改稿版
3話同時投稿、の2話目
さて、艤装の点検、という事で早速コウショウへ向かった俺たちであったが、
「…………クマぁ……」
「だ、大丈夫だから! ここは(比較的)マトモだから!」
ナゼか虚ろな目でコウショウを見上げる球磨ちゃんを必死にフォローする俺の姿があった。
「えいえい♪」
「うごけー♪」
頭に乗っかった妖精さんにアホ毛を引っ張られても無反応だ。
そうとうキてるなこれは……。
いやぁ、なんでだろうね?
ちょお~~っとだけ庁舎が穴だらけだったり、宿舎が倒壊してたり、埠頭が崩れて倉庫が風化しちゃってただけで、ごくごく普通の鎮守府だったのにねーハハハ。
……うんまあ、そりゃそうだよな。
俺も最初見た時の疲労感ったらなかったもん。
以下は回想だ。
まず司令室を出た所から球磨ちゃんの試練が始まった。
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司令室の重い扉をよっこいせと開いて、妖精さん達をくっ付けたままズンズン先に行こうとした所で、球磨ちゃんが後をついてきていない事に気が付いた。
「…………? あれ、どうしたの?」
肩の上の妖精さんを払い落として振り返る。
「……ここは鎮守府じゃなかったクマ?」
どこか呆然とした顔で、半開きになった扉の間に立った球磨ちゃんが確かめるように言う。
「え?」
「え? じゃないクマっ! どっ、どういう事クマ! ホントに深海棲艦の襲撃でも受けたクマっ!?」
球磨ちゃんがバタバタとせわしなく振り回す指先に目をやる。
もれなく割れた窓、
崩れた壁、
倒壊した床、
吹きだまった砂……。
……あー……、
「…………歴史を感じるよね?」
「最早遺跡の域クマっ!!」
あ、俺の最初の感想と同じだ。
そういや眠った状態で司令室まで運び込んじゃったから、この鎮守府跡の状況を見るのは今が初めてなのか。
一応さっき事情を説明した時に、無人島の廃墟を鎮守府として復興させようとしてるんです、とは言ったけど、そうか、『廃墟』のレベルをあの司令室基準で考えてたのか。
「…………うん、じゃあ、こっちだから……あ、階段、所々崩れてるから落っこちないでね?」
まあ、説明するより見てもらった方が早いか。
球磨ちゃんの反応も面白いし。
俺はコンマ数秒でそう決意し、スタスタと先へ進んだ。
「ま、待つクマっ…………それが鎮守府の庁舎の中で使うセリフクマか……?」
庁舎二階の廊下から、大海原が百八十度の大パノラマで眺められる事に戦慄していた球磨ちゃんが、慌てて後をついてくる。
「はーい、出口はコッチデスヨー」
「…………床が無いクマ。壁もないクマ。ドアも窓もないクマ」
さっきから球磨ちゃんが小声でブツブツ呟いてるのがなんかシュールだ。
床が無くて壁が無くてドアも窓も無いならそれはもう建物なんだろうか?
改めて聞くとひでぇもんだぜ。
「……あ、天井も無かったクマ……」
「ほ、ほらほらっ! コウショウはあっちだから、さっさと行こーさっさと!」
その後、
「………………提督、このレンガの山は何クマ?」
「そういや何なんだろうなこれ……妖精さん?」
「しゅくしゃです」
「さんかいだて」
「かぜとおしのよいちんじゅふ」
「……球磨、どうやらここがお前らの寝床らしいぞ」
「野生のクマだってもうちょっとマシな寝床に住んでるクマ!」
坂を下り、
「………………草むらクマ」
「それになんか岩やらガラクタやらもゴロゴロ転がってるな」
「ここはぐらうんどです」
「かくれんぼにさいてき」
「あそぼー♪」
「なんでグラウンドでかくれんぼができるクマ」
「これで低木でも生えてればまるっきりサバンナだよな」
崩れて苔むした埠頭を歩いて、
「……………………骨……」
「あー……倉庫、だよなアレ?」
「そうこです」
「からっぽになってはやすうじゅうねん」
「りっぱなあすれちっくになりました」
「…………」
