やはり俺の転生生活は間違っていない。~転生先は蒼き人魚の世界~   作:ステルス兄貴

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32話

 

 

「‥‥碇艦長」

 

「ん?」

 

「我が校に転校してこないか?」

 

「えっ?」

 

ヴィルヘルムスハーフェン校、ダートマス校、両校の親善試合はヴィルヘルムスハーフェン校の勝利で終わり、その夜に海上フロートにて開かれた両校の親睦会。

互いに和気あいあいとする者もいれば、試合でやられた事を根に持って距離を置く者と様々な様子を呈していた。

今回の試合の功労者であるシュテルも親睦会を楽しみ、ダートマス校のフッド艦長の九条カレンと同じ日系と言う事で交流を持ち、今度の夏休みにダートマス校で行われる体験入学へ来てくれと言われ、向こうの教官の許可が下りたら、ダートマス校へゲストとして赴くことにした。

そして、親睦会の終盤、シュテルは人に酔って、夜風にあたっている時、テアからヴィルヘルムスハーフェン校への転校を勧められた。

転校の話を出され、シュテルの返答は‥‥

 

「‥‥クロイツェル艦長‥‥すまない‥お誘いは嬉しいが、それは出来ない」

 

「‥‥」

 

シュテルはテアにヴィルヘルムスハーフェン校への転校は無理だと言う。

テアはそれを聞いて少し残念そうな様子。

 

「クロイツェル艦長にシュペーの仲間たちが居るように私にもヒンデンブルクの仲間たちが居る。艦長として、仲間たちを見捨てる事はできない」

 

シュテルの目とテアの目が向き合う。

 

「そうか‥‥すまなかった。無粋な事を言って」

 

「いえ‥‥でも、こうしてクロイツェル艦長と知己を得た事は十分‥‥」

 

「テア」

 

「えっ?」

 

「その‥‥私達は友人になったのだから『クロイツェル艦長』なんて他人行儀みたいな風に呼ばないでくれ」

 

「‥‥そうだね。じゃあ、私の事も『碇艦長』ではなくて、シュテルって呼んでね」

 

「ああ」

 

二人は互いに微笑み握手を交わした。

その後、二人は海に浮かぶ月を見ながらベンチに座る。

 

「シュテル」

 

「ん?なに?テア」

 

「その‥‥また、頭を撫でてくれ‥‥」

 

テアはまるで母親に甘える様な感じで、上目遣いでシュテルに自分の頭を撫でてくれと頼む。

 

「いいよ‥じゃあ、此処に頭を乗せて」

 

シュテルはポンポンと膝を手で叩き、テアを誘う。

 

「では、失礼する」

 

テアはシュテルの膝に頭を乗せる。

そして、シュテルは微笑みながらテアの望み通り、彼女の頭を優しく撫でる。

 

「ん‥‥」

 

テアは目を閉じシュテルの手の感覚を感じる。

 

「~~♪~~♪」

 

シュテルはテアの髪を撫でながら子守り歌を口ずさむ。

すると、テアは今日の試合の疲れもあり、更にシュテルの手触りと歌声であっという間に夢の世界へと旅立った。

 

「~♪~~♪‥‥ん?テア?‥‥寝ちゃったのか‥‥」

 

自分の膝の上でスースーと静かに寝息を立てているテア。

起こすのは忍びないし、かと言ってこのままでは風邪をひいてしまうので、

 

「よいしょっ‥と‥‥」

 

シュテルはテアをお姫様抱っこして講堂へと戻った。

講堂では既に寮へ戻っている生徒もおり、親睦会は御開きとなっていた。

シュテルはテアをシュペーのクラスメイトに引き渡そうと講堂の中を見回していると、

 

「アッ――――!!貴様!!我が艦長に何を!!」

 

「ちょっとシュテルン!!なんでそのちびっ子を抱っこしているのさ!?」

 

「二人で何をしていたの!?まさかナニなの!?シュテルン、そんなちびっ子に萌えるの!?シュテルン、百合でロリなの!?」

 

ミーナ、ユーリ、クリスの三人に詰め寄られる。

三人が声を荒げているにも関わらず、テアの眠りは深いみたいで、起きる様子は無かった。

 

「三人共、何を言っているのさ、ちょっとテアと世間話をしただけだよ」

 

「「「テア?」」」

 

シュテルがテアの名前を出すと三人は訝しむ目でシュテルを見てくる。

 

「シュテルン、何時の間にそのちびっ子を名前で呼ぶ仲になったのさ?」

 

ユーリがシュテルにテアを名前呼びした事にいち早く訪ねてくる。

 

「さっき世間話をした時にお互いに名前で呼ぼうって事になったんだよ」

 

シュテルは三人に何故、テアの事を名前で呼ぶのか、その訳を話す。

 

(テアは確かに私やローザを虜にしたがまさか、他校の生徒までもを虜にするとは流石、テアだ。しかし、テアをお姫様抱っこだと!?う、羨ましい!!私だってまだテアをお姫様抱っこした事がないのに~!!)

