戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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この作品では、アニメ第一話におけるリディアンの入学式当日を4月8日として計算しています。


第一章 転機(シンフォギア)
第九話 覚醒のハートビート


━━━━私立リディアン音楽院高等部。

それは、都内郊外の山上に建つ私立高校であり、その名の通り音楽に特化したカリキュラムと、様々な分野の著名人からの支援により私立でありながらも学費が安い事で有名な、いわゆる『お嬢様学校』であり……

その他にも、二年前のノイズ災害に逢いながらもトップアイドルへと駆け上がった少女━━━━風鳴翼が所属する事や、そのノイズ災害に被災しながらもバッシングを受けた被害者達を支援し、転入枠を設けた事など、様々に話題に挙がる事の多い学校である。

 

その敷地から市街地へと降りた所に、リディアン音楽院高等部の学生寮はある。

入学式も終わり、寮への入室も始まったこの日、その一室に通話をする少女達が居た。

 

「……それで、先生からこってり怒られちゃってさー、もう入学初日からクライマックスの百連発気分だよー……私、呪われてるのかも……」

 

「半分は響のドジだけど、残りは響のおせっかいでしょ?先生まで噂通りって呆れてたんだから……」

 

「人助けと言ってよー。人助けは私の趣味なんだからさ。ねっ、お兄ちゃん?」

 

『ははは……でも響、流石に猫を助けようとして遅刻するのは良くないと思うぞ?その子が居たの、学校の敷地内だったんだろ?だったら用務員の人に頼めば良かったんだよ。』

 

「……なるほど!!思いつかなかった!!」

 

「そういう人って、普通真っ先に頼るところじゃない?」

 

「いやー……目の前で困ってたのでつい身体が……」

 

『その気持ちも分かるけど、それで響に何かあったら俺も未来も心配するんだからさ。出来る事ならもうちょっと自分を思いやって欲しいなーとは、お兄さん思います。』

 

「……それ、お兄ちゃんが言います?」

 

スピーカーホンで話す少女達の名は、立花響(たちばなひびき)小日向未来(こひなたみく)

入学式の今日にリディアン音楽院の中等部から高等部へと進学した高校一年生である。

そして、通話の相手は、別の高校に通う二人の幼馴染、天津共鳴(あまつともなり)

穏やかな会話は響の行き過ぎたおせっかい趣味に終始するかと思えば、通話先の少年の不用意な一言で矛先を変える。

 

「この前のボヤ騒ぎの時に、真っ先に火災現場に突っ込んでいった人はどこの誰でしたっけ?」

 

『うっ!?そ、それは何と言いますか消防車も入りにくい狭い路地での火災だったものですからして……119もコールしてからだったのでこう……』

 

「お兄ちゃんってば、私の心配は山ほどしてきて過保護なのに、自分にはあんまり頓着しないよね……」

 

━━━━そう、少年もまた響と同類なのだ。

 

「……はぁ。私だって心配してるんだからね?二人とも決して無茶はしない事。いい?」

 

「『はーい』」

 

「返事ばっかり調子いいんだから、もぅ……」

 

まるで母親と子どものような会話をしながら、未来は荷物の整理を続ける。

二段ベッドのこの部屋だが、響と未来は上を二人で使い、下は物置にする予定なのである。

 

「……あ、そうだお兄ちゃん!!翼さんのシングル!!明日発売だったよね!?」

 

『……あぁ、ソロ活動始めてからもう三枚目のシングルだっけか。』

 

「響ってばホントに翼さんが好きね。」

 

「うん!!折角リディアンに入れたワケだし、翼さんに是非とももう一度逢いたい!!んだけど……」

 

『まぁ忙しそうだもんなぁ、トップアイドル。』

 

「うん……影すらお目に掛かれず……」

 

「入学初日だし、そんなものじゃないの?」

 

『そうそう、翼ちゃんの卒業までまだ一年はあるし、そう悲観したもんじゃ無いだろうさ。』

 

「お兄ちゃんは幼馴染だからって気軽でいいよねー……」

 

