鬼人のヒーローアカデミア   作:黝 証呂

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修行編は三部構成になりそうです。

それでは10話、グダグダっとどうぞ。


10.少年少女の強化合宿(中編)

 ー ヂャラン ー

 

 軽く持ち上げただけで重量のある音を立てる鎖。

 それを手にしている月華は、反対の手で鎖を順番に撫でていく。やがて繋げられた一本の鎖の一番端でその手は止まる。

 

 そこから先は無く、代わりに黒く焼け焦げた跡と強い力で砕かれた形跡があった。

 

「デザインが気に入ってたんだが、やはり脆いか…ふん。今日は、昨日とは違うオシャレ用を着けるか」

 

 月華は壊れている鎖を床に放り、壁にいくつも掛けてある鎖のうちの一本を手に取った。

 

 そしてそれを片手に部屋を出て廊下を歩く。

 

「………………」

 

 現在時刻は午前4時。

 空は青くなり始めているが、太陽はまだ顔を出していない時間帯。

 中庭に面した廊下を歩き、ある部屋の前で足を止めて襖を開ける。

 

 その部屋の中では、3人の高校生が布団を敷いて眠りこけていた。

 

「おぉおぉ、グッスリくたばってるじゃねぇか。まだ寝かせてやりたい気もあるが………………」

 

 月華は先程選んだ鎖で自分の髪を纏めてポニーテールにする。

 そして一言「よし」と呟くと、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

 

「起きなガキども‼︎朝食の時間だ‼︎」

 

「ッ⁉︎」

「ひゃわっ‼︎」

「んぁ〜………」

 

 爆豪は肩をビクッと震わせ、緑谷は声を上げて跳ね起きる。

 そして夜々は鬱陶しそうにゆっくりと上半身を起こした。

 

「婆さん………あと10分」

 

「ダメだ待てねぇ。ここの朝が早いのは百の承知だろ⁉︎5分後には席に着け」

 

 仕方なく夜々は這いずるように布団から出る。

 爆豪はデカイ欠伸をしながら立ち上がり、緑谷も眠気を堪えて布団から出た。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 夜々を先頭に朝食の席に着くと、少し遅れて月華が朝食を運んできた。

 白米に味噌汁、焼き魚。よくある日本の朝食セットである。

 

「うまうま」

 

「夜々は相変わらず食うな。男どもも足りなかったら言え」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「…うす」

 

 そこへ、ここの家主である夜々の祖父がやってくる。

 襖を開けた時点では顔が見えず、襖のハマっている枠をしゃがんで潜り入室する。

 一欠片の笑みのない彫りの深い顔…その顔の額からは二本の角が生えている。緑谷と爆豪が並んで座って比べても、この老人の方が横幅があった。

 

 彼の名は()() ()()()。夜々の祖父である。

 

「おはよう」

 

「おはようございます!」

 

「………………」ペコリ

 

「爺さんおはよー」

 

 腰を下ろしただけでも床を通して振動が伝わってきた。

 

「よっちゃん」ヒソヒソ

 

「なんや?」

 

「その………酒呑 童子って………あの」

 

「気になるか。(いず)の字」

 

 夜々に耳打ちしたにも関わらず、本人が口を開き目を向ける。

 本人は怒っているつもりなどないが、初見の緑谷には少々怖いらしく目を逸らしてしまう。

 

「酒呑 童子…それはワシの名で間違いないが、想像している酒呑 童子とは別人………夜々と同じ、末裔の1人じゃ」

 

「は、はぁ………」

 

「真偽は不明だが、鬼の強さは角で決まると言われていた。ワシの前の代…ワシの父も祖父もその前も一本角でな。4代目ぶりに産まれた二本角のワシを当時は神童と呼んでおったのじゃ」

 

「それで…童子の名が………」

 

「そういう事だ」

 

「なるほど………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「爺さんわりと話すの好きなんやけど、なんか話が盛り上がらないんよね」

 

 静かな気まずい空気になったのを見計らって夜々がそう言うと、表情は変えなかったが心なしか童子はシュンと肩を落とした。

 緑谷は「そうなんだ」とも言えず早く食べ終わる事に専念し、朝食の場はとても静かなものとなった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 朝食が済むと全員は表へ出た。

 まだ日は顔を見せず、空は色付くが辺りは暗い。

 

