俺の渾身のお仕置きも、妖精さん達にしてみれば新しい遊びかナニかでしかないらしい。
ウキウキした面持ちで俺の前に行儀良く列を作る妖精さん達を、順番に窓から外に投げ捨てる事三周。
茜色だった空は紺色になり、灯りのない部屋はすっかり暗くなっている。
色々な疲れからぐったりと床にへたりこんだ俺を、妖精さんが不思議そうに引っ張り回す。
「ていとくさんどしたの?」
「ねぐれくとはいかんぞ」
「あそべー」
「…………もういい。もう疲れたの俺は。頼むから休ませて……お布団持ってきて……」
「おふとんですね」
「まっかせろー」
リュックから引っ張り出したペットボトルの水をグビグビと飲み干しながら、元気良く飛び出して行った妖精さん達を力なく見送る。
今日はもう色々ありすぎて疲れた。
ここが何処かも分からないし、こんな廃墟で艦娘どころか人っ子一人いないなんぞ、提督も何もあったもんじゃないだろ。
……諸々状況確認とか……うん、もう明日でいいや……。
俺、明日から頑張る……。
このテレビもネットもアップル社もある現代で、何が悲しくて遭難なんぞせねばならんのか。
俺はバリバリのインドア派だぞ。
難易度高過ぎんだよ。
平成生まれ舐めんな。
俺がうつむいたまま不毛にクサしていると、先程外に出ていった妖精さん達が何かを抱えて戻ってきた。
「ようせいさんがちんじゅふにきかんしました!」
「おふとんです」
「べっどをつくれー」
「ほきゅうをよこせー♪」
「なんだその葉っぱは……」
いよいよ真っ暗になりつつある中で目を凝らして見れば、妖精さんが持ってきたのは勿論お布団などという高級品ではなく、青々とした大きな葉っぱの束であった。
なんかこう、バナナの葉っぱみたいなヤツだ。
電池式のランタンを引っ張り出して点けてみると、妖精さん達はテキパキと葉っぱを重ねて並べ、あっという間に寝床のようなものをこしらえてしまった。
「…………こんなん見たことあるわ。なんか世界の果てまで~的なんで……」
ここは世界の果てかよ。
ぺちゃんこの布団が懐かしいぜ……。
切ない気持ちになりながら、緑色のベッドの上に膝をついてみる。
……まったく想像を超えてこないな。
そりゃ、床そのままよりは柔らかいし温かいのかも知らんが、所詮葉っぱは葉っぱ。
手をつけば手のひらには床の固さがモロに伝わってくるし、ガサガサするし、おまけに青臭い。
「……これが今の俺の格か」
もぐりのフリーター提督は壁も天井も穴だらけの部屋で先住民ベッドwith二頭身のナマモノ。
財閥生まれで士官学校首席卒のイケメンエリート三高提督は、今頃天蓋つきのクソデカいベッドで団扇で扇がれながら、スーパー可愛い艦娘とおっぱいテイスティングでもしているんだきっと。
「くっそー……今に見てろよ……!」
俺だっていつかはおっぱいの大きい艦娘に囲まれてアレしてアレでアレだかんな……!
汚れて泥だらけの運動靴を脱ぎ、葉っぱのベッドに横になって天井を見上げる。
板張りの隙間から、見た事もないような満天の星空が見えた。
……驚いた。
今にも落ちてきそうな星空、と言うのは、こういうのを言うんだろうか?
こんな空、プラネタリウムでしか見たこと無かったな……。
「…………この景色だけは勝ったな。雨、降らんでよかったわ……」
って言うかマジでどこなんだここ。
壁の隙間から磯臭い潮風が部屋に吹き込んで、髪を揺らす。
妖精さんが、仰向けの俺の上に特別大きな葉っぱを何枚か置いてゆく。
掛け布団のつもりなのだろう。
……なんかこんな料理なかった?