『いや、幼馴染って言っても翼ちゃんのアイドル活動に関わってるワケじゃないから……単純に、あの時に縁があっただけさ。』

 

「あの時……」

 

その言葉に響が思い出すのは、二年前の事。

 

(あの日、ツヴァイウイングのライブ会場で、世界災害であるノイズに襲われた私達は、当のツヴァイウイングの二人と、そしてお兄ちゃんに助けられた……アレは夢でも幻でも無い。

 けど、コレを相談する事は未来にだって出来ないんだもんなぁ……しょーじき、私には荷が勝ちすぎだと思いますカミサマ……)

 

「響?」

 

『……すまん、嫌な事思い出させたか?』

 

「……あ、ううん!?ちょっと初回特典に想いを馳せてただけだから!!」

 

「響ってば……」

 

『ははは、最近はそういうの多いもんなぁ。じゃあ響、未来。そろそろ俺も夕飯だからさ。』

 

「あ、うん!!おやすみお兄ちゃん!!」

 

「はい、おやすみなさいお兄ちゃん。」

 

『あぁ、おやすみ。』

 

その言葉を最後に通話は切れる。

 

「さて……!!響ー?そろそろ本格的に収めるとこに収めないと、寝るまでに片付け終わらないよ?」

 

「うぇ!?それは困る!!じゃあ……まずどれから片付ければいい?」

 

そして、少女達もまた自らの日常へと戻る。

そんな、ありふれた日常のお話。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、地獄だった。

火花散り、硝煙むせぶ鉄火場。

もはや東京とすら思えないほど長閑な筈の山間の一地区は、この夜に限ってはまさに戦場(いくさば)と化していた。

 

「撃て撃て撃て!!撃ち続けろ!!」

 

戦場の片翼を担うは人と機械の軍勢、特別災害対策機動部の実働部隊。常日頃金喰い虫と揶揄される事もある最新鋭の攻撃兵器たちは、しかして戦場を構成するもう一つの相手には通用してはいなかった。

 

━━━━その相手の名は、ノイズ。

 

この世界とは異なる位相に座しながら、この世界の人間を消し滅する為に現れる。悪魔の化身。

 

「ダメです!!ミサイルもすり抜けます!!」

 

アサルトライフル、ミサイル、戦車砲。火と反応によって物理的に最適な力を起こすそれらの兵器たちは、されど次元を超えて存在するノイズを捉える事は出来ず。

 

「くっ……!!通常兵器では無理なのか……!!」

 

指揮官の青年は歯噛みする。

ここより後方には臨時のシェルターとなった避難所がある。下がれば、間違いなく彼等が襲われるだろう。

……だが、ここで踏ん張った所でノイズには物理的攻撃は通用しない。そして、ノイズが触れれば我々は炭素分解能力によって死ぬ。

軍事用語における全滅━━━━損耗率が半分を超えた状態では無い、文字通りの『全滅(・・)』。浮かぶのはそんな最悪のビジョン。

 

━━━━いや、一つだけそのビジョンを覆す可能性がある。

 

特機部内部に広がる、表向きはウワサに過ぎないとされているその機密。

 

 

 

Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 

そのウワサを、裏付ける物は二つ同時に来た。

一つは彼等の頭上を低空飛行で突き抜けて行ったヘリコプター、

そしてもう一つは……

 

『全隊に通達!!指揮権を一課より二課へ移譲される!!繰り返す!!指揮権を一課より二課へ移譲される!!』

 

通信機から聴こえる通達の音声、それを超えて尚、聴こえるもの。

 

「歌……?」

 

 

そして、空から少女と少年が降ってきた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『翼、共鳴くん。まずは一課と連携して、相手の出方を見るんだ。』

 

通信機越しに聴こえる司令の言葉。だが、それに対する彼女の答えは肯定では無かった。

 

「いえ、私達二人なら……問題はありません。」

 

