていた自分の姿を思い返して、気恥ずかしそうに頬を染めながらアシュリィは言う。
「ま……まぁまぁなんじゃない」
「そっか。よし、じゃあ君の口から『おいしい』って言わせるのを当面の目標にするよ」
「好きにすれば……」
「あ、おかわりあるよ」
「そう」
素っ気ない返事をしつつ、アシュリィはカレーを食べ続ける。そんな彼女を、翔は嬉しそうに見守っていた。
「おかわり」
「はいはい」
翌日の午前、帝久乃市内の病院、その天坂 響が入院している病室にて。
翔は、鋼作と琴奈とアシュリィを伴って彼のお見舞いに訪ねていた。
青い患者衣を着た響は、N-フォンを片手だけで持って操作しつつ、画面をほとんど見ずに『ワンダーマジック』というパズルゲームアプリに興じている。
そんな状態でも操作ミスを一切していない超人じみた技術を平気な顔で繰り出す響に流石の鋼作と琴奈も恐怖を感じているが、翔はもはや慣れたもので、微笑みながら果物の皮を剥いている。
「腕の具合はどうかな? 兄さん」
「そうだな……少しずつ治っている。この調子ならじきに復帰できるだろう、リハビリも順調だ」
言いながら響はN-フォンの画面を見せる。鋼作は、それはリハビリと違うと思う、という言葉は飲み込んだ。
「無理すんなよ?」
「分かってますよ。ところで」
響がチラリとアシュリィに視線を移す。彼女は、くんくんと匂いを嗅ぎながら、翔が剥いているバナナと桃にじっと目を向けていた。そして響の視線に気付くと、サッと目を背ける。
翔と響が顔を見合わせて苦笑いし、翔からアシュリィに声をかけた。
「食べたいのかい?」
「別に」
「悪いけどこれ兄さんのお見舞い品だから食べないでね」
「……」
心なしか、翔にはアシュリィの眉がしょんぼりと垂れ下がったように見えた。
「後でお昼ご飯だからさ。イタリアン食堂の『フィアンマ』って言うところに行こうと思うんだ、ピッツァだよピッツァ。ちょっとの間だけガマンしてよ、ね?」
「……うっさいバカ」
アシュリィはほんの少し頬を膨らませ、ツーンとそっぽを向いている。
その様子を見て響はまた苦笑し、改めて翔に向き直った。
「彼女が例のアシュリィくんか」
「うん。とりあえず、記憶が戻るまではウチで預かる事にした」
「父さんに連絡はしたのか?」
「まぁね、運良く電話に出てくれたよ」
そう言って翔は、皮を剥いて切り分け終わったバナナと桃をテーブルに差し出した。
一方の琴奈は冷蔵庫の中から水の入ったペットボトルを取り出して同じくテーブルに置き、鋼作は欠伸をしながらパイプ椅子に座る。
紙コップに水を注ぐ響の姿を見ながら、琴奈は翔に話しかける。
「二人のお父さん、確か仕事で上海だか香港だかに行ってるんだっけ?」
「ええ、まだ忙しいみたいで」
「大変なのね、探偵って」
「いやまぁ国外まで呼び出されるのは多分あの人くらいだと思いますけど……」
アハハと笑いながら、翔は病室の窓を開ける。室内に涼風が入り込み、琴奈は気持ちよさそうに伸びをした。
そして鋼作の隣のパイプ椅子に座った後、翔は「そういえば」と、響に話を切り出した。
「退院できたら食べたいものある?」
「ん? そうだな……翔の作る料理はどれも美味いから迷うな」
「ふふ、そんな事言って。兄さん昔はピーマン嫌いだったじゃないか」
「む、昔の話だ、それは。今じゃ
「そうだっけ? じゃあ退院祝いはピーマンづくしでいい?」
「なに、止せ! それとこれとは話が別だ!」
兄弟の団欒する様子を見て、鋼作も琴奈も笑い合う。アシュリィも同じく二人を眺めているが、ふと彼女を見た翔にはその目はどこか寂しげにも思えた。
「それじゃ兄さん、僕らはそろそろ帰るね」
「翔」
「ん?」
「俺が入院している間、この街を頼んだぞ」
「……うん。任せて」
翔はアシュリィの手を取り、鋼作と琴奈も連れて病室を後にする。
自分以外に誰もいなくなった病室で、響はひとり溜め息を吐き出した。
