仮面ライダーアズール   作:正気山脈

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「よう、坊主」

 それは、10年近くも前の話。
 幼い男の子が、児童養護施設の公園のジャングルジムの頂上で、じっと青い空を見上げていた。
 その少年に声をかけたのは、強面だがハンサムな男だ。スーツ姿で、帽子を被っている。

「おじさん、だれ?」

 見れば、男はもうひとり少年を担いでいる。
 青空を見上げている方の少年と、瓜二つの顔だ。だが、こちらの方が強気そうで、ケンカでできたらしい傷のついた顔をムスッとさせている。

「探偵だよ。君のところの職員さんに頼まれて、街でケンカしてたこの子をこうして連れて来たんだ」

 男は担いでいた方の少年を下ろし、ジャングルジムに背を預けてそう言った。

「このやんちゃ坊主は君の兄さんだろう。名前は……」
「きょう。響おにいちゃん」

 名前を出された少年も、ジャングルジムをよじ登る。
 そして、弟の隣に座って男を睨みつけた。

「君は翔くんだったな。なぜ空を見てるんだ? 楽しいのか?」

 訊ねると、翔と呼ばれた少年は困ったように眉を寄せる。

「たのしいって、よくわかんない。おにごっこもおままごともしたけど、たのしいっておもわなかった。でもお空をみてると、いやなことわすれられるんだ」
「……そうか」

 帽子を外して額を掻きながら、男は再び口を開く。

「おじさんな、実は昔……君たちと同じようにここで暮らしていたんだ。だけどある時、ふらっと訪れた男に拾われた。探偵だ、って男にな」

 翔も響も、その話に驚いていた。そんな過去があるように思えなかったのだ。
 男は照れたように微笑みつつ、二人へ手を差し伸べる。

「君たちさえ良ければ、俺と暮らさないか?」

※ ※ ※ ※ ※

「……そんな事もあったな」

 タバコを咥えてベランダから青空を見上げながら、肇はそう言った。
 彼の傍らには、開いたアタッシュケースが置いてある。中身は既に取り出されているようだ。
 そして、彼のN-フォンに着信音が響いた。

「鷲我、完成したか」
『……ああ。調整は済んだぞ』
「じゃあすぐに送ってくれ」
『本当に良いのか? 君は……』
「それ以外に、俺が翔にしてやれる事はない」

 鷲我の言葉に、沈黙する肇。しかし煙を吐いてタバコの火を消すと、低い声で言い放つ。

「これが俺のやるべき事だ」


EP.42[閉ざされた心]

 ハーロットが翔の前に現れ、アクイラの力が暴走し、デジタルフォンが強奪されてから20日が経ち、現在12月22日。

 あの戦闘で爆散した噴水広場も今は元通りで、幸いにも負傷者はおろか目撃者さえいなかった。

 だが。ハーロットとその三人の娘が翔に深く刻んだ心の傷は、ホメオスタシスにとって何よりも大きな損害となった。

 

「……翔の様子はどうだ?」

 

 帝久乃市内にある、ホメオスタシスの地下研究施設にて。

 鷹弘は、電特課の面々を含むいつものメンバーと共に休憩所で待機していた。傷を治す時間的余裕もできたため翠月もこの場に居合わせており、合計九名。

 この20日の間で、翔の体の治療と情報共有、さらにアクイラ化による影響の有無を調べるための身体検査を鷲我に頼んでいたのだ。

 そして今、鷲我が執務室に入って来た。鷹弘の問いに、彼は眉間に皺を寄せつつも答える。

 

「ケガは大した事はなかった。アクイラ化による身体への影響も見られない」

「そうか……」

「だが」

 

 鷹弘たちが安心したのも束の間、続いて出た一言に、全員が目を見張る事になる。

 

「彼はもう、二度と変身できないかも知れない」

『……え!?』

 

 驚き、ざわめく一同。真っ先に詰め寄ったのが鋼作だ。

 

「どういう事ですか会長、アクイラ化してもあいつには何も影響がなかったんじゃないんですか!?」

「『身体には』と言ったはずだ。問題なのは……心の方だ」

 

 そう言われると、鋼作は押し黙ってしまう。

 鷲我は目を覚ました翔から、ハーロットから聞いた話について聴取していた。それと同様に、肇が見つけたジョー・ヒサミネの手記について明かしたのだ。

 内容には重複する部分もあったが、互いに初めて知る事もあった。翔の方は久峰 遼について、鷲我はハーロットの目的や新アクイラ細胞について。

 そして――アシュリィが敵側に回った事について。

 

