「何か言うことは?」
証呂
「…あ、あけおめ」
夜々
「出久〜かもーん」
緑谷
「スマァァァッシュ‼︎‼︎」
お久しぶりです。ようやくUSJ編です。
5.鬼は会敵する
日本で見られる和風な方の城。その城にある畳張りの大広間の真ん中に少女はいた。
一畳からはみ出る事なく、正座して誰かを待っている。
彼女から見て右に壁は無く、代わりに襖でその面は埋められていた。後ろも同様。そして左は吹き抜けになっていて、手入れの行き届いた見事な中庭が一望できる。
しかし、少女はただ前を向いてジッと待っていた。
正面には一段高くなった所に六畳程の空間と、座布団と肘掛けとお膳がある。しかしお膳の上には空の盃しか無く、そこには誰も座っていない。
それでも少女は誰かが来るのはジッと待っていた。
ー
ーー
ーーー
「………………」
まだ生活感も少ない部屋の布団の上で、夜々はひとりでに目を覚ました。
人は眠れば夢を見る事がある。鬼の血が流れていようがそれは同じ。
ただ彼女は昔から、時折今見た夢を見る。
聞けば彼女の母と祖父も、そしてそのまた前の代も同じ夢を見た事があるとの事。
鬼人の個性を継ぐ者のみが見る事から「先祖の記憶」だとか色々と推測されているが、実際は何を意味するのかは誰も知らない。
ーーー ジリリリリ ーーー
その夢は何かを暗示しているわけは無い。
ただ彼女は、この夢を見た日だけ目覚ましが鳴るより早く目が覚める。
その夢を見ることは珍しい事では無く、何の疑問も持たずに夜々は朝食の準備を始めた。
ー
ーー
ーーー
時間は飛んで午後。
昼食を済ませた生徒達は教室に戻り、自分の席に座って担任が話し始めるのを待つ。
合理主義者こと相澤の生徒になって早数日…生徒たちは彼が入室すると同時に"黙って前を向く"という動作は機敏に行なっていた。
(調教されとるなぁ、うちら)
「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」
「3人に…
「ハーイ、何するんですか?」
夜々が疑問を呟くが、誰かが気付く前に瀬呂が別の疑問を相澤にぶつける。
「今回やるのは、災害水難なんでもござれ"
相澤は「RESCUE」と書かれたパネルをこちらに見せて言う。
「れすきゅー………」
その文字を見て、夜々はふと自分の個性との相性を考える。
戦闘向きではあるが、人命救助に向いてるかと言われればわからない。自分が活躍する場面といえば、その怪力でレスキュー隊と同じ動きをするくらいだ。
"自分だからできる救助"というものが夜々には無いのだ。
だからこそ今回の授業に対して、夜々はやる気に溢れていた。
「相澤はん。授業はどこでやるん?」
「訓練場所はここから少し離れている。各自コスチュームに着替えてバスで移動だ。それと酒井、同じ事を何度も言わすな」
言い終えた相澤は、ウンザリした様子で夜々に忠告して退室した。その表情から、呼び名の訂正は諦め半分なのが伺える。
「………もう一押しやな」
「酒井…お前は何と戦っているんだ?」
夜々が零した確信に対し、クラスメイトの佐藤がボソリと疑問を口にした。
ー
ーー
ーーー
「こういう作りだったかッ‼︎」
バスに乗り込むや否や飯田は叫んでいた。
理由はバスにスムーズに乗れるよう、委員長としてクラスメイトを纏めようとしたからである。
出席番号順に2人ずつ……しかし雄英のバスの作りの後部は普通の二人掛けの席だったのだが、飯田たちが座っている中部から前部は左右に座席があって向かい合うタイプだったのだ。
これでは出席番号など関係なく、飯田の指揮は空回りという結果で終わったのだ。
「意味ないね!」
「ぐおぉぉぉぉ‼︎」
「カッカッカッ!」
そこに芦戸の追撃で意気消沈になる飯田。その隣では夜々が笑いながら背中をさすっている。
「ところで緑谷ちゃん。私、思った事は口に出しちゃうの」
「えっ……う、うん。蛙吹さん?」
「梅雨ちゃんと呼んで?」
女子との会話に慣れていない彼は、不慣れながらも返事をする。だが「ちゃん」呼びはまだハードルが高そうだ。
そして蛙吹は宣言した通り、思った事を口に出した。
「あなたの個性オールマイトに似てるわね?」
「えっ⁉︎そ、そうかな……どこにでもある様な個性な気も……」
あからさまに挙動不審になる緑谷だが、誰もそれを怪しまない。
というよりは、皆が「似ていない」と思っていた。
