※主人公はアホです。
彼の語る知識には、しばしば重大な誤りがあります。
真に受けちゃダメだよ。
「ないよりましです」
ツインテはそう言うと、ぴょんっ、とジャンプして俺の手の上の銃弾をひょいと奪い、プールに投入する。
トプン……と、粘っこい音を立てて、青錆まみれの銃弾が奈落に沈んでゆく。
「……なぁ。ホントにそんなんで大丈夫なのか? 有り合わせでどうにかするしかないったって、限度ってモンがあるだろ……」
口元をハンカチで覆ったツインテが長い棒でかき混ぜる闇鍋を恐る恐る覗き込んで見ると、マーブル模様の水面で黒いたこ焼きがくるくる回り、ガラクタ同士が水中でこすれ合う、ガラン……ガラン……という鈍い音がくぐもって聞こえてくる。
……悪ふざけにしか見えねぇ。
「だいじなのはこれから」
疑わしげな目で見ていると、ツインテがそう言って続ける。
「ここにいのちをふきこみます」
命を吹き込む……?
なんだそれ、と思っていると、これまたいつの間に汲んできたのか、澄んだ液体で満たされたバケツを頭の上に掲げた妖精さんが走ってきた。
「もってきたぞー!」
「しんせんなかいすいだー」
どうやら、海の水を汲んできたようだ。
チャプチャプと揺れるバケツから潮の香りがする。
今度は海水を放り込むのか? と思っていると、プールをかき混ぜる手を止めたツインテが、てててっ、と俺の目の前に走ってきた。
身体をかがめた俺を見上げて、ピシッ、と敬礼して言う。
「こんかいはちょーせつやくれしぴです」
「? お、おう」
「できるのはくちく、がんばってけいじゅんです。なにつくるです?」
どうやら、どんな娘がお望みかリクエストが欲しいらしい。
そうは言っても、この惨状を見た後だとまともな女の子の形をしていてくれたら何でもいい気がする。
無事に産まれてきてくれるんなら、万々歳だ。
むしろ半液体のモンスターとか出てくるんじゃないか本気で不安。
「……あんまり、いや超聞きたくないけど、失敗したらどうなんの?」
「わたししっぱいしないので」
ふんす、と無い胸を張るツインテ。
うわぁ、スゲェドヤ顔。
「お前、この前プリン作ろうとしてスポンジみたいな卵焼き作ってたじゃん」
「…………」
てしっ! てしっ! てしっ!
はっはっは、コラコラ、向こう脛を蹴るんじゃない。
全然痛くないけど……あ、まて、その棒を近づけるなって!
しかし困った。
ツインテに釣られて、きゃっきゃ♪ と意味も無くじゃれついてくる妖精さん達を適当にあしらいながら思い出す。
自力で鎮守府を作ろうと思い立ってから、第二次大戦とか艦娘についてなど、一応色々と独学で調べてはみたのだ。
……主にwikiで。
水を掛けた覚えもないのに日に日に増えまくる妖精さん達と、血を血で洗う壮絶な格闘をしながら、睡眠時間を削ってまでの、涙ぐましい努力だった。
くちく、と言うのは駆逐艦、けいじゅんとやらが軽巡洋艦の事を言っているのだろう。
大した容量のない脳ミソに必死に詰め込んだ知識によれば、駆逐艦は魚雷を積んだ、ちっちゃい工作用のフネ……たしか魚雷艇だかを駆逐するために作られた小さめの軍艦で、巡洋艦は遠洋航海ができて、速くて強い軍艦、だったハズだ。
たしかそう、たぶん。
で、軽だから小っちゃい方の巡洋艦だ。
重巡洋艦とかいう、戦艦の代わりに作った大きい巡洋艦があって、その艦娘が大層
艦娘を題材にした創作には強い検閲がかかり、イカガワしいイラストなんかはアップロードされてすぐに削除されるのだが、それはそれ、世界に名だたるHENTAI民族ニッポン、
まだ一度も実物にお会いしたことがない高雄女史なる艦娘さんには、大変お世話になった。
いつか会ってお礼を言いたいモノだ。
で、駆逐艦は小学生みたいな見た目だったから、きっとみんなおっぱいが小さい。
うん、駆逐艦は無しでいいだろう。
……いや、なんか艦隊では大が小を兼ねないとかなんとか書いてあったから、いつかは作らなきゃならないんだろうけど、最初くらいはさ、ね?
