仮面ライダーアズール   作:正気山脈

45 / 65
 響と分かれた後、肇はカートゥーン・エリアの奥にあるホテルのような建築物の中に隠れていた。
 その傍らには、ツキミとフィオレが震えながら座り込んでいる。
 どうやら事情を聞いた後らしく、肇は納得した様子で頷く。

「なるほど、君たちの言い分は分かった。そうか、そういう事だったのか。ハーロットめ、なんて事を考えるんだ……」

 うぅむ、と指を顎に添えて考え込む。そして、再びツキミたちに視線を合わせた。

「他に何か知っている事はあるかい?」

 二人は顔を見合うと、意を決した様子で一度頷く。

「あります!」
「実は、この淫蕩の遊園地は……」


EP.45[悪逆なる魔女]

「ふふっ、それにしても驚きですわ」

 

 淫蕩の遊園地、そのカートゥーン・エリアで響の変身した仮面ライダーキアノスの前に立ち塞がるのは、領域の主であるハーロットだった。

 彼女はサイバーノーツのルードウィッチへと変異を遂げており、自らの頬に手を当ててせせら笑っている。

 

「翔くんのオマケでしかなかったあなたが、まさかこんなところまで生き延びるなんて。てっきり……そう、あの貧相で根暗な子の領域で殺されるかと思っていましたれけど」

「貴様と話す気はない」

「冷たいのですねぇ、それじゃあ顔が良くても女の子にモテな――」

「臭いから口を開くな。権力者に尻を振って回る売女が」

 

 ハエを払うようにしっしっと手を振るキアノス。

 その動作を見て、そして彼の言葉を聞いて、ルードウィッチの額に青筋が走った。

 

「……なん、て言った今」

「どうやら歳を重ねすぎて耳まで老化したらしいな。それとも、性病が脳まで達してるのか」

「おい……」

「若作りして美しく見せているつもりだろうが、隠し切れていないぞ。その厚化粧と加齢臭……」

「……おまえッ……!!」

「おや、怒るのか。見るに堪えない淫売の老婆め!」

 

 青筋が増えていき、目の下の筋肉がピククッと震え、ルードウィッチは尻尾を強く地面に叩きつけた。

 それだけで地にクレーターができあがり、威嚇するように両耳のハサミを大きく開いてキアノスを睨みつける。

 

「ブッッッッッ……殺す……ッッッッッ!!」

「それが貴様の地か。ようやく内面の醜さに見合った言葉遣いになったな」

 

 右手の中指を立て、キアノスは嘲弄した。

 キアノスのさらなる挑発に完全に怒り狂ったルードウィッチは、先端に針の付いた尻尾を相手の顔面目掛けて突き出した。

 だが、サーベルを持ったキアノスはそれを容易く切り払い、反撃とばかりにフェイクガンナーで腹を撃つ。

 

「かっ!?」

「遅いぞ。プレデターと戦う前であれば対応できなかったかも知れないが、アレを経験した後では相手にならん」

 

 よろめくルードへと、さらに銃撃を加える。しかし今度は素速く身をかわし、キアノスの股間へ前蹴りを繰り出そうとする。

 が、それも見切られており、ニーキックで相殺された上で脛に斬撃を食らった。

 

「ぐ、ぁう……!?」

 

 ガクリ、とルードが地に膝をつく。そこへさらに、キアノスの右足で胸を蹴り倒された。

 

「き、いいいいい!!」

「無様だな」

 

 言いながら、トドメを刺すべくフェイクガンナーとキアノスサーベルにマテリアプレートをセットしようとする。

 しかし、その時だった。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「むっ!?」

 

 トランサイバーGへの入力と共に、ルードの背後から巨大な本のようなものが現れたかと思うと、二人はそのページに挟まれてしまう。

 咄嗟に防御態勢になるが、負傷はない。ところが、再び顔を上げた時にルードの姿はその場にはなかった。

 

「消えた……いや、これは!?」

 

