仮面ライダーアズール   作:正気山脈

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「これでようやく五つ目」

 ドス黒い靄が漂う異様な景色の中で、恍惚とした笑みを浮かべたスペルビアが呟く。
 三つの頭を生やした猟犬が彫り込まれた柱には、既にマテリアプレートが接続されており、ケーブルから大穴へと藍色の光が供給されていた。

「間もなく、間もなく……あなたを目覚めさせる事ができますよ、アクイラ様」

 悦楽に満ちた声を発し、スペルビアは穴の中に目を凝らす。
 ケーブルは穴の奥深くまで張り巡らされており、いくつもの色彩を放つ光によって、僅かだが底が見通せるようになっている。
 中には、人型の何かが浮遊している。しかし眠りについているらしく、声も発さずにただ胎動するように心臓の鼓動が鳴るだけだ。

「まぁ、まだ少し必要なものがあるのですが」

 穴の奥に眠るモノから視線を離し、スペルビアは銃器のような形の針のない注射器に見える道具を取り出した。

「ククッ、折角だ。ここは一石二鳥……いや、一石三鳥を狙ってみましょうか」

 そう言いながら注射器を懐にしまって、深く一礼する。

「では、私めはこれで失礼致します」

 指を弾くと、スペルビアの姿はそこから消失した。


File.04[シンデレラ]
EP.41[偽りの庇護]


 夜中の帝久乃市の噴水広場にて。

 ついにアシュリィと再会する事ができた翔であったが、彼女と共にCytuberのハーロットとフィオレ・ツキミが並び立っていた。

 そして、彼に対してある事実を告げたのだ。

 

「なにを……言ってるんだ、アシュリィちゃん」

 

 仮面ライダーアズールに変身した翔が、声を絞り出す。

 信じられない。頭では分かっていても理解が追いつかない。

 アシュリィがハーロットの娘だという真実を。翔と殺し合うために産まれ、そのために傍にいたのだという事を。

 全て、ハーロットの手引で。

 

「君が、そんなはずは……大体、どうして僕たちが殺し合う必要があるんだ?」

 

 混乱した頭のまま、馬鹿げた話だと笑い飛ばすように表情を取り繕う。

 しかし、そこに割り込む者がいる。

 

「必要はあるのですよ、翔くん」

 

 ハーロットだ。赤い唇に薄く笑みを貼り付けながら、囁くように語りかけて来る。

 

「不思議に思わなかったかしら? あなたの中に宿る力の正体が何なのか? そして、どうしてここまでこの子に執着しているのか?」

「え?」

 

 彼女の口から出て来た意外な言葉に、思わず声を上げる。

 確かに力の正体は気になっている。アシュリィへの執着についても、疑問に思った事はある。

 しかし、何故それをハーロットが知っているのか。アズールに答えを出す事はできない。

 その代わりに、ハーロットが語り始める。

 

「私があなたに与えたのですよ。改造手術の時……細胞片を、アクイラの力をね」

「な、に……!?」

「驚いたようですね? まぁ、無理もないこと。アクイラは確かに一度滅びたのですから」

 

 ハーロットは明かした。

 過去にZ.E.U.Sに潜入していたこと。その頃に肇とアクイラの戦いで発見したアクイラの細胞を秘密裏に入手していたこと。

 そして、産まれたばかりの翔に目をつけて両親から引き裂き、その一部を使って改造手術を敢行したことを。

 

「そんな……じゃあ、僕が使ってるのはアクイラの力で……本当の父さんは、母さんは……」

「ええ。無意味に抵抗したので、殺されましたよ?」

「……どうしてそんな事を!!」

 

 妖艶に笑みを浮かべたまま、ハーロットはさらに述懐する。

 

「アクイラを新生するためですよ。それも、あの時のものを超越した力を持つ、完全にして最高のアクイラを」

「新生、だって?」

「あなたは『それ』に至る可能性の内のひとつ。スペルビアは旧いアクイラの復活を企てているようですが……まぁ、それは我々の目的とは違います」

「僕が……僕を、アクイラにするっていうのか……」

「まぁ、概ねそれが我々の目的です」

 

 そう言った後、ハーロットは「しかし」と続けてアズールを指差した。

 

「私自身の目的は少し違います」

「なんだと……?」

「私が欲しいのは、一番強いアクイラの力を持つ男の遺伝子。オスの子種」

 