「あー、一課の皆さんもさっきの戦闘で大分派手にぶっ放してます。途中で弾切れ起こしたり、俺が誤射されたら流石にマズいので、一課の皆さんには最終防衛ラインとして後ろに控えて貰えますか?」

 

『……了解した。一課にもそう通達しておく。死ぬなよ、二人共。』

 

「そんなつもりは……」

 

「……さらさら無しですよッ!!」

 

その宣言と共に、彼女━━━━風鳴翼は歌へと専念する。シンフォギアは、歌によってその力を高める。

然らば、その心の中より生ずる歌を叫ぶが吉。という事である。

 

「共鳴!!正面は私が!!」

 

「了解!!周りの連中だな!!」

 

翼がノイズの集団へと突っ込む。姿勢は天地を逆とした大開脚。脚部に新設されたブレードが展開され、近づくノイズを切り刻む。

 

━━━━逆羅刹

 

だが、それでも回転半径は3m程度。逆羅刹をかましながらに動こうとカバーできない範囲は必ず出来る。それを潰すのが俺の役目である。

 

俺の力であるレゾナンスギアは、シンフォギアが歌によって生み出すフォニックゲインを集め力と成す。

シンフォギアがフォニックゲインを直接物理的なアーマー展開に使うのと違い、バリアコーティングに出力を回す為にそこまでの出力確保が出来ないレゾナンスギアでは『元々の形』を展開するのが精一杯である。

 

だが、それで十分。

 

我が家に伝わる天津式糸闘術(あまつしきしとうじゅつ)、その応用。

基にしたのは敵の頭上を取りながら相手の武器を奪う機動攻撃『(つぶら)』。

レゾナンスギアとして数多の糸と解く事が可能になった事で進化したその技の名は、

 

━━━━円舞曲

 

四つ、八つと別れ増えて行くその糸は、触れたノイズを蹴散らし、炭へと変えていく。

糸闘術は本来護身術、護衛術なのだが、シンフォギアと共鳴したレゾナンスギアはフォニックゲインによる強制調律によりノイズへと抵抗無く衝撃を伝えられる。

それ故に、元より熟達者が扱えば鉄をも切り裂く聖遺物もどき(・・・)であるアメノツムギの威力は、そのまま必殺の威力としてノイズを切り裂くのである。

 

 

だが、敵は小型ノイズだけでは無い。後ろに控える大型ノイズ。アレは小型ノイズの集合体であり、奴を速やかに倒さねば対処の難しい程の数の小型ノイズに分かれかねない。

 

「翼!!跳べ!!下は俺が止める!!」

 

「あいわかった!!」

 

跳躍。シンフォギアは装者の身体能力を著しく向上させる。それは、歌によって無限のエネルギーを生成するシンフォギアならではの特性だ。

 

そうして飛び上がった翼を狙う不届きなノイズ共。それを一掃するのは俺の役目だ。八つと別れたアメノツムギを先鞭と成して指の又で繰り、的確に飛び上がらんとするノイズを潰していく。

 

━━━━千ノ落涙

 

飛び上がった翼がフォニックゲインより形成した無数の刃が空より落ちる。狙いは過たず、残る小型ノイズを全て串刺しとなる。

 

「往け!!」

 

「はぁぁぁ!!」

 

その勢いのまま、翼はアメノハバキリの刀身を変形、巨大な剣と成し、一閃を振るう。

 

━━━━蒼ノ一閃

 

刀身より放たれたそのエネルギーは過たず大型ノイズを真っ二つに切り裂き、爆散させる。

 

「状況終了、これより帰還します……一課の人達に、感謝を。あなた方の尽力のお陰で間に合いました。」

 

残るノイズが全て消え去った事を確認し、司令への連絡を行う。

 

俺達『特異災害対策機動部二課』、ひいてはシンフォギアはその存在そのものが機密事項の塊であり、また、司令と並んであからさまなほどに日本国憲法に抵触しかねない程の大戦力である。

それが故に一課━━━━表向きのノイズ対策班の人々には迷惑を掛けてしまって居るな。と思う。

 