「……あー、どうかね球磨ちゃん、我が鎮守府は。呆れてモノも言えまい!」
黙り込む球磨ちゃんに、半ば開き直って堂々と言い放つ。
いやぁ、この境遇を共に分かち合ってくれるだけでも、建造した甲斐があったというモノだ。
ここ最近は妖精さんに振り回されっぱなしだったが、とうとう一緒に振り回されてくれる仲間が――――
「……ごんな゛の鎮守府じゃない゛クマァ……!」
「ガチ泣きは止めてっ!?」
よっぽどショックだったのだろう。
ようやく泣き止んだ球磨ちゃんは、今度はすっかり表情の抜け落ちた顔で足元をふらつかせていた。
「わ、悪かったって……そうだよな、一流の鎮守府に居たんだもんな、高低差ありすぎて耳がキーンってなっちゃうよな?」
「……入りたくなくなってきたクマ」
気づけばすっかり白くなってしまった球磨ちゃんが、虚ろな目で暗いコウショウの入り口を遠巻きに見ている。
一流鎮守府出の艦娘にはちょ~っと刺激が強すぎたらしい。
アホ毛までシュンと垂れ下がった球磨ちゃんを、妖精さん達がのんきに励ましている。
「たのしい?」
「じまんのちんじゅふです」
「こうえいにおもうです」
「すすめー♪」
「コラッ、やめなさい! ささ、どうぞどうぞ、中にお入り下さいな……ダイジョーブ大丈夫、ホントココはまだ大分マシな方だから!」
球磨ちゃんの頭に乗っかってアホ毛を操縦桿みたいにしている妖精さんを引き剥がして、割と本気で中に入りたくなさそうな球磨ちゃんを入り口へ促す。
こうなったらショックな事はまとめて処理しておいた方がイイだろう。
イヤな事は早めに済ますに限る。
「……ホントクマ? ウソだったら怒るクマよ……?」
蒼白く光る瞳で俺を見上げてくる白球磨ちゃん。
そ、そんな目で見ないで……俺だって昨日来たばっかりなんだよ……!
チラッと足元を見る。
コウショウに先に向かわせて、取り敢えずの体裁だけ整えておくように言っておいたお下げ妖精さんが、ぐっ、と指を立てている。
お前、信じるからな……!
「だ、ダイジョーブ……うん、多分」
自信満々のお下げ妖精さんに若干の不安を感じつつ、球磨ちゃんを引き連れてコウショウの中に入ってゆく。
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そこには、先程の建造で殆どのガラクタを放り込んでしまったために、最初来た時よりもかなりガランとしたコウショウがあった。
「…………確かに思ってたよりマシクマ……これでマシって言うのもどうかしてるクマね」
閑散とした内部を見渡し、壁や天井の穴に目線をやりながら球磨ちゃんが言う。
「でしょ!? いや、でしょってのもおかしいけど……艤装だったよね、あそこに置いてあるから……」
そう言って、二つ並んだ建造ドックまで球磨ちゃんをつれて行く。
その片方、底部分のせり上がった方の上に、球磨ちゃんの艤装がさっき落としたまんまに放置され、
「あっ……球磨の艤装クマ!」
そう言って駆け寄る球磨ちゃん。
如何にも重そうな艤装をいとも容易く持ち上げ、ためつすがめつ眺めている。
ああいうの見ると、やっぱり艦娘なんだなぁと思う。
……それとも、まさかその艤装までおかしいってコト無いよね?
中身スカスカとか、ただの張りぼてだったとか……。
チラッと、心配していたもう片方のドックを見る。
例の暗黒プールの上に、お風呂のフタのような――というか、まるっきりシャッター式の風呂フタ(あのクルクル巻くヤツ)だな――モノが被せられ、妖精さんの丸っこい字で『みちゃだめ』と張り紙してあった。
かわいらしい妖精さんの似顔絵付き。
(なんでコレでイけると思ったアホ妖精ーーっ!?)
褒めろと言わんばかりのドヤ顔でアピールしているお下げ頭を乱暴に撫でて、冷や汗をかきながら、ソロソロ~っと、球磨ちゃんの視線を切るようにドックの前に移動する。
なんとか……なんとかコチラには気づかれないようにせねば……!
