やはり俺の転生生活は間違っていない。~転生先は蒼き人魚の世界~ 作:ステルス兄貴
戸塚から『自分にテニスを教えてくれないか?』と頼まれた三浦は返事を迷っていた。
高校に入ったらもうテニスは辞めようと思っていた矢先にテニスと関わるなんてまさに予想外だった。
でも、戸塚は自分が高校に入ってから初めて言葉を交わした同級生‥‥
悶々とした思いを抱きながら三浦の足は放課後、自然とテニス場に来ていた。
「あっ、三浦さん」
三浦の姿を見つけた戸塚は笑みを浮かべながら手を振る。
その仕草に思わず三浦も手を振ってしまう。
それほど、戸塚の笑みは無垢で天使の様な錯覚を覚えさせる。
この日、戸塚は壁打ちをする余裕がなく、コートの彼方此方に落ちている球拾いにコートにトンボをかけたりと練習前の準備で忙しそうにテニス場を走り回っていた。
三浦はそんな戸塚の姿をジッと見ていたが練習が始まる前にその場から去った。
そしてテニス部の練習が終わり、戸塚が校門を出ると、そこには三浦が待っていた。
戸塚は部活が終わったのに制服ではなく相変わらず、総武高校のジャージ姿だった。
「戸塚‥‥」
「三浦さん」
「戸塚、ちょっと付き合ってもらえる?」
「う、うん」
三浦は戸塚を近くのハンバーガーショップへと連れて行く。
ソフトドリンクとフライドポテトを前に三浦は戸塚に声をかける。
「それで、この前の話だけど‥‥」
「う、うん」
「まぁ‥‥その‥‥時間がある時でよければ‥‥テニス‥教えてあげるし‥‥」
「ホント!?ありがとう!!」
「き、気にするなし‥‥」
「これからよろしくね、三浦さん」
「う、うん‥‥」
(な、なんで、あーし、同性の顔を見て、どぎまぎしているんだろう‥‥あーしは同性愛者じゃない筈なのに‥‥)
戸塚の笑みを見ているだけで、三浦の心臓の鼓動は妙に早くなる。
三浦は小学校、中学校、確かに同性同士で群れていたが、自分は決して同性愛者ではなく、当時は好きな異性が居らず、気が合うからという理由で群れていたのだが、戸塚に関してはこれまで一緒に群れていた同性達とは違う感覚を覚える。
三浦がどぎまぎしていると、
「三浦さん、ゴメン、ちょっと僕、トイレに行って来る」
「えっ?あっ、うん」
戸塚はトイレの為に席を立ちトイレに向かって行くのだが、戸塚が入ろうとしていたのは男子トイレだった。
それを見て三浦は、
「ちょっ!?戸塚!!待つし!!」
声を上げて戸塚を引き留める。
「えっ?なに?」
三浦から声をかけられた戸塚はキョトンとした顔をする。
「其処は男子トイレ!!戸塚、アンタ入る方を間違っているし!!」
「えっ?‥‥いや、僕‥男なんだけど‥‥」
「はぁっ!?」
戸塚の性別を聞いて三浦は思わず素っ頓狂な声を出し、信じられないモノを見たような顔をする。
「う、嘘でしょう‥‥戸塚‥‥アンタ、本当に男なの‥‥?」
「えっ?う、うん‥‥」
「そ、そうなんだ‥‥ゴメン‥戸塚‥‥」
(う、嘘っ!?あの顔で男っ!?)
