KBSF   作:月見荘

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異変と悩み、あと素直に言えない事

 季節は春が終わり夏になり、桜の木が花びらを散らせ青々とした葉を茂らせ、さぁ約束のライブまで一ヶ月を切ったぞというある日の朝のこと。輿水さんの様子がほんの少しだけおかしくなった。

 

「では、このページの10行目から読んでもらいましょうか。じゃあ輿水さんお願いします」

 

「・・・」

 

 最初にあれ、と思ったのは今朝自分が登校して教室に着いたのこと。いつも通りに自分より早くに席に着いていた輿水さんにおはようと朝の挨拶をしたが全く反応が返ってこなかった。もしかして聞こえて無かったかなと思って最初よりも少し大きい声でおはようと再び挨拶をしてみると、今度は聞こえていたみたいでちょっとだけびっくりしたように肩を震わせてからこちらに向き直っておはようございますと返してくれた。

 いつもの輿水さんなら何で朝からそんなに自信満々な顔してるんだろうってちょっと疑問に思うくらいなテンションで挨拶をくれるんだけど、その時は何だか心なしかローテンションだった。

 

 輿水さんにも気分の乗らない日もあるんだなと若干失礼なことを思いながら自分は着席してから輿水さんの方をチラリと見た。そこには頬杖を突いて憂鬱そうに、というよりかは何か悩み事でもあるかのように溜息を吐く姿があった。

 ライブのお祝いを考えた時の自分もよくその仕草をしていたからよく分かる。

 

「・・・輿水さん?」

 

 だからといってその悩み事を自分にはどうすることも出来ない。自分が輿水さんの悩み事を聞いてあげれば楽になるかもしれないけど、もしも聞かれたくない内容だったらと思うと話しかけ辛いし、そもそも悩み事と思ってること自体が見当外れだったら恥ずかしい所じゃない。

 そんな訳で輿水さんと知り合ってから初めてと言っても過言じゃない、お互いに無言のまま一時間目の国語の授業を迎えた。

 

「輿水さん!聞いてますか!」

 

「へあ?あ、はい、聞いてます!」

 

 で、さっきから国語を担当する先生が輿水さんに呼びかけているんだけど、どうやらそれに全く気付いていないみたいだ。そして遂に業を煮やしたのか、先生は今朝自分がやったのと同じように最初よりも大きな声で呼びかけたところ、やっと輿水さんが気付いたようで慌てて反応した。

 

「ならさっき私が言ったところからページの終わりまでを読んでいってください」

 

「は、はい・・・」

 

 教科書を手にガタリと席を立った輿水さんだったけど、先生の話を聞いていなかったためにどこから読んでいいか分からずに視線を右往左往させていた。やがてこのままじゃ怒られると思ったのか顔を少しだけこっちに向けて露骨に助けてくださいオーラを発してきた。

 だが輿水さんをじっと見ていた先生がそれに気付かない訳も無く、今度は先生から視線で助けるなと釘を刺してきた。さすがにそれに反してまで輿水さんを助ける程の勇気は無かったので、自分は輿水さんとは逆の方を向いて手を膝の上に置いた。

 

 まぁそうなる前に自分の教科書が見えるように少しだけ輿水さんの方に寄せて、10行目の始めの文字からその行の終わりまでの文字色を力で既に赤色に変えていたんですけどね。多分こっちを向いている輿水さんなら分かるだろう。

 すると自分の意図を読み取ってくれたみたいで輿水さんが先生が指定していた場所から音読を始めた。と同時に先生がちょっと驚いたような顔を浮かべた。

 

 確かに聞いていなかったはずなのに、ちゃんと指定した行から読み始めたんだからそりゃあそうなる。ただこうなると輿水さんに教えた人物が居る訳で、一番に疑わしいのは輿水さんに助けを求められていた隣の席の自分、ということになる。

 なので自分は先生の視線が驚きで外れた瞬間に膝に置いていた手を文字色を変えた部分の上に置いて元の色に素早く戻した。

 

 それに少し遅れる形で先生がこちらへと歩いてきた。当然だけど先生の来るところは自分の席だろう。自分は身の潔白を証明するために先生がここにたどり着く前に教科書から手をどけた。

 

「ごめんね、ちょっといいかしら」

 

 自分の席の前までやって先生が自分の教科書を覗き込んでくるけど残念ながらそこにはシャーペンでマークした跡も無ければ消しゴムで消した跡も無い。さっきから自分はそのどちらにも触れていないから当たり前なんだけどね。