 

(あのちびっ子、シュテルンにお姫様抱っこだと~!!う、羨ましい~!!)

 

(八幡さん、転生しても小さい方には懐かれるんですね)

 

三者はテアをお姫様抱っこしているシュテルを見てそれぞれが心の中でシュテルに対して思っていると、

 

「すまないが、彼女をいいかな?」

 

シュテルは眠っているテアをミーナに差し出す。

 

「お、おう‥‥すまない」

 

シュテルからテアを受け取ったミーナは、

 

(て、テアをお、お姫様抱っこ‥‥か、感激だぁ――――!!)

 

(眠っているテアもやっぱりかわいい~それに暖かい~)

 

頬を染めて完全に顔が緩んでいる。

 

「えっと‥‥それじゃあ、よろしく頼んだよ」

 

テアをミーナに託したシュテルはユーリとクリスと共に海上フロートの寮の部屋へと戻って行った。

 

その後は親善試合にて艦が損傷したので、海洋実習は無く、教室での座学となったのだが、学校側は艦が損傷を受ける事を見越してのカリキュラムを組んでいた。

ダートマス校の学生艦は最低限、動けるだけの修理をして、本格的な修理は母校へ戻ってから行うようで、ブリジット達、ダートマス校のメンバーは母校へと帰って行った。

親善試合も終わり、普段の授業風景へと戻った中、テアはシュテルと行動を共にする事が多かった。

もうすぐでキールとの交換留学の期間も終わると言う事でそれまでテアはシュテルと時間を共にしたいと言う気持ちが高かった。

そんな二人の様子を見てミーナ、ユーリ、クリス、そしてジークは面白くないと言う顔をして、互いの艦長にかまって欲しい、そして自分達の艦長を独占しているもう一人の艦長に対して嫉妬心の様なモノを抱いていた。

昼休み、

 

タンッ

 

トッ

 

タンッ

 

トッ

 

タンッ

 

トッ

 

テアとシュテルは食堂でチェスを興じていた。

 

「チェックメイト」

 

「う~ん‥‥負けました」

 

勝敗はテアに軍配が上がった。

テアの特技・趣味の一つにチェスがあった。

兵棋演習同様、チェスや将棋は戦術を生み出し、味方を守り、敵へ攻め込むためのロジック、そのイメージ力や思考力の素早さを養うのにはチェスは手軽で良い訓練となる。

シュテル自身もテアの様に特技・趣味程ではないが、クリスを相手に嗜む程度には打てる。

シュテルとテアの対局を見ていたミーナは、

 

(こ、これだ!!此処で私が碇艦長に勝てば、艦長も私の事を見直してくれる筈だ!!)

 

テア同様、ミーナの趣味・特技の中にもチェスがあった。

 

「い、碇艦長」

 

「ん?」

 

「次は私と一戦、お願いできないか?」

 

「えっ?あっ、うん‥‥いいよ」

 

(よしっ!!‥‥計画通り‥‥)

 

シュテルがすんなりと自分とのチェスの対局に応じた事にミーナはニヤリと小さく口元を緩める。

そして、始めったシュテルとミーナとのチェスの対局は‥‥

 

キーンコーンカーンコーン

 

勝敗がつく前に昼休の終了を告げるチャイムによって強制的に終了せざるを得なかった。

 

「すごいな、シュテルは、副長のチェスの腕前は私に次ぐ程なのに此処までとは‥‥」

 

「い、いや~テアとの対局で色んな戦術が頭の中で浮かんで冴えていたからね」

 

と、反対にテアとシュテルの仲を余計に深めてしまった。

 

海上フロートに整備されている射撃場。

そこにビスマルク、シュペー、ヴュルテンベルク、ヒンデンブルクの生徒らが集まっていた。

今日は射撃の訓練でそれぞれの艦ごとにブースが分かれており、モーゼルkar98kを使用し的へ射撃し、命中率を競うモノだ。

そして現在のトップはクローナであった。

しかし、身長の低いテアにとって自分よりも僅か30㎝しか差がないモーゼルkar98kは持ちにくそうだ。

そして始まった射撃訓練では案の定、テアの成績は悪かった。

すると、

 

「あらあら、豆戦艦とは言え、艦長がそんな腕前で大丈夫なの?」

 