戸塚の性別を聞いてちょっと混乱する三浦。
「あっ、いや‥‥よく、間違われているから別に気にしてないよ‥‥」
戸塚は苦笑しながらトイレに向かった。
トイレから戸塚が戻ると、三浦は複雑そうな表情だ。
(あの戸塚が男‥‥そこら辺の女子よりも女の子らしいし‥‥でも、確かに胸は小さかったから、妙な違和感があったけど‥‥でも、入学式で挨拶していた雪ノ下さんも胸が小さかったし‥‥)
戸塚の容姿、仕草がそこら辺の女子高生よりも女の子らしい事に三浦は軽くショックを受けた。
胸に関しても小さいと思いつつ、入学式で新入生代表で挨拶をしていた雪ノ下が貧乳だったことで、三浦は戸塚も貧乳の部類に入るモノだとばかり思い、戸塚の性別を疑わなかった。
それでも、三浦は戸塚にテニスを教える件を断る事はしなかった。
「じゃ、じゃあ‥明日から昼休みは昼練をするし‥‥それでいい?」
「うん。よろしくお願いします」
三浦は戸塚に予定を伝え、この日は解散した。
そして翌日の昼休み開始直後‥‥三浦はジャージに着替え、戸塚を連れてまず、テニス場ではなく、生徒会室へと行き、テニスコートの使用許可を貰った。
戸塚は新人でもテニス部員なので、昼休みにテニスコートを使用するのは問題ないが、三浦はテニス部とは無関係の部外者なので、昼休みにテニスコートに入るには使用許可が必要となるからだ。
そしてテニス場へと来ると、まずは軽く柔軟をして、走り込み、続いて三浦がボールを投げ、戸塚がそれを打ちながら三浦が戸塚のテニスフォームのダメな箇所を指摘する。
スポーツは一朝一夕では強くはなれない。
地道な努力の積み重ねが重要である。
天武の才と言うモノがあれば、飛躍的に上達するのであるが、戸塚は容姿と仕草は男子なのにその辺の女子よりも女子っぽいが、テニスの才能は凡人かそれ以下だったので、こうした努力の積み重ねが必須だった。
それでも雨の日以外は三浦と共に昼はテニスコートで個人的に昼練をし、休日にはストリートテニス場で練習をした。
勿論、毎週と言うわけでは無く、雨が降ったら練習は止めるし、時々は休息を入れて筋肉のケア等もした。
その他に三浦は戸塚にテニスを教えるだけではなく‥‥
「ほら、戸塚‥‥」
「えっ?」
ある日の昼休み、テニスコートのすぐそばにある風通しのいい場所‥‥前世において比企谷八幡がベストプレイスとして気に入っていた場所にて三浦は戸塚に弁当箱を渡した。
この場所は前世では比企谷八幡がベストプレイスとして気に入っていた場所だが、現在は戸塚と三浦のベストプレイスとなっていた。
「あ、あの…三浦さん‥これは?」
「ここ最近見ていたけどアンタ、いつも昼は購買のパンばかりでしょう。それだと栄養バランスが崩れるから、あーしがちゃんとバランスがいい弁当を作ってきてあげたし」
三浦は戸塚の為に弁当を作って来た。
これも中学時代、三浦の母親が自分の為に作ってくれていた弁当を参考にその他にも個人で色々と調べ上げて作ったバランス弁当だった。
「ありがとう、三浦さん」
戸塚は三浦から弁当箱を受け取り、早速食べる。
「‥‥うん、美味しいよ。三浦さん」
「当然だし、あーしが作ったんだから」
「フフ、そうだね」
戸塚は三浦の弁当を完食し、
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
「とっても美味しかったよ、三浦さん‥‥その‥‥また‥作って来てくれるかな?」
「ま、まぁ、二人分作るのもあんま違わないし、いいよ」
それから三浦は戸塚の為に弁当を作る事になり、毎朝、自分の分の他に戸塚の分の弁当を作っている姿は嬉しそうだった。
そんな娘の姿を三浦の母親は微笑ましく見ていた。
