KBSF   作:月見荘

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削って、削って、それでも長いのは、元々が凄く長いから。当たり前ですね。
ちなみに削った結果いつもの2倍の量の文字数で済みました(白目)
正直15話と16話に分けたらと思ったんですが、ここは一気にやってしまいました。すいません。

秋の夜長に15話をどうぞ(これを見ている人が秋に見るとは限らない)



当日とパッチン、あとミニライブ

 朝7時、寝過ごさないようにと設定したいつもより大きめの音量のアラームで目を覚まして、掛けていたタオルケットを退けて自分はムクリと起き上がった。昨日早く寝たおかげで目はパッチリと開くし眠気は一切感じない、非常に目覚めの良い朝だ。自分は頭の後ろで両手を組んで軽く体を伸ばしてから立ち上がり、自室のカーテンを開けた。

 窓から外の様子を伺ってみると空には雲がポツポツとまばらに浮かんではいるものの、それを除けばほとんど快晴といっても差し支えない天気になっていた。ここ最近雨も降らず、昨日の天気予報でも今日は晴れと言っていたのであんまり心配はしていなかったんだけど、今日この日だけはこうして実際に目にするまでは完全に安心は出来なかった。

 

 自分は知らずほっと安堵の溜息を吐いた後窓から離れて、自室の壁に貼ってあるカレンダーを見つめた。そのカレンダーには月の始めから今日に至るまでの各日にちに黒色で×印が付けられている。これは自分が一日の終わり、つまり布団に入る直前に付けていったものであるのだけど、本日第三日曜日だけは別で、ここには既に赤色で〇印が付けられていた。

 これを見ればきっと誰でも今日は特別な日なんだろうなというのは分かってくれるだろう。そう、本日ついに輿水さんの晴れ舞台であるミニライブの日を迎えることとなったのだ。なったのはいいんだけど・・・

 

(なんか変に緊張してきた・・・)

 

 別に自分がライブに出る訳でもないのに体に軽く緊張が走ってしまった。一応ライブを見に行って帰ってくるだけじゃなくて、前から考えていたことを実行に移す日でもあるのでやることが無いことはないんだけど、なんかこう、輿水さんが舞台で歌ったり踊ったりしますってことを考えると祈るような気持ちになるっていうか・・・いや、失敗するとは思ってないんだけどさ。

 とにかくこんな所で無駄に緊張してても仕方ない、自分は変に考え事をしないように頭を振った。冷たい水で顔を洗えばきっと気分もすっきりとするだろう、そう思って自分は自室から出て洗面所に向かったけど、そこには既に先代が居た。デフォルメされたブタの顔が散りばめられた見慣れたはずのパジャマに今更ながら年を考えろよとツッコミながら自分はその背に声をかけた。

 

「おはよう」

 

「んあ、おはよう」

 

 顔を洗い終わったばかりなのか、タオルで顔を拭きながら答えた先代は一歩横によけた。先に使っているなら後にしようかと思ってたけど、どうやら洗面台を譲ってくれたみたいなので使わせてもらおう。自分は洗面台の前に立って顔を洗った。

 朝とは言えそろそろと暑くなってきたこの季節に冷たい水で顔を洗うのは気持ちがいい。自分がいつもよりほんの少しだけ時間をかけて顔を洗い終えると、スッと横からタオルが差し出された。それをありがとうと言って受け取り、顔を拭いて頭を上げると鏡越しに先代が櫛を持って自分の後ろに回り込んでるのが見えた。

 

「髪、()かしてやろうか?」

 

「別にいいです」

 

「にべもねぇな」

 

 先代の提案に素っ気なく返すと、予想通りだと言わんばかりに悪戯っぽく笑って手に持っていた櫛を自分へと差し出してきた。自分はそれを受け取るとそのまま髪を梳いた。

 そうしてしばらくの間せっせと櫛を動かしていると、さっきから自分の髪も梳かずにジッとこっちを見ていた先代がふと不思議そうに首をかしげた。

 

