ホメオスタシスが、イタリアン食堂に現れたデジブレインの侵攻を阻止して二日後。
ストライプとヴァンガードは、揃ってサイバー・ラインのとある場所に集まっていた。
宇宙空間のように広大で、黒く殺風景な場所。壁は星座のように赤黒い光の点と点が線で繋がり合って構成されており、床は同じ色の光でできている。
「そうだ、ストライプ。忘れモンだぜ」
道の途中、ヴァンガードが文字だらけのカソックからある物を取り出し、ストライプに投げ渡す。
左右で白と黒に分かれたポーンの駒。雑居ビルの屋上でストライプが処理し忘れていた、警察に回収されたはずの証拠品だった。
「……どこにもないと思ったら、あの時落としてたのか」
「気を付けろよ? 証拠品のデータも処分しておいてやったが、警察の連中もバカじゃねぇからな」
「そんなの分かってるよ」
半透明な床の上を、二人は並んで歩く。そうしてしばらく歩いている内に、目的の場所に辿り着いた。
宙に浮かぶ金属製の大きな丸いテーブルに、それを囲むようにして配置されている、浮遊する七つの椅子。椅子は球状で、丸くくり抜かれた部分に座るようにできている。
七つの椅子の内、五つは既に埋まっていた。そのため、ストライプとヴァンガードは隣同士の空席に座る事となった。
座る彼らの頭上には、ホログラムのネームプレートが浮かび上がっている。ストライプには『
『皆様集まったようですね?』
そんなよく通る声が室内に響くと同時に、卓上に一人の男がホログラムとして投影される。
シワひとつないダークブルーの上品な礼服と清潔な白のワイシャツを着ている、紳士然とした男。両手には白い手袋、首には鮮やかなマラカイトグリーンのリボンタイが巻かれており、そのタイの結び目は孔雀の羽根を模したブローチで飾られている。
男の顔は、上半分が豪奢な孔雀の羽根飾りが付いた紫色の仮面で覆われているため、窺い知る事はできない。
しかしその口元には見る者の警戒心を解くような、優しく柔和な笑みを浮かべている。
「どうしたんです、スペルビア
テーブルに片肘を付きながらストライプが訊ねた。
するとストライプの斜向かいから、低く嗄れた男の声が、まるで窘めるように「ストライプよ」と呼びかける。
視線をそちらに移すと、そこには腰に刀を提げて白い道着と深緑色の袴を着た、鰐の頭を模った革製の首飾りを提げている白髪頭の壮年の男が――食事を摂っていた。
山のように茶碗に盛られた白米、鍋かと見紛う程に大きな器に入った味噌汁、そして数十匹の焼き魚と少量のたくあんという献立だ。
男はストライプやヴァンガードと同じく、左腕に緑色のスマートウォッチのようなものを装着している。しかも男だけではなく、会議に参加している者全員がこれを身に着けているようだ。
そのスマートウォッチを汚さないようにしながら、丁寧に箸を使って焼き魚の身をほぐしている。
「食事中に肘を付くな」
「会議中だよボケ老人! プレデター、毎回毎回なんで食ってんだ!」
「何を言う、儂はボケてなどおらん。食いたい時に食っておるだけの事よ」
「アンタこそ何言ってんだ!?」
ストライプの鋭い切り返しにも動じず、プレデターと呼ばれた老人は食事を続ける。頭上のプレートに表記されている文字は『
「ギャハハッ! プレデターのジジィは相変わらずおもしれぇなぁ~」
ヴァンガードの向かい側に座る、足をテーブルに投げ出している男がそう言った。
黒いフォーマルスーツの上から金色のゴテゴテとしたファーコートを羽織り、指にはトランプのスートを模した形状の大粒の宝石が選り取り見取りとはめられている、ブランド物のサングラスをかけた派手派手しい男。はだけた左胸には蜘蛛の巣のタトゥーが彫られている。
頭上に表記されているのは『
「ノーブル、貴様も足をどけぬか。飯が不味くなる」
「イイじゃねぇかよぉ~、この革靴超ブランド物だぜ? ン千万すんだぜ?」
「靴は食えぬ」
短く返し、プレデターは白米と魚を掻き込む。ノーブルは肩を竦め、そのまま腕を組んで会議の進行を促した。
スペルビアは集まったメンバーの騒ぎに少しも動じる事なく、話を進めた。
『では。集まって頂いたのは他でもありません、ホメオスタシスと仮面ライダーについてです』
瞬間、ストライプの顔が強張る。自分が相手にし、追い詰めたものの倒し切れなかった二人。
彼らを思い出し、ストライプの目が怒りに染まっていく。
