やはり俺の転生生活は間違っていない。~転生先は蒼き人魚の世界~ 作:ステルス兄貴
総武高校で行われた海浜総合、横須賀女子、キール、ヴィルヘルムスハーフェンの合同演習。
演習に参加した学生たちは、演習プログラムを次々と消化して行き、次の演習項目は各艦の艦長・副長が総武高校の一年生のクラスが漕ぐカッターを指揮するカッター演習となる。
シュテルとクリスが担当する一年生クラスはいろはが在籍するクラスなのであるが、彼女のクラスは一年生の中でも最弱のクラスであった。
一応、クラスの実力を知る為にカッターを漕いでもらったが、いろはのクラスメイトたちはリズム感がなく、やる気も感じられなかった。
これではいくら練習をしてもビリであるが、こうして練習に参加してくれるだけでもありがたい感じだ。
一日目の練習が終わり、本番を迎えるにあたってどうすればいいのか考えていると雪ノ下が現れ、後世でも恒例の毒舌をシュテルに見舞う。
しかし、彼女の毒舌がシュテルといろはの闘志に火をつける事になった。
翌日の放課後‥‥
この日も放課後、各クラスはカッターの練習をしていた。
そしてそれはいろはのクラスも例外ではなかったのだが、集まったいろはのクラスメイトたちは相変わらず面倒くさそうな様子だ。
「せんぱ~い、こんな練習何てやったところで無駄ですよ~」
「そうですよ~やるだけ時間の無駄なですから、練習なんてやめません?」
いろはのクラスメイトたちからしてみると、練習をしても勝てない勝負、
他校の先輩から指図を受ける事に不快感を覚えているのかもしれない。
「まぁ、やりたくないならやらなくてもいいけど‥‥」
「「えっ?」」
意外にもシュテルは練習をやりたくないならやらなくても良いと言う。
そんなシュテルの言動にクリスもいろはも唖然とする。
しかし、シュテルは言葉を続ける。
「ただし、君たちは将来、ブルーマーメイドに入った時、不良品の烙印をいきなり押し付けられる可能性があるけどね」
「はぁ?」
「えっ?」
「いきなり何を言っているんですか?」
「今回の演習には他校の生徒たちが沢山参加している。横須賀女子、ヴィルヘルムスハーフェン、そして私が在籍しているキールのOGはそのほとんどがブルーマーメイドへ就職している。そんな先輩たちが参加しているこの演習でやる気の無い態度で演習に臨めば当然、他校にも君たちの情報が伝わる」
『‥‥』
「演習後に参加した生徒たちは報告書の作成が学校側から要請されるからね」
シュテルの言葉に先ほどまでやる気を出していなかったいろはのクラスメイトたちは表情を硬くする。
「勝負故にどこかのクラスは必ずビリになる。しかし、たとえビリだったとしても一生懸命にやった結果でビリになるのと、やる気も無く、最初から勝負を諦めてダラダラとした様子でビリになるのでは、全く印象が異なる」
『‥‥』
続いていろはのクラスメイトたちは気まずそうに視線をシュテルから逸らしたり、下を向く。
「当然、他校に君たちのやる気の無さが伝わるのは勿論だが、総武校でも君たちは三年間笑い者として残りの高校生生活を過ごし、ブルーマーメイドでも笑い者として過ごすのと、栄冠を勝ち取るのとどちらがいい?」
シュテルがいろはのクラスメイトたちを見渡す。
「わ、私は勝ちたいです!!」
すると、いの一番にいろはが声をあげる。
「い、一色さん?」
「でも、あの先輩が言っている事は本当にそうなるのかな?」
シュテルに指摘された将来が本当に訪れるのか疑問視するクラスメイトも居た。
「多分、本当だと思う」
そんなクラスメイトの疑問に対して、いろははシュテルの言う事は事実だと言う。
「えっ?」
「本当?」
「う、うん。昨日の練習の後で、総武校の先輩が来て碇先輩をディスっていたけど、その中で『カッター演習では無様な姿を晒すが良いわ』なんて言っていたから、この演習でビリになったら総武はおろか、他の学校でも笑い者になるのは間違いないと思う」
『‥‥』
いろはの言葉から愕然となるクラスメイトたち。
「じゃ、じゃあ、次の演習でもしもビリになったら‥‥」
「わ、私たちずっと笑い者になるわけ!?」
「そ、そんな‥‥い、嫌だよ」
「まぁ、まぁ、まだ練習する時間はあるし、本番でビリにならなければ言い訳だし、今からそんなに絶望しなくても大丈夫だよ」
落ち込んでいるいろはのクラスメイトたちを励ますシュテル。
(まさか、やる気を出す為に言ったが、凹ませすぎたか?)
