艦娘……と、深海棲艦の怪我を癒すには、にゅーきょドックなるモノを作らなければならないらしかった。
汗だくになりながら庁舎にたどり着くなり、そう言った妖精さん達が森に突撃して、大量の材木を持って帰ってきた。
そして、一緒に何処からか持ってきた石ころや鉄屑やタイヤの残骸等を真新しい材木と一緒に庁舎一階の倉庫跡に積み上げると、『かいそうちゅう!』と書かれた黄色いテープでドアの無い入り口を塞ぎ、大急ぎで何かを作り始める。
「……あー、な、何か手伝うコトとか……」
「どいたどいた♪」
「ていとくはどっしりかまえてればいいのです」
「てつがたらんぞー」
「きでなんとかしろー」
「……はい、退いてます。急いでなー……?」
ほんと提督ってやる事無いな。
ツインテに、「そいつががんばれるようにこえでもかけとくです」と言われ、工事の間中、頑張れー、とか、もうすぐ助かるからなー、等と声をかけ続けた。
正直、いつ死んでもおかしくないような有り様で、気が気じゃないんだが……後、横で油断無く目を光らせている球磨ちゃんがスゴく気になる。
先程この子の残骸のような艤装に僅かに残っていた燃料を抜き取って、球磨ちゃんの艤装に給油しなおしたのだが、球磨ちゃんはそれからずっと弾も入っていない艤装をフル装備して、俺の腕の中の駆逐せいきを警戒しているようなのだ。
「あー……く、球磨?」
「なんだクマ?」
ピリピリした声色を隠そうともしない。
「……そんなに警戒しなくてもさぁ……燃料が無かったら見た目通りの力しか出せないんだろ? 深海棲艦も」
「……経験上、そのハズクマ。それでも、警戒しない理由にはならんクマ」
「そうだけどさ……引っ掻くだの噛みつくだのしてくるってか?」
「可能性はあるクマ」
これである。
まあ、球磨ちゃんは散々コイツらと殺し合いして来てるんだから、当然っちゃあ当然の事なんだけど……。
「それにしたって、そうして艤装着けてるだけでも燃料食うんだろ? ほら、もったいないじゃん……いざってとき困るし……」
「…………今がその『いざ』クマ」
取り付く島もない。
お腹痛いよぅ……。
そんな状態で、おおよそ三十分。
「かんせいです」
「とっかんしました」
「まあまあのでき」
「ほめろー♪」
『かいそうちゅう』テープをひっぺがし、倉庫だった部屋にうっすら木の香り漂う真新しいドアを取り付けた妖精さんたちが整列して、ドックの完成を告げてきた。
おお、早い!
さすが妖精さんだ! 助かった。
「お、おお! でかした! でで、ど、どうすんだ!? 治療できるのか!?」
「なかにはいるです」
『げんばかんとく』の法被を脱いだツインテが、ドアノブにぶら下がって中に入るように促す。
すると、そこにあったのは……、
「……風呂?」
風呂。
お風呂。
大小の石を敷き詰めた床に、木製の、長方形の浴槽。
浴槽には青だか緑だか判然としない液体が、なみなみと満たされている。
そしてそこに浮かぶ木製の風呂桶……には、ケロリンの文字。
どう見たって風呂だった。
「よいしごとしました」
ツインテ一同は、どこかやり遂げた様な表情でキラキラと輝いている。
「風呂じゃねーか!?」
いや、何やってんだよグレムリンども!?
治療用の施設作るって言ってたじゃん!
何をどうしたら風呂場作ろうってなるんだよアホか!?
「……提督、これであってるクマ。コレが艦娘の入渠用ドッククマ」
「そうだぞー」
妖精さんの渾身のボケに嘆く俺の後ろから、球磨ちゃんの冷静なツッコミが入る。
「ぁえ……? え……こ、これが……? 風呂が……? あっ」
「……ほら、さっさと放り込むクマ」
動揺する俺の腕の中から、背伸びした球磨ちゃんがサッとボロボロの駆逐せいきを奪い取り、
「クマ」
「おおおおぉーいっ!?」
ドボーンッ、と、謎の液体で満たされた浴槽の中に放り込んだ。
荒い!
荒いよ球磨ちゃん!
