A.よく調べずに語感で名前を決めたからです。
「んぁ・・・あれ、いつの間に寝てたっけ?」
目を覚まして直後、自分の体に妙な浮遊感を覚えたのでさっきまで自分は寝ていたことを自覚する。さっきまで眠れなかったのに意識が落ちる時は本当に一瞬だった。
(それだけ疲れてたってことかぁ)
横向きに寝ていた体を仰向けに変えて、見慣れた天井を右腕で隠しちょっとの間後悔すると同時に昨日とさっきのことを思い出す。
飾り付けを終えた後、自分はせめて一言だけでも伝えないと失礼だと思ってふらつく足を抑えつつ何とか美城さんの所へたどり着いたのはいいんだけど、さぁ帰りの挨拶をしようと対面した時のことだった。美城さんの眉間に盛大に皴が寄った。
ただでさえ鋭い目がさらに射殺さんとばかりに鋭くなったときは一瞬逃げ出そうとさえ思ったほどだけど、残念ながら自分にはそんな体力が無かった。これはやばいと思ってビクビクすることしか出来ずにその場から動けないでいると美城さんから声がかかった。
「お前、一瞬見ない間に何があった?」
「はえ?あ、はい?何が?」
「自覚が無いのか、それとも知っていてその態度なのか分からんがまず鏡をみることをお勧めする」
「?」
美城さんは自身のカバンから手鏡を取り出して自分に突き付けた。近くまで歩いて行ってそれを覗き込んでみたら、なんとまぁそこには帽子被った青白い顔の自分によく似た誰かさんが映っていた。あれ?もしかしなくてもこれ自分か?
「もしかして自分ってさっきからこんなんだったんですか?」
「自覚が無かったのか・・・。少なくとも、お前が仕事を終えた後はここまで酷くは無かったぞ」
「はぁ・・・」
そう呆れた声で言った後に手鏡をカバンに仕舞い、またこっちに眉間に皴の寄った顔を向けてきた。自分としてはすれ違う人に心配されないように頑張って隠してたつもりだったんだけど顔に出てたらしい。
あぁ、それでか。なんか途中で何故かキノコの生えた鉢植えを持った子とすれ違った時にものすごい顔をされたのは。
とにかくこんなに状態が悪いならさっさと帰って寝るべきだ。自分は改めて美城さんに向き直って姿勢を正した。
「何にしても仕事は終わりましたし、この辺で帰らせていただきますね。今日はありがとうございました」
出来るだけ死にかけの顔を取り繕い、帽子を取って頭を下げる。切り上げ方が多少強引なのは分かっているけど、自分の顔を確認してからは余計に気分が悪くなった気がするので許して欲しい。
そんな思いも込めながら下げた頭を元の位置に戻したら、相変わらず美城さんの眉間には皴が寄ったままだった。というか気持ち増えているように感じる。
もしかしてさっきのが気に入らなかったのかと思って首をかしげると、それこそ気に入らないとばかりに溜息をつかれた。
「そんな状態で一人で帰れる訳がないだろう。送って行ってやるから少し待て」
「え?自分の家知ってるんですか?そもそも、ここからだと大分遠いし・・・」
「お前の家は知っている。これ以上口答えするな」
「あ、はい」
有無を言わせぬ迫力というのはきっとこういう事を言うんだろうね。目の前の不良よりよっぽど怖い人を見つめて自分はそう思った。
「準備が出来た。さあいくぞ」
「・・・?この手はなんですか?」
「その様子では歩くのも辛いだろう。こちらに寄りかかってもいいから私の腕を支えにしろ」
気遣いってきっとこういう事を言うんだろうね。こちらと目も合わせずに淡々とそう言った自分よりもよっぽどイケメンなこの人の手を取らせてもらって自分はそう訂正した。
その後は特に何もなく美城さんに自分の家まで送ってもらい、我が家に着くなり自分はなけなしの体力で本堂に向けて挨拶を済ませ、さっさとお風呂に入り泥のように寝た。それが昨日の出来事。
そして今朝7時半、設定していたアラームよりも丁度1時間ほど回った時刻に起きた自分は未だに残る倦怠感を押してスマホで学校へ今日は風邪で休むと伝えた。