翼はシンフォギアの跳躍力そのままに飛び去り、俺もアメノツムギを使って森の中へと去る。

正体を明かせないスーパーヒーローみたいだなぁ。というバカげた考えは、そのまま夜の森へと消えて行った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「隊長……今の歌声って……」

 

「あまり詮索せん方が身のためだぞ?あくまでも彼等の存在は『ウワサ』だ。嘘か誠か、米国もアレを狙っていると聞く。不用意に突けば国際問題になりかねん。」

 

「はい……」

 

『全隊へ通達。状況終了。二課より指揮権の移譲あり。繰り返す、二課より指揮権の移譲あり。これより臨時シェルターの民間人の補助に任務を変更する。

 ……また、二課より伝言。ありがとう。あなたたちのお陰で間に合った。だ、そうだ。』

 

「……いい奴等ですね。」

 

「ある意味傍迷惑な特機部二(とっきぶつ)だけどな……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「昨夜遅くに発生したノイズ災害だが、自衛隊・特異災害対策機動部による住民の避難誘導が完了しており、被害は最小限に収まった……だって。」

 

「はぐはぐ……」

 

「ここからあまり離れてない場所だね……」

 

「うん……」

 

明けて翌日。特に何事も無く……いや、色々はあったのだけれども、まぁ問題になる程ではないまま入った、昼休み。

なんと無料のバイキング形式の学食という豪勢なリディアンの設備に舌鼓をうちながら考える。

ノイズ━━━━認定特異災害とも言われるそれが最近頻発している。というのはネットなどでも話題になっている話であった。

 

ノイズには、あまりいい想い出が無いだけに、少し気になっている事であった。

 

そんな風に思っていると、急に食堂がざわつき始めた。

 

「見て、風鳴翼さんよ。」

 

「まさに孤高の歌姫って感じね……」

 

翼さんが居る!?そう聞いて私は居ても経ってもいられず立ち上がって━━━━すぐ後ろに居た彼女と対面する事になる。

 

「あ、あの……翼さん!!またお会い出来て……光栄です!!」

 

よかった。緊張したけど、ちゃんと言葉は出てくれた。手の中でお茶碗と箸がカタカタと音を立てていることからは必死に目を逸らす。

 

「……ふふっ、立花さん。挨拶もいいけれど、頬にご飯粒ついてるわよ?」

 

そういって、翼さんは私のほっぺをさわり。うわっ、凄い綺麗な指先……そんな事を思う中、翼さんが放してくれた指先を見ると、確かにご飯粒がぺとり。

 

「あわわわわわ……」

 

「小日向さん、ここ、相席いいかしら?」

 

「あっ、はい!!喜んで!!ほら響!!まずはちゃんと座って再起動する!!」

 

「あわわはい!!」

 

あのトップアイドルの翼さんが同席してくれるなんて、私の人生どうなっちゃってるのー!?

 

「ごめんなさいね、いきなり押し掛けてしまって。」

 

「いいいえ!?まったく問題ありません!!」

 

「もう……響ったら。私達としては否やは無いんですけど、一体急にどうしたんですか?」

 

「えぇ……キミたちは中等部の転入組だったでしょう?だから、リディアンの高等部まで上がってきて、どうだったのかな。と、直接聞いてみたくなって。」

 

「それで……私達に?」

 

「えぇ。共通の知り合いも居るし、なにより、転入組のみんなが開いてくれた合唱会で一度会った事もあったワケだし……話も聞きやすいかと思って。」

 

「なるほどー……お兄ちゃんさまさまって感じですね。」

 

合唱会というのは、去年にこの高等部の講堂を借りて行った、リディアンの転入組による出資者の皆さんへの恩返しの事で。

それは当時、転入してきてすぐに高等部の合唱部のエースになったという少女の声掛けで実現した小中高を問わない転入組全員による、感謝の歌を響かせる会となっており、そこに翼さんと、支援団体の代表としてお兄ちゃん━━━━天津家の皆さんが呼ばれたのだった。

 

