つっっっっっかれた!もう本当に疲れた!
あの後結局全部の紙を元通りに修繕した訳だけど、それがもう本当に大変だった。細かくバラバラにされた紙の修繕をやったことは過去にもあるけどそれが大量にあるとなれば事情が違う。
一応破れた紙の一部に触ればどの紙がどう繋がっていたかどうかはなんとなく分かるんだけど、繋がっていた紙を見つけ出すのは当然だけど手作業だ。それだけならまぁ百歩譲っていいんだけど何事にも限界というものがあるように、この力は残念ながら無限に使えるわけじゃない。
紙の修繕は一日に十枚しか出来ません。みたいな制限は無いんだけど、紙の修繕の際に破れた紙同士が繋がっているのを頭に思い浮かべながら切断面に触らなければならない。それが結構集中力を使う作業で体力的には問題は無いんだけど精神的に疲れる訳で、要するにデスクワークをしているのと多分なんら変わりない。
そういう訳で自分の限界が力の限界になるわけだけど、自分がひーこら言いながら紙の修繕をしていると美城さんからかなり不思議そうな顔をされた。
まぁ多分美城さんは先代の修繕作業を見たことがあるっぽいから分からないでもない。あの人は鼻歌歌いながら右手で修繕しつつ左手で絵を描けるレベルの変態具合なので、これくらいで疲れている自分に疑問を持ったんだろう。それを察して、先代ってああ見えて天才なんですよ、と言うと美城さんは眉根を寄せた。
うん、信じられないのは分かるよ。自分もそうだったから。
そんなこんなで作業を終え美城さんに修繕した紙束を渡し、行きの分と帰りの文の電車賃と今日のお昼代とお小遣いを貰った自分は一階の広場にあるというカフェに直行した。
お店のおしゃれな雰囲気にちょっと気圧されたけど、疲れていた自分は即座に店員さんから温かいおしぼりをもらい、注文は後で取らせてもらいますと言って店の外の席の端の方にだらんと腰かけ、おしぼりを顔の上に乗せた。
それから数分の間その体勢のまま過ごしていると疲れが引いてきて、それと同時に頭も回るようになってきた。そうなってくると自分の今の体勢がかなり怪しい感じになっているでは?と今更ながらに不安になってきて、顔の上のおしぼりをどけようと思い立ったところでこちらに歩いてくる音が聞こえた。
足音的にかなり近い。これは注意されるなと思ってビクビクしてると、ポンポンと肩を叩かれた。
「あの、もしかして神直君ですか?」
「え?」
まさか自分の名前が呼ばれるなんて思ってもなくて、驚いた自分は顔のおしぼりを退けて肩を叩いた人を見た。
「・・・あれ、まだ疲れてるのかな。輿水さんの幻覚が見える」
「幻覚じゃなくて正真正銘本物のボクですよ。ってちょっと、何でまたおしぼり顔に乗せようとするんですか!」
ここには居ない筈の人の幻覚が見えたから再びおしぼりを元の位置に戻そうとすると、幻覚がおしぼりをひったくってきた。
おかしい、この幻覚、質量があるぞ。と思いつつ強制的に開けた視界に映ったのはやっぱり輿水さんの顔だった。
「えっと、おは・・・こんにちは。こんなとこで何してるの?」
「ここはボクが所属する事務所ですので、ボクがいるのは当然のことです。それよりも、ボクはどうして神直君が居るのかが疑問なんですが」
あ、ここってアイドルの事務所やってる所だったのね。城みたいな所に入った時に美人さんのでっかいポスターがあったからそうかなぁ程度には思ってたけど、まさか本当にそうだったとは。
というか輿水さんって東京の事務所に所属してたんだね。それがたまたま今回かち合っちゃったのか、世間って案外狭い。
「自分はしご・・・私用で来ただけだよ。親戚がここで働いててさ、見学に来たんだよ」
「はぁ、そうだったんですか」
輿水さんの後ろに呆然とした、多分輿水さんの知り合いと思われる人が見えたので仕事と言いかけたのを訂正して嘘を言っておく。仕事って言っちゃうともし追及された時が面倒だしね。
「え?なになに、この子、幸子ちゃんの友達だったの?」
「はい。ボクの学校のクラスメイトの神直君です」
「幸子はんの同級生いうたら山梨の子やんなぁ?それはまたこんなところで、偶然やなぁ」
さっきまで呆然としていた茶髪の人が輿水さんに問いかけたと思ったら更に後ろからすごい和風美人さんが現れた。もしかしてこの人たちもアイドルだったりするんだろうか。それにしてもお宅の事務所レベル高すぎない?