当然親御さんはどうしたんだと言われてしまったけど、今親は忙しくて電話出来ないだの何だのと適当にはぐらかしてスマホの受話器を置いたマークをタップした。
それからしばらく眠れずに布団の上でごろごろと頻繁に寝返りをうっているとスマホがブルブルと震えた。誰かなと思って画面を確認するとどうやら電話がかかって来たらしく、"先代"の二文字が画面に映っていた。
あれ、何かあったのかな?と思って自分は軽い気持ちで電話に出たけど、それが間違いだったらしい。いつもの調子でもしもしとお決まりの挨拶をすると、電話の向こう側から怒声を浴びせられた。
『もしもしじゃねぇ!お前風邪引いたんだってな。ならなんで真っ先にアタシに連絡しなかった!』
「・・・す、すいません」
あまりの剣幕に思わず謝罪の言葉が出てしまう。どうやら学校側がはた迷惑なことに自分の状態を保護者である先代に伝えたみたいだ。いや、それはともかく今は先代をなだめることを最優先にした方が良いな。
「その・・・連絡しなかったのは謝る、ごめんなさい。それとあともう一つ、実は風邪は引いてない」
『はぁ?じゃあ何で学校休んだんだよ。反抗期って訳じゃないだろ』
「実は―――」
自分は昨日の事を正直に話すことにした。どうせ今嘘を吐いても後でバレるのが目に見えてるし、何よりこのまま風邪の設定を貫き通してしまうと先代が旅行から帰ると言い出しかねない。
元凶が何言ってんだと思うかもしれないが、普段お世話になっている分こういうところで彼女の重荷になるわけにはいかない。
さすがに"アイドルのCDデビューの"という部分は伏せておいて、自分は昨日仕事の後に偶然会った友達のお祝いの飾り付けにハッスルしすぎて力を使いすぎて疲労してしまったことを伝えた。
それを聞いた先代は怒りを半分呆れに変えて電話越しでも分かるぐらいの重苦しい鉛色の溜息を吐いた。
『はぁ・・・つまりあれか?友達が出来たのが嬉しかったから張り切ったと?』
「うん、大体そんな感じ」
『本当にそれだけか?』
「別に他に何も無・・・・・・あ」
何故か先代が念を押してきたので昨日の出来事をもう一度思い返しみるけど特に何も思いつかったので、他に理由はないと返答しようとした瞬間、何故か分からないけど輿水さんの嬉しそうな笑顔が一瞬フラッシュバックした。
『・・・まぁいいや、とにかく今日は安静にしてろ。力の使い過ぎで倒れたってんなら今日一日休んだら治るだろ』
「え?うん、そうするよ」
『じゃあ切るぞ。体調がやばくなったら絶対に連絡しろよ』
「ありがとう。じゃあね」
プツンと通話が切れたので、自分はスマホの画面を消灯させた。その際暗くなった画面に自分の疲れた顔が映ったので、何となく見続けていたけどしばらくすると何の意味も無いことに気が付いてスマホのカバーで自分の顔を隠した。
自分の知る限り先代は人の感情に鋭い方だと思う。それだけにさっき自分が最後返答に詰まったのも多分気づいているだろうけど、それをスルーしたのが何か言われると思っていただけに意外だった。
でもまぁ自分でも分からないことを言及されたところで結局答えることが出来なかったので良しとしよう。そんなことは置いといて今は体を休めるべきだろう。自分は再び寝るために瞼を閉じた。と、ここまでそれがさっきの出来事。
(そういえば、今何時だ?)
さっきまでの思い出から帰って来た自分は目を覆っていた右腕をどけてそのまま枕元にあるスマホの元へと持っていく。視線は天井に向いているので見当違いな場所をポンポンと叩いてしまったが、何回かするとスマホの硬い感触が返ってきたのでそれを掴んで自分の顔の正面に持ってきた。
時間の確認を行おうとスマホのカバーを外してまた自分の疲れ顔と対面しようとした瞬間、珍しく母屋に備え付けられているインターフォンが来客を知らせる電子音を鳴らしてきた。
(宅配か何かかな。でも何か注文してたっけ?)
