提督落ちたから自力で鎮守府作る。   作:空使い

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捕虜と尋問

 

 

 

「――ここが、この鎮守府の執務室だ」

 

錆の浮いた扉の取っ手に手をかけ、肩越しに振り返ってそう声を掛けると、妖精さんが突貫作業で作ってくれた木製の多脚杖にしがみつくように体重を預けながら、エンカウンターが震える声で答えた。

 

「アドミラル……執務室を一階に移すことを提案するわ。私、いつかあの階段から落っこちると思うのだけど……」

 

「あー……まあ、階段は直すつもりだけど、一階の部屋も一つくらいは使えるように――」

 

あの後、敵だったハズの深海棲艦が目の前で艦娘チックにカラーチェンジしたのがよっぽど衝撃だったのか、頼れる球磨ちゃんはすっかり黙り込んでしまった。

自分としては判断基準となるコがくるくる色の変わる球磨ちゃんしかいないので、この娘もそーなんだーくらいにしか思わなかったが……分からない、俺はフンイキで提督をしている……。

 

一先ず捕虜になる事を受け入れてくれたエンカウンターの処遇を考える為に、この鎮守府で唯一部屋らしい体裁の整った執務室に案内しようと思ったのだが、何でも脚が生えたてらしいエンカウンターにはほんの一階分の昇降も相当スリリングだったらしい。

 

太陽は既に西の空、廊下は影になって足元も見辛く、アンヨのお下手なエンカウンターにはさぞ辛かったろう。

 

あいも変わらずキレイなおみあしがプルプルだ。

妖精さんも面白がって横でプルプルしている。

 

「……提督、甘やかす必要はないクマ。足に異常は無いんだからすぐ慣れるクマ」

 

「おお、球磨、復活したか」

 

と、エンカウンターの後ろから、ダンマリだった球磨ちゃんがボソッと声を上げる。

字面こそトゲトゲしているが、どこか気持ち険の和らいだ声色に聞こえた。

何か心境の変化でもあったんだろうか。

 

「……失礼しましたアドミラル。少し気が緩んでいたみたい」

 

「いや、まあ、なんだ、軽口くらいはいいよ。気を張った所で俺たちと妖精さんしかいないし……あれだよ、球磨は早くその脚に慣れるように言ったんだよな?」

 

エンカウンターがスッと表情を固くするのを見て、慌ててフォローしながら、きぃと扉を押し開く。

二人の関係を考えればギクシャクするのも仕方ないが、必要以上にケンケンされると私のないーゔな心が死んでしまいます。

球磨ちゃんさっき階段でエンカウンターが落っこちないようにさり気なく後ろで警戒してたの気付いてるんだからね!

 

「くま、そーなの?」

「つんでれなの?」

 

「……そうなのかしら、軽巡洋艦」

 

球磨ちゃんを見上げて無邪気に煽る妖精さんに釣られてか、エンカウンターまで一緒になって小首を傾げて問い掛ける。

 

「…………いいか()()()。捕虜とはいえ、この鎮守府で生活するんならこの妖精さん達の言う事に一々マトモに取り合ってたら胃をやられるクマよ」

 

すると、意外にもムキにならなかった球磨ちゃんがぷい、と顔を背けながらボソボソとそう答え、スタスタと俺の脇を通って執務室へと入っていった。

 

おお、球磨ちゃんが怒っていない……!

なのになんだろうこの物足りなさ……!

 

ててててーと球磨ちゃんに続いて部屋に入ってゆく妖精さんを見送って、ふと顔を上げると、俺よりも驚いた様子のエンカウンターが僅かに目を丸くして此方を見ている。

 

「アドミラル、気のせいかしら……?」

 

「?」

 

「……あの軽巡洋艦から、敵意を感じなかったわ」

 

どうやら、エンカウンターの方も球磨ちゃんの変化に気付いて戸惑っているようだった。

そりゃあ、起きてすぐ頭に砲身グリグリされーの脅されーののホンの数分後にあそこまで丸くなられたらワケ分かんなくもなるわな。

 

「あー……、そう、みたいだね。球磨も色々と思う所があったんだろ。なんせ目の前で深海棲艦が艦娘みたいになるの初めて見たみたいだったし、球磨も内心複雑――」

 

「え、ま、ま、待って!」

 

俺が如何にも分かった風に頷いて見せるとエンカウンターが慌てたように遮ってくる。

え、ナニ?

