KBSF   作:月見荘

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掃除と神直家伝統、あと思春期

 輿水さんと遊園地へと出かけた数日後、夏休みが半ばに入った頃、自分と育ての親である先代は昼間から我が家の縁側の障子をせっせと掃除していた。

 本当だったら自分はこの時間には自室でゲームをしてダラダラと過ごしている所なのだけど、残念ながらそれは先代の脅しによって阻止された。ちなみにその脅しの内容は自分が今進ませているゲームのキー配置を滅茶苦茶にするという最高に地味で面倒なものだ。何なんだ、L1が決定って。

 

 そんな訳で不本意ながら右手にハンディモップを持って十字に交差している木組みの部分の埃を取って、左手で神直家の特権を以て障子紙を綺麗にするという流れ作業に勤しんでいた。

 そうして先代が右端から、自分が左端から綺麗にし始めてからおよそ20分後、表側の掃除がもうすぐ終わろうとした所でお互いの距離が近くなったからか先代が突然話かけてきた。

 

「そう言えばさー、お前が前に買った櫛あるじゃん?あれ結局どうしたの?」

 

「は?櫛?何の事?」

 

 この前買った櫛、と言うのに微妙に心当たりの無かった自分は思わず掃除する手を止めて先代に顔だけ向けて首を傾げた。確かに自分は数か月前に輿水さんにプレゼントするためにつげの櫛を買ったには買ったけど、それに関しては先代に一言も言ってない。

 まさかいくらなんでもその事じゃないだろうな、と思いつつ最近の記憶と少し古い記憶を辿ってみるけどそれらしい出来事は無い。と言うか自分が櫛をわざわざ買いに行くなんてのはよっぽどの事でもない限り有り得ないから、あったら覚えているはず。うん、やっぱり思い当たる事は無い。

 

 無駄に律儀に思い出そうとしたせいか自分の傾いた顔が天井を向きかけた時、今まで手を止めずに掃除を進めていた先代がこっちを見ずに口を開いた。

 

「何って、お前が東京で買った櫛の事だけど?」

 

「え?待って、何で自分が櫛買ったこと知ってんの?」

 

 事も無げにそう言ってのけた先代に対して自分が恐怖を感じて一歩後ずさると、先代は掃除する手止めこっちを向いて呆れたような溜息を吐いた。

 

「あのなぁ、誰が櫛屋の場所教えたんだと思ってるんだよ」

 

「あ」

 

 そうだ、そうだったわ。あの時は確か櫛屋の場所を携帯に送ってもらったんだった。それとついでに電車代も出してもらったんだ。それと他に・・・

 

「櫛って女の人に贈るものとしては・・・」

 

「止めて!それ以上言わないで!」

 

 あの時自分が口にしたことをからかうように言いながら先代はニヤニヤと笑い再び作業に戻ったが、対する自分は恥ずかしいやら何やらで、もはや掃除どころでは無くなっていた。

 つまりは何だ、先代には以前から自分に女の子の友達が出来たことを知られていたという事になるのか。何という不覚。確かにあの頃は輿水さんに送る祝いの品に悩んでいたとは言え、だからって先代に聞くのは違うだろう、過去の自分よ。少なくともこの櫛どこで買ったの?程度に止めておくべきだった。

 

 そんな今更してもしょうがない後悔をしながらハンディモップを放って小さくなり自分で自分の顔を手で覆っていると、先代は畳みかけるように尋ねてきた。

 

「それで、どんな櫛をカワイコちゃんに送ったんだ?」

 

 聞き方がおっさんのそれなのは置いといて、自分は先代が過去最高にウキウキしているのを感じつつ、ハンディモップを拾い上げて立ち上がった。尻を隠し切れていなかった自分が悪いんだ、この際顔を見せても一緒だろう。自分は過去最高に重い溜息を吐きながら作業を再開した。

 

「別に、自分が使ってるのと全く同じ櫛をプレゼントしただけだよ」

 

 素直に白状するからこれ以上聞かないで、と言う気持ちを込めながら自分は答えた。あぁ、次に先代には「お揃いかよ!仲良いな!」的なことを言われるな、と自分が覚悟していると予想外の返答が戻ってきた。

 

ビリィ!

 

 返答って言うか、人の声でもなかった。まさかと思って先代の方を向いてみると、先代が今まさに綺麗にしようとしていた障子紙に穴を開けていた。それも指で、とかじゃなくて腕が貫通するレベルで。

 

「ちょ・・・おま・・・穴空いてますよ?」

 

 突然の事態に動揺が隠せず、思わず敬語になってしまった。と言うか、え?ほんとにこの人どうしたの?なんか変に真顔だし。と、自分がドン引きしていると先代は腕を貫通させたまま首を回して顔だけをこちらに向けてきた。お前はどこぞの人造人間か。

 

「マジで?え、何で同じ櫛をプレゼントしたの?」

 

「何でって・・・まぁ、強いて言えば本人が気に入ったみたいだったからとしか」

 