『知っての通り、先日ストライプ様がガンブライザーを使った時、彼らは現れました。最初の内は圧倒できていたのですが……』
「……ヤツらは新しいマテリアプレートで姿を変えた。アレさえなければボクが勝ってたんだ、クソッ!」
ドンッ、とストライプは悔しさのあまり机を叩く。
直後、ギターの激しい旋律がその場に流れ、会議に参加している者たちは一斉に注目した。
「ストライプゥ……」
黒い革ジャンとズボンにプラチナブロンドのウルフモヒカンヘアー、そして上半分が氷で下半分が炎というデザインが特徴的なエレキギター。右目の周りには星型の派手なメイク。
頭上に『
「叩くのはァ……ドラムだけにしときな♪」
「……」
「……? 叩くのはァ、ドラムだけにしと」
「いや分かったから二回も言わなくて良いよロック! っていうか上手い事言ったつもりかよ!?」
「イェーイ!!」
「うるさいよ! なんなんだよお前ら!」
ストライプは思わず両手で机を叩いて立ち上がる。すかさず、ギターを鳴らしてロックが反応した。
「叩くのはァ、ドラムだけに」
「お前黙れよもう!!」
「イェーイ!!」
「うるせぇぇぇ!!」
『アッハッハッハッハッ、相変わらず纏まりがなくて面白いですねぇ』
まるで会話になっていない二人のやり取りを見て、スペルビアは上機嫌にパチパチと拍手をする。
だがその直後、柔和な態度と笑顔はそのままに、真剣な声色で『しかし』と続けた。
『暢気に笑っていられる状況ではないんですよねぇ。できれば真面目に会議に参加してください、ロック様』
「イェイ」
『大変よろしい。人間世界に侵攻したデジブレインたちも、彼らの仮面ライダーの手で何体も倒されています。早々に対処しなければなりません――皆様方の願いの成就のためにもね』
願いという言葉を聞いた途端に、スペルビア以外の全員の目つきが鋭くなる。
ここにいる七人は皆、何かしらの願いを胸に秘めて集まっている。欲望と言い換えても良い。
願いの内容は人それぞれだが、それを叶えるためにデジブレインやこのスペルビアに協力しているのだ。ストライプもヴァンガードも例外ではない。
そして、願いを叶えるためにはプロデューサーたるスペルビアの意思を代行しなければならない。全員が協力者であり、競争相手でもあるのだ。
『私としては、デカダンス様が適任だと思うのですが』
スペルビアが視線を動かす。そこにいたのは、気怠げにスペルビアのホログラムを眺めている少女だ。
肉付きの良い褐色の素肌の上に、生地が薄く透き通った古代エジプト王家風の青いドレスを着ており、さらに頭には金の髪飾りを被っている。
頭上のプレートには『
「……願いは大事~~~……でも~~~、めんど~~~いから~~~……今はヤダ~~~……」
『アッハッハッ、デカダンス様は相変わらず腰が重いですねぇ』
乗り気ではないデカダンスを尻目に、ストライプはここぞとばかりに立ち上がって主張を始めた。
「スペルビアP、ボクに任せてもらえませんか!? ボクとヤツらの決着はまだついていません、このままで終わりたくないんですよ!!」
『しかし、ストライプ様。あなたは一度失敗していますね』
「それはっ……ボクが直接戦って負けたワケじゃない! ボクは負けてない、負けてないんだっ!」
『ふぅむ』
拳を握り、熱弁するストライプ。
しかしそこへ、集った七人の内最後の一人の女性が口を挟む。
それは七人のまとめ役、即ちリーダーとも言える役割を持つ者で、彼女の席のプレートには『
「あまりプロデューサーを困らせてはいけませんわ、ストライプ。ここは彼の判断に委ねるべきかと」
上品かつ丁寧な口調で話す彼女の姿は、その席に座っているのは。
腹にスマートウォッチを巻いた、赤い眼の小さな白兎のぬいぐるみだった。
「くっ……ハーロット、あなたがそう言うのなら」
今までの反応に反し、ストライプはあっさりと引き下がって席に座る。
しかしまだ言い足りないのか、一言ずつぽつぽつと呟き始めた。
「けど、ボクだって願いを叶えたいんだ。ボクは……ボクが、一番じゃなきゃダメなんだ……」
『心配せずともよろしいのですよ、皆様方
スペルビアが、不意にそう言った。
――仮面ライダーは感情を、心の力を引き出して戦う。であるならば、ここに集った者はそれと同じだ。
そう、彼らは欲望という感情を、そして悪意を力に変えるのだ。
『他人を蹴落としてでも叶えたい望み。その傲慢なる悪意、私めがプロデュース致します』
口元に笑みを湛えたまま、スペルビアのホログラムは机の上で恭しく一礼した。
