提督落ちたから自力で鎮守府作る。   作:空使い

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ほぼここまでが導入





小さな一歩

 

 

 

ちんじゅふ?

ちゃくにん?

それってもしかしてこの歴史遺産的建造物のコトか?

 

突然の事に俺が目を白黒させていると、目の前で見事な敬礼をしていたボロセーラーの妖精さんがプルプルと震えだした。

 

ん? と思い見下ろしてみると、目尻に涙の粒を浮かべたそいつが勢い良く飛び付いて来た。

 

「ていとくだーー!!」

 

「ぐえっ!?」

 

妖精さんの軽い頭が、鋭い角度で鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。

 

「やっときたー!」

 

「ぐえ……や、ヤメテ……! お腹グリグリすんのヤメテ!」

 

小さな悪魔による卑怯な不意討ちによって、込み上げてきた酸っぱいモノを必死に抑える俺の目に、更に信じられないモノが映る。

 

「なんだー?」

「またにくきうみねこのしゅうげきかー?」

「ていとくがきたらしい」

「な、なんだってー」

「あれ?」

「あれあれ」

 

一体あの廃墟のどこに隠れていたのか。

 

崩れた外壁の陰や、ぽっかり空いた窓、天井の穴やら草場の陰なんかから、何匹もの妖精さんが顔を出したのだ。

 

一……二……三……その数、六匹。

 

誰も彼も、皆一様に不健康な顔色とボサボサの髪をして、ほつれや破れの目立つ衣服を身に纏っている。

 

そんな浮浪者じみたちんまい妖精さん達は、俺の鳩尾で「ていとくーうおー!」と、ゴリゴリと頭を擦り付けているボロセーラーに気付くと、わーっ! と俺に向かって殺到した。

 

「うおー! しんせんなていとくだー!」

「つかまえろー」

「かこめー」

「はぐさせろー」

「はぐしろー」

「ちゅーしろー」

 

「うわっ!? な、なんだお前らっ!!? どっから湧いて出やがった!? わぷっ」

 

戸惑う俺に対してなんの斟酌(しんしゃく)もなく、薄汚れた妖精さんが次々と飛び付いてくる。

顔面に張り付いてちゅっちゅとキスの雨を降らす妖精さんをひっぺがし、なんとか状況を把握しようと悪戦苦闘していると、隣で事態を静観していたツインテさんが三度(みたび)大声を出した。

 

「ていとくのちゃくにんであーる! みなのものーひかよろー!」

 

すると、俺のTシャツに熱心に汚れを擦り付けていた妖精さん達がバッと飛び退き、ごちゃごちゃと走り回りながら、びしっ、と一列に整列した。

 

それをボケッと見ていると、いつの間にか俺の身体をよじ登っていたツインテが、耳元でこしょこしょと囁く。

 

「けいれいけいれい」

 

「あー……はいはい」

 

言われるままに、力なく手を挙げて顔の横へ。

 

すると、一列に並んだ妖精さん達が、ぱぁーーっ、と顔を輝かせ、一斉に、ピシッ、と見事な敬礼を返してきた。

 

(うわぁ、無邪気な笑顔だなぁ……)

 

いい加減何がナンだか分からなくて、半ばなげやりにそんな事を思っていると 、突然妖精さん達が()()()()輝きだした。

 

「こっ、今度はなんだぁ!?」

 

文字通り身体中がキラキラと輝き出した妖精さん達は、次の瞬間、パァッ、と光の粒を撒き散らした。

眩しさに思わず顔を背ける。

 

耳元に張り付いたツインテさんが、楽しげな声色で、ちゃ~ちゃ~ちゃ~♪ とデジタルなモンスターが進化でもしそうなBGMを奏でる。

 

光が収まったのをまぶたの裏で感じ、恐る恐る目を開いた。

 

「………おお……」

 

そこには、先程と寸分たがわず敬礼したまま、真新しいピカピカのセーラー服を身にまとった妖精さん達が並んでいた。

泥や砂で汚れていた身体は見違えるようにキレイになり、髪も艶やかに整っている。

そして、キラキラと輝く瞳で真っ直ぐに俺を見つめてくるのだ。

 

「くせつななじゅうねん」

「とうとうここにもていとくさんが」

「おお、これがていとくりょく……」

「すげえかっこいいです」

「きっとえすえすれあだ、わたしはくわしいんだ」

「みなぎってきたぜ」

 

……さっきより眩しい。

 

「……もうなんかお前らの理不尽にも馴れてきたな……なぁツインテ。お前の言ってた鎮守府ってのは、ここの事だったのか?」

 

「そうだよ?」

 

いや、そんな、何でそんな事聞くの? みたいな顔で見るなよ……見ろよ、壁とか屋根とか半分無いんだぞ?

まず雨風がしのげないんだぞ?

 

縄文人の家にだって屋根くらいはあったと思うよ?