(でも、昨日の雪ノ下の罵倒で現実味を抱かせたみたいだ。その点に関してはアイツには感謝かな?)
実際あの場に雪ノ下が来て、シュテルに対して罵倒しなければいろはのクラスメイトたちはシュテルが言った将来性に対して実感を持たなかったかもしれない。
そう言う意味では雪ノ下があの場に来て、シュテルといろはの前で罵倒した事は、いろはのクラスメイトたちのやる気を引き出す結果となった。
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』
やる気を出してくれたのはいいが、相変わらずいろはのクラスメイトたちのリズム感は滅茶苦茶で、力が分散してしまいカッターは上手く進まない。
「シュテルン」
「ん?」
「やる気を出してくれたのは良いけど、リズム感‥と言うか、この滅茶苦茶な漕ぎ方についてはどうするの?」
シュテルと共にカッターに乗っているクリスがいろはのクラスメイトたちのリズム感の無さについての修正方法を訊ねてくる。
「一応方法は考えて有るけど、もう少しだけ彼女たちの様子を窺って見てから伝えるよ」
「?」
シュテルには既にいろはのクラスメイトたちのリズム感の無さを修正する方法があるみたいであるが、それがどんな方法なのかが分からないクリスは首を傾げる。
こうして各クラスが放課後にカッターの練習をしている頃、由比ヶ浜は艦長でも副長でもないので、次のカッター演習には参加せずに見学なので、彼女は普段通り奉仕部のある特別棟の通路を歩き、奉仕部の部室を目指していた。
そして、部室の扉を開けるとそこには雪ノ下が紅茶を片手に読書をしていた。
「えっ?あれ?ゆきのん!?」
部室に居る雪ノ下の姿を見て由比ヶ浜は驚く。
「確か艦長と副長の人はカッターの練習に行っていると思っていたけど、今日は練習が休みなの?あっ、でも隼人君は練習に行っていた気が‥‥」
自分のクラスの葉山がカッターの練習に行っているのに雪ノ下はこうして奉仕部の部室に居るので、由比ヶ浜は困惑する。
「練習については一年生の自主性に任せてあるし、監督に関しても私の艦の副長に任せてあるわ。いい加減、一人前に指揮を取れないと将来やっていけないしね」
(放課後の貴重な時間を潮風と日差し、更には肉体労働なんて正直、私のやるべき事じゃないわ)
(なんで、カッター演習なんて面倒で肉体労働な演習項目を入れているのか理解できないわね)
(今後の演習にはそういった肉体労働な演習項目は外すように平塚先生には言っておかないと‥‥)
(私の様な優秀な人間は身体を動かす事も汗水垂らすことなく、優雅に仕事を熟なないとね)
「な、なるほど」
雪ノ下は由比ヶ浜には自身が艦長を務める艦の副長の成長の為だと言うが、内心は身体を動かすのが面倒だった為にカッター演習における自分が指揮を執る筈の練習をサボっていたのだ。
もしこれが椅子に座っての事務仕事ならば、文化祭実行委員会の様に出席していただろう。
しかも雪ノ下はこの後のカッター演習本番まで練習に顔を出す事はなく、奉仕部の部室にて悠々と午後のティータイムを由比ヶ浜と共に楽しんでいた。
しかし、雪ノ下がちゃんと練習に顔を出していれば、この後の彼女の運命は若干でも変わっていたのかもしれなかった。
更にもう一つの不運は、男子と女子のカッター練習場がそれぞれ別の場所であることだった。
もしも、練習場が男女同じ場所であったら、葉山から雪ノ下へと情報が伝わっていた事だっただろう。
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』
「ストップ!!」
暫くの間、いろはのクラスメイトたちの様子を窺っていたシュテルは漕ぐのを止めさせた。
「昨日と今日、皆の漕ぐ様子を見てみたけど、リズムが合っていない‥‥皆バラバラに漕いでいることから力が分散してしまってカッターが上手く進めていない。多分、それがこれまでのカッター演習で皆が勝てなかった理由だと思う」
そして、シュテルはいろはのクラスメイトたちへこれまでのカッター演習で勝てなかった理由を話す。
「皆の場合、櫂を漕ぐ掛け声が『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ』では、あまりにも短すぎて息が合わなかったように見える」
「じゃあ、どんな掛け声なら、息が合うんですか?」
「うーん‥‥『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ』でワンクールにして漕いでみよう」
新たな掛け声と共に櫂を漕ぐ仕草で説明するシュテル。
「えっ?」
「なんかその掛け声、ダサくないですか?」
シュテルの提案した掛け声に若干引き気味の後輩たち。
「でも、格好を気にしていられる余裕があるの?」
「そ、それは‥‥」
「で、でもやっぱり恥ずかしいし‥‥」