「そうだぜ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我なんかしねぇ。緑谷のとは似て非なるものだぜ?」
「掛け声は同じやけど、それは単純に出久がファンなだけやしな」
切島と夜々の言葉に頷く者が数人。オールマイトの後継者という疑問は、そもそも持たれてすらいなかった。
「でも増強系の個性ってのは良いな。鍛えればやれる事が増えるだろ? 俺の"硬化"なんて対人戦は強いけど地味だからな……」
「せやろか? 確かに迫力あるんやけど、それを食らっても倒れない防御力ってのはエグいプレッシャーやで? 工藤の個性やって、鍛えりゃそうなるやろ」
「俺の名前は切島な?」
切島の個性に対してフォローを入れるが、まず切島は夜々を見て自分の顔を指差して言った。
「それはさておきプロってさ、やっぱ人気商売だろ? そう思うと地味なのは致命傷なのかもな」
宙に伸ばした切島の腕がゴツゴツと僅かに変形。その腕が個性によって硬化されているのが目で見えてわかる。
「僕のネビルレーザーは威力も見た目もプロ並み」
「お腹壊すのは致命傷だけどね」
切島の言葉に反応した青山だったが、芦戸の何気無い一言が彼を傷つける。
「派手さと強さってなんなら、やっぱ爆豪と轟だよな‼︎」
話題は緑谷の個性から個性の派手さへと変わる。その話題の的は、今呼ばれた2人に絞られる。
「屋内対人訓練の時なぁ…轟はん一瞬でビル凍らせて、見ててびびったわぁ」
「本当だよね! 私本気だしたのに一瞬でやられて恥ずかしかったよ」
「それは恥ずかしいんだ………」
夜々の素直な感想に、轟ペアの対戦相手だった葉隠がそう言った。葉隠は生まれた時から四六時中透明になる個性を持った少女だ。透明になるのは身体だけなので、コスチュームだけ浮いてるのが現在の見た目である。
ちなみに、彼女は本気で戦うために屋内対人訓練では全裸で挑んでいた。
それを知るペアだった尾白は1人呟いた。
「アレでは凍結しか観れへんかったな…轟はん炎は使わへんの?」
「………あぁ。
夜々に指摘され、轟は一瞬睨んでから興味なさそうにそう返した。
反応からして何か訳があるとその場にいた者は察した。
「そういや酒井も派手だったよな。 あのレーザー」
そして話題の矛先は夜々へ移る。
「ですが酒井さんのあのレーザーは、見た目より威力が低めなのでしょうか」
「屋内訓練の時に麗日が食らった時は、見ててヤベェと思ったけど、確かにピンピンしてたな」
「オイラもコスチュームくらいは破けると思ったんだけどな」
「麗日さんは大丈夫でしたの?」
「うん! なんか強い熱風に当てられた感じ。グワァーッて!」
食らった本人がそう言うと、周囲のクラスメイトが「威力はないのか」と勘違いする。
「んなわけねぇだろ。少なくとも丸顔が原型とどめるほどチャチな技じゃねぇ。あの技で入試試験の0カスは一撃でのされた」
するとずっと黙っていた爆豪が代わって代弁した。
頬杖ついて外に顔を向けているが、その目は鋭くこちらを見ていた。
「0カス…ってあのお邪魔ギミック⁉︎ マジかよ‼︎」
「せやけど、結局は威力あるだけやで? 鍛えても加減か殺せるようになるだけ。攻撃の他に拘束や移動手段に使える轟はんやかっちゃんの方が羨ましいわ。矛であり盾になる工藤の個性もウチは好きやで?」
「そんなもんかぁ…つーかビビった。爆豪ずっと黙ってたと思ったら急に喋んのな」
「せやな〜。ウチの事になると喋り始めるなんて、ウチに対する愛を感じるわぁ〜」
「ッザケンな‼︎ んなわけねぇだろ⁉︎」
夜々以上に鬼らしい表情で睨む爆轟だが、夜々の揶揄いは止まらない。
「そんな顔せんといてや〜………ハッ! もしかしてウチのこと嫌いになったん?」
「うるせえつってんだよ‼︎ マジで殺すぞゴラァ‼︎」
(…嫌いとは言わないんだな)
バス内にいる誰がとは言わないが、誰かが心の中でそう呟いた。
ー
ーー
ーーー
一同を乗せたバスはやがて、訓練場所と相澤が称していた場所についた。そして中に入ってみると…
「「「「「USJかよ‼︎」」」」」
見た感じ広く「災害水難なんでも御座れ」と言うだけあって、火災ゾーンや土砂ゾーンといった具合にエリアわけされていた。
まさに災害のテーマパーク。それを見た生徒がそんな感想を抱いても仕方ない。
