草一本見当たらない荒野。赤茶けた色をした地面には常に土煙が舞っている。どこまでも鮮やかだがどこか毒々しい夜のようなバイオレットの空には、しかし確かに太陽が照りつけている。そんな世界の中人影が2つ、背中合わせで立ち、銃を携えて異常なまでに巨大な生物と対峙していた。
「そういえばさぁ」
人影のうちの片方がもう片方にまるで緊張感のない、しかしハッキリとした口調で話しかける。依然として背中合わせで立っていて銃口は異形の生物をしっかりと狙っている。
「ん? どうしたの、カフェ」
対してこちらはのんびりとした口調で答える。こちらも銃口を異形に向けたままだ。
「モカってさ、よくあんな場所にずっといたよね」
「あんな場所って?」
襲い掛かってくるまるで恐竜のような生物を
「ホラ、アタシがモカを最初に見つけた小屋の倉庫よ」
「あぁ……ずっとっていうのはなんか変な感じするけどね。何しろいつからあそこにいたか覚えてないんだから」
「そうだったそうだった。でもあそこからアタシ達の旅が始まったかと思うとなんだか感慨深いと思わない?」
声色に若干の寂寥感や懐旧を滲ませながら、カフェは言う。そうして話しながら『モカ』と呼ばれたほうのアンドロイドは携えたハンドガンを腰にジョイントし、もう片方の腰から刀身が真っ黒な大ぶりの剣──しかも細かく振動している──を抜き、飛び上がってトドメとばかりに恐竜の喉に突き込む。すると生物はズズン……と音をたてながら横向きに崩れ落ちた。そして、振動剣にこびりついた赤紫色の血を払い、ハンドガンの
「そうだねぇ……ボクの記憶もあそこから始まってるわけだし。そう思うとなんかこう、くるものがあるかなぁ」
すると、ライフルのリロードを終わらせたカフェがこんなことを言い出す。
「ねぇ、ちょっとこの辺で休憩してさ、初めて会った頃のことちょっと思い出してみない?」
「でも初めて会った時からそんなに経ってないと思うよ?」
「いいのいいの、なんだか急にコロニーが懐かしくなっちゃったのよねぇ」
そう言いながら2体のアンドロイドは近くにあった木陰に座り込み、思い出し始める。お互いが初めて出会った、あの時のことを。
ふいに、何かの音が聞こえた気がした。
そっと目を開けてみる。ピントがうまく合わず、視界がほぼブラックアウトしている。それでも何度かまばたきをすると今自分がいる場所の全容がだんだん見えてくる。暗く、ひどく埃っぽい。色々なものが雑多に置かれているのを見ると物置か倉庫の類だろうか。全く用途がわからないガラクタばかりだ。
ガサッゴソッ! バタン!
という頭上から響いてくる音がやかましい。……頭上? と、そこまで考えてようやく自分がこのガラクタの群れによりかかるようにして座っている姿勢をしていることを把握する。立とうとすると少し体がきしむような音が聞こえたような気がした。それでも何とか立ち上がって、あたりを見回すとようやく階段を発見する。
(この上に何かあるのかな……?)考えながらも階段を上る。
ガサゴソッ! ガタン! ゴトン!