「ふふっ、えぇ。そうね……共鳴くんさまさまね。それで、どうかしら?リディアンの高等部は。」

 

「はい!!学食が美味しいです!!」

 

「響ってば……やっぱり、校舎が独特なデザインだから戸惑う事もありますけど、やっぱりいい学校だと思います。」

 

「あー、それ確かに。講堂が一階と二階で分かれてるのなんてライブ会場でも無いと見た事無いもんねー。そもそも元居た中学校だと講堂そのものが無かったし。」

 

「なるほど……あれ?でも、だったら式典行事はどこで行うの?」

 

私の言葉に深々と頷いたと思ったら、今度はかわいらしく首を傾げて翼さんが問うてきた内容は、あまりにもブルジョワジーな物であった。

因みに、周りの生徒たちは翼さんの一挙手一投足を見逃すまい、一言一句を聞き逃すまいと必死で、正直プレッシャーを感じる。

お兄ちゃん……もしかしたら名前出したの失敗だったかも……ゴメンね……

 

「普通の学校だと、体育館で行って床に直に座るパターンが多いですよ?敷地的に全校生徒を収容できる施設を二つ併設出来ない所も多いですし……」

 

「そうだったの……ごめんなさい、私は学校というとずっとリディアンだったものだから……」

 

「おぉ……まさにお嬢様……」

 

「響?」

 

「あ、ちょ未来!?その笑顔は流石に怖いからちょっと待って!?」

 

「……ふふっ。本当にあなたたちは仲がいいのね。……折角だから、貴方たちと共鳴くんの出逢いの切っ掛けとかも……聴いてもいいかしら?」

 

「うぇっ!?そ、それはちょーっと恥ずかしいかなぁ……なーんて……」

 

流石に、あの黒歴史(かんちがい)を翼さんに告げるのは恥ずかしさで顔から火が出そうになる!!

 

「いいですよ。代わりに、良かったらこれからもお昼を一緒にしてもらっていいですか?響が熱望しそうなので。」

 

「ちょっ!?ちょっと未来ー!?」

 

「デリカシーの無い事言った罰です。響にも益のある話なんだからコレで手打ちにする事。いい?」

 

「うぅ……はぁい……」

 

「……?」

 

こうして、私は黒歴史を開示される代わりに、翼さんとのランチタイムの約束を手に入れたのであった、まる……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「あぁー……絶対翼さんから変な子として覚えられた……」

 

「間違ってないからいいんじゃない?」

 

「いやでも流石にあそこまで綺麗に笑われちゃうとこう……それ、やっぱり時間掛かりそう?」

 

「もうちょっと掛かるけど……あぁ、そういえば今日は翼さんのCDの発売日だっけ。」

 

「そうそう、今なら店舗毎の特典が豪華で……」

 

「……だったら、早く行かないと売り切れちゃうんじゃない?」

 

 

 

 

━━━━斯くして、立花響はCDショップへ向けて全力疾走しているのであった。

 

「CD!!はっ、はっ、特典!!はっ、はっ」

 

電子化の煽りを受け、CDショップも今や繁華街の表通りからは姿を消してしまい、少し街の中心から離れた所にしか存在しない。

だが、走った事もあってもうすぐ辿り着く。

この先のコンビニのある辻を曲がればCDショップはすぐ近くで━━━━

 

走った事で荒くなった息を整える中で、ふと。気が付いた。気が付いてしまった。

 

━━━━炭の臭い。

 

それも、火の臭いを伴わない、炭だけの臭い。

……ノイズの、臭いだ。

 

コンビニの向かいにあったCDショップの窓ガラスは打ち破られ、そこかしこに残る、『人くらいの量の炭』。

 

湧き上がる恐怖を無理矢理に抑えつけ、辺りを見回す。まだノイズが居るとすれば、逃げなければいけない。

お兄ちゃんが、奏さんが命を賭けて護ってくれたこの命、絶対に、投げだせない!!

