唐館市立、葉月学園にて。学園内は世界支配民族・現代人の誇る文化が滅びるという
ユーリヤの優れた
邪教徒の仕業としてはあまりに高度なので、たぶん世界支配民族である現代人を利用したのだろう。そうアタリをつけてユーリヤ達が乗り込んだ先で待っていたのは、受け入れがたい邪教徒の蛮行だった。
「どうやら逢えたようね。この事態の張本人と――」
「蓮さん違います、こいつじゃないです。これは我らが現代人族のパワーです。こいつは世界支配民族を利用しなきゃ何も出来ないただの
「…………ソウ、ネ」
蓮の瞳から全てを諦めた様に光が消えてしまうが、ユーリヤにとっては当然のことを注釈しただけで一体どこがおかしかったのかがわからない。
それよりも、目の前の邪教徒だ。今時流行らない黒ローブと真っ黒なベルト、そこに真っ黒な剣まで所持した、まるで現代人が描き上げた傑作推理漫画の敵が如き統一ファッションの男。
もはや世界支配民族である現代人とは永遠にわかり合えないだろうという確信を持たせる、男の性根とセンスの低俗さを表現した姿を、ユーリヤ達五人は見据えた。
「貴様が……キュイネスの言っていた、煩い毒虫か」
「毒虫とは言い得て妙だな」
「やめて最近
続けて蓮の肩が落ちる。テレビシリーズ”パニッシャーミハイロフスカヤ”では、蓮は解説ばかりで毒を使う登場シーンがほぼゼロに等しかった――これは未視聴者への配慮の説明である――。
「ここまで来れるとは……キュイネスの妄言かと思っていたのだが、そうでもないようだな」
「邪教徒の言葉に真実などありえません。我ら世界支配民族・現代人。その代表たる正教・その
「あの、私の台詞どこ?」
そんな蓮の事情は、今ユーリヤの心中に渦巻く怒りの波濤に比べれば、
この異界を一瞬で造り上げた手法。それは我ら現代人族・それも無辜の子供たる、結城夢という将来正教にスカウトする予定の女生徒を利用した、悪辣なものだった。
恐ろしくも目の前の邪教徒は、夢の家に毎夜忍び込み、彼女の趣味である手作りの糠にバレないようちまちまと乳酸菌を注ぎ、過剰発酵への道を歩ませたのだ。
酸味を調節する辛子ぬかを足した所で、糠床を休ませない乳酸菌の無呼吸打撃には無力だった。糠漬けはすっかり酸っぱさ百パーセント配合となり、その悪夢を家族からの苦情メールで知った夢は、ショックのあまり自らの素質である正教由来の潜在能力を暴走させてしまった。
糠床は一日にして成らず。正教の歴史の縮図とも言い換えられる糠漬けの死は、夢にとって自分の子供の盛り付けられた唐揚げにレモンジュースをどばーっとかけられる程の痛みだったのだ。
「我が下に来い。忠誠を誓うならば、我が知を――」
「正教以外の知など、起源無き妄言!世界最古の
邪教徒の台詞に尺を割くのも勿体無いとばかりに、ユーリヤは悪徳を両断する。
目の前の男が邪教徒である以上、もはや異次元に存在する”悪意”そのものとして考え、幼子に起源を教える様に慈悲を以て説き伏せた方が良いのは、火を煮こむより明らかな事だ。
たとえ正教の正しさを知ったとしても、邪教はそれを認めないだろう。それこそが文化泥棒たる邪教徒の救えない性質であり、銀河の如くおおらかな心を持つ正教使徒の言葉も届くことはない。
あらゆる人と手を繋ぎ、全ての愛を語る口を持つ唯一神・その具現たる使徒には、常に慈悲を深く心に刻み、他人と接する必要がある。
ゆえに、殲滅する。世界の起源を履き違えた者への慈悲は、最果てに
「ならば、正教の死を予告しよう。永劫に続く
「思い知りなさい、理を外れし罪の深さを。そして我ら現代人族の偉大な歴史を――!」
「あっ、ちょ――みんな気をつけて、なんかヤバいわよこいつ!」
「うわ露出狂だ、写メとろ」
「気をつけてって言ってんでしょお!!」
邪教徒の姿が、変態する。男の体の内から這い出た灰色の蔦が身に纏うローブを突き破り、何故か裸の男の汚い体を自主規制するかのように一瞬で全身に纏わり付いていく。
非生物的な蔦が血走る血管の如く邪教徒の指の先から頭の上、爪先から心臓までに食い込み、その影響で邪教徒の体は心が抱える闇の如く真っ黒に染まり上がる。