※ ※ ※ ※ ※
「……なるほどな」
ホメオスタシスの地下研究施設。
鷹弘はそこで、陽子・文彦・宗仁と共に、フォトビートルが撮影した映像を閲覧していた。
仮面ライダーアズールがニュート・デジブレインと交戦し、決着に至るまでの記録。そして、謎のベルト。
「状況から見て、ありゃ人間をデジブレインに変えるベルトってところか。とんでもねぇ事考えやがるぜ」
ガシガシと頭を掻きながら、宗仁は言う。鷹弘も首を縦に振り、しかしより深刻そうな面持ちで「それだけじゃねェ」と続けた。
鷹弘は映像の中にあるベルトの部分を徐々にアップにし、バックルを全面に映し出した。バックルには、彼らも見た事のある何かが装填されている。
マテリアプレートだ。名前は《
「こいつは!?」
「ついにデジブレイン共は、俺たちからマテリアプレートを製造する技術まで盗みやがったって事スよ。しかも、それを利用するベルトも作りやがった」
ギリ、と鷹弘が歯を軋ませた。忌々しいもの、許せないものを見たとでも言うように、その眼は怒りで満たされている。
その隣で陽子は、顎に手を添えて考え込んでいる。
「このCytube Dreamって何かしら」
「それは俺も気になっていた。だが、調べても何も出やしねェ」
「不気味ね……あんなベルトを作って一体どうするつもりなのかも分からないし」
ベルトについて鷹弘たちも考えはするが、一向に結論は出ない。そこへ、文彦が話題を変えようと口を挟んだ。
「そう言えば安藤刑事、例の証拠品の件はどうなりました?」
「あぁ……それか」
歯切れ悪く、苦々しい面持ちになりながら宗仁はまた頭を掻く。あまり触れられたくない話題であるかのように。
鷹弘は怪訝そうに「なんかあったんスか」と訊ねた。
「実は、あの日雑居ビルで調査した時にチェスの駒が落ちてたんだがな……昨日消えてたんだよ、それまでの調査データも全部」
「何!?」
既に警察機関にまで手が及んでいるという事実に、再び四人の間に動揺と緊張感が駆け巡る。
また、宗仁は例のベルトの使用者の男に対して取り調べを行ったのだが、それも空振りに終わった。
当時気絶していた男は目を覚ましたものの、デジブレインに変異していた間の記憶を失っていたのだ。よって、何も聞き出す事ができなかったのだ。
余談ではあるが、その男は警察から解放された後、自身が登録していたあらゆるSNSのアカウントを削除したという。その後の顛末は、四人の誰も知らない。
話を切り出した張本人である文彦は、気まずそうに頬を掻きつつ口を開く。
「どう考えてもデジブレインの仕業だよね、これ?」
「何よりも問題なのは、俺らが完全に後手に回っちまってるって事スよ」
事実、今のところホメオスタシスは事件が起きた後でなければ基本的に動けていない。
当初の予定通りであれば、サイバー・ラインへの調査を進めつつ、現実世界で起きる事件にも対処する手筈だったのだ。
それをしない理由はただひとつ。
鷹弘以外で動ける仮面ライダーが響ではなく、まだ経験の浅い翔である以上、現実世界の方を手薄にするのは危険だと判断したためだ。
そして仮面ライダーの数を増やそうにも、現状でホメオスタシス内に適性のある人間は見つかっていない。
「……無理にでも私たちの方から攻める時が近づいてるのかも知れないわね」
「お前もそう思うか」
陽子の言葉に鷹弘が反応し、文彦も頷く。宗仁も、困ったように頭を掻きながら「本当は現実守んのは
「陽子、新しいマテリアプレートはどんな調子だ」
「近い内に完成しそうなのが二枚で、まだまだ途中なのが三枚よ」
「よし。できる限り完成を急げ、いずれデジブレイン共の本拠地を調べ上げて根絶やしにするぞ」
「了解!」
言って、陽子は勇んで作業に取り掛かる。だが、その直後の事。
鷹弘のマテリアフォンが、デジブレインの出没と位置情報を受信した。
「またか。あの小僧はどうしてる」
「翔くん? まだ学校だと思うわ」
「チッ、マズいな。現場はその敷地内だ」
驚く陽子と宗仁。文彦は既に車椅子のハンドリムを動かしながら、状況のモニタリングに移る。
そして鷹弘も、先日と同様出動態勢に移った。
「陽子、アイツに連絡しとけ。足止めくらいなら一人でやれよってな!」
同じ頃、帝久乃学園高等部。
下校時間となったため、翔は今鋼作と琴奈が待っているであろう校門へと向かっている。
「あれ?」