鎮守府の惨状であれだけガン泣きした球磨ちゃんだ。
自分がこんなおぞましい闇鍋的プールの中から産まれたと知ったら、どんな反応があるか分かったモノじゃない。
そこで、丁度点検が終わったのか、球磨ちゃんが顔を上げた。
「……間違いなく球磨の艤装クマ。細かい傷やクセっぽい所まで前のままなのがちょっと気味悪いくらいだクマ……」
どうやら艤装には問題なかったようだ。
取り敢えず、一安心。
「そっ、そうなんだ! 良かった……どう、海出れそう?」
「燃料が少ないクマ。しかもナゼか弾薬は空っぽクマ……コレじゃあ、良くても近海をウロウロするくらいが関の山クマ……それか――」
そう言って、カタパルトから小さな水上機を持ち上げる。
「コイツに給油して、近くの鎮守府に助けを求めるか、クマ」
そう言って、俺を見上げる球磨ちゃん。
多少は希望が出てきたのか、さっきまで真っ白だった色はすっかり元に戻っている。
……なんかお風呂で色の変わるオモチャみたいだな艦娘って。
「クマ~……弾薬が無い時点で選択肢はほとんど決まってるようなものクマ。どちらにせよ、ココがどこだかわからないコトにはどうしようもないクマ。……提督は、ここがどこか、正確な座標とか――」
「漂着したんだってば」
「――そうだったクマね。じゃあ、妖精さんにこの廃墟のできるだけ正確な座標を聞かないと――何か後ろに隠してるクマ?」
そう言いかけて、ふと俺の後ろの風呂フタに目をやる球磨ちゃん。
やべぇ、もうバレた!
慌てて再び横にズレ、球磨ちゃんの視線を切る。
「な、ナンデモナイヨー?」
「……見せるクマ」
無情にもそう言って、スタスタと回り込んでプールのフタに手を伸ばす球磨ちゃん。
すかさず、ガッ! と、足でフタを押さえる俺。
「……もう、ココがマトモじゃ無いコトは分かってるクマ。今さら球磨に隠し事は無しクマ」
そう言って、据わった目で俺を睨んでくる。
「ほ、ホントに止めた方がイイ。絶対見ない方がイイから……ね?」
「………………」
世の中にはね、知らない方が良い事がいっぱいあるんだよ球磨ちゃん……!
募金の行き先とか、公式絵師のお給料とか、気になるアノ子の男性遍歴とか!
俺の真剣な意志が伝わったのだろうか。
球磨ちゃんはジッ……と俺とフタの張り紙を見比べた後、しぶしぶと手を引っ込めた。
し、しのいだ……!
「っ! 隙ありクマっ!」
「あっ! ちょっ!?」
と思って足を上げた瞬間、球磨ちゃんが驚くほどの俊敏さで俺の脇をすり抜け、シャケを取るツキノワグマのごとき手つきで風呂フタを弾き飛ばした。
なんつうスピードだ、艦娘スゲェ!
――じゃなくてっ!
「毒をくらわば皿までクマ。さあ、この建造ドックにいったい何を隠し――――」
あらわになったプールを覗き込んで固まる球磨ちゃん。
ゴポッ、と、粘っこい音と共に辺りに広がる異臭。
「な……な……な……!?」
「あー……だから見ない方がイイって……」
工場廃液と重油と腐った海水を混ぜ合わせたようなマーブル模様の水面を見つめて、肩をわななかせる球磨ちゃんをそっと脇にどかして、プールにフタを掛け直す。
「クマ……こ、これ、建造……けんぞうどっく……クマ……ク……マ?」
「だ、大丈夫だ球磨ちゃん! た、多少! 多少材料は独創的だったかも知れないけど、球磨ちゃんはしっかりかわいいぞ! た、たまにちょろ~っと、色とか不安定だったりするかもだけど、品質に問題はないハ――――」
「クマァァァァ~~ッ!!?」
ガランとしたコウショウに、球磨ちゃんの悲痛な叫び声が響き渡った。
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「ここのいちですねー」
「ちずかくです」
「えっとねー……」
そう言って、錆びた釘のようなモノでコウショウの床にガリガリと地図を描き込んでゆく妖精さん達。
そんな素直に教えてくれるんならさっさと聞いておけば良かった。
しかし……、
「クマ……球磨は……球磨はもう、艦娘じゃないクマ……」
「だ、大丈夫だって……ほら、なんか戦闘モード、って感じでカッコいいじゃん! なんかこう、おどろおどろしいって言うか……」
「提督はそれで慰めてるつもりクマ?」
哀れ球磨ちゃんは、コウショウの冷たい床にべちゃっとうつ伏せになって、ウジウジと泣き崩れていた。
ワザワザ聞かなきゃあ良いモノを、自分の建造秘話を俺と妖精さんたちから根掘り葉掘り聞き出し、自分があの暗黒プールで謎の異物を混ぜ合わせて誕生したと知るや、
「く、クマぁっ!? 球磨、どこもおかしくないクマっ!? 顔とか変じゃないクマっ!? く、臭くないクマっ!?」
と泣きそうな顔でクマクマと騒ぎ、
材料の中に黒くてキュートな謎タコ焼きが混入していたと知ると、
「たたた、タコ焼きクマ!? 黒くて、歯の生えた……!? し、深海棲艦の 艦載機……く、クマぁ……?」
と、今度は血の気の失せた顔でふらっとぶっ倒れ、
慌てて持ってきた海水入りバケツで少し頭でも冷やさせようとすると、今度は水面に写った
「深海…………棲……艦…………クマぁ」
そう呆然とした様子で呟いたきり、糸が切れたように崩れ落ちて、バッタリと気絶してしまったのだ。
妖精さんにつつき回されて目を覚ました後も、ああして床に突っ伏したままウジウジと目を腫らし、コンクリの床に涙でヘタクソなクマのイラストを描き続けている。
あーあー、キレイな黒いセーラー服がコンクリで白く汚れちゃって……。
なんでも、白くなった状態の自分が、今まで戦ってきた人類の敵、『深海棲艦』の姿とクリソツだったらしい。
全っっっっ然気づかなかったわ。
艦娘ってみんなあんな感じなのかと思った。
ってか、深海棲艦って
蒼白くてヒトガタ……幽霊的な?
