原作との設定の矛盾があったらすいません。
季節は春、時刻はおよそ午後5時半。自身が通っている私立中学の終業時刻をとうに過ぎたにも関わらず自分は我が家がある方向とは真逆の道をとぼとぼと歩いていた。
というのも、6時間目の授業終了後のホームルームに寝てしまうという馬鹿なことをした自分を担任の先生が揺り起こし、今日風邪で休んだ生徒にプリントを届けて欲しいと言ってきたからだ。
寝ぼけ眼の自分は誰もいなくなった教室を一度見渡し、最後に教師の顔に目を合わせて状況を理解した。あぁ、この先生、ホームルームの時に言い忘れてたな、と。
そもそもその風邪を引いた件の生徒とは席が隣同士といえどほとんど会話らしい会話をしたことがない。せいぜい朝の挨拶をする程度だ。
同年代とはいえ全く交流のない人の家のインターフォンを押してプリントを届けに来ましたとかちょっと、いやかなり自分には荷が重い。それに自分のミスとはいえ終業時刻はとうに過ぎているので早く帰りたかった。そう思って自分はやんわりと断った。
「先生、自分はその子とはあんまり交流がありませんし、まず家を知りません」
多分ここでキッパリと嫌だと言わなかった自分が悪かったのだろう。先生は大丈夫、と言ってここら周辺の地図を自分の机の上に広げた。
違う、そうじゃない、家が分かるなら行きますなんて一言も言ってない。そんな自分の胸中を知ってか知らずか先生は自分たちのいる中学と風邪を引いた生徒の家をピンクマーカーを使い丸で囲み、家までの道を丁寧になぞった。
「これで分かるかな?」
「あ、はい、分かります」
「じゃあお願いしていいかな。それとごめんね本当は先生が行くべきなんだけど、どうしても外せない用事があって行けないんだ」
「大丈夫ですよ。この距離なら10分とかからないし、帰りもそんなに遅くならないですから」
「ありがとう、本当に助かるよ」
もうこうなったらどうにでもなれ。そんなことを思いながら自分は先生からプリントを数枚受け取ってエナメルのカバンの中に収めた。
そんなことがあり学校を出たのがおよそ10分前。いつもより遅い速度で歩いていたはずだが、過去を振り返っている内にどうやら風邪を引いた生徒の家に到着していたようだ。一応の確認の為に門に備え付けられている表札を確認しても風邪を引いた生徒の苗字と相違無い。
それにしても、と眼前の家を見遣ると中々の豪邸でいらっしゃる。流石は私立通い。いや、自分も同じ学校に通っているけども。
「って、こんなことしてても仕方ないよね・・・」
溜息一つと決意少々。いい加減現実逃避から脱した自分は輿水家のインターフォンを押した。
「はぁーい!!ちょっと待って・・・ぎゃーーーーー!!!」
「・・・・・」
なんだろう・・・インターフォンを押しただけで予想より斜め上の反応が返ってきた。いや、っていうか自分はインターフォンの種類に詳しいわけじゃないけど、この備え付けてるのっていわゆるテレビドアホンってやつじゃないのか?だってどう見たってカメラ付いてるし。なら別に声で返す必要はないんじゃ・・・
ガチャ
「はい、輿水ですが何か御用でしょうか」
短い電子音の後にお決まりの文句。最初からそうしとけば・・・いや、いいやもう。それ指摘するほどの仲じゃないしね。
「あー・・・プリント届けに来ました」
「はい?」
違う違う違う違う!今の無し!なにを口走ってるんだ自分は!主語も無ければ誰かも名乗ってない!
「あ、いや、隣の席の
「え?あ、ありがとうございます。すぐに出るのでちょっと待っててください」
ガシャン
またも短い電子音と自分の長い溜息。はぁーーーー、なんかもうこれだけですごく疲れたし、正直もう帰りたい。が、残念ながらこれからが本番だ。さっさとプリントを渡して帰ろう。
「お待たせしました」
ガチャリとドアを開け出てきたのはピンク色の髪のショートヘア、ジト目に妙に低い背丈。まごうことなき輿水幸子さんだった。
風邪の方はマスクこそしているが顔色も悪くなさそうだし、心配することはとりあえず無さそうだ。
「こんにち・・・ん?あ、ばんはです。風邪は悪くなさそうだね」
「フフーン、ボクのカワイさにかかれば病原菌もイチコロですからね!
