「……私も退魔術勉強した方がいいのかしら……」
「へぇー、信仰先進国で私達の正教や魔術が大人気なのはもちろん知っていましたが、後進国でも人気あるんですね」
「いや別にそういう事じゃないんだけど」
半分近く異界と化した雅日商事オフィスに潜入したユーリヤ達は、大日本帝国の陰謀を思わせるあちこちの四次元エレベーターを行き来しながらも、その奥へと進んでいく。
何時も通り八面六臂の活躍を見せるユーリヤの活躍を見ながら、蓮もまた現代人なら誰もが抱く最強退魔術への憧れが芽生えつつあった。
なお、途中に存在していたシュゴランは攻撃力が高い以外特に厄介な所が無かった為、蓮によるデバフスキルをかけた上での毒や政次郎の焼夷手榴弾による伝統的な
「ん、日本仏教の”禅”は正教の”
「何をどこ方面に気をつけるのそれ?」
あちこちを巡り、奥へ進む内に一階へと戻ってきた蓮達はそんな常識的な話題で空気を和ませながらも瘴気がより濃く感じられる方へと歩いていく。
瘴気が下より漏れ出している漆黒の扉の前に辿り着いた蓮達は、奥にその大元がいる事をボス戦前の警告メッセージの如く察する。
しかし蓮は臆する事無く扉に手をかける。ここまで多くの強敵を、ユーリヤに任せてきてしまった。仲間として、今度は自分がユーリヤの役に立つ番だ。
というか解説のお姉さんとしてのポジションすら失われかけている為、ここらで原作強キャラである事を政次郎へ見せなければ借金返済に関わる。レベリングによって上げられたトキシキネシスマスタリーの力を今こそ発揮してやろう、蓮はそう意気込んだ。
「よくぞ此処までいらっしゃいました、心の強き探索者たち……いえ、貴方達はむしろ邪神への極右翼というべき」
「なんかいきなり不名誉な二つ名をつけられたんだけど」
扉の向こうには
美しい白い肌を持ちながら、その体からは生気を感じられなかった。そこから漂う瘴気混じりの魔力が、目の前の存在が現代人族で無い事を即座に理解させる。
浮かべた笑みからはどこか感情を孕んでいない。美しいながらも、ただ面の表面に貼り付けただけと取れる様な笑みが、歪な印象を抱かせる。
「フフ……いいえ、哀れんでいるのです。所詮は情弱で矮小な存在
「……得心しました。あなたはこの世全てを嘲笑う者、その映し身……!」
「こいつ絶対ネットに毒されてるでしょ」
その口振りはまるで近代インターネットにハマった現代人族の様に振る舞ってこそいたが、それはただ旧支配者特有の現代を支配する民族への模倣である事は明白だ。
周囲を歪ませる瘴気を直接感じながら姿を両眼で捉えた事で、ユーリヤは目の前の存在の正体を看破する。千の
人の世の破滅よりも、人を狂気に堕とす事でそれを愉しみとする”混沌の隣人”。それこそが、人ならざる目の前の背教者――いや、背教の神の顔の一つだ。
「どのような企てを弄しているかは知りませんが、少なくとも貴女はここで滅します。覚悟を……!」
「
「――!ようやく本性を表してくれたわね、その姿の方がお似合いよ!」
目の前の女の体が闇に包まれる。そしてそこから這い出た時には、女の姿は一つの異形の化物へと変貌していた。
美しい現代人族の姿を整形で得たようなその体は、もはやその膨らんだ異形の胴部の上に埋もれ、上半身のみしか残っていなかった。
七フィート程の大きさはあろうか。異様に膨れ上がった胴部側面からは複数の口と顎が開いており、大量の牙と暗い血色に満ちた口内が”捕食される”という印象を一目で押し付けてくる。
さらに、胴体のあちこちからは触手が生えていた。その各々は蛇の如く命を持ったうねりを見せており、それがまた本能的な嫌悪感を煽っている。
――しかし。そんな姿に竦む様な甘えなど、とうにこちらには無い。
「行くわよ!」
内心より溢れ出ようとする恐怖と狂気を抑え込み、蓮はその場にいる誰よりも真っ先に目の前の存在――膨れ女へと立ちはだかり、自らの能力を発揮させるべく集中を始める。
単なる外敵への攻撃のみならず、あらゆる毒への耐性、催眠、昏睡、身体強化など、様々すぎて正直描写に困るレベルの彼女の力は、退魔術に頼らずとも邪教徒と対等以上に渡り合える程のスペックを誇っている。
政府に解説役として雇われているのは、この能力で好き勝手にされると危険だから監視しておきたいという秘匿された裏事情の為だったが、こと邪教徒連中や旧支配者にこの能力を制限する理由は無い。
蓮は自身の体内の能力因子を活性化させ、
『遅いわ』
「へっ――?」
その瞬間、蓮が行動決定をする前の0ターン目であるにも関わらず、膨れ女は自身の触手を一斉に地へと走らせる。