 キアノスがいたカートゥーン・エリアは、その名の通りアメリカ的でユーモラスなキッズアニメーション調の区画であった。

 だが今は、西部開拓時代を思わせるような荒野と木造の建築物が並ぶ場所にいる。地図にウェスタン・エリアと記されている場所だ。

 そして、周囲には腕が銃に変わったベーシック・デジブレインが何体も潜んでいるようだ。

 

「チッ、冷静さを取り戻したという事か……!」

 

 あの本で別のエリアへと引きずり込まれたのだ、敵のいる只中に。しかも、ハーロット自身はまた別の場所に移動しているらしい。

 それを瞬時に理解して、キアノスはベーシック・デジブレインたちに抗うべく剣を振る。

 

「どこへ逃げようと関係ない、必ず追い詰めて細切れにしてやる!!」

 

 自分の実の両親だけでなく、彩葉の人生をも歪めた者たち。それらを討ち倒すべく、まずは弾丸を回避しながら周囲の敵を倒し続けるキアノス。

 すると、戦場にまたもガンブライザーを身につけている素裸の人物が現れた。今度は背の高い美男子だ。

 

《アリス・シンドローム……マッドハッター!》

「ウ、ウ……」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! マッドハッター・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「グアアアアアア!!」

 

 変異したデジブレインは、シルクハットを被って礼服を纏う、一見すると紳士風の怪人。両肩には白いティーポットのようなものが、両膝にはマカロンが乗った皿が付いている。

 しかしその武装は紳士とは言えず、右腕で雪かき用のシャベルのような大きなスプーンを持ち、腹からは毒々しいカラーリングのガトリング砲が伸び出ている。

 

「カァーキャキャキャキャキャ!!」

 

 気の狂ったような笑い声を上げながら、マッドハッター・デジブレインは左手でハンドルを回し、腹から無数に弾丸を放つ。

 キアノスは舌打ち混じりにマテリアプレートをフェイクガンナーにセットし、機能を発動した。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……ハーミットクラブ・スキル、ドライブ!》

 

 岩のようなヤドカリの殻の盾が、凶弾から身を守る。

 しかし、マッドハッターの両肩のポッドが蓋を開いたかと思うと、そこから煮えたぎる液体が球状になって発射される。

 液体は放物線を描きながら、咄嗟に前進したキアノスの背後に着弾、爆裂して熱湯を飛散させた。

 

「あ、ぶない……!」

 

 頭上にも注意を払っていなければ、今の一撃で確実に大きな隙が生まれ、蜂の巣にされていただろう。

 キアノスは盾を形成しながら全速前進し、マッドハッターの胸へサーベルを投げつけた。

 マッドハッターはそれをシャベルで打ち払うが、同時にガトリングも止まる。その一瞬が命取りとなった。

 

《オーバードライブ!》

「潰れろォォォッ!」

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ハーミットクラブ・マテリアルソニック!》

 

 盾の重い一撃が、ガトリングの銃口を破壊。そして両肩のティーポットも打ち砕いた。

 キアノスはさらに続けて、ベルトのマテリアプレートを押し込み、マテリアフォンをかざして必殺を発動する。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「ハァァァッ!」

「キェェェェェッ!?」

 

 エネルギーを帯びて輝く右脚から放たれた回し蹴りが炸裂、マッドハッターは地面に頭を叩きつけられる。

 ガンブライザーとマテリアプレートも砕け、元の男の姿に戻った。

 

(ハーロット)の能力の片鱗は見えたが……クソッ、ヤツはどこに逃げた……?」

 

 周囲の状況を確認しつつ、変身を解除した響はエリアの先へと足を進めるのであった。

 

 

 

「あのガキッ……絶対にタダじゃ済まさない……!!」

 

 一方。キアノスの追撃から逃れたルードウィッチは、とあるエリアで怨嗟の言葉を吐きながら両耳のハサミを動かしていた。

 ハサミは土や樹木を抉ってデータに分解し、丸くこねて別の物質に再構築している。

 

「奴隷として飼い殺すのも生温い……あの小綺麗な顔を潰して、二度と太陽の下を歩けなくしてやる……!!」

 