「勝ってしまえば、そんな格好なんて誰も気にしないし、むしろ流行らせることが出来るかもしれない。そうなれば、君たちはそれを流行らせた洗堀者になれるんだよ?」
『‥‥』
シュテルの言葉に顔を合わせるいろはのクラスメイトたち。
「まぁ、この掛け声で一回だけやってみよう。それでダメなら別の掛け声を考えてみるから、さあ、櫂を構えて」
いろはのクラスメイトたちは渋々と言った様子で櫂を持ち始める。
「クリス、舵はよろしく」
「あっ、うん」
カッターの舵をクリスに託してシュテルはカッターの甲板に立ち、
「では皆、声と力を出して‥‥はい!!よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!」
『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ‥‥』
「声が小さい!!お腹から声を出して!!はい!!よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!」
シュテルも大声を出して掛け声と共に後輩たちを鼓舞する。
『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』
「よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!」
いろはのクラスメイトたちも自棄なのか声を上げ、櫂を漕ぐ。
シュテルも負けじと大声を出す。
(ん?なんか、皆の櫂を漕ぐ行為が一致しはじめてきた)
舵を操舵していたクリスはいろはのクラスメイトたちの櫂を漕ぐ息が合ってきているように見えて来た。
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』
『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』
「ん?」
シュテルとクリスの様にテアとミーナも自分たちが指揮する総武校の一年生クラスのカッター練習を当然、行っていたのだが、自分や周囲のクラスとは異なる掛け声が何処からともなく聴こえて来た。
そこで、テアが周囲を見渡すと、
『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』
シュテルとクリスが指揮をするカッターの後輩たちが周囲のクラスとは異なる掛け声をあげながら櫂を漕いでいた。
「あれは‥‥シュテルたちのカッターか‥‥」
「なんか、妙な掛け声をかけていますね」
「でも、昨日と比べてあのカッターのスピード、なんか速くなっていないか?」
「そうですか?」
「うむ、シュテルたちの事が気になって見ていたが、昨日は櫂を漕ぐタイミングがバラバラであったが、今の状況は明らかに昨日と比べ櫂を漕ぐタイミングもあっているし、速度も出ている」
(艦長、昨日からわしらの担当するカッターではなく、碇艦長のカッターをみていたんですか?)
テアの発言を聞き、ミーナは自分たちが指揮を担当しているカッターの指揮よりもシュテルの様子を気にかけていた事に顔を引き攣らせる。
「副長」
「なんでしょう?」
「我々の掛け声もシュテルたちの掛け声と同じにしてみるか?」
「えっ?」
「副長も晴風の書記係の子とあのような声を出す映画を見ているではないか」
「任侠モノとは若干異なりますから!!」
テアの言葉に思わずツッコミを入れるミーナであった。
テアが気づいたようにみほも当然、シュテルとクリスが担当するカッターの掛け声が違う事に気づく。
「ん?碇艦長のカッター、変わった掛け声をしているね」
「そうですね」
「なんか、お御輿を担いでいるみたい」
みほは笑みを浮かべながらシュテルたちのカッターを眺めていた。
「ごめんね、本当はカッター演習に参加する訳じゃないのにこうして練習につきあってもらって‥‥」
「ううん。どうせ雪ノ下さんに無茶ぶりな事をまた言われたんでしょう?」
練習するカッターの中には当然、本来雪ノ下が監督を務める総武高校のカッターもあり、コロラド級大型直接教育艦、総武の副長を務める生徒が航海長の生徒を呼んでカッターの練習に付き合ってもらっていたのだ。
航海長は本来カッター演習に参加はしないが、副長一人で練習の監督が難しかったので、こうして航海長を呼んだのだ。
航海長の生徒も雪ノ下の横暴と副長の苦労を知っているので、快く練習の手伝いに来てくれたのだ。
「それにしても雪ノ下さんの横暴は目に余るよね」
「そうそう、千葉で有名な会社の社長令嬢だからって調子に乗っちゃってさ」
これまでの高校生活で雪ノ下の傍若無人な態度はクラス内でヘイトを溜めていた。
雪ノ下のクラスはいわば無数の信管を突き刺した爆薬状態となっており、ほんの些細な出来事で爆発する事が予測された。
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』
そして、他のクラス同様、カッターの練習をしていると、