「あいつは着実に強くなっているようだな」
ひとりごちる響の手が、ゆっくりとベッドの脇にある棚の中へと伸びる。
そこにあったのは、VRグラスとマテリアプレート。スタッグビートル・デジブレインやカメレオン・デジブレインと対決しようとした際に持っていたプレートをこっそり持ち出していたのだ。
響は真剣な面持ちで頭にVRグラスを装着し、マテリアプレートを起動する。
《
マテリアプレートを装填したVRグラスが、響の眼に異世界の風景を映し出す。
これはただのVRグラスではなく、ホメオスタシスが開発したトレーニング装置だ。響はこっそりとこれを使い、入院中も訓練に励んでいたのだ。
「俺も負けていられない……!」
VRの中であろうと、響は片腕しか動かせない。それでも響は特訓を開始する。
強い意志を以て。
※ ※ ※ ※ ※
「……ふぅー」
同日。ホメオスタシスの地下研究施設にて、陽子はあるものを作製していた。
その手に握られているのはマテリアプレート。この地下研究施設では、仮面ライダーに必要な戦闘用データとテクネイバーを封入し、実在のアプリを元に新たなプレートを製作できる。
陽子や文彦などのエージェントはその開発技術と権限を持っており、翔と鷹弘が現在使っている二種とは違う、新しいプレートを二枚完成させようとしているのだ。
「順調そうだな」
歓喜の表情を浮かべて新しいマテリアプレートを眺めている陽子に、鷹弘は後ろから声をかける。
振り返って頷くと、陽子は鷹弘にプレートを見せびらかす。
「ええ、とりあえず二つ。このマテリアプレートが完成すれば、今後の戦いも楽になると思うわ」
「アズールが交戦したあのシャモみてェなのは他とは格が違うようだからな、戦力増強は助かるぜ」
鷹弘はそう言った後で、思い出したように「そういえば」と言葉を繋ぐ。
「アイツの手術はどうなった?」
「それなら今朝済ませたわよ。響くんのお見舞いついでに来てくれたわ」
「そうか」
「念の為に検査もしておいたけど、確かにナノマシンも制御チップも見つからなかった。一応両方注入したからもう大丈夫だと思うけど……本当にどうしてなのかしら」
「さぁな。こっちでもアイツについて調べてるが何も見つかってねェ、今はとりあえず経過を観察するしかねェだろ」
息を吐き、鷹弘は陽子に「引き続き頑張んな」と声をかけて背を向ける。
この調子ならば新アイテムの完成は近いだろう、少なくとも今日中にはできるはずだ。鷹弘がそう考えた、その直後だった。
鷹弘の持つマテリアフォンが、文彦から『街にゲートが出現している』というメールと位置情報を受信した。
「どうやら……実戦で試す事になりそうだな」
「気を付けてね。こっちも急いで完成させるから」
「あいよ」
鷹弘は部下を伴って走り、駐車場に繋がる地下道に到着、そこでマテリアフォンのバイクのアイコンをタッチする。
《トライマテリアラー!》
そんな音声と共に、鷹弘の目の前に一台の車両が出現した。車体は真っ赤で前輪が二つ、後輪が一つという構造の、所謂リバースタイプのトライクだ。
鷹弘が自分専用に設計したマシン、トライマテリアラー。一般エージェント用のバイクであるマシンマテリアラーと違って、フロント部にデータの弾丸を射出するガトリング砲が二門配備されている。
この武装の操作には、前部・後部両方の座席に備わっているホログラフィックパネルを使用する必要がある。本来は響を後部座席に乗せてのコンビネーションを想定していたのだが、今彼の手を借りる事はできない。
そのため、今のところ鷹弘は代わりに陽子を乗せる事にしている。だがその陽子も今はマテリアプレートの開発で手が離せない。
「位置の特定は済んだか?」
「はい、御種さんが監視カメラの映像をキャッチしています。確か……」
部下の一人がN-フォンを操作して地図を出し、鷹弘の操縦席のホログラフィックパネルに転送。地図が表示される。