 突き出した指をくるくると回し、ハーロットはドレス越しに自身の下腹部に手を這わせる。

 

「アクイラの細胞と融合した人間の遺伝子から産まれた子供は、同じくアクイラの細胞をその身に宿す……つまり、人でありながらデジブレインのような人智を超越した力を身につける。両親共に細胞を持つならさらに強く。まさに新人類なのです」

「新人類だと?」

「そうして世界はいずれ、旧い人類が絶滅し、男女を問わず新しい命で埋め尽くされる。私はその先駆け、いわば『アダムとイヴ』におけるイヴとなりたいのですよ」

 

 自身の肢体をじっとりと弄び、頬を上気させ、扇情的に微笑むハーロット。

 しかしアズールはそんな姿に目もくれず、むしろ怒りを湧き立たせて弓を引き絞った。

 

「ふざけるな! たとえ僕がアクイラになってしまったとしても、絶対にお前たちの思い通りにはさせない!」

「では、あなたは私に種を注ぐ気はないと?」

「絶対にお断りだ!!」

「そう……」

 

 ふぅ、と短い溜め息をつくと、ハーロットは指を弾く。

 その瞬間に、両脇に控えていたツキミとフィオレがデジブレインへと変貌を遂げた。

 ツキミは竹を生やしたカグヤ・デジブレインに、フィオレは人魚のようなメルジーナ・デジブレインに。

 そして、シンデレラ・デジブレインとなったアシュリィと共に、一斉にアズールへ襲いかかる。

 

「くっ!?」

「そんな生意気な子は、私好みになるまで一から調教するしかないようね? やりなさい、三人とも」

 

 先端が鋭利になった竹がミサイルのように降り注ぎ、正面から高速で放出される無数の水圧弾が逃げ場を奪う。

 

「バカだね! 素直にママの言う事を聞いてれば、あたしたち三人もあなたの赤ちゃんを作ってあげるのにさ!」

「大人しく従って下さいませ、仮面ライダー様?」

 

 光の矢で全ての竹を焼滅させ、水圧弾もアズールセイバーを振って全て弾き飛ばす。

 しかし、今度はアイススケートのように地面を滑りながら、ひとつの影が向かって来る。

 シンデレラ・デジブレインだ。目前まで到達した瞬間に跳躍し、ガラスの脚を、アズールの顔面目掛けて振り下ろした。

 アズールはその踵落としを、剣と弓を交叉させて受け止める。

 

「くぅっ!!」

「抵抗しないで。苦しんで死にたくないなら」

 

 弓を足場代わりに、シンデレラは再度空を舞う。そして、頭上から踏みつけるように何度も蹴りを繰り出した。

 しかし、アズールはその連撃を、剣を大きく振り被って強引に中断させる。

 

「む……!」

「もうやめてくれアシュリィちゃん! どうして君と戦わなくちゃいけないんだ!?」

 

 二人の姉妹の前に着地したシンデレラへと、懇願するように叫ぶ。

 しかし、彼女は何も答えない。

 代わりに口を開いたのは、ハーロットの方だ。

 

「そうそう、ひとつ言い忘れていたかしら。私があなたに施したのは力だけではないのよ」

「なんだと?」

 

 シンデレラがピクリと反応して攻撃の手を止め、アズールも耳を傾けた。

 

「私はあなたに魔法をかけた。それこそが、あなたがこの子に執着する理由」

「魔法?」

「正確には……」

 

 ハーロットがシンデレラを指差し、続いてアズールにも指を向ける。

 

「アシュリィとあなたにね」

「……それは……」

 

 どういう意味だ。

 訊ねるよりも前に、ハーロットは答えを提示した。

 

「あなたにアクイラの細胞を植え付けたように、私と私の協力者である『ある人』にもアクイラの細胞を埋め込んだ。そして、二人の遺伝子を使って専用培養ポッドの中で遺伝子情報を整合(デザイン)しつつ子供を作り上げた……」

「なっ!?」

「新人類を産もうにも、ちゃんと作れるかどうかの実験は必要だから。結果として実験は大成功、アクイラ細胞は進化を果たし、人間の肉体を持ったまま変異できる新種のデジブレインが誕生した。あなたの目の前にいる三人がそうよ」

 