ユーリヤ達は一歩引いてバックメンバーへとポジションを変える事で触手を回避したが、大日本帝国の陰謀の如き最新パッチによって能力使用前に行動値が遅れるようになった蓮はその触手に反応出来ない。
結果、蓮だけがその触手に脚を絡め取られ、その状態で強く引っ張られた事でバランスを崩し地面へ倒される事になった。
「おぐぇっ!?」
突然の開幕行動を予想出来なかった蓮は後頭部を打ち、能力の集中が途切れる。
続けて両腕と腰にも触手を回し完全に蓮の体を絡め取った膨れ女は、すかさず蓮を人間のカタチを残す自身の上半身近くにまで引き寄せた。
「ちょ、何す――んむゥーーッ!?」
そして膨れ女は蓮の顔を自身の顔の前にまで寄せ、いきなり唇を奪う。
その口吻から必死で逃れようと手足の先のみを必死でばたつかせるも、退魔師としての教育を受けていない細身の体に跳ね除けるだけの筋力は無く、暴れて口を開いた際に膨れ女の舌が深く蓮の口内へと侵入した。
続けざまの予想外の事に蓮が目を白黒させていると、口吻を続けられる内に少しずつ体から力が奪われていく様な感覚を覚えた。
「何ですかあの技?」
「ん、あれただのディープキスじゃなくて”くちづけ”っていう技だよ。TPが奪われる技だから国際RPGルールでは禁止技レベルのヤッカイな技だね」
「関節も完全に極まっているな」
「あーあの形になっちまったら脱出は不可能だなぁ、ギブアップ用アイテムあんの?」
バックメンバーの四人は努めて冷静に蓮が何をされているのか、戦闘画面下のステータス欄を見て効果を把握していく。
マッハで減る蓮のTPを見て、そのキスが単なる膨れ女の趣味ではなく”攻撃”である事を察知する。いかな能力者と言えど、コストであるTPを支払わなければ能力を発動させる事は出来ない。これは世界的な常識であり、特に最大TPの少ない十三にとっては他人事では無い恐るべき攻撃だった。
「んんんーっ!んむぅーっ!」
「フフ、退魔術とかいう回復寄りのスキルが大好きとほざいていましたね?”レベルを上げて物理で殴るゲームの方が好きです”と言ってみなさい」
「何言っ――んむぁっ!?むむぅーっ!!」
完全に四肢を拘束され、逃れられない状態の蓮へ延々と膨れ女のディープキスは続く。
その度に蓮は自らの精神力と自尊心とヒロイン力を奪われ、もはや能力の発動どころではない。手足をどれだけ震えさせようと、膨れ女の手中からは逃れられない。
っていうか後ろの四人はよ助けて。そんな必死の思考だけが蓮の脳内を染めた。
「”戦闘中エロのあるゲームは最高です”と言いなさい。言わねば……
「そんなの――んんぅーっ!んっ、んむぅう!!」
それはジャンル違いだ。このゲームに戦闘中脱衣は無い事は作品内容にも記載済みだ。
そんな反論を挙げようとすれば、膨れ女はその意図を察して口を開かせず、さらに深く口付けを交わしてくる。腕力では敵わず、能力も精神を乱され使えない。そんな状況で諦めずに蓮はもがき続けるも、小さく触手が揺れるだけでなんら抵抗にもならない。
「ん。あれは”言わないわよ、邪教の囁きには耳を貸さない。正教こそが世界最高の先進信仰宗教なのよ”って、必死で抵抗してるね」
「蓮さん……そんな……!や、やめて下さい……!」
後ろで好き勝手アテレコする真魚と、それを信じるユーリヤはバックメンバーで蓮を見つめ続ける。
政次郎は雑魚戦での狙撃銃のリロードを忘れていた事を思い出し装填を始め、十三は次に借りるビデオは女×女物でも案外悪くないかもしれない、などと考えて傍観している。
いいからたすけて。その思いを込めて、口を塞がれたまま蓮は最後の力を振り絞った。
「んぅんうーーーッ!!」
「”退魔術万歳ーっ!”……だって」
真魚のアテレコと共に、蓮の中で心が折れる音がした。
精神力が枯渇した蓮は白目を剥き、ヒロイン力を失った顔で全身から力を抜き脱力する。完全に歯向かう力を無くしたと判断した膨れ女は、興味を失い蓮の体を放り捨てた。
精神的な苦痛により気絶し、ぴくりともしなくなった蓮を一瞥し、膨れ女は笑みを浮かべる。ユーリヤはあまりにも冷酷なその様子を見て、怒りを腹の底から湧き上がらせた。
「あ……なた……許せません……!」
蓮が戦闘不能になった事で自動的にフロントメンバーに上がると同時に、背負う鉄槌にユーリヤは手をかける。
最後まで退魔術と正教を信じた仲間への、許しがたい暴挙。ユーリヤは膨れ女を断罪する事を、神に誓った。
この物語はフィクションです。
実在のスキル振り、膨れ女に苦戦した作者、プレイヤーの嗜好とは一切関係ありません。