やはり俺の転生生活は間違っていない。~転生先は蒼き人魚の世界~   作:ステルス兄貴

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今回は主席としてシュテルが苦悩します。


11話

 

 

ドイツのキール海洋学校へ無事に入学を果たしたシュテル、ユーリ、クリスの三人。

入学式当日は、授業はなく本格的な授業は入学式の翌日から始まった。

そして、まずは小等部までの復習の為、午前中の一般学科の各授業の後には小試験が行われ、午前中の最後の授業にてその授業以外の小試験用紙が生徒達に返却された。

 

「それじゃあ、午前中にやった小試験の答案を返すわね」

 

ミーナ教官がクラスメイト一人一人の名前を呼んで答案を返却していく。

 

「次、シュテル・H・ラングレー・碇」

 

「はい」

 

「次、クリス・フォン・エブナー」

 

「はい」

 

「次、ユーリ・エーベルバッハ」

 

「はい」

 

次々とクラスメイトの答案が返却されて行く中、

 

「クリス、どうだった?」

 

「シュテルンこそ‥‥」

 

「「せーの‥‥」」

 

シュテルとクリスは互いに答案を見せ合う。

すると、僅差でシュテルの勝ちだった。

 

「くっ‥‥れ、連敗‥‥」

 

クリスは項垂れ、orzのポーズをとる。

 

「素直に全敗と言いなよ」

 

シュテルはドヤ顔でクリスに負けを認めろと言う。

 

「ユーリはどう?」

 

「私じゃ、シュテルンとクリスにはついていけないよ」

 

シュテルとクリスはそれぞれ主席、次席であるが、ユーリは平凡な成績の為、二人にはついていけないと言う。

 

「貴女達、静かに。続きは休み時間にしなさい」

 

ミーナ教官が笑みを浮かべながらシュテル達を注意する。

 

「「「す、すみません」」」

 

勿論三人にミーナ教官に逆らうなんて選択肢はなく、素直に謝罪する。

 

「それぞれ競い合うのはいいけど、一般学科の点数だけではその辺の普通の中学生と一緒で、海洋学校の主席、次席とは言えないのよ。もっと自覚をもちなさい。例えば授業態度とかね」

 

「「は、はい」」

 

(う~ん‥そう言われても主席の自覚って一体‥‥こういう場合、雪ノ下さんなら上手く立ち回れたんだろうな‥‥あの仮面と強化外骨格で‥‥雪ノ下は‥‥微妙だな、アイツは、確かに成績は良かったが、人間性として常に他人を見下す傾向があったからな‥‥)

 

シュテルはミーナ教官の言った「主席の自覚」と言う言葉に悩む事になった。

大体、シュテル自身、望んで主席入学した訳ではなかったからだ。

 

そして、昼食時‥‥

昼食は前世の小中学校時代の様に、教室で給食を食べるスタイルとなっていた。

長テーブルにはパンやスープ、おかずが入った容器が置かれ、それをお玉やトングで皿に盛り、プレートに乗せて席で食べる。

ライ麦パン、ソーセージ、チーズ、野菜スープ、ジャガイモのミルクかけ‥これが今日の昼食のメニューだった。

 

「碇さん。ほら、ぼさっとしないで」

 

クラスメイトの一人がシュテルにさっさと仕事をしろと促す。

 

「あっ、うん。それじゃあ、私はスープを‥‥」

 

「それは私の担当よ」

 

シュテルがスープを掬うお玉を取ると本来のスープ担当のクラスメイトがシュテルからお玉をとり、自分が担当であると言う。

 

「えっ?そうなの?じゃあ、パンを‥‥」

 

「そっちは私の担当」

 

スープには別のクラスメイトが居たので、自分はパンをやろうとしたら、パンにも担当のクラスメイトが居た。

その他のおかずにもそれぞれ担当のクラスメイトが居た。

 

「じゃ、じゃあ‥私は何を‥‥?」

 

パンもスープもおかずも担当のクラスメイトが配膳をするので、自分は一体何をすればいいのか分からず、オロオロしているシュテル。

 