だが校門前に到着した直後、予想していたのとは別の人物を見つけて、翔は思わずそんな声を出してしまった。
アシュリィだ。両肩が開いたデザインの赤いパーカーミニワンピースに、黒いニーソックスを履いているという出で立ちで、通りかかる生徒たちの視線を集めている。特に男子が多い。
当の本人は全く周囲の視線を気にしておらず、翔の姿を見つけるとすぐさまそちらへ歩いていった。
翔も、急ぎ足でアシュリィの方へと歩いていく。そして真っ先に彼女へ質問する。
「アシュリィちゃん、どうしてここに? 迎えに来たの?」
「……違うし。暇になっただけだし」
つん、と視線をそらすアシュリィ。翔は苦笑しつつ、一緒に歩いて門の前に背を預ける。
「そうなんだ。えっと……じゃあ、一緒に鋼作さんたち待とっか」
「ん」
ちょこん、と翔の隣に並ぶアシュリィ。
下校中の生徒が、主に男子生徒が、通りかかる度に彼女の方を見る。
アシュリィの容姿を考えると、それも当然の事かも知れない。そもそも、外国人というだけでも既に目立つ存在だからだ。
とはいえ、翔には実際にアシュリィがどこの国の人間なのかも分かっていないのだが。
そして翔自身にも理由は分からないが、こうして彼女が目立っている事に、どこか少し胸がムカムカとする気分になっていた。
「……?」
だがふと気付くと、翔はアシュリィだけでなく自分の方にも視線が集まっているように感じられた。特に男子生徒、何やら通りかかる度に舌打ちや「けっ!」という声が聞こえる。
否、男子生徒だけではない。女子生徒も何やら自分を見ているようだ。それは意外そうというか、非常に珍しいものを見たというような視線であったり、落胆の声であったりというものも多い。
「なんか、よく分かんないけど目立っちゃってるね」
「……私も制服だったら目立たない?」
「いやそういう問題じゃないと思うよ」
あはは、と翔は笑う。しかしアシュリィもよく分かっていないようで、首を傾げていた。
そうこうしている内に、鋼作と琴奈が二人を発見し、歩いて来た。
「よっ、アシュリィも来たのか」
「アッシュちゃーん! 迎えに来てくれたの!?」
琴奈が目を輝かせながらアシュリィに飛びつき、抱き締めた。アシュリィは苦しそうにバタバタと藻掻くが、琴奈は構わず頬ずりしている。
「コトナ。苦しいんだけど」
「んふふ~、かわいいんだからもー」
「聞いて……」
二人のじゃれ合う姿を見て苦笑しつつ、翔と鋼作は顔を見合わせる。
「今日はどこ行きます?」
「琴奈がバッティングセンター行きたいらしい」
「バッティングセンター!? なんでまた」
「いや、そこでレアな怪獣のカードの景品があるとかでな。確か……」
鋼作が名前を思い出そうとしていると、琴奈はアシュリィを抱いたまま、口を挟んだ。
「『怪獣大首領バーコード・デッケード』よ! 顔がバーコードみたいになってて、態度がデカいからそんな名前なの!」
「なんでバッティングセンターにそんなモンが……」
「全然分かんないわ!」
「なんで誇らしげなんだよ」
そんな二人のやり取りを見て微笑みつつ、翔は「それじゃあ行きましょうか」と声をかける。
だが、歩こうとした直前に鳴ったマテリアフォンの着信音を聞き、表情を変える。
「校内にデジブレイン!?」
「なにっ!?」
「僕、行ってきます!」
すぐさま翔は、半ば反射的に駆け出した。
その後ろを鋼作が追従し、さらに琴奈がフォトビートルを呼び出してサポートの態勢に入る。アシュリィも、三人の後に付いて行った。
反応は運動部の部室棟の方からだ。翔は走りながらも、ある違和感に気が付いた。
「あんなところに電子機器なんてあったかな……? 一体何がゲートになってるんだ?」
走りながら翔が考えていると、陽子から通信が入った。
『翔くん、もう状況は分かってるわよね!?』
「はい、今向かってます!」
『じゃあ足止めお願い! すぐに鷹弘もそっちに着くと思うわ、それともうじき次のマテリアプレートも完成するから、絶対に持ち堪えて!』
「了解!」
何がゲートになっていようと関係ない。翔は通信を打ち切り、また駆け出す。
そして校庭を抜けて部室棟の前まで来た時、翔は男子生徒たちの悲鳴を耳にした。サッカー部の部室の中からだ。
翔は外に出てきた生徒たちを逃しつつ、いつでもドライバーを呼び出せるようにマテリアフォンを構え、部室の方へと進んで行く。
「ここにいるのか……?」
ゆっくりと、充分に警戒しながら翔は中を覗き込む。
すると次の瞬間。
「ハッ!」