 先生は自分の教科書をしばらく見た後、おかしいなと小首を傾げて教壇に戻っていった。先生には悪いとは思ったけど輿水さんも多分何かしらの事情があって聞いてなかったはずなのでノーカンってことで。

 

「―――二人でいつまでも見たのでした」

 

「ありがとうございました。授業中はあまりボーっとしないように気を付けてください」

 

「はい、すみませんでした・・・」

 

 指定の所までの本読みを終えた輿水さんだったけど、さすがに授業態度だけは誤魔化すことは出来なかったのでそこの所の注意を先生から受けショボンとした様子で椅子に座った。

 普段真面目であったことと素直に謝ったからか、特にそれ以上追及もせずに先生は黒板にさっき輿水さんが読んだ所を抜粋して書いていった。

 

 それにしてもいつも真面目に板書もやって授業態度がすこぶる良い輿水さんが先生の話を聞かないなんて、これはまた随分と根が深そうだ。多少心配しつつ自分は机にノートを広げて板書を開始しようとした瞬間、隣の席から二つ折りにした紙が自分の机の上に投げ込まれた。

 差出人は当然だけど輿水さんだろう。さっき注意されたばっかりなのに結構大胆なことするなと呆れ半分感心半分な気持ちでその紙を開いて見てみると・・・

 

『さっきはありがとうございます。ところで今日の放課後は一緒に帰れますか?』

 

 と書いていた。何を今更、とは思ったけどレッスンやらお仕事やらがあるとかで一緒に帰れずに駅まで爆走して行くことがたまにあったから多分そのためだろう。暗に相談したいことがある、とも取れるけどその辺は帰り道で分かるので今は変に予想するのはやめとこう。

 自分はノートの端を手で破ってそこにシャーペンで"もちろん"とだけ書いて紙を二つ折りにしてから、先生の目を盗んで返事を投げ返した。

 

 それにしても授業中に私用目的で力を使って、更にその後に文通(?)なんて自分も悪くなったなぁ。バレたら当然内申に響くし、何より力がバレた日には大事じゃ済まない。

 まぁせめて今からは真面目にしよう。自分は輿水さんがこれ以上注意を受けませんようにと祈りながら黒板の内容を書き写していった。

 

 その後は数学、体育、英語、昼休みを挟んで社会、美術と続いたけど最初に注意されたことが効いたのか、自分の祈りが届いたのか、特にボーっとすることもなく傍目から見る限りいつも通りの態度で授業を受けていた。授業の合間の休憩時間中に関しても他の友達と普通に喋ってたものだから、朝はちょっと寝不足か何かだったんじゃないかと思ったほどだ。

 そして現在放課後になって、あれ、もしかして悩んで見えたのは初めから気のせいなのかな?と自分の見る目の無さに呆れつつカバンの中に今日あった授業の教科書やノートを詰め込んでいった。

 

 詰め込み終わったと同時に輿水さんの方を見ると先に帰る準備が出来ていたようで、左手にカバンを持って立っていた。

 

「では行きましょうか」

 

「うん」

 

 輿水さんの一言で自分はカバンの紐を肩にかけ席を立った。お互いに教室を出たところで横に並び昇降口に向かいつつ会話する。うん、いつも通りだ。

 やっぱり自分の気のせいかと思いながら昇降口で靴を履き替え、輿水さんの家がある方の門から出てしばらく歩くと突然輿水さんが足を止めて真剣な表情になって、ちょっといいでしょうか、と言ってからこちらに向き直った。

それに対して自分も同様に足を止めて、何?とだけ答えてから輿水さんの次の言葉を待った。

 

「ボクはカワイイですか?」

 

「・・・はい?」

 

 なんか思ってたのと違う言葉が飛んで来た。

 

「知っての通りボクのカワイさは自他共に認める程です」

 

「まぁ、そうね」

 

 "自"は分かるけど"他"がそう思ってるかどうかは正直自分の知るところでは無い。ただ少なくとも輿水さんがアイドルではあるので一定数そう思う人は居てもおかしくないだろうと思ったのでここは素直に頷いた。

 

「ですが、いくら皆がボクのことをカワイイと思っていても、実際に言葉にするまでは分かりません」

 

「それはそうだろうね」

 

「それでボクは今朝気付いてしまったんです・・・」

 

「気付いたって、何に?」

 

「神直君は今まで一言もボクの事をカワイイと言った事が無いと!」

 

「えぇー・・・」

 