 

「ていとくさんあんないするよー」

「ていとくさんついてきてー」

「ていとくさんはやくはやく」

 

俺が捨てられた犬のような目で見ていることに気づかないのか、鬼畜ツインテは俺の頭の上に腹這いになると、すすめー、とほっぺたをてしてしと叩いて急かしてくる。

 

……どうやら俺に選択権は無いらしい。

提督なのに。

いや提督じゃないけど。

フリーターだけど。

 

俺は肉体的にも精神的にもヒドい疲労感を感じながら、ズルズルと足を引きずるように妖精さん達の後ろを付いて行った。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「ここがしょくどうです」

 

「へぇ、スゲェな。砂場かと思った」

 

建物の一階部分は、ほとんど床板が残っていなかった。

剥き出しの地面に吹き溜まった砂を蹴り飛ばしながら、デカい机の残骸を掻き分けて進む。

 

「こっちはかいぎしつ」

 

「捗りそうもねぇな」

 

「あっちがつうしんしつ」

 

「あの錆びた壁ナニ?」

 

「あれがものおき」

 

「モノなんかねーぞ」

 

「あそこがどっくのいりぐちです」

 

「バカには見えないカンジかな?」

 

……なんかどんどん悲しくなってきた。

 

会議室は剥がれた黒板が土に埋もれ、天板が腐って無くなった机の骨組みが錆びだらけで転がり、通信室の壁際にはガラクタ同然の赤茶けた無線機器がそびえ立ち、物置はモノの見事に空っぽでドックへの下り階段は落盤で埋まっていた。

 

人が住む住めないってレベルじゃねーぞ!

 

「ていとくさん、つぎはにかいです」

 

「……まあキミもめげないねしかし」

 

穴だらけの階段を恐る恐る登って行って、二階部分の各部屋を覗いてみる。

 

作戦室、仮眠室、資料室、小会議室……どこを見ても空っぽだ。

朽ち果てた本棚や椅子の残骸があるか無いか位の差しかない。

他にもいくつかの空っぽの部屋を回って、とうとう廊下の奥の部屋に突き当たった。

 

「ここがさいごです」

 

「へぇ……ここは扉があるんだな」

 

目の前には、重厚な木製の扉がどっしりと構えていた。

ニスも塗料も剥がれ、床の近くは腐って変色までしているが、これまで見てきた何処とも違いキレイに磨き上げられ、しっかりと手入れが行き届いているのがよく分かる。

ホコリ一つついておらず 、表面はうっすらツヤツヤしている。

 

見上げると、扉の上のプレートには、たどたどしい平仮名で『しれえしつ』と書いてあった。

 

「ここが…………」

 

「ていとくさんのおへやです」

 

そう言われて、もう一度扉に目をやる。

 

内心のドキドキを押し殺しながら、両扉にそっと手を添えた。

 

……なんか緊張するな。

学生時代、校長室に入る前のあの感覚に近い。

 

……いや、緊張してどうする?

今は俺がその校長なワケじゃないか。

 

意を決して、グッと両腕に力を込める。

 

油もしっかりと注してあったのだろう。

複数回の補修の跡が見える蝶番(ちょうつがい)が、キィー……と僅かな音を立てて、重い扉が観音開きに開く。

 

「おお……」

 

それは、幻想的な光景だった。

 

絨毯こそ見る陰もなく朽ち果てているが、床の穴には補修の跡が見られ、塵一つなく掃き清められている。

剥がれた壁の一面と天井は継ぎ接ぎだらけの板で塞がれて、この部屋だけは守ろうとした意志が見られた。

 

そして、部屋の奥。

そこには、扉と同じ堂々とした佇まいの、隅々まで磨きあげられた黒檀の机が鈍い光を放っていた。

 

「このひのためにじゅんびしたです」

 

どこか厳かな気持ちを感じながら、ゆっくりと机に近づく。

 

ギィ……ギィ……と、床板が主人の帰還を喜ぶように静かな音を鳴らす。

 

机の前にたどり着き、一瞬ためらって、そっ……と天板に手を置く。

 

「…………スゲェな」

 

ひんやりとした手触りだ。

覗き込めば顔が写り込む程にツルツルしている。

 

机の向こうを見れば、背後の壁には額に入った『がしんしょーたん』の文字。

その下には、机と同じ黒檀の大きな椅子が鎮座している。

 

「ていとくさん、すわって!」

「そこがていとくさんのせきです!」

 

急かされるままに、机を回り込んで椅子の前へ。

高級そうな皮張りの背もたれには、破れを補修したのだろう、イルカや(いかり)の形のカラフルなパッチワークが縫い付けられていた。

 

振り返って、部屋を見渡す。

 

いつの間にか集まっていたようで、この廃墟に巣食っていた妖精さん達七匹が、横一列に並んでいた。

 

不意に、部屋に光が射す。

 