クローナがテアに絡んできた。

今現在、トップの成績のクローナはテアに勝っていると言う優越感の為かテアに対して見下す様な目に、口元をニヤリと緩め下劣な笑みを浮かべている。

 

「‥‥うざっ」

 

テアはクローナとすれ違いざまにボソッと呟いた。

シュテルのアドバイス通り、これ以上はクローナの嫌味や皮肉に一々無視をするのではなく、明確に拒絶する姿勢をとったのだ。

 

「なっ!?」

 

反対にクローナはこれまでどんなに嫌味や皮肉を言っても反論をしてこなかったテアがいきなり自分に対して反抗するような言葉をつぶやいてきた。

 

「なんですって!!貴女、もう一度言ってみなさいよ!!チビの豆艦長が!!」

 

クローナは声を荒げ、テアに掴みかかろうとするが、

 

「コラ!!何をしている!?」

 

「い、いえ、何でもありません」

 

教官に見つかり、クローナはテアに伸ばした手を引っ込めて、彼女を睨みつけ、その場をすごすごと去って行く。

 

「相変わらず、嫌味な人だね」

 

クローナとテアのやり取りを見て、いくらシュテルを独占しているテアとは言え、ユーリも流石にクローナの言動には嫌悪感を抱いていた。

 

「ユーリ、あのいけ好かない女の鼻っ柱をへし折れる?」

 

シュテルがユーリにクローナ以上の成績を出せるかと問うと、

 

「当たり前じゃん」

 

得意そうな顔でユーリはブースへと入り、モーゼルkar98kに弾を込める。

そして、銃を構えると、

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

込められた弾を全弾撃つとユーリの撃った弾は全て的に命中していた。

 

「パーフェクト、現在のトップはヒンデンブルク、砲雷長、ユーリ・エーベルバッハ」

 

全弾命中させた事でユーリの射撃の成績はクローナを上回った。

またもや他校の生徒に成績を抜かれたクローナは他の生徒が拍手する中、苦虫を嚙み潰したよう顔でユーリの事を睨んでいた。

 

「へぇ~あの金髪の人、なかなかやるじゃん」

 

すると、レターナがユーリの事を感心する様に言う。

 

「じゃあ、私も頑張っちゃおうかな?」

 

そして気合を入れてブースへと入る。

だが、成績はいまいちな成績だった。

 

「あれだけ言っておいて情けないぞ、レターナ」

 

ミーナは平均より下の結果をだしたレターナに呆れた。

最終的結果で、射撃訓練において、一番の成績を出したのはユーリだった。

なお、全弾命中させたのはユーリであったが、書記のメイリンもなかなかの成績を出していた。

彼女の意外な才能を垣間見た気がした。

 

放課後になり、シュテルとテアの姿は再び食堂にあった。

 

「シュテルは日本へ行ったことがあるのか?」

 

「えっ?」

 

食堂で午後のティータイムを二人で過ごしていると、テアはシュテルに日本について訊ねてきた。

 

「う~ん‥‥小学校に上がる前に何度か行ったことがあるかな‥‥でも、どうして日本に興味を?」

 

「実は‥‥」

 

テアは親善試合の後、マイヤーとのやり取りをシュテルに話した。

 

「なるほど‥‥」

 

六年も前からテアがヴィルヘルムスハーフェン校に入学し、シュペーの艦長になる事を見越していたテアの母親の先見の明は凄いと言うか、娘を信頼しているのかは不明だが、来年の事とは言え、恐らく日本へ留学する事も既にテアの母親は見越しているのだろう。

 

(日本か‥‥)

 

日本はシュテルの前世の故郷であったが、この後世でも日本には思い出があった。

シュテルがテアの質問に答えた時、昔の思い出が脳裏を過ぎった。

幼年部‥シュテルが小等部へ上がる前、彼女は船では時間がかかるので、飛行客船でドイツから日本の京都に居る祖父母の下に旅行へ出かけたことがある。

その時は千葉には行かなかったので、戸塚を訊ねる事も自身のソウルドリンクであるマックスコーヒーを飲むことは出来なかった。

シュテルは日本に居た頃、ちょっと京都から遠出して広島の呉へ出かけた時、シュテルは近くの児童養護施設に住んでいると言う二人の少女に出会った。

あの時もたった一日だけであったが、シュテルとその二人の少女と意気投合した。

二人の内、一人の少女は母子家庭で母親は元ブルーマーメイドの隊員だったらしく、殉職してしまい、彼女は呉の児童養護施設に暮らす事になったらしい。

そして、三人で岬の上から呉に入港する大和の姿を一緒に見た。

シュテルがこうして海洋学校へ入ったそもそもの起点は戸塚に会いに行ける事の他にその二人の少女に出会ったことだった。

 