ところで、どうしてプリントを神直君が?」
「あぁ、それは先生がホームルーム中に輿水さんに渡すプリントを忘れててさ。結局思い出した頃には教室に自分しか残ってなくて、それで自分に頼んだみたい」
なんでほぼ初対面の自分にそのテンションなのとか、だったら最初から風邪引いてないよねとかの諸々のツッコミを飲み込んで自分がここに来た経緯を簡単に説明した。
ちなみに輿水さんの名誉ために言っておくが輿水さんは決して友達が少ない訳じゃない。むしろ多いくらいで、よく自分をカワイイなんて自慢する割りには嫌味なところが無く、クラスのみんなと仲良く・・・というか、可愛がられている所をよく見る。
「なるほど、そうだったんですね。代わりに貴重なボクのカワイイパジャマ姿が見れたのでむしろ良かったですね!というか、お釣りがくるレベルですよこれは!」
「うん、ヨカッタデス。はいこれプリント」
キレッキレの輿水さんを適当にあしらい先生から渡されたプリントをカバンから取り出し門越しに輿水さんに手渡した。
輿水さんが「なんか対応が適当じゃないですか?」とでも言いたそう目をしているがきっと気のせいだろう。それにしても一点気になることが。
「ところで輿水さん、その手に持ってるものってノート?」
「え?あ・・・これはなんでもないですよ!」
そう言って左手に持っていたノートを背中に隠してしまった。ちょっと見た感じノートの数ページがウェーブを描いていたというか、濡れていた気がするけど。
あ、そういえば・・・
「もしかしてさっき自分がインターフォンを押したときちょっとドタバタしてたみたいだけど、その時に何かあった?」
「だから何でもないです!ノートの清書中に呼び出しに反応したときに誤ってコップに肘を当てて水をこぼしてしまったとかじゃないですから!」
「ないですのか」
あまりにアレすぎて変な口調になってしまったが、なるほど、とりあえず原因は分かった。おそらくやってきた自分に早く応対しなければならないと思って慌てて出てきた結果一緒にノートを持ってきてしまったとか多分そんなだろう。紙がそこまで濡れていないところ見るにタオルか何かで拭いてはいるみたいだけど。
「なんというか、ごめん。訪ねたタイミングがちょっと悪かったね」
「そんなの気にしなくてもいいですよ!というか、何事もないのに謝る意味が分かりません!」
きっと誰が悪いとかはなくてきっと巡り合わせが悪かっただけなんだろうけど、だからといってそれで納得できるかというとそんなくとはなく、自分の間の悪さにやや罪悪感を感じてしまう。
・・・仕方ない、幸いにして自分はこれを解決できる方法を持っている。あまり見せるなとは言われているけど決して見せるなとは言われてないし、将来芸人になりそうな輿水さんのためにここは自分がなんとかしましょう。
「とりあえず輿水さん、その後ろに隠したノート貸して」
「はい?」
いや、だからー・・・そんなんで貸してくれる訳ないだろうに。自分の伝達力の低さに若干嫌気がさすわ。
「いいから、貸してみて。悪いようにはしないから」
「は、はぁ・・・どうぞ」
「ありがとう」
輿水さんが訝しみながらもノートを渡してくれた。必死で隠していたのにノートをさらっと渡してくれる当たり、きっとこの子ってちょろいんだろうなぁっと失礼なことを考えながらノートの状態を確認してみる。
ふむふむ、数ページ波打ってるし文字はちょっと滲んじゃっているけどこれなら余裕だろう。自分は左手のひらでノートを持ち、右手でなぞるように軽く、満遍なく撫でた。
「あのー、何してるんですか?」
「もうちょっと待ってて、確認するから」
ノートをパラパラとページ送りさせ紙の状態を確認し、最後に表紙に近いページの文字を確認する。先ほどの状態とは打って変わって紙が波打ってもいなければ文字の滲みも見当たらない。これで良し、と。
「はい、ノート返すね。あ、輿水さんって字キレイだね」
「え?・・・え?え?えぇーーーーーーーーーーーー!?」
ノートと自分とを視線が行き来したかと思えば信じられないものでも見たかのように叫ぶ輿水さん。いや、驚くのは分かるし驚いてくれるかな、なんていたずら心があったのは確かだけど期待以上にオーバーリアクションで逆にこっちが驚いてしまった。
とにかく、今から始まるであろう輿水さんの追及を回避するためにここはさっさと帰ろう。いや、自分でおどかしといてアレなんだけどさ・・・
「さて、もう遅いし自分は帰るね!じゃあ輿水さんお大事に!」
「ちょ、待ってください!これは一体どういう――――」
脇目も振らずに走り出した自分に静止がかけられたがそれに構うことなく自分は我が家に一直線に帰宅した。
が、やっぱり自分が悪かったのだろう。この行動が後に輿水幸子というアイドルと恐ろしく長いこと付き合うことになるのだから。
でも、きっと未来の自分がここに居たのならこう言っただろう。良くやったと。なにせこの出来事は自分にとって何よりも価値のあるものになるのだから。
幸子って基本的に他人にさん付けだけど、きっと同級性の男子になら君付けだろうなぁと思いつつ。