ウェスト・ウィンド・ビル。唐館に造られた摩天楼であるこのビルの内側に広がる異界、その
目的は唯一つ。今し方、真魚の旧き印の護り+Darkritual.com+白痴の王の呪詛の連射という、全体を焼き尽くす暴力によってまとめて消滅した二体の旧支配者――ではない。
その二体が倒された直後、黄色のローブを着込んだ魔術師がすぐ後ろより姿を現した。
メイヤー・シモンズ。かのハスター招来の為、魔術エミュレータの開発と支援をしながら、黒丘会やキュイネスなどと手を組み暗躍していた、狂気の魔術師だ。
「……観念したか?」
「まさか。召喚は既に始めた。間もなくすれば、我が神・ハスターがこの極東の地に顕現なされるであろうよ」
「既に、召喚を……!」
単純にランダムターゲットスキルが集中してしまい被害甚大な十三と、ボス直後にいきなりイベントシーンが始まるとは想像せずTPを使い切った真魚がこっそりと下がっていく。
ユーリヤ、政次郎、蓮。悠々と立ち塞がるメイヤーの前に、最初の三人が立った。
「召喚は既に止められん。故に、宣言しよう。我ら旧支配者を神とする”邪教”……いや、”真教”はこの時より――」
現代人族でありながら邪教に染まった魔術師、メイヤーの顔は狂気に満ちていた。
狂気が、正気に成り代わっていた。愚かにも”太古この星は旧支配者によって統治されていた”という捏造された歴史を信じ、その醜い笑いは心の底から捻れ切った精神を表していた。
正教の道より外れたその思想は、もはや
そして、目を見開き歪んだ瞳を晒し、その言葉を発した。
「日本、そして全世界百九十三カ国に対し、宣戦布告する――ッ!!」
「な……何を言ってるの、コイツ!?」
「全世界と戦争、だと……!!」
その内容は、ユーリヤ他四人全員を
邪教徒による、全世界への宣戦布告。耳を疑うスケールの宣言は、しかし聞き間違いなどでは決して無い。確かにメイヤーは、”全世界へ戦争を仕掛ける”と叫んだ。
「旧支配者の顕現。全世界に宣戦布告。そして――旧支配者を神として崇拝するカルト、それ以外のあらゆる宗教活動に対して。エミュレータによって神を招来・即時殲滅を行うことを宣言する」
「……馬鹿な……!世界に広がる現代正教、その全ての活動を潰すつもりですか……!?」
それは、ユーリヤにとっては決して聞き逃がせぬ対立宣言だった。
世界の九十九割の現代人族――未来に生まれる赤子達も含む――は、その信仰の形こそ地域差があるが、どこも正教と等しい宗教を抱いて生きている。
正教とは即ち、現代人族の心の柱であり平和の象徴だ。それに邪神の力のみを以て、真っ向から対立する。信じろと言われても信じ切れない内容だ。
しかし、メイヤーの瞳に揺らぎは無い。本気で、正教へ向けて宣戦したのだ。
「魔術エミュレータと演算補助用PCが大量にあれば、何処の誰であろうとその
「――!」
「我らが神々を”真教”同志達の手を借り、主要国全てに同時に招来させる。そうして核兵器も撃たせぬ膠着状態を作り出した上で……」
さらにメイヤーの話は続く。文字通り神も恐れぬ、その恐るべき計画の全容。
世界規模の、同時多発邪神テロ。そんな事が起これば、全世界が混乱に陥る。核兵器の発射決定をさせる前に、全ての政府機能を物理的に破壊。
生まれるのは、無秩序という名の破滅と混沌。現代人族による、平和の崩壊。
しかし、その先。メイヤーの真の目的は、もっと深い場所にあった。
「私が単身、各国に潜む退魔教団にビヤーキーで乗り込む。そして全世界の教団全てを潰し、全正教を滅ぼした時――この世界は、”真教”の物となるのだッ!!」
「……ッ!!」
震撼が走る。この男は、本気だ。
本気で、邪神が地球の支配者だったという邪教徒特有の御伽噺を、現世で創ろうとしている。
正教と政府が滅べば、世界に残るのは大量の邪神と邪教徒――いや、”真教徒”だけだ。いかに現代最強を誇る退魔師達を擁する教団であっても、大量の邪神・及びその眷属によるバックアップを得たメイヤーを止める事は至難極まるだろう。
「んー、そんなん実現できるの?そんないっぱいのPCの用意ある?」
「……いや。長く生きて来たコイツなら、出来かねん」
「チ、なんつー……!」
「た……確かに
「その通りです……邪神大量召喚なんて事態を止められる者なんて、いるはずが……ない!」
なんという、綿密で周到な計画なんだ――!