そして、戸塚の面倒を見ている内に三浦はいつの間にかテニス部のマネージャーになっていた。
三浦は元々プライドが高く、わがままな所があるが、意外と良心的で姉御肌な所もあり、テニス部ではそう言った姉御肌な所が活かされて、二年、三年生の先輩達ですら、まだ一年生の三浦の事を頼っていたりしている。
三浦はテニス部のマネージャー、戸塚にテニスを教え、朝は自分と戸塚の分の弁当の準備と忙しいながらもそれなりに充実した高校生活を送っていた。
そんなある日の休日。
この日も三浦は戸塚を連れて、普段の休みの日の通り、ストリートテニス場へと来てそこでテニスをしていた。
最初の内は壁打ちや球打ちをしてフォームの修正をしていた戸塚であったが、今ではもう三浦相手に軽くラリーをするレベルまで達していた。
そして戸塚とラリーをしていると、
「あれ?もしかして、三浦さん?」
「えっ?」
突如、三浦は声をかけられた。
三浦は声がした方を見ると、其処には自分らと同じ様にテニスウェアにテニスラケットを持った女子高生達の姿があった。
「‥‥」
三浦はその女子高生達の姿を見て気まずそうな顔をする。
「やっぱり、三浦さんじゃん!!」
「お久~元気にしてたぁ~?」
「っていうか、まだテニスしてたんだぁ~?」
三浦に声をかけてきた女子高生達はかつて三浦と同じ中学の出身者達でこれまた、三浦と同じテニス部に所属していた者達で、中学時代に三浦が県大会で一回戦敗退した時、真っ先に彼女を罵倒した者達だった。
彼女達は三浦と同期であり、同期生ながらも県大会へ出場した三浦に対しての嫉妬も含まれており、また常日頃から三浦の態度に不満を持っていたので、あの県大会の敗退でここぞと言わんばかりに三浦を罵倒し中傷したのだ。
「三浦さん‥‥?」
戸塚は三浦の様子がおかしい事に気づき声をかける。
「ねぇ、折角、久しぶりに会ったんだし、一緒にテニスをやらない?」
「そうそう、県大会に行った三浦さんなら当然、高校に行ってもテニスをしているよねぇ~?」
「まぁ、県大会って言っても一回戦で負けたけどねぇ~」
「そうそう、犬みたいに必死に球を追いかけていて、それで無様に負けていた姿はほんっと面白かったよねぇ~」
『キャハハハハハ‥‥』
「‥‥」
女子高生達は中学時代の三浦の事をネタにして下劣な笑みを浮かべている。
三浦は何かを言う訳でもなく、歯をグッと噛みしめ、俯き、ただ黙っているだけだった。
そんな時、戸塚が三浦の前に出る。
「戸塚?」
「ねぇ、さっきから聞いていれば、何なんですか?貴女達は?」
「あん?」
「あんた何?」
「三浦さんと同じ高校の同級生だよ。それよりも三浦さんが県大会に行ったのはさっきの話を聞いてわかったし、元々テニスが上手いのはこれまで三浦さんに教わって来たから知っている‥‥」
戸塚にしては珍しく‥‥いや、三浦にとって初めて見た戸塚の姿だった。
彼は座った目で三浦の中学時代の同期生達を睨みつける。
「でもさぁ~‥‥君達、三浦さんの事をバカにしているみたいだけど‥‥君達は県大会に行ったの?」
『っ!?』
「優勝とまではいわなくても三浦さん以上の成績は出したの?」
『‥‥』
戸塚の問いに同期生達は気まずそうに視線を逸らす。
彼女達のその様子から、県大会には行っていない様だ。
「ねぇ、質問しているんだからさぁ、黙ってないで答えてよ‥‥県大会に行ったの?君達はさぁ~」
戸塚の座った目はドン引きさせるには十分な威力がある。
普段怒らない人が怒ると怖いと言うが、まさに戸塚はそれに該当した。
戸塚の近くに居る三浦でさえ、ちょっと引いて、今の戸塚に恐怖さえ覚える。
「‥‥あっ、そう‥ねぇ、そんなにテニスの腕に自信があるなら、僕達と一緒にダブルスをしない?」
『えっ?』