「シュテルン、貴女は主席なんだから、全体をまとめる役だよ」

 

そんなシュテルにクリスが助け舟をだす。

しかし、

 

「えっ?全体?まとめる?」

 

全体をまとめろと言われてもそれが一体何を指しているのかシュテルには分からない。

 

「‥‥」

 

すると、クリスが、

 

「このおかずの一人分は、これぐらいの量で盛り付けて。それはその隣に並べて、そっちは先に配膳して」

 

と、全体をまとめるとはこういうことだと言わんばかりに体言する。

 

「‥‥」

 

シュテルはそんなクリスの後姿を見ている事しか出来なかった。

やがて配膳が終わり、それぞれが席に着き、昼食が始める。

 

「海洋学校ってなんでもかんでも席次順に分担や割り当てが決まっているんだ‥‥向き不向きに合わせて役割を変えたりしないの?」

 

パンを千切りながら今後はそれぞれ個人の適性を見極めるのだから、こうした給食の配膳や日常生活に関しても適性を見極めないのかと問う。

 

「あまり勝手に決める事はないみたいだね。それに、配膳や掃除の役割分担ぐらいで向き不向きを気にするほどの内容の仕事でもないでしょう。艦の幹部‥特に艦長や副長ならどの分担でも当然って事なんじゃないの?」

 

「な、成程‥‥」

 

同じ席のクラスメイトがシュテルに補足説明をする。

 

「でも、主席の分担が『全体の統括』って言うのがなぁ‥‥抽象的でよく分からないんだよね」

 

シュテルは千切ったパンをプレートの上に置いてフォークでソーセージを突っつきながら主席の役割がどうもイメージできない様子。

いくら前世と異なる家庭環境、友人関係とは言え、前後の人生の中で人の上に立つなんて事はこれまでなかった。

それがいきなり、海洋学校に入学してからいきなり人の上に立つポジションとなったシュテル。

しかもシュテルの家は貴族ではなく平民‥‥これで『戸惑うな』と言うのが無理な話である。

下に着くのであれば、上からの命令をただ淡々とこなしていればそれでいいのだから‥‥前世の文実がそのいい例だ。

 

(こんなポジションを常に狙っていた雪ノ下や文化祭の実行委員長に立候補した相模の気持ちがよくわからん。目立つことの何処が良いんだか?)

 

シュテルが前世の経験に思いふけっていると、

 

「でも、シュテルン。全体の統括‥それは一番重要な役割なんだよ。組織や艦においてはそれが味方の士気に強く影響するんだから」

 

「う、うん‥‥」

 

「まぁ、そこまで考え込まなくても大丈夫だよ。まだ入学したばかりなんだし、その内に嫌でも慣れるよ。それに次席の私がちゃんと私の役割を果たすから」

 

「次席の役割?」

 

「主席の補佐‥だよ」

 

「‥‥」

 

シュテルはこの先の学校生活に一抹の不安を覚えながらも午後の授業の為、今は目の前の食事に手をつけることにした。

そして、給食と昼休憩が終わり午後の授業となる。

 

「さて、午前中は一般学科だったけど、午後は専門の学科をやるわ。今日は兵学科よ。兵術概要の教科書を持って地図台の上に集合」

 

ミーナ教官が指示を出し、クラスメイトは教科書を持って地図台の周りに集まる。

 

「今日は専門学科の初日だから、小試験はしないけど、今日の内容は明日の小試験に出すからそのつもりでいるように」

 

『え――――!?』

 

「ふふ、そんなに嬉しい?ただ、今日は個人個人ではなく、全員で一つの課題をやってもらうわ」

 

そう言ってミーナ教官はチョークで黒板に兵学科の種類を書く。

 

「学科表を見ても分かる様に兵学科は大きく分けて、運用航海科、水雷砲術科、統括科の三つに分けられ‥‥」

 

ミーナ教官は運用航海科、水雷砲術科、統括科の下にさらに細かく分担される科を書いていく。

 

