やはり俺の転生生活は間違っていない。~転生先は蒼き人魚の世界~   作:ステルス兄貴

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43話

この日、シュテルは珍しく、一人でダートマス校の近くにある公園に来ていた。

公園のベンチで昼食であるサンドイッチを一つ食べながら、呆然とあることを考えていた。

それは、カレンとグレニアの事である。

前世の頃から元々、人付き合いを苦手としていたがこの後世では、それを改めて、それなりにこなしてきたのだが、あそこまで積極的にこられてはどう対応していいのか迷ってしまう。

カレンもグレニアもシュテルにとってはもはや大事な友人なのだが、その当人たちはどうもシュテルを自分ひとりで独占したいという気概がある。

シュテルとしては、友人なのだから、そこまでしなくてもいいじゃないかと思った中、前世にて、『みんな仲良く』をモットーにしていた葉山の顔がチラつき、今の自分も、カレンかグレニアを選べずに、優柔不断な彼と同じことを思っているのではないかと言う自己嫌悪に陥った。

 

(よりにもよって、アイツと同じレベルかよ‥‥)

 

以前、エリスが思ったように前世の比企谷八幡と言う少年は、ボッチを望んでいたモノとは裏腹に良くも悪くも、人を惹きつける。

それは、この後世でも同じだった。

ただ、前世とは異なり、悪意を持ったり、自分の事を都合のいい駒として扱うわけでない。

周囲の人は、キール校の首席という肩書だけでなく、シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇と言う個人へ親しみを込めて接している。

その一つにシュテル自身も気づかないある理由が存在していた。

シュテルは、前世では比企谷八幡と言う男性であり、その記憶と魂を受け継いで、この後世に転生し、今の体‥‥女性の肉体‥‥シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇と言う器に魂を定着させている。

魂と言う中身と肉体と言う器の性別が異なっている存在だ。

シュテルに好意的に接する者は、もちろん、シュテルの人となりに魅力を感じている者も居るが、中には無意識のうちにシュテルの中に存在する男性の部分に惹かれている者も居たのだ‥‥

 

「はぁ~‥‥」

 

まだ昼食のサンドイッチが残っていたのだが、とてもこんな気分では食べる気になれない。

かと言って、このまま食べずにゴミ箱へ捨てるのももったいない。

もうしばらく、思考を働かせていれば、お腹が空くかと思い、シュテルはしばし、考えにふけることにした。

しかし、なかなかいい解決案が浮かばない。

このままあいまいな関係ではまずいし、かといって、カレンとグレニアのどちらかを贔屓するつもりもない。

 

「はぁ~‥‥」

 

シュテルが、頭を抱えていると、シュテルが座っているベンチの隣に男の人が座った。

何気なく見てみると、その男の人は以前、フランス料理店に来たあの生牡蠣の男の人だった。

 

(あれ?この人、あの時の‥‥)

 

シュテルが横目でチラッと見ていると、その男の人は、上着のポケットからバケットと呼ばれるフランスパンを取り出す。

そして、大きなハサミでバケットを切り、隅の方はゴミ箱へと放り投げる。

 

「‥‥」

 

バケットを適当な厚さのバケットを二つ用意すると、今度はバターを取り出し、クレジットカードを使って、バケットにバターを塗り始める。

続いて、ビニール袋に入ったレタスを取り出して、ベンチ脇にある水道でレタスを洗う。

洗ったレタスをパンにはさむのかと思いきや、その男の人は靴を脱ぎ、靴下を脱ぐと、なんと洗ったばかりのレタスを靴下の中に入れる。

 

(おいおい、いくら、自分の足でもそれは衛生的にどうなんだ?)

 

レタスが入った靴下を振り回し、水気を飛ばす。

そして、水気が飛んだレタスをパンに挟む。

次に男の人はポケットからジャムの瓶を取り出す。

その瓶の中には生きた魚が入っていた。

男の人は瓶の中から魚を取り出すと、ベンチの肘掛けの部分に魚の頭をぶつけて、魚を殺して、レタスの上に置く。

二、三匹ほど、それを繰り返しバケットにはレタスと生魚が乗っている。

 

次にベンチの上にハンカチを敷くと、その上にブラックペッパーの粒を転がすと、ハンカチを折りたたんで、靴でブラックペッパーを叩き潰す。

叩き潰したブラックペッパーを具の上にふりかけて、バケットで挟むとサンドイッチが完成した。

 

「‥‥」

 

男の人の変わった行動を見ながら、シュテルはサンドイッチと共に買った紅茶を一口飲む。

それを見た男の人はポケットからティーバッグを取り出し、次にゴム製の氷枕を取り出す。

 

(パンやレタス、魚を見て思ったけど、どこに入っていたんだ?それらは‥‥?)