 数十個ほどそんな丸い物体を作ると、突如としてルードの下腹部がガパリと左右に開き、その中にボール状のそれらが次々に入り込んでいく。

 そして裂け目が閉じると、ボコボコと音を立てて腹が膨らみ始め、牙の覗く腹部から粘性の高い液体が滴り落ちる。

 

「ん、ふぅっ……あっあっあああ……はぁぁぁんっ……」

 

 喘ぎ声にも似た淫猥な吐息を漏らし、身を震わせて悶えるルード。

 再び開いたその腹部からは、粘液と共に手足の生えたオタマジャクシのような生物が何体も飛び出した。

 

「手駒は充分、データのフィードバックも済んだ。私を侮辱したらどうなるか、嫌という程思い知らせてあげるわ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃、翠月は他のエリアの状況を確認するべく、鷹弘や響たちに連絡を取ろうとしていた。

 しかし何度試しても、彼らがマテリアフォンの通信に応じる気配はない。

 

「まさか戦闘中なのか」

「何にせよ、通信できない状況っていうのはちょいマズいかもね。援護には行けないし、自力で対処して貰うしか……」

 

 むぅ、と唸る浅黄。直後、翠月のマテリアパッドへと琴奈から通信が入る。

 

『ふ、二人とも大変です!』

「どったの?」

『入口が……みんなが入って行った入口がなくなってる!』

 

 それを聞いて二人は顔を見合わせるが、すぐに翠月が声色を抑えてゆっくりと琴奈に語りかける。

 

「どういう意味だ? 落ち着いて、状況を詳しく説明してくれ」

『今言った通りなんです! なんか白いオーロラが遊園地全体をカーテンみたいに覆ってて……鋼作がそれに石を投げたんですけど、壁にぶつかったような感じで跳ね返るんです!』

「なんだと……」

「向こうが気付いて退路を断ったのかも」

「あるいは、誰かが既に敵と遭遇したのかも知れない」

 

 頷く浅黄。そしてその敵とは、恐らく領域の主であるハーロットだ。

 ここが彼女の領域であり、そしてその場所を封鎖するのが彼女にしかできない事である以上、相手は簡単に特定できる。

 翠月は再び冷静に質問をする。

 

「他に何か変わった事はないか?」

『じゃあ、もうひとつ報告が。遊園地に放っているフォトビートルですけど、私の気のせいでなければ特定の場所でワープしてます。それもひとつだけじゃなくて、ワープ地点は複数あります』

「……どういう事だ?」

『一定の地点から先を調べようとすると、別のエリアに転送されると言うか……地形データの解析も一瞬途切れる場所があって、それを踏まえるとパンフレットのマップデータと合致しなくなるんです』

「ふむ」

『最初は気づかなかったんですけど、私が監視担当してるエリアからいきなり隣のエリアを飛んでいたはずのフォトビートルが来るのを偶然見つけちゃって』

「了解した、少し調べておこう。さっきの話も含めて他の皆にも周知しておいてくれ」

 

 琴奈からワープする地点を聞いた後、通信を切って浅黄に顔を向ける。

 

「どう見る?」

「まぁ……間違いなく、見つかったんだろうね。それから、侵入できない場所があるという事は……そこに重要な何かを隠してる可能性が高いよ」

「ひとまずそこへ向かうか」

 

 二人は頷き合い、周辺を警戒しながら近場にある件のワープ地点へと足を運んだ。

 

 

 

 それと時を同じくして、ファンタジー・エリアを進み続けていた翔と鷹弘は、城内への侵入を果たしていた。

 城の中は戦いのあった外とは打って変わって静寂に包まれており、ステンドグラスから降り注ぐ光が石造りの床を照らしている。

 

「誰もいないんでしょうか……?」

 

 周囲の様子を窺いながら、上階へと足を進める。

 やはり登った先も静けさが保たれていた。電灯のような明かりはないが、外からの光がちらちらと室内を照らしている。

 だが、今度は人がいないワケではなかった。三つの人影が、翔と鷹弘の視線の先にあったのだ。

 その内の二人は衣服を纏っていない虚ろな瞳の女性。腰にはガンブライザーを装着し、種類の違うマテリアプレートを握っている。

 もうひとりは――スカイブルーのドレスを纏う、アシュリィだ。

 

