やはり俺の転生生活は間違っていない。~転生先は蒼き人魚の世界~   作:ステルス兄貴

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69話

学校から行方不明になった学生艦の捜索を依頼されたヒンデンブルクと晴風。

しかし、いざ捜索に出た途端、晴風の機関がトラブルを起こし、現在二艦はアスンシオン島海域周辺の小島にて、小休止となっていた。

休憩中、乗員たちは海水浴や日光浴と思い思いの時間を過ごしている。

そんな中、ヒンデンブルク艦長のシュテルは晴風艦長の明乃や顔見知りのミーナに会うため、晴風を訪問していた。

晴風の甲板を歩いていた時、シュテルは一人の晴風の乗員が甲板に座り、項垂れているのを見つけて思わず声をかけた。

 

「どうかしたの?」

 

項垂れていたのは、晴風航海長、知床鈴だった。

声をかけられ、鈴は項垂れていた顔を上げる。

 

鈴が顔を上げると、晴風の乗員とは異なる制服を着た女子が居る。

 

「え、えっと‥‥」

 

鈴が戸惑っていると、シュテルはそれを察したのか、

 

「あっ、ごめん、自己紹介がまだだったね。私はドイツ・キール校所属、ヒンデンブルク艦長のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

「ど、ドイツ艦の艦長さん!?」

 

鈴はシュテルの役職を聞いて、物凄く驚く。

あの巨艦の艦長がどんな人物なのか?

それは鈴も気にはなっていたが、その人物が今自分の目の前に居るからだ。

 

「あ、あの、私、は、晴風の航海長の、し、知床鈴です」

 

鈴も慌てて立ち上がり、シュテルに自己紹介をする。

 

(えっ?この人の声、滅茶苦茶、ユーリの声に似ているんだけど!?)

 

四国沖の海上ショッピングモールへ行った時、明乃たち晴風組はユーリの声を聞いて、鈴に似ていると驚いていたが、反対にこれまでシュテルは二度晴風に来たが、どちらも鈴に会っていない。

今回、三度目の晴風訪問で鈴と初邂逅したわけだが、鈴の声がユーリと似ていることに驚くシュテル。

しかし、いつまでも驚いている訳にはいかず、シュテルは何故、鈴が項垂れていたのかを訊ねることにした。

 

「それで、どうしたの?なんか元気なかったみたいだけど‥‥気分でも悪いの?」

 

「‥‥」

 

鈴はまた頷きながら甲板に座る。

 

「なにか悩んでいるなら、溜め込まずに人に話したらどうかな?それだけでも楽になるよ。私で良ければ話を聞くし‥‥」

 

シュテルも鈴の隣に座り、事情を聞く。

 

「‥‥そ、その‥‥」

 

鈴はゆっくりと口を開く。

 

「ん?」

 

鈴は最初、黙っていたが、やがてポツリ、ポツリと話し始めた。

 

「私‥‥さっき、心理テストをやったんです‥‥」

 

「ほぉ、心理テストをねぇ‥‥」

 

「そ、それで、その結果が‥‥」

 

「結果が?」

 

「‥‥ま、真面目系クズって結果に‥‥」

 

「えっ?真面目系クズ?」

 

真面目は兎も角、クズと言うのは聞き捨てならない単語である。

 

「は、はい‥‥でも、当たっていると思います‥‥だって私、逃げてばっかりの逃げ逃げ人生だし‥‥」

 

鈴は涙声でどうして真面目系クズになったのか?

そして、それが当たっていると言う。

 

「逃げ逃げ人生?」

 

(ユーリの声と同じなのに、涙目で涙声だと、印象が全然違うな‥‥でも、なんだか保護欲を掻き立てられるこの感じはなんだろう‥‥?)

