アニメとは別次元の話ですので、KBYD散歩を収録していますが、マッスルキャッスル等は降板になってたりはしません。
(あっぶな!ぎりぎり間に合った!)
輿水さん一行が店内に入ってきたのを声で確認して自分は冷や汗を流した。棚を作るのがもう少し遅ければ、自分のことだけじゃなく力のこともバレてしまっていた可能性もある。
そう考えるとやっぱり店の奥に避難させてもらうのが一番の正解だったように思えるけどさっきの状況では隠れることしか頭になかったので、今は諦めてこの紙製の棚の中で大人しくしてよう。
幸い紙の形の維持を一定に保つ程度ならそう負担にならないし、今日一日この櫛屋を取材しますとかにでもならない限りやり過ごすことは簡単だろう。後は外の様子を伺えるようにしとけばいいだろう。
そう思って自分は紙棚の右目の辺りに小さめの覗き穴を作った。と、同時に輿水さんと目が合った。
「~~~~~~~~~~!!」
自分は即座に左手で悲鳴が出そうになった口を押えて心の中で盛大に叫んだ。声を出さなかったこの時の自分を褒めてあげたい。
(落ち着け、きっとたまたまこっちを向いてただけだ!その証拠に輿水さんは一切驚いていない!)
輿水さんの性格上、棚の中の人と目が合ったとなれば芸人顔負けのリアクションを取らないとおかしい。自分は驚きで暴れ狂っている心臓を落ち着かせながらそのまま紙棚から覗き続けた。
すると輿水さんはちょっと小首をかしげながらも顔を紙棚とは別の方向へと向けた。
「どうしたの、幸子ちゃん。何か気になる物でもあった?」
「いえ、そういう訳ではありませんが・・・」
「あかんえ、幸子はん。今日はお仕事で来てるさかい、しっかりと櫛屋さんの魅力を伝えんと」
「分かってますよ。少しぼーっとしていただけです」
小早川さんの注意を受けて輿水さんの注意は完全に紙棚から外れた。後はこの一団が去るまでやり過ごすだけだ。でもよく考えたらこれテレビの撮影だったよね?ってことはもしもバレたらって考えると何か急激に胃が痛くなってきた・・・
それに焦って隠れたせいでおじいさんに何の説明もしなかったのが非常に痛い。わざわざ自分のことをバラすとは思わないけど、こればっかりは自分が悪いのでどうしようもない。
自業自得とは言え前途多難過ぎる。そう思っていると店の外の方から全く知らない人の声が聞こえてきた。
「それでは本番行きます」
テレビのクルーと思われる人の合図によってアイドル三人組は店の外へ出て横一列に並んだ。さっきまでのは下見だったらしい。
でも撮影が今から始まるというなら確かに自分的にもここからが本番だ。紙に力を継続するように気を緩めないようにしよう。自分はクルーの人の3カウントの掛け声に合わせて紙にかけている手に意識を集めた。
「カワイイボクと!」
「野球!」
「どすえ散歩~」
それにしても何だろう、この各自思いついた言葉をくっつけた感のあるかけ声は。よくそこからKBYDって微妙に語感の良い略称が生まれたな。
「本日は帝釈天参道でやってはる櫛屋さんをご紹介しますえ」
「ここにはボクのカワイさをより引き立ててくれる櫛がある予感がしますよ!」
「それじゃあ早速お邪魔させてもらいましょう!プレイボール!」
あらかじめ決められていたかのようなセリフから流れるように入店する三人+クルーの皆さん。なんだかんだで輿水さんもアイドルとしてちゃんと仕事してるんだなぁと尊敬してしまう。
ただテレビの前でもその口調なんだね。うん、輿水さんらしくていいと思うよ。
「KBYD散歩です。本日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
「どうぞよろしゅうに」
「いらっしゃいませ。こちらこそよろしくお願いします」
三人の挨拶に丁寧に答えるおじいさん。そこからおじいさんの紹介に、いつ創業したのか、櫛へのこだわりや後継者が居ないことへの不安等、おおよそテレビで見たことがあるようなやり取りが行われていった。
「それでは実際におじいさんが手作りしたという櫛を見させていただきましょう」
姫川さんのその言葉で三人は各々櫛を見回って行った。
「どうやらボクの思ってた以上の出来のようですね。特にこれなんて凄くボクに似合うと思います!いやー、ボクが褒めるなんて中々のものですよ、店主さん!」
「それはそれは、ありがとうございます」
輿水さんの気に入ったものが見つかったのかある櫛を指さしてそう言った。今更だけど輿水さんのあの上から目線ながらも嫌味らしさが感じられない口調は何なんだろうね。本人に愛嬌があるからそう感じないだけだろうか。
「それにしても中々お目が高いですな、お嬢さん」
「フフーン!ボク自身カワイイですからね、審美眼が自然と鍛えられるんですよ!」