「アシュリィちゃん!!」

「……そう、来たのね……ショウ」

 

 ようやく無事再会できた事に喜びをあらわにし、翔は前へと踏み出そうとする。

 しかし、アシュリィを庇うように全裸の女たちが道を塞ぎ、マテリアプレートを起動した。

 

《アリス・シンドローム……ジャバウォック!》

《バンダースナッチ!》

「ウゥウウウ……」

「オォオオオ……」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド!》

 

 ガンブライザーにプレートが装填され、ノイズと共にデジブレインとの融合が始まる。

 その間にアシュリィは目の前にある扉に手をかけ、開いて走り去っていく。

 

《ジャバウォック・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「ガァーッ!!」

《バンダースナッチ・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「シャアァ!!」

 

 ノイズが消失すると、ひとりはナマズのようなヒゲと齧歯類に似た前歯を生やしたヴェロキラプトルのような怪人の姿に、もうひとりは腹から牙と長い舌を生やした鬣つきの人狼だ。

 前者がジャバウォック・デジブレイン、後者はバンダースナッチ・デジブレインだ。

 この二体を倒さなければ先へは進めない。翔は立ち止まって変身すべくドライバーを呼び出そうとするが、それを鷹弘が手で制した。

 

「静間さん?」

「行け翔。ここで戦うよりも、お前はアイツに会いに行くべきだ」

「でも、あなたがひとりで戦うなんて……!」

「良いから行って来い、俺を信じろ! アシュリィに伝える事があるんだろ! 今、お前にしかできない事があるんだろ!」

 

 アプリドライバーを腰に装備し、鷹弘は叫ぶ。

 すると翔はぐっと言葉を堪えて唇を噤み、深く頭を下げてから、走り出した。

 当然ジャバウォックとバンダースナッチは迎え撃とうとするのだが、翔は一切止まらず、むしろ足を速めて中央突破しようとする。

 そして二体の爪が襲いかかろうとした瞬間、変身したリボルブリローデッドの燃え上がる銃弾が阻止した。

 

「それで良いんだ、翔。絶対に振り返んじゃねぇぞ」

 

 炎がジャバウォックとバンダースナッチを焼くものの、ほとんどダメージはない。

 しかしリボルブはフッと笑い、ヴォルテクス・リローダーを持って突撃する。

 

「テメェらの相手はこの俺だァァァーッ!!」

《スクロール! ホーク・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 シリンダーを回転させてスイッチを押し込み、マテリアフォンをかざして必殺を発動。

 その瞬間、バンダースナッチは急加速して背後に回り込む。が、銃口は既に背後へ向いていた。

 

Alright(オーライ)! ホーク・マテリアルボンバード!》

「失せろ!」

「グオオオッ!?」

 

 炎の鷹がバンダースナッチを包み込み、全身を燃え上がらせる。

 必殺技を食らって苦悶の声を漏らすものの、撃破には至らず。眼前の怪人は再び猛スピードで動き出し、さらに背後にいるジャバウォックも炎の息でその場を焼き尽くす。

 炎の海に何度も響く打撃音と爪の裂く音。しばらくしてそれが静かになるのを確認すると、ジャバウォックは確認のために火の手の中に向かって歩き出した。

 瞬間、赤くゆらめくカーテンの向こう側から、全身を殴打されたバンダースナッチが吹き飛ばされて来る。

 

「ギッ!?」

 

 自身の体とバンダースナッチがぶつかり合い、ジャバウォックは転倒。

 そして、炎の中から悠然とリボルブが姿を現した。

 

「この程度で……テメェら如きに止められるかよ」

「ギ、ギギッ!?」

「今の俺はなァッ!!」

《スクロール! イーグル・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 立ち上がって大口を開き、腕を食い千切ろうとするジャバウォック。

 だがリボルブは逆に右腕を思い切りその喉に押し込むと、口腔の奥で必殺技を発動した。

 

