「……提督、いつまでほうけてるクマ?」
呆れたような声に、ハッと我に返る。
「う、うん、エンカウンターね……あー、よろしく」
何やら妙に友好的な態度で、流れるような自己紹介を披露してくれた駆逐せいき……改め、駆逐艦エンカウンターに、しどろもどろになりながらもなんとか言葉を返す。
この子捕虜だよね?
さっきまでウチの球磨ちゃんとそこそこ険悪なアトモスフィアを醸し出してたよね?
突然フレンドリーになられると、コミュ障気味な自分としてはキョドらざるを得ないってゆーか……。
「……アドミラル?」
「は、はい! 何でしょう!?」
「また敬語になってるクマ」
「何かネ?」
いけないいけない、球磨ちゃんの為にもここはしっかりせねば。
こっちだっていい大人なんだし、ちょっとイケイケな女子小中生にグイグイ来られたくらいで一々戸惑っていたら侮られてしまう。
「よろしければ、アドミラルのお名前をお伺いしたいのだけれど?」
「ん? あー、ゴメン……失礼。そうだった……お、私はこの
カミカミである。
「てーとくえらそうなのにあわなーい」
うるさいよ(泣)。
「!! ……クドウ! ……やっぱり……さ、サー・クドウ、もしかしたらなのだけれど、アドミラルのご先祖様にイカヅチのっ――」
いつの間にやら頭の上の定位置に戻っているツインテに耳を引っ張られていると、菫色の大きなお目々を見開いたエンカウンターが俯いて何事かをブツブツ言ったあと、何やら勢い付いてそう重ねて訊ねて来た。
「駆逐艦、オマエちょっと馴れ馴れしいクマよ。尋問してるのはこっちクマ」
球磨ちゃんイライラである。
「くま、こじわがふえるぞ」
「……提督! なんかこの妖精さんクマにばっかり当たり強くないクマ!?」
「今のはツインテが悪いぞ、お口チャックしてなさい! 球磨もありがとな……ええとご先祖様についてはなー……すまん、じいちゃんばあちゃんと離れて暮らしてたし、良く知らないんだけど……」
それが今関係あるのか? と首を傾げる。
頭の上で真似して首を傾げたらしいツインテがコロンと落っこちる。
ナニしてんだよ……。
「……いえ、コチラも不躾でしたわ、サー・クドウ。アドミラルの素性とは関係なく、その精神に、その行動に、私は敬意を抱いたのですから。かつての恩人の面影を見たのですから。それだけで十分です。ただ意味は分からずともこれだけは伝えさせて下さい……私は怨敵たるニホンのアドミラルに二度、大切な船員を助けて頂きました」
エンカウンターは、さっきまでの球磨ちゃんへの不敵な態度はどこに行ったんだというくらいの真摯な目で、へたり込んだまま背筋を伸ばし、つらつらと船の記憶らしきモノを語る。
ちらとツインテを見やるその瞳は、イヤに優しかった。
「そして二度目の今度は、沈んだ私までも、アドミラルは引き揚げて下さいました。紳士淑女の国の栄光ある艦たる私をして、アナタは誇り高き武士道の有り様を見せしめました」
エンカウンターの菫色の瞳には強い意志を感じる光が宿り、その蒼白かった肌に血色の朱が差す。
「く、クマ……!?」
球磨ちゃんが何やら
気付けば、妖精さん達に囲まれたツインテまでもがキラキラと発光しながらその肌に血色を取り戻しつつあった。
「おー」
「ついんてしんか? しんかするの?」
「びーおす? れんだする?」
「ふふふ、わたしはいまさいこーにかがやいているぜ……!」
なんて緊張感が無いんだ……!