 

シュテルは男の人のポケットに入っていた物の量に突っ込みたい衝動が湧き出た。

男の人が取り出した氷枕にはあらかじめ、ぬるま湯が入っていたのか、ティーバッグを氷枕の中に入れ、次にミルクが入った哺乳瓶を取り出す。

しかし、哺乳瓶から氷枕へミルクを入れる方法が思いつかないのか、男の人は哺乳瓶の飲み口を口につけると、中のミルクを口へと含む。

 

(最初から水筒に入れて来ればよかったのに‥‥それか、市販のモノでもよかったんじゃないか?)

 

哺乳瓶を持ってくるくらいなら、紅茶の入った水筒か、店で飲み物を買ってきた方が早いんじゃないかと思うシュテル。

ミルクをある一定の量、口へと含むと、男の人はそれを氷枕の中へと入れた。

 

「‥‥」

 

(うえぇ~‥‥)

 

ただでさえ、カレンとグレニアの件で食欲が落ちている中、男の人のこの行動を見て、更に食欲が落ちる。

男の人はサンドイッチと飲み物の準備が出来たので、いよいよ食事を始めようとする。

ブラックペッパーを潰したハンカチをはたいてナプキン代わりに首元へと入れる。

すると、まだブラックペッパーの粉が残っていたのか、

 

「ハックシュン!!」

 

大きなくしゃみをして、サンドイッチを落としてしまう。

さらに飲み物も氷枕を脇に挟んでいたせいで、くしゃみをした勢いで、脇が締め付けられ、中身が飛び出てしまう。

 

「‥‥」

 

シュテルは無言のまま、残っていたサンドイッチをその男の人にあげる。

どうせ、食欲がなくて、残していたモノだったし‥‥

男の人は気まずそうながらもシュテルからサンドイッチを受け取った。

 

 

 

 

カレンとグレニアとの関係が未だにモヤモヤした状態の中、ダートマス校ではある催し物が行われようとしていた。

 

「演劇祭?」

 

「そうデース!!」

 

「地元の子供らに海やこの学校の事を知ってもらうための一環として毎年、この時期にやっているんだよ」

 

ダートマス校の演劇祭は中等部、高等部の一年、二年、三年‥‥学年別で六つの演劇を行い、地元の子供や地域住民とのコミュニケーションの一環や海について知ってもらおうという恒例のイベントだった。

その為、ダートマス校には演劇専用の劇場さえも学校の敷地内に存在していた。

 

「ん?でも、私はダートマス校の生徒じゃないけど‥‥?」

 

(って、言うか、敷地内に劇場を完備って、どんだけ金があるんだ?この学校は‥‥?)

 

礼拝堂もそうであるが、学校の敷地内に劇場があるという事実に思わず突っ込みたくなる。

 

「体験入学者は自由参加で、演劇に参加してもOKネ!!」

 

ダートマス校の生徒でない体験入学者も演劇祭に参加したければ、参加しても問題はないとカレンは言う。

 

「自由参加なら、私は‥‥」

 

別に強制参加でないのであれば、シュテルは演劇祭には参加したくはなかった。

 

「せっかくだし、シュテルもやろうぜ」

 

「私もシュテルンと一緒にやりたいデース!!」

 

グレニアもカレンもシュテルに演劇祭には参加してほしいという。

 

「だめですか?」

 

「一緒にやろうぜ、シュテル」

 

「うっ‥‥」

 

シュテルに関してまるで、競い合うかのようにしているのに、こうしてシュテルを演劇祭に参加させる時には、普段のいがみ合いが嘘の様にタッグを組んできた。

二人の上目遣いでシュテルはタジタジ‥‥

 

「シュテルン‥‥」

 

「ダメか?」

 

「‥‥わ、わかった!!わかったから!!その上目遣いは止めて!!」

 

カレンとグレニアの上目遣いでのお願いでシュテルはやむなく、演劇祭に参加することになった。

 

(演劇か‥‥前世での最後の文化祭を思い出すぜ‥‥)

 

