「マジで死ぬかと思った……!」
沢の水で洗ったTシャツを固く絞り、腕を通す。
まだ心臓がバクバクしている。
今生きているのが不思議で仕方ない。
いったい何だったんだ今の……?
「あいつはわれわれのらいばるなのです」
「いちじきゅーせんちゅう」
「つぎこそはせなかにのってやるぜ」
「二度と会いたくねぇ……」
@@@@@@@@@@
あの後、俺と妖精さん達は、日が昇るにつれてどんどん気温が高くなる密林の中を、汗だくになりながら掻き分けるように進んでいた。
意外にも妖精さん達は優秀で、トゲのある細枝や、触るとカブれるようなチクチクした蔓草を器用に切り払い、ヤバげな虫や蛇の類いも見つけ次第、やー! とか、そこだー! と、小さなナイフで確実に仕留めてくれたのだ。
伊達にこんな無人島(まだ確かめてないけど、多分そうだろもう)で何年も過ごしていないな。
惚れそう。
ただ、仕留めた獲物を自慢げに見せびらかさないで欲しいっす。
猫かおのれらは。
聞けば、妖精さん達は時々このジャングルに分け入っては、鳥や鹿などの動物を仕留めてゴハンにしていたらしい。
やだ、めっちゃ男らしい……でも君達、確か食事無くても大丈夫なイキモノだよね?
以前気になって実家の妖精さん達に聞いたら、「しゅしょくはらう゛です」「もっとあいをぷりーず♪」とか言ってたし、実際時々冷蔵庫の中身とか買い置きのお菓子を盗み食いする位で、食事らしい食事はほとんどしてなかったハズだ。
食わんでイイならわざわざ俺の家計を圧迫するような事しないで欲しい。
つくづくヘンな生き物だ。
そんなこんなで優秀な狩人妖精さんに守られつつも、暑さと湿気でサウナのようになっている密林の中をざっと30分はさ迷い、全身が汗と泥と擦り傷だらけになった所で、俺達はようやく水場にたどり着いたのだった。
「つきました」
「ていとくさん、いずみですよいずみ」
「こんどこそのみほうだいです」
「よくついてこれたなしんまい」
「よくやった。うちにきてわたしをふぁっくしていい」
「そんなことよりなでろー」
「ゼェ……ハァ…………や、やっと着いた……水だ…………ホントにあった…………!」
道なき道を散々登ったり下ったりして、やっとの思いで密林の中に開けた岩場と、そこを流れる小さな小沢を見つけた。
俺達の立てるガサガサという物音を聞いて、水場に群れていたイタチのような小動物達や小さな鳥なんかが、バッ、と散り散りになって逃げて行く。
ほんの数メートルで地面に染み込んでいってしまうような小さな川だが、確かに水だ。
岩場には青々とした苔がむし、細い流れがチョロチョロと涼やかな音を立てている。
少し高くなった所はごく小さな泉のようになっていて、透明に澄んだ水底の砂が所々ポコポコと踊っている。
湧き水が吹き出しているようだ。
「よくやった……よくやったな妖精さん! ほれ、こっちこい、撫でたる」
「おほー♪」
「なでぽなんかにわたしはまけうわー」
「ようせいさんをだめにするおててだー」
「もういっかい! もういっかい!」
わらわらと群がる妖精さん達をおざなりに撫でくり回し、泉の前に進む。
コラ、お前はさっき撫でたろうが。
ツインテ、オメーに至っては頭の上でずっと寝てたろ!
こんこんと涌き出る泉の水面に、そっと手を差し入れる。
「おっほ、冷たい!」
かなり深い所から涌いているのか、こんな灼熱の密林の中なのに、ヒヤッと冷たい水に驚く。
早速……と両手で水をすくい、口許に近づけて――――
「…………そういや、生水はなんたらっ……て聞いた事あったな……」
子供の頃など、田舎に遊びに行っては川の水をガブガブ飲んだり、浮かんでるクレソンを無駄にちぎって食ってみたりもしたが……。
ここはジャングルだ。
クッソ忌々しいコトに、ジャングルだ。
地球のどことも知れないこんな無人島で、名前もわからんような細菌とか寄生虫に、デリケートなポンポンを痛くされるなんて事態は避けたい。
俺はおもむろに、俺の背中にしがみついて肩越しに泉を覗き込んでいたツインテの軽~い頭をむんずと鷲掴んだ。
そのまま、およよとか言ってるツインテを目の前に持ってくる。
「なんだとうとうわたしにこくはくするきになったか?」
俺に見つめられ、ウルウルした目でたわけたコトを抜かすツインテに、良~い笑顔で命令する。
「おいツインテさん。お前今日は全然働いてないよな?」
「いやされるでしょ?」
頭を掴まれたまま、頬に両手を当ててくねくねするアホ妖精。
うん、コイツに遠慮はイランな。
「提督命令だ。お前にこの泉の水質調査を命ずる。しっかり調べてこいよ?」
そう言うと、ツインテはドヤ顔でビシッ、と敬礼を決めた。
頭鷲掴みにされてるクセに。
「おやすいごようさだいとーりょー♪」
「ニッポンに、プレジデントは~……、居ねぇーよっ!!」
俺は軽く振りかぶってから、泉の真ん中にツインテ妖精を放り投げた。
「おーー♪」「いーなー」と周りの妖精さん達がきゃいきゃい騒ぐ。
「あばよーとっつあーん♪」
ツインテはご機嫌な台詞を叫びながら、空中でくるくると回転しながら光を纏い、狙い通り泉のど真ん中に、ちゃっぽーんっ、と着水した。
しばらくして浮かび上がってきたツインテは、さっき一瞬で衣替えしたのであろう紺色のスクール水着で、元気に背泳ぎを始めた。
胸の名札にはご丁寧に『ついんて』と書いてある。
お前はそれでいいのかツインテ。
「おーい、どうだ。飲んでも大丈夫そうかー?」
「ゆがみねーぜ」
大丈夫なようだ。
大丈夫ってコトだよなそれ?