「私はこの大恩に報いたいと思います。……起立出来ないのが申し訳ないのですが……アドミラル・クドウ。駆逐艦エンカウンターは、アナタへの最大の敬意をもって、捕虜として
呆気に取られっぱなしの俺と球磨ちゃんの前で、そう言ってエンカウンターはキレイな敬礼をしてみせた。
ツインテもぴょんとエンカウンターの崩した腿の上に飛び乗り、どうぞよろしくとばかりに一緒になって敬礼している。
不思議な事に双方肌はすっかり血の気が戻り、死人然とした蒼白い色から、自然な白人さん並みの透き通った暖かな肌色になっている。
それはあたかも深海棲艦が艦娘に生まれ変わったようで――
「アドミラル、ご指示を」
ナニか大きな流れの
「……済まないね、もう一度
「閣下! 考慮に値しません!」
「
「……はっ! 失礼しました」
「遠山閣下、それでは改めて
深海棲艦の侵略に対し海軍省内に置かれる事となった大本営、名目上統帥権を有する天皇を
「えー、
『我々工藤提督指揮下妖精さん部隊
就いては現在予備役補を拝命せらる工藤俊一の独断専行に対する追認、及び現地の旧勿忘鎮守府着任許可並びにその運営権、隷下巡洋艦球磨及び新規建造、救助、拿捕せし
重ねて鎮守府運営に所要さるる重油、弾薬、鋼材、ボーキサイトを各5000単位、
我々及び物資輸送用の『零式輸送機二二甲型』四機並びに
就いて各機の補給並びに岩川基地の高練度航空母艦艦娘への発艦支援要請、
最後に詰め込めるだけのお菓子の支給を求めるものである』
……この後に念書があるのですが、良いでしょうか」
「…………ああ、頼むよ」
副官の縣大尉に速記させた要求の上に視線を滑らせながら、目頭を強く揉む。
なんだろう、この疲労感は。
大尉の文字も所々に筆圧の乱れる跡が目立つ。
「……『以上の要求が履行されなかった時、我々妖精さん2279名は日本海軍に属する全ての軍人、艦娘、妖精さんに対して問答無用のナワバリバトルを申し受けるものである。ガチマッチに敗北した鎮守府からは全ての甘味としょっぱいお菓子を徴収する。日本の全鎮守府をおしなべて……あー、カラフルでプリチーにされる事を望まないのならば、我々の要求を呑まれたく思う。…………ああ、読むから……ゴホン、イカよろしく~』…………以上です、閣下」
「…………つまり、田井中大将のその、惨状は……」
「こうするぞ、という警告かと思われます」
そう答えた田井中大将のしわがれた声は、私以上に疲れているように見えた。
なにせ画面の向こうの彼は第二種軍装が元々白かったとは思えない程、全身にピンクやライムグリーン、オレンジ紫と蛍光色のペンキらしき塗料まみれになっている上、何処かの特殊部隊みたいな装いの妖精さん達に水鉄砲を突き付けられながら喋っているのだ。
真っ白で立派な顎髭の先端まで蛍光色のペンキを滴らせている姿は、滑稽を通り越して何処か哀愁すら漂わせている。
映像回線を繋ぐ前の音信で再三、大変失礼な姿で会談願いますがどうか御容赦下さいと伝えられていたが、実際に一目見た瞬間、そんな筈は無いのにどこかのお祭り会場か何かに繋ぎ間違えてしまったのかと思った程だ。
「遠山閣下、どうか私の有様は置いておいてです。この妖精さん達の要求は単なる悪巫山戯で済まされない、見るべき点が有ります」
だが、たとえどんな情けない有様でも、彼は優秀な軍人だ。
この異常事態を前に、しっかりと熟考してから通信を寄越してくれたようだった。
確かに、一読しただけでもこの要求には無視出来かねる分部が多々見受けられる。
兎に角異常だらけなのだ。
何故本土から2300kmも離れた北マリアナに限りなく一般人に近い提督予備役補が一人で居るのか。
過去に存在した全鎮守府を知っている筈の自分ですら聞いた憶えの無い勿忘島、勿忘鎮守府とは何なのか。
2279名などという途方もない数の妖精さんが指揮下にいるとは事実なのか。
つい先日沈んだばかりの球磨が何故文中に出てくるのか、
独断専行
此れがあの田井中大将からの通信で無ければ、馬鹿げた冗談だと歯牙にも掛けない文面である。
いっそ何時も通り菓子類が要求されていて安心した位だ。
「この要求にどう答えるかは一時置いて、まずは大将の意見を聞きたい。最初に訊ねたいのだが……この要求書に虚偽は含まれていない、と、田井中大将は考えているのかね?」
「はっ……私感に成りますが……この要求書に、一切の虚偽の記載は無いと考えます」
「……有り得ない」
「閣下、発言を許可願います」
思わずと言った風に震える声で呟いた縣大尉に続いて、もう一人の副官である樋口大尉が感情を感じさせない静かな声で問いかけてきた。