「……自分では平静を装っているが、明らかに戦う意志が折れている。自分の心に壁を作って、そこに閉じ籠もっているんだ。アレでは絶対にドライバーは使えない」

「そんな!?」

「ハッキリ言うが、もう今の彼は戦力外だ。ハーロットの攻略は彼抜きの作戦を立てるしかない」

 

 目を細めて、眉間に皺を寄せる鷲我。厳しい雰囲気に琴奈もたじろぎ、陽子は哀しげに俯いた。

 そんな彼の様子に、宗仁が難色を示す。

 

「おいおい、そんな言い方はあんまりだろ……」

「そうだよー、翔くんのアフターケアはどうすんのさ?」

 

 浅黄にも肘で小突かれ、鷲我は困ったように溜め息を吐く。

 

「分かっている。既に翔くんの個室に、進駒くんと律くんと彩葉くんを送っている」

「あの三人を?」

「今までに彼が助けた者たちの言葉を聞けば……何か変化があるかも知れないと思ってな」

 

 話を聞いて琴奈や鋼作は表情を緩める一方、翠月は不安そうな声色になる。

 

「平気なんですか、見張りも付けないで」

「大丈夫だ。もはやこれ以上彼らから情報を聴取する必要はないし、今更Cytuberに戻る事も命を狙われる心配もないだろう」

「……そこまで言うなら」

 

 翠月も頷き、それ以上の追及を終える。

 こうして改めて、鷲我は「では」と言いながら咳払いし、室内にホログラムのスクリーンを投影して作戦概要を伝える。

 20日間、彼らが観測する限りCytuber側に現実世界での動きはなかったが、だからといってホメオスタシスが何もせずにいて良いはずはない。

 プレデターこと万福 武蔵がマテリアパッドに転送した座標に、何度も調査員を派遣していた。

 敵勢を見かければ即座に退散するように指示を出していたのだが、結果としては遭遇せずに調査を進める事ができている。それどころか、そもそも人の気配がしないという有様である。

 無論、進める場所ばかりではなかった。明らかに危険があると予想できる屋内はいずれも侵入しておらず、ライダーたちの手を借りる必要があるのだ。

 

「まず、この領域の特徴についてだが……恐らくここは『遊園地』だと思われる」

「遊園地?」

 

 スクリーンには確かに、観覧車やジェットコースターといったアトラクションらしきものが映っている。

 やはり、デジブレインやCytuberの姿は見受けられない。

 

「遊園地という事は、今までの領域と違って然程広くはなさそうだな」

 

 翠月が口走った言葉に、集まった面々のほとんどが口には出さずとも同意していた。

 しかしここで、響が口を挟む。

 

「でも思われる、ってなんか曖昧な言い方じゃないですか? 一目で分かりそうなものですけど」

「そこについてだが……これを見て欲しい」

 

 マウスの操作によって、画面が切り替わる。

 量産されたフォトビートルを使って撮影した、遊園地の外の様子と、上空から見る遊園地の遠景。

 内部からでは建造物や木や山のようなもので見えないように工夫されているが、外には無数の檻がビルのように建ち並んでおり、中には男女問わず全裸にされた人々が収容されている。

 

「監獄!?」

「恐らく、座標を特定せずに無理矢理侵入しようとすると、身包みを剥がされた上でこの牢の中に閉じ込められる仕組みになっているんだろう」

 

 ゴクリと翠月が息を呑む。

 あの時プレデターを打倒していなければ、自分たちもこうなっていたかも知れない。そう思うと、背筋が寒くなったのだ。

 そして改めて収容された者たちを観察してみると、幾らか気づく事があっだ。

 まず、彼らは皆ぐったりと倒れ込んだままであるという点。精神失調症になっているのかと思いきや、時々寝返りを打つ事もあって意識はあると判断できる。

 さらに、檻には戸も鍵も存在しない点。道具もないので当然だが、自力での脱出も外に出す事も不可能だろう。

 疑問点もある。Cytuberは、一体何の目的で彼らを囚えているのか?

 鷹弘は考え込みつつ、鷲我に質問を投げる。

 

「遊園地の外の、この檻は調査したのか?」

「いや……侵入したり触ったりして、万が一にも警報が鳴ったらマズいからな。申し訳ないが先に屋内を調査し、安全に救出できる状況を確保してからの方が良いと判断した」

「なるほど」

「そういう事だ、調査と救出に本腰を入れる意味でも、これから仮面ライダー四人……リボルブ・キアノス・雅龍・ザギークも『淫蕩の遊園地』に向かって貰う」

 

 やはり翔の、アズールの名は挙がらない。

 仕方がない事とはいえ、鋼作や琴奈たち変身できない面々の表情は沈んでいる。

 こうしてしばしの休憩を挟んだ後、一行は調査へと赴く事になった。大規模な救出作戦となる事を見越して、鋼作・琴奈・陽子・宗仁も同行する。

 鷲我のみ現実世界に残り、街で何かが起これば即座にライダーたちを呼び戻せるよう、電特課とも連携して監視体制を敷くのだ。

 