「お、おい! 死にかけだぞ!? いいのかコレ!?」
「いいクマ」
ブクブクと小さく泡を立ち上らせる深海棲艦を念入りに謎の液体に沈めながら、球磨ちゃんが振り返らずに言う。
「いや、溺れるだろ!?」
「そうクマね」
「おおいっ!?」
「くま」
「ほりょはていちょうにあつかうです」
「ひじんどうてきだー」
「…………クマ」
ツインテ以下妖精さん達に腕をてしてし叩かれ、しぶしぶといった風に駆逐せいきの首から上を浴槽の中から引き上げる球磨ちゃん。
引き上げられた駆逐せいきが、ゲホ……ゴホ……と弱々しく青緑の液体を吐き出す。
なんちゅうコトするんだこの女子中学生!?
イジメか。
イジメなのか。
「お、おい、球磨、いくらなんでもそん……な……?」
流石に恨みつらみがあるからって、意識の無い捕虜に対しての目に余る所業に戦慄している俺の目の前で、駆逐せいきの焼け焦げた顔の傷がキラキラと輝き出した。
そして、
「き、傷が……」
しゅわしゅわしゅわ…………と、肌にまとわりついた液体が泡立ち、流れ落ちたトコロから、蒼白い、キレイな肌が再生していく。
「……だから言ってるクマ」
「お、おお…………なんだコレ、スゲェな……」
驚く俺の前で、ゆっくり、じわじわとだが、駆逐せいきの焼けただれた肌や、焼け焦げた髪がキラキラと再生していく。
まるで魔法だ。
「ん…………ぅ…………ぁ…………」
いつしか僅かに輝き出した水面に身体を浮かせた駆逐せいきが、意識は無いままにむずがるような微かな声を上げている。
「…………深海棲艦にも治療効果があるかどうか半信半疑だったクマが……どうやら問題なさそうクマ」
ふぅー……と、大きく溜め息を吐いた球磨ちゃんが、どこかホッとしたような声で呟いた。
「球磨……」
球磨ちゃん……。
球磨ちゃんの、安心したような、緊張しているような強張った横顔を見ながら、さっきの失礼な勘違いを恥ずかしく思った。
そうだよな……球磨ちゃんはそんな悪いコなワケないじゃんな……処女だし。
ゴメンナサイ。
「球磨……ゴメンな。俺、てっきりそのコに意地悪でもしてんじゃ無いかって失礼な勘違いしちゃって……」
「多少はそれもあるクマ」
「…………」
あんのかよ。
俺が安心やら何やらでどっと疲れを感じていると、目の高さに空けられた小さな長方形の窓――ガラスも何も嵌められていないただの穴――の外から、パチパチと何かがはぜるような音と、煙の臭いがしてくる。
ぼこぼこっ……と、水面に気泡が上がる。
「外で妖精さんが火を焚いてくれてるみたいクマ」
「あ、ああ」
何時の間に外に出て行ったのか、妖精さんが二匹、外に取り付けた風呂用の釜に火を入れてくれたらしかった。
やっぱりまるっきり風呂だな……コレで傷が治るってんだから、やっぱり艦娘――いや、深海棲艦もだけど、妖精さんに負けず劣らずの不思議生物だな。
俺の怪我とかも治るんだろうか。
「……で、提督はいつまでコイツの入渠を眺めてるクマ?」
振り返った球磨ちゃんが、俺を見上げて呆れた様に言う。
「え……あ」
見れば、透き通った青緑の湯船の中でも、ボロボロだった駆逐せいきの肌がじわじわと再生していくのが分かる。
細っこい腕。
すべすべの柔らかそうなお腹。
そしてなだらかな胸元、その頂の……
「さっさとでるです」
「いやん、ていとくったらえっち///」
「わたしのならいつでもみせてあげるですよー」
「……いや、にゅうきょだったか、コレはヘンタイ……タイヘン興味深い。提督としてもっとじっくり……!」
「いいからさっさと出るクマ! このハレンチ提督!!」
@@@@@@@@@@
……。
…………。
…………………。
………………………あたた……かい……。
…………私は…………沈んで…………。
……手…………懐かしい…………
「…………
スゥッ……と視界に光が広がり、眩しさに目を細める。
どうやら、眠っていたようだ。
「……あれ…………私……は……」
生きている。
自分達深海棲艦を、生き物、とするのならばだが……私は、生きている。
どうやら、自分は助かったらしい。
「ここ、は……」
全身が、温かい。
ゆらゆらと揺れる……海ではない。
お湯……の、ようだ。
湯に全身が浸かっている。
ついさっきまで、意識が途切れる前まで感じなかった全身から、じんわりとくすぐったい様な湯の感覚が伝わってくる。
「…………」
二三度、意識して瞬きをする。
目を覚ますように頭を振ると、頭の両側で括った自慢のツインテールが揺れる、慣れた重みと共にちゃぷちゃぷという水音が聞こえる。
視界が白い……湯気?