八幡にとっては人生最後の高校二年生の文化祭‥‥

あの時は、平塚先生の独断で自分は文化祭実行委員に強制参加させられた。

八幡のクラスではクラスメイトの海老名姫菜が脚本を手掛けた演劇をやることになった。

当初は八幡と葉山の主演であったが、八幡が文化祭実行委員と言うことで、八幡がやる予定の配役は戸塚がすることになった。

文化祭実行委員を決める時、八幡が居眠りをしてしまったことに非もあるが、あの平塚先生の事だ。

自分が居眠りをしていなくとも、何かしらの理由をつけて強制的に文化祭実行委員にしていたと今では思った。

あの時、居眠りをせず、もう少し、自分に明確な意思を持っていれば、葉山を文化祭実行委員に推薦して、自分は戸塚と一緒に演劇をやりたかったと今になって思うシュテルだった。

 

「それで、何の演劇をやるの?」

 

シュテルは二人に高等部一年生が行う演劇の演目を訊ねる。

 

「これデース!!」

 

カレンが演劇祭のチラシを見せる。

そこには、中等部、高等部の学生たちが行う演劇の演目が書かれていた。

そして、高等部一年の演劇の演目の部分には、こう書かれていた。

 

『タイタニック』

 

と‥‥

タイタニック‥‥それはもう、百年以上前の客船の名前であるが、その船名はあまりにも海洋歴史には有名な名前である。

 

(おいおい、あまりにも縁起が悪くないか‥‥?)

 

演劇の演目を見て、シュテルは内容があまりにも縁起悪いと思った。

それはこのタイタニックが有名となった事故が原因だった。

タイタニックは今から約百年前‥‥20世紀初頭に建造された豪華客船であった。

建造当時は、まだ飛行船技術は発達しておらず、ヨーロッパからアメリカへの渡航手段は船だけだった。

その中でもイギリスの大手船会社、ホワイト・スター・ライン社が建造したオリンピック級豪華客船はこれまで世界に類を見ない大きさと豪華さを兼ね揃えていた。

そのオリンピック級豪華客船の二番船としてタイタニックはデビューした。

1912年4月10日、タイタニックは処女航海のためにイギリスのサウサンプトン港を出港。

途中、フランスのシェルブール、アイルランドのクイーンズタウンへと寄り、七日後の4月17日にはアメリカのニューヨークに到着する予定だった。

しかし、航海から四日目の夜、ニューファンドランド沖にさしかかった時、タイタニックは氷山と衝突。

二時間四十分後に沈没した。

搭載されていた救命ボートが乗員の人数未満の分しか用意されず、2200人以上の乗員の内、助かったのはわずか700人ちょっとで、1500人以上の人が北大西洋の海へと消えた。

これは海洋歴史史上、最大最悪の海難事故である。

そして、このタイタニックの沈没事故にはさまざまな憶測が飛び交った。

その要因として出港当日、VIPである乗客が多数キャンセルしていたこともその憶測の要因の一つで、

その他にも沈没原因は当然、氷山との衝突であるが、タイタニックには密かにミイラが積まれており、そのミイラの呪いで、タイタニックは氷山にぶつかり沈んだ。

また、タイタニックを所有していたホワイト・スター・ライン社は経済的に苦境に立たされていた。

タイタニック事故の一年前にデビューしたオリンピックがイギリス海軍の巡洋艦と衝突し、過失はホワイト・スター・ライン社側にあるとして、海軍に多額の賠償金を支払い、さらにオリンピックの修理に関しても、完全とまではいかず、そこで、ホワイト・スター・ライン社は保険金詐欺を目的として、タイタニックとオリンピックをすり替えさせてわざと氷山にぶつけたのではないかと言う説さえ出ている。

 

シュテルが八幡であった前世でもタイタニックの名前ぐらいは知っていた。

このタイタニック遭難事故は後世でも起きていた。

そして、前世同様、タイタニックの事故はこの後世でも、映画やドキュメンタリー番組でも取りあげられている。

タイタニックの事故は氷山の監視や通信網の強化、そして救命ボートの数の法改正など、航海における数多くの教訓を残した。

だが、大勢の人の命が失われたことに変わりない。

しかもタイタニックはダートマス校のあるこのイギリス船籍の船だ。

タイタニックの事故はイギリスにとって黒歴史でもあるはずだ。

そのタイタニックを今度の演劇祭の演目としてやろうというのだ。

将来のブルーマーメイドや船乗りを目指す学校で‥‥

シュテルはその疑問をダートマス校の生徒であるカレンとグレニアにぶつけてみた。

 

