ユーリヤの鉄槌が迫り来る邪教徒の肩口へ突き刺さり、骨が折れる音と共に邪教徒の体は大きく吹き飛ばされる。
今にもその男に襲われそうな立場にあった女性はそれを見て、顔を青ざめ狼狽した。
「う、うああっ……!あ、貴女、なんて事をしてくれたんですかっ……!」
ユーリヤに助けてもらったにも関わらず、女性は体を震えさせその行いを批判する。
この閉ざされた廃工場に強制連行されて来てから、毎日暴行を受け続けていた人間たちにとって、最も恐ろしいのは自身が暴行される事よりも、それに歯向かって命を落とす事の方だった。
毎日のそれは嵐の様に訪れ、自分達の力では抗う事も出来ない。何時かは失踪に気付いた警察がきっと助けに来てくれる、そんな泡沫の幻に縋って日々を生きることが、この場における最後の希望だったのだ。
「あなた……現代人は民族の誇りを忘れてしまったのですか?」
「え……?」
静かに、しかしどこか怒気を孕んだ口調でユーリヤが助けた女性へ語りかける。
「例えどんなに傷つこうと、世界支配民族の――誇りを捨ててはいけません!……違いますか?」
騒ぎを聞きつけた廃工場内の邪教徒達が、各々の武器――銃火器はかさばるので鉄パイプやゴルフクラブなどで武装している――を持ち、ユーリヤの後方を取り囲む。
その瞳は一様に歪み揺らめいている。自身達の取り込んだ狂気に正常な思考を奪われた彼らは、差別主義者の如く排他的な思考によってのみ動く。
自身に歯向かう”外敵”を、排除する。一人の邪教徒が、ローブの下から覗く口元を下劣に歪ませた。
「このロシア女郎ーッ!!ブチ殺してやるーッ!!」
猿叫の如き濁音混じりの声を引き金に、その場の邪教徒全員が一斉にユーリヤへ襲いかかる。
信仰を持たぬ哀れな者達を一瞥し、ユーリヤは表情を引き締め腰溜めに鉄槌を低く構えた。
◆ ◆ ◆
数分もしない内に、その場の光景には
解説役のお姉さんである蓮は不況の影響で解説一本では食っていけなくなった為、自前の
襲い来る気配が消えユーリヤが周囲を警戒していると、廃工場の闇の奥より人外特有の悍ましい気配と魔力を漂わせ、ひたひたとこちらへ近付いてくる存在を察知する。
「――オ、ヲ゛ォオ……」
人と共通する体を持ちながら常人の倍ほどはあるだろう胴部と、膨らんだ象の様な頭部を持つ異形が二体、コンクリートの床を裸足で踏み締めて歩いて来る。
蓮とユーリヤはその象と人の入り混じった姿から旧支配者の一体である”チャウグナル・ファウグン”かと一瞬錯覚したが、体格や保有する魔力の小ささから似て非なるものと直に考えを改める。
恐らくは大型の”血の兄弟”。かのグレート・オールド・ワンと精神的な接合を持ち、本体と同様の吸血性と心霊攻撃――人間へ悪夢を送る事で活き餌を誘導する力を持つ、奉仕種族の一つだ。
「……これは、奴の”ブラザーフッド・オブ・ブラ”――」
「ア゛ォ゛オオヲォ……!!」
蓮がギャラの為に解説を始めようとした所で、血の兄弟は二体同時に地の底から出した様な咆哮を上げ、目の前のユーリヤを威嚇する。
人の言葉こそ介さぬものの、明確な意志を伴う音の振動はその場にいる者全てへ、理由も無く意図と意志だけを伝播させ、脳へと直接感情と思考を教え込んだ。
”コイツは楽しめそうだ。だがザコを何匹倒しても所詮はザコ、いい気になるなよ”。
いかに自身を崇拝する邪教徒の群れを
韓国半万年の歴史よりも永く星に住まう旧支配者とその眷属にとっては、ただの腕力や人の魔力など驚くに値しない。その生命と魔力を吸い尽くす事で己の無力さを思い知らせようと、血の兄弟はユーリヤへと殴りかかった。
「オオ゛ア゛ァッ!!」