 

声はまるっきり、友人と同じはずなのに、鈴の方がなんだか可愛く見えてしまうシュテルだった。

ユーリが居たら、鈴の声が自分に似ていることよりもシュテルに構ってもらっていることに対して鈴にあの死んだ魚のような目でジッと無言の圧力をかけていただろうし、鈴は自分と同じ声だけど、ユーリの無言の圧力で涙目になっていることだろう。

 

「‥‥しょ、小学校の時に、クラスの皆で肝試しをしたんだけど‥‥友達を置いて逃げちゃって‥‥」

 

「うわぁ‥‥」

 

肝試し会場に残された友人からしてみると、鈴がとった行動は最低であるし、その後の関係は物凄く険悪か気まずくなったに違いない。

後日、鈴はきっと、その友達に何度も頭を下げて謝ったのだろう。

 

「それ以外にもいつも、いつも気付いたら逃げてばっかりで‥‥」

 

シュテルに鈴は自らの過去を話す。

同じく小学校時代、下校途中、通学路を歩いていると犬に吠えられて、怖くなりその場から逃げて、わざわざ遠回りして帰った事、

修学旅行の時、東大寺南大門の金剛力士像を見て、怖くなって逃げ出して担任の先生やクラスメイトたちに迷惑を掛けた事、

確かにこれまでの人生、鈴本人の言う通り、辛い目や怖い目に遭った時は逃げてばかりいた。

 

(逃げる‥‥か‥‥)

 

鈴の言う『逃げる』と言う単語に反応するシュテル。

この単語は、彼女にとってある意味特別な単語であった。

 

「そんな時は、いつも一人で海を見ていた‥‥海を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いて‥‥それで海が好きになって‥‥ブルマーを目指して艦に乗っていれば逃げ場はないから逃げ逃げをやめられると思っていたんだけど‥‥結局また艦ごと逃げ出して‥‥」

 

自分の逃げ逃げ人生を止めるためにルーマーメイドを目指したが、結局、自分は、逃げてばかりだと痛感する鈴。

 

「うーん‥‥、知床さんが、気にしている事は分かった。ただ、一つ言えることは‥‥」

 

「い、言えることは‥‥」

 

「知床さん」

 

「は、はい」

 

ジッと自分のことを見つめるシュテルに思わず、緊張する鈴。

 

「‥‥横須賀女子に入れて良かったね!!」

 

「えっ?」

 

「もし、千葉の総武高校に入学していたら、きっと、独神の手によって、毒舌と頭お花畑な奴らが居る部活に強制入部させられていたよ」

 

思わず、鈴を抱きしめるシュテル。

彼女の逃げ逃げ人生を聞いていると、もし鈴が総武高校に入学していたら、かなりの高確率で、独神こと、平塚先生の目に留まり、奉仕部に無理矢理強制入部させられていただろう。

前世の自分の様に‥‥

そして、あの部室に居れば、毒舌こと雪ノ下雪乃にボロクソ言われていただろう。

ましてや、鈴は雪ノ下の一個下の後輩‥‥

誰彼構わず毒を吐く雪ノ下の事だ、後輩だろうと遠慮なく鈴に毒を吐き、彼女の人生、存在そのものを否定するに決まっている。

結果として、クズが付くとは言え、元々真面目で結構気にして、後々まで引きずる様な性格の鈴があの雪ノ下の毒に耐えられるだろうか?

それこそ、前世の自分の様に人間不信になって登校拒否か最悪の場合、自殺してしまうかもしれない。

後輩を登校拒否、または自殺に追い込んでもあの雪ノ下の事だ、罪悪感など一切感じず、『登校拒否になったのも、自殺したのも、鈴が弱いせいだ』と言うことで、片付け『自分は一切悪くない』と言い張るだろう。

八幡が奉仕部に入ってからの最初の依頼‥‥由比ヶ浜のクッキー作りの際、雪ノ下が由比ヶ浜に吐いた皮肉めいた毒‥‥

由比ヶ浜はどうも感性が異なるのか、それを雪ノ下の激励だと勘違いして、彼女を慕うようになった。

由比ヶ浜のようなケースはあくまでも稀なケースだ。

雪ノ下の毒を由比ヶ浜と同じ様に捉える人が一体何人いるのか分からないがそれはごく少数だろうし、少なくとも鈴には耐えられないはずだ。

 

「えっ?えっ?どくしん?毒舌?強制入部?お花畑?」

 

