アルゴルの悪魔   作:オールドファッション

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日常ギャグパートである。


平和な日常を謳歌する

 形なき島は神々の座を追われたモノ達が行き着く流刑地である。小さな島には地面の代わりに敷き詰められた神殿しかない。かつては美しかったはずの神殿も永い時から海風に晒されてところどころが風化している。

 豊かな森も、動物たちも、華やかな供物も望めない。寄せ返す波の音だけが移住者の孤独を苛む。

 

 本来は波の音しか聞こえない島に足音が聞こえる。小さな靴革が神殿の石床と擦れる音。

 神殿の奥から少女が大量の何かを持って現れる。それは少女の身の丈よりあり、それを軽々と運ぶ少女の人ならざる怪力の一端を露見させていた。

 長い髪は東方の絹糸のように、白い肌は処女雪のように。されど彼女はヌビアの砂漠よりも乾いた目でこの世を静観している。

 

 少女は神殿の柱から突起した燭台を見て口に弧を描き、ローブに仕込んである鎖を巻きつけた。鎖の端が蛇の様に伸びてほかの燭台に巻きつける。張られた鎖の線を前にして、少女は足元に置いたそれにしゃがみ込み――――

 

 

 

 山のような洗濯物を取り上げた。

 

「ふう……」

 

 籠の中にはどれもフリルやリボンの多い、高価な絹や麻で編まれた衣服ばかり。少女は一つ一つ丹念に手洗いし、河で几帳面に濯いで鎖の端から順にかけていく。少女は甲斐甲斐しく洗濯物を処理していった。

 全てを干し終えると少女は柱台に腰掛け、ぽかぽかと差す日差しの下で、乾いた風は彼女と洗濯物の間を駆け抜けていく。

 

「ちょっと洗濯物がたまってたけど、久しぶりにいい天気で良かったです」

 

 身体中に太陽の温もりを浴び、ぽやんとどこか間の抜けた顔をする。こんな平和な時がいつまでも続くようにと願いながら日々を過ごしているのだ。

 

『見つけた、メドゥーサ……!』

「――――!」

 

 突如神殿に怒りに孕んだ声が響く。

 その声は年若い女性のもので、その美声から声の主が美少女には間違いないと確信できる。

 

「あ、あああ……!」

 

 しかし相対するメドゥーサと呼ばれた少女は、その声を聞いた途端にこの世の終わりを迎えたように萎縮する。深層心理に織り込まれた恐怖を呼び覚まされるようなトラウマだった。

 

『また鎖を物干し竿代わりにして!鉄臭い匂いが移るからやめなさいと言ってるでしょう!』

「お、お許しください、姉様。あの、便利なもので、つい……」

 

 声の主は段々と”音もなく”後ろから近づいてくる。その美しい声音が近づくたびにメドゥーサの震えは増した。

 

『いえ、今日という今日は許さない!』

「ひい!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 声の主はメドゥーサのすぐ側まで来ていた。もうだめだ、おしまいだと頭を抱えて自分の最期を待つ。

 声音が耳元でこう囁くと―――

 

「て、なると思うからやめた方がいいと思うよ」

「うわあああああああああああああああ!!!」

 

 姉の声真似をして近づいていたスキアレウスに、メドゥーサはキレのあるハイキックをお見舞いした。彼女の足技は彼の顔面を捕らえたが、彼の特性故に触れることなくすり抜ける。しかしそんなこと関係ないと言わんばかりに連続で足技を見舞った。

 

「姉様の声を真似して、近づかないでと、いつも言ってるでしょう!」

「いつも言っているのは僕も同じなんだけど……どうせまた姉さん達にお仕置きされるのに、君も学習しないよね。それともお仕置きが癖になっちゃったのかな?」

「うるさい!バカ!変態!」

 

 スカスカと空を切る音を楽しんでいたスキアレウスだったが、視線が下へ向くとその薄い笑みが凍りつく。少しのうち逡巡したスキアレウスは、メドゥーサから視線を外しながら、言いにくそうに口を開く。

 