とにかく球磨ちゃん的には、自分がコンパチキャラみたいになっちゃったことが大層ショッキングな事実だったらしい。
妖精さんがふざけて自分の長い髪を三つ編みにしたりお団子にしたりして遊んでいても気にならないくらい、すっかり塞ぎ込んでしまった。
なんかこんなマスコット見た事あるぞ。
確か、たれクマ――――そんな事はどうでも良いんだよ。
とにかく予想外な事態だ。
ほんとウチのツインテ、面倒な事ばっかりしよってからに……!
俺が頭の上のツインテを顔の前に持ってきてジトッと睨むと、球磨ちゃんと同じく白っぽいツインテ妖精さんは、片目をつぶって小さな握りこぶしを頭にコツンと当て、渾身のテヘペロをしてくる。
コイツは……。
とにかく、今はこの、以前の俺以上に腐ってしまっている球磨ちゃんをなんとかしなきゃだな。
見た目女子中学生の女の子を元気付ける……俺には一生縁の無さそうだったイベントだぜ。
無理ゲーじゃね?
「ほら、球磨ちゃんはこうして元気に生き返ったワケだし……死んじゃうよりずっと良いだろ?」
「……仲間に、みんなに合わす顔が無いクマ。球磨はもう、みんなの……妹たちの敵になっちゃったクマ……」
「いやそんな、色がちょっと2Pカラーっぽくなったくらいで……別に球磨ちゃんが悪者になったワケじゃないんだろ? 人類とかぶっ転がしたかったりする?」
「そ、そんなワケ無いクマっ!」
「だろ?」
「……クマァ……」
球磨ちゃんが、泣き腫らしたまぶたを手の甲でグシグシとこすり、頭をムクリと起こして俺を見上げてくる。
「提督…………提督は、クマが前の鎮守府に帰れなくても見捨てないでくれるクマ……?」
「えー……そんな、
「クマァっ!? そこはノータイムで『勿論』って言う所クマっ! この童提督!」
「どどど、童貞ちゃうわっ!?」
「球磨だって処女クマ! ……な、なに言わせるクマっ!?」
「マジでっ!?」
「できたです」
「いいできだぜ」
「いちゃいちゃするなー」
「らぶこめきんしー」
俺と球磨ちゃんが不毛な言い争いをしているうちに、妖精さんたちが地図が描き終わったらしい。
妖精さんにズボンの裾を引っ張られ、コンクリの上に描かれた白い線を覗き込む。
「…………おねしょ跡かな?」
妖精さんの描いた世界地図は、大陸の位置すらあやふやな、なんとも頼りないモノだった。
ほとんど床のシミか何かにしか見えない。
ここ! とか書かれても……太平洋の真ん中かな?
「ああ、もう、貸すクマ!」
そう言って鉄片を取り上げ、今度は球磨ちゃんが世界地図を描き直す。
おおっ、こ、今度は……、
「………………おねしょかな?」
「~っ! だったら自分で描いてみるクマッ!」
妙に自信ありげだったから、てっきりよほどキレイに描いて見せるのかと思えば、その地図の出来は妖精さんとどっこいどっこいだった。
ちょっと赤くなった球磨ちゃんが吼える。
かわいい。
なんか処女って分かっただけで10割増しかわいい。
「どれどれ、お兄さんが描いてしんぜよう……!」
ちょっと調子に乗りつつ、スイスイと世界地図を描いてゆく。
ふはは、眠たい地理の時間中、事あるごとに世界地図をノートに落書きしていた俺の実力を見よ!