「更にその中でもこのように分類される。中等部では皆さんがどの科に適しているのかを成績で審査し、高等部にてそれぞれ専門の科に進んでもらいます。ただ統括科に関しては全ての科目が密接に関わっているわ。どれも幹部士官には必須だけど、一人で全ての専門家になる必要はありません。艦では一人一人が最善をつくす必要があるの。分かるわね?」

 

『はい!』

 

「では、全員でこの問題の解答欄を埋めるのが今日の課題よ。分からなければ教科書を見ても良いわ。ただ、明日もコレと同じ問題を出すけど、その時は教科書を見ちゃダメよ。では、始め!」

 

ミーナ教官が配った問題用紙を前にクラスメイトが頭を捻りながら問題にとりかかる。

 

「あれ?此処はこれで合っている?」

 

「ちょっと教科書を調べてみて」

 

「えっと‥‥」

 

「ここどうする?この問題?」

 

「あっ、その問題の答えってこれじゃない?」

 

「それは違うんじゃない?」

 

「えっ?どこ?」

 

「ほら、ここの『戦艦の定義』ってところ、造船学の授業じゃないんだから」

 

「砲数や排水量の分類じゃなくて定義を聞いているんだから」

 

「じゃあ、この『海上における移動砲台』ってことかな?」

 

「えっと‥‥多分‥‥」

 

「‥‥」

 

クラスメイト達はまだ知り合って二日目なのに互いに調べ合い、語り合っている。

ただそんなクラスメイトの様子をシュテルは一歩引いた所から見ている。

前世ではボッチだったシュテルはこの後世では完全なボッチではなく、クリスやユーリと言う親友が二人居るが、それ以上の同世代の人間とあまり関わらなかったので、こうした大勢の人間とのロールプレイングに対して苦手意識と言うか、戸惑いが隠せなかった。

 

(こんな時、葉山や由比ヶ浜ならばあっさりと適応できるんだろうな‥‥)

 

前世において表面上だけだが、あっさりと大衆の中にすんなりと入り込める葉山ならば、こんな風に戸惑う事はないだろうと思い、そんな所だけはちょっと羨むシュテルだった。

 

「ねぇ、碇さんはどう思う?」

 

そんな中、一人のクラスメイトがシュテルに意見を求める。

 

(ちょっ、俺に振るなよ)

 

「えっ!?ど、どうして私に聞くのかな?」

 

「『どうして』って‥貴女は主席じゃない。どっちかに決めないと‥‥」

 

「そ、そうだね、決めないとね」

 

シュテルは慌てて教科書を開いて正しい答えを導こうとするが、どうも決め手に欠ける。

一般学科ならば此処まで悩む事はないのだろうが、これは専門学科であり、今回はクラスメイト全員参加のロールプレイング。

もし、間違った答えをしたら、それはクラスメイト全員に間違った知識を植え付けてしまう。

そんなプレッシャーがシュテルを襲う。

 

「えっと‥‥えっと‥‥」

 

シュテルが答えに戸惑っていると、

 

「この場合は、『移動砲台』の方じゃないかな?」

 

またもやクリスが助け舟を出す。

 

「設問から言ってこっちの答えが正解だと思うよ」

 

「そうね」

 

「それじゃあ、こっちはどうかな?」

 

「それはね‥‥」

 

「‥‥」

 

クラスメイトはシュテルよりもクリスの方が頼りになると思い、クリスに質問をする。

その様子をシュテルはまた黙って見ているだけしか出来なかった。

そんなシュテルの肩にミーナ教官がポンと手をおく。

 

「きょ、教官」

 

「どうしたの?ボォーっとして、主席が取り残されちゃ、形無しよ」

 

「‥‥主席と言ってもそれはあくまでも数値の結果であり、それだけで人間性を図るモノじゃありません。私よりもクリスの方が頼られているし‥‥」

 

「エブナーさんは確かに明るく社交性が高いからああなるのも分かるけど、貴女自身にも何か出来る事はあるんじゃないかしら?」

 

「‥‥」

 

「今の自分に自信がないのであれば、変わればいいんじゃないかしら?」

 

「変わる?」

 

(この人も雪ノ下と同じ事を言うのか?)