鷹弘はそれを横目で確認した。
「イタリアン食堂の『フィアンマ』か」
※ ※ ※ ※ ※
「クソ……クソが、なんでバズらねぇんだよ……」
それは、鷹弘らホメオスタシスが出動するよりも前の事だった。
眼鏡をかけたおかっぱ頭の男が一人、ぶつぶつと小声で何事か愚痴を零しながら、ファミレスのテーブルに置いたデジタルカメラとN-パッドを操作していた。
パッドの画面には『フラッド・ツィート』というSNSアプリのメッセージが表示されており、男がそのカメラで撮ったであろう様々な写真が添付されている。
男はかつて、SNS上で多大な注目を集めた事があるユーザーだった。
大学において写真部の一員として活動し、美しい風景や料理など色々な写真を撮る事が彼の趣味だったのだ。そして、撮影して気に入ったものはいつもネット上にアップロードしていた。
注目されて名を上げる事など、全く考えてはいなかった。彼にとってこれは単なる趣味であり、仕事でもなければ義務でもない。
――決定的な出来事が起こった。
ある時彼は、もうひとつ趣味を作ろうとテレビに出演している自分の大好きな有名人の似顔絵を描いていた。これ自体は以前からやっている事で、練習程度に描いたものだがこれもネット上にアップロードしているのだ。
しかし間の悪い事に、その有名芸能人は不幸な事故で亡くなってしまった。男は追悼の意をこめて、完成後にその絵をSNSにアップロードした。
これが男にとって輝かしい日々の、しかし見る人が見れば後の悲劇の始まりだった。似顔絵は彼にとって想像以上に注目を集めた。大勢に自分の絵を閲覧され称賛を浴びる事が、男には驚く程に心地良く感じたのだ。
そして、男はこう考えるようになった。
『もっともっと注目される写真を撮ろう』
当の本人に全く自覚はないが、男のその思い自体に、邪な気持ちは間違いなくあった。
だから似顔絵の後で撮った不味いタピオカミルクティーや山のように盛ってるだけの巨大パフェなどが思ったより注目されなかった時、男は観衆に不満と苛立ちを募らせつつもどうやって再び注目されようかと頭を悩ませていた。
そして最初に注目された時の事を思い出し、彼の中でおぞましい感情が湧き上がった。
『もうすぐ死にそうな有名人の絵を描こう』
男はすぐさま行動に移った。しかしただ絵を描くだけではきっとつまらないと思い、工夫を施した。話としてはそれほど難しい事ではなく、食パンにチョコソースで似顔絵を描こうと試みたのだ。注目されたいのでアップロードするのはその人物が亡くなった後で良い。
何の疑問も持たなかった。男は既に注目される事への妄執によって狂気に堕ちていたのだ。
さて、これで男は目論見通りに注目と称賛を集める事ができた。だが必ずしも全てが予定通りになったかと言えば、それは違った。
死人を利用して称賛を浴びようというのは不謹慎極まりないのではないか、という声が次第に上がり始めたのだ。事実、男の目的は脚光を浴びる事であって、応援していない有名人を選んですらいた。
しかし男はそんな声を無視し続けた。否、最初から耳になど入っていなかった。ただ、どんな形であろうと注目される事が気持ち良かったのだ。それが炎上であったとしても。
こうして、男は徐々に炎上目的で写真をアップロードするようになった。それだけでは飽き足らず、視線を集めるために注文した料理や飲み物を食べずに帰るなどと迷惑行為をも繰り返した。
「俺を見ろ……見ろよ……」
だが最近、男を注目する者は激減していた。
彼自身は気付いていないが、それには明確な原因があった。
ある時、別段応援していない有名人が精神失調症に罹ったというニュースを見て、たまたまその人物の食パンアートを描いていたので、撮影してSNSでアップロードした時の事だ。
その男のアップロードした写真が前回の使いまわしだと指摘する声が多発したのだ。