五人の思いが一つに揃い、前代未聞の計画を企てるメイヤーへそれまでにない恐れを抱く。
全アジアを侵略し世界征服を企てた悪の帝国、その悪夢の再来とすら思える恐るべきメイヤーの野望。もはや事態は、唐館市どころか日本国内で済む話ですら無い。
もはや道は一つ。立案者であり主犯のメイヤーのこれ以上の暗躍、そして混沌そのものの呼び水となるハスターの招来。それら全てを、今この場で阻止する事のみ――!
「く、メイヤーッ!唐館の事件、あと私の借金の黒幕!ぶっ倒してやるわーっ!」
私怨九割によって先走った蓮が大量の毒を作り出し、津波の如き波濤と変化させて目の前のメイヤーへとぶつける。
しかし、メイヤーはそれをそよ風の様に棒立ちで受け流した。なんと恐ろしい事に、蓮が毒を溜めている間に完全呪術防御を使っていたのだ。
「邪魔だ」
「グワーッ!!」
ノーダメージで毒をやり過ごしたメイヤーは、魔術による暴風を生み出して蓮へと叩き付けた。
押し寄せる大気の壁は蓮に留まる事を一瞬たりとも許さず、その細身を軽く飛ばして画面外へと転がしていく。
風に拐われるがままに、蓮の背は先にあった壁に叩き付けられる。たった一撃、メイヤーが使った魔術一発だけで蓮は戦闘活動を停止――気絶したのだ。
今度こそ活躍しようと意気込んで来た蓮は、直前に攻撃ブーストや毒系スキルを最大まで振ってきた。しかしその結果、継続戦闘に最も肝心なHP・防御ブーストを取り忘れていたのだ。
「見せてみろ。正教の、”最終奥義”――をッ!」
「くっ……!」
”最終奥義”。世界最古の退魔師として神より遣わされた聖人、その肖像を描いた壁画の中に秘められていたとされる伝説の奥義。ユーリヤも未だその全容は知らない、しかし確かにそれは存在していたと、当代唐館支部の神父より伝え聞いていた。
だが聖人壁画に刻まれたその奥義の真実は、ユーリヤの生まれるよりも遥か昔、何者かの手によって封印された。それを切欠に”最終奥義”の伝承は途切れ、現代の退魔師で会得した者は居ない。
しかし、それがあれば。全ての邪教徒が恐れる、その退魔術の秘奥であれば。
ハスターの力、完全呪術防御による耐性、ボス特有の二回行動を併せ持つメイヤーすらも斃せる筈。その強大な奥義の正体まで、あと一歩。あと一歩で、それがわかる気がする。
ユーリヤは未だにスキルツリーに現れぬその奥義の正体を、ここに至るまで考え続けていた。
「いいや、その必要は無い。お前を討つ、その為に僕はここに来た」
蓮が派手に転がっていった事で、誰もがそちらへ注目していた。
政次郎だ。その手に持っている狙撃銃の銃口は、既にメイヤーの頭へぴたりと合わされている。
退魔術を警戒する相手、それも魔術師が何か対策を取ってくる事は想定の範囲内だった。そこで政次郎は、こっそり蓮のポケットマネーで弥武組から狙撃銃と専用の炸裂弾を購入していた。
「この為の野曽木だ。喰らえ」
魔術耐性など知らんとばかりに、ここに来て純粋な物理攻撃の7.62x54mmR弾が放たれる。
しかしメイヤーはその銃声と同時に身体を瞬時に翻し、自らの両腕を大きく変容させた事で生まれた冒涜的かつ
「――ッ!ニンジャ奥義”
「ヤーパンニンジャ……期待ハズレだったな。それとも、私が強くなりすぎたか」
ボックス・カラテの由緒正しきクロスアーム・ブロックのワザマエにより、政次郎の渾身の一射は頭部を貫く前に固められた両触腕の筋組織の中で受け止められてしまった。
完全に頭部を撃ち抜けるタイミングだった。しかしそれ以上に、銃声を聞いてから反応出来る人智を超えた反射速度、そしてそこからのブロッキングを可能とさせるカラテを、メイヤーは持ち併せていたのだ。
二射目は、ない。次は
「で……そちらの退魔師は、何を見せてくれるのだ?」
「――いいでしょう。とっておきを、お見せしますっ!」
政次郎へ意識を割きながら、メイヤーは器用に片目だけでユーリヤを睨む。
やはり、最強退魔術の使い手である退魔師だけが希望だった。これまで様々な戦いがあったが、最後には正教と邪教の
邪教徒を討つ。昔も今も変わらぬ人類史唯一にして最大の正義を執行する為、ユーリヤは武器を持つ自らの背へと手を伸ばした。
「破魔・白ロシア方面軍司令官式!!」
おなじみの鉄槌を手に持とうとするフェイントから、ユーリヤは一緒に背負っていたアサルトライフルを瞬時に構え、すぐさまメイヤーへ向けて腰溜めに連射した。