「時間が来ればすぐに動けるよう、各員念入りに準備をしておいてくれ。では、解散」

 

 号令と共に、集まった面々がまばらに散っていく。

 ふらついた足取りで立ち去る響と、それを追う鋼作・琴奈。翠月と宗仁も続いて出て行き、浅黄も一緒に退室しようとした。

 だが、そこで鷹弘が彼女を呼び止める。

 

「オイ、ちょっといいか浅黄」

「ん……何?」

「翔やアシュリィの中に仕込まれたプログラムってのは、お前じゃどうにもできねェのか? ハッカーなんだろ」

 

 指摘されると、沈んだ表情で浅黄は静かに頭を振った。

 

「……そう思ってウチも翔くんの身体を調べたけど、無理だよ。対策されてるんだ」

「どういう事?」

 

 話していると、横から陽子が口を出す。しかし特に咎める事もなく、鷹弘も話の続きを促した。

 

「前にも言ったけど、ハーロットはウチの姉貴なんだ。だから見ただけで分かる。ハッキングなんかして無理矢理に翔くんを元に戻そうとしたら、アクイラの細胞を活性化させてもっと状況が悪くなるように仕組んでる」

「その罠自体をどうにかできねェのか」

「無理だよ。正規の手段以外でこじ開けようとしたらすぐに発動する仕掛けになってるから、解けるのはハーロット自身だけ。ただ……」

「ただ?」

「ハーロットは間違いなく他にも何かプログラムを仕込んでるよ。その正体までは分からなかったけどね」

「そうか」

 

 腕を組んで考え込む鷹弘。

 すると、浅黄は俯いて哀しそうに声を絞り出す。

 

「ごめんね。ウチはハッカーなのに、こういう事でしか役に立てないのに」

「浅黄……」

「天才ハッカーって名乗ってるクセにこのザマなんだからさ、ほんと笑っちゃうよね。ごめんね……」

 

 元気なく乾いた声で笑い、すっかりしおらしくなってしまう。

 そんな浅黄の額を、鷹弘と陽子はペチンッとデコピンした。

 

「あいたっ!?」

「お前が謝る事じゃねェだろうが」

「そうですよ!」

 

 しょげ返った浅黄を、陽子は優しく抱きしめる。鷹弘も、彼女を安心させるかのように頭へ手を乗せた。

 

「プログラムがどうしようもないなら、これ以上何かされる前にハーロットと久峰 遼を倒すしかねェだろ。お前にはそっちで頑張って貰うぜ」

「……うん!」

 

 眼鏡を外し、目に溜まった涙を掌で乱暴に拭いながら、浅黄は何度も頷く。

 陽子もその様子を見て微笑みながら頷き、すぐに唇を固く引き結んで鷹弘と向かい合う。

 

「私も手伝うわよ、鷹弘」

「なに?」

「だって……色んな人の運命を狂わせて、翔くんとアシュリィちゃんを弄んで……絶対許してたまるもんか、こんなの一発ブン殴らなきゃ気が済まないわよ!」

 

 ギュゥッ、と音が鳴る程に強く拳を握る。

 すると鷹弘はその拳に、右手を被せるかの如くそっと触れた。

 

「変身できないお前じゃ危ないだろ、って言いたいところだが。俺も同じ気持ちだ」

「鷹弘……!」

「やっちまおうぜ、俺たちで。あのクソッタレ共をよ」

 

 二人はその言葉に強く同意し、打倒ハーロットを心に誓って退室する。

 

 

 

「……妙だと思わないか、安藤警部補」

 

 地下研究施設から地上のオフィス街に戻った後、翠月は言う。

 宗仁はタバコに火を点け、眉をしかめて問いかける。

 

「妙、ですか? 一体何の話です?」

「久峰 遼は恐らく警察の上層部にも手を回しているはず。だとすれば、俺たちが行動の自由を許されているのはおかしい」

 

 その言葉に対して、宗仁は「確かに」と頷く。

 同じ警察という組織に属している以上、今までも上から調査に圧力をかけるなり、そもそも電特課を無理矢理にでも解体させる事さえできるはずなのだ。

 にも関わらず、上層部はこれまでそういった動きを見せなかった。翠月自身の言った通り、これは理に適っていない。

 

「つまるところ……課長は『連中にはまだ他の狙いがある』……そう言いたいってワケだ」

 

 口元に笑みを浮かべ、煙を吐いて宗仁が言う。翠月は頷き、続きを話した。

 

