やっぱり書きたかった回は長くなりますね。なので今回は二つに分けます。
ちなみに今回遊園地のアトラクションの待ち時間が比較的短く設定されていますが、そこは幸子補正ということでご了承ください。
「ん~~~・・・ふあぁ~」
窓から差し込む麗らかな日光を全身に浴びてこの日、自称・カンペキアイドルである輿水幸子は目を覚ました。そして起床と同時に無意識的に凝った筋肉をほぐすために両腕を上げて伸びを行い、大きくあくびをかいて寝ぼけ眼で自身の部屋を見渡した。
昨日はやけに寝付きの悪い夜だった。目を閉じていても一向に意識が落ちないし、無駄に寝返りを打っては何か考え事をしていたはずだけど、はて、自分はいつ頃寝入ったのだろうか?と、未だ眠気の残る頭で考え始めた幸子だったがその答えは出ない。
だが、その時ふと部屋に貼ってあったカレンダーが目に入った瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。そう、本日は全学生が待ちに待った夏休み、その初日であるのだけれども、それと同時に仲の良いクラスメイトである神直と遊園地へと出かける日でもあったのだ。
幸子は慌てて枕元にあった自身のスマホのディスプレイを点灯させ、画面に表示された時計を祈るような気持ちで覗き込んだ。スマホに表示された時刻は7時2分、待ち合わせの場所は近くの駅前で時間は8時丁度。今から急いで身支度を終わらせ家を出て真っ直ぐ駅に向かえば8時には間に合う時間だった。
幸子はひとまず安堵の息を吐いてベットから降りると、服を着替えるためにパジャマを脱ぎ私服の入ったタンスを開いた。幸いにも今日着ていく服は昨日の内に決めてあったので服を選ぶ手に迷いは無く、手早く着替えを済ませた幸子は自身の部屋を出て洗面所へと向かい、顔を洗ってから髪の毛をセットしにかかった。
今日に限ってピョンピョンに跳ねていた髪をなんとか整え終えると、自室へとまた戻って今度は勉強机の引き出しを開けて、その中に大量に仕舞ってあるヘアピンの中から一番気に入っている物を取り出した。
それからそのまま姿見の前まで移動して、そのヘアピンを幸子自身がベストだと思う位置で留めた。そして一頻り自身を姿を眺めると満足したのか鏡の前の自分にドヤ顔を披露した。
元々の土台の良さに加えて自身の持っているものの中でも一番気に入っている服を引っ張り出してそれを着ているのだ、これでカワイくなかったらこの世にカワイイという言葉は生まれてはいない。
これならきっとあのカワイイというたった四文字さえ言うのを恥ずかしがるような神直でさえも思わずカワイイと口から漏らしてしまうだろう。幸子はそう確信しながら姿見の前から離れ、カバン掛けから昨日の内に諸々の準備を済ませたポシェットを取って肩に掛けた。これで出かける準備は完了である。幸子はスマホを再び点灯させて時計を確認すると、素早く家を出てダッシュで駅へと向かった。
そして走ること数分、駅前の近くまで来ると幸子は一旦足を止めて遠目に待ち合わせ場所の様子を伺った。するとそこには神直が一足早く到着していて、特に何をすることも無く立っていた。
それを見た幸子は乱れた呼吸を整えて手櫛で髪をセットし、さも余裕を持ってやってきましたよと言わんばかりに神直の方へと歩いて行った。
「おはようございます」
「あ、おはよう、輿水さん」
幸子が左手を軽く上げて挨拶すると、ボーっとしていたせいか少し遅れて神直の方も右手を上げて挨拶を返した。そうしてお互いに挨拶を終えてそれぞれの利き手を下ろそうとした時、神直の方の手だけは中途半端な位置で一瞬ピタリと止まってしまった。
原因は幸子が本日付けて来たヘアピン。神直は先日のライブの時に、彼が幸子に送った物であるネモフィラの花が飾られたパッチン留めを付けていることに気付いたらしく、視線を少しの間だけそこへと向けていた。
ただ、普段からアイドルとして視線を集めている幸子がそれに気付かない訳もなく、言葉も出さずに顔だけで、仕方がありませんから付けてきてあげましたと表現すると、神直は中途半端に止まっていた手を上へと持ってきて頬を軽く掻きながら気恥ずかしそうに、それでいて本当に嬉しそうに笑った。
(フフーン、期待以上の反応ですね。付けてきた甲斐がありました!)