「うーん…………その二種類しかダメ? 無理?」
「だーめ♪」
渾身の頭突きを受け止めつつ、ひょいっと顔の前に抱え上げたツインテに問いかけると、かわいらしくバッテンを作った。
まあ、正直こんな廃材鍋で艦娘を作れるだけ御の字だ。
贅沢は言うまい。
「じゃあ、軽巡で頼むよ。おっぱいは大きめでよろしく」
駆逐艦と軽巡洋艦。
たしか軽巡洋艦の方が大型の軍艦だったハズだ。
軍に公開された艦娘の画像から察するに、大型の艦艇ほど、艦娘になった時の見た目年齢や、おっぱいが大きい。
戦艦や空母なんかは、少ない情報ながら軒並みケシカラんプロポーションだった。
ここは少しでも大きめに作ってもらわないと……と、あれ?
「まかせろー」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! その、どうやんのかは分からないけど、今から艦娘をその、作る? 建造するワケだよね?」
勇んでプールに向き直ったツインテを、慌てて呼び止める。
俺は今、大変な事実に気づいてしまったかもしれない。
「うむ」
「その、今から建造するってコトはさ、ある程度形とか、大きさとか……その、調整、できるよね…………?」
艦娘は妖精さんが作る。
そう聞いて、それならば当然、その辺の調整はできて然るべきと思っていた。
しかしだとしたらおかしくないか?
駆逐艦は小さく、戦艦は大きい。
実にしっくりくる。
提督は超スーパーエリートだ。
勝ち組の家系に産まれ、幼いうちから蝶よ花よ酒池肉林よと育てられ、何一つ不自由なく、望めば何でも手に入るような人生を送ってきたような上級神民だ。
そんないけすかないヤツらが、さあ何でも自分の思い通りになる艦娘を作りましょう、そうなった時。
果たしてそんな普通の子を作るか?
(無い! 絶対無い!)
あり得ない。
イケメンエリートと金持ちは性癖が歪んでいると相場が決まっている。
ヤツらなら、嬉々としてロリ巨乳艦娘(わかりみ)や、長身絶壁艦娘(ありえん)を建造して侍らせたりするに違いない。
それどころか、デブ専やB専くらい居たって不思議では無いのだ。
そんな性的倒錯エリートが何人もいるのに、出てくる艦娘映像はすべて普通の美少女。
…………あり得なくないか?
はたして、
「うんそれむり」
不安は的中した。
現実は非情だった。
@@@@@@@@@@
さようなら、俺のおっぱいスライダー……。
短い夢だったぜ。
へたり込んで地面にのの字を書き始めた俺に、でもでも、とツインテが声を掛ける。
「すきなけいじゅんがいたらつくれるよ」
俺の書いたのの字に色々付け足して、床にへのへのもへじを描いて遊び出した妖精さん達から顔を上げ、ツインテさんを見る。
「いや……だって軽巡洋艦だろ? みんなそんな大きそうじゃないし……大体、名前ったってそんな覚えてねぇよ……」
あんなヒドい環境で、まともに暗記なんかできるワケがない。
なけなしの記憶域に入っているのは、大和とか蒼龍とか、お胸のご立派な方々ばかりだ。
軽巡ねぇ……ああ、たしか、なんか軍事用募金を呼び掛けるCMで、一人見た事あったような……。
「ナカチャン……とか、そんなんいなかった?」
「なかかー」
俺がボソッと呟くと、何を思ったのか、ツインテ妖精さんが海水の入ったバケツに小さなおててを、チャプッ、と突っ込んだ。
俺の見ている前で、目をつぶってムムム……と難しい顔をしている。
ナニやってんだこの子?
「ざんねん、おるすです」
「え、留守とかあんの?」
と言うか、そん中に居んの!?
「あー、じゃあイイや、ちょっと浮かんだだけだし……誰なら作れそう? もう、ちゃんと艦娘なら誰でもイイんだけど……」
俺がそう言うと、ツインテはうーんと少し唸った後、胸元から、ひょいっ、と白いチョークを取り出した。
「おかおおしえます」
どうやら、今建造できる娘の顔を描いて教えてくれるようだ。
懐かしのボロアパートにも散々落書きされたが、あの画力じゃせいぜい髪型くらいしか判断――――
――――待て、顔?
「ああ……ん? ちょっと待て、お前、産まれてくる艦娘の姿がわかんのか!?」
「ぎくり」
分かりやすく、しまった、と言う顔をするツインテ妖精。
慌てて見回せば、口に手を当てて、しー! しー! とやっていた妖精さん達が、目を合わせられた瞬間、そっぽを向いてヘタクソな口笛を吹き始めた。
「なんにもしらないですよ?」
「も、もくひするです」
「きょうはよいてんきです」
「からてのけいこが」
「はたけのようすが」
「にかいでものおとが」
「ええと……ちゅーする?」
おのれこの妖精さんども…………!
「おいこらツインテ、お前それが分かるんなら最初から胸のおっきい娘教えてくれたらイイじゃねーか!」
俺、ず~~~~………………っとそう言ってたじゃん!