「もしかして今日なんかあるの?」

 

「え?なんで?」

 

「いや、最近髪を妙に綺麗に保ってたし、今日はいつもより念入りに梳かしてるからさ」

 

 先代のその言葉に自分はギクリとしてしまった。確かにここ最近は髪を出来るだけ綺麗にするように意識していたけど、だからといってそれが見た目に反映されているわけじゃないのでパッと見、というか自分でよく見ても今までとなんら変わりが無い。

 一体何を以てして綺麗だと判断出来たのかは謎だけどその辺はさすが保護者と言うべきかよく見ていらっしゃる。自分は梳かしていた手を止め、櫛を元の場所に戻してすまし顔で答えた。

 

「気のせいじゃない?」

 

 もしも先代に今日自分が女友達、というかアイドルのライブを見行くと知ったら多分全力でからかってくるに決まっている。心の中で必死にバレるなと祈りながら表情を一個に固定させること十数秒、気付かなかったのか、それとも気付いていてこれ以上詮索するのは止めたのか、先代はあっそうとだけ言って鏡超しに見ていた自分の顔から視線を切った。

 

「あ、そうそう、今日朝から出かけるから。あとお昼ご飯要らない」

 

「それを言わなきゃ満点だったんだけどな」

 

 苦笑いする先代に言わないなら言わないで怒るくせにと目で一瞬だけ訴えて自分は洗面所を後にして自室へと戻った。それからパジャマから私服へと着替えて、今日持っていくものをカバンに詰め込んでいく。

 財布に何かあった時のための新品のノート1冊、今日の為にと注文したかなり丈夫な紙と地元のデパートで買ったホール付きのパッチン留めと、ぶっちゃけライブに何の関係の無いものばかりだ。いやまぁ、逆にライブに関係のあるものって何だと聞かれても困るけどさ。

 

 そうして出かける準備が出来上がって時計を見ると8時前にまで針は進んでいた。電車に乗る時間にはまだちょっと早いけど、時間に余裕を持つ分には構わないだろう。自分はヘアゴムで後ろの髪を束ね、カバンの紐を肩にかけて立ち上がり家を出た。

 

「行ってきます」

 

 本堂へ向けて一礼。ついでなので今日のライブの成功を祈っておいた。 

 

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

 

「さすが東京のデパート。でかい」

 

 山梨から各種電車を乗り継ぐことおよそ3時間、今年三度目となる東京、その地に建っている大型デパートの前に自分は立っていた。

 地元のデパートとは比べ物にならない大きさに少し圧倒されながらもデパートへと入って行く。休日の昼前とあって中は人だらけだ。さすがに前に進めないというほどではないけど、油断しているとすぐに人にぶつかってしまいそうだ。自分は注意しながら入口近くにある1階のフロアマップが張り出されている掲示板へと近寄った。

 輿水さん情報によるとライブは1階から最上階に居る人が見れるようにと、吹き抜けのある場所に建てられている簡易的なステージを使ってやるらしいので、マップのそれらしい場所に当たりを付けて、現在の居場所からそこまでの道のりを辿ってみた。

 

 すると何のことはなく、入口からほぼ真っ直ぐ進んでいくと着く場所にあると判明した。ライブの開始時間まではかなり余裕があるけど、もしも間違っていても困るので下見ついでにその場所を確認しておくとしよう。

 そう思って掲示板から離れてその場所へ足を向けること5分、目的の場所へと辿り着いた。そこには今回のライブの関係者と思われる人達が舞台の設営のためにせっせと忙しなく働いていた。どうやらここで間違いないみたいだ。

 

 ふと自分が周りを見てみると、舞台の設営を物珍しく見つめていたのは自分だけみたいで、道行く人達はチラリと目を向けることはあっても足を止めることは無かった。ここで何かしらの催し事が行われるのはここの人達にとっては特別に珍しいことではないみたいだ。

 自分はなんとなく恥ずかしくなって、早々にその場を立ち去ろうと踵を返して一歩踏み出そうとした。と、同時にゴインという音が頭に中に響き、額に痛みが走った。

 