 即ち、フィオレ・ツキミ・アシュリィの三人だ。彼女らはハーロットの手で思い通りの遺伝子操作を行われた、いわばデザイナーベビーなのだ。

 当然これは違法行為。技術的な話ではなく、自分の子供をまるで操り人形や実験動物のように扱うのは倫理に反するという指摘があったため、全世界で禁じられた。

 

「じゃあ、アシュリィちゃんもアクイラの力を!?」

「心当たりはあるでしょう? この子たちは、歌で感情エネルギーを操る事ができるから」

 

 確かに、翔は何度かその場面に居合わせている。プレデターの領域ではツキミとフィオレが歌った途端に、力を抑制された。思い返せば、アシュリィも同じ事をしていた気がする。この現象がアクイラの力に起因しているのなら、説明はつく。

 しかし納得できない。その事実と、翔がアシュリィに執着する理由が繋がらないのだ。

 その心境を見透かしているのか、ハーロットは話を続ける。

 

「そして。その内の一人、末女に私はあるものを仕込んだ」

 

 末女がアシュリィの事であるのは明白だ。

 先程までアズールを攻撃しようとしていた彼女は、今は俯いて立ち尽くしている。

 ハーロットの言う『アシュリィに仕込んだ何か』に、翔は見当がつかない。すると、ハーロットは至極意外そうに目を丸くした。

 

「分からないかしら? あなたに施術したものも含めて、細胞と言ってもアクイラはデータの生命体。私たちにとって都合の良いように、ある程度プログラムを組み込むくらいの事ならできるのよ」

「一体何の話をしているんだ? プログラム?」

「ええ、プログラムよ。例えば『同じプログラムが組まれている細胞を埋め込んだ相手と愛し合う』とかね」

 

 ほんの一瞬、アズールは言葉を失う。

 しかし徐々にその呼吸が荒くなり、心臓が早鐘を打ち始めた。

 

「何が……言いたい……!?」

「あら。もう気付いてると思うのだけど」

 

 今の状況を待ち望んでいたかのように、ニィッとハーロットが唇を吊り上げた。

 その姿を見ると、アズールはさらに激しく動揺する。

 

「違う……う、嘘だ! そんな、はずはない!」

「ふたりの互いを想い合う心は全て偽物なの。私がそうなるように仕向けただけ」

「やめろ!! やめろぉぉぉっ!!」

「本当のあなたは、アシュリィの事なんて――」

 

 最後まで言い終えるよりも前に、彼女の言葉を全て否定せんばかりの勢いで、アズールが力の限り叫んだ。

 

「それ以上……口を開くなァァァァァッ!!」

 

 全身が青いノイズに覆われ、それと同時に翔の変身は解除された。

 しかしそれだけでは終わらない。青いノイズは翔の肉体を蝕み、段々と姿を変質させていく。

 

「が、あ……グゥゥゥアアアアアアアアッ!!」

 

 身体の筋肉は怒張して獣めいた体毛が湧き、ノイズから形成された甲虫の外殻がそれをプロテクトする。背中には大鷲の翼が伸び、まるで尻尾のように八首の大蛇が生える。さらに体の各部に魚のヒレのようなものも造られ、顔も獅子の鬣を生やした鷲のようになる。

 今の翔は、もはや人間としての姿を留めていない。まさしく怪物となってしまったのだ。

 

「フウウウーッ、フウウウウッ……グウウウウッ!!」

 

 正気を失った獣のような咆哮を上げ、先程まで翔だった怪物はハーロットを睨む。

 対して、ハーロットはどこか嬉しそうな、恍惚とした笑みを浮かべている。

 

「ウフフ! 思った通り。精神が不安定な状態でさらに感情が昂ぶると、アクイラの力も遥かに増す……」

「グウウウアアアアアアアアアアッ!!」

「とはいえ、ここまで強くなれば理性と力のコントロールが大変なようね。まだ不完全体なのかしら」

 

 余裕綽々と言った様子でトランサイバーGを操作すると、ハーロットはそのまま背後にゲートを開いた。

 

「ツキミ、フィオレ。帰るわよ」

『えっ?』

 

 表情を強張らせて身構えていたデジブレインの姉妹は、声を揃えて互いの顔を見合わせる。

 そして恐る恐る、既にゲートに向かおうとしている母親へと質問を投げかけた。

 

「あの~、ママ?」

「アシュリィはよろしいのですか? 今のままの彼ですと、私たち全員の歌ですら抑え込めませんが……」

 