『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』
「「ん?」」
聞き慣れない掛け声が聞こえて来た。
テアやみほが聞いたように当然他のクラスでもこの変わった掛け声は聞こえていたのだ。
「あのクラスのカッター、なんか変わった掛け声で漕いでいない?」
「そうね‥‥」
「なんであんな掛け声なんだろう?」
「さ、さあ‥‥」
「どうする?雪ノ下さんに伝える?」
「いいんじゃない?伝えなくても」
「いいのかな?」
「いいでしょう?伝えたところで、『そんな下らない報告を一々伝える暇があったら、少しでも勝てるように練習をしたら?そんな事も分からないのかしら?』‥なんて言ってくるのがオチだよ」
「そうだね」
雪ノ下の日頃の態度からここでも雪ノ下に情報が伝わる事もなかった。
『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』
「なにあの掛け声、ウケる!」
海浜総合から総武に演習に参加していた折本もシュテルたちのカッターの掛け声を聞きゲラゲラと馬鹿笑いをしていた。
しかし、そんな変わった掛け声を出しているカッターのスピードがなかなかの速さであることを見抜けてはいなかった。
やがて、今日の練習時間が終わり、
「お疲れ様~」
『お疲れ様でした!!』
「今日の練習を見て、皆の息が合い始めていたし、カッターを漕ぐスピードも速かったよ。もしかしたら本番でも好成績を残せるかもしれない」
「えっ!?本当ですか!?」
「私の目から見てもこの短時間で練度は爆発的に上がっていると思うよ。慢心せずにこのままの勢いを保っていけばシュテルの言うようにいい所までいけるかもね」
クリスもいろはのクラスメイトたちの成長にお墨付きを与える。
シュテルとクリスから褒め言葉を言われ、いろはのクラスメイトたちはやる気を見出した様子で寮へと戻って行く。
「さて、私たちも艦に戻ろうか?」
「そうだね」
シュテルとクリスもヒンデンブルクに戻ろうとした時、
「シュテル」
「碇さん」
「「ん?」」
シュテルはテアとみほに呼び止められた。
「あっ、テアに西住さん。どうしたの?」
「さきほどの練習で気になる事があってな」
「ん?気になること?」
「うん。さっきの練習の掛け声なんだけど‥‥」
テアもみほもシュテルたちのカッターの練習を見ていた中で、掛け声が通常のモノと異なっていたことから、何故、通常の掛け声ではなく、異なった掛け声をかけていたのか気になったので、こうしてシュテルに声をかけてきたのだ。
「ああ、あの掛け声ね。実は‥‥」
シュテルはテアとみほに何故通常の掛け声ではなく、あのような掛け声を掛けて練習をしていたのか、その訳を話す。
「私とクリスが担当する一年生のクラスの皆はどうもリズム感がないクラスでね」
「‥‥」
リズム感が無いと言う言葉にテアは気まずそうな顔をする。
音楽家な一族に生まれながらも自身はとんでもなく音痴なので、シュテルとクリスの苦労を察したのだ。
何しろ、横須賀女子の校歌を上手く歌えるようになるためにシュテルが協力した経緯があるのだから‥‥
「それで、通常の『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ』の掛け声だと間隔が短くて、個人差が出て力が分散してカッターが上手く進めなくてね。その結果、クラスメイトたちはやる気をなくしていたんだけど、掛け声を変えてみて息もあってカッターを漕ぐスピードも上がっていたから効果覿面ってやつだったね」
「なるほど‥‥」
「へぇ~そんな方法が‥‥」
「あくまでも私とクリスが担当するクラスに該当する感じだったから、テアと西住さんが担当するクラスでも適応するのか分からないから、掛け声を変えるのは副長や担当する一年生のクラスの人たちと相談した方がいいよ。それに掛け声についても、ちゃんとリズム感がある掛け声にしないと意味を成さないからね」
「わかった」
「了解だ」
シュテルの話を聞いてみほとテアも納得した様子で自分の艦へ帰って行った。
カッター練習の最終日、
「掛け声についてだけど、元に戻してみる?」
と、本来の掛け声に戻してカッターを漕いでみた。
『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!!』
すると、櫂を漕ぐリズムがバラバラでスピードが全然上がらず、前にもなかなか進まない。
「ごめん、やっぱりあの掛け声にしてみよう」
そこで、掛け声を前日までの方に戻した。
『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』
戻してみると、櫂を漕ぐリズムが戻り、カッターが進んだ。
「先輩、なんか私たちもうこの掛け声じゃないと無理みたいです」
「そ、そうみたいだね」
(これも慣れってやつなのかな?)