 一体何事!?と思いながら痛む額を抑えて前を見てみると、そこには自分と同じく額を抑えて痛そうにしている人が居た。やばい、気を付けてはいたのにどうやら通行人と衝突してしまったようだ。慌てて自分が謝罪の言葉を口にしようとすると、それよりも早く相手の方が口を開いた。

 

「いや~、ごめんね。声をかけようとしたらぶつかっちゃった」

 

「こちらこそすいません・・・って、姫川さん?」

 

 あははと申し訳無さそうに笑う相手をよく見てみると、本日のライブの主役の一人である姫川さんだった。姫川さんは額を抑えていた手を顔の横に持ってきてヒラヒラと振った。

 

「こんにちは。え~っと、誕生日君!」

 

 強製紙食わしたろか。あとなんか横文字じゃなくなってるし。

 

「ご、ごめんごめん!神直君だよね!ちょっとした冗談だって!あはは・・・」

 

 心の内の不満が顔に出ていたようで、自分を見てギョッとした姫川さんは慌てて修正してきた。自分としても今出している表情は不本意ながら反射的に出たものなので、すぐにそれを引っ込めて元の表情に戻した。

 

「それで、何か御用ですか?」

 

「いや、用って程では無いよ。この辺を歩いてたらたまたま君を見かけたから挨拶でもしようと思って」

 

「そうなんですか。っていうかよく自分だって分かりましたね?」

 

「君って凄く綺麗な髪してるからね。後ろ姿でも分かったんだ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 そういえば今日は帽子を被って来ていないから髪を晒しっぱなしになっているのを忘れていた。普段外に出る時は基本的に帽子ありきなので今日もついその感覚でいてしまった。自分はなんとなく手を後ろに回してヘアゴムを軽くなぞり髪がしっかりと束ねられているのを確認した。

 

「今日ここに来たのは、私達の・・・いや、幸子ちゃんのライブを見に来たから?」

 

「あ、はいそうです」

 

 妙にニヤニヤしながら尋ねてくる姫川さんの表情が気になったものの、特に隠すようなことでも無いし、多分分かった上で質問してきているのでここは素直に答えておいた。すると姫川さん何やら感慨深そうに目を閉じ、両手を組んで少しだけ顔を上にあげた。

 

「いやー、青春だね。それで、どうする?幸子ちゃん呼ぼっか?」

 

「今は良いです。ただ・・・」

 

「ただ?」

 

「ライブ開始直前にこっちから輿水さんに会いに行ってもいいですか?」

 

「ライブ直前に?」

 

「あ、やっぱりそういうのは迷惑でしょうか?」

 

 自分がそんな提案をすると姫川さんの表情がちょっと困ったようになった。初めは時間のある時に輿水さんに連絡を飛ばして呼び出して、と考えていたけどたまたまこうして姫川さんと会えたからせっかくなので今回自分が考えていることをライブ直前に実行しようかなと思っていたんだけど、どうやらこの様子だと迷惑をかけてしまいそうだ。

 そう思って半分諦めかけていると、突然姫川さんの顔があっけらかんとした物になった。

 

「ま、君ならいいか」

 

「いいんですか?ありがとうございます」

 

 良かったという思いと何故だと思う気持ちが半分ずつ。過去に姫川さんの信頼を勝ち取るイベントを起こしたつもりは無いはずなんだけど、まぁそう言ってくれるならありがたく行かせていただこう。

 

「それで、いつ頃来る予定?」

 

「開始10分前くらいですかね。あ、後輿水さんには秘密でお願いします」

 

「了解。ライブの前になったら幸子ちゃんはステージ裏で待機してるから、そこに来て」

 

「分かりました」

 

「あ、そうだ、プロデューサーにも伝えとかないと・・・」

 

「すいません、何から何まで」

 

「いいよいいよ。じゃあ私行くから、結果は聞かせてね!」

 

「はい?」

 

