提督落ちたから自力で鎮守府作る。   作:空使い

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基本的に主人公と妖精さんはシリアスとは無縁です
積極的にブレイクしていきます





ラ イ ン

 

 

 

「――――報告は以上です。同輸送船は、点検・整備後、物資の搬入を終えましたら、明後日16時(ヒトロクマルマル)に再び出港予定との事です」

 

「報告、了解した。ご苦労だったね、長良。三番ドックの使用許可を出しておくから、各員点検整備の(のち)、第二艦隊は明後日の午前まで休養を取りなさい。補給は出港日14時(ヒトヨンマルマル)までに済ませるように」

 

「はい。失礼します」

 

ハキハキとした声の返事を受け取り、部屋を辞する長良を見送る。

扉を締める静かな音の後、遠ざかる足音をたっぷり十歩分程聞いて、私はようやく大きなため息を吐いた。

 

「お疲れですか、田井中(たいなか)提督?」

 

「いや、いや、彼女()程じゃあないさ」

 

秘書艦の天城にそれを見とがめられ、直ぐに笑みを作ってかぶりを振る。

 

「長良も随分と無理をしているようだ。気丈に振る舞っちゃあいるが、少々背が曲がってるし、足許もどこか覚束無い様子だったんでね。どうにも情けないんだ」

 

「ええと……その……」

 

「……ああ違う違う、彼女の事でなくて、君達にこんな無理を強いている(アタシ)()がね」

 

何か勘違いしている様子の天城にそう付け足して、脱いだ軍帽を机に置く。

ささくれ立った天板に肘をつき、短く刈り込んだこめかみをカリカリと掻きながら、机の上の端末に目線を落とす。

 

ここ、岩川鎮守府に着任してもう幾年か。

 

決して楽な道のりでは無かった。

それどころか、艱難辛苦の日々と言ってもいい。

 

深海棲艦なる『敵』の出現。

世界規模の防衛戦争の勃発。

 

混乱に次ぐ混乱。

 

艦娘、妖精さんの発見。

そして、提督適性者の出現。

 

まさか定年過ぎの(アタシ)みたいな老いぼれが、こうして再び最前線に引っ張り出されるとは、今思い返しても悪い夢の様に感じる。

悠々自適の年金生活が、また随分と遠退いてしまった。

 

着任した初期の頃は、『艦娘』なる、余りにも若すぎる部下の扱いに戸惑い、悩み、随分と四苦八苦した物だ。

それでも最近では、ようやっと彼女等との距離感も掴めて来て、お互いぎこちないながらもそれなりの信頼関係を築けてきたのではないか、そんな淡い実感を抱き始めていたのだ。

 

それに伴い、艦娘の練度も上がり、出撃任務の成功率も向上、各地の戦線も安定し、国内外の反攻の機運も高まってきていた。

そんな折に持ち上がった、先の一大反攻作戦。

 

 

 

その、失敗。

 

 

 

開戦以降初めてとなる、多くの()()()()()大敗。

我が鎮守府でも、初めての沈没艦が出た。

 

失った物の大きさは計り知れない。

 

艦娘達との信頼関係も、最初の頃に逆戻り――――いや、悪化したと言ってもいい。

それほどまでに、彼女等艦娘達にとって、仲間の轟沈は、重い。

 

余りにも重いのだ。

 

仲間を、姉妹を沈めた指揮官への、そして大本営への不満や不信。

それを許した自分達の未熟さ、弱さ、不甲斐なさ。

 

そういった暗く淀んだ感情で、最近は鎮守府に居るだけで息苦しさすら感じる程だ。

 

艦娘達は、そんな耐え難い重圧から逃げる様に、任務や訓練に没頭している。

完全なオーバーワークだ。

無理に無理を重ね、心も身体もボロボロ。

彼女等の顔からは笑顔が途切れて久しい。

張りつめた糸は、もう何時切れてもおかしくない状態にまで来ていた。

 

(……考えが甘かった、か)

 