先ほどからなっていた音が一段とやかましくなる。いったい何をやっているんだ?と思いながらどうやら生活スペース(にしては荒れているし、生活感がない)になっているらしい部屋に出た。
そこには、紫のヘアーパーツを搭載した1体のF型アンドロイドが
「何……やってるの?」
思わず声をかけてしまった。すると目の前のF型アンドロイドは今まさに失敬しようとしていた通信機用の充電ケーブルと光学銃用のエネルギーパックを取り落とし、
「う、うわあああああああああ!?」
と叫んでひっくり返った。それはもう見事に綺麗に。
「え!? だ、大丈夫!?」
慌てて彼女のもとに駆け寄る。同時に破損箇所がないかざっと見るがどうやら何ともないようだった。
「ちょっと驚かせないでよ! だいたいアンタいったいどこから出てきたのよ!?」
「どこって、あそこだけ……ど……」
と振り返って階段を指さそうとしたが、そこに階段なんて全くこれっぽっちも見当たらず、代わりにガラクタの山が置いてあるだけだった。
「あれ?そこに階段があったはずなんだけど……」
「階段?……もしかして」
言うや否や、彼女はボクが指さしたほうにズンズン進んでいくとガラクタの山に無造作に手を突き出した。ところが山は崩れることもなく、あろうことか彼女の手だけがスッと通り抜けた。ボクが訝しげにその様子を見ていると、
「やっぱりね。これ、ホログラム迷彩だわ。しかも対アンドロイド用の情報ジャミングまで仕込んである。今の今まで気づかないはずよね……」
と、なにやら納得したような面持ちでこっちに戻ってくる。気になってボクも近づいてよく見てみると確かにそれは本物のガラクタではなく精密なホログラム映像だった。しかし、なんだってボクはこんな隠されている部屋で眠っていたのだろう? と疑問に思ったがその思考は彼女の次なる一言で打ち消された。
「で、アンタは何者なわけ? 見たところアンドロイドのようだけど……しっかし見れば見るほど人間にそっくりねぇ……」
とボクに質問してきた。そういえば確かに自己紹介もしていない。それに答えようと口を開きかける……が……、
「ボク……は……?」
何も出てこない。まるで今までの
「ん?ちょっと、どうしたのよアンタ」
固まってしまったボクを見かねたように彼女が声をかけてくる。
「思い……出せない……! ボクの中の記録が空っぽになってる……!」
「はぁ?何それ、メモリーが壊れるようなことでもしたの? ……ってそれも思い出せないのよね、うーん型番か固有名称くらいは思い出せないの?」
「型番か……固有名称……」
自身のメモリーの中を必死に探る。よく考えたら言語的思考ができる時点で消えたのは活動履歴だけだと推測できる。名前くらいは憶えていてもいいはずだ。そんな祈るような気持ちで探っていると1つの文字列がメモリーの中に現れた。
〈M.O.C.A〉。現れた文字列を自分の中で反芻する。これが型番……にしては簡素すぎる。何かの略称か? それともこれがボクの固有名称なのか? そうこう悩んでいるうちに、
「M.O.C.A……? ……モカ……とか?」
という呟きが聞こえてくる。どうやら自分の中でその文字列を繰り返しているうちに口に出てしまっていたようだ。しかしモカ、か。確かにそう読める。だとすればそれがボクの固有名称なのかもしれない。
「モカ、そうかもしれない。それがボクの名前なのかも」
と少し自信なく言うと呆れたような声で、
「なのかもって……まあいいわ、ないよりは全然マシだしね。ところでアンタ……いや、モカか。モカは、自分のことが思い出せないようだけど、念のため活動履歴の始まりはどこになってるの?」
とさらに質問を重ねてくるのでこれには正直に答える。
「ええっと……そこの階段の下の倉庫で目覚めたところからかな」
「そっか、ってことは自分がどこで暮らしてたかとかも覚えてないわけね。スリープしてただけで動力も無限ってわけじゃなさそうだしねえ……とりあえず、ウチに来る? 動力の補充くらいはできるかもよ?」
「え? ……いいの?」