コレ、扉押さえんの結構疲れるから早く中入って貰えると――。

 

「か、艦娘みたいに、ってどういう事かしら?」

 

――ああ、自分じゃ見えてないんだった。

 

 

 

 

潮風薫る執務室。

水の入ったペットボトルにくにゃりと歪んで映った自分の姿を見て、床板よりマシだろうと敷いたバナナっぽい葉の上でへたり込んだエンカウンターがワナワナと震えている。

 

そしてそれを執務机から見下ろし、どう声を掛けようか迷う手持ち無沙汰な俺と球磨ちゃんwith呑気に柿ピーを食べる妖精さんズ。

 

なんかつい最近も見た光景だなーと球磨ちゃんの方を見ると、

 

「……まあ、あの衝撃は実際に体験しないと分からないモノがあるクマ」

 

と、落ち着いた様子の球磨ちゃんが訳知り顔で言う。

球磨ちゃんあの倍くらい取り乱してたからね?

 

「くまはもっととりみだしてました」

「めっちゃないてた」

「とけてた」

「しろくまあいすたべたい」

 

ポリポリポリポリと静かな執務室に柿ピーをかじる音を響かせながら妖精さん達が一斉に球磨ちゃんを攻撃する。

ツインテは頭の上で柿ピーのおかきの方ばっかりポリポリやってんのひょっとして嫌がらせか?

唐辛子で禿げさせようとしてるんか?

 

そしてその反撃に口ではなく、柿ピーのピーの方だけを素早く十個くらい拾い上げて食べるという報復に出る球磨ちゃん。

 

「あー!」

「おうごんひがー!」

「おに! あくま! ちひろ!」

 

「球磨は顔色が悪くなった方クマ……良くなったソイツとは条件が違うクマ」

 

ピーナッツをポリポリしつつ妖精さん達の熾烈なポカポカを片手でいなしながら、誰に言うともなくそう言った球磨ちゃんは複雑そうな眼差しでエンカウンターを見つめている。

 

しかしこの部屋ポリポリポリポリうるせぇな……。

 

と、ようやく我に返ったのか、エンカウンターが顔を上げて、恐る恐るといった風に問いかけてきた。

 

「その……色々と聞きたい事があるのだけれど……」

 

「なんでもききたまえ」

 

「お前が答えるんかい」

 

頭の上でツインテがふんぞり返るのを感じる。

 

「てーとくこたえられる?」

 

「……このツインテに何でも聞いてくれ」

 

オレカッコワルイ。

 

「……私は」

 

ゴクリ、と細い喉を鳴らすエンカウンター。

ポリポリゴクリ、と柿ピーを呑み込む妖精さん達。

お前らさぁ……(怒)。

 

「私は、艦娘になってしまったの?」

 

そう問いかけて、深刻そうな表情で頭の上のツインテを見上げる。

それは困る、とでも言いたげな面持ちだ。

頭の上のツインテをむんずと掴んで机の上に置き、

 

「だ、そうだ、ツインテ。球磨といいエンカウンターといい、実際の所どうなんだ?」

 

と、俺も重ねて聞いてみた。

……お前もさり気なく色変わってるしな。

 

するとツインテは、聞くまでも無いことだと言わんばかりにふんぞり返って、自信満々に答える。

 

「わからん!」

 

「……え?」

 

オマエはそーいうヤツだよツインテ。

 

「……エンカウンター、ちょっと待ってね。はい、シリアスな場面になるとフザケたくなっちゃう妖精さんはしまっちゃおうね〜」

 

「ぬわー♪」

 

虚を突かれた様子のエンカウンターに一言断って、ツインテを柿ピー(大袋)の空き袋にズボッと押し込んで、頭だけ出した状態で口を縛る。

ボロアパートでの激闘の日々の中で編み出した、イタズラ妖精さんへのお仕置き七手の一つ、妖精さん巾着である。

 

「おのれうでをあげたな……」

「おうぼうだー!」

「ようせいさんぎゃくたいだぞー」

「ついんてばっかりずるいぞー」

 