細く長い一本の脚が、真っ直ぐに伸びて来た。
「うわっ!?」
咄嗟の判断で身体を反らし、翔はその一撃を避ける。背後にあった柵は、今の一撃でひしゃげていた。
そして即座にマテリアフォンのアイコンをタッチ、アプリドライバーを呼び出して変身を行う。
「変身!」
《
「セイッ!」
《アズールセイバー!》
相手の姿も確認せず、アズールへと変身した翔は剣を振り下ろした。
だが、その一撃は当たる前に阻止される。気付けば、部室の中から伸び出た脚が、アズールの剣を白刃取りしていた。
さらに続いて出てきた脚にアズールセイバーは叩き落され、さらに突然飛び出て来た十本もの脚により、アズールは吹き飛ばされる。
「う、おっ!?」
「邪魔ヲスルナァ!」
男の声が聞こえ、中からそのデジブレインが姿を現す。そのあまりにもおぞましい容姿に、アズールは思わず息を呑んだ。
巨大な体格から見下ろす、毒を持つムカデの頭部。目に当たる部分からは触覚が伸び、強靭なアゴが開閉している。腹部には、ニュート・デジブレインも装着していた例のベルトも見えた。
だがアズールが驚いたのはそこではない。このデジブレインは上半身こそ人間に近いが――下半身は、完全に異形と化しているのだ。
ムカデのように長くぬらぬらとした甲殻に覆われ、人間の形の足がわらわらと、まるで誇示しているかのように生え揃い、両腕に当たるはずの部分でさえ脚となっている。
脚に対する異常なまでの固執。アズールにはそれが途轍もなく不気味に思えた。
アズールがデジブレインの様子を見ていると、背後からフォトビートルが飛来し、デジブレインのデータをスキャンし始める。
『センチピード・デジブレイン、ムカデ型。無数の脚での蹴り技や長い体を活かした絞め技が得意……気を付けて、こいつ毒を持ってるわ!』
「デキル、デキルゾ! コノ脚サエアレバ俺ハァァァ!」
上半身に付いた脚で這うように動きながら、その怪人、センチピード・デジブレインは咆哮した。
※ ※ ※ ※ ※
その少年は、物心ついた頃から足が速く、走る事が大好きだった。
かけっこなら男子の誰にも負けず、鬼ごっこで追いつかれた事など一度もない。ほとんどの球技でも活躍できる逸材だった。
そんな彼だから、小学生の頃から部活も強い脚を活かせる競技を選んでいた。即ち、サッカー部だ。
腕を使わず、走って脚だけでボールをゴールに蹴り入れる。これ程自分に向いた競技が他にあるだろうか、と少年は幼心に思っていた。
中学に上がっても彼はサッカーを選んだ。自分の才能が発揮できる最高の場だからだ。
『サッカーは楽しい。ずっと続けていたい』
それが少年の願いだった。
楽しく願いのままにサッカーを続けていた少年に、やがて転機が訪れた。
サッカークラブからのスカウトマンが少年に声をかけ、中学卒業後からのプロへの道を示したのだ。
憧れの選手たちとサッカーができる。彼にとって夢にまで見たような、まさに奇跡とも思える瞬間だった。
そしてプロになった以上はもっと上を目指す。少年の目標は、ただひとつ。
『プロになって、世界最強のプレイヤーになる!』
プロになるだけでも奇跡だというのに、少年のそれは他人から見れば淡く遠い未来だ。
だが自分の才能を伸ばし続け、彼女までできて順風満帆な人生を送り続けた彼にとって、それは決して夢物語ではなかった。
――交通事故によって、両脚を骨折するまでは。
断っておくが、事故が起きたのは彼の責任ではない。妬み嫉みで誰かが陰謀を企てたのでもない。
クラスメイトや同じ部のチームメイトたちは彼を信頼しているし、尊敬もしている。恨まれて起きた事件では絶対にない、だからこそ事故なのだ。
偶然にも酔っ払った不良の運転するバイクに激突してしまい、両脚を折ってしまった。これが事実だ。
少年はあまりにも理不尽な出来事に、一時は落胆した。しかし、骨折程度ならきっと治る。治ればリハビリしてまた元通りだ、プロとしても活動できる。そう思っていた。
しかし、現実は非情だった。
『後遺症……?』
少年の脚は、以前のようには動かなくなった。当時の健脚が見る影もなく遅くなり、シュートの威力も明らかに弱くなった。
事故の影響で使い物にならなくなった彼を、スカウトマンは容赦なく切り捨てた。既にプロになる事が心の支えになっていた彼にとって、それは耐え難い程の苦しみと絶望を齎した。
彼には、プロの道を諦める事ができなかった。脚がこのようになり高校に進学して尚、サッカー選手になる事を目指したのだ。もう彼には、それしか残されていなかったのだ。