「いいのいいの。っていうか知らない個体が動力切れ起こして倒れるのを放っておくっていうのもなんだか嫌だしね。そうそう、自己紹介がまだだったわ。アタシはカフェ。いつまでになるかわからないけど、ま、これからよろしくね」
と、自己紹介を済ませながら彼女──カフェは小屋のドアを開けて外に出た。ボクも後を追うようにして小屋から出る。
どうやら、ボク達がいた小屋は小高い丘の上に建っているようだった。若々しい緑色の草が一面に生えていて、所々に色とりどりの花も咲いている。さらに、上を向くと青い空が広がっていて実にすがすがしい気分になる。そして、その丘から眼下に見える景色は、コンクリート製の建物がずらっと並んでおり、建物の間には道があり、中心部には巨大なタワーがそびえ立ち、さらに十人十色な姿をした人影──恐らくアンドロイド──が見える。一言で言ってしまえば「街」だった。眼下に街が広がっているのだ。
「街……?あの歩いているのは皆アンドロイド……?」
「そうよ。そういえばそうか、覚えてないんだから色々と紹介とか案内とかしないといけないわね。この街は『第51号コロニー』。コロニー間の流通の中継所になっていて、商業を生業としているアンドロイドがたくさん住んでるの。まあアタシは商売なんてしてないけどね。さあ、行くわよモカ。家に案内してあげる」
そう言ってカフェはボクの服の袖を掴んでスタスタと歩きだした。
丘を下ると上から見えていた街の全貌がだんだん明らかになってきた。中心部に道は土そのものではなく金属で舗装されている。メインストリートと思しき道路には電気自動車や電動バイク、さらにブースター搭載型のアンドロイドなどが行きかっている。タワーはどうやら空まで伸びているようだった。そこまで眺めて、ボクは一つふと疑問に思ったことを口にする。
「ねぇ、さっき『コロニー』って言ってたけどさ。あれってどういうこと? 街だったら普通『シティ』とかいうものじゃない?」
カフェはそれを聞くとこんなの当り前だと言わんばかりに、しかし親切に説明してくれる。
「この街はね、1つの大きなドーム状の建造物の中にあるのよ。ホラ、上よく見てみなさい? あれ、本物の空じゃなくてホログラム映像よ。この街の中心にある管制塔が日替わりでいろんな天気の空をドームの天井部分に映し出すの。もっと言うと、このドームの中の気温とかを管理してるのもあの管制塔よ」
「えっ……じゃあコロニーの外は?」
重ねて質問すると、
「ちょっと大気組成がおかしくなっててね。異常進化した動物……いや、もはや怪物ね。
「そ、そうなんだ……」
話しながら歩いていると街中に出た。色々な……本当に色々な姿をしたアンドロイド達が闊歩している。さらに、そこかしこから威勢のいい声が聞こえてくる。よく耳を澄ませてみると何らかの取引をしているらしい。そういえば先ほどカフェがこの街は商売業を営むアンドロイドが住んでいると言っていたな……とそこまで考えてふと違和感に襲われる。いや、そもそもなぜ今まで気づかなかったのかが不思議なくらいだ。少し薄ら寒いものを覚えながらカフェに問いただしてみる。
「ね、ねえ……この街って、人間は、いないの……?」
するとまたもや「何言ってんだこいつ」的なニュアンスを含んだ声で応答が返ってくる。
「人間? そんなモノ、ちょっと前に絶滅したじゃない。」
曰く。200年ほど前に大規模な戦争が起こったらしい。アンドロイドや化学兵器、核なんかも大量投入された本当に本当の『最終戦争』。100年間休むことなく続いたこの戦争は、勝者も敗者も決まらなかったという。戦争に参加したすべての勢力が共倒れしてしまったのだ。残されたのは、人間がばら撒いた兵器で環境が大きく変わってしまった自然と、人間が住んでいたコロニー、そしてアンドロイドだけだった。残されたアンドロイドたちは岐路に立たされた。すなわち、『人間と共に機能停止する』か、『動力の続く限り、この荒廃したセカイで過ごすか』。最終的にアンドロイドたちは後者を選び、今こうして生活を続けているのだという。