「落ち着き給え縣大尉……なんだね、
自身の考えを整理する意味も込めて、副官の一人である樋口大尉に続きを促す。
「有難う御座います。閣下、確かに我々に対し、妖精さん達が
「……ふむ、それで?」
樋口大尉は若いながら非常に優秀な士官だ。
横須賀でもまた輸送作戦や沿岸部護衛任務に於いての立案実行に励み一年で正式に中尉に叙され、その後も艦娘との関係も良好で奇を衒わない堅実な仕事ぶりが評価され横須賀鎮守府に依る八丈島迄の制海権の確保成功をもって大尉に昇進。
新しく任官された補佐官と交代に本土に戻された。
そのまま他所の鎮守府に送られず二十代にして軍令部総長付の副官に抜擢されたのも、将来的に前線の基地にて艦娘を直接指揮出来るように成る事を見越しての事だ。
(しかし良くも悪くも……若い)
「最も強い適性を持つとされる
言うべき事は言った、という風に直立不動で此方をジッと見つめる樋口大尉。
その両肩と背中にしがみついた妖精さんが、
「かたいぞー」
「そーゆーとこだぞー」
「かれしできないぞー」
とぷにぷにと頬を突いても一切表情を動かさない。
流石だ。
そしてそれは、
「遠山閣下、僭越ながらそちらの若き秀才殿にこの老骨から返答させて頂いても宜しいですかな?」
「私も聞きたい、許可しよう」
「拝聴致します」
生真面目にそう言うと、彼女は田井中大将の映る画面に向き直った。
「樋口大尉と言ったかね? いみじくも君の言った通りと言える」
田井中大将は、噛み締めるようにそう語り始めた。
「……?」
「今我々を取り巻く世界は、これ迄の常識が通用しなく成っている、そう言っていたね?」
「! ……はい」
「それでは常識とは何だったかな?」
軍人らしからぬ優しげな眼差しで、そう問い掛ける提督。
「……仰る意図が」
「現代兵器が
ペンキまみれのピンクのヒゲをミョンミョン引っ張る妖精さんの、小さなベレー帽を節くれ立った指先で撫でてやりながら、何処か面白そうに田井中大将は続ける。
「そもそも常識なんてモノは何処かに逃げてって久しいじゃないか。そんなのはね、理解の及ばない現実に無理くり整合性を取ろうとする、そう有ってほしい、そう有るべきだという思い込みでしかないんじゃないかと思うのだが、どうかね」
「いえ……はい、しかし今はそう言った哲学的な議論ではなく……」
「そう、推論に意味は無い。我々は軍事的な決断をするに当たって、この理解し難い問題に納得と確信ある判断を下したい訳だ」
「……」
「田井中大将、ではなんとしよう。如何にこの要求書に記された荒唐無稽な事実を真実と認めようか」
「人です閣下。老人は人を見るのです。私達には口があり目があり耳があり心がある。其れは妖精さんも同じだ。……工藤提督とやらの妖精さん、もう一度になるが、ちょっと訊ねて良いかね?」
大将が、画面の向こうでヒゲを三編みしだしたベレー帽の妖精さんに問い掛けた。
「む、てーとくのことならなんでもきくがよいぞぴんくひげ」
「キミらの書いたこの要求書。書いてある事はみんな事実かい?」
聞かれた妖精さんは、何を当たり前のことをと言わんばかりに胸を張って、自信満々に答えた。
「くどい! ぜんぶほんとーです。てーとくさんはわれわれがだいすき。われわれもてーとくさんがだいすき! われわれはてーとくさんをたすけるためにいっこくもはやくわすれなちんじゅふへなかまとぶっしをもってかえらねばいけないのです」
「成る程……重ねて聞きたいのだが、ココに隷下巡洋艦球磨とある。
「くまはてーとくがぶじさるべーじしました。げんきにくまくまやってます」
「ほう、サルベージ……沈んだ球磨を引き揚げたって事かね。とすると、この救助というのは、他にも先の会戦で沈んだ艦娘らを同じくサルベージ出来ると考えて良いのかね?」
「とうぜんです! しざいさえあれば、てーとくならあさめしまえです。でも、しずんだたましいがしんかいにそまるまでながくてもふたつきはもちません。だからいそげとゆっているのです!」
「なんとまあ、確かに其れは大変だ。そうなってくるとこの拿捕ってのも気になるねぇ……字面から見ると、あたかも敵深海棲艦を捕まえて
「ついんてたちをみかたにつけるてーとくにかかればふかのうじゃないです。いまごろはもうひとりくらいたらしこんでてもおかしくないです」
「其れは何とも、豪気な事だぁね……ありがとな、妖精さん」
「くるしゅーないぞぴんくひげ。はんたいもみつあみにしてやる」
「……以上です、遠山閣下。何度聞いても、彼女
言葉を失う、とはこういうのを云うのだろう。