事実、随分前から作り置きしていたもので、その有名人が自動車事故を起こした時にもアップロードしていたのだ。しかも僅かにカビが生えている事も指摘された。
これがいけなかった。この写真の件は男の想像を遥かに超えて炎上したが、同時にそれ以降パッタリと沈静化してしまったのだ。
誰も彼を見なくなった。期待しなくなった。今まではどこか彼の食パンアートの努力自体を認めている部分があったが、使い回していると知って観衆は完全に彼を見放したのだ。
そんな事も理解できず、彼は未だに無意味な炎上行為を続けている。新たな火種と燃料を探して。
「もっと燃やして……もっとバズってやるんだ……!!」
ぶつぶつと呟きながら、男は店を出る。この日はコーヒーだけで四時間近く居座っていた。もう大学にもほとんど通っていない。
周りの人間は誰も男を気にしない。目もくれない。彼が有名だったのはSNSの中だけで、現実ではただデジカメを持ってるだけの一般市民に過ぎないからだ。
男はそれを頑なに認めない。自分は誰からも注目される素晴らしい人間なのだと、信じて疑っていない。
「そんなに栄誉が欲しいのかい?」
その声が自分の耳に入った時、男は驚いて周囲を見回した。
声は路地裏から聞こえた。恐る恐ると、男は中へ入っていく。
そして、自分の目を疑った。そこには軍服のようなものを纏った、人間とは思えない程の巨躯の男がいたからだ。彼は机にチェス盤と駒を用意し、椅子に座してひとりでチェスに興じている。
「誰だアンタ……」
「失敬、ボクの名前は『ストライプ』。気さくに閣下と呼んでくれ」
ストライプと名乗った軍服の男は、駒を操作しながら笑う。
そして、先程と同じような質問を繰り返した。
「名声と脚光が欲しいのかい? そんなにも、栄光を手にしたいというのかい?」
「あ、ああ……」
ストライプの言葉に魅入られてしまったかのように、男は気づけば返事をしていた。
「俺は欲しい……どんな形でも良い、炎上してもどうでも良い! バズりてぇ、バズりてぇ!」
「そうかそうか。良かったよ、キミが思った通りの人間で」
「え?」
「ボクならキミの望みを叶えてあげられる。栄光を手にしたいというのなら……そのための力を与えよう」
ストライプはそう言いながら、いつの間にか手に持っていた黒い機械を男の腹に押し当てた。
すると、男の体に帯が巻き付き、全身に電撃を流す。
「ガッ!?」
苦悶し、男は胸を押さえる。さらに軍服の男は懐から赤いプレートのようなものを取り出し、起動した。
《
「その"虚栄"、利用させてもらうよ!」
ストライプはベルトを巻きつけられた写真部の男の胸倉を掴み、そしてベルトにプレートを差し込んだ。
すると、男に先程よりも強烈な電流が迸ると共に、デジブレイン同士が結合した時のように全身がモザイクで覆われる。
「グ、ァ……ギャアアアアア!!」
《ハック・ゼム・オール! ハック・ゼム・オール!》
「アアアアアガガガガガアアアアア!!」
モザイクに包まれながらも、男はまるで苦しみを取り払うかのように、ベルトのプレートを更に押し込んだ。
《
モザイクが消失し、男の肉体が変異して生まれたのは炎を纏う黄色の斑点が特徴的な赤い人型のイモリ。
自分の体に火が点いている事など全くお構いなしで、常に他人の視線を気にするようにギョロギョロと周囲を窺っている。
さらに舌先は火の点いたジッポライターとなっており、舌を左右に動かせば炎が揺らめき、口からは何事か呟く度に炎が覗き出ている。
「ヒーハハハハハッ!! コリャイイゼ、コレダケ炎上シチマエバ皆ガ俺ヲ見ル!! 皆ガ俺ヲ認メル!! ヒハハハハハッ!!」
叫んだ直後、男はデジカメを踏み潰し、頭上に出現した空間の歪みに向かって跳躍。その場から消える。
ストライプはその姿を満足気に見上げた後、スマートウォッチのボタンを押してホログラムの地図を表示。
先程のデジブレインがどこへ向かうか、ゆらりと追跡する。