ありがとな、と妖精さんの頭に手のひらを乗っけながら、ふと、ここの妖精さん達は今までここでどうやって暮らしていたんだろう? という疑問が頭によぎった。
「…………ふあ…………まあ、それも明日聞きゃあいいか……」
一度横になると、全身にヒドい倦怠感と、強烈な眠気が襲ってきた。
それに逆らわず、瞼を閉じて大きく息を吐き出す。
薄れてゆく意識の中で、妖精さん達が楽しそうに何事かを囁くのを聞いた気がした。
「―――な―――」
「――――」
「――――どは、――――――」
「――とく――――を――」
「――――――よ♪」
最後に、ツインテ妖精さんの弾むような声が聞こえたような気がして。
俺は意識を闇に沈めた。
@@@@@@@@@@
――――酷く身体が重い。
と、言うか……
「………………ああっ、くそっ、暑っ苦しいんだよお前らぁーー!!」
上半身を起こし、うがーっ! と身体中にまとわりついた妖精さんを振り落とす。
きゃー♪ わー♪ と、楽しそうに床を転がる妖精さんず。
俺は汗でぐっしょりしたシャツの胸元をパタパタして空気を送り込みながら、身体の節々の痛さに唸り声を上げた。
寝起きのぼんやりした頭で部屋を見渡す。
窓や板の隙間から眩しい朝日が射し込んで部屋中を暖めている。
すぐ近くから聞こえてくる潮騒と、海鳥の声。
香る自分の汗と磯の香り。
「…………まあ、夢じゃあないよな……」
見下ろせば、腰や脚にしがみついてヨダレを垂らすパジャマ姿の妖精さん。
このクソ暑いのに、夜の間に潜り込みやがったな……しかも全員で。
って言うかその服はなんだ、ナイトキャップまで被りやがって……。
グッ、と伸びをする。
肩がゴキゴキと音を立てる。
下半身にしがみついた妖精さんを剥がし、立ち上がってみる。
脚全体が重い。
筋肉痛だなこりゃ……。
「なんだーてきしゅうかー」
「あとごねん……」
「ていとくまくらがいない……」
「たいようがきいろいぜ」
……前から思ってたけど、妖精さんってこんなに人間くさくていいのか?
歩くメルヘンみたいなカッコしてるクセに、俗っぽ過ぎるだろ……。
とにかく、顔を洗いたい。
身体もベトベトだし、口もすすぎたい……と考えた所で、大変な事に気づいた。
「あ、やべ。ここ、水道なんてあったか?」
昨日見て回った限りじゃ、少なくとも蛇口も水道管も、もっと言うなら電線もガス管もネット回線も無かったハズだ。
むしろ、こんな廃墟にどれか一つでも通ってたら驚きである。
ヤベェ、開幕つんだぞ。
「……妖精さ~ん……水……水ないっすか?」
「やまほどあるぞ」
「うるほどあるです」
「どりんくばーむりょう」
一斉に海の方向を指差す妖精さん達。
ナトリウムが豊富過ぎるだろ常考。
「………………」
俺がこめかみに青筋を立てているのに気づいたのだろう。
妖精さん達は嬉しそうに俺の前に列を作った。
「もう投げねーよ!」
@@@@@@@@@@
改めて聞いてみると、何でも近くに飲み水用の井戸があるんだそうだ。
さっさと言えよグレムリンどもめ。
俺は寝起きの重い身体を引きずるように動かしながら廃墟を出ると、妖精さん達の先導に従って、井戸を目指して林沿いに歩き始めた。
崖の上から海を仰ぐと、朝日を反射して波がキラキラと輝いている。
昨日は薄暗く、霧が出ていた事もあって気づかなかったが、この丘の上には昨日一夜を明かした建物とは別に、幾つかの建造物が立ち並んでいるようだった。
朝露でキラキラした密林を横目に丘を下ってゆくと、本棟と連なるように、一つ、二つと、半壊した煉瓦の建物が並んでいた。
こちらは海側の壁が盛大に崩れ小高い山のようになっていて、屋根は完全に吹き飛ばされて雨ざらしになっている。
「ひでぇモンだなまったく」
これ、俺の鎮守府なんだぜ?