 結果とはなんのことだろうと疑問に思いつつも、姫川さんは既に去って行ってしまったので聞くことは叶わなかった。一瞬追うことも考えたけど、人混みを器用に避けつつ速足で歩いて行ってしまったので自分では追いつけないと判断してやめた。まぁ、また今度会った時にでもおかげさまで無事に輿水さんを応援出来ましたと伝えたらいいか。

 後はライブまでの時間を潰さないといけないんだけど、結構時間が余ってるな。さっき見てた掲示板に2階にはフードコートがあるみたいなこと書いてたし、そこで時間を潰そうかな。自分は2階へと続くエスカレーターの場所を思い出しつつ歩き始めた。

 

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

 

 フードコートで軽くお昼ご飯を取った後スマホでゲームをポチポチとやること大体1時間、そろそろ良い時間になった頃に自分は座っていた席を立ってステージのある場所へと戻った。一度通った道なので特に迷うことは無かったけど、ステージに近付くにつれてほんの少しずつ人が増えていくので若干の進み辛さを感じた。

 で、いざステージに着いてみるとそこにはまぁ大量!って程では無いにしろそれなり以上の数の人達がステージの周りに居た。2階から先の階にも柵に両腕を乗せたり雑談をしたりしてライブの開始を待つ人がチラホラと見受けられた。

 

 こう言っては失礼だけどあの三人にここまでの人気があるとは思わなかった。いや、でもよく考えたらそうか。元々テレビとか出てたから下地はあったわけで、さすがにここに集まっている人達全員がファンでは無いだろうけど決して少なくも無い筈。

 そう考えると案外輿水さんって遠い所の人だよなぁと思っていると舞台に上がった司会の人(?)がもうすぐステージが始まりますとマイクを使って告知し始めた。やばいやばい、急がないと。

 

 自分は姿勢を低くしてコソコソとステージの裏へと回って簡易的に建てられていたアイドルの待機場所に入り込んだ。途中プロデューサーさんらしき人に見られたけど姫川さんがきちんと話を通してくれていたおかげで特に咎められるようなこともなく何も言わずに見送ってくれた。

 

「こんにちは、輿水さん」

 

「え?」

 

 待機場所からステージに上がる階段の前に直立不動で立っていた輿水さんに後ろから声をかけると、露骨に肩をビクリと震わせてからこちらへと振り返った。その瞬間、今度は自分の方の肩がビシリと固まった。

 簡易的に建てただけあって照明のような物も無くて外からの明かりに頼っているらしいこの場所は薄暗かった。そのため後ろ姿だけでは今一把握出来なかったけど、よく見たら輿水さんはいわゆるライブ衣装というやつに身を包んでいた。

 

 馬子に衣装?いやいや、この場合は鬼に金棒か。輿水さんにそう言ったら鬼と金棒はカワイくないと怒られそうだけど。とにかく一アイドルとしてそこに立っていた輿水さんは何というか、こう・・・素直に言うのもこっ恥ずかしいけどこの薄暗い中でも何だか輝いて見えた。率直に言うと凄く可愛かった。

 

「って、神直君じゃないですか!?こんな所で何してるんですか!?プロデューサーさんに怒られますよ?」

 

「・・・」

 

「神直君?」

 

「え?あ、その辺は大丈夫。ちゃんと許可取ってるから」

 

「許可って・・・本当ですか?」

 

 一瞬返答に詰まって視線を逸らした自分に疑いの視線を向けてくる。いや、ちょっと見惚れてボーっとしてました何て言える訳も無く、自分は頭の中で自身にしっかりしろと言い聞かせてから軽く息を吐いてしっかりと輿水さんの方へと視線を向けた。

 

「本当だよ。ここに入る前にプロデューサーさんっぽい人に見つかったけど何も言われなかったし」

 

 自分がそう言うと輿水さんは少しだけ悩んだ表情になったけど、やっぱりここに無断で入るのは不可能と思ったのか、じゃあ信じますと言って一応は納得してくれた。

 

「でも、どうしてここに来たんですか?」

 