「ははは、効かん効かん。さあツインテ、観念して真面目に答えろ。コイツ等の不安が分からんワケじゃないだろ?」

 

服をよじ登って柿ピーで若干ベタつく手で頬をペチペチしてくる妖精さん達をガン無視して再度ツインテに問い直す。

これまで散々意味深なムーヴを繰り返しといて、何も分からんはないだろう常考。

 

すると、ツインテは巾着状態でチラリと球磨ちゃんの顔を、次いでエンカウンターの顔を窺い、その顔色から本気の不安を感じ取ったのだろう、観念したかのようにポツポツと語り始めた。

 

「……どちらともいえないです。はんぶんかんむす、はんぶんしんかいせいかん。だからわからないのはほんとです」

 

「ほーん……だ、そうだぞ二人共」

 

どうやら嘘では無いらしいので、二人の反応をうかがってみると、

 

「半分深海棲艦……」

 

「艦娘……私が……」

 

それぞれに何やら受け入れがたいものがあるようだった。

自分自身の与り知らない所で自分が変わってしまう事に抵抗があるのは確かに分かる。

……しかし純粋な艦娘、純粋な深海棲艦というヤツにあったことのない自分としては、そもそも両者の間にどういった違いがあるのかも分からないのだ。

これ聞いていいヤツだろうか?

 

「おい、ツインテ」

 

「なあに?」

 

こそっと小声でツインテに聞いてみる。

 

「そもそも艦娘と深海棲艦ってどう違うの? 敵味方とカラーリング以外に違いってあるんか?」

 

「……きのもちよう?」

 

「ちょっと聞き捨てならないクマよ」

 

おっと、球磨ちゃんには聞こえてしまっていたらしい。

 

「深海棲艦は突然人類を襲ってきた悪いヤツ等クマ。ソイツみたいな人型は珍しい方で、大体不気味な深海魚みたいな見た目で言葉も喋れないクマ。提督だってテレビとかで見たことあるクマ?」

 

ひでぇ言い草である。

球磨ちゃん本人の前ですげえ言うじゃん……。

 

「あ、ああ、あの黒くてデカい魚みたいなヤツ等なら何度もテレビとかネットで見たけどさ……そっちじゃなくてエンカウンターみたいな()との違いって何かなって――」

 

「私もちょっと聞き捨てならないわね。敵だからって不気味は酷いわ。イ級とかカワイイじゃない」

 

「オマエ正気で言って――ほ、ホンキの目クマ……」

 

「……あー、結局、違いって考え方とか敵味方って事だけなのか?」

 

エンカウンターの美的感覚に(おのの)く球磨ちゃんに改めて聞いてみる。

 

「……深海棲艦、特にソイツみたいな人型は姫級や鬼級と呼ばれてて、艦娘よりも遥かに頑丈で火力も桁違いクマ。あと、ソイツみたいに流暢に喋れるヤツは初めて見たクマ。大抵カタコトで……っていうかソイツもあのときは確かカタコトだったクマ」

 

そう言って、エンカウンターの方を見る球磨ちゃん。

エンカウンターはというと、

 

「カタコト……? そうだったかしら?」

 

と、納得がいかない様子。

 

「なんか早速食い違ってるんだけど……」

 

そして姫級とか鬼級とかもお兄さん初耳です。

それ俺に言っちゃって良いヤツ?

軍事機密だったりしない?

 

震えてまいりました。

 

「いや、球磨はおかしなコト言ってないクマ! オマエ、覚えてないクマ?」

 

「失礼ね、覚えてるわよ……私は……………………」

 

答えかけて、不意に止まるエンカウンター。

……おや?

 

「…………私……は…………」

 

そう言ったきり、視線を宙に彷徨わせる。

 

「……え、まさか」

 

「覚えてないクマ?」

 

「ち、違うの! 私が駆逐棲姫だった事も、その時した事も覚えてるわ。むしろ……」

 

「むしろ?」

 

「……私、自分がエンカウンターだってこと、いつの間に思い出したの……?」

 

愕然とした様子だった。

こっちだって驚きである。

あんなに自信満々に自己紹介しておいて、そんなコトってあるのん?