「あー、……メドゥーサ?そろそろ蹴るのをやめた方がいいと思うよ。その方が君にとってこれ以上傷を広げるようなことはないはずだし」

「何を言ってるんですか?私の怒りが収まるまではサンドバックになってもらいますよ!」

「君は物忘れが多いタイプだろ!いや、そうに違いないんだ!朝着た服を覚えているならこんな愚行には走らないだろうからね!」

 

 その言葉でメドゥーサの表情も凍りつく。そして自分の来ていた衣服を思い出して、青ざめた顔色に朱色が差した。そんな彼女にトドメを刺すような言葉を、スキアレウスはいつもの空虚な笑みで発した。

 

「背伸びをするのはいいが、個人的には黒よりも白の方が君にあっていると思うよ」

「○ねええええええええええええええええええええええ!!!」

 

 いつもより威力のある足蹴りはメドゥーサの体力が尽きるまで続いた。

 

 

 

 

 

「はあ…はあ……」

「あ、終わった?」

「あ、あなたねぇ……!」

 

 息も絶え絶えに片膝をついているメドゥーサに、石床に寝っ転がって居眠りをしていたスキアレウスは声をかける。メドゥーサは目で何か訴えていたが、諦めたのか、気力が尽きたのか、それから先の言葉は出なかった。もし彼女に石化の魔眼が発現していたら、石にされた上に砂状になるまで殴打されていただろう。

 

「僕もこんなことはしたくはないけど、君が言っても直さないからさ」

「それでも姉様の声を真似る必要ないですよね?」

「いや、こうした方が効果的だって君の姉さん達が言ってたから」

「くっ!これも姉様達の教育の賜物ですか!」

 

 姉達の教育の影響というよりは、素でメドゥーサが怖がるのが面白いだけなのだが、スキアレウスは笑顔で黙っていた。

 メドゥーサは鎖に掛けた洗濯物を一から籠に戻す作業に追われる。しかし物がないこの島では鎖に掛けるくらいしか方法がない。だからと言って、姉達からお仕置きを受けるのも嫌だ。メドゥーサはこの山をどう処理するか悩んでいた。

 

「さて、そんな面倒くさがりな君に、僕が革命的なアイデアを提供しようじゃないか」

 

 スキアレウスが手を鳴らすと、神殿の奥からメイド服をきた褐色の少女が現れる。スキアレウスはこのメイド(カマリエラ)をマリエラと呼んでいる。

 

「マリエラ、例のものを!」

「はい、マスター」

 

 マリエラは何処からか取り出した物をメドゥーサに手渡した。メドゥーサは渡された奇妙な造形物を見て訝しむ。針金を三角状に曲げたものだとは分かるが、用途は分からなかった。

 

「何ですか、これ?」

「僕が西ヨーロッパ辺りを旅していた頃に考えたものでね。これを襟元から通して肩部分に引っかける。そしてこのフックを鎖に引っ掛けて吊るせば、鎖の匂いも移らず、しかも型崩れをしないという至高の一品なんだ!」

「おお!なんかまともそうです!」

 

 メドゥサーはこの革命的な一品に感歎するが、次に出た言葉が感動を打ち消した。

 

「僕はこの至高の品を『テオス・イペロホ・カロ・テリオス・オーモス』と名付けた!」

「おお……」

 

 この男、ネーミングセンスに関してはどこか残念だった。

 

「却下です。ただの針金にそんな仰々しい名前を付けないでください」

「!」

 

 理解できないという顔で衝撃を受けているスキアレウス。隣に立つマリエラは言葉の意味がよく分からないのか首を傾げている。

 

「そうですか?私はギリシャ語に疎いですが、語感的には良さそうではないですか」

「あなたの国でいうと『ファラオの肩』的な意味ですよ」

「あー……なるほど」

「マ、マリエラ?」

 

 すがるような眼差しを向けるスキアレウスの視線を、マリエラは見つめ返すことが出来なくて目を逸らした。

 項垂れるスキアレウスを他所に二人は洗濯物を処理する作業に移る。

 

「あ、末妹さま。それは日干しすると色落ちするので影に干してください」

「え、でもこっちの方が早く乾きますよ」

「末妹さま?」

「はい、すいません……」

 