 輿水さんからしたら当然の疑問をぶつけてくる。そりゃあ今頃ステージの前で待っているはずの奴がいきなり関係者以外入れない所に来たら何で?とはなるだろう。自分はその疑問に答えるためカバンの中から紙とパッチン留めを取り出して冗談っぽく言った。

 

「輿水さんが緊張してるみたいだから、ちょっと激励に来ました」

 

「き、ききき緊張ってなんのことです!?このボクに限ってそんなのあるわけないじゃないですか!」

 

 予想に反して図星を突いてしまったみたいだ。信じてなかった訳じゃないけど前に小早川さんが輿水さんが不安を感じていると言っていたのは本当だったみたいだ。でもある意味都合がいい。緊張してるならそれはそれで応援のしがいがある。

 

「じゃあ輿水さん、ちょっとこっち来て貰える?」

 

 ちょいちょいと手招きする自分を怪しみながらも輿水さんは素直に近寄って来た。

 

「・・・また紙が発射したりしないですよね?」

 

「今日はそういうのじゃないよ」

 

 以前のことを思い出したのかジト目を向けてくる輿水さんに自分は苦笑しながらさっき取り出したパッチン留めを自分の左手の上に乗せて、紙を右手で握りこんだ。

 

「これを付けてってことですか?」

 

「うん、間違ってはないね。ただここから一工夫するけど」

 

 目を閉じて軽く一吐く。小早川さんと会った日から今日に至るまでに何度も何度もやってきたことを思い出しながら右手に持っていた紙に意識を集中させて力を使う。そこからほんの僅かな時間の後、自分の手の中の紙がある程度望む形になったら、今度は右手で左手を覆うようにして両手でパッチン留めと紙を重ねた。

 紙で形作ったそれの根本を円筒状に伸ばしてパッチン留めに空けてある穴に通す。穴を通り切ったらその円筒を外側に折り返すように広げてパッチン留めに紙を固定する。後はメインの部分をそれだと分かるように外側を空色、内側を白色に着色して本物らしく、でもどこか作り物っぽく形を整えていく。

 

 そうして自分の出来うる限り以上の想像力を使って満足のいく形までに仕上げると、覆っていた右手を左手からどけた。

 

「これは・・・花ですか?」

 

「うん。ネモフィラっていう名前の花だね」

 

 自分の左手の上にあるそれを興味深そうに覗き込んで輿水はそう言った。自分が作ったのは簡単に言ってしまうとただパッチン留めに紙で作った花を取り付けた物だった。ただ自分にとってこれは今まで作って来たものの中で一番と断言してもいいくらいの出来にしたつもりだ。

 惜しむらくはこの場所が暗くてちょっとだけ見えづらいということだろうか。

 

「どうして今これを作ったんですか?」

 

「ネモフィラの花言葉にはどこでも成功とか可憐って意味があるんだよ。まぁ、ネットで知ったにわか知識だけどね」

 

 自分がそう説明するとこちらの言いたかった事を察してくれたみたいで、輿水さんはあっと小さく声を漏らした。ちなみにネモフィラにはもう一つあなたを許すって意味もあるけど今回は関係ないので黙っておいた。

 

「えっと、それで・・・これ付けていいかな?」

 

「ど、どうぞ」

 

「じゃあ失礼して」

 

 ずいと顔を近づけてきた輿水さんに自分は内心かなりテンパりながらも、輿水さんが普段ヘアピンを付けている横髪に自作のネモフィラのパッチン留めを付けてあげた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ど、どういたしまして」

 

 何となく気まずくなってお互いに視線を顔から逸らす。だけどある意味での山場はここからだ。自分は目を閉じで胸中で自身に問答をかけた。

 

 覚悟はいいか?