コイツら分かっててずっと黙ってたな!?
「…………きょひけんをはつどうする」
きょ、拒否権、て……!
コイツら、まさかとは思うが、艦娘っぱいに嫉妬でもしてんのか!?
「いいぞー」
「われわれはけんりょくにくっしない」
「おっぱいはてきだー♪」
「ていとくはもっとわれわれをかまうべき」
「ちいさくてもいいじゃない」
「むしろいいじゃない」
「うわきはゆるさんぞー」
開き直って威勢を取り戻した妖精さんズが、デモ隊みたいな格好をして抗議を始めた。
ツインテを守るように密集して、『てっていこうせん!』と書いたプラカードを振っている。
ええい、小癪なぺたんこ妖精さんどもめ……!
「ていとくはたつたあたりがおにあいです」
俺が妖精デモ部隊とにらみ合って、ぐぬぬ……とやっていると、その隙をついてツインテが海水の入ったバケツを持ち上げた。
あ、コイツ勝手に建造しようとしてやがる!
「ストップ! ストップだ! いいか、提督命令だ、建造する艦娘は俺が選ぶ! 取り敢えずタツタとか言う娘は無し!」
絶対貧乳だろそいつ!
バケツを頭の上に掲げたツインテが、俺の命令にピタッと停止して、さっきの俺のように、ぐぬぬ……という顔で俺を見上げてくる。
「おのれひきょうな」
「おうぼうだー」
「ようせいさんぎゃくたいー」
「いじめはんたーい♪」
「でもていとくさんにいじめられるのはちょっとすきかも///」
「きゃー///」
コイツらは、秘密については絶対に口を割らない。
その代わりにか、俺が本気でお願いすると大抵の事は聞いてくれるのだ。
そこにつけ込むようでちょっとだけ心が痛むが、おっぱいに対する重大な背信行為だ、心を鬼にして掛からねばなるまい。
恨むなら、平らなる者として産まれた運命を恨むのだ……!
「……どうあっても、胸の大きな軽巡の名を吐く気は無いんだな?」
俺の念押しに、むん、と口をへの字に引き結んで答える
「………………教えてくれたら、一日中付きっきりで遊んであげよっかなぁー…………?」
「…………っ、むぐっ!?」
あっさり口を開き掛けたお下げの口を、回りの妖精さんが素早く押さえる。
ちっ、買収はムリか……。
「じゃあ、ツインテ。さっき自分で言ってた通り、今建造できる艦娘の顔を順番に描いて見せろ。その中から俺が選ぶ。それなら文句ないな?」
計らずも、俺が大きく譲歩したコトに安心したのだろう。
見るからに、ほっ、と肩の力を抜いた妖精さんたちが、いいよーと機嫌よく返事をした。
(掛かったな、アホ妖精さんが!!)
「まずはー……」
床に膝をついて、白いチョークでカツカツと顔を描き始めた妖精さん達を見下ろし、俺はこっそりとほくそ笑んだ。
何を隠そう、自称おっぱいマイスターのこの俺。
名前と顔さえ分かれば、そいつがどの程度のおっぱいの持ち主かおおよその予想をつけられるのだ!
顔だけなら大丈夫だろうという、迂闊な判断を後悔するがいい……お前らには、建造できても絶対におっぱい揉ませてやらんからな!
俺がそんな事を考えている内に、一人目を描き終わったらしい。
てんりゅーです、という声に下を見ると、どこか目付きの悪い、眼帯ショートカットの顔(いくつか全く関係ないイルカやペンギン等の絵もあった)が描かれていた。
(ふむ……つり目……ショート……気が強い艦娘かな? 天龍と言うカッコいい名前からして十中八九貧乳。眼帯とか姉御肌キャラなら、巨乳の線も捨てきれないが……?)
妖精さん達が描いた、思い思いの天龍似顔絵を見比べる。
(うん、なんか全体的に弱そうだ。つり目でヘタレならほぼ貧乳だろ。妖精さん達だって、開幕にいきなり巨乳軽巡をぶっ込んでくる勇気はあるまい)
「……パスだな。次」
すると、妖精さん達は目に見えてガッカリした表情をして、額を寄せ合い、作戦会議を始めた。
やはり、読み通り天龍なる艦娘は貧しき胸を持つ艦娘だったらしい。
フッ……所詮は妖精さん。
二頭身生物ごときの浅知恵で、俺を欺けると思うなよ?