――影が、産まれた。その顔は歪んだ骸骨の様に枯れ果て、男の周囲を巡る影の霧はあらゆる光を拒み、断ち切っている。体表付近は、まるで闇で出来た外套の如き”黒”に覆われている。
この気配は、単なる邪教徒ではない。旧支配者を前にした時特有の冒涜的な『スゴ
なお政次郎はチャドー呼吸のスキル習得に、十三はビデオの返却期限に忙しかった。
「イヤーッ!」
「ぐわーっ!」
「あー、チャン・蓮がやられたー」
「落ち着いて下さい真魚ちゃん、指揮を引き継いで!」
邪教暗黒カラテの一つ、
ちゃんとHPブーストも防御ブーストも取得してきた蓮は、政次郎からの暴言を走馬灯の様にフラッシュバックしながらも、最後に浮かんだ”奇妙な疑問”の前に怒りは頭から吹っ飛んだ。
おかしい。デスタッチは、相当な低確率の即死+恐怖付与の攻撃の筈だ。
何故私は、開幕一発目から、即戦闘不能に、されたのだ――その疑問の答えに思考が辿り着く事もなく、蓮は気絶した。
「……呪死の邪教式エンチャント。それも相当強力、ですね」
「さすが忌まわしき我らが仇敵。一瞬で見破るとは」
「ん、そんな状態異常あったっけ?」
「邪教徒は手段を選びません。ザラキだろうがレベル5デスだろうがムドオンだろうが、我が物顔で
ぴよぴよ黄色い小鳥が頭上を周回している蓮の姿を見て、ユーリヤはその正体を看破する。
邪教徒には歴史が無い。正確には、全ての文化を正教の魔術、或いは現代人族のアイデアからパクる為に、起源に裏打ちされた
恥も外聞も誇りも無い邪教は、何もかもを己の起源とする為に自ら
「しかし、そんなものは所詮歴史無き付け焼き刃!起源・歴史・研鑽!その全てを併せ持った正教式退魔術に、今更通用するものではありません!!」
そうハッキリと言い捨て、ユーリヤは遺骨砕きを頭上で一回転させ、十字架を打ち立てる様に柄を地面に叩きつける。その瞬間、地から光が迸った。
目の前の邪教徒の放つ拒絶の闇とは真逆の、あらゆるものを包み込む温かな輝き。それは気絶中の蓮を除き、ユーリヤと真魚の体にだけ纏い、神の抱擁に等しい安心感を与える。
”災いの護り”。神の加護の中でも比較的お手軽に覚えられるこの退魔術は、調子に乗った邪教徒が馬鹿の一つ覚えの様に即死魔法を連射してくる時の為に生まれた、格調高い防護の術だ。
あらゆる”生”そのものを護る
「――これだけが私の全てと思っては困るな!」
「くっ!?」
蓮が崩れ落ちた瞬間に全てを悟り、極めて速やかに防護術を展開したユーリヤへ、すかさず邪教徒――暗きハンは蓮の居た場所から一息で迫り、拳を振るってきた。
想像以上のスピードに、鉄槌での防御が間に合わない。咄嗟にユーリヤは左腕だけを盾にするも、ハンの速度はそのまま力となってユーリヤの体躯を吹き飛ばす。
その殴られた瞬間に、僅かに体から力が
「ぐ、うっ……!
「ご明察だ。割とあちこちで有名な術なのでな、参考には事欠かない」
「節操のない……!これだから近頃の邪教徒は!」
「なんかシスターいつ生まれてもそれ言ってそーだね」
意識を結び直し、体に何が起きたかを把握する。おそらくは、ハンの纏っている闇の衣を『スゴ
作品媒体ごとに様々な形態こそあるが、単なる吸血と違って相手の体のどこかに当てれば良い、という事は概ね共通している。起源も源流も、何もかも己のものとして奪って見せびらかす邪教徒らしい技だ。
しかしその効果はシンプルにして強力。いかに退魔術を打ち込もうと、ハンのニ回行動に匹敵する速度で殴られる度に回復されるのではたまったものではない。
「ならば接近を許さないまで!破魔・レニングラード戦線司令官式――ッ!」
「ムッ!?」
ユーリヤは再びの接近を防ぐべく、傷付いた左手で隠し持っていた真銀のアサルトライフルを抱え、祈りの弾幕を展開した。
破魔・レニングラード戦線司令官式。”防衛”を主とするこの退魔術は、
横に
「散弾ではなぁ!」
「しまッ――!?」
「シスター!」
しかしハンは闇の衣を前方に集中させ、切削具のごとく円錐状に変化・回転させながらそれを防ぐ。いかに敬虔な祈りであっても、信者が全国バラバラに散ったような状態では破壊力は望めない様に、一点の祈祷
唯一の弱点を突いて弾幕を防いだハンは、そのまま猛スピードでギガントサイズな暗黒のドリルを右腕に纏い、ユーリヤの胴部へ向けて真っ直ぐ突進してきた。