《イーグル・マテリアルボンバード!》

「誰も死なせらんねェんだよォッ!!」

 

 翔をアクイラにさせず、そして周りの仲間も何も知らない人々も、誰一人死なせない。鷹弘の中にある覚悟が、カタルシスエナジーを極限以上に高めていたのだ。

 リボルブがトリガーを引くと、牙が腕に食い込む前にジャバウォックの体は近くにいたバンダースナッチごと爆滅。

 ガンブライザーとマテリアプレートも焼却され、人間の姿に戻った。

 

「無事でいろよ、翔!」

 

 変身したまま、リボルブは駆ける。

 アシュリィとどの程度話せているのかは分からないが、敵が現れない保証もない。その時は、やはり自分の力が必要なはずだ。

 そう思って扉を開くと――。

 

「……いないっ!?」

 

 そこは既にもぬけの殻。翔どころか、アシュリィもいなかった。

 部屋には窓も階段もなければ、当然他の扉もない。当然隠れられる場所などもなかった。

 

「バカな……あいつら、一体どこに!?」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 時は鷹弘が戦闘を行い、翔が奥の扉を開けた直後まで遡る。

 他に扉も窓もないその部屋で、ついに翔はアシュリィと二人での対面を果たした。

 

「アシュリィちゃん!」

「ショウ!? タカヒロを置いて来たの……!?」

 

 左右で色の違う眼を見張るアシュリィ。しかし、その目つきはすぐに翔を睨むようなものに変わる。

 

「ようやく私と殺し合う気になったって事? そうよね、仲間に殺し合う姿は見せたくないでしょうね」

「違う。君と話しに来た、君自身がどうしたいのかを。ハーロットじゃなくて、君の言葉で聞きたい」

「……今更話す事なんかない!」

「僕にはある! 例えば……そう、どうして君は『僕と殺し合う』なんて事を望んでいるんだ!?」

 

 その言葉を聞くと、アシュリィは図星を刺されたようにぐっと息を呑み、視線を泳がせる。

 そして狼狽しつつも、反撃とばかりになじるような口調で言葉を投げつけた。

 

「私たちは敵同士よ、それ以外に理由が必要なの?」

「敵だなんて思っていない。そもそも、君が自分から敵対する事を望んでるようには見えない」

「そんな……知った風な口を!」

「知ってるよ。君が本当は優しい子だって事も、人の命を奪いたがるような子じゃないって事も。僕の作った料理を食べた時、言葉にはしてくれないけど……本当に嬉しそうな顔をするのだって分かってる。そんな顔を見るのが、僕にとって幸せだった」

 

 アシュリィとの時間やささやかな日常を思い出しながら、翔は語る。

 すると、翔はハッと顔を上げた。話して行く内に、自分の中から溢れて出て来るアシュリィへの想い。プログラムされたものではない、本当の気持ち。

 その正体を、今ようやく理解したのだ。

 

「そうだ……どうして今までずっと気付かなかったんだろう? 僕は、君を――」

「やめて!! それ以上言わないで!!」

「アシュリィちゃん?」

「お願い……やめて……でないと、私……私は……!!」

 

 声を震わせ、両手で頭を抱えてその場にへたり込むアシュリィ。

 彼女の両眼からは、涙が床にこぼれ落ちていた。

 

「私は、誰とも関わっちゃいけなかった。独りじゃなきゃいけなかった。あなたと出会わなければ、こんな事にはならなかった。あの時……記憶を失っていた頃に、デジブレインに殺されるべきだった。それなら……こんな思いをせずに済んだ!!」

「どうしたの!? アシュリィちゃん、一体何を知ってるんだ!?」

「ハーロットが私を産んだのは『あなたに私を殺させる』ためなんだよ!!」

 

 アシュリィの必死の叫びの直後に訪れる、長い沈黙。

 僅かな間絶句していた翔であったが、アシュリィと同じく全身を震わせながら当惑した声色で再び口を開いた。

 

