9.少年少女の強化合宿(前編)
あれから数日が経ち金曜を迎えた。
勉強のほか、USJ事件で行えなかった災害救助訓練もここ数日で行い、スケジュール的な遅れを取り戻した頃だ。
「ホームルームは以上だ。体育祭ももう間近だ。それぞれ土日を有効活用するように………それと緑谷、前に焦れと言ったが程々にな。体育祭前に身体を壊しちゃ元も子もない。爆豪と酒井もな」
そう言って相澤はホームルームを終わらせ、一部の生徒をチラッと見る。
それは夜々と緑谷、爆豪の3人だ。
彼らはいつも持っているスクールバッグとは別に、デカイバッグやキャリーバッグを机の横に置いている。
「起立ッ! 礼‼︎」
委員長である飯田の号令でゾロゾロと帰り始めるクラスメイトたち。中にはすぐに帰らず駄弁る生徒もいる。
「ほな相澤はん。また来週」
「あぁ…先生と呼べ」
一声かけてから教室を出る夜々。それを追いかけるように緑谷と爆豪も荷物を持って教室を出ていった。
「………いいな。女子と合宿」
誰とは言わないが、とあるクラスメイトがそう呟いた。
ー
ーー
ーーー
雄英高校の最寄駅から電車で1時間、乗り換え2回。更にバスで10分。
言うほど遠くでは無いが近くもない。しかし周囲の街並みは変わり、多少田舎臭くなっていた。
まだ5月と言うこともあり、目的地に着いた頃はまだ日も高い。
そんな事を考えている夜々とは別に、緑谷と爆豪は目の前に佇む巨大な門と扉を見上げる。
「なんだこれ」
高さは5m弱の両開きの扉で見るからに重そうな鉄製。その扉を携えた門の左右には、同じ高さの塀が並んでおり終わりが見えない。
「この山は爺さんの私有地なんよ。この塀はその山を一周しちょる。んで入り口であるこの大扉は片方で500kg、合わせて1tある」
そう言いながら夜々は、両手でそれを押しあける。
「どれだけ筋肉があっても、かつての人の骨が耐えれる重さって500kgいかないらしいんよ。怪力系の個性なら開けれる扉ってわけやな」
開ききった扉を確認し3人は門を潜った。すると扉は自動で閉まる。
「なるほど…ほんの少し内側に傾けて取り付けた扉なんだね。ゆっくりだけど自動で閉じる………」
「………………」
門に振り向き緑谷が言うのに対し、爆豪は門の中の光景をまじまじと見る。
門の先にあったのは石畳で舗装された道が伸びているだけで、それ以外はただの山奥と変わらない。
「爺さん婆さんの家は中腹あたりにあるで」
そう言いながら足を進める夜々に着いて行く2人。
緑谷は落ち着きなく周囲を見回している。ただの登山と錯覚してしまい、ここに人が住んでいるのかも怪しく思う。
「わっ!」
「ってえな! 前見て歩けやッ‼︎」
「ご、ごめんかっちゃん‼︎」
先頭の夜々が立ち止まり爆豪も止まる。よそ見をしていた緑谷は、そんな爆豪にぶつかってしまったようだ。
「………鳥居?」
まだ家らしき物は見えないが、変わりに神社などでよく見る鳥居が途中にあった。そしてその鳥居の影から1人の女性が現れる。
「鳥居の下だけ石畳の道が細くなっているだろ? 神が通るべき道の真ん中にだけ石畳か敷かれてるのは、うちの鬼は神にも恐れないっていう意味がある」
そんな説明をしながら現れたのは、夜々と同じポニーテールの女性だった。
ただ髪は夜々より長く腰まで届き、上はサラシで下はデニムパンツ…オマケにヘソにはヘソピアス、口にはタバコという不良のような服装をしていた。
見た感じ歳は20代前半くらいで目付きは悪く、よく見ればポニーテールを結んでいるのは紐ではなく十字架のついた鎖だ。
「ただいまーーーッ!」
そんな彼女に恐れもせずに夜々は抱き着く。
女性の目付きは悪いままだが、口元だけ緩めて頭にポンポンと手を置く。
「おぉおぉ、オレが見ねぇ間にまたデカくなったか? それはそれとして、テメェらが緑谷 出久に爆豪 勝己だな?」
夜々に対する興味もそこそこに、女性は男子2人に目を向ける。
「は、はい。えっと………アナタは?」
「
「ハッ! 俺たちはお呼びじゃねぇってか?」
夜々を指差す月華に、爆豪は鼻で笑って挑発的な笑みを浮かべる。