当初は恥ずかしがっていたのだが、今ではこの掛け声でないと上手く漕げない状態となっていた。
それに上手く漕げると言う事で、いろはのクラスメイトたちはこの掛け声を恥ずかしがることなく声を上げて、この掛け声を上げていた。
そして、いよいよカッター演習の本番の日を迎えた。
本番の会場は男女共通となっており、男子の部、女子の部と分かれていた。
男子の部は総武と海浜総合の二校で、女子よりも人数が少ないので、演習は男子の部から行われた。
カッターに乗る二年生の艦長、副長以外に見学は自由だったので、会場には沢山の生徒が演習を見学していた。
『HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』
総武の生徒の大半は葉山を応援している。
これまでの奉仕部の不祥事は葉山家と雪ノ下家が揉み消していたので、学校であまり葉山の悪い噂は流れていないし、葉山は前世と同じルックスなので、人気があり、中には演習相手の海浜総合の女生徒も葉山の応援に回る者も居た。
「他校の生徒を応援している人も居るよ」
ユーリはそんな海浜総合の女生徒に若干引いている。
「シュテルンはどう思う?」
「ん?なにか?」
「あの金髪の男子の事」
「ああ言う胡散臭い笑顔の奴は信用できない。土壇場で自分の保身のために平気で仲間を裏切りそうだ」
前世の出来事からシュテルは葉山をそう分析するが、実際に葉山はこの後世で起きたチェーンメールと文化祭実行委員会の件でグループのメンバーを切り捨ているので、シュテルの分析は当たっていた。
その為、海浜総合は完全にアウェー状態となっていた。
『では、カッター演習、男子の部をこれより開始する!!全員、怪我の無いよう、全力を出して競い合ってもらいたい!!』
男子の部に参加する総武、海浜総合の男子生徒たちがカッターに分乗していく。
『位置について、よ~い‥‥スタート!!』
パン!!
準備が整い、教官が競技用ピストルを打ち鳴らすと男子たちは声を上げながら櫂を漕ぐ。
『ウォォォォォォー!!』
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!!』』』
『HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』
櫂を漕いでいるのは総武の一年生なのだが、見学席からは葉山への声援が聞こえる。
その声援のおかげなのか、カッター演習男子の部は葉山が指揮を執るカッターが一位を獲った。
『ワァァァァァァー!!』
『ウォォォォォォー!!』
『HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』
「流石、隼人君!!」
「マジパネェ」
一位を獲った葉山には称賛の嵐が送られた。
そして男子の部が終わり、いよいよ女子の部に移る。
「せ、せんぱい」
「ん?」
「私たち、勝てるでしょうか?」
いろはが不安そうにシュテルに訊ねる。
他のクラスメイトたちも不安そうだ。
「大丈夫。これまでの練習を見て来たけど君たちは十分に成長した。これまでの練習の事を思い出し、あとは精一杯やるだけだ。私は君たちの力を信じている」
『はい!!』
男子の部同様、カッターにそれぞれ分乗し、
『では続いて、カッター演習。女子の部を開始する!!男子同様、怪我の無いよう、全力を出して競い合ってもらいたい!!位置について、よ~い‥‥スタート!!』
教官が競技用ピストルを鳴らし、一斉に櫂を漕ぎだした。
『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!!』』』
男子同様、声を上げて櫂を漕ぐ。
見学席からは自分たちが所属する高校を応援する声援が聞こえる。
そんなカッターの中から突出し始めたのは雪ノ下が指揮するカッターであった。
とは言え、舵は副長の生徒が執っていたので、雪ノ下はただカッターに座っているだけである。
『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!!』
実況放送で自分のカッターが優勢になっている事に雪ノ下はほくそ笑む。
しかし、その後ろからじわりじわりと追い上げてくるカッターがあった。