 ハーロットは娘たちへゆっくり振り返ると、ニッコリと笑いながら答えた。 

 

「この子には時間稼ぎと、他にまだひとりでやるべき事があるから。そうよね?」

「……はい、ママ」

「いい子ねアシュリィ。しっかりやりなさい」

 

 蔑んだような視線をシンデレラの背に送りつつ、ハーロットはそのまま変異を解除した二人の娘と共に立ち去った。

 残されたシンデレラ・デジブレインは、振り返る事もせずに怪物に立ちはだかっている。

 そして、威嚇するように唸る翔の方へと、ガラスの足を光らせゆっくりと歩いて行く。

 

「安心して。これ以上苦しまないようにしてあげるから」

「グウウウ……ガアアアアアアアッ!!」

 

 翼を広げ、翔がシンデレラに向かって飛び立つ。

 しかし、その時だった。

 銃声が噴水広場に轟いたかと思うと、二人の男の影が割って入った。

 

「オイオイ、一体どういう状況だこいつは!?」

「タカヒロにキョウ……!?」

 

 そこに現れたのは、既に仮面ライダーリボルブ及び仮面ライダーキアノスへと変身した鷹弘と響。頭上にはフォトビートルも飛んでいる。

 背中を預け合い、リボルブはヴォルテクス・リローダーの銃口を油断なくシンデレラの方に向けている。

 キアノスはと言うと、フェイクガンナーとキアノスサーベルを手に翔だった怪物と睨み合っていた。

 

「あっちがアシュリィちゃんなのは分かるが、この怪人は何者だ……?」

 

 それを聞いて、代わりにシンデレラが答える。

 

「ソレはショウよ。アクイラの力が暴走した状態のね」

「なに……!?」

 

 リボルブが思わず声を上げ、キアノスが驚きのあまり振り向く。

 空を漂っていたフォトビートルがその姿を捉えると、スピーカーから鷲我の声が響く。

 

『バカな……ありえん、これはアクイラだ! かつて肇と戦った時の姿だ!』

「確かなのか、親父!?」

『間違いない!! ……我々は、間に合わなかったというのか……!?』

 

 以前から翔がアクイラに変貌してしまう危険性は、鷲我の口から指摘されていた。アクイラについて意識させず、力を極力使わせない事で、そのリスクを低減できるはずだった。

 しかし、全てが台無しになってしまった。目の前にいるのは、ただ理性を失って暴走するだけの怪物だ。

 リボルブはトリガーに指を添え、シンデレラの胴に照準を定める。

 

「テメェの仕業か!?」

「その様子なら、私が何者なのか説明する手間が省けたみたいだね」

「質問に答えろ!! どうせ記憶も戻ってんだろうが!!」

 

 声を荒げるリボルブ。すると、シンデレラはガラスのように冷たく答えた。

 

「だったら何なの?」

「お前っ……!!」

 

 引き金にかかった指に力が入る。しかしそこへ、キアノスから声がかかった。

 

「俺は君の事を本当の家族だと思っていた。ここに来るまでも、君が敵だなんて信じられなかった。そして仮に記憶が戻っていたとしても、また家族として一緒に暮らせると」

「……」

「答えてくれ! こんな事をして、君はどうするつもりなんだ!? 翔をアクイラに変えてまで果たしたい願いがあるのか!?」

 

 震える声を抑え、必死に呼びかける。響も、彼女と傷つけ合いたくはないのだ。

 しかし、シンデレラの冷たい口調は全く変わらない。

 

「もう一度訊くけど――だったら、何なの?」

「アシュリィちゃん……!!」

『そんな……』

 

 フォトビートルから、琴奈や陽子の悲痛な声が漏れ出て来る。彼女らもこの状況を観測しているのだ。

 それを知った上で、シンデレラは夜空を見上げながら言葉を紡いでいく。

 

「私は『新アクイラ細胞』を宿した新人類、シンデレラ・デジブレイン。今までショウ傍にいたのは、スパイとして潜り込むため」

「くっ……!」

「覚えてるでしょ? あの時、私が持ってたデジタルフォン。あれも、いつかショウが目覚めた時のためにママから託されたの。結局、ドライバーの完成もショウの覚醒にも間に合わなかったけどね」

 