「頼まれたのは出迎えだけだ。夜々、先行きな」
「うい」
後ろで起こりうる事には気にもとめず、夜々は1人先へと進んだ。
「そっちのガキ、お呼びじゃねぇつったな。ぶっちゃけその通りだ。他所のガキの面倒まで見るなんざ、冗談ったらありゃしねぇ」
「そ、そんな………」
「………だが、夜々の頼みでもある。だからチャンスくらいはくれてやるよ」
数歩歩いて鳥居の真ん中に立ち塞がる月華は、ストレッチを行い手足を軽くほぐす。
「オレを出し抜いて鳥居を潜ってみろ。それが出来たら、テメェらの滞在を許可してやるよ。逆にテメェらがもし、山の入り口にあるあの門を潜って外へ出たら二度とここへ来ることは許さねぇ。いいな?」
最後にグッと腕を伸ばしてストレッチを終わらせた月華。その前には荷物を降ろして、すでに戦闘態勢に入った2人がいる。
学生服は脱ぎ、下に着ていたジャージ姿になっていた。
「上等だボケェ‼︎」
「お、お願いします‼︎」
「ふん………威勢は良し。来な」
指をクイクイと曲げて挑発する月華に、爆豪が早速仕掛ける。
「先行くぞデクッ‼︎」
「ちょっ、かっちゃん!」
月華の手の届かない範囲から、彼女目掛けて爆破して様子を見る。
それに合わせて月華は足を振り上げると、爆破は蹴りで起きた風で相殺されたように見えた。
「グッ………」
怯んだ爆豪の顔の所々には小石が刺さり、僅かに血が流れていた。
「想定外の事に怯んでる場合か?」
月華の手には髪を止めていた鎖が握られ、爆豪に向けて鞭のように振るう。
それは爆豪の腕に巻き付き引き寄せ、タイミングを合わせて蹴り飛ばされた。
「次」
「ウォォォオ‼︎」
(割れない…割れない…割れないッ‼︎)
すでに5%の力を振る事自体は、そこまで苦じゃないようで無事に拳を突き出せた。しかし側面から素手で逸らされ、そのまま掴み身を翻して宙に放られる。そして身動きのできないその身体を、鎖の先端が捉えた。
腹部を強く打ち付けられ、爆豪と同じように吹き飛ばされる。
「次!」
ー
ーー
ーーー
「次…」
飛びかかる爆豪の首に鎖が巻き付き締め上げられる。そして意識が飛ぶ寸前に緩められ、またもや蹴り飛ばされる。
「いい加減、そろそろ2人して掛かってきたらどうだ?」
「………………」
今は日が傾き、周辺の景色が橙色に染まる頃だった。
何度も吹き飛ばされた2人は全身土まみれでボロボロ。対して月華は多少疲れが見え始めた程度でダメージは無い。
「クソがぁぁぁあ‼︎」
「ふむ………」
連続した爆発で上下左右にフェイントを入れ距離を詰める爆豪。
(フェイントに注意して目を凝らしたいが、爆発のフラッシュがそれを許さない。才能はあり、動きも良くなってきてる)
心の中では感心しているが、寸分狂わぬ鎖の先端が爆豪の頬を打ち抜く。そしてまた蹴り飛ばされ、爆豪は地面を転がり更に土色へと近づく。
(それに比べてそっちは………)
「やっぱり月華さんは攻撃を見てないだけどそれならどうやって対処してるんだ恐らく目以外で状況を判断する機関があるはずなんだたとえば異形系の蛇ならピット器官だけどそれならかっちゃんの爆発が反応するからそれはない他に特殊な目を持った生物といえばイルカとかかな姿からしてその線は無いし…」ブツブツ
ブツブツと自分の世界で憶測を立て続ける緑谷に、月華は軽く引いていた。
「となるとやっぱり伝承にある吸血鬼とかそっちの類いかなそれなら超人的な五感があってもおかしくないし鳥居の影から出ないのも納得いく」ブツブツ
「ッ!」
(マジか。それらしい攻撃はしてないのにそこに気付くか………上手くやってたつもりだったんだが)
「きっと夜になったら影から出て反撃してくる敗北条件を聞いて勘違いしてたけど日が沈むまでが実質タイムリミットか」ブツブツ
「………ッチ! いつまでブツブツやってんだ‼︎ 変われッ‼︎」
「わっ! や、やめ………」
爆豪は軽く緑谷を蹴飛ばしながら交代を宣言する。
「………耳貸せ」
「えっ?」
2人はその場でしゃがみこむ。
(あん? オレの前で作戦会議か?)