 マリエラの謎の迫力に気圧されたメドゥーサは、それからは真面目に洗濯干しに従事した。

 しかし量が量なだけに時間がかかる。いや、そもそもおかしい。なんで物のないこの島に大量の衣服だけがあるのだろう。メドゥーサは手に取った服が目新しいものだと気づく。

 

「あれ、こんな服ありましたっけ?」

「それはマスターがデザインしたものを私が縫ったんです」

「……こういうセンスはあるんですよね」

「ちなみに末妹さまが履いてらっしゃる下着もマスターがデザインしたもので―――」

「スキアレウスううううううううううう!!!」

 

 足技の訓練はもうワンセット続いた。

 

 

 

 

 

 食事の準備はメドゥーサとマリエラが行う。メインは島の端にある畑や果樹園で収穫した作物と養鶏の卵と海魚がほとんどだ。しかし毎日おなじメニューだと上の姉妹たちが文句を言うので、時々メドゥーサが天馬に乗って牛肉を買いに行く。

 

 スキアレウスは料理はできないが、食事の飾り付けや献立は彼が考えたものだ。旅をして見てきた珍しい料理の知識と持ち前のセンスを持ち得て創意工夫を凝らしている。この島では食か他者を弄るくらいしか娯楽がない。あの性悪な姉たちの機嫌を取るために三人は必死だ。

 

 メドゥーサも必死に料理に取り掛かるが、何分面倒くさがりな気質があるため、時々分量が適当だったりする。当然、それは料理の出来も歴然とした差が生まれる。

 

「メドゥーサ、ちょっと塩が多すぎやしないか」

「これくらい大丈夫です!」

「これも生焼けっぽいけど」

「こ、これくらい大丈夫です!」

「これ、がっつり卵の殻入ってないかい」

「……だ、大丈夫ですよね?」

「……まあ、君がそれでいいのなら構わないけど」

 

 忠告を諦めたスキアレウスは果物の入ったカゴから熟れた林檎に触れる。当たり前に手は林檎を通り抜けるが、彼の手には黒いもやのような物体が握られていた。彼がそれを口に入れて咀嚼すると、しゃくりと歯ごたえの良い音が鳴り、口の中に爽やかな林檎の甘さが広がった。

 

 スキアレウスは”影”を食べることができる。これはスキアレウスが陸に上がった頃から明らかになった特異性である。

 無論、スキアレウスは空腹という状態は存在しないので、食事という行為は本来は無意味である。だが、影を食すことで彼は老化を止めることができた。以前は10歳程度であったが、今は18歳で成長が止まっている。

 

 そして影を取られたものにも変化が生じる。

 

 メドゥーサは先ほどスキアレウスが触れた林檎を手に取り切っていく。そこで味見、というよりはつまみ食いのため一切れを口を入れた。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!?」

 

 メドゥーサの口の中に不味さが広がる。不味い。ただただ不味い。めちゃくちゃ不味い。この世の全ての不味さを煮詰め、それを凝縮したような不味さがそれだった。林檎の甘みはなく、酸味と渋みだけが味を主張する。林檎のシャキシャキ感は喪失し、砂のような不快な感触だけが支配していた。

 

 メドゥーサは思わずその場で嘔吐き、林檎を地面に吐き出す。そして、しばらくして落ち着きを取り戻すとスキアレウスを睨み付けた。

 

「こんな劇物を製造しないで下さい!体に害がなくても死ぬほど不味いんですよ!」

「ごめん、ごめん。小腹が空いちゃってさー」

「あなたお腹空かないでしょう!?」

 

 スキアレウスに影を取られたものは旨味を無くす。林檎は酸味と渋みのある砂に、パンは強烈な酵母臭を発するスポンジになった。不味くなっただけで、それが毒になるわけではない。しかし毒とその劇物の二者択一であれば、常人は迷いなく毒を飲み込むだろう。それほど不味いのだ。

 

「……」

 

 そんな劇物をマリエラは無表情のまま食していた。

 

「ちょ!?マリエラさん食べちゃだめ!ぺっしなさい!」

「……」

「林檎から手を離して!はな……やだこの人!力強い!?」

「あははは」

 