「では早速修行に入るが、夜々と小僧どもは別メニューだ」

 

「2人とも気張れや〜………そや、出久」

 

 夜々は改まった様子で出久に話しかける。

 

「忘れがちやけど、ウチらは全身全霊で生きとるんよ」

 

「………? うん。そうだね?」

 

「婆さん。そっちは頼む」

 

 そう言うや否や、童子は夜々を連れて山奥へと歩き出す。

 

「おぉおぉ。じゃ、まずガキども。コレに着替えな」

 

 月華は2人に白い服を投げつける。2人はそれを自然と取ろうとしたが、想像以上の重量によろめく。

 

「おも…コレは?」

 

「上下20kgの道着だ。着方はわかるか? ひとまず下着以外を脱いで、それを上下身に付けろ」

 

 驚く間もくれず、月華の指示で2人はそれを身につける。

 

「その服は一部の修行と入浴時以外はもう脱ぐな」

 

「まじか」

 

「じゃ、早速ウォーミングアップから始めるか」

 

 すると月華は昨日のように、軽く自分の身体をほぐす。

 

「で、なにやんだ?」

 

「よし。5分やる。逃げろ」

 

「は?」

 

 質問し、返答を聞き、疑問を口にする爆豪。

 それを聞き、面倒くさそうに月華が補足する。

 

「今から日が昇るまで、テメェらはオレから逃げろ。屋内で無ければ、この山のどこを逃げてもいい」

 

 ようは鬼ごっこだ。

 違いと言えば2人は重りを付け、相手は暗闇の中で真価を発揮する吸血鬼である。逃げ切れない前提の鬼ごっこ。

 こんなベタな展開はコミックの中だけだと、緑谷は思っていた。

 

「おら。さっさと逃げな。もう1分経ったぞ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「アァァァァァ‼︎」

「クソガァァァア‼︎」

 

「ま、当然の結果か」

 

 酒呑老夫婦が住む家とは反対側にある山の中腹。そこには10mほどの高さの滝と、その滝の水を受け止める滝壺があった。

 その滝の上から、緑谷と爆豪は滝壺へと突き落とされた。

 

「疲労、パニック、苦痛、全部無視して落ち着け。さもないと溺れっぞ!」

 

 突き落とした本人である月華は、滝壺を見下ろしてそう叫ぶ。

 いらない心配だったか、緑谷と爆豪は滝壺から這い上がってくる。

 

「この特訓の目的は単に肉体を虐め抜く事だ! 2分後にまた追いかけっぞ!」

 

「ウォーミングじゃねぇのかよ…」

 

「ウググ………」

 

 2人は森の中へと走り出す。道着も重くあまり早くは無かった。

 そして2分後…月華は走り出し、1分と経たずに2人を抱えて滝に戻ってくる。そしてまた突き落とした。

 

「アァァァァァ‼︎」

「クソガァァァア‼︎」

 

「ま、当然の結果か」

 

 

 

 

 

 日が昇り月華の身体能力が落ちた頃、ウォーミングアップを終えた2人は滝壺の浅い部分に座り込んでいる。

 

「うし。ウォーミングアップ終了。休憩がてら、次の特訓の説明をする」

 

 そう言って月華は2人に水筒を投げつけ、受け取り次第2人は中身を喉に通す。

 

(水筒が重ぇ…全身の筋肉が悲鳴を上げてやがる)

 

(そ………想像の3倍くらいハードだ…これ死ぬんじゃないか?)

 

「まずはこれを被りな」バシャ

 

「わっぷ!」

 

 月華は桶に入った赤い液体を、柄杓で2人にぶっ掛ける。

 液体を吸って、白かった道着の上半分は赤く染まる。

 

「この匂いって…」

 

「オレの血だ。この滝の川下の方の森に、訳あってオレの手足となって動く獣達がいる。その獣たちはオレの血の匂いを頼りに襲いかかってくる。今度は逃げても良いし反撃してもいい。説明は以上だ」

 

「何時までやりゃあいい」

 

「昼飯時までだな。時間になったら呼ぶ。疲れたら好きに休め。頭を使って安置を探し、神経尖らせて息を整えろ。水を飲みたきゃ川に行け」

 

 歩きだす月華に続き、2人は身体に鞭を打ち後を追う。

 そのまま川下へと山を下ると、赤い縄で区切られた暗い森に着く。

 