位置を正した眼鏡越しに、ここ最近の出撃状況と資材の出入記録に目を通す。

 

「いっ、いえ、そんな、無理だなんて……!」

 

「特に軽巡、駆逐艦の子等の消耗がひどい。朝も夜も無く、連日連夜の遠征、輸送、護衛……先の作戦の失敗、アレはどうにもね、(いささ)か深手に過ぎたよ」

 

「…………」

 

天城は、何かを言いかける様に口を開き、直ぐにぎゅっと口元を引き結んだ。

違う、とは言えまい。

 

毎日毎日、何かに取り付かれた様に一心に出撃する艦娘達。

彼女等のその様は、自分自身のみならず、(アタシ)等提督達を責めている様にも見えてどうにも居たたまれない。

 

妖精さん達にも愛想を尽かされたのか、一時期は二百人近くいた妖精さんも次々と姿を消し、今では百十三人にまで数を減らしてしまった。

隷下提督補佐官達も、妖精さんの減少を嘆いていたし、作戦に参加した他の鎮守府でも妖精さんの離反が深刻らしいと聞く。

残った妖精さん達も仕事に身が入らない様で、どこか気だるげな様子でのろのろと作業をしている。

 

あの敗北は艦娘達にとっても、そして(アタシ)等人類に対してもあまりにも大きな傷痕を残した様だった。

 

「……私達は、一刻も早く崩れた前線を立て直さねばなりません。消耗した資材の回復は、何よりも優先される事だと――――」

 

「うん。上からのも、そういう指示だ。元よりウチに否やは無いさ」

 

一聞して弱気とも取れる私の言葉に天城から咎めるような声が掛かるが、それを遮った(アタシ)は端末にコードを繋ぎ、壁のモニターに戦略地図を表示させた。

 

確かに、到底こなしきれない程の依頼が、依然として連日鎮守府に届いている。

それは事実だ。

だが彼女等が必死に頑張っても、疲弊した兵站の回復は遅々として進んでいないのが現状。

 

先の消耗が開戦以来の大打撃であったのは確かだが、それだけでこれ程のじり貧に陥る程、我が軍の兵站は脆弱では無かった――――筈だ。

 

「さて……こいつはどうにも、深海の連中も嫌らしい事をするね」

 

大型モニターに表示されたのは、岩川鎮守府以南、パラオ・トラックまでを含んだ海域図。

各所に大小の赤い点と数字、矢印が幾つも書き込まれている。

 

それらが意味する所は――――

 

「…………通商破壊」

 

「うん。占拠されたトラック周辺は当然として、パラオのカバーしていた補給路まで分断されつつある。戦力補充の間隙(かんげき)を突かれた形だぁね。おまけに点在する補給基地の幾つかも敵方に落ちてる。夜間の鼠輸送も頻繁に潜水艦の襲撃を受けているし……この辺り、各正面海域の主戦力に定期的なハラスメント攻撃まで加えてきてる。これじゃ護衛に回す余裕なんて無い、制海圏いっぱいに釘付けだ」

 

実に徹底している。

 

そもそも、数の利は深海にあるのだ。

こうまで真面目に戦争するまでもなく、物量に任せて雪崩れ込まれれば我々は打つ手が無い……とは、大本営も承知の事。

公然の秘密、という奴だ。

 

これまでは、『歴史をなぞる』という彼女等の戦略パターンに半ば決め打ちする形で辛くも勝利を掴んで来た。

その前提が呆気なく崩れた今、いよいよ彼女等の中途半端な侵略行為の意図する所が分からなくなってしまった。

 

ここまでくると、此方の補給が国力を維持できるギリギリいっぱいの所で保たれている所にすら、なにか作為的な物を感じてしまう。

 

「成長する亡霊か。いっそ和平交渉出来る位まで知恵をつけてくれたら言うことも無いんだがね……まったく、当初の戦略が丸々パァだ。大本営の連中、さぞや肝が冷えたろう」

 

「……提督」

 