(あっ、そう言えば、アイツも居たな‥‥)

 

その他にもう一つ、日本には祖父母の他にもう一人、シュテルの遠い親戚が居た‥‥

 

 

 

 

シュテル達ヒンデンブルクがヴィルヘルムスハーフェン校へ交換留学している時、日本では‥‥

日本は前世の歴史と異なり、石油やメタンハイドレートの採掘に端を発する急激な地盤沈下で平野部のほとんどが海に沈んだが、日本全てが海の底に沈んだわけでは無く、当然陸地も残っており、幹線道路が敷かれて、其処には当然自動車も走っている。

前世では高校の入学式の時、由比ヶ浜は早朝、由比ヶ浜家の愛犬、サブレの散歩をしていた際、サブレの首輪とリードを繋ぐ金具が壊れており、そのリードと首輪が外れ、サブレはそのまま車道に飛び出し、雪ノ下家の車に轢かれそうになった。

そこを入学の日、朝一で登校しようとしていた比企谷八幡が間一髪、助けた事によりサブレは一命をとりとめたが、八幡自身は足を骨折し数週間の入院を余儀なくされた。

この事故の関係者の内、雪ノ下家は彼の入院費を負担すると共に多額の金を口止め料として比企谷家に渡した。

その多額の口止め料は八幡の為には一円も使われず、全て八幡を除く比企谷家の者が豪遊する為に使用された。

そしてサブレ(犬)の飼い主である由比ヶ浜も一度は比企谷家に菓子折りを持って行ったが、八幡自身に礼と謝罪をしたのは事故から一年以上経ってからで、車に乗っていた雪ノ下と一年以上経ってから礼と謝罪をした由比ヶ浜はそれまで自分達が事故の関係者である事を黙っており、八幡を当たり前のように罵倒し続けていた。

しかし、この後世では比企谷八幡と言う人間は居らず、地形も変わり、さらに前世の記憶を引き継いでいる事で入学式の日には事故は起きなかった。

だが、この後世においても由比ヶ浜家の愛犬、サブレの首輪とリードを繋ぐ金具は壊れていた。

由比ヶ浜はそんな事も知らず、その日の早朝、彼女は何時ものように愛犬、サブレを連れて日課である散歩へと出かけていた。

 

「うーん‥‥やっぱり朝の散歩はいいね、サブレ」

 

「わんわん!!」

 

まだ通勤・通学のラッシュ時の時間帯ではない為、歩いている人もまばらな時間。

しかも時折、海からの潮風と波の音が心地よく、水平線から昇り始めた朝日の光を浴びると、今日も一日が始まるのだと実感できる。

公園内を歩いて、もうすぐで公園を出ようとした時、

 

「わんわん!!」

 

サブレが突然走り出したかと思ったら、首輪とリードを繋ぐ金具が外れ、サブレはそのまま公園を出て車道へと走って行く。

 

「サブレ!!」

 

由比ヶ浜も慌ててサブレを追いかける。

彼女の脳裏には前世で起きたサブレと八幡の事故が過ぎる。

すると、前世と同じく、

 

プップー!!

 

車がサブレ目掛けて突っ込んできた。

 

「サブレ!!」

 

キキキキィー!!

 

由比ヶ浜の絶叫と車の急ブレーキの音が響く。

しかし、車道にサブレの悲鳴と轢かれるような鈍い音はしなかった。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

「バカやろう!!気をつけろ!!」

 

車のドライバーが窓から顔を出し、大声を出すとそのまま車を走らせその場から去って行く。

車道の隅にはサブレを抱いた青年の姿があった。

 

「サブレ!!」

 

「危なかったね‥あと少し遅れていたら轢かれている所だったよ」

 

サブレを助けたのは自分と同じくらいの赤い目、そして空色の髪をした青年だった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

由比ヶ浜は青年からサブレを受け取ると早速礼を言う。

前世の時はサブレを助けた八幡はそのまま雪ノ下家の車に轢かれ意識を失い病院へ搬送されたので礼を言うのに一年以上経ってからとなったが、この時はサブレを助けた青年は車に轢かれる事無く無事だった。

 

「あ、あの‥‥」

 

「それじゃあ、僕はこれで‥‥」

 

青年はサブレの無事を確認すると、そのまま名を名乗らずその場から去って行った。

 

「‥‥」

 