 それを聞いて、キアノスはぐっと言葉を詰まらせる。

 アシュリィの正体に肇が気付いた理由。それは、デジタルフォンの存在があったからだ。

 翔がアクイラの細胞を宿していると判明している今、アシュリィと邂逅した事が偶然と思えなくなったのだ。

 むしろ、翔を覚醒させる事が目的のスパイだったと考える方が自然だと言える。少なくとも、その話を聞かされた時は、鷹弘も響も納得していた。

 

「それに、私にはもうツキミとフィオレとママがいる。血の繋がった家族がいる」

「だから俺たちは家族じゃないって言うのか!? 静間さんたちホメオスタシスのみんなも、友達じゃないのか!?」

「……。……ええ」

 

 深い溜め息の後、やはり冷たい声色で、シンデレラは言い放つ。

 

「魔法は解けた。あなたたちと一緒にいられる時間は、もうとっくに終わってるの」

「ざっけんじゃねェッ!! 御託は十分だ、死にたくねェなら今すぐ翔を元に戻しやがれ!!」

 

 彼女の口からこれ以上何も聞きたくないのか、急かすように、そして脅しつけるように鷹弘は言い放つ。

 しかし、シンデレラは頭を振るだけだった。

 

「そんな事ができると思う? 悪いけど、それ専門外だから」

 

 そう言って、彼女は跳躍してビルの頂上に立ち、変異を解いて走り去る。

 

「待ちやが……ぐおっ!?」

「ガァァァァァーッ!」

 

 追いかけようとした瞬間、アクイラが爪を振り下ろして介入。

 避け切れなかったリボルブの右肩の装甲に、大きな裂傷を作った。そして、尻尾の蛇と共に威嚇を続ける。

 

「静間さん!!」

 

 サーベルを叩きつけるように、キアノスは斬りかかる。

 飛翔されたために斬撃が命中しなかったが、それでもリボルブから距離を離す事はできた。

 キアノスはそのまま、武器を手に翔へと躙り寄って行く。

 

「よせ! そいつはお前の弟だろうが!」

「だからこそですよ。兄として……俺が止めなくてはいけない!」

 

 彼の決意を敵対心と感じ取ったのか、翔は獣のように咆哮する。

 

「翔……どうして、そんな姿に」

『観測したデータが正しいのなら……恐らく、何かの要因で心を大きく揺さぶられたのだろう』

「どういう事です?」

『アクイラの力が高まった上で激しく心を乱された事で、リンクナーヴが異常活性し莫大なカタルシスエナジーを発生、アクイラの細胞がそれを媒介に彼の体を変質させてあの形態になったんだ』

「止める方法はないんですか!?」

『ある』

 

 あっさりと鷲我は言う。リボルブも立ち上がり、彼の話に耳を傾けた。

 

『体内のカタルシスエナジーが失われれば、リンクナーヴの活性も落ち着いてあの姿を維持できなくなるはずだ。だが時間経過による解除は期待できない、彼が死なない程度に攻撃し続けてくれ』

「了解!」

 

 返答と同時に、キアノスは再度サーベルで翔へ攻撃する。今度は刺突だ。

 が、空を飛べる上に素速い翔には命中せず、開いた嘴の奥から放出された熱光線が襲いかかる。

 

「ううっ!?」

 

 光線はキアノスの肩の装甲を掠めて溶かし、さらにその先にあった噴水を溶断・爆破。

 広場の石畳やベンチなどの設備や、草木に花といった自然も無惨に破壊し、焼き尽くす。

 

「あ、危ない……!」

「マジで理性がなくなってるみてェだな」

《スクロール! ホーク・ネスト!》

 

 噴水広場の惨状に息を呑み、キアノスは武器を構え直す。

 今度はリボルブも攻撃に加わる。シリンダーを一度回転させ、必殺技を発動した。

 

《フレイミングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ホーク・マテリアルボンバード!》

「響、行け!!」

 

 炎の鷹が弾丸となって飛び、翔へと着弾。

 爆発が起こるものの、両腕と翼で全身を覆うように身を守っていた翔にほとんどダメージはない。

 だが煙が晴れると、サーベルによるキアノスの突撃が待っていた。

 

「ハァァァーッ!!」

「ガァァゥ!!」

 

 撃ち出された矢のように飛ぶ刃は、しかし凄まじい腕力によって裏拳で防がれる。

 そのまま翔の反撃だ。左拳を振り被り、同時に尻尾の蛇が襲いかかって来た。

 しかし、キアノスも怯まない。

 