ちなみに友達というのを輿水さんが認めてくれたのが嬉しかったのはここだけの秘密だ。
「初めまして、神直御堂といいます」
「初めまして!私は姫川友紀だよ。よろしくね!」
「うちは小早川紗枝いいます。よろしゅうに」
とりあえず輿水さんからご紹介に預かったので、席を立ち普段やっているのと同じように腰を曲げて挨拶しておく。その時に視界に垂れ下がった髪の毛が映ったので、ふと現在帽子をしていないことを思い出した。
自分は腰を元の位置に腰を戻しテーブルの上に放りっぱなしだった帽子を取ってそれを深く被った。すると姫川と名乗ったお姉さんにちょっと残念そうな顔をされた。
「せっかくキレイな髪なのに、帽子で隠しちゃうの?」
「自分には似合わないものなので、その・・・あんまり見られたくないんです」
「そうだったんですか?ボクは普段から見ていますが、そんなことないと思いますけど」
「え?」
さすがに姫川さんみたいな人に髪がキレイと言われるのはちょっと照れる。でもそんな髪も顔とセットで見ると残念仕様に早変わりするから困り者だ。
そういう訳で自分はこれだけは譲らないと意思表示するように帽子のつばを強く握ったんだけど、そうしたら何故か輿水さんからのフォローが入った。いや、自分でも思うけどさすがにそんなことは無いだろう。もしかしたらあれか、自分は普段髪を後ろで纏めているからか。あれならまぁ、見れないこともないし。
とは言えこれ以上髪のことを追求されるのは面倒だし、話題を変えることにしよう。
「ま、まぁ自分のことは気にしないでください。ところでそっちのお三方はどういった集まりなんですか?」
「フフーン、よくぞ聞いてくれました!実はですね、ボク達三人は・・・」
「あ、居た!おーい!」
輿水さんが得意げな顔をしてさぁ喋り出すぞというタイミングで遠くの方からこちらの誰かを呼ぶ声が聞こえた。多分自慢したいことがあったのだろう、それをキャンセルされたことに微妙に不満顔の幸子さんが振り返り、自分もそちらの方へ視線を遣るとサイドテールの女の人がこちらに小走りで駆けてきているのが見えた。
あれ、なんかあの人は見たことがある気がする。確か先代と料理番組を見ていた時に出てた気がする。名前は・・・なんだっけな。
「あれ、響子ちゃん、そんなに慌ててどうしたの?」
そうそう、響子さん・・・五十嵐響子さんだっけ。輿水さん、姫川さん、小早川さんもアイドルっていうのは分かってるんだけど、やっぱりテレビで見たことある人が目の前に現れると何かおぉ~本物だ、と変に感心してしまう。
しかし何だ、それはそれとして人口密度の9割が女の人とか正直落ち着かない。
「はぁ、はぁ、えっとね、実はさっき事務所に用事があって寄ったんだけど、その時にプロデューサーさんから幸子ちゃんと友紀さんと紗枝ちゃんもがCDデビューするって聞いたんだ。それでね、これはお祝いしなきゃって思って!」
「・・・CDデビュー?輿水さん歌うたうの?」
「そうです!いやー、これは神直君としてはボクを祝わざるをえませんね!」
「え、なにそれ凄いじゃん!うん、いつか祝わせてもらうよ」
自分とは関係無い内容だと思って五十嵐さんの話を聞き流していると何やら気になる単語が耳に入ったので小声で輿水さんに問いかけると、ドヤ顔に満面の笑顔を混ぜてこちらへ振り向いた。
相当に嬉しかったんだろうな。さすがにこうも喜色満面とされると素直に祝福したくなる。
「それでね、プロデューサーに事務所でパーティーを開いていいって許可ももらったし、寮の皆も誘って一緒にどうかなって」
「ボクをお祝いするなんて、さすが響子さんですね!」
「本当に?えへへ、ありがとね、響子ちゃん!」
「おおきになぁ。うちそういうのあんまり経験ないからほんま嬉しいわぁ」
「せっかくの三人のデビュー記念日だもんね!でも本当のことを言うと、お祝いの飾り付けもしたかったんだけど、今からとなると時間がかかっちゃうから・・・ごめんね」
五十嵐さんが申し訳なさそうにそう言うとデビュー組の三人はいいよいいよ、と笑った。さて、どうやら今からこの人達は身内でパーティー的なことをするみたいだし部外者である自分が居ても仕方ない。
出来るだけ気づかれないようにこの場からフェードアウトしようとすると何故か袖を輿水さんに引っ張られた。
「どうしたの?」
「えっと、つかぬことをお聞きしますが、神直君ってパーティー用の飾り付けって出来たりしますか?」
「あー・・・」
なるほど、輿水さんからしてみればこの力を使えば紙限定ではあるけど飾り付けは出来ると思ってるんだろう。その予想は正解で、紙の形やら色やらを変えれば簡単に出来る。ただ、今自分はやや疲労が溜まっている状態なのでやりきるにはちょっと無茶しなくちゃならない。
そんな訳でちょっと答えを濁していると輿水さんがちょっと残念そうに呟いた。
「あ、すいません。今のは聞かなかったことにしてください」
「・・・えっと、やっぱり飾り付けやりたいの?」
「勿論です!ボクは祝われるのは当然ですから!・・・それで、あの、友紀さんと紗枝さんにはお世話になっているので、やっぱりちゃんとしてあげたいなって思うんです」
いつもよりもしおらしく、ちょっと照れくさそう輿水さんは言った。きっとこの子は自分の事ばかりじゃなくて、本当はきちんと他の人のことを考えているんだな、と感心してしまった。
そんなことを聞かされて力になれないと答えるほど自分自身冷たい人間のつもりはない。まぁ、無茶くらい通してなんぼでしょう。
「よし、分かった。飾り付け、やりましょう!」
自分の返答で輿水さんが笑顔になる。それがなんとなく、本当になんとなくこの世で一番うれしい事柄のように思えた。