一方、鈴の方は、シュテルの言っていることが分からず、彼女に抱きしめられたまま、戸惑っている。

ただ、毒舌や強制入部と言う単語から、シュテルが言っている総武高校とやらには行かなくて正解だと内心思う鈴だった。

 

「知床さんは、自分で逃げることに対して罪悪感を感じ、逃げること=悪いことのように思っているみたいだけど、私はそうは思わないかな?」

 

「えっ?」

 

「これは私の知り合いの男子高校生の話だ‥‥」

 

シュテルは鈴を離して、なんだか遠い目で語りだす。

鈴も黙ってシュテルの話に耳を傾けた。

 

「ソイツは、中学の時、罰ゲームでクラスの女子に告白することを強いられた‥‥元々、ソイツはその女子に好意めいたモノを抱いていたからな‥‥」

 

「そ、それで、その人は‥‥?告白は成功したんですか?」

 

鈴も年頃の女子高生‥‥恋愛には興味があったみたいだ。

シュテルは首を横に振り、

 

「いや、振られた‥‥それどころか、その女子もクラスの連中とグルで、ソイツはクラス中の笑いものになり、別のクラスの奴らからは『生意気だ』とか言われて虐められた」

 

「‥‥」

 

「それからだ‥‥ソイツが人間不信になったのは‥‥まぁ、それ以前から、ソイツの家庭も問題はあった」

 

「問題?」

 

「ああ‥‥ソイツには妹が居たんだが、両親は妹第一至上主義でな、誕生日もクリスマスも妹はプレゼントをもらえてもソイツはもらえず、家族で旅行や外食に出かける時も、ソイツはいつも留守番だった」

 

「‥‥」

 

鈴はシュテルの話を聞いて、彼女の言う『ソイツ』に自分を置き換えてみると、家族からそんな扱いをされたら、確かに人間不信になる。

 

「中学で虐めにあったソイツは、高校では心機一転しようと地元の進学校に合格した」

 

「凄いですね」

 

横須賀女子も海洋学校では、日本有数の進学校であり、自分もそこの生徒なのだが、シュテルが言う『ソイツ』が学校では虐めにあい、家族からもぞんざいな扱いを受けながらも進学校に合格したことにホッとすると同時に凄いと思った。

 

「ただ、ソイツはどうもついていなかった」

 

「ついてない?」

 

「ああ」

 

(シロちゃんみたいなのかな?)

 

ついていないと言われ、鈴が真っ先に思い浮かんだのが、晴風の副長のクラスメイトの姿だった。

 

「高校生活に浮かれて入学式の日、朝早く家を出たソイツは、道路に飛び出した犬を助けて車に轢かれた」

 

「く、車に‥‥」

 

(流石にシロちゃんもそこまでじゃないかな‥‥?)

 

普段から不運で、「ついていない」が口癖な真白も車に轢かれるほどではないなと思う鈴。

 

「車に轢かれたことにより、ソイツは入学式には出れず、高校デビューが周りよりも一ヵ月ほど、遅れた‥‥それにより、ソイツは高校でもボッチになった‥‥家族からもぞんざいに扱われ、中学での虐めにより、人間不信になったソイツはもう、このままボッチで生きていこうと決心した」

 

「‥‥」

 

「高校一年の時はボッチながらも平穏だった‥‥問題は二年になった時だ‥‥ある課題がソイツの命運を大きく分けた」

 

「課題?」

 

「現国の課題で、『高校生活を振り返って』と言う題名で作文を書くことになった‥‥ソイツは、思ったことを馬鹿正直に書いた‥いや、書いてしまった‥‥」

 

「えっ?正直に書いてどこがダメなんですか?」

 

「ソイツはその作文のせいで、現国担当の教師に目をつけられて、ある日の放課後、ソイツはその現国の教師に難癖をつけられて、ある部活へ強制入部させられた‥‥」

 

「それって‥‥」

 

強制入部の単語から、先程、シュテルが言った事の意味がなんとなく分かってきた鈴。

 

「そう、そこで、出会ったのが、さっき言った毒舌だ‥‥しかも毒舌はその部活の部長殿だったが、初対面にもかかわらず、『ぬぼっーとした人』だの、『彼からは、何か卑猥なものを感じます』だの、失礼な事ばかり言ってきた」

 

「‥‥」

 

初対面の人にいきなり毒舌を吐く人、しかもシュテルの話から同じ高校生‥‥

そんな人と一緒に部活動をやるなんて自分には耐えられそうにない。

しかも、シュテルはなんだか、その部活の部長の事を話している時、心なしか不機嫌そうに見える。

 

(知り合い‥なのかな?)