そんな神直の反応に幸子は喜びがバレないように心の内でにへらと笑って、今度は澄ました顔で神直の目の前まで歩いて行き、何かを期待するかのように両手を後ろで組んで上目遣いで見た。
「え、え~っと・・・あ、そうだ。電車の切符はもう買っておいたから」
「おや、それはありがとうございます」
神直は若干テンパりながらも、いつもとは違う小さなカバンから財布を取り出してその中に入れてあった切符を2枚抜き出して見せた。それを受けて幸子は素直にお礼を言うが、心の中では全く違う事を考えていた。さぁ、褒めてください、そして言ってくださいあの四文字を、と。
ただ女友達と出かけるのは今日が初めての神直にそれを期待するのも無理な話で、幸子の意味ありげな視線には気付けどその内容が全く分かっておらず、小首を傾げるだけだった。そうしてお互い微妙に噛み合わないまま見つめ合っていたが、神直の方がまぁいいやとばかりに幸子に向けていた視線を切って駅の方へと向けた。
「じゃあ、まだ時間はあるけど、早めにホームに向かっとこうか」
「ちょっと待ってください!」
そう言って歩き出した神直だったが、幸子がそれを許す筈もなく神直の来ていた服の襟首を掴んでその歩みを止めた。その際に神直から潰されたカエルみたいな声が出たが、まぁ問題ないだろう。
「あのですね、神直君は知らないかもしれませんが、女性がオシャレして待ち合わせ場所に来たら褒めるのが常識なんですよ?」
「なにその常識。初耳なんだけど」
「と、言う訳でボクを褒めて下さい」
「えぇ~・・・」
褒めることを強制する幸子に神直はげんなりと肩を落とすが、かと言ってこのまま何か褒めないと幸子が納得しないのも確かなのでコホンと一つ咳を吐いてから気合いを入れた。
「今日はいつもより綺麗だね、輿水さん」
先日の教訓を生かして何とかヘタレずに言い切った神直だったが、幸子にしてみれば予想外と言うか、文字数が減ったというか、何にせよ期待したものとは違っていた。とは言え褒めたことには変わりはないのでここは自分の事を素直に評した神直を労ってやるべきだろう。そう思って幸子は口を開いた。
「まぁ神直君にしては良く頑張った方ですね。ボクは寛大ですから、今日はそれで我慢してあげます」
「う、うん、ありがとう。所で輿水さん」
「なんでしょう?」
「なんでそんなニヤついてるの?」
「ニ、ニヤついてなんかいませんよ!失礼な人ですね!いいからさっさと駅のホームに行きますよ!」
「あ、はい」
理不尽だな、と思いつつも足早に駅へと向かった幸子を神直は追いかけた。
―――――――――――
―――――――
――――
途中、電車を乗り継ぎながら時間をかけることおよそ2時間程。二人は遊園地の入園ゲートを経て園内へと入っていた。
「夏休みなので人が多いんじゃないかと心配していましたが、思ったより人が居ませんね」
幸子はキョロキョロと辺りを見渡してそう言ったが、あくまで夏休みにしてはの話なので決して少ないという訳では無い。とは言え比較的早い時間に来たのもあってか入園ゲートから近場のアトラクションの待ち時間は30分となっていた。
それを見た幸子はほんの少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべて、どこから調達したのか遊園地の簡単な全体図を広げてポケーっと突っ立ている神直の方へと歩み寄った。
「神直君、待ち時間があまりないようなので、最初にあれに乗りませんか?」
「あれって・・・ジェットコースターのこと?うん、いいよ」
神直は何故か笑みを浮かべている幸子に多少疑問を覚えながらも広げていた全体図を畳んでカバンの中へと仕舞った。それから二人はそのアトラクションの列の最後尾へと並んだが、待ち時間は短くとも30分間は暇と言う事になる。その間無言というのもあれなので幸子は何とはなしに口を開いた。
「そう言えば、神直君はジェットコースターは得意な方ですか?」
「まさかそれをここで聞いてくるとは思わなかったよ」
ほぼほぼ絶叫系で固められているこの遊園地において今更な質問をぶつけてくる幸子に神直は苦笑いを浮かべた。仮にここで自分が苦手と答えたらどうするつもりだったんだろう、と思いつつも神直は正直に答えることにした。
「まぁ遊園地自体は初めてだから、得意かどうかは分かんないや。面白そうだとは思うけど」
そう言って神直がジェットコースターの方へと目を向けると丁度発射されたところのようで、コースターが山のようなレールをグングンと登っていた。一応テレビ等でジェットコースターについての最低限の知識は持っていたので、あの後は落ちるんだろうなと思いながら神直は向けていた視線を切った。
「そう言う輿水さんはどうなの?」
「ボクですか?当然、ボクは得意に決まっているじゃないですか」
何が当然なのかは良く分からないが、自信満々にそう答えた幸子だったが、本音を言えばそう得意な方ではなかった。では何故そう答えたかと言うと、見栄というのもあるが、やはり一番は過去に仕事でこの遊園地のジェットコースターを一通り乗せられたというのが大きいだろう。