「おつぎはいすずです」
次に描かれた顔は、つり目と大きなツインテールが特徴的な艦娘の顔だった。
「ほほう。なるほどなるほど、五十鈴、ね……」
二人続けてつり目。
明らかに俺を揺さぶりに来ている。
(が、甘い)
俺は笑いを堪えるのに必死だった。
(確かに、つり目のツンツンサバサバキャラとくれば、むしろギャップ萌えを狙った巨乳キャラこそ王道……! 二人続けてつり目とくれば、素人ならばどちらか片方は巨乳だと判断してもおかしく無い……が!)
コイツら、大事な要素を見落としてやがる。
俯いて考え込む振りをした俺に、そわそわを隠せないでいる(というか、口でそわそわ……と言っている)妖精さん達を盗み見る。
(ツインテール! コイツを組み合わせるとなると、話が別だ。つり目でツインテール、イコール貧乳! まさにテンプレ、常識、お約束だ! 日本に長く暮らしてマンガやアニメに親しんでいたら、ここで巨乳読みなんて万に一つもあり得んのだよ!! 間違ってたら木の下に埋めて貰っても構わないねっ! 策に溺れたな妖精さんども!)
それからたっぷり悩む振りをして、「パス」と告げると、妖精さん達はもはや隠すこともなく、「やられたー」と崩れ落ちた。
ふふ、悔しかろう。
しかし今さらのルール変更は認められん、大人しく次の艦娘を描くのだな!
「くまです」
くま。
熊? それとも、球磨か?
軍艦の名前の付け方から察するに、多分地名の方の球磨だろう。
白い線で描かれた似顔絵を見ると、やはりこれ以上、『つり目』という俺のステージで勝負するコトに分の悪さを感じたのだろう。
三連打のセオリーを破って、ジト目、あるいは、絵の感じから見るにタレ目の艦娘をチョイスしたようだ。
「球磨、か……」
じっ……と、似顔絵を見つめる。
ぱっつんヘアー、なのか?
そして長髪、エロゲみたいな長いもみ上げ、そしてやたら主張の激しいアホ毛。
(確かに少し、迷う所だな……)
幼さを感じさせるぱっつん前髪、ジト目にアホ毛とくれば、如何にもな貧乳ロリキャラを想像してしまう。
だが果たして本当にそうだろうか?
ヒントは俺を嵌めようとする妖精さんの、余計な一手にあった。
描かれた艦娘の口から、吹き出しで、くまー、というあんまりにもあんまりな台詞が描かれているのだ。
(正直……危なかったぜ、妖精さん……!)
たった、一言。
恐らく名前になぞらえて、幼さを強調する冗談として、くまー、という、あり得ないくらいにかわいい台詞を描いたのだろう。
(妖精さんの焦りに助けられたな……お陰で、可能性に気づけた。ぱっつんロングは、お嬢様キャラにも当てはまる特徴だ。そしてあざとい台詞から感じる、ふわふわ不思議ちゃんオーラ。球磨、という名前からも、大きなモノがイメージさせられる。典型的な、あらあらウフフ巨乳お嬢様キャラじゃないか!)
何でもない風を装い、そっぽを向いて口笛を吹いている妖精さんに、内心、舌を巻いた。
(なるほどな……危うく騙される所だった。前二人、天龍五十鈴は撒き餌だ。俺を油断させる罠だったんだ。簡単な引っ掛けを見破らせ、調子に乗った所で仕留める……! 普通、二回連続で貧乳とくれば、次は巨乳かも、そう思う。それが心理。当然の心の動き。僅かに働く疑念! だからこそ、普通ここに巨乳はあり得ない……貧乳を置いておくだけで、ノーリスクでミスを誘えるスイートポイント……! 巨乳で勝負する必要など、全く無いんだ……それゆえに、分かりやすいほどのロリ的特徴を持ったキャラ! ……自分たちが単純だという侮りの植え付け……! だめ押しの一手、不用意な、くまー、という台詞から不思議ちゃんの線を見抜けなければ討ち取られていた……妖精さん、侮りがたし……!!)
だが、勝った。
俺は妖精さんの巧妙な罠を見破ったのだ。
軽巡洋艦、唯一の巨乳艦娘は、不思議ちゃん系お嬢様キャラの、ぱっつんロングでアホ毛がチャーミングな球磨ちゃんでファイナルアンサーだ。
間違いない。
俺は、知らずに止めていた息を、ふぅーー…………、と吐き出した。
妖精さん達も、自分達の敗北を悟ったのだろう。
互いに肩を叩き合い、慰めあっている。
「さすがていとくさんです」
「きたいをうらぎらない」
「それでこそていとく」
「ほれなおしたぜ」
「けっこんしよ」
「させんぞー」
「まあ、色々あったけど……決めたよ」
俺は軍帽を深く被り直し、キメ顔で言った。
「俺の鎮守府の、一番最初の艦娘。軽巡洋艦、球磨。……妖精さん達、球磨ちゃんを建造してくれないか?」