球磨ちゃんにチラリと目をやると、球磨ちゃんもまた少なからず驚いているようだ。

 

「ずっと自分が何者か分からないまま戦ってたのか?」

 

ナニカの間違いじゃないかと訊ねてみる。

すると、エンカウンターは俯いてボソボソと、

 

「いえ、そんなハズは…………ううん、違う…………」

 

確認するように呟き、菫色の瞳に不安げな色を滲ませながら顔を上げた。

力なく垂れ下がったツイールの先が、隙間風に揺れる。

 

「……そう、みたい。私、自分が駆逐艦だってことはわかってたけれど…………自分が何だったかハッキリとは分からないまま……というより、疑問にも、思ってなかった気がするわ……」

 

そう言って、黒いセーラー服の裾を、キュッと握った。

 

「そ、そうなのか」

 

聞けば聞くほど不思議な生物だな深海棲艦……。

自分の名前が分からず意識もしないってのはどんな感じなのだろうか、と思った所で、ふと妖精さん達も同じだと気付いた。

 

……あれ、そんなに問題無いのか?

 

「なにやらあついしせんをかんじる」

「きづけばめでおってしまう」

「それってこいでは?」

「ていとくってばわたしのことすきすぎ?」

「きゃー♪」

 

ダメだ、こいつらは参考にならない……。

 

「……心当たりはあるクマ」

 

と、益体もないコトを考えていると、球磨ちゃんが、(おもむ)ろに喋りだした。

戦場で何度も深海棲艦達と渡り合ってきた球磨ちゃんには、何か思い当たる節があるようだ。

 

「そもそも、はっきりと元の艦影がうかがえる艦娘と違って、深海棲艦は艦種こそ朧気に分かっても具体的にどの艦って分かる形状のヤツは少ないクマ。自分の名前が思い出せないのも、口調がぎこちなかったのも、その辺が関係してるのかもしれないクマ」

 

……そうらしい。

 

「うーん、ナルホド……?」

 

「提督、イマイチピンときてないなら無理に分かったフリしなくていいクマ」

 

球磨ちゃんにピシャリとツッコまれる。

なんだろう、提督と艦娘の関係ってこんな感じでイイんだろうか?

涙がちょちょぎれそうです。

 

「……私、自分の事なのに、気付かなかった……」

 

エンカウンターは未だにショックが抜けきらない様子だ。

セーラー服にシワが寄ってゆく。

 

「クマだってオマエがサラッと名前を名乗った時にはビックリしたクマ。でもやっと分かったクマ。妖精さんに修理されて、半分艦娘になった事で艦の記憶を取り戻したみたいクマね。」

 

「そう、みたい」

 

そして艦娘と提督の有るべき関係について意味もなく悩む俺を放っておいて、球磨ちゃんとエンカウンターが着実にコミュニケーションを重ねている。

何にせよ、エンカウンターは艦娘に近づいた事で記憶や情緒を取り戻した……でいいのだろうか?

 

「……な、なぁ、それって悪い事じゃないよな?」

 

「え、ええ」

 

それなら何も問題ないとエンカウンターに訊ねてみれば、彼女もハッとしたようにそう肯定した。

ピョコン、と、ツインテールの先の薄紫が跳ねる。

 

「じゃあ、良かったじゃないか! 思い出せたんならさ、そんなしょげてないで前向いていこう、前向いて!」

 

重い空気を払拭しようと、椅子を下げ腰を上げて励ますべくお尻を浮かせた所で、球磨ちゃんがちょっと待ったと言うように俺の肩に手を置いた。

 

「いや、その前に確認クマ」

 

「……」

 

すごすごと腰を下ろす。

なんだろう、この中学生女子に頭が上がらない感じ……クセになったらどうしよう……。

 

「オマエはどうやら駆逐棲姫だった時とは違って、随分艦娘らしくなったクマ。話が通じそうと言い換えてもいいクマ」

 

「何が言いたいのかしら」

 

そんなくだらない葛藤をするアホな俺をよそに、球磨ちゃんの尋問は続く。

 

「簡単な質問クマ。オマエ等深海棲艦は、何の目的があって人類を襲うクマ?」

 