「おっと、イカンね、年食うと口が軽くなっていけない」

 

笑いながら天城を見れば、私の失言を咎めるような目でむっつりと黙り込んでいる。

顔色も幾らか優れない様子だ。

 

ふむ、少々脅かしすぎたか。

 

「なに、(アタシ)等も全くの無策って訳じゃあないさ。ヤツ等が上手にやるんならこっちにもやり様はある。一先ず駆逐艦の子等に積んだドラム缶は下ろして……ん、なんだい?」

 

机の端でウトウトと舟を漕いでいた妖精さん達が、弾かれた様にパッと頭を起こし、(にわか)にワタワタと騒ぎ始めた。

 

その内の一人がピョンと肩に乗り、耳打ちをしてくる。

 

「ていとく、だんたいのおきゃくさんです」

 

「? 団体と言うと、商工会の……」

 

()()()()()だんたいです」

 

「……うん? 我々って――――」

 

どう言うことだ? と私が顎に手を当てると同時。

 

執務室の外から、ドタドタという慌ただしい足音と、艦娘達の騒がしい悲鳴が響いてくる。

 

怪訝そうな顔をした天城と顔を見合わせ、すわ敵襲かと慌てて入り口に首を向けると、蝶番(ちょうつがい)を壊さんばかりのけたたましい音を立てて執務室の扉が乱暴に開け放たれた。

 

目を白黒させながら見つめる前で扉から姿を現したのは、先ほど入渠を命じたばかりの長良と、一緒にドック入りするよう命令した筈の遠征艦隊の面々だった。

 

「てっ、てて、提督っ……! た、たいへっ……大変です……!」

 

一体何があったと言うのだろうか。

丁度脱ぎかけの所で、取るものも取らず走ってきた様で、長良も駆逐艦達もスカートやらセーラー服やらを足首に引っ掛け、殆ど半裸の状態でぜぇぜぇと息を切らせている。

 

一見してただ事では無い。

 

「あっ、あなた達っ!? ふふ、服……提督の前ですよ! な、何ごとですかぁっ!?」

 

赤い顔を両手で覆った天城に叫ばれても、長良達は何を警戒しているのか、(しき)りに後ろ、廊下の方を気にしている。

 

「いったい何事だい長良、説明しなさ――――」

 

「よっ、妖精さんですっ!! 妖精さんの大群が、とつ、突然空からっ!!」

 

「――――は?」

 

「っ、長良さん! も、もう来ましたっ……!」

 

殿(しんがり)に立っていた三日月が(おのの)くようにそう言った、次の瞬間だ。

 

 

 

その時の光景を――老い先も短い身の上だが――(アタシ)は決して忘れる事は無いだろう。

 

 

 

「嘘っ――――きゃあっ!? 」

 

「ふわあぁっ!?」

 

「うわぁ~っ!?」

 

 

 

入り口で団子になっていた長良達が、一瞬で()()()()()()()()に呑み込まれた。

 

 

 

いや、波じゃない。

あれは――――

 

 

 

「らいとくりあー」

「れふとくりあ~♪」

「せいあつしたぞー」

「ちょろいもんだぜ」

「あのおひげかな?」

「たぶんそうです」

 

 

 

「き、君等は……」

 

 

 

――――妖精さんだ。

妖精さんの、大群だった。

 

 

 

モスグリーンの軍服に身を包み、頭に赤いベレー帽を乗っけた妖精さんの大群が、サブマシンガン……(ふう)のカラフルな水鉄砲で武装して執務室に雪崩れ込み、目を回した長良達や私に銃口を突き付けてきたのだ。

私が固まっている目の前で、妖精さんの津波に揉みくちゃにされた長良達が可愛らしいマスキングテープ(恐らくガムテープの代わりだ)でぐるぐる巻きにされて転がされる。

 

「えっ、よ、妖精さん!? ウチの子達じゃ無い……あっ、な、なんですか!? ちょ、ちょっと、ど、ドコさわって……きゃあああっ!!?」

 