「せいぜい頑張りなよ。理性まで燃やし尽くさないように、欲望を満たす事だね」
一瞬の静寂の後。
男もチェス盤やテーブルも、まるで最初からそこに存在しなかったかのように消失した。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃。イタリアン食堂『フィアンマ』にて、翔たちは食事を摂っていた。
店内は広々としており、ガラス越しに厨房の石窯などが見える仕組みになっている。
並んでいるのはアンチョビとキノコやガーリックなどを乗せオリーブオイルをかけたシンプルなピッツァと、ミートソーススパゲッティなどだ。
「知ってます? ピザとピッツァって違う物らしいんですよ。石窯で焼いて生地がカリカリしてるのがイタリア本場のピッツァで、アメリカ式の鉄製オーブンで焼いてる厚いフワフワな生地の方がピザです」
「へぇー、そうだったのか」
「ピザの方はアメリカンパーティっぽく、具材も盛り沢山だったりします。なので日本でデリバリーされてるのは大体ピザなんですね」
ピッツァを頬張り、翔は言う。さらに付け加えて「ここは石窯を使ってるのでピッツァです」と言って笑った。
さらに翔曰く、この店の厨房ではピッツァを焼いたりパスタを作るのに最適な温度と火の加減をテクネイバーに計測して貰っているという。
鋼作と琴奈は納得した様子で頷いており、アシュリィは話を聞いていないのか黙々と食べ進めている。
琴奈は何か可愛らしいものを見るような目で、アシュリィに話しかける。
「おいしい?」
「ん」
「そっか」
短い返答だったが頷いた事に満足したらしく、琴奈はニコニコと笑っている。翔も、どこか和んでいる様子だ。
だが、何故か鋼作は顔を顰めている。というのも、別にアシュリィの態度に腹を立てているわけではなく、この店についての事だった。
「……なんか、暑くねぇか?」
不意に鋼作がそう言った。彼の額は汗で滲んでおり、気づけば翔も琴奈も体に汗を流していた。
「妙ですね。空調の調子でも悪いのかな」
翔がそう言ってエアコンを見上げた、その時だった。
突然、厨房の石窯の炎から爆発音が響き渡り、炎が燃え盛った。
「なっ!?」
変化はそれだけではない。コンロからも巨大な火柱が立ち上がり、エアコンからは温風が発せられている。
「どうなってんだ!?」
「電子機器の異常……まさか!」
翔が気付いた時には、既に事は始まっていた。
店内のあらゆる電子機器がゲートとなり、ベーシック・デジブレインが溢れ出したのだ。
「やっぱりデジブレイン!」
立ち上がった翔は、マテリアフォンを取り出す。
そしてそれと全く同じタイミングで、鋼作がマテリアガンを抜き、翔の背後から近付いて来るベーシック・デジブレインの眉間を撃ち抜いた。
「避難誘導は俺と琴奈に任せろ」
「お願いします!」
いつものようにドライバーとマテリアプレートを呼び出し、翔は変身を行う。
その間に琴奈はアシュリィと共に退路を確保し、鋼作は琴奈たちや客・店員の護衛に移った。
《ユー・ガット・メイル!》
「変身!」
《
「そぉりゃあああ!」
仮面ライダーアズールに変身した翔は、店内でまだ残っている客を救助するため、デジブレインたちに飛びかかる。
「逃げて下さい!」
《アズールセイバー!》
アズールはベーシック・デジブレインの喉に剣を突き入れ、頭を掴んで捩じ切る。
そして消火器を拾い、火を吐いているコンロや石窯に吹きかけた。
だが、火の勢いは一時的に収まりはしたものの、完全に消える気配がない。デジブレインが干渉したせいだろう。
「こういう時は確か、ゲートを管理しているデジブレインを倒さないと……」
そう言いながら、アズールは厨房の方へ歩いていく。こういう場合は大抵、ゲートの近くに管理者がいるからだ。
しかし、キッチンにはデジブレインの姿は見当たらない。一体どこにいるのだろうか。
アズールが周囲を探索していると、突然背後から小さな飛行物体が接近してきた。驚き、アズールは振り向いた。