 結局、マリエラはこの劇物を完食した。メドゥーサが彼女に畏怖の念を覚えたのは言うまでもない。

 

 マリエラが鈴を鳴らすと神殿の奥から二人の少女が現れる。

 少女達はメドゥーサと似た容姿をしていたが、どこか間の抜けたメドゥーサと違い、歩く仕草の一つ一つから高い知性、気品、教養が見て取れる。二つに束ねた紫の頭髪と、フリルで溢れる純白のロリータ・ファッションは、原始的な少女の象徴を思わせ、世の男たちの理想を詰め込んだ傑作だった。男は名を呼ばれただけで喜びに我を忘れ、永遠の忠誠を誓うだろう。

 ……しかし、それは彼女のたちの本性を知らない者だけの話になる。

 

 長姉の名前はステンノ。その名は『強い女』を意味する。

 極度のものぐさであり、好きなコト以外には興味を示さず、どうでもいい相手には冥府の番犬も震え上がる程に冷酷な鬼姉である。

 

 次姉の名前はエウリュアレ。その名は「遠く飛ぶもの」を意味する。

 極度の気分屋であり、しかもズルい。黙っていれば怒られない、バレなきゃイカサマじゃなくてよホホホ、けど後でちょっと自己嫌悪しちゃう小悪魔小心次姉。ステンノに比べると、性格が少々ツンデレだったりする。

 

 彼女達の第一声は妹への罵倒(あいさつ)から始まる。

 

「遅いわよ、駄メドゥーサ。待ちくたびれちゃったわ」

「そうよ、駄メドゥーサ。私たちを空腹に苦しませるなんてひどい子ね」

 

 ステンノは銀細工のように輝く微笑みで、エウリュアレは屈託のない笑顔で妹を詰った。

 

「す、すみません!」

「まあ、いいわ。それよりも……これはなんて料理かしら」

 

 ステンノは平らに焼いたオムレツを指した。

 表面はきつね色に仕上がっており、切り分けるとふわとろな生地の中にほうれん草、ベーコン、玉葱、馬鈴薯など具沢山だ。

 

「トルティージャ。具沢山なオムレツのようなものだよ」

「いい匂い。美味しそうだわ」

 

 ステンノは優雅な仕種でトルティージャを召し上がる。口に入れられる料理が羨ましくなるほど、彼女の一連の動作は洗練されていた。

 

 一方、エウリュアレはサラダの盛り付けが気に入っているか、ずっと眺めている。

 

「このサラダには花びらが入っているのね」

「中々に美しいものだろう?食用の花だから問題なく食べられるよ」

「なんだか食べるのが勿体ないわ」

 

 姉達は出された料理に舌鼓を打ち、料理人たちに賞賛を送った。しかし姉達はメドゥーサの料理には未だ口をつけていない。それもそのはずであり、見た目や味の出来栄えはマリエラの方が優れている。

 

「あ、あの、姉様。私の料理もどうか召し上がってください」

「料理?あら、メドゥーサの料理はどこにあるのかしら?」

「そういえばマリエラの料理の隣にある残飯はなに?え、まさかこれが料理なの?そんなわけないでしょうね?」

「あ……うううっ」

 

 ぼろくそである。まあ、これが手を抜いたツケだと言われれば言い返せはできないだろう。

 涙目で項垂れるメドゥーサ。そんな彼女に助け船が出される。

 

「やめないか二人とも!たしかに比べると見劣りするだろうけど、メドゥーサは頑張って?作ってたんだぞ!」

「スキアレウス……」

「たとえ塩味が効きすぎて、中も生焼けで、卵の殻が入ってガリゴリして、うん!やっぱり同じ料理だと思えないほどの不味さだ!!これは擁護できないよ!!」

「人の料理を貶しながら、その料理を劇物に変えるの止めてくれませんか?」

 

 メドゥーサは死んだ目で自分の料理が残飯以下のものになるのを眺めていた。しかし何だかんだ言いながらも、自分の料理を食べるスキアレウスを見て彼女は嬉しそうにしている。そんな彼女を見て、姉達も内心では嬉しかった。

 

 形なき島は今日も平和だ。

 この島にいる全員がこんな日が続くことを願い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

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