「この縄を一度超えたら、俺が呼びに行くまで出るな」

 

 それ以上は何も言わず、緑谷と爆豪は言われるがままに足を踏み入れた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 〜 緑谷 side 〜

 

 10mも進めば、もう月華さんがいた場所が見えなくなった。

 それ程生い茂った森で、見通しも悪い。

 

「月華さんは獣たちと言っていた。敵は複数…相手は犬とか熊かな…あ、かっちゃん待って」

 

「うるせぇ。来んなクソデク」

 

 あ、行っちゃった………

 

「…って人の心配してる場合じゃない! まずは休めるところを見つけないと…」

 

 そう言って見渡すけど、どこもかしこも同じ景色だ。川沿いを歩いてなければ、前も後ろもわからなくなっていたな。

 川に近付き、僕は膝をついた。

 

「…今のうちに飲んでおこーーー」

 

「GYAAAAA!!!!」

 

「イ……ッテェ⁉︎」

 

 突如として右から何かに飛びつかれ、右腕を噛まれる。

 痛いけど牙は腕に刺さってはない。この道着はただの重りじゃなく、簡単には破けない素材で出来ているようだ。

 

「ガハッ!」

 

 そのまま押し倒され、ギリギリと腕を噛む力が強くなっていく。

 ここで始めて、自分に噛み付いているのが狼だと僕は気付いた。

 

「ワン……フォー・オール、5%………スマッシュ‼︎」

 

 痛みを堪え、反対の手で殴りつける。

 だが狼は僕の腕を離し、後ろに飛んで攻撃を避けた。

 

「こいつ、馬鹿正直に突っ込む獣じゃないぞ!」

 

 狼は僕の周りを時計回りに走りだす。

 飯田くん程じゃないけどかなり早い。今の僕じゃ…ましてや重りを着てる僕じゃとても対処出来ない。

 

「集中して………フンッ!」

 

 個性で脚力を強化して跳んで逃げる。

 

(跳ぶために右足に"個性"を使った。次に木の枝を掴むために右腕に…直線上に移動しても撒けないだろうし、また足に使って木の枝を蹴って方向転換。できたらだいぶカッコいいぞ………)

 

 なんて思ったけど………

 

「イッ⁉︎」

 

 スムーズに"個性"の力を切り替えられず、木の枝を掴んだ腕が体重のせいでビンッと伸びきる。道着の重量もあってスジを痛めたかもしれない。

 

 握力も緩み、僕は背中から地面に落下してしまう。

 

「ッテェ………」

 

「………HAAAA…」

 

「ウゲッ!」

 

 狼は僕を踏み付けて走り去っていった。

 アイツ僕を見て、最後に溜め息を零してたな。月華さんの言う通り、痛めつけるだけ痛めつけてそれ以上はしないみたいだ。

 

「GRRRR………」

 

「………え?」

 

 でもそれは、ただあの狼がそれ以上追撃しないだけで、この山の動物たちの数を考えれば何の意味もなかった。

 

「は、早く安全な所を見つけないと!」

 

 また足に力を込めて走りだす。今度こそ跳んで逃げてみるか? 

 でも"個性"の切り替えが上手くできなかったら確実に捕まる。どうすれば上手く切り替えられる? 

 

「どうすれば………切り替える………切り替える?」

 

 何かを見落としてる気がする。

 逃げるために必要なのは「足」だ。着地にも足を使えれば切り替える必要は無いけど、このエリアの木はどれも枝が多い。枝が邪魔で、どうしても手で掴みぶら下がるか、枝の上に着地するために邪魔な枝は折るしかない。

 

「どの木も枝が多いだけじゃなくて、そこそこ太い。素の力で折れる都合のいい木なんて無い………四足獣相手に地面を走るなんてもってのほかだ。"個性"の切り替えはしない。でも手足を使う?」

 

 どうすれば………ッ! 