「それに、久峰を逮捕したとしても安心はできない。警察にも検察庁にも、ヤツの手の者は大勢いるはずだ。最悪揉み消されて無罪放免なんて事もあり得る」

「かと言ってどうします? 俺たちじゃ上層部にはとても敵いませんぜ」

「ああ、元より上と争うつもりはない」

「じゃあどうするってんです?」

「逆に味方につけるんだ」

 

 宗仁が眼を丸くし、唸り声を上げながら眉を寄せる。

 

「そりゃあ……それができれば心強いかも知れませんが、無茶でしょ? 相手は総理大臣候補、それでなくてもとんでもねぇ権限を持つ大物政治家ですぜ」

「普通ならそうだろう。だが連中の根城で警察や検察上層部の悪事の証拠を見つければ、どうだ?」

 

 それを聞くと、今度は感心して納得したように深く首肯した。

 

「なるほどね。そうなりゃもうお互い腹を括るしかない、久峰の味方もいなくなるって寸法か」

「上にのさばるクズ共の処理は、その後で良い。ともかくヤツを逮捕しなくてはな」

 

 無論、必ずしも証拠や手がかりがあるとは限らない。

 しかしどちらにせよ、それを見つけなくては久峰 遼の逮捕は夢のまた夢でしかないだろう。

 方針は定まった。人命救助のために動きつつ翠月はハーロットや遼を打倒し、宗人は証拠を掴むのだ。

 そうして宗仁が大仕事に胸を踊らせていたところ、またも翠月から声がかかる。

 

「……警部補、ひょっとしたら俺の考えすぎなのかも知れないが」

「なんです?」

「俺の両親と姉を殺したのも、久峰やハーロットなんじゃないかと思ってるんだ」

 

 あり得ない話ではなかった。

 翠月の父と姉はハーロットを追っていた。捜査の過程で久峰 遼との関係という真実に辿り着き、それ故に口封じのため殺されてしまったのだろう。

 だとすれば、これは翠月の家族の弔い合戦という事にもなる、と宗仁は思った。

 

「事実がどうあれ、俺は必ずヤツらを捕まえる。付いて来てくれるか、警部補」

「もちろんです」

 

 短い返事の後、宗仁はタバコの火を消し、翠月の後ろを追って歩くのであった。

 

 

 

「おい響、どうしたんだよ」

「響くん……ねぇ、響くんってば!」

 

 地下研究室の外へ出た響であったが、鋼作と琴奈が追いかけているのも構わず、歩く足を早めていた。

 二人が呼んでも、返事をしない。ただ、苛立ちを発散させんばかりに早足で歩き続けている。

 

「さっきから本当にどうしたの!?」

「なんか変だぜ、お前」

 

 訝しみ心配する言葉さえ、彼の耳には届かないのか、立ち止まる気配はない。

 すると、痺れを切らした鋼作が響の前に回り込み、その両肩に掴みかかる。

 

「一体どうしちまったんだよ! 何か言ってくれよ、友達だろ!」

 

 肩を強く揺さぶる鋼作。響は深く溜め息をつき、ようやく足を止めてゆっくりと振り返る。

 その表情は、今にも泣き出しそうな程に歪んでいた。今までに彼のそんな顔を見た事がなかったので、驚きのあまり鋼作も琴奈も絶句する。

 すると、響は口を開いて少しずつ話し始めた。

 

「すいません、ただ少し……一人になりたかっただけなんです」

「何があったんだよ?」

 

 沈んだ表情で、響はベンチに腰掛ける。鋼作と琴奈も、その隣に座った。

 そして、響はぽつりぽつりと語り始める。

 

「俺はずっと、自分を産んだ両親を憎んでいた。俺たちを捨ててのうのうと生きてるんだと思うと、それだけで許せなかった」

 

 また息を深く吐き、響は右手で頭を抱える。その双眸には、深い後悔の念が宿っている。

 

「だが現実は違った。二人はただの被害者なんだ。なのに俺は、ずっと恨みを募らせて……なんて事を……」

「響……でも、それはお前が悪いワケじゃ」

「それだけじゃありません」

 

 首を横に振り、独白を続ける。まるで、懺悔をするかのように。

 

「翔が苦しんでいる時に、俺は何もしてやれない。アクイラの力に侵蝕されて、アシュリィちゃんと引き裂かれて、気持ちすら嘘だと言われたあいつのために……どう声をかけてやれば良いのか、何ができるのかが分からないんだ」

 

 奥歯を噛み締めて語気を荒げ、涙ながらに響は語り続ける。

 

「肝心な時にあいつの心を守ってやれなかった! どれほど久峰 遼とハーロットを憎んで、ヤツらを倒したとしても! たった一人の大切な弟の笑顔を取り戻せないんだ!」

「響くん……」

「俺は! 俺は、兄失格だ……!」

 