「……!」

 

執務室に、再び沈黙がおりる。

西の空から差す日の光が天井の隙間から幾筋もの光の柱になって、隙間風に揺られ静かに舞う砂埃を斜めにキラキラと照らす。

 

それは、根本的な問いだった。

人類が深海棲艦の脅威に晒されるようになってから、球磨ちゃん達は何年もの間(くう)に向かって問い続け、答えのないままに戦い続けてきた。

そして今日、初めて深海棲艦との対話が実現したのだ。

 

先の見えない戦いにとうとう差し込んだ一筋の光だ、球磨ちゃんが真剣になるのも当然だろう。

流石の妖精さん達も空気を読んで静かにエンカウンターの答えを――

 

「――とのことですがえんかうんたーしのおかんがえはどうでしょうか!」

「こくみんにはしるけんりがあります!」

「きくところによるとえんかうんたーしにはかこにていとくとのねつあいぎわくが」

「はっきりとおこたえいただきもがもが――」

 

「提督」

 

「はいはい黙ってようねー、そういう空気じゃないからねー」

 

どこから取り出したのか、記者みたいな格好で小さなマイク片手にカメラのフラッシュをパシャパシャと連射しつつエンカウンターに突撃しようとする妖精さん達を両手で抱き抱えて黙らせる。

いい加減にせぇよ貴様等。

 

良くも悪くも毒気を抜かれたようで、エンカウンターは丸くした目をフッと緩めると、コホンと小さく咳払いして、

 

「……悪いけれど、その質問には()()答える事が出来ないわ」

 

と、真っ直ぐに球磨ちゃんの目を見つめながら答えた。

 

「まだ?」

 

「ええアドミラル。まだ、よ。私達は何も人類が……いえ、これもまだ言えない」

 

俺が腕の中でモゾモゾと暴れる妖精さんを押さえながらそう重ねると、エンカウンターは此方を見てそう申し訳無さそうに言った。

エンカウンター自身も、それをもどかしく思ってる……というのが伝わってくる。

 

深海棲艦側の事情ってヤツなんだろうか……で、納得するわけないのが球磨ちゃんだ。

 

「何勿体つけ――」

 

「待て、待って、球磨、ちゃんと聞こう……エンカウンター、何でか聞いてもいい?」

 

せっかく少しは分かり合えそうなのにまた険悪になっては困ると、慌てて球磨ちゃんを遮り、エンカウンターにそう訊ねてみた。

俺と妖精さんは重苦しい空気に弱いのだ。

ポンポンが痛くなってしまう。

 

「……優しいアドミラル。アドミラルの事は、信頼しています。アドミラルには何故か分からないかもしれないけれど……私はアドミラル・クドウの事は心から信じたいと思っています」

 

「お、おう」

 

と、またも向けられる謎の好意に思わず気圧されてしまう。

何なんだろう、出会って数分でこの好感度、これが伝説の提督補正ってヤツなのか……?

球磨ちゃんの時といい、俺の工藤って苗字に何かあるんだろうか?

 

「おまえもかぶるーたす」

「なれなれしいぞしんいりー」

「ていとくはわれわれにめろめろなんだぞー」

「らぶいふんいききんし!」

 

と、俺の考えを遮るように、思わず緩んだ腕の中からピョコピョコと頭をだした妖精さん達が口々にトンチンカンな事を言いだす。

イモムシ状態のツインテも、ピョコンと膝の上に跳んできて、「でれでれするなー」とみぞおちに頭をグリグリやっている。

 

「……本当に妖精さん達の提督に対するその好感度はどうなってるクマ? ……まさかホントになにかヤマシいコトを……!?」

 

「そりゃあもう」

「ふかくあいしあったなか♪」

「ぽっ……♡」

 

「あるかぁ!? え、ちょっと球磨ホントに引いてない? ねえ、ちょっと!? 目を、目を見て球磨ちゃん!? 誤解だから!」

 

スススと半歩距離を取って口元に手をやる球磨ちゃんに慌てて弁解する俺を見て、エンカウンターがクスリと小さな笑いをこぼす。

 