由比ヶ浜は去って行く青年の姿をボゥっとした表情で見ていた。

その日、由比ヶ浜は授業中も昼休みもボゥっとしていた。

授業中なんて、教官に答えを聞かれた時、凡ミスをする始末だ。

 

「由比ヶ浜さん、今日の貴女、ちょっと変よ。どこか具合が悪いの?」

 

雪ノ下が放課後、由比ヶ浜に声をかける。

 

「あっ、うん‥‥体調は大丈夫‥どこも悪くはないよ」

 

「でも‥‥」

 

「ねぇ、ゆきのん」

 

「なにかしら?」

 

「ゆきのんは今でも葉山君の事が好き?」

 

「えっ?‥‥そうね‥前の世界では好きだったけど、今では強く意識はしていないわね‥‥もしかして貴女、葉山君の事を?」

 

「ううん、葉山君じゃなくて‥‥」

 

由比ヶ浜は今日の朝の事を雪ノ下に話した。

彼女の話を聞いて雪ノ下の脳裏に過ぎったのは前世での入学式での出来事‥‥

 

(まさか、由比ヶ浜さんの犬を助けたのは‥‥いえ、そんな筈は無いわ。あのクズはこの世界には存在しない筈だもの‥‥)

 

雪ノ下は由比ヶ浜の犬を助けたのは八幡ではないかと一瞬そう思ったが、彼は葉山が特典としてこの世界には存在しないようにしていた。

故に由比ヶ浜の犬を助けたのは八幡では無い筈だと自分に言い聞かせる。

 

「ねぇ、由比ヶ浜さん。貴女の犬を助けた人の名前は何て言うのかしら?」

 

「それが、その人、名前も名乗らずに行っちゃったから‥‥」

 

「どこの人かも分からないの?」

 

「う、うん‥あっでも、ヒッキーじゃなかったのは確かだよ」

 

「そう‥‥」

 

(そうよね。あのクズがこの世界に存在している筈がないものね)

 

由比ヶ浜から犬を助けたのは八幡ではないと確約を取り雪ノ下は内心安堵した。

サブレを助けたのが何処の誰なのかは分からないまま由比ヶ浜が家に戻ると、意外にもどこの誰なのかすぐに分かった。

 

『さて、次のニュースです。今日、千葉市青葉公園芸術文化ホールで行われた国際ピアノコンクール青少年の部で、千葉芸術大学付属高校から出場した渚カナデさんが見事優勝しました。渚さんは‥‥』

 

何気なく見ていたニュースで今日、開かれたピアノコンクールで優勝した人物の顔を見た由比ヶ浜は、

 

「アッー!!」

 

思わず声を上げた。

テレビの中に映し出されているピアノコンクールの優勝者の顔はまさに今日、サブレを助けた青年の顔だった。

 

(そっか、あの人の名前は渚カナデって言うんだ‥‥)

 

由比ヶ浜はサブレを助けた青年の名前が判明し、ホッとした様な顔をした。

その時の由比ヶ浜の表情はまさに恋する乙女の顔だった。

彼女はこの後世にて新たな恋をした。

しかし‥‥

 

此処で時間を少し巻き戻す。

 

 

千葉市にある青葉公園芸術文化ホールにて、開かれた国際ピアノコンクール。

その青少年の部にて、渚カナデは燕尾服を着て出番を待っていた。

自分のピアノの腕には自信がある。

幼少の頃から自分の生涯はピアノと共にありピアノ一筋の人生を歩んできた。

でも、この世に絶対なんてモノはない。

それにピアノ一筋の人生の中でもカナデにとってピアノ以外にももう一つ、夢中‥と言うか、気になる存在があった。

カナデは徐に燕尾服の懐から定期入れ程の大きさの写真入れを取り出す。

その中には一枚の古い写真が入っていた。

其処にはカナデの幼い時の姿とその隣に茶髪でショートカット、猫のような青いつり目の少女が恥ずかしそうにほんのりと頬を染め、カメラのレンズから視線を逸らしている姿が映し出されている。

 

(シュテル‥‥僕の幸運の女神‥‥僕に力を貸してくれ‥‥)

 

カナデは写真入れをギュッと胸に抱きしめた後、再び懐に入れる。

 

「では、次、エントリーナンバー○○番、渚カナデさん」

 

司会者がカナデの名前を

会場が拍手に包まれる中、カナデはピアノへと歩んで行った。

 

 

そしてカナデは見事、ピアノコンクール、青少年の部で優勝した。

 

 

カナデに新たな恋をした由比ヶ浜であったが、そのカナデはシュテルの事を知っており、彼女の事を意識していた。

由比ヶ浜、カナデ、シュテル‥‥この三人が出会うのはもう少し先の事であった。

 

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