昨日よりかマシになった体を持ち上げて自分は玄関へと向かった。
「はーい。何か用で・・・」
「こんにちは。昨日ぶりですね」
「・・・あれ、まだ疲れてるのかな。輿水さんの幻覚が見える」
「幻覚じゃなくて正真正銘本物のボクですよ。っていうかそれ昨日もやりましたよね!?」
目を擦ってみてもやっぱり目の前にいるのはどう見ても輿水さんだ。それにこのツッコミは本人以外あり得ない。それにしても輿水さんがここに来たってことは既に学校の放課後以降の時間になってるってことになる。
いや、ちょっと寝すぎたな。
「それで、輿水さんが何でここに?」
「この前神直君が来てくれた理由と同じです」
輿水さんは自身のカバンから紙を数枚とノートを取り出してこちらに手渡してきた。なるほど、今日の授業で配られた分のプリントか。そう言えばよく考えたら自分の家を知っているのは輿水さんくらいだったね。
まぁ自分は輿水さんの家を知らなかったのに行かされたけどさ。
「ありがとう、助かるよ」
「フフーン、どういたしまして。ところで先生からは風邪と聞いていたんですが、本当に悪そうですね。ちゃんと栄養取ってます?」
「えい・・・よう・・・?」
「あのー、そんなキョトンとされても困るんですが・・・。もしかして今日のお昼何も食べてないんですか?」
「えーっと・・・」
輿水さんにそう言われて気づく。自分っていつから食べてないんだろうと。あ、そうだ。
「昨日のお昼から何も食べてな・・・嘘です、いっぱい食べました!」
「いや、ちょっと、さすがにそんな雑な誤魔化し方じゃボクを騙せませんよ!っていうか昨日のお昼からですか!?」
本当のことが口をついて出てしまったので心配はかけまいと慌てて訂正しようとしたけどどうやら遅かったらしい。今まで見てきた顔のどれよりも驚いた表情をこちらに向けて来た。
「そんなんじゃ治るものも治りませんよ!ちょっと待っててください!」
「え?どこに行くの?」
「コンビニです!」
「なんで!?あ、ちょっと、階段、階段に気を付けて!!」
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「はい、お粥です。レトルトで申し訳ありませんが」
「ううん、ありがとう。じゃあいただきます」
あの後コンビニにダッシュで向かっていった輿水さんは自分の為にお粥やその他スポーツドリンク、冷えピタやら何やらの風邪を引いた時の定番アイテムを買い揃えて来てくれたので、輿水さんを家に上げて居間へとご招待した。
どうしよう、買ってきてくれたのはすごく嬉しいんだけど、実は風邪じゃないって言い辛くなってしまった。
「全く・・・ボクが来たからいいものの、悪化したらどうするつもりだったんですか?」
「・・・す、すいません」
今朝もこんなような謝罪をしたなと思いつつ自分はお粥に箸をつける。久しぶりのご飯なせいか妙に美味しく感じられて輿水さんの呆れ顔をよそに自分はどんどんお粥をかき込んでいき、あっと言う間に平らげた。
「ごちそうさま。はぁ~、美味しかった・・・」
「ボクがレンジでチンしましたからね。カワイイの入った料理が美味しくなるのは当然です」
「輿水さん、せめてツッコみどころは一ヶ所にしよう」
お粥の入っていた茶碗をテーブルに置いて一息ついて、ふと視線を右にやると冷えピタの箱が見えた。せっかく買って来てもらったものだし、貼り付けとこうかな。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?何?」
体が熱くない時の冷えピタってなんか微妙に不快だなと思っていると、輿水さんがさっきとは打って変わってなんだか申し訳なさそうな様子で自分の顔を伺ってきた。
「もしかして神直君が風邪を引いたのは、昨日ボクが飾り付けを頼んだからですか?」
「・・・何でそう思うの?」
「飾り付けが終わるちょっと前に神直君がふらついてましたし、すぐに帰ってしまったので、それでと思って・・・」
・・・これは、何というか嫌だな。昨日見た笑顔が何だか今の悲しそうな顔で塗りつぶされていく気がする。
当然、無茶して体調を崩すと他人にまで迷惑がかかることくらいの常識は自分の頭にもあった。だけど、こんなことになるのなら無茶なんてするんじゃなかった。
今後この目の前の人の顔を歪めるような無茶はしないでおこう。
「いや、そんなことないよ!今回はたまたまだよ!」
「・・・そうならいいんですが。あ、いや、勿論風邪を引くこと自体はダメなことですよ?」
「うん、今後は体調管理をもっと気を付けるよ」
努めて明るく自分なりの笑顔でそう言うと多少なり信じてくれたのか、顔にほんの少し笑顔が戻る。さて、これ以上家に引き留めるとこの人の親御さんに心配がかかるだろうし、そろそろ帰ってもらった方がいいかな。
「今日はありがとね、輿水さん。でももう時間も時間だし、今日は帰った方がいいんじゃないかな」
「おや、もうこんな時間でしたか。それではそろそろ失礼させていただきますね。あ、ちゃんと晩御飯も食べてくださいよ」
「はい、ありがたくいただいておきます」
自分は席を立ち輿水さんを玄関まで見送り、再び居間に戻った。さすがにお粥一杯じゃ足りなかったらしく、お腹がぐぅと鳴ってしまう。
晩ご飯にはちょっと早いけど、買って来てもらった残りの食料を食べてしまいますか。