 

知り合いの男子高校生の話なのだから、その部活の部長とも知り合いなのだろうと思った鈴。

 

「それで、その部活ってどんな部活動なんですか?」

 

「部活の名称は『奉仕部』」

 

「奉仕部?」

 

部活の名称から普通の高校にはなさそうな部活動だ。

一体どんな活動をしている部活なのだろうか?

 

「ああ、簡単に言えばボランティアか生徒のお悩み相談みたいな部活動だ。もっとも、部長殿が言うには、『持たざるものに自立を促す部活。ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話‥飢えた人に魚をあげるのではなく、魚の獲り方を教える部活』だそうだ‥‥」

 

「へぇ~」

 

(でも、なんか変なの‥‥飢えている人に魚の獲り方を教えるくらいなら、魚をあげればいいのに‥‥飢え死にしそうになっている人に魚を獲る元気なんてないだろうし‥‥)

 

鈴は奉仕部の部長の部活動における信念に疑問を感じた。

 

「それで、ソイツと毒舌部長は口論になった」

 

「口論?」

 

「ああ‥‥教師も部長殿も、ソイツが間違っていると決めつけ、話さえ聞かない、拒否権もない、一方的に強制入部をさせた‥‥それで、ソイツはその部長殿に言ったんだ‥‥『変わるだの変われだの、赤の他人に自分のことを勝手に語られたくない』って‥‥それで、部長殿はソイツにこう返した‥『貴方のそれは逃げでしょう?』って‥‥」

 

「‥‥」

 

鈴としては複雑な心境だ。

ソイツの言っていることも部長殿が言っていることも今の鈴には当てはまる。

 

「ソイツは更にこう返した『変わるつぅのも現状からの逃げだ。どうして過去や今の自分を肯定してやれないんだよ』って‥‥」

 

「過去や今の自分を肯定‥‥」

 

過去は変えることは出来ない。

これまでの自分の逃げてきた人生を忘れることは出来ても、変えること、否定することは出来ない。

しかし、それを含めて今の自分‥知床鈴が存在する。

自分で自分の存在を否定してしまっては、それこそ自分からも『逃げて』しまう。

シュテルは、鈴の黒歴史とも言える辛く忘れたい過去も今の自分も否定せず、肯定してやれと言う。

 

「知床さんがコンプレックスを抱いている『逃げ』に関してだが、私は逃げること全てが悪いことじゃないと思っている」

 

「えっ?」

 

「兵法でも『三十六計逃げるに如かず』って戦法があるし、猿島、シュペー、伊201、三回も戦闘したのに晴風がこうして無事だったのは、知床さんの見事な操艦技術があってこそだったんじゃないかな?」

 

「‥‥」

 

「的確に状況を見極めて上手く逃げるのは知床さんの長所だと思うよ、私は‥‥それは知床さんが嫌っている『逃げ』とはちょっと違う気がする」

 

「‥‥」

 

これまでの人生で自分の『逃げ』に対して、こんなことを‥‥褒めてくれる人がいるなんて、初めての経験であり、鈴には衝撃的だった。

 

「ただ、知床さんが気にしているように、『逃げ』が、全部悪いわけじゃないが、人生の中にはどうしても逃げてはダメな時もある‥‥その時の見極めは、知床さんなら出来ると思うよ」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「これまでの経験を活かして、伸ばしていけばきっとね‥‥」

 

(最も俺は、一度、人生から‥‥何もかもから逃げたからな‥‥そういう意味では、俺は、知床さんよりも臆病で卑怯者だ‥‥その俺が本来なら、偉そうにこんなことを言える資格は無いんだけどな‥‥)

