優しい世界
シリアスと戦争描写は雰囲気だけ
※当パートは一人称の主観がお年寄りになるため、若干しんどい文体となっております
コンコンコン、と、重い
「お入り下さい」
秘書が開いた扉から、濃紺の第一種軍装に引き締まった身を包んだ壮年の男が入室し、執務机の脇に立つ私に向かって、お手本のような敬礼をして見せた。
「閣下」
「うん、話は聞いているよ……掛けたまえ」
返礼し、見るからに固い表情をした男に、楽にするようソファを勧める。
デスクからオフライン端末と厚い封筒を持ち上げ、自身も対面のソファに腰を沈めながら、男の顔色を伺う。
几帳面なこの男らしくもない事に、肩章はやや曲がり、袖口にも
随分と憔悴しているようだ。
秘書の入れるコーヒーの香りを吸い込みながら、今日は長くなる、そう思った。
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大本営。
深海棲艦と呼称する未知の敵性存在による、世界規模の制海権及び、一部制空権の喪失と、大洋の島々及び一部沿岸部への侵略行動。
これに対抗するため、艦娘、妖精さん、提督適正者の登場と対話、議会での200時間に及ぶ議論と世界的世論の変化を受けて、防衛省から独立する事となった海軍省。
ここは東京都某所、海軍省庁舎内に施設された、今世界防衛大戦の大本営、その長官たる遠山元帥の執務室。
飴色に磨かれた樫の一枚板に、世界地図とガラスの天板を埋め込んだ応接机を挟んで、濃紺色の軍服に各種略章を引っ提げた二人の年かさの男が相対していた。
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「報告書を読んだ。……随分と辛い戦いだったようだ」
口元に運んだカップから、一口、目の覚めるような熱さと苦味とを飲み込んで、背筋を伸ばしたままじっと前を見つめる提督――
「申し訳ございません、閣下……私の力が至らず――――」
「手痛い敗戦であった事は事実だ。……しかし、芳崎君に重大な過失は無かった、そう思うよ。……楽にしなさい、ここは軍法会議の場じゃあないんだ、提督」
大分
芳崎君は良くできた後輩で、信頼できる部下でもあったが、この男には防衛省時代から
地獄のようなコーヒーを一息に飲み干してとびきりの渋面を作る芳崎君に、静かに語って聞かせるように報告書を読み上げる。
「大破した旗艦長門以下、伊勢、蒼龍、赤城、神通、那珂がそれぞれ小中破した状況からの迅速な撤退指示、それによって貴重な主力艦隊である第一艦隊を全艦生還させた事は称賛されるべきだ」
「…………天龍、球磨、五十鈴、川内、夕立、島風が沈みました」
「彼女達が望んだ事だ」
私の言葉に、芳崎提督は膝の上の
敵補給線の分断と、北マリアナ海域の奪還及びそれに伴う防衛線の押し上げ。
今回の作戦は、本土の
数ヶ月に及ぶ危険な共同
深海棲艦は、過去に囚われている。
それは、ここ何年かの戦いを通じて確認された、確かな事実だ。
従って、大本営は
今回の作戦もまた、史実におけるサイパン島、テニアン島の戦いに学び、勝利した米軍の作戦に、今大本営が投入できる全戦力の補強を加えた作戦と相成っていた。
果たして、作戦はほぼ予想通りの推移を見せた。
まず、入念な準備の後、最年少にして唯一の女性提督でもある鹿屋の
其々の鎮守府に仲の良い姉妹艦娘が着任していた事も手伝って、見事な波状攻撃を披露した。
この時同時に、田井中大将とパラオの
この両作戦に依って北マリアナ諸島の戦力の釣り出しに成功した。
このタイミングで、パラオ泊地の南郷中将が伸びきった補給路を急襲・分断。
マリアナ諸島を出た戦力の分断に成功、以降は機動力を生かした
そして最後に、トラック泊地の芳崎大将率いる最大戦力に依って手薄のサイパン島を急襲、上陸。
敵戦力を一掃して、北マリアナ諸島における
それまでに至る作戦行動が全て
サイパン島を襲撃した時、予想通りの
そして弱々しい地上戦力を一掃し、サイパン島を完全に手中に収めた時、トラックで通信報告を聞いていた芳崎大将は、作戦成功に沸き立つ第一艦隊の歓声と、一発の砲弾の炸裂音を聞き――――そこで、通信が途絶えた。
同時に、トラック泊地庁舎に連続して響き渡る地鳴りの様な砲声と、立っていられない程の揺れ。
芳崎大将は倒れ来る書棚と滝のように降り注ぐ書類の中で、
フィリピン沖における海戦とハラスメント攻撃、北マリアナ諸島戦力の釣り出し、サイパン島の攻撃。
全てが読まれ、そして利用されていた事は明白であった。
フィリピン沖で戦端が開かれた時点で、北太平洋に点在する深海戦力が北マリアナ諸島のサイパン、テニアン
マリアナ戦力が
油断したサイパン島戦力に包囲攻撃を仕掛けると同時に、トラック東の深海棲艦基地から十分な戦力を投入、手薄のトラック泊地に飽和攻撃を実行したのだった。
『我々の手の内が読まれている』
最低限の防衛戦力としてトラックに残っていた艦娘達の必死の抗戦と、トラック泊地を放棄する事を即断した