しばらくぶりのその明るい声に、驚いてエンカウンターを見る。

エンカウンターは、俺と球磨ちゃんの視線に気付くと、横座りに姿勢をただし、俺を菫色の瞳で見つめて口を開く。

 

「アドミラルは紳士(ジェントルマン)だもの、妖精さんに好かれるのは当然よ。……それでも、私達深海棲艦の思いを伝えるにはまだ……」

 

「……まだ?」

 

「……怖いんです。アナタに理解して貰えないかもしれない事が」

 

そう言って、目を伏せる。

きっと恐ろしい存在であるハズの深海棲艦が、弱々しく項垂れている。

その白いつむじを見ながら、なんだか自分が酷く悪い事をしたような気分になる。

思えば顔を合わせてからこれまで、エンカウンターは一度も俺や球磨ちゃんを害しようとはしなかった。

その素振りさえもだ。

 

自分の中で漠然とイメージしていた絶対悪の姿が、その輪郭を失ってゆく。

……深海棲艦とは、いったい何なのだろうか?

 

「クマ。理解できるワケ無いクマ。コイツは…………こんなでも提督クマ。オマエ等に同情しちゃう位には甘いクマが、大局を見誤る程のバカでも無い……はずクマ」

 

……球磨ちゃん、それは褒めてる?

褒めてくれてるんだよね……?

 

球磨ちゃんの台詞は、言葉こそ深海棲艦達の言い分など理解できるはずがないという強いものだったが、その声色はどこか悲しげで、苦しそうだった。

 

「大局、ね」

 

それを聞いたエンカウンターはというと、目を細め意味深に呟くのみだった。

見誤っているのはそちらだ、と言っているようにも見えるが、その言い分とやらを聞けない以上、判断のしようもない。

結局の所、球磨ちゃんの質問で分かったのは深海棲艦にも言い分が有るが、その大義は人類サイドには理解され難いモノらしい……ってコトだけだろうか?

 

鎮守府作るぞと息巻いてこの島にたどり着いて、図らずも早々に接触出来てしまった会話の出来る深海棲艦ちゃんだったが、所詮俺なんぞ何の能力も威厳もないフリーターだ。

映画みたいなネゴシエイトなんて出来るはずもなかった。

モノホンの提督ならばもっと上手くやってんだろーなぁと思うと切ないモノがある。

 

「てーとくはよくやってるぞ」

 

「ツインテ……お前時々心とか読めるんじゃないかと思うよ」

 

「てーとくはわかりやすいからねー♪」

 

「……」

 

高学年女子みたいなエンカウンターの心の内も分からん俺。

なんも考えて無さそうな二頭身不思議生物にすら簡単に心を読まれる俺。

自分涙良いスか……?

 

「どちらにせよ、オマエは捕虜クマ。例えその気がなくてもコッチは幾らでも尋問出来るクマが……?」

 

遠い目をしながら妖精さん達に顔をペチペチされる俺を無視して、球磨ちゃんがグッと目に力を入れて再び圧を掛ける。

球磨ちゃんの動きに合わせて、ギシリ、と床板が鳴る。

 

「尋問……」

 

そうなのだ。

こうして仲良く(?)会話をしてはいるが、深海棲艦と俺達は敵同士。

捕虜と看守、捕らえたモノ捕らえられたモノの関係なのだ。

本当に人類の明日を憂いているのなら、心を鬼にしてこの少女を尋問し、得た情報を本土に伝えなきゃならないんだろう。

 

球磨ちゃんは、こんな俺が本当に提督になれるように手伝ってくれると言っていた。

 

馬鹿な自分でも、この情報が貴重で重要なものだと分かるくらいだ。

持って帰る事が出来れば、きっと自分の立場は良くなる。

才能がなくても本物の提督になれたり……それが無理でも憧れだった艦娘と関わる仕事が出来るかもしれない。

 

――それでも。

 

ゆらゆらと揺れる光の中、緊張の面持ちで此方を見つめるエンカウンターと目が合う。

駆逐棲姫、エンカウンター。

武装を剥がされ、燃料を抜かれ、抵抗するすべを持たない、小さな少女だ。

黒いセーラー服に身を包んだその小さな肩に、俺の知らない何か大きなモノを背負ってココに居る。

その姿は、球磨ちゃんと同じく、俺なんかよりもずっと大きく見えた。

 