現代人族の平和を作り出した近代兵器と、最強を誇る退魔師の祈り。その二つを束ねて音速を超えた祈りの霰が、メイヤーへ飛来した。
「アルデバラン旋風拳!!」
「かッ――!?」
「シ、シスターッ!?」
それを見たメイヤーは、右の触腕で神速のコークスクリューブローを放つ。その瞬間、触腕の先には小規模の真空タツマキが生み出され、空間が暴風と鎌鼬で埋め尽くされる。
拳圧の暴風は、メイヤーへ放たれた銃弾を全て逸らすだけでなく、十分に離れていたユーリヤをも巻き込み、回復アイテムを使っている最中の十三の斜め後ろにまで錐揉み回転で吹き飛ばした。
――人から大きく逸した事で永い生命を得たメイヤーは、これまで様々な魔術とカラテを修めてきた。その果てに生まれた”アルデバラン旋風拳”は、邪なる拳圧にハスターの神風を宿して前方全てを吹き飛ばすという、邪教カラテ奥義の一つだった。
その強大無比な威力は、祈りの篭った弾幕すらも霧の如く払い、離れた場所に居たユーリヤを一撃で瀕死にしたというこの現状が瞭然に語っていた。
「これでもう、真教の野望を阻む者はいない……」
「……チィッ……!」
ユーリヤがやられた瞬間を突いて政次郎が狙撃銃を構えようとした瞬間、メイヤーは殺気を当てるだけで動きの機先を制した。
邪教カラテの前では、銃の間合いすらも無意味だった。銃を構えて引き金を引く、それよりも早くメイヤーは虚空を殴る事で竜巻を生み出し、距離を無視して神風が身を砕く事となるだろう。
余計な事をするな。動けばその時が、お前の最期だ。メイヤーの殺気は、そのまま政次郎へと向けられた死刑宣告だった。
「旧支配者の招来、ただ一度の成功だけではこの世界を変える事は叶わん。これまでどの同志も成し遂げられなかった、人間史初の”世界秩序の崩壊”――」
召喚まで残り僅かだ。この場にいる誰も、メイヤーを止められる力を持たない。
その余裕から、メイヤーは喜々として語り続ける。永い時を経た狂気と妄執が言葉を成して、次々に口から零れて来る。
目をぐるぐる回して倒れている蓮、釘付けにされている政次郎、なんとか体を起こそうとするユーリヤ。十三もまた殴りかかる隙を伺ってこそいるが、距離が離れている以上は無呼吸打撃の間合いに入る前に、カラテが直撃する。
時間を稼ぐ、ただそれだけでハスターの招来という悲願は成される。隙は一切見せず、高揚する気分のままメイヤーは全員へ自らの悲願を前にした心境を吐露していた。
「私は全宗教の頂点を極め、名実共に正真正銘の――”神の使徒”となるのだッ!!」
「……神父……すみません、私は、もうッ……!」
ユーリヤの脳裏に、退魔師唐館支部の上司である神父の顔が浮かぶ。大日本帝国の陰謀によって専用グラフィックが無いので、その記憶の中の立ち絵は完全に黒塗りだった。
今もなお漁船に乗り、邪教の陰謀渦巻く遠洋漁業の荒波に立っているだろう上司。彼ならば。あの人がここに居たならば、”最終奥義”に辿り着けていただろうか。
未だ退魔師としては道半ばでしかない自らの非力を恥じる。唐館と支部の借金を任された身として、なんと情けない姿か。
ユーリヤの体からは既に全ての力が失せる寸前だった。もう、ダメなのか――
『――我が
「っ!?」
その時。目の前が真っ暗になりかけたユーリヤの心の内側から、声が響き渡る。
メイヤーでも、仲間達の誰かでも無い。荘厳にして神聖さを覚えさせる、偉大な声。
その声を聞いた事は無い。しかしその声を知っている。ユーリヤは、知っている。
『最後の審判は、今を生きる子らが――教徒全てが共に手を取り合い、終末を成し遂げてこそ実現するのだ』
「……あなた、は……!」
その声が、背を押した気がした。気付けばユーリヤは無意識の内に鉄槌を構え、立っていた。
動く。依然としてボロボロの身ではあるが、まだ体は動かせる。まるで誰かから力を分け与えてもらったかの様に、意志が肉体の傷を凌駕して奮い立たせている。
審判。全ての子。終末。ああ、そうか。
その声を聞いた者は、その場ではユーリヤ以外に居なかった。しかし、確信があった。
そしてそれを理解すると同時に、
「十三さん、政次郎さん!私達が諦めたら、そこで世界は終わりです!」
「……!」
「次です!次の一撃に、私達の全てを賭けますッ!」