 痛々しい悔悟の慟哭。もはや唯一と言っていい血の繋がった家族を守れなかった事が、響の心を苛んでいるのだ。

 そんな時、鋼作と琴奈も苦しげに眉を歪め、左右から響の手をそっと握った。

 

「自分を追い詰めるのはやめろ。そんな事したって、何にもならねぇだろ」

「でも!」

「それに、友達なのに何もしてやれなかったのは俺たちも同じだ。俺たちだって悔しいさ」

 

 ハッと目を見張る響。続けて、琴奈が真っ直ぐに響を見つめて、微笑みかけた。

 

「だからさ、あの子がまた前を向けるようになった時、安心できるように……私たちも戦おう?」

「塚原さん……」

「今のまま落ち込んでたんじゃさ、翔くんだっていつまで経っても立ち直れないだろうから」

 

 二人の言葉を受け、涙を人差し指で拭う。そして「そうだな」と呟くと、響はスッとベンチから腰を上げた。

 

「俺がいつまでもこうしていたって、あいつを励ましてやる事なんてできやしない。だったら、どちらにしろ……俺のやるべき事は一つだ」

 

 改めて、響は鋼作と琴奈に向き直る。

 

「久峰 遼がいる限り……俺たち家族や彩葉さんにも安息は訪れない。だから今までの全てを償わせて報いを受けさせる。どれほど遠い困難な道のりだとしても、ヤツだけは決して逃さない! 必ず潰す!」

 

 そう口走った今の響の眼差しを照らすのは、仄暗い憎しみばかりではない。

 かけがえのない家族や大切な人、友達、そして何も知らない街の人々を守りたいと強く願う固い意志。

 それら全てを礎として、響は戦意を取り戻した。

 

「こんな俺でも、まだ一緒に戦ってくれるか?」

 

 訊ねると、鋼作は呆れたように笑い、琴奈は両手を空に掲げて何度も頷く。

 

「当たり前だろ?」

「あんなヤツが国のリーダーになったら、日本も世界も全部メチャクチャになっちゃうし!」

 

 笑みを返し合い、並び歩く三人。

 決意を新たに、響は改めて久峰 遼の打倒を誓う。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ホメオスタシスが作戦会議をしているのと同じ頃、サイバー・ラインにて。

 ハーロットの領域のとある一室で、布団に包まれながら巨大なベッドで寄り添い合いながら横たわる二人の人物がいた。

 久峰 遼とハーロットだ。一糸まとわぬ姿となっており、互いに一息ついている。

 

「やはりお前は良い女だ。クセになる」

 

 肩を抱き寄せ、髪の匂いを嗅ぐ。ハーロットは小さく笑みを浮かべ、遼の首筋へと這わせるように口づけをした。

 

「お褒めに預かり光栄ですわ。この顔と身体が私の最大の武器ですので」

 

 ハーロットの言葉と唇を受けながら、今度は遼が笑みを見せる。

 

「身体の具合だけの話じゃない……こうして幾度となく肉欲を交えてもなお、お前は心から私のモノになろうとしない」

 

 白い布団の内側で、もぞもぞと二人の体が妖しく動く。

 ハーロットは小さく嬌声を発し、それを塞ぐように遼が彼女と唇を重ねた。

 

「それがたまらなく愛おしい。他の者共は何度も私の権威と財力に屈服し、その度に壊してやったが、お前だけは思い通りにならない。全く飽きんよ」

「遼様も同じですわ。あらゆる男女が私の体目当てで奴隷のように傅きますのに、あなただけは誘惑してもまるで堕落しない。初めてのコトでしてよ」

 

 薄く笑う遼とハーロット。そして体を重ね、再び濃密に唇を貪ろうとした、その時。

 部屋の中に、ノックの音が転がり込んだ。

 

「入れ」

 

 布団の中でハーロットと共に半身を起こし、全裸なのも構わずそう言った。

 入室したのは、現在"羨望"の座についている男、曽根光 都竹だ。翔に傷つけられていた左顔部は包帯が取り除かれており、失明していたはずの左眼にも光が戻っている。

 

「お前か……何の用だ?」

「久峰様。随分前から何度か報告しておりますが、ネズミ共がハーロット様の領域を嗅ぎ回っているようです。駆除はよろしいのですか?」

「あぁ、その事か。ヤツらがここに辿り着く事などあり得ん、放置しておけ……と言いたいところだが、大事な『演説』の日の前に余計なマネをされても面倒だ」

 

 ハーロットの肩を抱いたまま、遼は部屋の隅を指差した。

 そこには、衣服を全て剥ぎ取られて猿轡をはめられた十代から三十代の若い美男美女が、何人も両手足を縛られた上で椅子に固定されていた。

 焦点の定まっていない虚ろな瞳は、常にベッドにいる二人へと注がれている。

 