そのようなことをかいつまんで聞いたボクは愕然としてしまった。ボク達を造った存在はすでにこの世界に1人残らず存在しないというのだ。はいそうですかと受け止めるにはどうにもスケールが大きすぎる。以降、ボクは完全に黙りこくって歩いていた。まるで挨拶のようにサラッと伝えられ、しかし途轍もなく大きなその情報は、ボクの中でしっかりとした形を持たせて理解するのに時間が必要だったからだ。
「ホラ、何ボーッとしてんの? 着いたわよ」
声をかけられて我に返るとボクの目の前には小ぶりなマンションがあった。どうやらここがカフェの家らしい。ここまで来た経路が曖昧にしか思い出せないのはきっと先の人間に関する情報を飲み込むのに集中しすぎていたせいだ。
「ゴメンゴメン、ちょっとボーッとしてた」
「ふーん、まぁ色々覚えてないんだから仕方ないだろうけど」
と言いながらボタンを押してエレベーターを呼び、3階へ移動する。そして307号室まで来ると電子ロックにコードを送信して解除し、扉を開けて「どうぞ」と入室を促してくる。
軽く一礼して部屋に入る。最初に目に飛び込んできたのは玄関に立てかけてあるライフル銃だった。実弾を撃ちだすタイプではなくレーザー光の光弾を撃ちだすタイプでその証拠に本来の銃に必要なコッキングレバーやマガジンがなく、マガジンがあるべき場所には代わりにエネルギーパックを挿入するための穴がある。いったいこれで何をしているのだろうと疑問に思ってくると、それを察したのかはたまた銃をまじまじと見すぎていたせいか、疑問に対する答えがカフェから飛んでくる。
「アタシ、人間の職業でいうところの猟師ってのやってるの。コロニーの外に出て、メタモンスターやっつけて、使えそうな素材とか肉を剥ぎとって売って暮らしてる」
ははあなるほど、そのためのレーザーライフルなのか。と感心していると、
「ここで一時的にでも暮らすからには、アンタにも仕事手伝ってもらうからね」
という衝撃的な言葉が投げかけられる。
「うぇ? それってボクも狩りをするってこと?」
「そうだけど?」
当り前だと言わんばかりにサラッと返される。ここまで来るといっそ清々しくて諦めがつく。まあ住まわせてもらうんだから仕方ないよねと思いつつ、そういえばと思い、
「じゃあ何であの小屋でガサゴソやってたの?」
と尋ねてみる。本業が猟師なら別にあそこで物を漁るような真似をする必要はないはずだ。すると、
「実はここんとこ金欠なのよ。外にいるメタモンスターは段々手強くなるし、装甲とか武器とかの修理にもお金がかかるし、何より1人だと効率が悪くてね」
という答えが返ってきた。なるほど、それならあそこでボクが起きるような大きな音をたてながらガタンゴトンやってたのもうなづける。ん? 待った、最後の言い草はまるで……?
「もしかして、ボクをここに住まわせてくれるって言ったのは恩を売って仕事を手伝わせるため……?」
ド直球に聞いてしまったがまあいいだろう。すると彼女からは、
「まあ、そんな魂胆も半分くらいはあったかな?」
という答えが悪びれもせずに帰ってきた。(まあ記録喪失のボクを面倒見てくれる時点で悪いアンドロイドではないのだろう。多分)と半ば自分に言い聞かせるような形で無理やり納得した。そんな思考が顔に出ていたせいか、
「じゃ、さっそく仕事手伝ってもらおうかな! まずはアンタ用の装甲と武器を見繕いに行かないとね!」
と、ボクを引っ張って街に連れ出そうとする。これは最初っから前途多難だぞ……? と思いながらしぶしぶ彼女についていく。
こうして、ボクたちはともすれば最悪ともいえる部類の出会いを果たしたのだった。
Q.どういう話なんだこれ!
A.アンドロイド達がほのぼの暮らしたり冒険したりする話です。
あ、今作品のアンドロイド達は基本的に服を着ています。何故かって? 関節とかにゴミとか挟んだら大変でしょ? まあファッションで着てる個体もいるし、「服なんか煩わしいぜ!」って言って着ない個体もいます。まあそこは個性ってことで。