ユーリヤはその言葉と同時に、アイコンタクトを二人へ向けて飛ばした。
これまで数々の戦いを共にしてきた仲間達。たとえ信仰の形は違えど、紛れもない同胞であり現代人族の戦士達。
その二人であれば、視線だけで通じる筈だ。ユーリヤのやるべき事、そしてそれを成す為に何が必要で、どうする事をユーリヤが求めているのか。
祈りだ。ただこの心が通じて欲しい、そんなささやかな祈りに過ぎない視線一つ。
それを無駄にする程、ユーリヤ達の
「オォォッ!」
十三が前に出る。無呼吸打撃、触れれば反撃の余地すら許さぬ怒りの連撃。
「もうオマエ達に用は無い!終わりにしてやろうッ!」
しかしその接近をメイヤーが許す訳も無い。走り始めた十三へ向け、再び音すら置き去りにする剛拳が振るわれる。
その拳と十三の間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間は、まさに歯車的神風の小宇宙だった。一瞬で眼前へ至る破壊の旋風は、躱すという判断よりも早く視界を埋め尽くす。
十三はその竜巻が届くより前に、両腕を顔と身体の前に固めた。
「――はあぁぁッ!」
鍛え抜かれた邪教カラテが防御を無視し、十三の全身を吹き飛ばす。
その体が飛ばされると同時に、十三の陰から疾走するユーリヤの影が現れた。
十三は自ら囮となったのだ。素手で打ち倒す、そのグラップラーの闘志を当てる事でメイヤーの邪教カラテ必殺の一撃を誘う。
その上で自らの肉体を
「思い知るがいい、理を外れし罪の深さを。そして――」
メイヤーの意識の内側、それまで沈黙を保っていた気配もまた動いた。
退魔師特有の口上に思わず視線を向ける。政次郎が、狙撃銃を構えていた。
馬鹿め。もう片方の触腕でカラテを飛ばせば、そんな銃撃など放たれる前に潰せる。
「私達”統一正教”の、偉大な”未来”を――!!」
さらにユーリヤはメイヤーへと走り、近付く。その両脚に迷いは無い。
鉄槌の間合いに入るまでにはまだ距離がある。それならば、カラテが間に合う。
――しかし、その瞬間になってメイヤーは気付く。
自身の触腕は二本しか無い。片方の腕は既に十三へ使って伸ばし切っている。
政次郎とユーリヤは、メイヤーを挟み込むように対の位置を取っている。カラテは拳の先にしか打てない、そして余った触腕は残り一本。
どちらかは潰せる。しかし残った片方の一撃が、メイヤーへと届く。
いかにも自慢のカラテの的になる様な動きをユーリヤ達が選んだ事で、メイヤーの思考からは全体攻撃系の魔術が抜け落ちていた。
どちらを先に攻撃するべきか。その迷いが、決定的な一瞬を生んだ。
「最終奥義!
政次郎の銃、ユーリヤの破邪の槌。片方を防げばもう片方が討ちに迫る。どう防げば命が助かるか、死を前にした身体は迷いの中で金縛りとなった。
打撃と狙撃、遠近からの二撃はそのどちらもがメイヤーの頭部へ正確無比に振るわれ、同じ場所へと突き刺さる。
高クリティカル率を誇る二者の攻撃の軌道が神聖十字を刻み交差したその刹那、頭部は虚空に磔となり、一瞬の交錯の跡には無のみが在った。
その交差点の破壊力はおそらく通常のクリティカル攻撃の五倍以上――その光景を目の当たりにした十三は後にそう分析する。
六桁にも届かんとする圧倒的なダメージの前に、メイヤーは負け口上を上げる間も無く消滅した。
「神よ……私は……やりましたよ……ッ」
全ての祈りと力を一撃のクリティカルに込めたユーリヤは、滅したという確かな手応えからその場に膝をつく。
終わった。邪教徒の冒涜的な陰謀、それを阻止したのだ。政次郎と十三、そして狙われ率の低さを利用してこっそり17Fまで行って単独でエミュレータ本体を停止させてきた真魚が、ユーリヤの元へ駆け寄ってくる。
あと蓮は気絶回復系のアイテムを購入してなかったのでまだ寝たままだった。
◆ ◆ ◆
その手は人を殴るためでなく、神へ祈りを捧げるため。
その口は人を差別するためでなく、神の愛を教えるため。
そして最強スキル退魔術で、劣等宗派
世界支配民族・現代人族に全宗教人の名により心から感謝。世界第一宗教・正教に永遠無窮たる平和あれ。
全世界カルト教団は刮目して見よ、我ら世界支配民族の最強退魔師。
この物語はフィクションですが作者自身にはいかなる思想的背景もありません。
「ユーリヤさんの小説」という事で、特にユーリヤさんのシーンには