俺は安心して泉に手を突っ込もうとして、
「わくわく」
「どきどき」
「そわそわ」
「ええい、うっとうしぃわあっ!!」
「きゃーーっ♪」
またも行儀良く並んで期待の眼差しを投げ掛けてくる妖精さん達を、まとめて水中に叩き込んだ。
ちゃぽぽぽーん♪ と立て続けに上がる小さな水柱。
妖精さんプールと化した泉で、スクール水着の姿でキャッキャと遊ぶ妖精さんズを無視して、ようやく念願の水を口に運ぶ。
「っ、……っウマーーーいっ!」
ヒンヤリと冷たくて、臭いも無し。
最高にクリアな湧き水だった。
夢中になって水をすくい、ガブガブと飲みまくる。
「ふおぉぉ、染みるぅーー…………っ!」
そのまま顔を洗い、頭にまで水を被る。
服までビショビショになるが、それすら気持ちいい。
グシャグシャのTシャツを脱ぎ捨て、ズボンも脱いで、泉から流れ出す沢でガシャガシャと洗う。
昨日からずっと塩や砂でザラザラしていたのが、やっとスッキリした。
勢いでパンツにまで手を掛けた所で、妖精さん達の騒ぎ声がちょっと静かになっているコトに気づく。
顔を上げる。
「どきどき///」
「とつぜんのすとりっぷ」
「ぬげー♪ ひゅーひゅー♪」
「わたしたちはきにせず」
「つづけてつづけて」
「……なんか嫌だな。別に良いけどジロジロ見んなよ?」
こんな二頭身どもに見られた所でどうという訳でも無いが、なんかムカつくなコイツら……。
俺は一思いに全裸になると、脱いだシャツをタオル代わりに全身をこすり洗っていった。
「うひょー」
「こいつぁすげぇや」
「たまんねぇぜ」
「さすがていとくさんだ」
「まっててよかったです」
「ふっふっふ、わたしのみつけたていとくはすごかろう♪」
うるさいな……ってか、俺の裸なんか見てナニが面白いんだろスケベ妖精どもめ。
キラキラした顔で歓声を上げ、ぷひゅー、ぴひょぉぉーっ、とヘタクソな指笛を鳴らしている。
実家のヤツらといい、妖精さんってやっぱりよく分からん。
しかし次からはタオルを持ってこないと……。
空いてるペットボトルも持ってくるべきだったし、やっぱり寝起きは頭が回らんな。
洗った服を、ぎゅぅぅぅーっと絞り、再び着こんでゆく。
この暑さだ、どうせすぐに乾くだろう。
妖精さん達が口を尖らせてぶーぶーとブーイングを飛ばしているのをBGMに、湿った冷たいズボンに足を通しながら、これからの事を考える。
取り敢えず、飲み水の確保は出来た。
後は食料だが、ここの妖精さん達は実家のゴクツブシどもと違って優秀で狩りができる。
周りは海な訳だし、コイツらなら魚くらい簡単にとってこれるだろうし、こんなにわさわさと木々が繁ってるんだから、どこかしらに食える果物的なモノくらいあるだろう。
毒味も妖精さんがいれば安心だ。
ここがどこで、本当に無人島なのか、家には帰れるのかとかも知っておきたい。
これも妖精さん達に訊いたり、確かめて貰えば良さそうだ。
コイツら普段歩いてるけど飛べるしな。
…………。
……………………。
………………………………あれ、なんか全部妖精さんだよりじゃない?
今の俺、スッゴくヒモっぽくない……?
もうちょっと位、妖精さん達に優しくしてやった方が……いやいやイヤ、俺は提督! 提督なんだから、俺の仕事は艦娘の指揮じゃんか!