緑谷の推測通り、月華の五感は優れている。その作戦会議も集中すれば彼女に聞こえてしまう。
だが正直な話、月華はすでに2人の事を多少評価しており通していいと思っていた。
(せっかくだ。聴覚塞いで作戦は聞かねぇでおこう)
多少の期待を胸に、月華は作戦会議を許し動き出すのを待った。
そして………
「………会議は終わったのか?」
「はい。行きます!」
突っ込んでくる緑谷とその後ろで立っている爆豪。
もしかせずとも協力だろう。緑谷が突っ込み、爆豪が不意打ち。月華は両者を警戒しながら構える。
そして手始めに鎖を振るい、緑谷の脚を狙う。
「スマァァァッシュ‼︎」
脚に巻きついた鎖に拳を振り下ろす。すると小気味良い音を立てて鎖が割れる。
「お!」
(脆くなってた…いや、脆くした………か)
「ずっと割れなかったのに………かっちゃんの言う通りだ」
初撃を防いだ緑谷は更に距離を詰める。
月華は短くなった鎖を振るうが、多少精度と威力が落ちていた。逆に言えば落ちてこれだけの威力と精度があると、緑谷は気を引き締め直す。
「スマァァァッシュ‼︎」
「………はぁ」
緑谷の拳を月華は左手のガードで防ぎ、鎖を握ったままの右手を振り上げる。
「この程度で動揺すると思ったのか? それに………」
振り下ろした右腕に握られていた鎖の先端が、緑谷の背後にいた爆豪を捉える。肩を打たれ、両手から放った爆発はどちらも月華の左右に逸れる。
「不意打ちになってない」
(所詮はまだ子供か………)
最後に少し落胆してから月華は緑谷を突き飛ばした。
突き飛ばされた緑谷は、肩を抑える爆豪の前に倒れる。
「………ふぅ。安心しろ、特別に通してやる。見込みが無いわけじゃねぇからな」
月華がそう言って背を向けようとしたその時………
「待てやゴラ……」
愛想悪く爆豪が呼び止める。
「まだ終わってねぇだろ」
「あ? 通してやるっつってんだ。無駄に強がんな」
(鎖千切れたと油断して目測見誤ったくせに………あ?)
そこで違和感に気付く。
出会ってまだ間もないが、爆豪が鎖の射程を見誤るとは思えなかった。なら何故? 何か間合いに入る必要があったからだ。
「かっちゃんの言う通り………まだ終わってません………気を抜かないで下さい」
不意に聞こえた軋む音で月華は我にかえり、まさかと思った時には手遅れだった。
「テメェら!」
ーーー ズゥン ーーー
重い音を立てて倒れたのは鳥居だった。
鳥居は爆豪と緑谷の居る方へと倒れていた。しかし鳥居のすぐ前にいた事が功を奏し、鳥居は2人の
見方を変えれば潜ったと言っていいのかもしれない。
(最後の爆発はオレじゃなく鼻から鳥居の柱を狙ったっつうわけか。そりゃそうだ。オレが打ったのは左肩だけだもんな。鎖の破壊したのも当たる前提の弱体化目的だな)
月華は顔色を変え、男子高校生2人に目を向ける。
「クク…クククッ………アッハッハッハッハ‼︎気に入った‼︎鳥居をブチ倒す神をも恐れぬその所業‼︎良いぜ‼︎このオレ…
嬉々と笑い、彼女は向け両手を広げて仰け反る。歓迎を身体で体現してるつもりのようだが、その姿は悪党の高笑いのそれだ。
「や、やった!」
「………チッ」
だが爆豪の顔は晴れない。
月華に勝てないと踏んで、緑谷と策を講じたのだ。勝てたとして面白いわけがない。
だが同時に新たな目標が目の前に現れ、爆豪の闘志が更に燃え上がった。
ー
ーー
ーーー
「まだやろかー、まだやろかー………お!」
鳥居から更に10分歩くと、ようやく人が住めそうなデカイ屋敷につく。その玄関の前で、夜々は右往左往していた。
そこへ土まみれのジャージを着た2人の幼馴染がやってくる。
「やっときたーーー! 遅いから2人とも追い返されたと思ったやんか!」
「るっせぇ」
「ゴメン、おまたせ」
「夜々、いいダチ持ってんじゃねぇか」
「せやろ? 婆さんの鎖砕かれてんやん。割とマジやった?」
(婆さん………え⁉︎月華さんってよっちゃんのお祖母さん⁉︎)
(母親が
「おいガキども。今オレに失礼な事言った。もしくは思わなかったか?」
「い、いえ別に‼︎」
「………」
月華に凄まれ緑谷はビビリ、爆豪は面倒くさそうだと無視した。
「フン………ひとまず汚ねぇ。風呂入ってこい」
月華にそう言われ、男子2人は泊まる部屋に荷物を置き、夜々の案内で風呂場へ向かった。
「うわぁ………」
「無駄に広ぇ」
服を脱ぎ風呂場へのドアを潜ると、そこは温泉と間違える広さの露天風呂があった。