 

 ぶっちゃけ出来てないです。

 

 関係ない、行け。

 

 はい。

 

 明らかに自分のものではない意思もあったような気がするけど、そこは置いておくことにして自分は目を開けてしっかりと輿水さんと向き合うように視線を前へと向けた。

 

「輿水さん」

 

「は、はい!?」

 

「輿水さんがどんな気持ちで今日のライブに臨むのかは自分には知れないし、今日まで輿水さんがどんな努力をしてきたかは分からない。だけど・・・その~、なんていうか・・・」

 

 正直言ってこの先は恥ずかしすぎて言いたくはない。だけど輿水さんが自分の次の言葉を待っている、だから言わないと。

 

 自分は覚悟を決めた。

 

「間違いなく、今自分の目の前に立っているのは世界一カワイイアイドルだから。そんな世界一カワイイアイドルの初ライブは絶対に成功するに決まってる。だから、その、自信を持って・・・くだ・・・さい?」

 

「ちょっと、今の凄く大事な所でしたよね!?なんで最後失速しちゃったんですか!?それに最後は何故か疑問形ですし!台無しじゃないですか!」

 

「す、すいません・・・」

 

 最後の最後でヘタレてしまった自分に盛大なツッコミのお言葉が輿水さんから降り注いだ。それに対して自分は情けないやら今すぐ死にたいやらでショボンとして平謝りすることしか出来なかった。それを見た輿水さんはフンッと鼻息を一つ鳴らして怒ったように腕を組んだ。これには輿水さんも大激怒みたいだ。いや、そりゃそうか。

 

「全く、神直君がいざという時はヘタレる人だとは思いませんでした!」

 

「その件に関して非常に申し訳なく思っております、はい・・・」

 

「ですが、その・・・」

 

「?」

 

「まぁボクのことを世界一カワイイと言い切ったことに関しては、えっと、そのー、嬉しかったです」

 

 と思ったらなんかツンデレチックになってきた。

 

「か、勘違いしないでくださいね!?別に神直君に言われなくてもボクの初ライブは成功・・・いや、大成功に終わる予定でしたし、そもそもボクは緊張なんか一切していません!」

 

 これがいわゆるテンプレというやつだろうか。最早色んな感情に脳が引っ張り回され過ぎて漠然としか感想が出てこず、自分はただただ唖然としてしまった。

 

「ほ、ほら、何ボーっとしてるんですか!もうすぐのボクのライブが始まるんですから、早くステージの前に戻って下さい」

 

 そう言って輿水さんは自分の体をくるりと回し、背中を押して外へと強制退出させて元の場所へ引っ込んで行った。と思ったら待機場所から体を半分だけ出してこっちを覗いてきた。なんかデジャヴ。

 

「あ、そうそう、ライブが終わったからってすぐに帰らないでくださいね?後でボク直筆のサイン入りのCDを後でプレゼントしますから待っていてください。絶対ですよ!」

 

 そう言って輿水さんは再び待機場所へと引っ込んで行った。そういえば忘れてたけど、今日は輿水さんと姫川さんと小早川さんのCDの発売日でもあったっけ。自分はそんなことを思いながらひとまず他人に見られないように近くにあった柱の影で頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

(失敗した・・・)

 

 今の心境を一言で言うと死にたい。途中まで理想通りに事を運べたのに、最後の最後でやらかしてしまった。輿水さんの言う通り自分があそこまでのヘタレなんて思いもしなかった。

 自分は自己嫌悪に苛まれつつ、かといって輿水さんのライブを見逃すわけもいかないので、反省と葛藤もそこそこに自分はステージの前へと戻った。

 

 するとちょうど良く司会の人(?)が舞台袖に引っ込んで行くところで、それに代わるように輿水さんが手を振りながら出てきた。

 

「皆さん、今日はボクにために集まってくれてありがとうございます」

 

 さすがに全員が全員そうじゃないと思うよ、と心の中でツッコんでおいた。

 

「それでは、カワイイボクのカワイイ初ライブ、しっかりと目に焼き付けて行ってください。曲名は・・・」

 

 To my darling…そう言って輿水さんの初ライブは始まった。曲の開始直前、自分と目の合った輿水さんがウィンクしたのはきっと気のせいじゃないだろう。

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