(アタシ)が余りに非常識な光景に不覚にも呆気に取られていると、動揺してわたわたしていた天城が、素早く近付いてきた特殊部隊風な妖精さんに無力化され、床に転がされた。

 

ぐるぐると目を回して「きゅぅ~……」と気絶してしまった頼り無い秘書艦を横目に部屋の隅を見れば、自分の妖精さん達もまた、そろって手を頭の後ろにやり床にうつ伏せにさせられている。

 

「みうごきしたらはちのすです」

「しなくてもきぶんしだいではちのすです♪」

 

な、なんて物騒な――――

 

「こういうのまってた」

「わくわく」

「ねえつぎは? つぎはなにするです?」

「しー。われわれはじゅうじゅんなほりょなのです」

「うたないでー♪」

 

…………。

 

どこか緊張感の無い妖精さん達に思わず脱力していると、入り口に固まっていた謎の妖精さん軍団の中から、冗談みたいなサングラスをかけた一人の妖精さんがゆっくり、てちてちと私の前に歩み出てきた。

 

彼女がこの乱痴気(らんちき)騒ぎのリーダーなのだろうか?

 

ほのかに光を纏ったポニーテールの妖精さんは、赤いベレー帽に手を伸ばして位置を正し、胸元にジャラジャラとぶら下げた勲章(……良く見ると折り紙だ)を見せびらかすように胸を張って、私を見上げてくる。

 

「あー……ゴホン…………なんだね、君達は?」

 

「このちんじゅふはわれわれがせいあつしました」

 

……情けない、本当に情けない事だが、事実ウチの戦力は目の前でしっかり無力化されている。

全く意味不明ではあるが、我が岩川鎮守府はこの謎の妖精さん部隊に事実上占拠された様だ。

 

水鉄砲で。

 

……前代未聞だなこれは。

大方、近頃見なくなった妖精さん達の一部が徒党を組んで、最近の鬱屈した雰囲気への鬱憤を晴らす為に大規模な悪戯を仕掛けてきたのだろう。

 

この忙しい時に、なんて迷惑な……。

 

ため息を吐きそうになるのを堪えて、ポニーテールの妖精さんに問いかける。

 

「…………それで、(アタシ)はどうなるんだろうね?」

 

「あんたたいしょうくびだろ」

 

そう言って、サングラスを外し、()()()で私を見上げる妖精さんが、銃口を私に突き付ける。

 

……後ろの妖精さんの一団の陰で、『どっきりだいせいこう』の看板がチラチラしているのは……やはり見て見ぬフリをしなければならないのか?

 

「……ああ、(アタシ)がこの鎮守府の司令官、日本海軍大将、田井中だ」

 

律儀にそう答えて、ポニーテールの妖精さんを見下ろす。

一体どうオチをつけてくれるのかは知らないが、妖精さんの機嫌を損ねてはいけない、とは、提督適性者が士官学校で一番最初に叩き込まれる事だ。

どんなに迷惑でも乗らねばなるま…………ん?

 

おや、この妖精さんの水鉄砲、黒――――

 

「くびおいてけ、です」

 

 

 

パァンッ

 

 

 

執務室に、乾いた炸薬音が響いた。

 

 

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

 

 

本土へと飛び立った妖精さんズを見送った俺と球磨は、再び執務室に戻って向き合っていた。

 

俺は床に()()()

球磨は執務机から皮張りの椅子を引っ張ってきて、その上に。

 

…………おかしくない?

 

「提督は球磨を冷たい床に座らせるクマ?」

 

「球磨は提督を冷たい床に座らせて心とか痛まんのか?」

 

「早急に椅子をもう一脚作らなきゃいけないクマね」

 

どけよ。

 

それにしても、妖精さん達、大丈夫かなぁ……。

いや、アイツらがどうこうなるとは思わんが、本土の鎮守府でしょーもない迷惑掛けてないか不安だ。

 

主に俺の心証的に。

 

 

 

 


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