 そう言いながらビシッっと人差し指を自分に向けてくる輿水さん対して自分はガックリと肩を落とした。確かにそう言われてみれば自分が輿水さんにカワイイと褒めたことは一度も無い。無いんだけど、一体それがどうしたっていうんだろう。

 

「ていうか、朝ボーっとしてたのはそれについて悩んでたから?」

 

「そうですけど?」

 

「あ、それは認めるんだ」

 

 てっきりボーっとしてたこと自体否定されると思ってたのに、この時の輿水さんは意外にも素直に認めたものだから逆にビックリしてしまった。

 いや、そんなことはどうでもよくて、自分がカワイイと褒めないことについて何を悩むことなんてあるんだろう、と考えあぐねていると輿水さんは畳みかけるように言ってきた。

 

「それで、神直君から見てボクはカワイイですか?それともカワイイですか?」

 

「それ一択しかないよね!?」

 

「そんなことはありません。それで、どうなんですか?」

 

 思わずツッコミの言葉が口を衝いて出てしまうが、輿水さんはそれを制して再度問いかけてきたので自分は仕方なく腕を組んで考えることにした。が、特に悩む程の問題ではないことに気づいてしまった。

 まずもって見た目に関しては前々から口にこそは出さなかったけどかなり、というか今まで会った人の中ではぶっちゃけ一、二を争う程だとは思っていたし、性格に関しても完璧主義のくせに空回りするところとか、そのくせ妙に自信満々な所など、長く付き合えば付き合うほど愛嬌のある一面を見せてくれるので内面もかなり良いと言えるだろう。

 

 結論として輿水さんはカワイイと言える。のだけど、これを素直に口に出すというのは、まぁ、あれだ、正直恥ずかしい。自分はそこまで捻くれた性格では無いと思っているし、どちらかというと素直な方だろう。だからといって同級生に対してカワイイかと正面切って言えるかと聞かれれば無理ですと答える。

 というか大概の人はそうだろう。そういうのはイケメンの領分であって中の下と評された自分が言う事ではないんじゃないだろうか。

 

『カワイイよ、輿水さん』

 

 あ、これはダメだ。試しに頭の中で想像してみたけどこれはキツイ。それと真剣に伝えようとしすぎて変に格好付けた自分が出て来たので倍ドンで気持ち悪かった。

 さすがにこれでは素直に言うのは戸惑われる。だからといってカワイくないって答えるのも自分の本意じゃない。じゃあどうするか、自分の考え事は自然とカワイイをどうすれば自分に言いやすいようにオブラートに包めるのかと言う方向にシフトしていった。

 

「どうしたんですか?そんなに悩むことでもないでしょう?」

 

 が、そんな時間も与えてくれる訳もなく輿水さんが答えを催促してきた。あぁ、ダメだ、なんか全然纏まんない。なんかもう最初に思いついた言葉でいいや。

 

「好きなタイプ、だね。うん、自分は好きかな」

 

「え?」

 

 なんか思ったまんま過ぎて意味が伝わりづらい言葉が出てしまった。おかげで何か輿水さんの目が今までに無いくらい見開かれてる。これは補足しとくべきだろう。

 

「あー、輿水さんの見た目は良いよって意味でね?」

 

「・・・そういう話をしていた訳じゃないんですが、まぁいいです」

 

 満足はしてないけど納得はしてくれたんだろう。輿水さんは体を帰り道の方へと向けて再び歩き出したので自分はその横へと並んだ。

 

「輿水さん、顔上げて歩かないと危ないよ?あとちょっと歩くの早くない?」

 

「そんなことはないです」

 

 そう言って俯いてさっさと歩く輿水さんに合わせて自分も歩く速度を変える。元がそんな早いわけでも無いので多少歩く速度を上げられても問題は無いんだけど、輿水さんが転ばないかちょっと心配だ。でもまぁさすがに中学生にもなってただ歩いて転ぶことなんてそうそう無いか。前は自分が見てればいいし。

 

 その後は何か話しかけていい雰囲気でもなかったし、特にお互い会話することもなく黙って輿水さんを家まで送り届けた。さすがに分かれる時に、じゃあまた明日くらいはかけあったんだけど輿水さんの方が変にぎこちなかったのはちょっと気になった。

 はて、まだ悩み事が?とも思ったけど明日もまた学校で会えるわけで、その時に聞けばいいやとそう気にすることもなく自分は帰宅の途に就いた。

 

 ただその日以降、何となく輿水さんに避けられ始め、それを聞くことが叶うことはなかった。

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