「……あ……」
ちゃぷっ……と、右腕を持ち上げると、自身の蒼白い腕から青緑の湯がこぼれ落ちた。
真っ白い湯気の中、斜めに差す陽光に腕を照らす。
「傷が……」
傷が、無い。
そして、二度目の生を受けてこのかた、一度も外したコトの無い黒い艤装もまた、無い。
細くて軽い、女の子の腕だ。
蒼白い以外、まるで普通の女の子の様な、腕。
指を何度か開いたり閉じたりして……そっと頬に当てる。
「傷が……治ってる……」
そこには、お湯でうっすら温かくなった、すべすべとした肌があった。
至近弾の爆発で焼けただれた傷も、鉄片で幾筋も刻まれた深い傷も、キレイさっぱり、元通りだ。
両手でもって、確かめるように、ほっぺをぎゅむぎゅむと揉みほぐす。
「……イタい」
試しにつねってみると、痛い。
どうやら、夢では無いようだ。
自分は、どうしてかは分からないが、確かに助かった……のかな?
「……どうしてかしら……頑張ったご褒美……?」
なんだかまだ頭がボーっとしているようだ。
まあ、いいだろう。
自分は、あれだけ頑張ったんだ。
仲間の為に、
人類の為に、
いけすかない艦娘の為に、
かつての戦友達の、無念と、夢の為に……
うん、私は頑張った。
だからもうちょっとこの、よく分からない温かさに浸かっていよう。
意識を失う前に感じた、懐かしい、優しい
胸が温かい。
お腹も温かい。
頭も、腕も、
ああ、なんて気持ちがいい……脚……脚も………………
あし?
「脚ぃっ!?」
ざばぁっ!! と、湯船が大きな水音を立てる。
周囲にもわっと湯気が広がる。
「やっとおきたですね」
「あ、あしっ……え、脚!? 脚が……!」
「やっとおきたですね」
「え!? 脚……脚が……ある……!」
浴槽の縁に両腕をおいて、慣れない感覚に戸惑いながら、ゆっくりと
ちゃぷん……と静かな音を立てて、温かい水面から、ほっそりとした蒼白い
「ウソ……?」
水に濡れた足の指が、確かめるようにきゅっ、きゅっ、と握られる。
確かに伝わってくる、脚の感覚。
あまりの驚きに、すっかり目が覚めてしまった。
と、その慣れない重さの脚の上に、とん、とさらに僅かな重みが掛かる。
「こほん。やっとおきたですね?」
「あ……」
妖精さんだ。
私の……
「う、うん……起きた。起きたわ」
「よかったです」
どうやら、自分を助けてくれたのは、この深海妖精さんのようだ。
どういう仕組みか分からないが、あの自然回復は到底見込めない様な大破状態の私を完璧に修理し、それだけでなく、念願だった脚まで生やしてくれたらしい。
「あ……ありがとう! ありがとう、妖精さん……! 私……!」
やっぱり、妖精さんには人一倍敬意を払って優しくしていたのが良かったのだろう。
当然だ、
かのイカズチの乗組員は、皆イキイキとした顔をしていた――――
「れいならていとくにいうです」
「本当にっ――――テイ……トク?」
今、この子は何て言った?
テイトクに言え?