「でも、そんな縁起悪い演目の劇をやっていいの?」

 

「まぁ、確かに縁起が悪いと言えば悪いが‥‥」

 

「それでも、タイタニックの事故はとても大事なことデース!!あの事故を忘れさせないためにも何年かおきにダートマス校では、やっていマース!!」

 

「なるほど‥‥」

 

事件を風化させないためにこうしてダートマス校では、タイタニックの事故をこうして演劇で後世へと語り継いでいるのだという。

そして、ダートマス校の高等部一年生と体験入学者の参加者があつまり、配役決めとなる。

シュテルは演劇祭に出ると決めたが、配役に関してもエキストラレベルの役でいいと思っていた。

それか、舞台に立つことのない裏方がシュテルとしては一番のベストだった。

主役とヒロインに関しては、ブリジットとキャリーが務めることになった。

それから、その他の配役について決めていくことになったのだが、

 

「そう言えば、イカリさんってお父さんが有名なチェリストだったわね」

 

「えっ?ええ‥‥そうですけど‥‥」

 

「じゃあ、音楽隊の役、やってくれないかな?」

 

「えっ?」

 

シュテルはタイタニックに乗船していた音楽隊の役を頼まれた。

 

「えっ?い、いや、でも、そう言うのは吹奏楽部の人がやった方がいいんじゃあ‥‥」

 

シュテルは自分よりも吹奏楽部など、音楽系の部活動の人がやった方が良いと言うが、

 

「私は別の役をやりたいし‥‥」

 

「私も‥‥」

 

吹奏楽部の生徒は他の役をやりたいと言い出す。

 

「うぅ~‥‥」

 

「それにイカリさん、葬儀の時もバイオリン弾いていたじゃん。あの時の演奏、とっても良かったし‥‥」

 

「そうそう」

 

「‥‥」

 

断れない空気にはなったが、決して他の生徒たちはシュテルに厄介な役を押し付けているわけではなく、シュテルにしかやれないことをやってくれと頼んでいる。

 

「わ、わかりました‥‥」

 

シュテルの演劇祭での役は音楽隊の役となった。

 

「じゃあ、他のバンドメンバーだけど‥‥」

 

「「はい!!」」

 

音楽隊の他の役について、立候補者を訊ねると、カレンとグレニアが手を上げる。

そして、二人の他にドロシーとセラスが立候補して、音楽隊のメンバーはシュテル、グレニア、カレン、ドロシー、セラスの五人となった。

その後も他の配役や裏方の仕事が決まっていく。

後は、役者の人は練習へと入り、裏方のスタッフは使用する衣装や小道具の制作へと入った。

 

「でも、カレンもグレニアも音楽隊の役なんて立候補してよかったの?」

 

「ん?」

 

「どうして?」

 

「音楽隊は確かにセリフが多い役ではないけど、その分、実際に楽器を弾かなければならないけど、二人とも、弾ける?ヴィクトリアさんとウィリアムズさんも‥‥」

 

シュテルの問いに四人はなぜか視線を逸らす。

 

(おいおい、まさか‥‥)

 

シュテルはカレンもグレニアはシュテルがやるから‥‥

ドロシーとセラスは、カレンとグレニアが心配だからと言う理由から、音楽隊の役を立候補したのかもしれない。

 

「本当に大丈夫かな?」

 

「た、多分‥‥」

 

「一応、音楽の授業で基礎的な知識はありますけど‥‥」

 

ドロシーとセラスはダートマス校にて音楽の授業で、弦楽器もやっているので、大丈夫だと言うが、シュテルとしては不安が拭えなかった。

 

シュテルは、音楽室へと向かうと早速使用する弦楽器を用意する。

 

「コントラバスとチェロは、ヴィクトリアさんとウィリアムズさんにやってもらおうかな?」

 

「そうですね」

 

「それが無難ね」

 

カレンとグレニアの背では、コントラバスとチェロは弾きにくいので、背の高いセラスとドロシーにやってもらうことにした。

 

「シュテルンはやはり、バイオリンですか?」

 

「ええ‥‥あとは、ビオラと第二バイオリン(セカンド・バイオリン)だね」

 

そして、じゃんけんの結果、ビオラをカレン、第二バイオリン(セカンド・バイオリン)をグレニアがすることになった。

 

「じゃあ、さっそく弾いてみようか?ゆっくりでいいから‥‥」

 