「甘い!」

Fake armed(フェイク・アームド)……センチピード・スキル、ドライブ!》

 

 背面に隠した左手のフェイクガンナーから伸び出した鋼鉄の鞭が、蛇の首を全て絡め取る。

 そしてそのまま鞭で翔の体を引き寄せ、またもサーベルを突き出した。今度は見事に命中し、甲殻に火花を散らしながら傷を作る。

 だが、翔の方もただではやられない。攻撃のために接近したキアノスへと、野太い腕を伸ばす。

 

「グァァァッ!」

「うおぉっ!?」

 

 命中の寸前、まさに間一髪と言ったところで、武器を盾代わりにしてダメージを最小限に抑え込んだ。

 グラットンブルートとの戦いがなければ、以前のキアノスと言えど回避できなかった攻撃だ。彼や今までのCytuberとの戦いで培った経験が、今に活かされている。

 ただし、攻撃力だけは桁違いだ。今までに戦ったどの敵よりも、一撃の威力が重い。

 

「一発でも貰ったらマズいな……!」

 

 吹き飛ばされつつもしっかりと着地し、キアノスは言う。

 続けてリボルブと共に反撃へ転じようとするものの、翔は青いノイズを纏った右腕を二人の方に掲げていた。

 データ・アブソープションが来る。事前に鷲我の資料を読んでいたため、二人とも察知する事ができた。

 食らっても負傷する事はないが、仮面ライダーたちの武装はデータ上の存在を現実化(リアライズ)しているため当たれば消滅し、体に受けてしまうとそれだけで変身解除されてしまうのだ。

 

「避けろっ!!」

「ハイ!!」

 

 左右に分かれ、ビームめいて発射されたノイズを二人は回避する。

 そして悪態をつきながら、リボルブはリボルブラスターを呼び出した。

 

「あ……っぶねぇなこの野郎!」

《フィニッシュコード!》

《ブレイジングフィニッシュコード!》

 

 二つの銃に同時にマテリアプレートを装填し、リボルブは必殺の体勢に移る。

 それに対し、当然ながら翔は飛び回って回避に動く――が、その尾を掴んで止める者がいた。

 地上から先程と同じく鋼鉄の鞭を放った、キアノスだ。

 

Alright(オーライ)! スーパーデュエル・マテリアルカノン!》

Algiht(オーライ)! デュエル・マテリアルデストロイヤー!》

「さっさと目ェ覚ましやがれ、翔ォォォーッ!!」

 

 二つの炎が混ざり合い、燃え上がる赤い鳥を生み出す。

 そして炎の巨鳥の突撃を、今度は防ぎきれずに翔はその身を焼かれて行く。

 

「グゥガァァァッ!」

 

 火の手に身を包まれながらも、翔は翼を広げて全力で回転し、風を巻き起こす。

 すると炎が消し飛び、息を切らしながらも生存する怪人の姿が露わとなった。

 

「ガァッ!」

 

 再び青いノイズが発生する。今度は、翔の全身を包み込んでいる。

 肩の傷を治した時のように全身の負傷を癒やすつもりなのだ。

 しかし、そんな翔の前に跳躍したキアノスが現れる。両手に持った武装の必殺技を起動しながら。

 

《フィニッシュコード!》

《オーバードライブ!》

「『リカバリー』は使わせない。これで……終わりだ!」

「グッ……!?」

 

 このままでは攻撃を防げない。止む無く翔は回復を中断するが、一手遅く、決定的な隙を生む。

 

Alright(オーライ)! フィドラークラブ・マテリアルスライサー!》

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ハーミットクラブ・マテリアルソニック!》

「ハァッ!!」

 

 キアノスサーベルから形成された巨大なハサミが翔の右翼を斬り裂き、突き出された大きな甲殻の打撃が翔を地面へとはたき落とす。

 それでもなお、翔は健在だった。嘴を開き、上空のキアノスへ熱光線を打ち込もうとしている。

 

「ガァァァァーッ!」

「させん!!」

《フィニッシュコード!》

 

 落下の勢いのまま、キアノスはベルトのプレートを押し込み、右脚を突き出した。

 

Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「ハァァァーッ!」

 