「な、ん……だって?」

「……私には、生まれた時からアクイラの細胞と一緒に毒が仕込まれてる。あなたが私を殺せばアクイラの力と一緒に取り込まれるけど、その時に毒はアクイラ細胞の活性剤になって消える。逆に私があなたを殺したら、毒は私の体内で弾けて……私は死ぬ。その後、毒素は体の外に出てアクイラの活性剤となり、あなたを蘇らせる」

「じゃあ、殺し合わせるっていうのは!?」

「そんなのただの方便。実際は、私だけを死なせるつもりでいる……ちょうど今年のクリスマスが過ぎれば、この毒も自動的に作動する仕組みになってる。だから私はどう足掻いても助からない」

「なんて事を……!!」

「これで分かったでしょう? もう、何をしても無駄なの。手遅れなの。これ以上……存在しない希望に縋らないで」

 

 彼女の悲痛な声を聞く度に、翔は自分の頭に激痛が走り、心臓が跳ね上がるのを感じていた。

 怒りと哀しみという感情の昂りが、アクイラの細胞を活性化させている。肉体が再びアクイラの姿に変わろうとしているのだ。

 全身に雷が走るかのような感覚に苛まれ、翔は地に膝をつく。

 

「に、逃げるんだ。また、僕の体の中でアクイラの細胞が……!」

「ショウ……どうしてまだそんな事……!」

「速くっ! このままじゃ僕は!」

 

 逃げるにしても、出口は翔の立つ正面の方向にしかない。そして、翔がアクイラに変わるのも時間の問題だろう。

 望む望まずに関わらず、アシュリィは戦う羽目になる。このままでは先程自分自身で述べた通りの結末になるのだ。

 しかし、手立てがないように思えた翔にとって、想像もしていなかった事が起こる。

 

「お取り込み中のところ、失礼致します」

「え――」

 

 そんな声と同時に、二人の間に黒い炎が割って入り、瞬く間に姿を消失させたのだ。

 

「……いないっ!? バカな……あいつら、一体どこに!?」

 

 鷹弘が部屋に入って来たのは、まさにその直後の出来事だった。

 

 

 

 そして、現在。

 いつの間にか翔とアシュリィは、赤いカーペットや高級な石材による加工がされた、豪奢な建築物の正面玄関にいた。

 一見すると城のようだが、先程までいた場所とは明らかに作りが異なる。石像も日本人の顔、というよりも久峰 遼のものだ。

 

「なんだ、ここは……?」

「サイバー・ラインの中ですよ。ただし、久峰 遼の領域のようですがね」

 

 丁寧な口調で放たれた言葉に、翔とアシュリィは背後を振り向く。

 そこに立っていたのは、Cytuberたちに力を与えて来た孔雀の仮面の者、スペルビアであった。

 彼が、翔とアシュリィをこの謎の場所に招き寄せたのだ。

 

「お前がなぜここに……ぐっ!?」

「ショウ!」

 

 胸を抑えて翔が苦しむ。すると、スペルビアは溜め息混じりに近付き、懐から銃のようにも見える針のない注射器を取り出した。

 アシュリィは抗議のため、そして翔を庇うべく震えながらも前に出るものの、スペルビアの方は「大丈夫ですよ」と微笑むだけだった。

 

「これではマトモに話もできませんねぇ、というワケで」

 

 注射器の中には緑色の液体のようなものが入っており、スペルビアは無言でそれを翔の首筋に押し付ける。

 そして、内容物を注入し始めた。

 

「がぁっ……あ? あ、あれ?」

 

 不思議そうな面持ちで、翔はゆっくりと立ち上がる。

 今まで感じていた全身の痛みが、嘘のようになくなっている。心臓の鼓動も正常だ。

 二人とも怪訝そうな顔をしていると、スペルビアは微笑みながら翔の背中に手を当てがう。

 

「アクイラの細胞活性を一時的に抑制する鎮静剤ですよ。そして」

「うっ!?」

 