そんな子が、俺を信用すると、そう言ったのだ。

 

「いや、球磨、やっぱり……エンカウンター、君は俺と球磨……と、コイツ等の事、信じられそうってなったら、話してくれる気はあるんだよな?」

 

球磨ちゃんと妖精さん達に、順番に視線を合わせてから、再びエンカウンターに向き直ってそう口に出す。

馬鹿なコトをやってる自覚はあるが、ソレこそ今更ってヤツだ。

思えば妖精さん達と出会ってから、馬鹿なコトばっかりやってる俺だ。

もう一つ二つ増えた所で誰に失望される訳でもなし、マイナスなんて無いだろう。

 

「……ええ」

 

「なら、球磨……」

 

それなら。

どうせなら、目の前の不安に震える女の子の信頼に答えてやるくらいしたっていいんじゃないかと思う。

球磨ちゃんはイイ子だし、妖精さん達も……うん、無邪気なヤツ等だ。

意外と直ぐに打ち解けて仲良くなれるかもしれないし、いつか話してくれたら儲けもの位の気持ちでいれば良いだろう。

 

何よりも、既にこのエンカウンターという深海棲艦の女の子を、敵として見られない自分がいるのだ。

 

そんな俺の内心など、賢く敏い球磨ちゃんにはお見通しだったんだろう。

球磨ちゃんはジッと俺の目を見つめ、プイとそっぽを向くと、深く溜息を吐いた。

 

「………………クマぁ。分かってるクマ。提督はつくづく軍人に向いてないクマ」

 

許された!

思わず笑顔で振り返ると、ホッとしたような顔でぎこちない笑みを浮かべるエンカウンターと目があった。

安堵が胸に広がる。

 

球磨ちゃんはそんな俺を見てか、執務机により掛かるように体重を預けて、呆れたように続けた。

 

「取り敢えず尋問は先送りクマ。オマエもあまりに艦娘っぽくて気が進まないのも確かクマ。……でも、必要となったら容赦しないクマよ?」

 

すっかり険の取れた、優しげな声色だ。

どうやら球磨ちゃんも、少なからず俺と同じ気持ちだったらしい。

しっかり釘は刺していたが、それでこそ頼れる球磨ちゃんである。

短い間かもしれないが、これからも不甲斐ない俺のかわりにこの鎮守府のしっかり者担当を頑張って欲しい。

 

エンカウンターも、空気が和らいだのが分かったようだ。

すっかり初対面のときの小生意気な雰囲気を取り戻して、ニコリと笑う。

相変わらず横座りのままだが、ツインテとお揃いの髪を楽しげに揺らして、片手を口に可愛らしく小首を傾げる。

 

「ええ、それでいいわ。むしろ寛容過ぎて驚きなくらい。……流石アドミラルね、こんな凶暴で変な語尾の艦娘を手懐けるなんて」

 

「気が変わったクマ。提督、船渠(せんきょ)室借りるクマ。刺激が強いから覗いちゃダメクマ」

 

え、何それ超気になる――じゃなくて!

何で最後に余計なコト言うかなこの子!?

 

据わった目で猛然とエンカウンターに掴みかかろうとする球磨ちゃんを慌てて羽交い締めにする。

エンカウンターちゃん、ロクに立てもしないのに球磨ちゃんをからかうような――あ、あ、いけません球磨ちゃん!

捕虜だから!

ナニカの条約に引っかかっちゃうから!

うわ、燃料切れてるハズなのになんて力……! 

 

「うおー、じんもんだー」

「ごうもんだー♪」

「ないたりわらったりできなくしてやるー♪」

 

「ぶっそうなこと言うなアホ共! 球磨落ち着いて!? ステイ! 球磨ちゃんステイ! 俺球磨ちゃんのヘンな語尾好きだから!」

 

「クマ゛ぁ゛!!」

 

「痛い!?」

 

「アハハハハ♪」

 

――こうして、遥か南の島に漂着して僅か二日目のいまだ明るい夕方頃。

我が勿忘鎮守府に、ちょっと変わった住人がまた一人増えたのだった。

 

 

 

 






また遅くなったらごめんなさい
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