 

「それに知床さんは、ソイツと違って大勢の友達が‥仲間が、家族が居る‥‥逃げ出したい時、辛い時は、遠慮なく皆に相談したら良いんじゃないか?『海の仲間は皆家族』なんだから」

 

「それって‥‥」

 

鈴は聞き慣れた言葉を聞いて、目を見開く。

 

「私の友人の言葉だ‥‥岬艦長もこれを信条にしている筈だ」

 

「はい。ミーナさんを助け出す時もそう言っていました。碇艦長は岬さんと知り合いなんですか?」

 

「明乃ちゃん本人は覚えていないけど、昔‥‥たった数日だけど、一緒に遊んだことがあってね‥‥岬艦長もその友人も家庭問題で、愛に飢えている部分があるんだ」

 

シュテルは自分と明乃の関係を鈴に話す。

 

「さっき、言った通り、辛い時、逃げたい時は誰かに相談に乗ってもらいないさい。その反面、誰かの相談に乗ってあげるくらいの大きな心と勇気を持って‥‥それと、岬艦長も周りの人を不安にさせまいと、誰にも話さずに、自分の中に溜め込む所があるからね。出来れば、彼女の相談役にもなってあげてね」

 

「は、はい」

 

シュテルの言葉に鈴は真剣な表情で頷く。

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?」

 

「それで、その‥‥ソイツさんはその後、どうなったんですか?今もその奉仕部にいるんですか?」

 

鈴はシュテルの話に出てきた『ソイツ』のその後が気になり、訊ねた。

シュテルの口ぶりから、シュテルと『ソイツ』は知り合いではないかと思ったからだ。

 

「‥‥死んだよ」

 

シュテルは俯き、『ソイツ』がどうなったのかを鈴に語った。

 

「えっ?」

 

すると、シュテルからは『ソイツ』の衝撃的なその後を知ることになる。

 

「ソイツは、毒を吐かれながらも、強制入部させられたその部活動を通じて、もう一度、他人を信じてみようと、思い部活を続けてきた‥‥そんな中、ある相談を受けた」

 

「ある相談?」

 

「‥修学旅行でクラスメイトの男子が同じクラスの女子生徒に『修学旅行の時、告白するから絶対に振られないようにしてほしい』と言う相談を受けた」

 

「絶対に振られない?」

 

相談内容に鈴は、思わず首を傾げる。

互いに相思相愛ならば、振られないだろうが、そもそも相思相愛なら、絶対に振られないようになんて相談はしない。

相思相愛でないのであれば、絶対に振られないなんて不可能だ。

 

「頭がお花畑な奴は、その時、恋愛相談を受けて恋愛ピンク脳状態となり、失敗した時のリスクも考えずにその相談を受けて、本来ならば止めなければならない筈の部長殿も勢いに負けてその相談を受けた‥‥それから後で、告白される女子とクラスの中心的な奴から、『男子生徒からの告白を阻止してくれ』と言う相談を受けた‥‥ソイツだけな‥‥」

 

「そ、そんなっ!?無理ですよ、そんな相談‥‥」

 

一方から、『告白するから絶対に振られないようにしてくれ』‥そして、もう一方からは『男子生徒からの告白の阻止』‥そんな矛盾した相談の解決なんて、どう考えても無理だ。

 

「普通はそう思うが、ソイツはやってのけた‥‥」

 

「えっ?どうやってですか?」

 

矛盾した相談を一体どうやって解決したのか?

鈴はその解決方法を訊ねる。

 

「嘘告白だ」

 

「嘘告白‥‥?」

 

「ああ、ソイツは男子生徒が告白する寸前に告白の場に割り込んで、女子生徒に告白して、女子生徒から『今は誰とも付き会うつもりはない』と言う言葉を引き出させた‥‥絶対に振られないと言う男子生徒からの相談は達成できなかったが、先延ばしにすることは出来た‥‥まぁ、グレーゾーンだな」

 

「で、でも、それがどうして‥‥」

 

矛盾した相談を解決したのだから、円満解決ではないのかと思った鈴だが、現実はそう甘くはない。

 