 スペルビアが勢い良く手を離すと、その掌に翔の背中から出て来た球体状の光、カタルシスエナジーが集まっていく。

 その球体を、あろう事かスペルビアは自身の胸へと押し込んだ。

 翔とアシュリィが唖然とする中、スペルビアは体内で暴れるカタルシスエナジーに苦悶しつつ、背筋を伸ばして真っ直ぐに立つ。

 

「グッ……!? 細胞内のカタルシスエナジーを、頂きました……この分なら、力を使わなければあと半日は保つでしょうね」

「ど、どうして……そうまでしてお前が僕を助けるんだ?」

「死んで貰っては困るからですよ。あなたには、彼らに相応の報いを与えて頂かねば」

「どういう意味だ? 彼らって誰だ?」

「久峰 遼とハーロットは、恐れ多くも(アクイラ様)に近付きすぎた。偽りの翼で太陽を目指した者に、あるいは天上に到達せんばかりに塔を積み上げた者に、神罰が下るのは当然の事でしょう」

 

 そう言いながら、スペルビアは口元にニィッと笑みを浮かべる。

 

「本来であれば、この領域はハーロットの所有。だがしかし、彼女は所有権の大半を久峰 遼に譲り渡し、自分はとある方法で残りの領域を改造して別の領域を……『遊園地』を作り上げたのです。上から被せるように」

「そんな事ができるのか……じゃあ、まさかこの場所は!?」

「その通り。本来であればハーロットの領域、今は久峰 遼の所有地……それがこの『帝國領』ですよ。入口を巧妙に隠していたようですが、私の前では無意味です」

 

 翔は目を見開く。確かに、園外にはそれに相応しくない監獄があった。淫蕩の遊園地が単なる偽装目的の領域なのだとすれば、納得できる話だ。

 続けて、スペルビアは笑みを湛えながら述懐する。

 

「久峰 遼は危険です。私が彼に7位以上の権限を与えなかったのは、彼の反逆が目に見えているからなのですよ」

「反逆?」

「彼は総理大臣を志しており、人類の支配を目的としている。そしてそれは、アクイラ様も……となれば、力を手に入れた久峰は、配下の人間を率いてデジブレインの隷属化を始めるでしょうね」

 

 アクイラと遼、同じ未来を見ているとはいえ、異種族の支配者同士が相容れるはずもない。それは充分に納得のできる話だった。

 

「プレデター様に高い権限を与えていたのも、ハーロットに対する抑止力という意味合いが強い。いずれは彼を使って、反逆の前に潰すつもりでいたのですが……」

「……仮面ライダーの存在が、その計算を崩した?」

 

 アシュリィの言葉に、スペルビアは頷く。あずかり知らない事だったとはいえ、Cytuberを倒し続けたために均衡を崩してしまっていたのだ。

 尤も、対処していなければそれはそれで被害が出ていたというのは想像に難くない。

 ここで翔には、スペルビアに対してある疑問が思い浮かんだ。

 

「どうして自分から動かないんだ? 久峰 遼を自分の手で止める事もできたはずじゃないか」

「まぁ、私もできればそうしたかったのですがね。直接人間に手を下すのは禁じられているもので」

「だから僕を良いように使おうっていうのか」

「はい」

 

 剣呑な雰囲気を醸し出しながら睨み合う翔とスペルビア。互いに沈黙していたが、先に翔が口を開く。

 

「お前の指示で戦うつもりはない。だけど、今回の件に関しては一応礼を言わせて貰うよ」

「いえいえ。では、私はここで……」

 

 その言葉と同時に、スペルビアはその場から完全に消え去った。

 翔は続いて、アシュリィの方に振り返る。彼女は先程のスペルビアの行動が信じられないのか、未だに狼狽えているようだ。

 

「アシュリィちゃん、僕は君の命を奪いたくない。だけど死ぬワケにも行かない」

「……だから?」

「君の体内の毒をどうにか取り除く。半日も時間を貰えたんだ、その方法を見つけ出す」

「無理だよ。この毒はハーロットが作ったプログラム……消す方法なんてない」

「見つけてみせる。絶対に君を助けたいから」

 

 断固として翔は言い放つ。アシュリィは自らのスカートを掴み、俯きながら首を横に振った。

 