「これは……?」
そこにいたのは、カブトムシのような形状をした小さな機械だった。頭に伸びた一本の角、そして六本の脚は紛れもなくカブトムシだが、色は青い。
胴体と背甲には丸いレンズのようなものがあり、どうやらカメラであるらしい事が分かった。また、背中にはマテリアプレートのようなものが差し込まれているのも分かった。
さらに、カブトムシからは女の声が聞こえる。
『翔くん、大丈夫!?』
「その声……えっ、琴奈さん!?」
『そうよ! そしてこれはフォトビートル、私が作ったサポートアイテムよ!』
「琴奈さんが!?」
『この子には私が作ったデジブレイン図鑑との連動機能を搭載してあるの! 映したデジブレインが何のデータを元にしているのかさえ分かれば、自動的にデジブレインの能力を解析してくれるスグレモノよ!』
琴奈の得意気な声がフォトビートルから聞こえる。恐らく設計の基礎は鋼作に手伝って貰ったのだろうが、負けず劣らず凄まじい技術だった。
さらに、フォトビートルには他にも機能があるらしい。石窯をスキャンしたかと思うと、その瞬間に『ゲート発見』という音声を発した。
「待てよ、厨房にいないって事はひょっとして……琴奈さん、このフォトビートル連れて行っていいですか?」
『もちろん!』
「ありがとうございます。それじゃ」
そう言って、アズールは石窯に触れる。
すると周囲の空間が捩れて歪んで行き、光と共にゲートが開かれる。
アズールはそこへ飛び込み、サイバー・ラインへと姿を消した。
「熱っ!?」
突入直後、思わずアズールが叫ぶ。
アズールがこの場所に降り立った時、既に周囲は火の海だった。
相変わらず空は濁りきったドス黒い色彩でアズールを出迎えており、そこに黒煙が混ざり合って陰鬱な雰囲気を醸し出している。
「……あれ?」
しかし、火にばかり気を取られていたが、探索を続ける内にアズールはある事に気付いた。
翔たちが最初にサイバー・ラインに迷い込んだ時、周囲はノイズに包まれており視界が悪かったが、ここは比較的そのノイズが薄く感じられたのだ。
だから、あの時入ってしまった場所とは景色や建造物などが全く違う事に気付くのにも時間がかからなかった。
今いる場所は、どこか中世ヨーロッパの居城ように見える。ただし戦火や損壊によって、廃城同然となっているが。
さらに言えば地面には銃器や兵器の破片のようなものも転がっている。そのため、一概に中世の世界と呼ぶ事はできないだろう。
「なんだここ……デジブレインがデータを読み取るように、サイバー・ラインもデータを取り込んで変化するのか……?」
思わず口にするが、当初の目的を思い出して首を横に振り、アズールはデジブレインの捜索に専念する。
「どこだ、どこに……」
アズールが城内に足を踏み入れた、その瞬間。突然、背後で巨大な火柱が天へと昇った。
「え!?」
思わず振り向くアズール。そこにいたのは、マテリアプレートが装填された黒いバックルのついたベルトを装着しているデジブレインだった。
赤い体色の黄色い斑点が全身についているイモリで、炎を体中に帯びている。
「ヒーハハハ! オ前……俺ヲ見ニ来タノカ?」
「デジブレインが喋った!?」
会敵の瞬間、フォトビートルが即座に反応し、敵戦力の
そして解析完了の音声が流れ、琴奈が目の前のデジブレインに関するデータを読み始める。
『ニュート・デジブレイン、イモリ型ね。サラマンダーっていう伝説上の生物のデータも読み込んでいて、炎を操る事ができるみたいよ。でも、あのベルトは何かしら……』
そう締めくくった後、ニュート・デジブレインはフォトビートルを見て興奮状態になる。
「イイゾ、イイゾ! 見ロヨ……俺ヲ見ロォォォォォ!!」
『ひぃっ!? 何こいつ、気持ち悪っ!』
「ヒーハハハァー!!」
ニュート・デジブレインは大口を開き、舌先のライターから炎を射出する。爆炎がアズールの右腕に命中し、激しく炎上した。