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

そんな私を嘲笑うかのように、残酷な運命は私に選択を迫ってきた。

━━━━私の命は、絶対に投げだせない。

━━━━けれど、目の前の命を放っておく事なんて、それも出来ない。

 

逡巡は一瞬、決めた時には既に、私の足は走り出していた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「状況を教えてください!!」

 

「市内各地に散発的にノイズ発生!!群体の数が少なすぎて、場所の特定に時間が掛かります!!」

 

散発的なノイズの発生、それも、一度に五体程度のごく少数の群れの同時多発発生。偶然とは思えない。

 

「くっ……」

 

「すまんが……抑えてくれ、翼。この広域出現をキミたち二人だけで納めるのは不可能だ……既に一課が避難誘導を始めている……被害を最小限に収める為に、お前と共鳴くんの力をピンポイントに投入する事が必要なんだ。」

 

「わかっています!!……でも……」

 

「……悪いな、翼。装者が二人居れば、こういう時の人手になったんだけどさ。」

 

その声は、後ろから。

つい最近、やっと起きたばかりの親友。彼女━━━━天羽奏の声に振り向く。

鳴弥おば様に車椅子を押してもらう彼女には、腕が無い、足が無い。

絶唱のバックファイアでズタボロになった彼女は、けれど絶唱を放つ以前よりも生き生きとしているようにも見えた。

 

「ううん……奏が悪いワケじゃないの……コレは、私の力不足の問題だから……」

 

「にしてもさ。一人より二人の方が楽だろ?」

 

「う……」

 

それは確かにそうなのだ。シンフォギア装者の人員が確保出来れば、この異常に頻発するノイズ災害にも対処する事が可能になるだろう。

だが、無いものをねだってもしようがないし、奏は、手足の他にも問題があった。

 

「……まさか、聖詠が浮かばないとはなぁ。あの時ちょっとばかし全部を出し切り過ぎたかね。心も体も、全部空っぽになるくらい……」

 

━━━━今の奏は、ギアを纏えない。

四肢が無いからでは無いだろう。今の私のギアが、手数を補う為の新たな刃として脚部ブレードを展開したように、ギアは人に非ざる形すら容易く受け入れる自由度がある。

であるからには、精神的な物なのだろう。と櫻井女史は言う。

 

「一応起きれるようになったとはいえ、まだまだ中も外もズタズタの安静状態なんだから~。リンカーを投与しての実験は絶対しないわよ~。」

 

そう宣言してくれたが、今の適合係数では、たとえリンカーを使ったとしても、かつてのようにガングニールを纏えるかは怪しいだろう。

その理由に櫻井女史は今だ悩んでいる。あの天才にわからない事があるとは!?と二課に激震が走ったのも記憶に新しい。

 

「……ってワケで、トモ。翼の事、頼んだぞ?」

 

「はいはい、わかってますよお姫様……すいません。ちょっと連絡をしてきます。」

 

共鳴くんと奏の仲も良好だった。トモ、というのは奏が付けた共鳴くんのあだ名。

元々人懐っこい性格だった奏と共鳴くんの仲が縮まるのは早かった。四肢の事も気にせず、二課のメンバーと違い、それ以前の事も何も知らないから気安いのだ。と彼女は笑った。

 

「……人手、か。」

 

皆が冗談として流している、ないものねだりの夢想ではあるのだが、もしも仮に新たな適合者が出たとして……

 

━━━━その子は戦士として、防人として覚悟を振るう事が出来るのだろうか?

 

まんじりと待つしかない中、ふと引っかかった思考に、どうしても心が持っていかれるのであった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━走る、走る、走る。

 

死が、後ろから迫っている。その恐怖を堪えながら、考えないようしながら走る。

だが、逃げ足の向かう先は郊外の工業地帯。ノイズにシェルターへの道を分断されてしまい、誘い込まれるかのように辿り着いてしまったのが、ここだった。

 

「シェルターから、はぁはぁ……離れちゃった……はぁ、はぁ……大丈夫?」

 

状況の最悪さに、思わず声が漏れる。だが、背中に背負う命の重さを感じて、心を燃やす。

 

「うん……おねえちゃんこそ、大丈夫?」

 

この子は、希望だ。ノイズに襲われそうになっていた少女を助けられたのは奇跡に近い。あんなアクロバット、百回やれって言われたって当然無理だ。

でも出来た。なら、この子を死なせるワケにはいかない!!