戸塚の提案に三浦自身も驚いた。
「どうなの?やるの?やらないの?やらないなら、練習の邪魔だから何処かに消えてくれるかな?」
「言ってくれるじゃない!!私達に勝負を挑むなんて超生意気!!」
「三浦さん共々ギッタギッタにしてやるし!!テニスを途中で辞めた三浦さんに今の私達が負けるわけないわ!!」
中学時代の同期生達は戸塚の挑発に乗ってきた。
「精々、無様な姿を晒すがいいわ!!」
三浦の中学時代の同期生達は三浦と戸塚に対してニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながらコートの反対側へと移動して行く。
どうせ、途中でテニスを辞めた三浦とあんなひ弱そうで三浦からテニスを教えてもらっている初心者に自分達が負けるわけがないと思っているのだろう。
「戸塚。アンタ、あんなことを言っちゃったけど平気なの?連中、多分高校でもテニスをしていると思うし‥‥」
「平気だよ‥‥」
「で、でも‥‥」
「あれだけ僕のコーチの事をバカにされて平気でいられるほど、僕は腰抜けじゃないよ‥‥大事な人の為に戦って勝ってみせるよ」
「戸塚‥‥」
戸塚の言葉に感動する三浦。
「‥‥全く、普段はなよなよしているくせにこういう時はちゃんと出来るんだ‥‥ちょっとは見直したし‥‥」
「僕だって男なんだよ。やる時はやってみせるよ」
「ふっ、戸塚の顔で『男』って言われてもいまいち説得力がないし」
「ちょっ、三浦さん、それは酷いよぉ~」
先程の重い空気から一転、戸塚と三浦の間には和気藹々とした空気となった。
「さて、あの連中をぎゃふんと言わせちゃおう」
「当たり前だし!!戸塚、足引っ張んなし!!」
「うん、頑張ろうね」
こうして戸塚&三浦ペアーと三浦の中学時代の同期のペアーのダブルスが始まった。
「戸塚、連中は多分、最初の内はあーしに攻撃を集中して来るけど、すぐにターゲットをアンタに切り替えてくると思う」
「どうして分かるの?」
「連中のやり方なんて簡単に想像がつくし」
「ん?」
戸塚は何故?と首を傾げる。
「あーしがアイツらよりも強いからに決まっているからしょっ」
三浦は自信満々で答える。
「自分より強い相手にアイツらは挑んで来る気概はない。そうなると、自分よりも弱そうな戸塚に対して集中攻撃をしてくるに決まっているし!!全く、連中の思考回路は単純なままだし」
(それって、三浦さんがあの人達と同じ思考回路を持っているって事なんじゃ‥‥)
三浦の言葉でやっと合点がいった戸塚。
ただ、それと同時に三浦の思考回路と先程の失礼な連中の思考回路が同じモノであると思う戸塚。
しかし、それを口にすると三浦が怒りそうなので、戸塚は言わなかった。
「ん?戸塚‥アンタ、今なんか失礼な事を考えなかった?」
だが、三浦はそんな戸塚の考えを何となく読み取った。
「えっ?そんな事ないよ!!そ、それより、試合に集中しよう!!試合に!!」
戸塚は慌てて取り繕い何とか誤魔化した。
そして始まったダブルスの試合‥‥
やはり、三浦の予想通り、相手は最初、三浦にボールを打って来たが、三浦の実力が自分達よりも上だと思ったのか、三浦へボールを打ち込む事は無く、戸塚に攻撃を集中してきた。
(三浦さんの言う通りだ)
相手の戦術が既に分かっているので、対処も出来た。
戸塚を囮にして、タイミングを見計らって戸塚がその場を退くと、戸塚の後ろから三浦が現れ、強烈なスマッシュを相手の陣地に打ち込む。
その反対に三浦が打ち返してくるかと思いきや、今度は戸塚自身がドロップショットを相手の陣地へと打ち込む。
完全に三浦と戸塚の術中に嵌った相手は戸塚自身が返してくるのか?それともフェイントで三浦が返してくるのか?