「そこにいる連中とガンブライザーをいくらでも好きに使え。壊れた玩具と言えど、使い道はあるだろう」

「承知致しました」

「……あぁ、それからお前にも仕事をやろう。何人か見繕って攫って来い」

「はっ。久峰様のご意思のままに」

 

 頭を下げ、都竹は室内の男女を連れてその場を去った。

 そして退室した頃合いに、遼はハーロットの顎に指を添え、クイッと上を向かせた。

 

「そろそろ実験材料の補充が欲しい頃だろう」

「うふっ、お心遣い感謝致します」

 

 くすりと微笑んだ後、二人は幾度目かの口づけを交わし合い、再び布団に潜り込むのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 帝久乃市にある、ホメオスタシスの地下研究施設。

 その医務室のベッドの上で、翔は呆然と白い壁を見つめていた。

 自分が怪人となり街を襲撃した事。両親が久峰 遼とハーロットの陰謀で殺されている事。

 そして――アシュリィが敵側の者であり、彼女への想いが全て偽りであった事。

 全てを知った翔の表情に、いつもの笑顔はなかった。

 

「……天坂さん、入りますよ」

 

 部屋の外からノックの音と少年の声が聞こえる。

 翔は返事をしなかったが、しばらくの後に扉が開き、外にいた者たち三人が入室する。

 栄 進駒と伊刈 律、そして面堂 彩葉だ。生気の失われたような翔の姿を見て、三人とも瞠目している。

 

「その、何があったのかは大体聞きました。まさか……こんな事になるなんて」

 

 進駒たちにとって、翔はもちろんアシュリィも知らない仲ではない。

 翔とずっと共にあった彼女が裏切った事に、動揺を隠せずにいた。

 

「体の方は、もう大丈夫なんですか?」

「……」

 

 翔は屍のように返事をしない。

 すると、我慢ならないと言った様子で律が近づき、乱暴に翔の胸倉を掴み上げた。

 

「ふざけんなよ……いつまでそうしてるつもりだ!」

「ちょ、ちょっと伊刈さん!?」

「あの子がいなくなったから何だってんだ! そんなんで何もかも投げ出すほど、アンタの意志は弱かったのかよ!」

 

 律は叫ぶ。目の前の男の目を覚まそうとせんばかりに、ただただ思いの丈をぶつける。

 

「分からないんだ」

 

 すると、今まで何も言葉を発さなかった翔が、突然口を開いた。

 

「どうしたらいいのか分からない。アシュリィちゃんがいなくなって、今までの気持ちが全部ウソで、僕がアクイラになって……静間さんや、兄さんを傷つけて。何もかも壊そうとして」

「だからって……!」

「僕の全ては、ハーロットや久峰 遼の掌の上だった。僕がやって来た事なんて全部何の意味もなかったんだ。もう、戦いたくないんだ……」

 

 虚ろな表情から次々に溢れ出てくる、弱気な言葉。

 律は歯を軋ませ、再び怒気を浴びせる。

 

「よく聞け、アンタはアタシの欲望(ゆめ)を全部壊して悪夢(げんじつ)に帰したんだ!! これはアンタのせいなんだ、そうやって壊し続けて来た責任があんだろ!! 戦いをやり遂げろよ最後まで!! 好き放題やって自分だけ逃げてんじゃねぇよ、じゃないと!!」

 

 声が徐々に、力なく震えていく。

 

「じゃないと、本当にアンタらに救われた事が、全部無意味になっちまうだろうがっ……!!」

 

 律は翔から手を離すと、目を見せまいとして背を向けた。

 進駒は慰めるように、そっと彼女の背を撫でる。

 

「……ごめん。でも僕はもう、何のために戦えば良いのか……分からないんだ。こんな真実を知るくらいなら、戦わなければ良かった。仮面ライダーになんて……ならなければ……」

 

 そう言って、翔も毛布を握り締めて力なく俯く。

 しかし、それを聞いて彩葉は首を横に振り、手を差し伸べた。

 

「私、は……そうは思わないよ」

「面堂さん?」

「だって、あなたのお陰で響くんは助かった。あの人と出会えた」

 

 言いながら、彩葉は「私たちだけじゃない」と言って翔の虚ろな目を見つめる。

 

「さっき、伊刈さんも言ったけど……あなたは多くの人の未来を、命を護ってくれた。それは絶対に無意味なんかじゃ、ないよ。私は……そう思う」

「……」

 

 翔は、再び黙りこくってしまう。

 すると今度は、進駒が翔の顔を覗き込んで問いかける。

 