それが原因かは知らないが………
「ようこそ。色んな災害の演習を可能にした、僕が作った施設。
「「「「「本当にUSJだった‼︎」」」」」
生徒にそうツッコミをさせた施設の立案者、スペースヒーロー 13号は紳士のような立ち振る舞いで生徒たちの前に立つ。
宇宙服のようなヒーロースーツに身を包んだ彼だが、各地の災害現場で活躍するれっきとしたヒーローである。
「13号。オールマイトは? ここで落ち合う筈だろ」
「それなんですが……」
13号に相澤が歩み寄ると、2人は小声で会話を始める。
盗み聞きしようも夜々はコッソリと近づく。
「もう良い、始めるぞ………何してる酒井」
「あ、お話終わってもうた?」
姿勢を下げて近付いたところで振り返った相澤…冷たい口調でそう言うと、夜々は苦笑いを浮かべる。
「…例の子ですね」
「あぁ」
「え? なんかウチ、噂になってるん?」
「………戻れ」
「………はい」
スケジュール帳で軽く頭を叩かれた夜々は大人しく下がる。
「では、始める前に御小言を1つ2つ……3つ……4つ……」
増えていく小言に生徒は戸惑うが、そんなことはつゆ知らずで話し始める。
「ご存知かと思いますが、僕の個性は"ブラックホール"です。全てをチリにする事ができ、災害現場では瓦礫などをチリにして人命救助を行っております。それで多くの人を救っていますが、同時に
その言葉の重みに、生徒たちの何人かはピクリと肩を揺らす。自分の個性で人が殺せる自覚があるのだろう。
「今の世の中は個性の使用を規制する事で成り立っている様に見えますが、一歩間違えれば安易に命を奪える事を忘れてはいけません。相澤先生の体力テストで己の“可能性”を………オールマイト先生の実戦演習ではその可能性を含め、人へ向ける危険性を………そしてこの授業では各々の個性をどう人命救助に生かすのかを学んでいきましょう。君達の個性が他者を傷付けるだけのものではない…その事を学んで帰ってください」
話を終えた13号は優雅に一礼し、生徒たちは歓声をあげる。中には「ブラボー!」と賞賛する生徒もいる。
(……1つ2つ3つ4つ……どこからどこまでが?)
最も、夜々はそんな事を考えていたが………
そして………そんな中で
「全員、一塊になって動くな‼︎」
最初に気付いたのは相澤だった。
身体を反転させて施設の中へと走り出し、マフラーのように何重にも首に巻いた布に手を掛ける。
「13号‼︎」
「はい‼︎」
次に気付いたのは13号だった。瞬時に状況を判断し、生徒達を守るように立ちはだかる。
問題は何に対して立ちはだかっているかだが、相手は相澤の進行方向にいた。
そこにあるのは黒いモヤと、そこから現れる集団だ。
「なんだあれ? もう始まってるパターン?」
入試試験を思い出し疑うが、答えはNOだった。
「動くな‼︎ アレは
「………え」
「な、なんでヒーローの学校にヴィランが来るんだよぉぉぉ!!」
「先生! 侵入者用のセンサーは⁉︎」
「ありますが……反応しない以上、妨害されているのでしょう」
「そう言う個性持ちがいんのか。場所、タイミング…馬鹿だがアホじゃねぇぞあいつら」
「13号、お前は生徒を避難させろ! 上鳴は学校へ連絡を試みろ!」
見た者の個性を一時的に封じる個性を持つ相澤は、ゴーグルを付けてその視線を隠す。
いつのまにか個性は消され、捕縛布と体術で無力化する。それが彼の戦い方だが、一対多には向いていない。それを知る緑谷が不安を口にするが、本人は毛ほども気にした様子は見せない。
代わりに返ってきたのは………
「安心しろ、なにも死にに行くわけじゃねぇ。それに一芸じゃヒーローはやっていけねぇ」
頼りになる力強い答えだった。
個性を使って攻撃しようとした
その戦い方に見惚れてるわけにもいかず、生徒たちは13号の指示に従い避難を開始する。
「させませんよ……」
しかし黒い霧の
「初めまして。我々は
No. 1ヒーロー オールマイトを殺すと宣言され、辺りには緊張感が走る。
「ワープして来よった…こいつが
「ここにオールマイトがいるという情報でしたが、なにか事情が変わったのでしょうか……まぁ構いません。私の目的は……」
「オラァ‼︎ 死ねェ‼︎‼︎」
「おぉぉぉーーー‼︎」
「かっちゃん‼︎ 工藤⁉︎」
相手が言い終わるより早く、爆豪と切島が攻撃に転じた。
しかしその攻撃に確かな手応えは無く、比喩とかではない霧の身体を持っているようだ。