一体、どっちが打ち返してくるのか分からず、深読みし過ぎてチームプレイもガタガタとなり、ミスまで目立つようになり、グダグダな試合となり、結果は三浦&戸塚ペアーの勝利となった。
戸塚と三浦の策に嵌まり、無駄に体力を消費させられた相手はテニスコート上に両膝、両手をついて息を切らしている。
反対に戸塚と三浦はコートの上に平然と立っていた。
「いやぁ~犬みたいに必死に球を追いかけていて、それで無様に負けていた姿はほんっと面白かったよぉ~」
戸塚はテニスコートで手をついている三浦の中学時代の同期生達を文字通り、見下す様な目で、先程同期生の一人が先程三浦に投げた言葉をそのまま返す。
同期生達は戸塚を睨みつけるが、テニスの勝負にこうして負けた今となってはそれもただ、虚しいだけであり、何かを言ったところで、負け犬の遠吠えである。
このままこの場に居ては気まずいのか、同期生達はすごすごと去って行くが、その際、
「あんたのせいで負けたんだからね!!」
「そう言うアンタこそ、全然動けなかったくせに私のせいにしないでよ!!」
と、互いに責任を押し付け、罵り合いながら去って行く。
恐らく翌日にはこの二人は友達でも何でもない、赤の他人の関係に成り果てるだろう。
「戸塚、ナイスプレイ」
「三浦さんこそ」
同期生達が去って行くと、戸塚と三浦はお互いに拳をぶつけあい、お互いの健闘を称えあう。
「それと‥‥」
「ん?」
「あ、ありがとう‥‥」
「えっ?」
「‥‥その‥‥あーしの為に怒ってくれて‥‥」
頬をほんのりと赤く染め、俯きながら戸塚から視線を逸らし、お礼を言う三浦の姿に戸塚もやはり、男なのかキュンとした。
それから暫しの月日が流れ、夏の大会に向けてのレギュラー選抜戦で戸塚は一年生ながらも初めてレギュラーの座を獲得する事が出来た。
だが、大会に関しては元々総武高校のテニス部はそこまで強豪校と言う訳ではなかったので、地区大会の予選で敗退した。
それでも先輩たちは戸塚を攻める事はしなかった。
むしろ、一年生で、入部当初は弱かった戸塚がこの短期間でレギュラーメンバー入りした事を褒めていた。
「一年生ながらよく頑張った」
「今年はダメでもまだ次がある」
と‥‥
そして、マネージャーの三浦は、
「戸塚‥その‥‥残念だったね‥‥」
試合が終わった後、ロッカールームに居た戸塚に声をかけた。
「ううん、今年の大会は終わったけど、先輩が言うように僕にはまだ来年、再来年があるから‥‥大丈夫だよ、三浦さん‥‥」
戸塚は笑みを浮かべて三浦にそう言うが、三浦には分かっている。
彼が無理に笑みを浮かべている事を‥‥
彼がとても悔しがっている事を‥‥
「じゃあ、僕は着替えるから、三浦さん、外に出てくれるかな?」
「う、うん」
三浦がロッカールームの外に出ると、戸塚は一人、声を殺して泣いていた。
(戸塚‥‥)
初めてレギュラーになった記念の大会なのに初戦で敗退してしまった。
その悔しさは全国大会の一回戦で敗北経験がある三浦にとっては戸塚の悔しさが手に取るように分かった。
それだけではなく、あれだけ自分の面倒を看てくれた三浦に対して申し訳ない気持ちで一杯だったのだ。
せめて、一勝だけでも三浦に捧げたかった。
三浦は更衣室の扉を背にドア越しに戸塚の悔し泣きの声を心配そうに聞いていた。
大会が終わり、テニス部はほんの少しの間、休息となる。