「天坂さん、あの時言ってくれましたよね。ボクに『どうして一番になりたかったのか、本当の望みは何?』って」

「それは……」

「あなたも思い出して下さい! どうして戦いたいと思ったのか、天坂さんが本当に望んでる事は何なのか!」

 

 苦しそうに翔が視線を背ける。だが逃さないとばかりに、進駒は抱きつくようにその両肩を強く掴んだ。

 

「ボクは信じてます! ボクの憧れた天坂さんを、仮面ライダーを!」

 

 涙ぐみながらも、懸命に思いを伝える。

 翔の表情はやはり同じだ。力なく俯いて、虚ろな瞳でどこともない場所を見つめているばかり。

 進駒は目元の涙を指で拭い、彩葉や律と共に背を向けた。

 

「……待ってますから」

 

 小さくそう言うと共に、進駒は退室し、残る二人も立ち去った。

 残されて再びひとりになった翔だが、三人がいなくなった後、ベッドから降りて部屋を出る。

 流石にここに籠もりっ放しでは体に悪いと思ったのか、それとも何か心境の変化でもあったのか。

 とにかく、翔はアテがないにも関わらず地下研究施設からも外へと出ていた。

 

「……」

 

 つい最近に噴水広場の破壊があったものの、街は平和そのものだった。

 進駒の言葉を何度も心の中で反芻しつつ、歩き続けている。

 住民に目を向ければ、クリスマス気分で誰もが浮かれ、何かの宣伝用のワゴン車も走っているようだ。

 

『12月24日はクリスマスイブ! みんなで遊びに出かけよう!』

「ん……?」

 

 よく見ればそれは宣伝の車というよりも、選挙カーのように思えた。

 なぜ選挙カーがわざわざそんな宣伝をしているのか。翔には意味が分からなかったが、直後に耳に響いた爆音が、その思考を打ち切らせる。

 

「なんだ!?」

 

 人々が逃げ惑う中、咄嗟に翔は反応し、駆け抜ける。

 今までにハーロットが作った強力な数多のデジブレインと、都竹が変異するジェラスアジテイターネオが街を襲撃し、通行人を捕らえて次々にゲートへ放り込んでいた。

 確認できるのは四種で一体となるブレーメンズ・デジブレイン、無数のネズミ型デジブレインを操るパイドパイパー・デジブレイン、そしてシロアリの姿をしたヘンゼル・デジブレインとグレーテル・デジブレインだ。

 

「あいつ!」

 

 咄嗟にマテリアフォンを取り出そうとして、手を止めてしまう。

 自分が戦えばまたアクイラに変わってしまうかも知れない。そうなってしまえば、今回は無関係な人々も巻き添えを食らうだろう。

 

「いや、でも……」

 

 その無関係な者たちが拐われるのを、このまま見過ごす事が正しいのか?

 だが戦えるのは自分だけではない。少し待っていれば、鷹弘たちが駆けつけて対処するかも知れない。とはいえその間じっとしていれば、それだけ街の住民に被害が及ぶ。

 尤も――この時既にホメオスタシスは作戦行動に入っており、対処などできないのだが。

 

「くっ……うう……!!」

 

 葛藤する翔。もう戦いたくないのに、戦ってはいけないのに。

 そして。悩んでいる間に、ジェラスネオは翔の存在に気付いてしまう。

 

「ケケッ、誰かと思えばアズールではないですか。丁度いい! あなたもハーロットの元へとお送りしましょう!」

「なっ!?」

 

 デジブレインとジェラスネオがゆらりと歩いて来る。

 ここまで来ればもう仕方がない。翔はアプリドライバーを呼び出し、装着。そしてマテリアプレートを起動した。

 

《チャンピオンズ・サーガ!》

 

 音声が流れるのを聞きながら、続けてドライバーへとセットする。

 だが。

 

「……え……?」

 

 反応がない。ドライバーが、機能しない。

 

「ど、どうして!?」

 

 何度起動し直して、差し込み直そうとも、結果は同じだった。

 その翔の慌て振りを見て、ジェラスネオはほくそ笑む。

 

「どういう事か知りませんが、何やらお困りのようじゃないですか。気が変わりました、先にこの左眼の借りを返させて貰いますよ! 少しばかり痛めつけてから連れ帰るとしましょうかぁ!」

「う、ううっ!?」

 

 じりじり、とデジブレインたちが迫る。

 このままでは殺されてしまう。しかし変身をしようにも、ドライバーは使えない。

 故障を疑うが、マテリアフォンが正常に動いている以上それはあり得ない事だ。

 

「逃げるしかないのか!?」

 

 生身の攻撃が通じないデジブレインを相手に、翔が戦う手段はない。

 しかし。翔の脚は、決して背を向ける方には動かなかった。

 