 

シュテルは前世における自分が平塚先生の手によって無理矢理、奉仕部へとぶち込まれた時にした雪ノ下とのやり取りを思い出した。

結局あそこでは、何も変わる事はなかった。

一時は変われると思った自分も居たが、結局それは幻想で終わった。

むしろ悪化した為、前世では自らの命を絶ったのだ。

 

「変わると言っても全部変わる必要はないわ」

 

「えっ?」

 

「自分が良いと思う部分は残して、其処に新しいカテゴリーを足すだけで、人は変われる‥‥変われるから人なのよ」

 

「‥‥」

 

ミーナ教官の言葉はシュテルの中に響く。

平塚先生も雪ノ下も前世の自分にアドバイスなんてものはくれなかった。

あったのは罵倒と鉄拳制裁ぐらいだった。

それで、雪ノ下や平塚先生は更生、性格を変える、世界を変える、人を助ける、なんて御大層な事を掲げていたのだ。

しかも平塚先生なんて、殆ど奉仕部の活動に関しては放置して、自分に厄介事が降りかかった時だけ、その厄介事を奉仕部に‥自分に押し付けてくる。

だからこそ、こうしてアドバイスをくれたミーナ教官の言葉がシュテルの中に強く響いたのだ。

 

「シュテルン、シュテルンも来てよ」

 

ユーリがシュテルを呼ぶ。

 

「ほら、呼ばれているわよ」

 

「は、はい」

 

ユーリに呼ばれ、ミーナ教官に促されシュテルはロールプレイングをしているクラスメイト達の中へと入って行くが、主導権はクリスが常に握っていた。

 

 

放課後、何とかロールプレイングが終わり、寮に戻ったシュテルであるが、その顔色は優れず談話室で冷めた紅茶をマドラーでぐるぐるとかき混ぜている。

ユーリはそんなシュテルを心配そうに見ている。

 

「ね、ねぇ、クリス」

 

「ん?なに?」

 

「明日の兵術概要の課題だけど‥皆の取りまとめ役は主席って事になっているけど、その‥‥クリスがやった方が良いんじゃないかな?」

 

「‥‥なんで?」

 

クリスはシュテルの提案にちょっと不機嫌そうな声を出す。

 

「その‥クリスの方が、社交性があるし、今日の授業を見ると、皆は、私よりもクリスの方に信頼を寄せていたみたいだったし‥‥私が出来るだけクリスの補佐を‥‥」

 

「嫌よ!!」

 

「「っ!?」」

 

クリスは大声でシュテルの提案を断り、彼女の出した声で思わず体を震わせるシュテルとユーリ。

 

「私が今日、助け舟を出したのは私が次席で、次席の役割は主席の補佐だから。私は自分の責務を果たしただけよ。シュテルン、貴女もちゃんと自分の責務を果たしなさいよ!!」

 

「で、でも‥私は今日、何も出来なかったし‥‥」

 

「じゃあ、他の皆はちゃんと出来ていたの!?出来ていたら、皆は私に質問する事はなかったんじゃないの!?」

 

「‥‥」

 

「シュテルン。貴女は主席になったのは予想外でも、望んで此処に来たんでしょう?」

 

「う、うん」

 

「いい?高等部に上がって海に出たら、クラスメイト達は皆仲間になるのよ。今の内に協調性や社交性を欠いたままで海へ行けると思っているの?」

 

「うぅ~‥‥」

 

「シュテルン、貴女はやるべき事を間違えているわよ。私が主席の役目を果たすのは私が主席になった時よ。次席は主席の便利屋じゃないの!!」

 

クリスはそう言い残し、談話室を出て行く。

 

「‥‥」

 

「‥あんな姿のクリス初めて見たよ」

 

ユーリが先程のクリスの姿を見て意外そうに呟く。

 

「でも、クリスが言う事も当たっていると思うよ。一度の失敗ぐらいでそこまで凹むなんてシュテルンらしくないよ」

 

「いや、違うんだ」

 

「ん?」

 

「怖いんだよ‥‥」

 

「怖い?」

 