「甘いです!」
銃器の最大の特徴であるターン優先権により、ユーリヤはライフルの銃口をハンへ
ハンにとっては、それはただの無駄な足掻きだった。高速で突進するハンは、既にユーリヤの懐に届かんとしている。この状況では、銃弾は
――そう、
「――ガッ゛、ア゛ァアッ!?なんだッ、このッ、威力、はァ……ッ!?」
「
その弾が届いた瞬間、ハンの闇が溶かされ、それを纏っていた腕が消し飛んだ。
”白木の杭”。古くは吸血鬼の殺傷・封印にも用いられた、起源深き正教の武器の一つ。神の使徒が祝福せしその原木は魔を払い、特に吸血に頼る穢れた生を持つ背徳者を滅する力を持つ。
銃弾をバラ撒いたのは、この一発の為の布石だった。最強スキル退魔術に対して近接戦でメタってくる愚かな邪教徒と旧支配者が多い以上、ユーリヤは最速で繰り出せる”切り札”をマガジンの最奥に伏せていたのだ。
ちなみに白木の特注弾丸は高価なので、事前に蓮に買ってもらった。
「こんな小細工で……ッ!」
「逃すと思いますか!」
闇で失った腕を締め付け強引に止血しながら、ハンが後ろに退く。同時にその口は細かく動き、遠くから生命を奪う呪術の頭を唄い始める。
腕を失った邪教徒が距離を取るのも予想済みだ。すかさずユーリヤはアサルトライフルを回転させるようにハンへ投げつけ、破邪と蓮の
打ち付けたライフルは一瞬闇を祓ってハンの体勢を揺らすが、すぐに復活した闇に呑まれて銃全体が圧し曲がる。だがそんな事より――契約上、経費として蓮が後々修理代を支払ってくれるので――、この刹那にこそ価値がある。
「は、ああぁあぁーッ!」
ハンが詠唱と動きを僅かに止めた瞬間にユーリヤが魔力を練り上げ、鉄槌の頭へ眩い破魔の輝きを集中させる。それに遺骨砕きが呼応し、輝きが
”聖典兵装”は、そのものが
――破魔の輝きが、巨大な光の十字架の形へと流転した。
「
「グアア゛ァァ゛――ッ!!」
鉄槌の先より顕現された断罪の十字架が、異界ごとハンを一閃する。
誰かを傷つける為の剣ではなく、刃を持たぬ慈悲の鎚を。そして慈悲の鎚は、神への道たる十字路を生んだ。神の振るう
ハンは己の穢れを全て浄化されて光の粒と化し、遺骨砕きを振った軌道では異界の肉壁だけが掻き消え、倒れていた蓮は余波を受けてすってんころりんと下り階段へ転がり落ちていった。
ユーリヤによって護られた真魚は感謝を捧げながら、落ちていく蓮の姿を写メに収めた。
「……残念です。貴方が初めに邪教ではなく正教と出逢っていれば、きっと良き同胞として邪教徒を殲滅するという未来が待っていたでしょうに……」
役目を終えた遺骨砕きは沈黙し、再び鉄槌という仮の姿を取り戻す。
壊れたライフルと遺骨砕きを背負い直し、神へ向けて旅立った者を祝福する十字架を虚空に刻む。その顔には、邪教という道徳的劣位に身をやつした者への哀しみだけがあった。
邪教徒が何と言おうと、それは高次元存在たる正教に対する
だが、神の使徒たるユーリヤでも邪な思い込みを正すことは簡単ではない。現代人と邪教徒、そして唯一神と
「――虚しいもの、ですね……」
何故世界の一割――九十九割の現代人族の他――には、かくも神の慈悲が届かぬのか。
背負った眠る十字架の重みが、自らの使命の重さを感じさせる。神聖なる正教の愛に耳を貸さず、狂って劣等宗派へと堕ちていき、まともな脳すらも発酵させた邪教徒達。
魔を祓う十字架も、世の闇全てを晴らす事は出来ない。振り下ろした軌道の外で未だに蠢く異界の肉壁が、その事実をユーリヤへ語っているようだった。
◆ ◆ ◆
「蓮ちゃん蓮ちゃん。さすがにそのミニスカの下がコレはまずいんじゃない」
「え?……ギャーッ!人が気絶してた時に何撮ってんの真魚ちゃん!消しなさい!」
「これ一枚でいいの?じゃ、
「わーっ!わーっ!やめて止めて消して!見せないでお願いだから!」
「ん。ガチャ一天井ぶんで手を打つよ」
「…………」
事件後、何故か真っ白に漂白された蓮だったものがセーフハウスに転がっていた。
この物語はフィクションです。
実在の糠漬け、ボスの強さ、ユーリヤさんのインフレとは一切関係ありません。
使えるネタを絞り尽くしたので、今度こそ終わりです。ありがとうございました。