 

「そうか! わかったぞ、よっちゃん!」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 〜 爆豪 side 〜

 

 酒井の誘いに乗ったのは正解だった。こんなにしごける環境はそうそうねぇ。

 

(………にしてもウゼェ)

 

 道着は重く、腕を持ち上げるのに若干のタイムロスがかかる。

 だからといって最初から腕上げとくのはただのバカだ。

 

 敵の気配を感じてからでいい。神経だけ尖らせて、身体だけでも僅かに休ませる。

 だが視線を感じて両手を構える。

 

「………………」

 

 何も襲ってはこねぇ。だから一度手を下ろしてみる。

 

「GYA! GYA! GYAAAA‼︎」

 

「さっきから手口がウゼェんだよエテ公がッ‼︎」

 

 ー Booom‼︎ ー

 

 モロに爆破食らったクソ猿は、すぐさま木の上に逃げやがる。

 この森にいる獣は"個性"持ちなのか、身体能力とその耐久力がウゼェ。

 

「死ねぇぇぇえ‼︎」

 

「UKYAAA!」

 

「テメッ‼︎」

 

 このクソ猿、ババァと同じ鎖を持ってやがる。それを安全圏から振り回して良い気になりやがって………

 

 追撃しても疲労と重りのせいで身体が上手く動かねぇ。多少慣れれば殺れるか? 

 

「KYA、KYA?」

 

 首を傾げて笑ってんじゃねぇ。クソ猿の分際で人間様に挑発しやがる。

 

「ぶっ殺すッ‼︎」

 

 だが誘いには乗るな。そのせいでデクに出し抜かれてんだ。頭を冷やせ………猿は冷静にぶっ殺す。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「はっ、はっ、はっ………」

 

「GRRRRRR!」

 

 森の中を走っているのは緑谷…そしてそれを追うのは、1頭の(ドーベルマン)だった。

 

 月華の(しもべ)である森の獣は、全員が月華の血を………吸血鬼の血を身体に流している。

 その理由はまた別の機会で出久たちは知る事になるだろう。今重要なのは、知っての通り獣たちが普通ではない事。

 

 強化された脚力が緑谷を追い詰め、背中に飛び付き組み伏せる。そして抜け出すまで、布ごしに肉の感触を楽しむように甘噛みをする。

 

 獣たちにとっても、この修行相手として追いかけるのは楽しいイベントに過ぎなかった。

 

 だが今はどうだろう………

 

「GRRR………」

 

 最初は口を開けて笑うように追っかけていた犬だが、今は足を止めて悔しそうに辺りを見渡す。

 緑谷を見失い、嗅覚を使って道着に付いている月華の血を探す。

 

「………!」

 

「ワン・フォー・オール 5%…()()()()()‼︎」

 

 緑谷の位置情報を把握して見上げると、緑谷は木の上で枝を引っ張り、ギリギリと踏ん張っていた。

 "個性"を使う時に発生するエフェクトのような電流は、身体の一部などではなく全身に流れていた。

 

「じゃあね」

 

 踏ん張るのを止めると、元に戻ろうとする枝に引っ張られパチンコのように緑谷は射出された。

 その場に残された犬は、悲しげな声を上げて追うのを諦めた。

 

「フルカウル…これだ! 身体の一部じゃなく全身に使う。まだちょっとぎこちないけど!」

 

 やがて緑谷は四つん這いで着地する。

 

「だいぶ飛んだし、これで少しは休めるかな………」

 

 緑谷は腰を下ろして、木の幹を背凭れに脱力した。

 

 ここでは撒いた瞬間別の獣に襲われ、また撒いても別の獣に襲われる。

 それで緑谷は、戦っている最中から次の獣が監視してスタンバイしていることに気付いた。

 だから一瞬で長距離を移動すれば監視の目を抜けられ、少しの間休めると思ったのだ。

 

「GYAAAA‼︎」

 

「嘘ぉ⁉︎」

 

 しかしそんな緑谷の目論見とは裏腹に、1匹の猿が姿を現わす。

 

「………え?」

 

「Uuuuu………」

 

 猿は緑谷の背中に回り、彼の影に身を隠した。

 

「ゴラァクソ猿‼︎ 挑発しといて逃げてんじゃねぇぞ‼︎」

 

「………うわぁ」

 

 爆破と共に現れた爆豪を見て、緑谷は軽く引きながら「面倒くさい事になりそう」と内心思った。

 そして隠れていた猿は鳴き声をあげながら、また一目散に逃げ出した。

 

「………ッケ! テメェのことだから、とっくにくたばってると思ったぜ」

 

「かっちゃん。あの子に何やったの?」

 

「あぁ? ババァが反撃ありっつってただろ。特訓の相手に付き合って貰っただけだ」

 

 そういう彼の顔や手には青い打撲痕の痣が出来ていた。道着の下にも同じような痕があるだろう。

 