「怖い怖い。生徒とはいえヒーローの卵である事には変わりありませんので………散らして殺します」
「2人とも下がりなさい‼︎」
標的を爆豪と切島に絞った霧の
彼の個性…ブラックホールなら霧のような身体でも吸い込めるかもしれない。 生徒2人を犠牲にすればの話だが………
2人は果敢にも戦おうとしていたが結果、それが13号の射線に入っていたのだ。
爆豪と切島は霧の中に飲み込まれそうになる。
それを追うように夜々が飛び出す。そのツノは僅かに光を帯びていた。
「"鬼圧"」
「ッ‼︎」
「うおっ⁉︎」
ーーー ズンッ! ーーー
すでに十升モードに入っていた夜々が2人を掴むと、夜々は宙で一瞬停止してから真下へ落下した。それに吊られて爆豪と切島もその場に伏せるような態勢になる。
「13号はん‼︎」
「ッ、わかりました!」
13号はブラックホールを発生させ、霧の
先ほどまで障害物だった2人は、夜々が片手に1人ずつ抱えて射線の下で蹲っている。
「待ッ! 先生、夜々ちゃんたちが!」
それでも完全に射線から外れたわけではない。
だが麗日が口にした心配はよそに、ブラックホールは
厳密には違うのだが、ブラックホールによって吸い寄せられているのは
「あれを見ろ! 酒井くんの足が!」
飯田が指差す彼女の足は、つま先が地面にめり込みストッパーとなっていた。
加えて、夜々が使った"鬼圧"と言う技。ザックリ説明すると、対象の体重を重くする妖術だ。
それを自分に使って飛ばされにくくしたのだ。
そしてそれに瞬時に気付き判断した13号も流石プロとしか言いようがない。
「今のうちに行きなさい‼︎ そして応援を‼︎」
「くっ………いやはや…流石としか言いようがありませんね。しかし………」
しかしプロヒーローとはいえ、彼は救助を主な仕事とする者………
「グァァッ⁉︎」
霧の
13号が出したブラックホール…そのすぐ前にワープホールを作り、その通じる先を13号の背後に作った。
結果、ワープホールを通して、13号は自らの個性で自分の背中をチリに変えてしまった。すぐに個性を解除したが、強力なゆえに一瞬で大ダメージを受けた。
「先生‼︎」
「行きなさい‼︎」
「自分の命より生徒を優先するとは教師の鏡ですね。ですが………させません」
USJの出入り口に再び陣取る霧の
「全員下がりや! そのモヤモヤに入ると飛ばされるで‼︎」
「心配してる場合ですか?」
周りに注意しながら下がろうとした夜々は、急な浮遊感に襲われる。
足元にワープホールが出現したからだ。
「チッ………」
「テメッ⁉︎」
夜々は爆豪と切島を突き飛ばし、ワープホールの中へと1人で沈み出す。
「よっちゃん‼︎」
咄嗟に伸ばした手も虚しく、緑谷の手は空を掻き、夜々を飲み込んだワープホールは消え失せた。
「テメェ‼︎ 酒井をどこ飛ばしやがったァ⁉︎」
「さてどこでしょう。運が良ければ会えるでしょう………そんなヘマ、私はしませんが」
ピンポイントで夜々を狙ったのとは違い、比にならない勢いで霧が拡散される。
それから逃れられた生徒もいたが、何人かはその霧に飲み込まれていった。
「ウワッ⁉︎」
「キャッ…」
「ヤオモモ……ウッ‼︎」
冷静さを欠いたのか、爆豪は
「クソガァァァァァァア‼︎」
「危ない危ない。今度こそ、散らして殺します」
その場に残った生徒の数は、半数を切っていた。
酒姫
「13号やんか。救助帰りかのう?」
13号
「酒姫さん。えぇ、そんなところです」
酒姫
「お疲れ様…そや!これから飲み行こうや!奢ったる」
13号
「あ…いえ、せっかくですが今日は遠慮させて…」
酒姫
「なんや?イレイザーといいマイクといい、儂の酒が飲めんのか?」
13号
「い、いえ。コスチューム姿のまま飲食店に入ってヘルメットを取ると色々あって………」
酒姫
「素顔隠すって"えすえぬえす"に自撮りあげる"じぇーけー"か⁉︎生意気なこと言いおって。儂が外しちゃる」
13号
「もしかしてすでに酔ってます?あ、困ります酒姫さん!困りま、あ、あ、あぁぁぁ‼︎」
ー
ーー
ーーー
13号
「…例の子ですね」
相澤
「あぁ」
夜々
「え?なんかウチ、噂になってるん?」
妖術:
形のあるものなら、無機物生物問わずに対象を重くする。
今回は自分に使ったが、敵や物にも使える。
実はあまり得意な術ではない。