草も生えな……あ、いっぱい生えてたわ、ウける。
井戸は忌々しい事に、元々あった道を覆い隠すように生い茂る林の中の方にあるらしい。
煉瓦の廃墟の向かい側の林に踏み入る前に、丘を下った先の方も見渡しておく。
坂道を下りきった先には、多分、元々はグラウンドのような広場だったのであろう、錆びて倒れたフェンスの残骸に囲まれて、石や折れた木なんかが転がる、雑草伸び放題の空き地が見えた。
そして、海岸。
それを見て、やっとここが昔、港だったという事を確信できた。
俺が漂着した海岸と違い、船着き場のようなモノが造られている。
所々崩れ、傾いて波を被っていたりするが……間違いなく、コンクリート製の埠頭だ。
端っこの崩れた円筒みたいなのは、きっと灯台だったんだろう、多分。
少し高くなっている所には、崩れたカマボコ型の鉄骨組が見える。
あれは倉庫と見た。
刑事ドラマで見たことあるもん。
港であの形なら倉庫だろ。
骨しかないけど。
そして港の正面には、同じくカマボコ型の屋根を3つくっ付けたような四角い建物。
屋根は何ヵ所も四角く剥がれ、外壁のトタンは塗装も剥げて錆びきり、折れ曲がって半分以上が剥がれている。
それでもこの廃墟だけは、ギリギリ建物の体裁を保っているようだった。
屋根の穴から中を覗くと、倒れたクレーンやコンテナらしきモノも見える。
「あれはこーしょうです」
俺がじっと見ているのに気づいたのだろう。
ここが定位置だと言わんばかりに俺の頭の上に陣取ったツインテがその建物を指差してそう言うと、セーラー妖精さん達がウキウキした声で続けた。
「あそこでかんむすをつくるのです」
「はやくまわしたいぜ」
「しざいをとかすよろこび」
「ていとくはぺんぎんすき?」
「えっ!? 艦娘って作れんの!?」
驚きのあまり、グリンっ、と音を立てて首を回し、妖精さん達に向き直った。
頭の上から、ぬわー、という悲鳴が聞こえたがそれどころじゃない。
「そですよ?」
「しざいでちょいです」
「ちょいちょい」
なんと……!
艦娘については情報統制が厳しくて良くは知らなかったが、てっきり空から降ってきたり、海から生まれてきたりするモンかと思ってた。
まさかのカスタム方式とな。
これは衝撃の真実だった。
「作れる……って事は…………!」
当然、あるんだろう。
あって然るべきだろう……!
お っ ぱ い ス ラ イ ダ ー
「あそこで艦娘を……! よし、顔洗ったらまずあそこね、あそこ!」
駄々下がり状態だった俺のテンションは、たった今人生最高高値を記録していた。
オイオイオイオイカスタム艦娘かよぉ!(歓喜)
夢が広がりんぐ。
やっちゃう?
夢の100cm越え、イっちゃいますか?
右端までスライダー引っ張っちゃいますかぁぁぁぁ!!?
「よいつらがまえをしておる……」
「みろよ、あのほとばしるていとくりょく」
「ひゅー♪」
「こいつぁもしかしたらやるかもしれねえぜ」
「でもなんかかんちがいしてそう」
「そんなとこもすき」
「きゃー♪」
@@@@@@@@@@
最高にウキウキ気分になった俺であったが、結局その直後には上がったテンションを急降下させる事態に直面するのである。
密林に塞がれた道を実に十分も掛けて進み、やっとの思いで見つけたのは、古井戸の…………遺跡?