まず以前の強さを取り戻すため、必死に練習に励んだ。チームメイトが止めようと、彼らを殴ってでも練習を続けた。
無論、我武者羅にそんな事をしても結果が出るはずはない。次第に、チームメイトもクラスメイトも、彼から離れて行った。
それでも彼は練習を続ける。成果の得られない無意味な練習を。
『俺は強いんだ、プロになれるんだ! かつての脚……脚さえあれば!!』
かつての栄華を取り戻そうとする虚しい願い、決して届かない遠くへ行ってしまった夢。
徐々に心は荒んでいく。だが、そんな彼に再び転機が訪れた。
「どうしたんだい? その脚……」
それは、いつものようにサッカーの練習を始めようとした時の事だ。
いつの間にか、彼の背後にテーブルと椅子を出して座り、チェスに興じている軍服の大男がいた。
少年は戸惑いながらも、自分でも驚く程正直に応えた。事故の事、プロの話の事を。
大男はしばらく聞いた後、数回頷いてからこう言い放った。
「キミが強く望むのなら、ボクが脚をどうにかできるかもね。それだけじゃない……誰にも負けない、最強の選手になれるよ」
その話に少年はすぐ様飛びついた。脚が元通りになると言うのなら、どんな代償でも支払う覚悟があった。
たとえそう、この両腕を失ったとしても、人間でさえなくなったとしても。
だからこの時、少年は目の前の男がほくそ笑んでいる事に気付きさえしなかった。
「ならその"虚栄"、利用させてもらうよ!」
《
男の嘲弄と、奇妙な電子音声が聞こえる。
そして腹に黒いベルト状デバイスが装着され、そこにプレートが装填された後。
《ハック・ゼム・オール!》
「う、ウガガガガガアアアアア!!」
《
狂気を孕んだ悲痛な叫びと共に、少年は多脚の異形へと変異した。
※ ※ ※ ※ ※
「脚ダ……イヒヒ、イヒヒ脚、イヒ脚脚イヒヒィ脚脚脚ダァァァ!!」
「がはっ!?」
伸縮自在の無数の脚から、乱れ飛ぶように繰り出される連続蹴り。
アズールはそれらの攻撃を懸命に捌いているものの、一人で処理し切れるような攻撃ではない。必然、吹き飛ばされてしまった。
グラウンドを転がりつつ、アズールは反撃の手立てを考える。
センチピード・デジブレインの攻撃は、一撃一撃自体は大した威力ではない。ならば、堅い装甲であれば身を守れるはずだ。
「だったらこれだ!」
《ロボットジェネレーター!》
アズールは装填済みのブルースカイ・アドベンチャーを抜き、別のマテリアプレートを装填する。
《ユー・ガット・メイル!》
「リンクチェンジ!」
《
装甲となっていたウォリアー・テクネイバーが分離し、新たにロボット・テクネイバーがアズールとリンクする。
仮面ライダーアズール ロボットリンカー。出現と同時に浴びせられた蹴りを、アズールの想定通り容易く受け止めた。
「よし、やっぱりこっちの方が相性は良い」
言いながら、アズールは前進して拳を突き出す。だが、命中する前にセンチピードは脚をカサカサと素早く動かし、背後へと回った。
そして再度蹴りを叩き込む。しかしアズールの背中も分厚い装甲でプロテクトされており、センチピードのパワーは通用しない。
反撃とばかりに剣を振るアズールだが、やはりセンチピードは素早い。再び回り込まれ、避けられてしまった。
ロボットリンカーの重装甲は攻撃を受ける事は容易いものの、攻めるとなるとセンチピード相手ではスピードが足りない。ロケットナックルを使ったとしても、初動の時点で避けられてしまうだろう。
「拮抗状態だな……」
腰を落としてアズールセイバーを構えながら、アズールはそう言った。
ただし、アズール自身は言葉程に戦力が拮抗しているとは思っていない。むしろ、不利なのは自分の方だ。
いかに堅牢さがあるとはいえ、相手は一方的にこちらへ攻撃を当てる事ができるのだ。必殺技のような強い攻撃を繰り出されると、案外簡単に倒されてしまうかも知れない。
だが勝機はある。リボルブが到着すれば、二対一の状況で攻める事ができるのだ。アズールはそれまで、時間を稼げば良い。
このまま戦線を維持する事さえできれば。
「脚ィ、俺ノ脚ィィィ!」
「なっ!?」
しかし、そう上手く事は運ばなかった。
センチピードはその長い体でアズールの周囲をぐるりと覆い尽くしたのだ。
逃げ場を失ったアズールに為す術はなく、避けようにも今は機動力が低下している。たちまち、全身を絞め付けられる羽目になった。