 レーザーが放たれるよりも前に、翔の胸にキックが命中。

 眩い光が溢れ出し、翔は長い悲鳴を上げる。

 

「グ、ガァァァァッ!?」

 

 激しく苦しみ、呻く声。しかし、同時に怪人の姿が歪み、青いノイズが塵となって虚空に散らばっていく。

 

「……う、ぐ……にい、さん……?」

 

 気がつけば、翔の姿は元通りの人間の状態に戻っていた。

 

「戻ったか、翔!」

「静間さんも? 僕は一体……」

 

 頭を手で押さえ、翔はゆっくりと身を起こす。

 直後、荒れ果てた周囲の様子を目撃し、瞠目した。

 

「これはっ!?」

 

 響と鷹弘の方を振り返る翔。唇は震え、瞳は怯えの色に染まっている。

 戦慄きながら、翔は兄へ問いかけた。

 

「僕が……僕がやったの!?」

「落ち着け翔!」

「お、思い出した……僕の中にアクイラの力があって……アシュリィちゃんが……ぼ、僕は……」

「落ち着くんだ! これはお前のせいじゃない!」

「あああ、あ……ぁぁぁぁ……」

 

 声にならない絶望的な悲鳴。翔はそのまま、再び目を閉ざして倒れ込んだ。

 

「翔!?」

「……意識を失っただけみてェだ」

 

 その一言で響は安心したように溜め息を吐くが、やはり表情は暗い。

 二人は気絶した翔を両側から支え、病院へと赴くのであった。

 

「どうしてこんな事に……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 それから数時間後。

 サイバー・ラインのとある場所、ハーロットの領域の桃色の光が降り注ぐ屋内で、強い打擲音が響いた。

 そこには、ハーロットとアシュリィ、そしてツキミとフィオレがいる。

 見るからに苛立った様子のハーロットに頬を叩かれたのは、アシュリィだ。残る二人は彼女の姿を心配そうに見ている。

 

「自分の役目もちゃんと果たせないの? 本当にグズな子ね、お前」

 

 そう言って、ハーロットはもう一度アシュリィの頬を、今度は反対側を平手で打った。

 しかし叩かれた方の彼女は文句も言わず、再びハーロットを見据える。

 

「チッ、もういいわ。だったら代わりにアレは回収して来たんでしょうね」

「……はい、ママ」

「フン」

 

 アシュリィがポケットから取り出したものを、半ば引ったくるように受け取る。

 それは、デジタルフォン。かつてアクイラが専用のドライバーと共に完成させようとして、しかし成し得なかったもの。

 翔たちから逃げた後、密かに回収に向かっていたのだ。

 手に取ったそれを眺めて自分の胸の間にしまい、ハーロットはアシュリィの下顎を乱暴に掴む。

 

「次はちゃんと『与えられた本来の役目』を果たしなさい。相愛のプログラムはもう解除してあるんだから。できなければどうなるか、分かってるはずだけど?」

「……分かりました」

「声が小さい!!」

 

 再びビンタを繰り出そうとするハーロット。

 だが、その寸前の事だった。

 

「随分騒がしいじゃないか」

 

 そんな男の声が、部屋の中に木霊した。

 室内に入ったのは、黒いスーツを着ている顎髭が特徴的な男。久峰 遼だった。

 

「遼様」

「パパ!」

「お父様!」

 

 ハーロットとフィオレ・ツキミが同時に反応し、アシュリィも黙って会釈する。

 遼はハーロットと三人の娘たちの全身を満足そうに見つめ、笑みを作る。

 

「我が娘たちは良く育ってくれているようだな。何よりだ。これからもよろしく頼むよハーロット、私の秘書として、そして妻としてな……」

「ええ、仰せのままに」

 

 深く頭を下げ、ハーロットはデジタルフォンを片手に遼の隣に並び立つと、ツキミとフィオレに視線を合わせる。

 

「私は遼様と大事な話があるから、あなたたちは自分の部屋に戻っていなさい」

「は、はい!」

 

 アシュリィには結局声をかけないまま、一瞥さえせずに、ハーロットは遼と一緒に部屋を去った。

 フィオレとツキミはそんなアシュリィを、やはり不安そうに見ていた。

 しかし声をかける事もできず、すぐに部屋を後にしてしまう。

 そうして、ひとり取り残されたアシュリィ。天井を見上げ、絞り出すようにか細く呟いた。

 

「……ショウ……」

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