テイトク……
「おまえをきゅうじょしたのはていとくです」
「……それは、本当?」
聞き間違いでは、無かったようだ。
最悪……かもしれない。
自分を助けたのは、
「ようせいさんうそつかない」
「……困ったわね」
本当に困った。
今の自分の扱いを見れば、そこまで非人道的な
それこそ、
「自決……」
自決すべきだ。
それは分かる。
彼らにはまだ……いや、これから先もずっと、私達深海棲艦の思惑を感付かせる訳にはいかない。
監視の目が無い今のうちに、沈むべきだ。
……沈むべき、なのだ。
「…………ぁ」
怖い。
沈むのは、怖い。
一度沈みかけ、こうして助かって、一度
沈みたくないと、そう思ってしまう。
戦場でならばいい。
あそこでならば、いつだって沈んでやるつもりだった。
それだけの覚悟があった。
でも今は……
「……でき……ない……!」
もう、ダメだ。
その選択が出来ない。
「……なんとかして逃げイタっ!?」
逃げよう。
そう思った私の頭に、スコーーーンっと軽快な音を立てて何かがぶつかった。
「え!? 何!? 敵襲!?」
「こんどこそおきたです?」
「よ、妖精さん……」
くわんくわんくわん……と、木製の風呂桶が床で転がっている。
どうやら、この深海妖精さんが私の頭に投げつけたようだ。
ヒドいと思う。
「しんぱいはいらんよ。ていとくはていとくです」
「いったぁぃ……ヒドいわよ、いきなり……どういう意味だか……?」
私が恨めしげな顔で、浴槽の縁に飛びうつった妖精さんに文句を言うと、その子は真っ直ぐに私の目を見つめて続けた。
「にどめです。こんどはおふねもたすけてくれました」
「……? いったい、何を……?」
そこで、ふと気付く。
この子、私と何時も一緒にいた子じゃない……?
良く見れば見覚えが無い……いや、むしろ、妙に見覚えが……!?
「あ、あなた……あなた達……!」
「うけたおんはかえすべきです♪」
得意気に胸をはる、
私の、元乗組員
頬に、温かいモノが伝う。
ずっと見当たらないと思えば、こんなトコロにいたのか、あなた達は。
「……久しぶりね」
「なにいってるです?」
「そう、そうだったわね……あなたたちは覚えてなくても、私たちは覚えているの……そう……そっか……」
不思議そうな顔をする妖精さんにちょっと切ない気分になって、そっと涙を拭う。
同時に、やっと当たり前の疑問に気付く。
なぜ、深海妖精さんがココにいるのか?
ここは、鎮守府のハズだ。
深海妖精さんが寄り付くなんて……ましてや、提督に味方するなんて、あり得ない。
「……逃げる前に、確かめなきゃいけないみたいね」
ツインテの深海妖精さんが、ふわっと飛び上がって、湯気に霞むドアの方へ向かう。
私は、両腕に力を込め、浴槽の中で立ち上がった。
@@@@@@@@@@
「めをさましたです」
風呂場……にゅうきょドックのドアを細く開け、そこから顔を出したツインテがそう言った。
「お、おお、そうか!」
「む……結構早かったクマ」
そうなのか?
艦娘の治療に本来どの程度の時間が掛かるかなんて知らないけど、さっきのみるみる傷が塞がって行く様子を見ればかなり待った方かと思ったけど……。
「すこしだけこうそくしゅうふくざいを――」
ツインテが言いかけた瞬間だった。
風呂場の中から、ザッパーーン! という大きな音と、ゴン! という鈍い音。
そして、
「イっったぁーーーーいっ!!? な、何よ脚って!? どうやって二本で立つのよっ!?」
という、なんだか焦ったようなかわいらしい叫び声が聞こえてきた。
「な、何事クマ!?」
「……おい、ツインテ、大丈夫なのか?」
「みてくるです」
そう言って、再びドアの中へ入って行くツインテ。
「はずさないやつです」
「てごわい」
「せんすがあるな」
「らいばる? らいばる?」
俺にまとわりついた妖精さん達が、なんだか嬉しそうにしている。
「……提督、気を抜いたら駄目クマよ?」
「……そうか? 俺はどうも取り越し苦労な気がしてきたんだが……」
さて、駆逐せいきとやら、お前はどんなヤツなのか……。
俺は球磨ちゃんに気の抜けた声でそう答えて、ザバザバとうるさいドアの向こうへ、どこか期待を感じながら思うのだった。