当然、滑車も桶もあるハズがない。
石ころを投げ込んでみる。
ひゅぅぅぅぅーーー………………
…………カランッ………………。
「おもっっっクソ涸れてんじゃねーか!」
俺が悲痛な叫び声を上げると、妖精さん達はのんきにも、きゃー♪ と楽しそうに逃げ回った。
どうすんだよ、またソッコーでつんだじゃねーか。
妖精さん達はどうだか知らないが、人間は水が無かったら死んじゃうんですよ?
君らの提督さん、着任して早々ミイラになっちゃいますよ?
俺が絶望にうなだれていると、頭の上のツインテが降りてきて、背中をポンポンと叩いてしたり顔で言った。
「だいじょうぶ? おっぱいもむ?」
「……うるせぇ。おっぱいなんかねぇだろお前……」
俺がかわいそうな子を見る目でツインテの頭をグリグリやっていると、走り回っていた妖精さんの内の一匹が俺の目の前に来る。
昨日、一番最初に会った、グダグダセーラーの妖精さんだ。
「いどはかれてましたが、このおくにもいずみがあるです」
……どうやら、まだ希望はあるようだ。
この奥、の、
「今度こそ大丈夫なんだろうなぁお前?」
俺がウロンな声を出すと、コクコクと頭を縦に振って、キラキラした瞳で見上げてくる。
「そうかぁ…………ん? なんだ、お前……ああ」
差し出された頭に手を乗せ、赤いお下げ髪をかいぐりかいぐりと撫でる。
ツインテの頭を撫でていたのが羨ましかったらしい。
気持ち良さそうに目をつぶっている。
「ぬけがけだー♪」
「おのれー」
「われわれにもなでぽをようきゅうする」
「うるさいぞ役立たずどもめ。ちゃんと泉にたどり着けたらいくらでも撫でてやるよ」
まったく、いつもこうして甘えてればかわいいものを、こいつらはイタズラをやめる事はできないんだろうか?
できないんだろうなぁ……。
家に残してきた妖精さん達を思い返す。
こいつらと出会って半月ばかり、毎日が戦いであった。
一流の提督ってヤツらは俺の百倍以上の妖精さん達に取り憑かれるんだろ?
無理ゲー過ぎんじゃん。
その一点だけは尊敬するわ。
はぁ……とため息を一つ。
腰を上げ、ジャングルを眺める。
「…………この奥かぁ……」
クアーーーーッ! クアーーーーッ! という鬼気迫る鳥の声。
キュイーッ! キキキキキッ! キャッ! キャッ! キャッ! というなんか獣っぽい鳴き声。
……やだなぁ。
スゲェ虫とか蛇とかいそう。
何で俺は半袖なんかで来ちゃったんだ。
蜘蛛とかも嫌いだし……現代っ子なんだよ俺は。
俺は嫌がる心にムチ打って、頬を張って気合いを入れる。
「よしっ…………行くぞ、妖精さんズ」
「いくぜいくぜー♪」
「しゅっぱーつ♪」
「ていとくさんをおまもりしろー」
「りんけいじんをくめー」
またもどこから取り出したのか、一瞬でヘルメットと迷彩服の姿に変わった妖精さん達が、手に手に小さなナイフを持って押しくらまんじゅうのように俺を囲んだ。
「いや動けねぇよ」
とにかく、飲み水と食料の算段さえつけば死ぬことはあるまい。
猛獣的なモノも怖いが、一応妖精さん達が護衛してくれるみたいだし……いや不安しかねぇな。
内心の恐怖をおし殺して、密林に向けて一歩を踏み出す。
この後にはいよいよ艦娘作りが待ってるんだ、これくらいで怖じ気づいてられるかよ……!
※おっぱいスライダー
昨今の、キャラクターメイクシステムを実装した3Dゲームの中には、身体の各部位のサイズをある程度自由に設定できるモノもある。
大抵の場合、各部位の摘まみを左に動かせば小さく、右にスライドすれば大きくなる。
これ以上の説明は要らないよね。
なお、言うまでもなく艦これにそんなシステムは無いです。