妖精さんと連れ立って庁舎を出て、腹立たしいくらいの日照りの中、レンガの廃墟を横目に坂を下って歩く。
途中、やたらデカい石がゴロゴロしていると思ったら、どうやらこの坂道には昔、階段があったようだ。
一番下に数段、崩れかけの段が残っていた。
何処を向いても廃墟ばかりで、うんざりする。
背の高い雑草を掻き分けながら埠頭へ向かい、額の汗をぬぐいながら背の高い建物を見上げる。
「フゥ…………いちいち移動が大変なんだよ……よし、コーショウだコーショー! 艦娘! 作れるんだよなココで?」
身体を屈めて妖精さん達に念を押す。
ここまで来てできませんとか、許されざるよ。
「もちろんです」
「ぷろですから」
…………あれ、不安になってきた。
大丈夫だよなぁ……?
コウショウなる場所の入り口から、内部を覗き込む。
ガランとした建物だ。
倉庫のような薄暗い空間に、屋根の穴や剥がれた壁の隙間から光の柱が斜めに射し込んでいる。
重そうな鉄の扉は内側に倒れて、デカい錆のカタマリみたいになっていた。
ゴクリ、と唾を飲み込んで、妖精さん達と一緒に中に足を踏み入れる。
潮の臭いに混じって、鉄と、油と、何か腐った池のような臭いが鼻につく。
思わず顔をしかめる。
「うーん……なんかこう、工場って感じの臭いだな。海辺の」
っていうか、丸っきり海辺の工場そのままだったわ、バカか俺は。
かわいい艦娘を作る場所、と聞いていたせいで、何故か勝手に女の子の部屋のような、甘い匂いでもする空間なんじゃないかと思っていた。
女の子の部屋入ったコト無いけど。
「ひさびさのこーしょーだー」
「うでがなるぜ」
「れっぷうつくろうれっぷう」
「ぺんぎん……」
頭の上のツインテ以外が、待ちきれないとばかりに飛び出してあちこち走り回る。
俺だって待ちきれないってのに、コイツらは……。
コウショウ内を見回してみる。
中に入ってみると、外から眺めるよりずっと大きく感じる。
体育館の半分くらいの広さで、三階建てくらいの高い天井から、割れた電球がぶらんと垂れ下がっている。
坂の上から覗いた時に見えた小さなクレーンは倒れて捻じ曲がったただの鉄屑と化し、壁際に一つだけ置かれたコンテナはこれまた錆びて穴だらけで、空っぽの中身をひしゃげて開きっぱなしになった口から覗かせている。
隅にはゴミのようなモノが小さな山を作り、割れた窓から吹き込んだ雨で真っ赤に錆びて、床に大きなシミを作っていた。
そして、真ん中辺り。
足音を少し反響させながら近付く。
部屋の中央には、床のコンクリを長方形にくりぬいたようなプールが、間を空けて二つ作られ、緑と赤の混ざったドブのような色の液体で満たされていた。
ぷぅ~ん……と、立ち上る、生臭さと
頭の上から、ウキウキとした声が降ってくる。
「けんぞうようどっくです」
ぴょん、と飛び降りて、てててっとプールの脇まで駆け寄ったツインテが、満面の笑みで振り返る。
「ここでかんむすをつくるのです」
いやムリだろ。
@@@@@@@@@@
やっぱりだよ。
妖精さんの『任せろ』は基本真に受けちゃダメだって、あれほど、あれほど痛い目を見たのに俺と来たら……!
膝から崩れ落ち、さめざめと涙を流す俺を心底不思議そうな目で見てくるツインテ。
「どうしたていとく。おなかいたい?」
「……お前、このエグいドブみたいなんは、これで正解なんか……?」
俺は四つん這いのまま顔を上げ、名状しがたい汚水のようなモノを指差した。
「…………」
俺と一緒になって、しげしげとプールを覗き込むツインテ。
こぽっ、とガスが浮き上がり、辺りに鼻が曲がりそうな異臭を撒き散らす。
ぷい、と壁の方を向き、偉そうに腕を組む色白ツインテ妖精さん。
重々しく口を開く。
「……じゅうのじゅう、ばんぜんとはいいがたい」
「百ねぇよ!」
なんだこの臭いは!
田舎の畑に置きっぱなしになった肥溜めの風呂桶みたいになってんぞ!?
「だいじょうぶ。いけるいける」
すすす……とプールから遠ざかりながら、ツインテが言う。
おい……分かってんのか?
艦娘。
俺の記念すべき艦娘第一号だぞ?
どんなに可愛くても、ドブみたいな臭いしてたら台無しだよぉー!?