最初の時はスタッフの期待通りに大声を上げて絶叫してしまったのだけど、2度目ともなれば耐性は付くはずだ。何なら横で悲鳴を上げる神直のみっともない顔を拝む余裕すらあるだろう。そんな事を思いながら幸子はやはり意地悪く笑って、神直にある提案を持ちかけた。
「そうだ、こういうのはどうですか?より大きい悲鳴を上げた方がお昼ご飯を奢るというのは」
「誰が判定するの、それ」
仮に両者が悲鳴を上げた場合、どっちが大きい悲鳴を上げたかなんて審査する余裕は普通無いだろう。だが幸子には何か思うところがあるようで神直の疑問に意気揚々と答えた。
「フフーン、それはボクに任せて下さい」
「大丈夫なの?」
「安心してください。ちゃんと公平に判定しますから」
「なら、まぁいいけど」
微妙に納得がいかないまでも、神直は幸子の提案を受け入れた。正直ジェットコースター初心者に勝負を仕掛けている時点で公平もへったくれも無いのだけど、神直が負けた時にはお昼の奢りを撤回するつもりではあったので、幸子的にはただ何となく神直に良い所を見せたいと思っていただけだった。まぁジェットコースターで悲鳴を上げないのが良い所なのかと聞かれても、非常に答え辛いのだけども。
そんな感じでその後も他愛の無い会話を続けている内に30分が経ったらしく、次の順番でコースターに乗車という段になった。
「いよいよですね」
「うん。なんか緊張してきた」
初めてのジェットコースターでどこかそわそわしている神直とは対照的に幸子は余裕の笑みを浮かべていた。そしてついにその時が来たようでアトラクションの係員が幸子と神直をコースターの座席へと案内した。ちなみに例のパッチン留めは念のため外してポシェットの中に入れて貴重品と一緒に専用のコーナーに置いて行ってある。
「では神直君、ボクにあんまりみっともない姿を見られないように頑張ってくださいね」
「う、うん。頑張るよ」
で、結局どうなったのかっていうと・・・
「みぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」
「おおおおおおお!」
どっちがどっちかは言うまでもないだろう。
「いや、何かジェットコースターって凄い楽しいね!びっくりした!」
「何でそんなに元気なんですか・・・」
ジェットコースターから降りて妙にテンションの高い神直に対して幸子は青い顔をしながら地面に手を突いて項垂れていた。やはり経験はあっても幸子は幸子だった。
「ま、まぁいいです。
「待って、何かドサクサに紛れて三本勝負か何かにしようとしてない?」
「では、次はフリーフォールで勝負です!」
「いや、まぁ別にいいけどさ・・・」
思わず素に戻った神直が突っ込むも幸子はこれを華麗にスルー。そうして次なるアトラクションへと乗り込んだのだが・・・
「ふぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」
「おおおおぉぉぉ」
結果は変わらなかった。
「いや、その・・・ほら、人には得手不得手っていうのがあるからさ」
「なんでもう慣れてるんですか・・・」
先ほどと同様に項垂れる幸子だったが、神直の方は先ほどとは違ってフォローする程度の余裕が出来ていた。もしこのまま続けても同じ結果となるのは明白だが、自分から有利な条件で勝負を吹っ掛けた手前ここで負けを宣言するのも非常にカッコ悪い。そう思った幸子は青くなっている顔を引き締め、覚悟を持って顔をあげた。
「ふふふ・・・次がいよいよ最後になります。ちなみに次で負けた方がお昼ご飯を奢ることになるので気を付けてください」
「・・・」
クイズ番組のラストにありがちな設定で挽回を図ろうとする幸子に神直は非常に微妙な顔を見せたが、当然の如くそれをスルーして、次なる勝負の内容を発表した。
「最後の勝負はそう・・・ズバリお化け屋敷です!」
ビシッと勢いよく人差し指を神直に向けた幸子だったが、当然彼女自身お化けが得意なはずも無く、むしろ苦手とする所ではあるのだが、先にも述べた通りジェットコースター等の絶叫系では確実に神直に軍配が上がるだろう。だからこそ苦手と言えども結果が未知数となる分野での勝負を選択したのだ。
ぶっちゃけ肉も骨も魂までも切らせて何とか相手の骨を断ってる気がしないでもないが、そんなことを気にする余裕は今の幸子には無い。
「あ~、お化け屋敷に入る前に聞いておきたいんですけど、神直君はお化けは苦手ですか?」
「前にホラー映画を見たときには普通に怖いと思ったよ?」
「なら大丈夫ですね!さぁ、行きましょう!」
(あ、しまった。得意って言っとけば良かった)
ともすればお化け屋敷は中止になっていたんだろうか。微妙に神直もお化けは苦手なのでお化け屋敷は正直望むところでは無いのだけど、今更撤回してももう遅いだろう。神直も同じく覚悟を決めて、先に歩き始めた幸子の隣に並んだ。