「ああ‥私の判断で皆に間違った知識を植え付けたり、間違った道に導いてしまうんじゃないかって‥‥それが原因でもし、取り返しのつかない事が起きたらと思うとそれが怖くて‥‥」

 

「でも、シュテルンがクリスにやろうとした事は責任転嫁だよ」

 

「‥責任‥転嫁‥‥?」

 

「うん」

 

(‥‥俺は責任から逃げていたのか‥‥?そして、その責任をクリスに押し付けようとしていたのか‥‥?それじゃあ、前世で葉山が俺にした事と同じじゃないか‥‥)

 

「それに皆だってバカじゃないよ。それぞれが自分の考えを持っているだろうし、シュテルン一人に何もかも全部を押し付ける事はしないと思うけど?」

 

「‥‥」

 

「シュテルンはまだ人と人との間に壁を作る癖があるけど、此処ではもう少し他の人も信用してみようよ」

 

「う、うん」

 

「それじゃあね、クリスにもちゃんと謝っておきなよ」

 

ユーリはそう言って自分の部屋に戻って行く。

 

(まさか、ユーリに諭されるとはな‥‥俺自身、この世界に生まれ変わって、自分自身変わったと思っていたけど、無意識の内に変わる事に対して怖がっていたか、まだ変わる必要が無いと思っていたのかもしれないな‥‥)

 

前世の普通科の学校と異なり此処は海洋学校‥‥クラスのチームワークが何よりも求められる。

シュテルはその点を完全に失念していた。

 

「よし!!」

 

シュテルは自分の部屋へと戻るとクリスはすでに不貞寝していた。

流石に起こすのは忍びないと思いシュテルはクリスに謝るのは明日にしようと思い、今、自分が出来る事をやり始めた。

 

 

「うっ‥う~ん‥‥」

 

深夜、クリスが目を覚ますと部屋の机の上にシュテルの姿があった。

シュテルは一心不乱で教科書を読み、ノートに何かを書き込んでいた。

 

「‥‥」

 

クリスはそんなシュテルの姿を見て、クスっと笑みを浮かべ、再び横になった。

そして朝、クリスが起きると、シュテルは机の上に教科書とノートを広げたまま、突っ伏した体制で眠っていた。

 

「シュテルン、シュテルン、朝だよ。起きなよ」

 

「うぅ~ん‥‥」

 

クリスがシュテルの身体を揺すって起こす。

余程遅くまで眠っていたのか、彼女の目の下には隈が出来ていた。

 

「クリス?」

 

「うん、おはよう」

 

「おはよう‥‥その‥クリス、昨日はゴメン。貴女に責任を押し付けるような真似をして‥でも、もう大丈夫だから‥‥クリスの負担を減らしてみせるから」

 

「うん、期待しているよ、シュテルン」

 

 

この日は、午前中から昨日行った兵学概要の授業からとなった。

ただ、授業が始まる前‥‥

 

「に“ゃっ!?」

 

シュテルの額にチョークが命中する。

昨日深夜遅くまで起きていた為、ほんの僅かな休み時間に眠っていたのだが、それが授業の開始になっても眠っていたので、ミーナ教官がシュテルの額にチョークをぶつけて起こしたのだ。

 

「おはよう、授業を始めるわよ。いいかな?碇さん?」

 

「は、はい」

 

ミーナはあのおっかない笑みを浮かべ、シュテルは額を手でさすりながら返事をする。

 

「では、昨日の予告通り、課題をやってもらう。よくできたら、午後は中等部で使用する練習艦の見学をさせてあげるわよ。では始め!!」

 

ミーナ教官の合図と共に今日は教科書なしで昨日の課題に取り掛かる。

 

「ここはどうだったっけ?」

 

「こうじゃない?」

 

「いや、こうじゃなかったっけ?」

 

「えっと、『戦略地点』?『戦略要点』?どっちだっけ?」

 

「う~ん‥エブナーさん」

 

クラスメイトがクリスに訊ねようとした時、

 

「そこは、むしろ『決勝点』と呼ぶべきじゃないかな?」

 

シュテルが意見する。

 