 内心この状況にツッコミを入れたい衝動にかられながらもそれを飲み込んで正直に答えると、意外にも先代は、そうかとだけ言うと顔を正面に戻して貫通させていた腕を引っこ抜いた。その際に開けた穴を一瞬で元に戻した辺りは流石と言うべきか。

 ただ、自分としてはそんな含みを持たせながら言われるとすごく気になるわけで、よせば良いのにと思いながらも聞いてみた。

 

「同じ櫛だと、不都合でもあった?」

 

「いや、不都合って訳じゃないんだけど・・・」

 

 先代はそこで一旦言葉を切り様子を伺うようにこちらに視線を一瞬だけよこして、まぁいいかとばかりに鼻から息を吐いた。

 

「お前、今使ってる櫛って気に入ってるか?」

 

「・・・?まぁ、気に入ってるね」

 

 えらく話が飛んだな、と思いつつも自分は頷いた。櫛の善し悪しなんて正直な所分からないし、他の櫛を多く知っている訳ではないけど、買ってもらった物とはいえ長年使っていれば愛着も沸いてくるもんだ。

 

「じゃあ、髪を触られるのは嫌か?」

 

「嫌だね」

 

「髪を梳かされるのも?」

 

「嫌」

 

 これは即答。人によるかもしれないけど自分の場合は頭を撫でられるのも嫌で、小学校の高学年になった辺りから、神直の髪は特別だからあんまり他人に触らせるなって先代に教えられていたのも相まって、知らない人は勿論のこと、知ってる人にも髪を触られるのが嫌になった。

 そのおかげっていうのも変な話だけど、最近では確実に手入れの腕前が上な先代にさえ自分の髪に櫛を通させていない。でも、それが一体どうしたって言うんだろう。いまいち話の内容の繋がりがよく分からない。

 

「じゃあ、もしお前が櫛を送った子に、その櫛で髪を梳かれるとしたら?」

 

「え?」

 

「いやな、別にこれは伝統ってほど大げさなものじゃないんだが、神直家の人間は自らの伴侶になる人に自分が使ってるのと同じ櫛をプレゼントして、それで髪を梳いてもらうっていう習わしみたいのがあんのさ。実際私以前の代の人もそうしたみたいだし、私も旦那に櫛を渡してあるしな」

 

「つまり、何?自分がお気に入りの櫛をプレゼントしたって事は・・・」

 

「まぁ、それだけで言ったら、神直式のプロポーズだわな」

 

「はぁ!?いやいやいや、違う、違うから!って言うか誰だよ、そんな動物の夫婦の毛繕いみたいなこと始めたやつは!」

 

「動物の毛繕いってお前・・・」

 

 先代から長々と告げられた事実にロマンもへったくれも無いツッコミで返すと先代はげんなりと肩を落としたが、そんな事を気にする余裕は今の自分には無く、ただただ頭を抱え込んだ。

 意外に思われるかもしれないけど、一応自分にだって歴代の神直に対する尊敬の念はほんのちょっとくらいは持ち合わせている。実際に前に櫛屋で見た紙の花も凄いと思ったし、それを参考にもした。が、今回ばかりは言わせて欲しい。これ始めたやつハゲろと。

 

 いや、まぁ自分が普段通りだったらこれが悪いとは言わなかっただろうし、大人になってもし好きな人が出来たらこの伝統に則って櫛を送っていたかもしれない。かもしれないけど、今は最悪レベルでタイミングが悪い。

 そりゃあ自分だって輿水さんの事が好きか嫌いかの2択で言ったら好きって答えるけど、それはあくまで友達としてだし、あの櫛を贈ったのも輿水さんのCDデビューのお祝いをすることになって、たまたま自分が櫛にしようと思立って、それでたまたま輿水さんが自分が使ってるのと同じデザインのを手に取って見ていたからであって、別にそこに恋愛感情的なのは無かった。

 

 ・・・そう、そうだよ!恋愛感情が無かったんだから、意識する必要は無いんだよ!そもそも、自分が他人に髪の手入れをさせるっていうのがあり得ない話で、付き合いの長い先代にさえ手入れされるのには抵抗感があるのに、三ヶ月そこそこの付き合いの輿水さんなんてもっての外だろう。仮に輿水さんに髪の手入れをしてもらうとなったら、そりゃあもう嫌悪感満載になるはずだ。

 えっと、そうだな・・・輿水さんはどちらかと言うと梳くより梳いてもらう側だと思うから想像はしにくいんだけど、カワイイとか言っておだてたら、仕方が無いですねとか言いつつも案外ノリノリでやってくれるんじゃないかな?それで、ああ見えて頼まれたことはちゃんとしてくれそうだから、時折最近こんな番組に出ただとか、自慢話とかを挟みながら丁寧に梳いてくれると思う。そんな感じかな。うん。

 

 ・・・いやいやいや!そんな感じかな、じゃねぇよ!シミュレーションするつもりではあったけど、誰が気持ち悪い妄想を垂れ流しにしろって言ったよ!?それに別に嫌悪感も沸いて来ないし!これじゃあまるで・・・。

 

「と言うか、何でそういうことをもっと早く言ってくれなかったの!?」

 