「ようせいさんうそつかない」
自信満々に胸を叩くツインテ。
……うわぁ、不安。
「…………まあイイや。できるってんならやって貰おう。……ちなみに艦娘ってどうやって作るんだ? できるまでどれくらいかかる?」
俺はできるだけおぞましい水溜まりに目を向けないようにしながら、ツインテに問いかける。
情報統制の厳しい艦娘関係の情報だが、人類の平和を守る大切な仲間として、その姿や名前なんかは多少、公開されていた。
かつての大戦で戦った艦艇の魂を持つ、艦娘という者達。
彼女らは、ネットやテレビのニュースや特集なんかを見る限り、人間とまったく変わらない姿をしている。
見た目の年齢は、下は女子小学生くらいから、上は妙齢のお姉さんまで幅広く、例外なく美人美少女だ。
艦娘達と毎日ちちくりあって、その上莫大な給料まで貰える。
そんな、提督という存在を初めて知った時、俺はソイツらが若くしてハゲるよう心底呪った。
とにかく、そんな人間みたいな生き物を作る訳だから、俺はてっきりSFちっくな透明な筒でもあるんじゃないかと思っていた。
その中にそれっぽい蛍光色の液体が満たされてて、ソイツに妖精さん達が妖精さんパワー的なナニかを注入して、パソコンをカタカタ操作すると艦娘が誕生する、そんな想像だ。
しかし、目の前にあるのは四角い肥溜め。
……ちょっとここから女の子が出てくる絵が浮かんで来ないんだけど。
「ざいりょうがあればいっしゅん」
「もってきたー」
「このときのためにあつめておいたのさ」
「じゅんびおっけーです♪」
「しじをくれあいぼー」
ツインテが何でもないように答えると、いつの間に集まっていたのか、コウショウ中に散らばっていた妖精さん達がプールの回りに集まっていた。
それぞれ手にスパナやらバールやら金槌やらの工具を抱え、丸わ、と書かれた黄色いヘルメットを被っている。
またぞろ何処から取り出したか知らないが、人間用のサイズなのでやたらデカく見える。
それどうみたってお前ら自身より重くないか……?
まあ何時もの事か。
「……何だか良く分からんが、良し、やれ!」
俺の投げやりな指示に、妖精さん達が元気良く、おー♪ と工具を突き上げた。
七匹の妖精さんに、ツインテが指示を飛ばす。
「こうざい、いれろー!」
すると、妖精さんズは一斉に飛び出すと、ガラクタの山に突入した。
「お、おおっ……スゲぇな……」
そして、何だか良くわからない機械の残骸に工具を突き立て、テキパキと解体していった。
バキッ! メキメキ……ッ! ベコッ! ギィコギィコ……! カラン!
いったいどんな不思議パワーを使っているのか、大の大人が寄って集っても手こずりそうな鉄屑の山を、あっという間にバラバラにしてしまう。
「どんどんはこべー」
「なげこめー」
そうしてバラしたそばから頭の上に持ち上げてプールまで運び、ポイポイと水の中に放り込んでゆく。
「うわぁ、ゴミを捨ててるようにしか見えん……」
そうやって錆の塊のような鉄屑をある程度入れた所でツインテからストップがかかる。
「ねんりょう!」
「あいさー」
「ねんだいもののねんりょうだー」
すると、今度は隅っこに寄せてあったバケツを、チャプチャプと運んでくる。
覗いてみると、真っ黒でドロドロした謎の液体が満たされていた。
あの汚水の横にいてなお鼻に突き刺さるような、強烈なオイル臭がする。
「…………コレナニ?」
「ななじゅうねんまえのがそりんです」
「くるまからこっそりぬきとったです」
「だいじにとっときました」
……それはもう果たしてガソリンなのか?
一万回使った後の天ぷら油とかじゃないよな?
俺の心配をよそに、妖精さんたちは口元にハンカチを巻いて、腐ったガソリンを注ぎ込む。
いよいよプールの中が地獄めいてきた。
「ぼーきもいれろー!」
次の指示に、妖精さんが残ったガラクタの中から黒くて丸いモノを転がしてきた。
「今度はなんだ……? ぼーき?」
「ぼーきさいとです」
「ああ、ボーキサイト……何だっけ、アルミ…………には見えねぇなソレ」
妖精さんが転がしてきた黒い塊は、趣味の悪いパックマンみたいなボールだった。
口らしき部分の乱杭歯っぽいデザインとか超ロック。
ちょっと欲しいかも。
「何だコレ。オモチャ? コイツは錆びてないんだな」
良く見ればちょっと愛嬌がある。
司令室に飾っちゃダメかな?