 

「うんッ!!へいき、へっちゃらッ!!」

 

それは、お父さんから継いだ言葉。

どんな事に直面してもへこたれない、諦めない為の言葉。

 

━━━━そして、もう一つ。私が諦めないで居られるのは、奏さんの言葉を思い出していたからだった。

 

あのライブ会場で、死にかけていた私に掛けてくれた言葉。

 

『生きるのを諦めるな!!』

 

あの日、あの時、私を助けてくれたあの人は、とても優しくて、力強い歌を歌っていた。

薬品工場と思われる場所に、心の中で謝罪しながら入り込み、考える。

 

━━━━私に出来る事って、なにか無いのだろうか?

 

人助けが趣味な私は、けれどそれ以外にはこれと言って特技も無いし、翼さんやお兄ちゃんのようにノイズと戦う力なんて持っていない。

……そんな私に出来る事が、なにかあるのだろうか?

 

「おねえちゃん……私達、死んじゃうの……?」

 

逃げ込んだ屋上で尋ねてくる女の子に、不安なのだろうな。と思う。だから返す答えはただ一つ。

 

「ううん……違うよ。……ねぇ知ってる?この街にはね?ノイズをやっつけてくれる、カッコいいヒーローが居るんだ。」

 

━━━━それは、きっと今でも戦っている翼さんや、お兄ちゃんの事。

 

視界の端に絶望(ノイズ)が映るのを感じながらも、言葉を紡ぐ。

 

「その人達は、かっこよくて、絶対に諦めないんだ。デッカいノイズにだって立ち向かっていくし、私達みたいに、ノイズに襲われて困ってる人が居たら、飛んできて助けてくれるの。」

 

……けれど、その人達は今は此処には居ない。他の所のノイズを倒しているのだろうか?

それは、仕方のない事だ。あの人達だってカミサマじゃない。誰をも助けられるワケじゃない。

 

でも、私は最後までこの子の希望を奪わないと決めたのだ。

 

「だから……生きるのを、諦めないで!!」

 

その言葉を私が口に出したのは、そういえばそれが初めてだった。

 

━━━━そして、私の胸に刺さったその言葉が、私の放つ言葉になった事。

それこそが、トリガーだった。

 

 

Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)……』

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ノイズの大集団の位置、特定!!湾岸地区の薬品工場です!!」

 

「ッ!?同時に、ノイズとは異なる高出力のエネルギーを検知!!」

 

「特定急いで!!……まさか、コレって……アウフヴァッヘン波形……?」

 

それにいち早く気づいたのは、櫻井女史だった。

それとほぼ同時に俺を貫く、最高潮に嫌な予感達。

一つ目は、未来には繋がった電話が、響とは繋がらなかった事。

そして二つ目はたった今観測されたアウフヴァッヘン波形━━━━即ち、新たなるシンフォギア装者の存在。

 

この二つを結びつけ得る物が、ただ一つだけ存在する。

それは、北欧神話において最高神オーディンが使ったとされる必勝の槍。

放たれれば必ず敵を貫き、そして持ち主の基に戻り、オーディンの手で指し示せば『絶対なる勝利』を確約するという、トネリコで出来た柄を持つとも、世界樹ユグドラシルの枝から削り出されたとも言われる、権能の槍。

 

━━━━その、欠片。

 

「波形パターン、でます!!」

 

画面に表示されるそのコード、それを見た瞬間に、俺は足となる自分のバイクへ向けて走り出していた。

 

 

「ガングニール、だとォッ!?」

 

間違いない。あの反応の基に居るのは━━━━立花響だ。




少女は覚悟を握り、物語は遂に始まる。
少年は決意を握り、悲劇を食い止めんとする。

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