「がっ、あっ……うあああ!!」
いかに斬撃・打撃や炎から身を守れる堅い装甲でも、じりじりと絞め付けられては無意味だ。
苦しみに藻掻くアズール、だがその彼にさらなる危機が迫る。
センチピードが、ゆっくりとアズールに向かって毒牙を近付けているのだ。
ロボットリンカーの装甲ならば、牙など弾いてしまうためそもそも毒は通らない。だが、変身が解除されてしまえば別だ。
このまま絞められて変身が解けた場合。翔はセンチピードの毒牙にかかり、死ぬだろう。
「くっ、うううう!!」
「俺ハプロダ、プロナンダヨォォォ!」
アズールは必死に全身へ力を込めるが、全く体が動かない。
それに反して絞め付ける力は徐々に強くなっていき、アズールを苦しめる。
「ちくしょう! 琴奈、なんとか助けられないのかよ!?」
「そんな事言ったって……!!」
鋼作と琴奈が何やら言い合っている声も、自分の意識も遠くなって行き、手足の力も緩み始めたその時。
アズールとセンチピード・デジブレインの間を、球状の物体が横切った。
「――?」
瞬間、センチピードの絞める力が一気に緩み、アズールが拘束から解放される。
咳き込み、何が起きたのか分からないままアズールは球状の物体が現れた方を見る。
そこにいたのは、アシュリィだ。カゴの中に山と積まれたサッカーボールの一つを、センチピードに向かって投げつけたのだ。
「サッカー……サッカー、ダ」
うわ言のように、センチピードが呟く。そして、ボールを追って這うように走り始めた。
「アッハハハハハ! サッカーダ、モウサッカーガデキルンダ! 俺ハァ!」
まるで子供のようにはしゃぎながら、センチピードはボールを蹴ってゴールへと走る。
今やまともにドリブルもできていないのだが、楽しそうに動き回っていた。
アシュリィはその間に、カゴの中のボールを全部ぶちまけ、センチピードの方に転がした。
それを見て、センチピードはまた大はしゃぎだ。
「ナァ! 誰カゴールキーパーヤッテクレヨ! 初心者デモイイゾ! 楽シイカラサァ!」
「……」
アズール自身、何故だかは分からない。分からないのだが。
その楽しそうな姿を見て、静かに震える拳を握っていた。
『翔くん、お待たせ! 新しいマテリアプレートよ!』
陽子の声が聞こえた瞬間、アズールは我に返る。そしてすぐさま、そのプレートを起動した。
《鬼狩ノ忍!》
オーガハンティングアプリ、鬼狩ノ忍。
プレイヤーは鬼の力を宿しながら鬼を狩る忍者となり、狩った鬼の素材を使って装備を整えながら、人間の里を護るという内容だ。
中でも人気なのは、メインビジュアルにもなっている『クロガネ』という忍装束。鬼の仮面と、黒いスタイリッシュな衣装に、雷神を宿す紅い刀身の妖刀が特徴だ。
「君も……元々は人間なんだよね」
声を震わせつつも、アズールは意を決したようにプレートを装填する。
するとロボット・テクネイバーのリンクが解除され、その場に黒い忍装束を纏ったテクネイバー、ニンジャ・テクネイバーが出現した。
《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》
「……リンクチェンジッ!」
《
マテリアフォンをかざした瞬間、ニンジャ・テクネイバーはアズールの身を護るプロテクターとなる。
ただし今回は金属装甲がかなり少なく、代わりに大部分が黒い布などで構成されており、ロボットリンカーどころかアズールリンカーと比べても防御能力が低下しているのが見て取れた。
頭部には鬼の双角が付いており、首には黒いマフラーが風に靡いている。
《マテリアライド! シノビ・アプリ! クロガネ・ザ・ライトニング、インストール!》
「ウオオオオオッ!!」
仮面ライダーアズール シノビリンカー。
鬼神の如く咆哮した後、地面に右手のアズールセイバーを突き刺した。
《シノビソード!》
そして、その手に新たな武装を握る。
手裏剣型のエフェクト発生装置、シュリケンフリッカーが鍔に付いた忍者刀。その名もシノビソードだ。
アズールはそのシュリケンフリッカーの中央を指で触れた後、上方向にスライドする。
《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》
その音声と同時に、アズールの姿が一瞬の内に増加する。
本体も含め、その数なんと十一人だ。これには鋼作も琴奈も目を丸くした。
「すげぇ、あんな事できるのか!」