ガリガリと緻密なタッチでインドネシア諸島の島々を描き込み、おまけで赤道と北マリアナ諸島の大まかな位置まで描き込んでおいた。
ふっ……我ながら完璧だぜ。
「やりますね」
「さすがていとく」
「わたしたちとごぶですね」
「いいかんじです」
「う……無駄にうまいクマ……意外な特技クマ……」
釈然としないといった声で球磨ちゃんが唸る。
おお、今ちょっと提督感出てる! 出てない?
「え、そう? いや~、このくらいは学校で習うしね……フツーフツうっ!?」
「ちょーしに乗んなクマへっぽこ提督。後その顔でお兄ーさんはボり過ぎクマ」
球磨ちゃんにカタパルトで軽く外モモをはたかれた。
いいじゃんか別にちょっとくらい! 数少ない特技なんだから!
なお肝心の地名や気候風土はズタボロの模様。
限りなく意味の無い特技と言える。
そんな事をしている間に、お下げ妖精さんが地図にココの島の位置を描き込んでくれた。
「だいたいこのへんです」
「うーん……北マリアナの、更に北東辺りクマね? ……見事にパラオ・トラックの反対側クマ……どうやったらこんな敵制海圏のど真ん中に漂着できるクマ?」
心底呆れたような目で俺を見る球磨ちゃん。
よせやい、テレるだろ。
「コレじゃ、基地に零水偵を飛ばすのは無謀クマ。……悔しいクマが、あの戦いで北マリアナを制圧できたとはとても思えないクマ。そうすると、前線基地までの間にどうしても敵の制空圏を突っ切る事になるクマ」
それを見て、球磨ちゃんが頭を抱える。
どうやら大分困った事態らしい。
つくづくヒドい所に流されたんだな俺。
しかし、地図を見てふと思いつく。
「……なぁ、球磨ちゃん。その飛行機、どれくらいの距離飛べんの?」
「……? 燃料満タンの巡航速度で、大体3,300キロクマ」
「……その、それならこっから本土まで届くんじゃ……?」
俺が恐る恐るそう言うと、球磨ちゃんはキョトンとした顔で一瞬固まり、慌てて地図に目を落とした。
「こっ、ここから日本までどれくらいクマ?」
「あーっと……大体だけど、二千…………五百キロくらいじゃないかな?」
確か日本からハワイの距離が六千……うんたらだったハズだから、そう大きく外れて無いハズだ。
自作の地図なんで自信は無いが、三千は無さそうに見える。
「……誤差や迂回を含めてもギリギリ届きそうクマ。でも……この廃墟に、水上機乗りの妖精さんがいるクマ?」
「ここにいるぞー♪」
「ひこうきはまかせろー」
そう元気良く言って、ポニテとショートの妖精さんがピョンっと前に出る。
気の早い事に、既に飛行帽を被り、コテコテのジャケットを着こんで張り切っている。
「ほんとはしでんかいしかのらないです」
「でもーていとくさんがどうしてもっていうならー♪」
そう言って、チラチラとこっちを見る妖精さん。
「クマっ!? し、紫電、改!? そんな上級機体乗りの妖精さんがこんな鎮守府に……!?」
なにか良く分からん事を呟きながら
「……なんだ、言ってみろ」
「ちゅーください♪」
「あいのあるやつ」
そう言って、二匹揃ってほほを染めて唇を突き出してきた。
なんか鳥のヒナみたいだなお前ら。
「しちにおもむくわれらにー♪」
「さいごのたむけをー♪」
「お前ら墜ちたくらいじゃ死なんだろーが……ほれ、ほっぺでイイだろ」
そう言って、一匹ずつ抱き上げてほっぺにキスしてやる。
すると、妖精さんは「きゃー♪」と嬉しそうにくねくねし、身体中をキラキラさせた。
お前らのその時々光るの、なんなんだろうな?
ふと見ると、「ずるいぞー」「わたしたちにもちゅーしろー」「ようせいさんさべつだー」ときゃいきゃいうるさく騒ぐ妖精さんの横で、顔を赤くした球磨がワナワナと震えていた。
「……? どうした、球磨ちゃ……球磨。コイツらが飛んでくれるみたいだし、さっさと給油しちゃお――――」
「はっ、ハレンチクマっ! 妖精さんたらしクマーーっ!!」