「まあぼーきはぼーきです」
そう言って、地獄の釜に投げ込まれる黒たこ焼き。
ああ、もったいない……。
「いっこじゃたらんぞー」
ツインテがいつの間にか取り出した長い棒でプールをかき混ぜながら、ハンカチ越しのくぐもった声で言う。
「そんなー」
「それしかないです」
「うみでひろった」
「ええっ!? それじゃ、艦娘作れないってコト? ウッソだろお前ここまで来て……!」
「かくなるうえは」
俺が悲痛な声を上げると、妖精さん達はそう言って、一斉に天井を見た。
「…………?」
つられて上を見る。
トタンが剥がれ、屋根に空いた四角い穴からまぶしい光が降り注いでいる。
「…………、あれがどうし――――」
天井。
屋根。
穴。
残ったトタン。
ボーキサイト。
「――――あれ、ひょっとしてアルミか?」
@@@@@@@@@@
妖精さん達が、バラバラにしたアルミ板をプールに投げ込む。
「まさか修理どころか解体するコトになるとは……いや、コレもすべてはおっぱいのため。いたしかたない犠牲だ……!」
天井の、一回り大きくなった穴を見上げて呟く。
艦娘一人生み出すだけでこれとは、いよいよドツボに嵌まってきた気がする。
もう絶対、失敗しちゃった♡ じゃ許されんぞ。
「なあツインテ。そろそろ出来そうか?」
「あとはだんやくです」
だんやく……まあ、弾薬だろう、たぶん。
…………って、そんなもん一体どこに――――
「ここにあるぞー!」
俺が口を開こうとした瞬間、入り口のほうから妖精さんの声が響いた。
振り返ると、赤髪お下げの妖精さんが、ロープでナニかを引っ張っている。
なんかさっきから見かけないなと思っていたが、そんなもんを持ってきてたのか。
お下げが持ってきたのは、古びた木の箱だった。
鑑定番組で見たコトがある。
たしか長持とかいう衣装箱だこれ。
「あけてあけて」
お下げに急かされて開いてみると、辺りにホコリっぽい匂いが広がる。
「おおーー」
「とうとうこのときが」
「きてみてー」
「ケホッ……なんだ、コレ…………おお」
中に入っていたのは、茶色いボロ布……ではなく、軍服だ。
広げて初めて分かった。
煤けたボタンには、桜とイカリの意匠が見てとれるし、肩には肩章とかいうのがついている……階級は分からないけど。
脇には、軍帽やサーベル、剣帯や靴まで入っている。
「すごいな…………これ、ずっととって置いたのか?」
そう問いかけると、島にいた妖精さんズが誇らしげに胸を張った。
「そうか、これ、元々は白なんだ……何年ほっといたらこう…………っと、ナニすんだお前ら!?」
俺が軍帽を手にとって眺めていると、妖精さんが二人がかりでジャケットを持ち上げて、俺の肩に掛けた。
「おほー♪」
「ていとくかっこいい!」
「おとこまえ!」
「すてき」
「だいて♪」
「きゃー♪ きゃー♪」
「そ、そうか……? ったく、お前らも調子のいい……♪」
やんややんやの大喝采に、内心満更でもない。
べ、べつにお前らみたいな謎生物に誉められたって、嬉しくなんかないんだからねっ!?
提督なのに何時までもTシャツ姿じゃ、これから会う艦娘にカッコがつかないから仕方なく、そう仕方なくなのだ。
調子に乗って手に持った帽子を被ってみると、妖精さん達はいっそうキラキラし始めた。
「ん、ゴホンッ…………まあ、俺は提督な訳だから、何もおかしくはないよな。後で一回洗濯してみるか……無駄だろうけど……お?」
中に入っていたコートを持ち上げると、長持の一番底に、赤く錆びた小さな拳銃が一丁、静かに横たわっていた。
「おお……ピストルだ……初めて触ったわ」
持ち上げてみると、ひんやり冷たく、思っていた以上に軽い。
マンガとかドラマなんかでよく見るのとは、だいぶ形が違う。
「あ」
少しいじくり回すと、上のスライド部分が、パキッ、と外れてしまった。
カラン、と壊れたスライドが、長持の中に落ちる。
「あーあ……あ、これ」
「だんやくです」
薬室に、一発の弾丸が。
傾けると、手のひらにコロン、と落ちる。
青錆びた真鍮の実包だ。
とても用をなすとは思えない。
覗き込んでも、他には一発も入っていない。
「…………え、まさか弾丸って……」
「それです」
「それだけです」
「いっきゅうにゅうこん」
マジかよ……。