自分を鏡で見るたびに目が肥えていったんだろうか。なんて野暮なことを考えているとおじいさん(店主)は輿水さんが気に入った櫛を手に取った。あれ、あの櫛って・・・
「これは
そこで一旦言葉を切ってこっちの方に視線を向けてくるおじいさん。やめろ、やめてくれ、今の自分は視線だけで胃痛を訴えるほどの貧弱具合なんだから。
「うちのお得意様に代々気に入っていただいているものです」
一応テレビを意識してか名前を出さないで濁してくれたおじいさん。お得意様っていうのは十中八九神直家のことだろう。
「そのお得意様というのは?」
「名前は伏せさせていただきますが、生まれつき非常に髪の綺麗な一族の方々、とだけ言っておきます」
「はぁ、そうなんですか」
おじいさんから手渡された櫛をしげしげと見つめる輿水さん。この様子じゃあお得意様が誰かは気づかれただろう。別にそれ自体はいいんだけど、買って来てもらったものとは言え自分の使っているものと全く同じデザインのを輿水さんが選んだと思うとなんか猛烈に恥ずかしくなってきた。
「えらい立派なつげの櫛やね」
「お、幸子ちゃんのお気に入りはそれかー」
自分が気持ち悪く悶えていると姫川さんと小早川が輿水さんの近くまで寄って来ていた。
「店主はん、この櫛に彫られた花は一体なんですやろか?」
「これは瑠璃唐草という花になりますね」
「瑠璃唐草?私は見たことが無いけど、綺麗なんですか?」
「何言ってるんですか、友紀さん。ボクが気に入るくらいですからキレイに決まっていますよ」
へぇ、あの花ってそんな名前なんだ。気にしたこともないから知らなかった。あ、いや、そういえば見たことはあるな。前に花についてあれこれ検索してた時にそういう名前のがあったはず。
ちなみに輿水さんの言う通り実際に綺麗でした。ただその時はもっと別の、カタカナの名前で紹介されていたような気がするけど。
そう自分の頭の中で瑠璃唐草を思い浮かべていると突然紙棚一部が急激にへこんだ。
「・・・?」
(うおおおおおおおおおい!)
どうやらテレビクルーの誰かが紙棚に足をぶつけたみたいだ。見た目は硬そうな棚でも所詮はポケットティッシュから作られた偽物なので、本来はヘニャヘニャで耐久性なんて皆無だ。自分はすぐに形を整える力を強めてへこんでしまった棚を元の形へと戻し覗き穴から様子を伺った。
有らん限りの力を使って自身の最高速度で戻したおかげかクルーの人は多少不思議そうな顔をしたもののすぐに担いでいたカメラを構え直した。
(もうやだ・・・早く終わって・・・)
これまでに無いほどに強く神様に祈りました。
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「本日はありがとうございました!」
「えらいおおきに、また個人的に来させてもらいます」
「ありがとうございました!フフーン、我ながら完璧なリポートでしたね!」
「こちらこそ、今日はありがとうございました」
(お、終わった・・・もうしんどい・・・)
ロケが始まってから30分後、紙棚の外から締めの挨拶が聞こえてきたことによって安堵した自分はヘナヘナとその場に座り込んだ。20分超えた辺りからはいっそ見ない方が精神的にまだましかと思って覗き穴を塞いだけど、やっぱり見えないのは見えないで不安でしょうが無かったので、結局どっちもどっちだった。
「では、最後に櫛屋の店主から重要なお知らせを一つ。お願いします!」
「はい。本日の放送をご覧になられた方は、KBYD散歩を見たと言ってくだされば商品の価格が10%オフになりますので、柴又帝釈天に来た際は是非ご来店下さい」
「本日の放送から一ヶ月有効ですから、皆さん是非ご利用してください!それでは、カワイイボクと!」
「野球!」
「どすえ散歩でした~」
開始の合図と同様の文句も決まってクルーの内の一人から、OKですの声がかかる。それと同時に全員からおじいさんへ感謝の言葉が届けられて、ようやくロケの一団はこの店から撤退していった。
自分は覗き穴からもう一度店内を見渡しておじいさん以外誰も居なくなったことを確認してから紙棚を自分の前から引っぺがした。
「大丈夫ですか?凄くお疲れのようですが・・・」
「何も言わないで、聞かないで」
こちらの顔を見ておじいさんは心配をかけてくれたけど自分はスタスタと輿水さんが気に入った、もとい自分の使っている櫛と全く同じデザインのものを手に取っておじいさんの前まで持っていった。
「これ下さい」
「は、はぁ、8500円になります」
値段は見なかったけど中々のお値段だな。足りないこともないけど・・・あ、そうだ。
「KBYD散歩を見ました!」
「8500円になります」
今日の収録がオンエアされるまでダメみたいでした。