「僕は……」

 

 逃げてはいけない。これまでの戦いを経た自分の身体が、そう告げている。

 

「僕、は……!」

 

 しかし、心は逃げろと激しく叫んでいる。

 精神と肉体の動きが乖離状態となってしまった翔。そんな彼に、バトルクック・デジブレインの蹴りが襲いかかる。

 

「くっ!!」

 

 目を閉じ、両腕で自分の身体をかばう。

 が、いつまで経っても攻撃が降りかかる事はなかった。

 不思議に感じ、目を開いて前を向くと――。

 

「……無事か、翔」

 

 そこには、藍色のスーツと帽子を纏った男が、天坂 肇が立っていた。

 見れば、量産型のフォトビートルが、バトルクックの攻撃を受け止めている。

 

「父さん!?」

 

 思わず翔が声を張る。対して、ジェラスネオは不愉快そうに舌打ちした。

 

「なんですかァあなたは? 私の邪魔をするなんて……」

「黙ってろ蛇野郎。今は翔と話してんだ、邪魔をするな」

 

 肇の一言で、唖然としたジェラスネオは本当に黙ってしまった。デジブレインたちも、呆気に取られたように止まっている。

 直後、フォトビートルから翔へ声がかけられる。

 

『翔くん、無事で良かった』

「鷲我さん?」

『鷹弘たちは今、作戦を開始していてこの場にはいない。しかし……その様子では、やはり変身できなくなったようだね……』

 

 そう言われると、翔は沈んだ面持ちになって、頭を下げた。

 

「僕はもう……この通り、戦えません。戦ったってみんなを傷つけてしまうかも知れない。だから……」

「なぁ翔」

 

 弱音を吐く翔に対し、突然肇が口を挟んだ。

 振り向いた彼の曇りのない瞳は、真っ直ぐに翔を捉えている。

 

「お前は響と違って、昔から手のかからない子だったな。あまり泣かないし、自分の事で怒りもしない。そのせいか全然叱ってやれなかった」

「父さん、いきなり何を?」

「けどな」

 

 そう言って、肇は少し深呼吸した後、再度口を開く。

 

「お前は誰より理不尽な目に遭ったんだ。だから、自分のために泣いたって良い。怒ったって良いんだ。それは何も悪い事じゃない」

 

 厳しい目つきで、叱るかのように。あるいは諭すかのように。

 肇は、言葉を紡ぎ続ける。

 

「だから、もっと自分の心に素直になれ。ホメオスタシスとしてやるべき事じゃなく、お前の本当にやりたい事を思い出せ!」

「僕のやりたい事?」

「そうだ」

 

 頷いて、翔に背を向ける。そして、自らの懐に手を伸ばした。

 

「お前はなぜ仮面ライダーになろうとした? なぜ、戦い続けていた?」

「僕は……」

「もう一度思い出すんだ、お前の貫いて来た意志を」

 

 進駒にも言われた言葉。心の中で、何度も翔は繰り返し続ける。

 しかし、そこへ待ち切れなくなったジェラスネオが怒りの声を発した。

 

「さっきからゴチャゴチャと! 何なんですお前は、何者だ!」

 

 問われて、肇はフッと笑みを浮かべ、懐からプロトマテリアフォンを取り出した。

 

「父親だ」

《ドライバーコール!》

 

 瞬間、装着されるプロトアプリドライバー。さらに、もう片方の手にはマテリアプレートが握られる。

 

CERULEAN CYCLONE(セルリアン・サイクロン)!》

 

 肇はプレートを即座に装填。そして、帽子を外して放り投げた。

 

《レディ・ステディ・ゴー! レディ・ステディ・ゴー!》

「ライダー……変身!」

HEN-SHIN(ヘンシン)! マテリアライド!》

 

 軽快な電子音声と共に、肇の姿が変わっていく。灰色のアンダースーツに、左肩から伸びて腕を覆う黒いマント。

 さらに、肇を中心に凄まじい嵐が吹き上がり、藍色の骸骨の姿をしたテクネイバーが頭上から降りて来る。

 

《サイクロン・メイル! 紺碧の叛逆者、インストール!》

 

 骸骨が分解され、スーツに合着。藍色のアーマーとなり、左腕のみが黒い装甲で覆われる。そして、橙色の複眼が燃え上がるように輝いた。

 これが肇の変身した姿。直後に彼は、フォトビートルに向かって話しかける。

 

「鷲我! 何か気の利いた名前を考えてくれ」

『では色に因んで、ネイヴィというのはどうだ?』

「気に入った」

 

 即決し、仮面ライダーはマントを翻す。

 

「俺はネイヴィ。仮面ライダーネイヴィだ……!」

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