「ちょうどいい。猿も逃げちまったし、デク………ちょっと付き合えや」

 

「………マジか」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………………ん?」

 

 昼飯の準備を始めている月華は、火を止めて耳を澄ましてみる。

 日の届かない屋内という事もあり、強化されている聴覚が遠くの方で巻き起こる爆音を拾う。

 

「フン………派手にやってるじゃねぇか」

 

 小さく笑ってから火が止まっていることを再度確認し、月華は2人を迎えに行く。

 遮光性の日傘を広げ、修行場所に選んだ森へ足を運ぶと爆音が更に大きくなる。それに被って、喧騒も聞こえてくるようになった。

 

「おぉおぉ、バトってんのか? 午後の修行メニューと被るじゃねぇか」

 

 森は深く、木の間隔や枝の密度だけを言うなら樹海以上だ。日もろくに届かず、月華も不要になった日傘を畳んで地面に突き刺して走り出した。

 

「こんなもんじゃねぇんだろゴラァッ‼︎」

 

「ちょ待ッ! 休ませろよ、かっちゃん‼︎」

 

「………仲が悪いと聞いたが、言うほど悪くはなさそうじゃねぇか」

 

 喧嘩するほど仲が良い。

 それが一目見た月華の感想だった。

 

「ガキども。飯だ」

 

 

 

 

 

 屋敷に戻った2人はまず風呂に入って汗を流した。

 緑谷は自分の全身にある打撲痕や火傷痕を見て、自らの身体なのだが軽く引いていた。

 それを見て爆豪は鼻で笑うが、「かっちゃんだって同じようなものじゃないか」という指摘に青筋を立てる。

 

 昔の緑谷は夜々が居なくなってから爆豪を苦手に思い、彼とは極力話そうとしなくなった。

 しかし今は多少は気が強くなり、相変わらず苦手意識があるが軽く言い返せるほどになっていた。

 

 月華が「やっぱ仲良いじゃねぇか」といえば、緑谷は苦笑いして爆豪は全否定するが、修行から戻ってきた夜々もそれを見て思っていたよりは仲が良いと判断した。

 

「全員揃ったな。今飯を持ってくる。男どもは大盛りか?」

 

「はい」

 

「うす」

 

「夜々は?」

 

「うちは…少なめで」

 

 それを聞いて月華は台所へ向かい、昼食を盆に乗せて持ってきた。

 

「よっちゃんだいぶ疲れてるね。何をやったの?」

 

「それは………秘密や」

 

 緑谷の問いに黙秘権を行使する夜々。

 爆豪は飯を前に合掌しながら「食わねえと身体できねぇぞ」と短く唱えた。

 

「何気に勝己は礼儀正しいよな。うちも"いただきます"っと」

 

「あぁ?」

 

 そう言って食事を始める夜々だが、誰よりも早く箸を置きまた合掌する。

 

「ご馳走さま」

 

「え、もう?」

 

 緑谷の驚きもよそに、夜々はそそくさと退散した。

 

「………うぷ」

 

 場を離れた夜々は、口を押さえて走り出した。

 向かう先は厠。品も投げ捨て便座に顔を向け、胃の中身を吐けるだけ吐き出した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 時は巻き戻り今朝方。

 

 夜々が別メニューと称され連れてこられた場所は、本館とは別に立っていた倉庫のような小屋だった。

 

 入るや否や、彼女の祖父…酒呑 童子は口を開く。

 

「知っての通り、ワシら酒呑童子の末裔は経口摂取したアルコールを妖力に変換する力を持っておる。摂取したアルコール度数が高いほど強くなる…そこで、この世で最もアルコール度数の高いものは一体何か………わかるな?」

 

「そりゃ………うちらの"血"やろ?」

 

「うむ。元は血管を流れているものじゃが、それを一度喉に通し消化器官で分解する事で妖力になる。じゃが血の量にも限りがある。ならどうすれば良いと思う?」

 

「んー………血の量を増やすか…あ、口にした血が血管に戻るまでの時間を短くするとかやろか?」

 

「出来ることならそれも1つの手じゃ。だがどちらも違う」

 

 夜々の答えに頷く童子。しかしそれは望んでいた答えとは違うようだ。

 

「まず前者。血を増やすといっても、血液は体重に比例する…それはワシらも例外ではなく、身体の成長に関しては咄嗟に促して短い間に成果を出す事はできん」

 