田井中大将と妖精さんの問答は、次から次へと信じ難い発言の連続で、而して大将の言う通り、一切の嘘の気配が無かった。
双方が只事実の確認を行っているようにしか聞こえなかったのである。
「これです。妖精さんが預かって来たという、軽巡洋艦球磨からの救援要請です」
そう言って田井中大将が掲げてみせたのは、数枚のメモ用紙だった。
水を吸った後乾かしたのであろう、くしゃくしゃな紙をなんとか平らに伸ばそうと苦心した跡の見受けられるB6サイズの
「……データを寄越してくれるかね」
驚くべきことに、その中には一度沈んだ球磨が一人の提督適性者と変わった妖精さんに引き揚げられ助けられた一部始終と、その際自分に起きた
深海棲艦に近い色合いに変色するという辺りが何とも不安だが、球磨や妖精さんを信じるならば大きな問題は未だ見られないようだ。
其の点を考慮に入れて尚、沈んだ艦娘をサルベージ出来るという情報が事実であるのならば、人類が物量の面で深海棲艦に絶対に敵わないという前提が崩れかねない大発見だ。
その救助要請には、偶然その勿忘島に居合わせた才気ある提督適性者の青年を保護して欲しい旨と、可能であれば其の教育や訓練に自分を補佐に付けて欲しいという希望も書かれていた。
「遠山元帥、
軍令部司令室は、水を打ったかの様に静まり返っていた。
「閣下、
徐ろに、室内のオンライン端末で猛然と何事かを調べていた縣大尉が、僅かに震える手でプリントアウトした一枚のコピー紙を差し出してきた。
「工藤俊一提督予備役補は実在する人物です。凡そ
「そうか……0人」
「閣下、やはり何かの間違いという事も……」
「いや……少なくとも2279名という途方もない数の妖精さんに慕われ、2300km彼方遠方にいながらその数の妖精さんを一糸乱れず統制してのける常軌を逸した提督適性保持者だぞ? 我々訓練した軍人が身の回り付きの妖精さんをなんとか3人程度までに抑えられる様に、それ程迄の傑物と仮定すれば、妖精さんを残らず留守番させるくらい訳ないとも思える……と、推測を重ねる前に先ずは確認すべきだろう。そちらの妖精さんに訊ねたいのだが、君等の言う工藤殿とは、此方の御仁で間違い無いかな?」
カメラに映るように、書類の小さな写真をかざす。
「! そーです!」
「てーとくのしゃしんだー」
「しゃしんうつりわるいぞー」
「……間違いないようだ」
田井中大将側の画面の中で、妖精さん達が写真を覗き込もうと押し合い圧し合いしている。
「あー……君等から見てどうかね、あちらの妖精さんは嘘をついてる様に――」
「みえません」
「よいてーとくにめぐまれたようです」
机の上の妖精さんに訊ねてみても、答えは変わらない。
「樋口大尉、縣大尉、そちらの妖精さんは何と」
「………………あ、は、はい、妖精さん……」
「ほんきっぽいー」
「うそじゃねーですね」
「……どうなんだ?」
「あれがうそにみえるんならー」
「きみとのつきあいをかんがえなきゃならんなー?」
「でもがちまっちはやってみたいかも……」
「…………う、嘘を言っているようには、感じられません」
「……此方も、そのようです」
何処かまだ信じられないといった様子で、樋口大尉と縣大尉が答える。
「…………宜しい。この場での結論は出た様だ」
「閣下、それでは――」
画面の向こうの田井中大将が、微かに身を乗り出す。
「まあ、要求の細かい内容に関しては協議するとして……現地での活動を求める妖精さんの要求と、救助を求める球磨の要請の食い違いも考えねばなるまいが……この件を、速やかに解決すべき案件と認め、直ちに会議の招集を要請しよう」
「ご決断、ありがとうございます、閣下」
深々と頭を下げる提督に、楽にするよう伝える。
まったく真っ先に襲撃を受けるとは、田井中大将には随分と苦労を掛けてしまった。
そう思いながら、どこかこの事態に言い知れない期待と興奮を覚えている自分に気付き、弛みそうになる頬を引き締める。
「――先んじて、私の権限により要求にあった輸送機と直掩機の開発を許可しよう。妖精さん、必要資材に関しては田井中大将と相談の上、使用しただけ大本営に請求して欲しい。……提督、会議は一時間後に行う」
「は、了解しました」
「ぴんくひげ、かいぎまであらっちゃだめだぞ」
「ちゃだんすのもなかたべていい?」
「かりんともあった」
「じじくさいおかしばっかだなー」
「…………」
「……田井中大将、どうか堪えてくれ……所で樋口大尉」
「はい」
私は、生真面目に直立したままの若い副官に、ずっと気になっていた一つの事を尋ねた。
「
「………………」