今日の試合の反省会と今後の予定の確認を含めたミーティングの後、解散となる。
試合会場を意気消沈した様子で後にする戸塚。
泣いていたせいか、目元は少し腫れて、目も赤い。
そんな戸塚に、
「戸塚」
「三浦さん」
「ねぇ、今度の夏祭り、一緒に行かない?」
「えっ?」
三浦は今度地元で開かれる夏祭りに戸塚を誘う。
「暫くは部活も休みだしさ、気分転換になるし‥‥どうかな?」
「う、うん。いいよ」
「ホント!?じゃあ‥‥」
三浦は戸塚と夏祭りへと行く事になり、その日の予定を立てた。
そして、夏祭り当日‥‥
戸塚は待ち合わせ場所にて、三浦を待つ。
「戸塚、お待たせ」
待ち合わせ場所に来た三浦は紺の下地に朝顔が描かれ黄色い帯を巻いた浴衣姿だった。
浴衣姿の三浦の姿に戸塚は思わず見とれてしまう。
「戸塚?どうしたの?」
「あっ、いや、何でもないよ!!そ、それより、その浴衣、凄く似合っているよ!!」
「そ、そうかな?」
「うん!!」
「‥あ、ありがとう」
戸塚に褒められ三浦自身もまんざらではない様子。
「さっ、行こう」
戸塚もちょっと動揺していたのか、無意識に三浦の手を握り、祭りの会場へと三浦を誘う。
「う、うん」
戸塚の大胆な行動に驚きながらも三浦は戸塚と一緒に祭りの会場を回る。
金魚すくいに射的、型抜き、そして定番の食べ物の露店。
そして〆は海上に設置された花火台からの打ち上げ花火。
戸塚と三浦は二人揃って打ち上げ花火を見ている。
そんな中、
「ね、ねぇ‥三浦さん」
「ん?」
戸塚が三浦に恐る恐る話しかける。
「その‥‥」
戸塚は意を決したように一度、生唾をゴクリと飲み、
「ぼ、僕は‥‥三浦さん、貴女の事が好きです!!」
「えっ?」
「こんな‥こんな僕ですが、僕と付き合ってくれませんか!?」
戸塚は試合の時の様に真剣な顔で三浦に告白する。
「‥‥」
戸塚の突然の告白に唖然とする三浦だが、
「‥ま、まぁ、アンタはあーしがいないとダメダメだからね‥‥いいよ‥戸塚」
三浦は戸塚の返答にOKを出す。
返答も三浦らしい言葉だが、これはあくまでも彼女の照れ隠しなのだろう。
彼女自身もまんざらではない様子でほんのりと頬を赤く染めている。
「三浦さん。ありがとう」
「いいって‥‥」
戸塚と三浦は寄り添うように肩を並べ、そして二人の顔の距離は縮まって行き‥‥
「「んっ‥‥」」
打ち上げ花火を背景に二人の唇は重なり合った。
「これからもよろしくね、三浦さん」
「うん‥‥戸塚もね‥‥」
唇を離し、見つめ合う戸塚と三浦だか、二人は再び確認するかのように唇を重ね合う。
高校一年生の時、三浦と葉山の二人に交流が無かった事は前世と同じであったが、三浦が戸塚と出会い、テニスを通じて、彼女がテニス部のマネージャーになった事、
そして、戸塚と三浦がこうして彼氏彼女の仲に発展した事は雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の三人には全くのイレギュラーであり、この流れが後に設立された奉仕部の活動にどう影響するのかこの時、三人には知る由もなく、また戸塚との再会、そして恋仲になる事を夢見ていたシュテルの恋は戸塚と出会う前に既に終わっていた事を知るのはまだ先の事であった。
三浦が葉山と知り合う前にこうして誰かと恋仲になっていたら、彼女は葉山グループに入る事もなく、わがまま女王になることもなかったのかもしれませんね。