最小の犠牲。
この戦いで、防衛に当たった五十鈴、島風が大破。
全力で後退する泊地人員と艦娘達を、殿に立って必死に守り、弾薬が尽きてなお敵陣を縦横無尽に走り回り、身体を盾にして雨の様な砲撃を受け続け、最後には其々敵主力艦に決死の体当たりを敢行、敵を巻き添えにしての凄絶な轟沈を遂げた。
トラックのムードメーカーであった両艦娘の轟沈を受けて暗く沈む鎮守府に届いたのは、サイパン島攻撃に投入したトラック最高戦力である第一艦隊の、パラオへの壊走さながらの全員生還の知らせ。
……そしてその撤退を助ける為に捨て身の覚悟で戦った第二艦隊の壊滅と、天龍、球磨、川内、夕立の轟沈報告であった。
それと時を同じくして、北マリアナ諸島深海勢力の戦力分断に従事していたパラオの南郷中将もまた、それまで弱々しい抵抗しか見せずに敗走していた敵補給戦力の突然の反転大攻勢に、少なくない犠牲を出した。
何せフィリピン沖海戦への補給部隊だと思っていた物が、実際は北マリアナ諸島の戦闘資源をほぼ全て保持していたのだ。
機動力に特化した強襲部隊では、犠牲を最小限にして逃げ帰るのがやっとの事であった。
こうして、四鎮守府の全戦力を投入した一大作戦は、少なくない資源の損失、トラック泊地及びその保有戦力の大半の喪失と戦線の後退、前線基地であるパラオ戦力の損耗という、悪夢の様な結果を残して終了したのだった。
「…………この敗戦は、
「
「……………………」
むっつりと黙り込んでやや俯いた芳崎君は、何時もより幾分か小さく、老け込んで見えた。
「…………私は」
絞り出す様に、芳崎君が震える声で呟いた。
目線の先には、テーブルの上の封筒、その口から覗く艦娘の登録証があった。
球磨型軽巡洋艦・球磨。
その眠たげな顔写真の下には、彼女の所属、戦歴、趣味、嗜好に至るまでが事細やかに記されていた。
その末尾。
『サイパン島の戦いに於て、友軍艦隊を守護し徹底抗戦。敵魚雷攻撃数十を以て大破、轟沈す。』
「私は…………自分が、情けない」
そう言った芳崎君に、私から掛けられる言葉は何も無かった。
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深海棲艦は、歴史から学び始めている。
先の作戦の失敗を受けて、それは最早疑い様のない事実だった。
彼女らは、先の悲惨な戦争をなぞらえるだけでは飽きたらず、
『深海棲艦は、
私が元帥の執務室を退室する直前、遠山元帥はそう
それが真実であるならば――――
(……なんと救いの無い事だ)
私はシガレットケースから葉巻を一本取り出し、吸い口を切って火を点けたまま、
それは最早、戦争の為の戦争だ。
決して終わることの無い恐怖と痛みと憎しみ、そして悲しみの連鎖。
ただ
(深海棲艦を根絶やしにするしか、この戦いの終わりは、無いんだろうか? 何処から来たかも分からない、彼女らの絶滅でしか……)
灰皿に置いた葉巻の、
『ドコマデモ……沈ンデ行ケ………………冷タク……深イ…………
深海棲艦には、人語を解する者がいる。
大本営会議の出席者しか知らない、最大級の極秘事項だ。
(このままでは遠からず、世界は水底に沈んでしまうのかも知れない。冷たく深い、憎しみの水底へと…………)
これが艦娘達にも補佐官達にも不評で、鎮守府では肩身の狭い思いをしていた。
「…………駄目だな。
彼女らを失って、些か神経質に成り過ぎていると自覚する。
……そう言えば、球磨君は特に葉巻が嫌いだった。
司令室で一度でも吹かした日には、決して部屋に近付かなかったものだ。
(私だけの責任では無い、か……)
天龍、球磨、五十鈴、川内、夕立、島風。
彼女らとは……いや、鎮守府にいた、全ての艦娘達ともか。
酷く年の離れた上官と部下、として、一定の敬意と信頼は得られていたと思う。
しかし、本当の意味で深く信頼し合えていたかと言えば……お互いに、何処か一歩踏み込めない、遠慮や
いや、確かにそうだったろう。
(もし……もしも、もっと彼女達の事を深く理解しようとしていれば、違った結果もあったのだろうか?)
それは重々承知している。
しかし――――
言葉を喋る、人形の深海棲艦。
あの、憎しみと悲しみに満ちた目と、震える声を思い出しながら、どうしようも無く、考えてしまうのだ。
深海棲艦が世界中で猛威をふるい始めてから数年。
未だ、民間の被害、
彼女らは、通商を破壊しても、決して一般市民を傷付けない。
船を沈め、飛行機を落としても、武力を持たない者は必ず命を助け、陸に戻す。
世間が、世界的な戦争の中で、表面上は至って平和に過ごせている理由だ。
心の中で、
君達は一体、何の為に産まれて来たのか、と。
つまらなすぎて読み飛ばした人向けまとめ
・イケメンボンボン提督なんて存在しなかった
・そもそも艦娘は無条件に提督を信頼なんてしない
・球磨ちゃん他、いっぱい沈む(どうせ助かる)
・深海勢めんどくさいかまってちゃん説