「ソイツは、嘘告白をして、部活仲間からは拒絶され、誰が言いふらしたのか分からないが、ソイツの嘘告白は学校中の噂になって、中学以上の虐めにあった‥‥そして、ソイツは妹からも拒絶された‥‥妹は、家族であるソイツではなく、赤の他人の言葉を鵜呑みにした‥‥そして、ソイツは誰にも相談できず、助けてくれる味方もおらず、人生に絶望して、自らの命を絶った‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルは『ソイツ』の最後を伝えた時、哀愁が漂っていた。

 

「信じていたモノに裏切られるのは辛い‥‥いや、ソイツにとって部活仲間は一方的に信じていただけだったのかもしれないが、少なくとも岬艦長はクラスメイトを裏切るようなことはないから、大丈夫だよ」

 

「は、はい」

 

『ソイツ』の自殺と言う何とも暗い終わり方をしたが、シュテルは鈴に明乃は『ソイツ』の部活仲間とは違い、最後まで仲間を裏切らないと付け加えてこの話を終わらせた。

 

 

その頃、晴風の医務室では、ウルスラと美波が例のネズミのウィルスに対抗するワクチンの制作にあたっていた。

 

「それで、感染したクラスメイトさんのその後の様子はどうですか?」

 

ウルスラは美波に立石の経過状態を訊ねる。

 

「特に異常は見られない。普段通りの生活を送っている。再度、血液検査をした結果、ウィルスは検出されなかった」

 

立石はあの後、もう一度、採血検査をする羽目になった。

ただでさえ、注射が苦手なのに、この短期間で二度もその苦手な注射をすることになった。

可愛いと思っていたネズミを可愛がった代償があまりにも大きくついた立石だった。

 

「やはり、一度海に落ちたことが大きく関係しているのでしょうか?」

 

「うむ、貴女が纏めた資料から推察するにやはりそうだろう」

 

「このネズミ、やはり解剖しますか?」

 

ウルスラはケースの中に居るネズミを見る。

 

「しかし、サンプルはこれだけだしな‥‥」

 

「いえ、サンプルでしたら、こちらにも居ますし大丈夫でしょう」

 

「そうですか‥‥それなら大丈夫そうだな」

 

「ええ」

 

「「フフフフ‥‥」」

 

ウルスラと美波は怪しい笑みを浮かべていた。

もし、この光景を鈴が見たら、涙目になって逃げ出していただろう‥‥

いや、鈴だけではなく、他のクラスメイトも逃げるだろう。

 

 

シュテルと鈴が甲板で話し終え、海を見ていると、

 

「鈴ちゃん‥‥あれ?貴女は‥‥」

 

「ヒンデンブルクの碇艦長」

 

明乃と真白が通りがかり、シュテルと鈴の存在に気づく。

 

「どうしたんですか?」

 

「ああ、ミーナさんの様子が気になってね‥‥どう?仲良くやっている?」

 

「はい。この前、ココちゃん‥ウチの記録係が言うには、シロちゃんと一緒に寝ていたみたいで‥‥」

 

「えっ?一緒に?」

 

「はい」

 

明乃からミーナと真白の事が伝えられると、心なしかシュテルと鈴はちょっと引いていた。

 

「あ、あれは‥‥その‥‥」

 

明乃がシュテルにミーナと真白が同じベッドで寝ていたことを話すと、その真白がなんかあたふたしている。

 

「わ、私が寝ぼけてミーナさんのベッドに間違えて‥‥」

 

視線を泳がせながら、真白は何故、ミーナが寝ていたベッドに一緒に寝ていたのかを話す。

 

「あっ、そうだ!!この後、ミーナさんの歓迎会をやるんだけど、碇さんも一緒にどう?」

 

明乃はこの後、行われる予定のミーナの歓迎会にシュテルを誘う。

 

「それじゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

 

シュテルはミーナの歓迎会に参加することにした。

 




11月19日に俺ガイル14巻(最終巻)が発売予定。

俺ガイルも8年の歴史に幕を下ろします。

一体どんなラストになるのか、気になりますね。

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