 いよいよ頭の中がパニックになってきた自分はこの怒りを先代へとぶつけることにした。いや、別に怒っては無いんだけどね。ただ、この生まれて初めて感じる名状しがたい気持ちをぶつける先が欲しかっただけだ。つまりはただの八つ当たり。

 

「私だってお前がもっと大人になってからか、もしくは恋人が出来たときには言おうと思ってたよ?でもまさか中学生の内からそんな偶然があるなんて思わないだろうに」

 

 そりゃそうだ。ぐぅの音も出ないほど正論に自分はうずくまり、ゴンッと頭を一度廊下に打ち付けた。

 

「・・・今代の神直家当主、神直御堂はここでハゲ死にますので、先代とその旦那さんのお子さんに継がせてあげてください。それではさようなら」

 

「何馬鹿なこと言ってんだ、この思春期は」

 

 もはや自暴自棄になった自分の頭を先代はペチンとはたき、大きな溜息を吐いた。

 

「大体、何が気に入らないんだよ」

 

「何がって・・・」

 

「好きでも無い子に同じ種類の櫛を贈ったことか?それは別にいいじゃねぇか、他意は無かったってことで。それともあれか?やっぱりその子の事が好きだって気付いたからか?それも気にする程の事でもないだろう?好きになる事が悪いわけじゃないんだから」

 

「ぐ・・・」

 

 確かに言ってしまえばその程度の話だ。気持ちを伝えるとなれば話は別だけど、自分が輿水さんの事を思っている分には誰の迷惑にはならないだろうし。

 あぁ、でもちょっと待て、落ち着け自分。確かに輿水さんに髪を梳いてもらうのには嫌悪感を抱かなかったとはいえ、それがイコール好きだっていうのはちょっと結論を急ぎすぎてないか?そう考えた自分はうずくまっていた体を起こして正座の状態になると、ポケットからスマホを取り出してL○NEのトーク画面を開いた。

 

 よし、じゃあ輿水さんに次に会える日を聞こう。それで、その時に何も思わずに普段通りに接する事が出来れば自分は輿水さんの事が好きじゃなかったって事にして、もし何か思うことがあったなら、その時は多分そういうことなんだろうっていう事にしよう。

 自分は自分の気持ちに一旦整理を付けて、いざ尋常に!と気合いを入れながら人差し指を画面へと近づけた。が、その瞬間にトーク画面が電話の受信画面へと瞬時に切り替わり、スマホがブルブルと震えた。それを見た自分は、あっ電話だ。っと頭で考えるよりも早く白色の受話器が描かれた緑のボタンをタップしてそのままスマホを耳に当てていた。

 

『もしもし、神直君ですか?カワイイカワイイボクからの電話ですよ。嬉しいですか?嬉しいですよね!』

 

 何というか今一番聞きたくない声の主が電話をかけてきた。さっき気持ちの整理を付けたとは言ったけど、いきなりご本人登場はハードルが高すぎやしないだろうか。後のっけから輿水さんのテンションが異様に高いし、何より名乗っていない。

 対して自分の方はというと、あまりの急展開に思考が追いついておらず、ただただ頭に思い浮かんだ言葉を口に出していた。

 

「好きです」

 

『え?』

 

「でもゾウさんの方がもっと好き・・・でも無いです」

 

『えぇ・・・』

 

「それで、何か用?」

 

『ちょっと待ってください!今のは何だったんですか!?』

 

 むしろこっちが聞きたいくらいだ。自分は頭を軽く振ってどこかに飛んでいた意識を戻して、気を取り直しつつ誤魔化すために口を開いた。

 

「ごめん、今起きたところで、ちょっと変な夢見てたみたい」

 

『そ、そうだったんですか?なら良いんですが・・・って、やっぱりダメです!ボクからの電話には何時いかなる時もきちんと答えるようにしてください!』

 

「あはは・・・はい、次からは気を付けます」

 

 本当に次からは気をつけよう。せめて反射的に出る言葉をもしもしにする程度には。

 

『あんまり返事に元気がありませんが、もしかしてまだ寝惚けてます?』

 

「あぁ、うんそうかも」

 

 元気が無いのは色んな意味であなたのせいですが、根本的な原因は自分です。とは流石に言えるはずもなかった。と言うかこの時点で自分が輿水さんに対してどう思っているかが決まったようなもんじゃないか、とも考えたけど、今はちょっと混乱補正が入ってるからその考えは却下で。

 

『フフーン、やっぱりそうですか。では、そんな神直君の眠気を吹き飛ばすとっておきの情報があるんですけど、聞きたいですか?』

 

「うん、聞きたい」

 

 聞いて欲しいんだろうな、っと電話の向こうで輿水さんがウズウズしているのを幻視しながら自分は素直に答えた。

 

『全く、仕方が無い人ですねぇ!では、いいですか?』

 

 輿水さんはそこで言葉を切るとコホンと咳を一つ出して、とびっきり声を弾ませた。

 

『明後日、ボクのテレビの撮影現場を見に来ませんか?』

 

「・・・は?」

 

 

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