シュテルはバイオリンと弓を持ち、皆に一度弾いてみようかと言う。

 

「う、うん‥‥」

 

「お、おう‥‥」

 

「‥‥」

 

「大丈夫かな‥‥?」

 

シュテルは弾きなれているので、そうでもないが、他のメンバーは妙に緊張している面持ちだった。

実際に弾いてみると、セラスとドロシーはもう少し練習すれば、なんとかなりそうだが、カレンとグレニアの二人はセラスたちよりも練習が必要みたいだ。

 

「そもそも音が出てこない‥‥」

 

グレニアの使用したバイオリンからはかすれるような音が出ていた。

シュテルはグレニアの弓をまじまじと見つめ、

 

「‥‥この弓は新品みたいだ」

 

「新品だと音が出ないのか?」

 

「松脂が塗っていないからね」

 

「あたしのセンスの無さじゃないのか?」

 

音が出なかったのは自分のせいではないと言うことでホッとしている様子のグレニア。

 

「使い込んでいるものでも、三十分弾くごとに二、三回擦っているのよ‥‥」

 

そう言ってシュテルは自分が使っていた弓をグレニアに手渡す。

 

「じゃあ、弾いてみようか?」

 

シュテルがそう言うと、メンバーは弓を構える。

 

「ん?カレン、少し持ち方が変だよ」

 

「えっ?そうですか?」

 

「うん‥‥あごと鎖骨で挟み込むように‥‥まっすぐ前を見ながらそのまま‥‥」

 

「ちょっときつい体勢ですネ」

 

「まずは正しいフォームを覚えないとね。テニスやゴルフ、野球でもそうでしょう?」

 

(テニスか‥‥そういえば戸塚も俺のフォームが綺麗だからって声をかけてくれたっけ‥‥?)

 

「こ、こうですか?」

 

「そう、今の構えを覚えておいて、その構えを体に染み込ませれば、手を離してもあごと肩で挟んでいるから、楽器を落とさないと思うから、グレニアもいい?」

 

「お、おう」

 

「ん?グレニア、さがっているよ」

 

「えっ?」

 

「きちんと、あごと、ここ‥‥」

 

シュテルはグレニアとほぼゼロ距離で接し、フォームを指摘する。

 

「ちょっ、しゅ、シュテル?」

 

「鎖骨を当てて挟むようにして‥‥」

 

指導だと分かっていてもグレニアの首元にシュテルの指があたり、グレニアは妙な気分となる。

距離が近づくことで、グレニアはシュテルの体温と匂いを感じる。

他のメンバーも心なしか顔を赤くしている。

 

(しゅ、シュテルの胸も迫ってきている‥‥)

 

以前、カレンがお風呂にて、自分にシュテルの胸を揉んでみるかと言われ、その時の事を思い出すと、グレニアはシュテルの胸をますます意識してしまう。

意識しないように考えようとするも、一度意識するとますます意識してしまう。

 

「‥‥グレニア、大丈夫?」

 

「えっ?あ、うん‥‥大丈夫だ」

 

「でも、シュテルン、なんであごと肩でバイオリンを挟むデスカ?弾くなら、どんな姿勢でもOKな気がしまーす!!」

 

「この姿勢‥‥構えで重要なのは左手のネック、分かる?」

 

シュテルはグレニア離れ、バイオリンを構え、カレンからの質問に答える。

ただ、離れた時、グレニアは小さく「あっ‥‥」とつぶやき残念そうだった。

 

「ネックを自在に移動させ、小指まで動かして弦を押さえないといけないの‥つまり、左手の自由度が演奏の要となるから、この姿勢でないといけないの」

 

「へぇ‥‥」

 

「わかりました」

 

「って、カレンもグレニアもあごを下げない!!」

 

「は、はい!!」

 

「お、おう!!」

 

「首を傾げすぎても音の音色の響きに影響するから、きちんとあごと鎖骨の二つの支点だけで押さえるのを覚えて」

 

「りょ、了解デス」

 

「う、うん」

 

シュテルはカレンとグレニアの他にセラスとドロシーにも持ち方や弾き方を指摘する。

流石、父親に世界的有名なチェリストを持つだけあって、シュテルの教えはなかなかのものだった。

 

「それじゃあ、今、言ったことを意識して、もう一度、弾いてみるよ」

 

シュテルは弓に松脂を塗り、バイオリンを構え、もう一度メンバーらと共にセッションを行った。

 

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