”目障りなんだよ、現代人女郎が。死ねや!”現代の言葉に訳するならそういったニュアンスの叫びを血の兄弟は上げ、バックメンバーの政次郎はその言葉をニンジャ理解力で察する。
人と造りこそ同じありながら圧倒的な巨体により繰り出される大振りな拳が、ユーリヤの細い肢体を掴まえようと繰り出される。人を越えた巨体と腕力により”餌”を握り、それから象の鼻先で血を吸う。それこそが血の兄弟必殺のコンビネーションだった。
しかしユーリヤは左右から一度に迫る血の兄弟の巨腕を、身を小さくしながら前へ潜り込む事で躱す。握り込む事の出来ぬ闇へと繰り出された巨腕は、何一つ捉える事無く振り抜かれた。
「……思い知りなさい。理を外れし罪の深さを。そして我ら現代人族の偉大な歴史を――!!」
身を躱したユーリヤは鉄槌を手放し、拳を握って自身の顔の前に掲げて目を閉じる。
それは形こそ神への祈りを捧げる合掌であったが、神のみならず自分自身すらも邪悪なる者と対抗するという意志を表した型であり、それと同時に一つの退魔術の構えにも直結する。
ユーリヤの魔力が聖なる光へと変換され、両の拳へと集中する。”破魔”よりも強い輝きが、巨腕を振り抜いた血の兄弟の体を、廃工場内の死臭漂う空気を、後ろで見てるだけの蓮の顔を照らし出す。
神への祈りが終わると共に、ユーリヤが開いた双眸が血の兄弟を捉えた。
「
福音の如く高く響き渡るユーリヤの声と共に拳が開かれると、血の兄弟の胴体に光の円陣が生まれ、そこへユーリヤの両手に集中していた破邪の光が一斉に飛び掛かって行く。
至近距離から放たれたその光芒は血に塗れた胴部に突き刺さると、目を眩ませる様な閃光を発し、同時に血の兄弟の巨体を吹き飛ばして廃工場の壁際まで転がした。
あまりの光量に目をやられた蓮は、ユーリヤの構えと技名から何の術が使われたかを瞬時に把握する。
(”
かつて旧支配者に対して暗殺を試みた愛国教徒が編み出した、退魔術の一つ。
破魔の弱点である非誘導性を補うべく、聖歌の一節を同時に唱える事で対象へ魔法陣を付与し、聖光を増幅・誘導させて直撃させるという、退魔師の奥義だ。
編み出した退魔師は旧支配者に捕えられ生贄と化したが、その抗魔精神は奥義”葬送歌”として受け継がれている。
「……シ、シスターさん……私、間違っていました……!貴女に、思い出させてもらいました……!」
葬送歌の直撃を受けて血の兄弟が消えようとしている中、ユーリヤに守られここまでの光景を後ろで見続けていた女性は、その目に確かな希望の光を宿し直していた。
ユーリヤの体格は邪教徒や血の兄弟に比べて優れているという訳では無かった。だが、現実にはユーリヤは全ての邪教徒を見事に倒し、異形の化物すらも打ち破った。その事実が、女性へある一つの真実を思い出させる。
「私達現代人も……世界支配民族の一員であることを……!」
「……」
その言葉を受け、ユーリヤは無言で優しい笑みを女性へと向ける。
そうだ。旧支配者達の時代は終わり、今世界を支配しているのは我々現代に生きる人間達全てなのだ。
退魔術とはそのたった一つの真実を守るため、そして世界を支配する為に振るわれる正義の光。その事を理解してくれた事が、ユーリヤにとっては何よりも喜ばしい事だった。
「野曽木、今回もお前の取り分は半分でいいな」
「後ろではちゃんと働いてたわよぉ!!」
それとは別として、邪教徒が居なくなった事で、廃工場に連行されて来た別の被害者を保護していた最中の蓮へ向け、政次郎は無情の一言を告げた。
この物語はフィクションです。
実在のゲーム内スキル効果、現代の支配構造、蓮ちゃんの報酬とは関係ありません。