「パワーはなさそうだけど、トリッキーな戦い方ができるのね!」
「でも、なんであんな中途半端な数なんだ……?」
そんな会話を二人がしている内に、アズールは疾駆する。
スピードはブルースカイリンカーよりも圧倒的に速く、まさしく目にも留まらない。
アズールはその素速い動きでセンチピードを攻撃……せずに、なんとセンチピードからサッカーボールを脚で奪い取った。
「ン!?」
「サッカー、したいんでしょ」
悠々とリフティングしながら、アズールが言う。
「こっちは十一人だ。勝負しようよ」
「オオッ! アッハハハ、凄イナオ前! 受ケテ立ァツ!」
センチピードがボールを奪い取ろうと迫る。やはり素速いが、それでもシノビリンカーの速度には追い付けない。
這うような動きが、サッカーにおいて邪魔だと思い始めているようで、悔しげに顔を歪めている。
「さぁ、どうする? シュートしちゃうよ?」
「ウウッ、サセルカァ!」
センチピードは叫び、ゴールの前へ移動すると、全身を使ってゴールに巻き付いた。
これではシュートが決められない。アズールは笑い、楽しそうに「そう来たか!」と感心している。
「俺ハ負ケネェ! プロニナルンダ! 脚ダッテ元ニ戻ッタンダァ!」
「本当にそれが君の望み?」
「エ……?」
言いながら、アズールはシノビソードをこっそりとボールに触れさせ、さらにシュリケンフリッカーで今度は右にスライドさせる。
《フリック・ニンポー! カクレミ・エフェクト!》
「そぉりゃぁっ!」
アズールがボールを蹴ったその時、フィールドからボールが消失する。それを目撃して、センチピードは思わず身を乗り出した。
そうしてゴールに出来上がった隙間にエフェクトの解けたボールが入って行き、スパッというゴールネットにボールが擦れる音が耳に入る。
「ア……ソ、ソンナ」
ガクリ、としょげ返るセンチピード。すると、翔は仮面の奥で微笑み「落ち込む事ないよ」と声をかける。
「サッカーの事そんなに詳しくないけどさ。どんな競技でも……試合って、シュートが入る時もあれば入らない時もあるし、勝つ時もあれば負ける時もあるよね」
「……」
「でも、これは試合じゃないんだ。だからさ、楽しもうよ」
「たノ、シ……む?」
ピクリ、とセンチピードの頭が動く。そして彼の頭の中で、様々な感情が駆け巡った。
サッカーを始めた頃。試合に勝った時。初めて負けた日。友達やチームメイトとの思い出。
瞬間、センチピードの目からは涙が溢れ出る。
「ア……あぁ、ソウ……ダったのか。俺ノ……俺の、願いは」
言いながら、センチピードは地面を転がるボールに視線を落とす。
その瞳からは、既に狂気が抜け落ちていた。
「俺はっ!! 俺はただ、もう一度……もう一度楽しいサッカーがしたかっただけなんだっ……!!」
「……そっか。それが本当の願いだったんだね」
「……なぁ、頼む」
「何?」
「助けてくれ……」
「……うん。分かった」
アズールはドライバーに装填したマテリアプレートを引き抜き、シノビソードにセットする。
《フィニッシュコード!》
「その歪められた願い、僕が終わらせる」
《
マテリアフォンをかざし、忍者刀に集まる雷光。アズールはその忍者刀を構え、疾走する。
グラウンドに青い雷が轟くと同時に――。
センチピード・デジブレインは、消滅した。
「翔……」
戦いが終わり、鋼作は俯いている翔の肩に手を乗せる。
振り返った翔は、微笑んでいた。だがどこか疲れたような、無理をしているような、取り繕った笑顔だった。
「大丈夫ですよ、嘆いてるヒマなんかないですから。それに早いところこれを回収しないと……」
言いながら、翔は倒れている少年の腹に装着されているベルトを回収しようと、近づいて行く。
だが、その刹那。突然、翔の足元で黒い爆発が起こった。
「うわっ!?」
爆炎と熱風に怯み、翔が声を上げる。そして再び少年の方を見た時には、ベルトが彼の腹から消えていた。
「一体誰が……!?」
一同が驚いているのも束の間、またもマテリアフォンに着信音が鳴り響いた。
「滝さん!?」
『翔くん、そっちが終わったなら、大至急鷹弘の方に向かって!』
「何があったんですか!?」
『鷹弘が……鷹弘が、大量のデジブレインに攻撃されてるの!』
戦いはまだ終わっていない。瞬時にそれを理解して翔は鋼作と琴奈、そしてアシュリィと視線を合わせ、頷き合う。
そして、鷹弘の待つ新たな戦場へと走るのであった。