「うわっ熱っ、熱い!!」
『気を付けて翔くん! こいつの炎がサイバー・ラインに広がれば、現実世界の方にもフィードバックするわ!』
「どういう事です!?」
『要するに、現実世界の他の場所でも電子機器が暴走して火災が起きるって事!』
「それは……マズいですね」
風を起こして腕に纏わりついた炎を掻き消しながら、アズールセイバーを構え直す。
ニュートはアズールが武装しているのを目視した途端、敵と判断したのかゆっくりと足を進める。
そして炎の拳を振り上げ、アズールへと飛びかかった。
「見ロ見ロ見ロ見ロ見ロ……俺ヲ見ロロロロロロロロロロロロォォォ!!」
※ ※ ※ ※ ※
一方、少し遅れてフィアンマに到着した鷹弘は、店の様子を見て唖然としていた。
より正確には、店の外の状態だ。と言っても逃げ遅れた客や店員がいるとか、大規模な火災が発生したからというわけではない。
「なんだ……こいつらは!?」
そこには、彼も見た事のないデジブレインが何体も跋扈していたのだ。
白と黒のチェック模様の鎧を装着し、ショートソードとバックラーで武装した八体のデジブレイン。
さらに、それらとは異なる形状の鎧兜と突撃槍を装備している、下半身が馬のようになっている二体のデジブレインだ。
他にもベーシック・デジブレインが大量に出現しており、街はパニック状態となっていた。
「クソが……アズールはどうした!」
マテリアフォンを取り出しながら、鷹弘が言う。すると、マテリアガンで応戦していた鋼作が、その言葉に応えた。
「今アイツはゲートからサイバー・ラインに入ってる! 中に管理者がいるらしい!」
「チッ、面倒な状況だな……!」
悪態をつきながらも、鷹弘はドライバーを呼び出してリボルブへの変身を行う。
《ユー・ガット・メイル!》
「変……身!」
《
「デジブレイン共は、ブッ潰す!!」
《リボルブラスター!》
リボルブに変わるが速いか、即座にリボルブラスターとマテリアガンを抜いて発砲する。エージェントらもそれに続いた。
銃撃は次々に無数のベーシック・デジブレインを消滅させて行くものの、盾を持つ歩兵のようなデジブレインや騎士のデジブレインには通用しない。
「全員下がってろ、どうやら強敵らしい」
リボルブが前に出ると、二体の騎士のデジブレインが二列に並んで槍を前へ構え、疾走する。
その背後でチェック模様の歩兵のデジブレインたちは、統率されたような挙動で一斉に剣を掲げ、リボルブへと突撃する。
その白と黒の軍隊を前に、リボルブは怖気づく事なく立ち向かうのだった。
「かかって来やがれ……!!」
「愚かだねぇ、実に愚かだ」
そんなリボルブの戦いを、雑居ビルの屋上で見下ろす者がいた。
屋上にテーブルと椅子を拡げ、チェスに興じている巨躯の男。ニュート・デジブレインを出現させた張本人、ストライプだ。
チェス盤には、本来ならば存在しない駒があった。剣を持った戦士の駒に銃を持った戦士の駒と、炎の蜥蜴の駒だ。
「天才軍略家のボクに分断して挑むなんてねぇ。まぁ好都合だけどさ」
盤上には、それぞれ右側が黒色で左側が白のポーンが八つ、同じ配色のナイトが二つ並んでいる。
剣と銃の戦士は、それに立ち向かう形で配置されており、炎の蜥蜴はポーンとナイト側だ。
ストライプは駒を動かし、蜥蜴の駒で剣の戦士を蹴倒した。さらにポーン・ナイトを操作し、銃の戦士を八方塞がりにする。
「お前らみたいなカスがボクの頭脳に勝てるワケがないんだよ……!!」
言いながら、ストライプはリボルブを見下ろして嘲笑う。
盤上の出来事がそのまま再現されるという確信、全てが自分の掌の上だという自負。その二つが彼の笑顔にはあった。
地上では、既にリボルブが大勢のデジブレインに囲まれている。それを見て、ストライプはますます唇を歪めている。
二人の仮面ライダーに迫る魔の一手。それを覆す術は、果たして――。