「後者は?」

 

「確かにワシら鬼の再生力は優れておる。個人差はあるが100mlの血を失った時、常人ならそれを取り戻すのに4日と半日を要する。しかしワシらは4日もあれば、2000mlの血を取り戻せる。しかしそれは生まれつき決まっておるもので、飛躍的に強化することはできん」

 

 原因は"個性"の発動条件にある。

 血を飲めば身体能力と共に再生能力が上がる。そうすれば血も戻るが、それには再生力がやや足りない。更に強化すれば可能だが、その為にまた血を失うのは本末転倒である。

 

 自身の血を戻す為に自身の血を飲む場合、最終的に行き着くのは"傷だけが再生された失血死体"である。

 

 ちなみに2000mlとは、今の夜々が"百升モード"を2回行使できる程の量だ。

 といっても、夜々の身体に流れる血液量は4400mlほどで、1000ml失うだけで出血性ショックで普通なら気絶する。気絶せずに貧血で済むのは"個性"のおかげだろう。

 

「ならどうするん………あ、血をあらかじめ抜いて取っておくとか?」

 

「ワシらの血は特殊で、保存が効かない。できて3日ほどじゃ」

 

 3日後に大事件が起こるから取っておくというのは有りかもしれない。ただその犠牲は、血を抜いた日の翌日と翌々日だ。

 いつ事件が起こらない状況でパトロールを行うヒーローにはできない方法である。

 

「じゃあどうするん? 血よりアルコール度数の高い飲み物でも作って持ち運ぶん?」

 

「否、答えはこれじゃ」

 

 小屋には床下に収納できるスペースがあり、童子はそこから大量の酒瓶を取り出す。

 そして単刀直入に言った。

 

()()

 

「へ? ………爺さんこれは………」

 

「"鬼殺し"ならぬ"鬼神殺し"…ワシの血と鬼殺しから作った、自家製の密造酒よ。ワシらの血液程ではないが度数は謎の100%超え。これを飲み、夜々の血中のアルコール度数を高める。少ない血で、十・百升モードになるのが理想じゃ」

 

「密造酒………」

 

「うむ」

 

「それをうちが飲む?」

 

「うむ」

 

 密造酒とは、政府等の公的機関の許可を得ないで製造されたアルコール飲料の総称でもちろん犯罪である。

 そして未成年の飲酒も、もちろん犯罪である。

 

「………い…」

 

「い?」

 

 踵返して夜々は逃げようとする。

 

「嫌やぁーーーッ‼︎」

 

「待ていッ‼︎」

 

 予期していたのか夜々の腕を掴み、軽々と持ち上げた。

 

「何ヒーロー志望の孫に犯罪させようとしとるんじゃボケェ!」

 

「爺ちゃんボケとは何事じゃ。安心せい…あの誓約書はその為にある」

 

 それは緑谷と爆豪に書かせた誓約書の上から2つ目の記述のことだ。そこには「当家で行う修行内容の口外を一切禁じます」としっかり書かれている。

 

「ウワァァァァァア‼︎‼︎」

 

「やかましい。よいか夜々よ………バレなきゃ犯罪じゃないんじゃよ?」

 

()()()()()の口から一番聞きたくないやつやぁーーー‼︎」

 

「もうワシヒーローじゃないしの。堪忍せい夜々! お主の為じゃ。何より………」

 

「………何より?」

 

「3日前に作った酒が無駄になる」

 

「ウワァァァァァア‼︎‼︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………うちもう、ヒーローなれない」

 

「夜々よ。これは酒呑家に代々伝わる訓練じゃ。お主の母も18の時にやっておる」

 

「聞きたくなかった………」

 

「そもそも"個性"の関係上、表立っては言えんが我が一族は、年齢問わず飲酒を黙認されておる」

 

「知っとるけど…知っとるけどぉ〜………」

 

 夜々は泣いた。幼き日の別れの時のように…

 そして昼食後に吐いたことがバレ、鬼神殺し5本がノルマに追加された。




証呂
「夜々の血液量は4400ml」

緑谷
「全身の血の量は体重1kgあたり、80mlあると言われている(諸説、誤差あり)」

夜々
「逆算したら怒るで?」

爆豪
「55kg…」ボソッ

夜々
「十升モード!鬼砲‼︎」
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