洗い場は4つ。そして板でできた1枚の高い壁があり、反対側からこちらと同じように湯気が微かに登っている。
つまり隣は女湯…男女を分けるだけのスペースがあるのだ。ならやはり温泉といって問題ないだろう。
2人は先に土まみれの身体を入念に洗ってから、露天風呂の湯に浸かった。
(気持ちいい………あ、かっちゃんは凄く嫌な顔してる)
幼い頃は同じ風呂に入った事もある。しかし今となっては話は別だ。
ふと視線に入った爆豪を見て、緑谷は目を逸らして距離を取る。
「………おいデク」
「ヒャッ! な、何?」
「キメェ声出すな」
「ご、ごめん………」
「………………」
「………えっと………それで何?」
黙る爆豪に違和感を覚え、乗り気じゃないが勇気を出してもう一度聞く。
すると爆豪はポツリと呟いた。
「………受け身」
「………へ?」
「…クソ下手になってんぞ」
「あ………………」
ー
ーー
ーーー
それは中学時代の話だ。
当時は1年だった幼馴染2人だが、2人は全く異なる人種だった。
片方は強固性に恵まれた才能マン。もう片方は無個性のヒーローオタクだ。2人の共通点はヒーローを目指している事だけ。
その道のりは誰が通るにしても険しいが、緑谷に限っては道すら伸びてない。ヒーローの一番の武器はその"個性"なのだから当然だ。
彼が目指す夢の道中にあるのは、深い絶壁の崖しかなかった。
「では今日は将来の夢について………」
中学生活が始まって間もない頃…授業の一環で将来の夢を語る機会があった。
無論、2人は"ヒーロー"と言った。片方は応援され、片方はバカにされた。
2人の関係が変わったのはその日の帰り道だ。
「デク」
「…かっちゃん? 何か用?」
小学生生活の中、いつのまにか疎遠になっていた2人。話す機会があるとすれば、虐める側と虐められる側だった。
「マジでヒーロー目指してんのか?」
「ッ………」
言葉が詰まった。かつての虐められた記憶が蘇る。
「無個性でノロマで大した長所もねえヒーローオタクが、ヒーローになれるわけねぇだろ」
「…わ………わかんない…じゃないか。前例が無いだけで………僕も…ヒーローに………」
恐る恐る彼の表情を見る。
「………………」
そこにあったのは表情は"怒り"では無い"侮蔑"でも"失笑"でもない。
真顔だった。
いたって真剣な表情で、緑谷を真っ直ぐと見返していた。
「………来い」
ぶっきらぼうにそう言われて付いていった先は、小さい頃によく遊んだ裏山だった。
そこにつくなり、爆豪はわかりやすい大振りのパンチを繰り出す。
「わわっ‼︎」
スピードもそこまで早くは無いが、急な事で尻餅をつく。
それに追い打ちをするように蹴りを放つが、眼前で寸止めされる。
「個性もねぇ。力もねぇ。だったらせめて、倒れない程度の技術は身につけろや」
「………へ?」
この日からだ。彼らの奇妙な師弟関係が築かれたのは。
そしてオールマイトとの出会いにより、この関係が壊れたのは翌々年の話。爆豪との仲が酷く変わったのも、中学2年の終わり頃からの話だった。
ー
ーー
ーーー
(かっちゃんは僕が裏切ったとか思ってるんだろうな。オールマイトの事は言えないし、かっちゃんの好意を蔑ろにする形になったんだ………当然か)
思い出した後ろめたさからか、緑谷は湯に深く浸かる。
「ゴメン」
「…二度と教えねぇ」
「………ゴメン」
2人の間に気まずい空気が流れる。
「二人共、湯加減はどうじゃ?」
そこに老人の声が聞こえる。
低く老いた声だが張りのある渋い声だ。
「あ、はい。気持ちいいです」
「そうか…ならワシも、自己紹介を兼ね入るかのう」
ガララとスライドドアが開く音が聞こえる。
湯気で見えないが、おそらく夜々の祖父が入って来たのだろう。
祖母の月華があの容姿だ。
2人はもう驚かないと心に余裕を持たせながら老人を待った。
「………!」
やがて湯気にシルエットが浮かび上がる。
身長は2mを超え、肩幅や身体つきが凄く横にもデカイ。全体的にオールマイトのふた回りほどデカかった。
「失礼する」
「………鬼だ」
爆豪が呟くのも無理はない。
湯気の中から現れるその姿は、山奥から人里に降りて来た鬼を彷彿とさせる。彼は鬼なのだからなんの間違いもないが………
そして緑谷は夜々がオールマイトを見て言った「画風ならうちの爺さんも負けてへんよ」という言葉を思い出す。そして「そうだね」と思った。
証呂
「本当は君ら仲良いだろ?」
爆豪
「んなわけねぇだろ殺すぞ」
証呂
「やめて♡」