「アクイラの力が収まってる以上、今はあなたに殺される意味はない。好きにすれば良い。私も、戦える時が来るまでショウやママたちに見つからないような場所に逃げるだけ」

「アシュリィちゃん……」

「どっちにしてもあなたは生き残って、私は死ぬ。その結末に変わりはないんだから」

 

 その言葉の後、アシュリィもいずこかへと煙のように姿を消した。

 一人残された翔は、ひとまずこれからの方策について思案する。

 とりあえずは先へ進むためにも、人手が欲しい。しかしスペルビアによって転移したため、翔には遊園地からどのようにしてこの場所に入れば良いのか見当もつかないのだ。

 

「考えても始まらないなら、とにかく動いてみるか!」

 

 翔はそう言うと、敵に見つからないように隠れながら、外に向かって走り出した。

 

 

 

 同じ頃。

 スリラー・エリアのワープ地点周辺の調査を進めていた翠月と浅黄は、とある枯れた納屋に不審なものを感じ、ハッキングによってそこが隠し部屋である事を突き止めた。

 だが、そこは単に放送席があるだけで、ハーロットや遼に繋がるような情報などは何もなかった。

 

「無駄足だったか……」

「んー、そうでもないかも?」

「どういう意味だ?」

 

 問われて、浅黄はマテリアパッドを操作し続けながら返答する。

 

「なんかねぇー、この施設から流す音源とか映像は現実世界にも流せるようになってるみたい。それだけじゃなくて、この下にどう見ても遊園地以外の領域があるよ。その場所の部屋からも音と映像を送れるみたい」

「ほう」

「姉貴はこんなところ調べても何にもならないって思ったんだろうけど……その思い上がり、利用できるね」

 

 ニヤリと意地の悪い笑みを見せる浅黄。翠月もこの放送席に使い道を見出しているのか、唇を釣り上げている。

 だが、ひとつ問題があった。

 

「その別の領域の入口はどこにある?」

「うーん、それがさっぱり分かんないんだよねー」

 

 ポリポリと頭を掻いて、浅黄は項垂れる。

 直後、翠月のマテリアパッドに鷹弘からの通信が入った。

 

『翔を見てないか!?』

「いや、会っていないが。何かあったのか?」

『城ン中でいきなり消えちまったんだ! クソッ、一体今どこに……』

 

 焦った様子で鷹弘が走る足音が聞こえる。

 一度落ち着かせるために翠月が言葉を発しようとした、その時だった。

 突然、地鳴りと共に爆発音が遊園地の中で響き渡る。

 

「うっ!?」

「なになになになに!?」

『地震か!?』

 

 翠月と浅黄は慌てて放送席から飛び出し、外の様子を伺う。

 すると、なんと地面から光の矢のようなものが、何度も何度も飛び出していた。

 アズール チャンピオンリンカーのアメイジングアローによるものだ。彼がこの下で、攻撃を放っているのだ。

 

「まさか……彼はこの下に?」

「そうらしいねぇ~。行っておいでよ、ウチはここに残ってやる事があるし」

「頼んだぞ」

 

 それだけ言うと、翠月は地面に開いた穴に向かって飛び降り、空中で雅龍に変身。そのまま地面に着地した。

 どうやら鷹弘も同じく穴に飛び込んだらしく、リボルブとなった状態で走って近づいて来る。

 しかし、肝心の翔本人は見当たらない。

 

「ったく、無茶苦茶やるなアイツ……」

「ああ。だが、お陰で遊園地の姿に惑わされずに済んだ」

 

 二人の目の前に広がる景色、その巨大な施設は――まるで神話の時代の宮殿のように変わった、国会議事堂だった。

 その入口の屋根を良く見ると、そこに翔は立っていた。

 

「これは恐らくハーロットではなく、久峰 遼の作った場所だ」

「らしいな。翔のヤツ、どうやって入ったのか知らねェが……お手柄だぜ」

 

 二人が微笑み合い、手を振る翔のいる議事堂の入口に向かって駆け出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。