こういう雑事は下のモンの仕事なんだから、俺が取っちゃダメだよな!
ってか、そうだよ艦娘!
取り敢えず飢えて死ぬって事はなさそうだし、艦娘作らないと!
ナニが悲しくてこんな色気もへったくれもない妖精さん達とキャッキャウフフしなきゃならんのか。
理想のおっぱい艦娘ハーレムを作るためじゃないか。
危うく自分の目的を思い出した俺は、ズボンのベルトを締め、シャツを手に取って固く絞りながら妖精さん達に声を掛ける。
「おーいチビども、そろそろ帰るからまた俺の先に立って――――」
そして、シャツをパンパンと広げながらふと顔を上げ――――
金色の瞳と目が合った。
「――――っ、ぃ!!?」
バシャバシャっ! と、妖精さん達が素早く水から上がり、俺を囲うように陣取る。
岩場の端。
泉を覆うように生い茂る密林の、そのすぐ出口。
深く繁る下生えと、密集する背の高い草の中。
暗い木々の隙間、胸の高さ辺りにぼうっと浮かび上がるように並んだ、二つの瞳。
グルルルルルルルルルルル…………
背筋が凍りつくような低いうなり声。
ゾワゾワゾワ~~~ッ、と、全身の毛が逆立つ。
まったく動けない。
背中に冷たい汗が流れ、今しがた潤したばかりの喉がカラカラに渇く。
ソイツは、しばらくの間、ジッ…………っと俺を睨んだあと、フッと顔を逸らし、音も立てずに姿を消した。
……………………。
「っハァーーッ! ハァーーッ! ハァーーッ…………!」
な、なんだったんだ今の!?
むっっっっっっっちゃくちゃ怖かったぞ!!?
俺は、いつの間にか握りしめていた手のひらをゆっくりと開いた。
見れば、真っ白になって、痛々しい爪の跡がついている。
「むむむ、もうていとくにきづいたですね」
「かんのいいねこです」
「いつかつるしてやるのです」
ね、猫!?
あれ、猫なのか!!?
緊張を解き、気の抜けるような声で口々にしゃべる妖精さんに、思わず全身の力が抜けた。
そうして、話は冒頭に戻る。
@@@@@@@@@@
「もう二度とこんな森入らんぞ……!」
その後、すっかり玉の縮み上がった俺は、へっぴり腰になりながらやっとの思いで鎮守府(廃墟)に帰って来た。
「あれ絶対クロヒョウかなにかだって……あれがニャーンって面かよ、食われるかと思ったぞ……」
艦娘のかの字も無い内から、深海棲艦でもなんでもない厳ついネコに食い殺されるとか、洒落になんねぇから!
「だいじょーぶ」
「あたしがついてるじゃない」
「つぎこそぺっとにしてやる」
「つかまえたらちんじゅふでかってもいいです?」
「ダメっ! ゼェ~ッタイにノゥ! お兄さん、許しませんからねっ!?」
あんなモンをイヌネコのノリで連れてこられたら、命がいくつあっても足りない。
俺がエサになる未来しか見えんわ、アホか!
司令室に戻って一息ついた俺は、リュックサックから取り出したカロリーメイトをモソモソさせながら、今も命がある事をどこかにいるであろうフリーターの神に感謝した。
「ていとくさん、つぎはなにするです?」
ほっぺたをあめ玉の形に膨らませたツインテが、俺の膝の上からモゴモゴした声で問いかけてくる。
「せっかくだからわたしはこのあかいあめをえらぶぜー」
「れもんあるれもん?」
「あまーい♪」
「やっぱりできるていとくはちがうぜ」
オメーら、食うもんだけはしっかり食いやがって……。
一人一個だぞ。
「次な、次…………そうだよ!」
バッと勢いよく立ち上がる。
ツインテが楽しそうに転がって行く。
「艦娘だ! 作るぞ艦娘! もう、すぐ行こう今行こう、ほれ、立った立った!」
俺の号令に、ほっぺたの片っぽを丸く膨らませた妖精さん達がぴょんと立ち上がる。
……、あ、テメー両方膨らんでるぞ返せ!
「やーん、かんせつきっす♪」
「ていとくさん、わたしのも! わたしのもなめていーのよ?」
バキッ、とあめ玉を噛み潰しながら、こーしゃ……こう、こーしょう? コウショウに向かって足早に歩く。
とにかく艦娘だ、この鎮守府には艦娘が足りない!
ちゃっちゃと俺好みのおっぱいの大きい艦娘を作って、甘え倒さなければ!
記念すべき最初の艦娘。
スライダー、どれくらいにしようかな……。
F……いや、ここは自分に正直に、G、いや、Hかな?
うへへ。
俺はまだ見ぬ艦娘の姿を妄想しながら、妖精さん達と一緒にコウショウに向かった。
出た! 妖怪ネコ吊る――――なんだあのネコ!?