壁と天井の板の隙間から、日の光が漏れ出している。

あれだけ厚く空を覆い尽くしていた雨雲は、どこかへ吹き飛ばされてしまったようだ。

 

 

 

部屋中に黄昏の金色が満ちる。

 

 

 

夢のような景色の中、妖精さん達が、一斉に敬礼をして俺を見上げる。

 

頭の上で、ここまで俺を導いてくれたツインテさんもまた敬礼しているのを感じる。

 

「ここが…………俺の鎮守府か……俺が提督…………提督になるんだな……」

 

……思えば、下心だけでここまで来たんだったなぁ。

 

可愛い艦娘に囲まれ、イチャイチャラブラブおっぱいハーレムを作るためだけに提督に成りたいと思っていた。

 

しかし、期待と信頼に満ちた妖精さん達の眼差しを前にして、俺の中のそんな邪な気持ちがみるみる内に溶けて無くなって行くのを感じる。

 

(そうか……提督達はみんな、こんな気持ちで戦っていたんだな……)

 

澄み渡った心の中から、提督になる、平和の為に戦うという熱い想いが混み上がってきた。

 

ボロボロで、みすぼらしい司令室。

目の前に艦娘の姿はなく、小さな妖精さんがいるばかり。

今の俺には、十分すぎる。

 

ここからだ。

ここから始まるんだ。

 

俺はキリッとした顔を作り、背筋を伸ばした。

そして、うろ覚えながら、妖精さん達の真似をして、気合いの入った敬礼をしてみせた。

 

妖精さん達の目が、一層キラキラと輝いているのを感じる。

 

「妖精さん達……ツインテさん、俺、頑張るよ! 頑張って立派な提督になる!!」

 

気づけば、そんな言葉が口を衝いていた。

 

「だから…………えっと、俺、何にも知らないし、頼りないと思うけど……どうか宜しく頼むぞ! 妖精さん達!」

 

らしくない事を言っているのは分かる。

でも、こんな温かい気持ちになったのは初めてなんだ……今だけは許されるハズだ。

 

俺は火照った顔を誤魔化すように、ゆっくりと腰を下ろす。

暗褐色の天板に手をつき、お尻を立派な椅子の、座面の上に乗せる。

 

「ふぅ…………何か不思議な気分だな…………なんか今なら何でもできちゃいそうな気ぶ――――」

 

そして、いざ俺の司令官席に体重を預けようとしたその時――――

 

 

 

バキッ

 

 

 

「んぇっ?」

 

 

 

ドターンッッッ!!

 

 

 

椅子の底が、抜けた。

 

「イっっっっっ!??」

 

ガイーーーーーーーーーーンッ………!!!

 

そして落ちてくる金だらい(特大)

 

「ア゛ぃッッッ!!?」

 

目の前に飛び散る星。

いつの間にか机の上に避難しているツインテ。

 

ぐわんぐわんぐわんわんわんわんんん………………と、金だらいが床でくるくる回り、やがて、くわぁぁー…………ん…………、と間抜けな音と共に静かに止まった。

 

…………その瞬間、

 

「いえーーーい♪」

「みごとです! さすがいちりゅうのていとくさんです!」

「どっきりだいせいこうなのです」

「ななじゅうねんごしのいたずら……かんむりょう」

「それでこそていとくさん」

「かっこいい……ぽっ」

「いっしょうついていくです」

 

「さすがだぜ……れきせんようせいさんはかくがちがうな」

 

大歓声と共に、椅子の残骸の中で呆気に取られる俺に群がって、きゃーきゃーと会心のハイタッチを交わす妖精さんズ。

そしてしれっと混ざるツインテ。

 

ホクホク顔で身体を寄せ合い、今日一番の笑顔を見せている。

 

「…………………………」

 

俺は、立派な提督になる!

ドンッ(迫真のSE)

 

「……………………………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいテメーら、一列に並べ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄昏の空を、八匹の妖精さんが高らかに舞った。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

後の歴史書にはこう語られる。

 

『最も偉大な提督』『最後の英雄』『楽園の主』『舟達の父(ディアマイラヴァー)』『深海に捧ぐ鎮魂歌(ビッグ・オールド・ブルー)』『童貞()』『おっぱいマイスター』『ぺったんキラー』etc……etc……

 

そういった数々の異名を持つ、一人の日本人。

 

世界の危機に颯爽と現れ、その大いなる正義と類い稀なる能力によって、人類史上唯一の『世界平和』を成し遂げた男。

 

その男の偉大なる一歩が、こうして下らなくも温かな喧騒の中でひっそりと始まった事を知るモノは、少ない。

 

そんな彼だが、実はもう一つ、彼の事を端的に示すあだ名がある事をご存じだろうか?

 

数多の海軍関係者が、彼をこう呼んだらしい。

 

 

 

曰く。

 

 

 

『世界で一番、妖精さんに愛された男』

 

 

 

 

 

 

 


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