「えっ?」

 

「それで、こっちは‥‥」

 

「じゃあ、こっちは?」

 

「そこはね‥‥」

 

そして、シュテルはクラスメイトが分からなかった箇所に的確なアドバイスをしていく。

 

「ねぇ、シュテルン」

 

「ん?」

 

そんな中、クリスはシュテルに耳打ちをする。

 

「貴女まさか、一晩であの量を覚えたの?」

 

「さあ、何の事かな?」

 

「ねぇ、碇さん。此処はどう思う?」

 

「あっ、うん。ちょっと見せて」

 

シュテルはクリスの問いをはぐらかし、そのままクラスメイトの質問に答えていき、クリスも次席の責務として主席の補佐をして課題に取り組み、課題は無事に終わり、午後は中等部の練習艦の見学となった。

 

 

キール海洋学校の中等部はケーニヒ級戦艦を練習艦として使用していた。

前時代的な戦艦であるが、運用航海科、水雷砲術科、統括科に必要な適性を見極める為の装備は整っている。

特に戦艦ながら、50cm水中魚雷発射管単装を5基装備しているので、水雷を学ぶこともできる。

中等部合同教育艦、ケーニヒ級三番艦マルクグラーフの甲板には今年度の新入生たちが物珍しそうに周囲を見ていた。

 

「では、一四三〇まで自由行動とする。解散」

 

新入生達はマルクグラーフの砲や魚雷発射管を実際に触ってみてその感触を確かめるように触ったりしていた。

流石にマストの上には登れないが、前部艦橋の司令塔には登る事が出来た。

 

「此処が前部艦橋?」

 

シュテルが前部艦橋の司令塔に登って来ると其処には先客が居た。

 

「あっ、シュテルンも来なよ。良い眺めだよ」

 

其処にはユーリとクリスが居た。

 

「そうなの?マストの方が高くて見晴らしが良いと思うけど?」

 

「違うよ、視界じゃなくて此処からの眺めは指揮官‥艦長の眺めって事だよ」

 

「あぁ~成程」

 

「まだ練習艦で小さいけど、高等部の学生艦か軍、ブルーマーメイドのもっと大きくて最新鋭艦の艦に乗ったと思ったら、艦隊司令官みたいな気分だよ」

 

「うん。そうだね」

 

「でも、私は自分が艦長になるよりもシュテルンが艦長を務める艦に乗りたいかな?」

 

「えっ?」

 

「あぁ、私も」

 

「で、でもそれは‥‥」

 

「勿論、確実なビジョンじゃないけど‥‥」

 

「それを目標にするんだよ、シュテルン」

 

「‥‥そうか‥それじゃあ、私の目標は二人が乗る艦の艦長になる事にしようかな?」

 

「うん」

 

「約束だよ、シュテルン」

 

「ああ、約束だ」

 

「碇さん、集合時間よ。全員を前甲板に集めて!!」

 

「あっ、はい」

 

ミーナ教官が集合時間であることを知らせると、シュテルはクラスメイトを集める為に前部艦橋から降り、クラスメイト達を集めに走る。

 

「あっ、シュテルン」

 

「待って」

 

「ん?」

 

「私達も手伝うよ」

 

「シュテルン、の補佐が次席の務めだからね」

 

「私は友達としてだけどね」

 

「うん、ありがとう」

 

「あっ、クリス。ついでにもう一つ頼みたい事があるんだけど‥‥」

 

「なに?」

 

「私が一夜漬けした事、黙っていて」

 

「やっぱり、一夜漬けだったんだ‥‥」

 

「‥‥」

 

クリスはニマっとした笑みを浮かべるとシュテルは頬を赤く染めて視線を逸らす。

 

「全く、意地っ張りなんだから。でも、いいよ。貸しにしておいてあげる」

 

苦笑しながらクリスはそう言ってシュテルとユーリと共にクラスメイト達を集める為に前部艦橋を降りて艦内を奔走した。

 




少しだけ、殻を破ったシュテル。
前世の奉仕部では変えられなかった性格を前向きな性格に変えるきっかけとなりました。

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