激動の一日が過ぎて、翌日。
私としては珍しく、未来よりも先に目が覚めた。
昨日の夜、結局未来に伝える事が出来たのは感謝だけだった。
それが、ちょっと心に引っかかっていたのかもしれない。
「……あれ?メールが来てる……お兄ちゃんから?」
携帯を確認してみると、朝早くだというのに着信していた電子メール。
お兄ちゃんから届いたその中身は、私を心配してのものだった。
『昨日の件についてだが……未来には俺の方から表向きの理由を建てておいた。
ノイズから一般人をシェルターに誘導するボランティア……って事になってる。
翼ちゃんにも、そういう事で話を合わせてもらう事にしている。
……ホントは、こんな難しい話を響に考えてもらうなんてしたくはないんだが、今日の夕方に返事を聞かせて欲しい。』
「……私、いっつも助けてもらっちゃってるなぁ……」
そういえば、昨日もお兄ちゃんのお陰で未来の追求は薄かった。
それに加えて、昨日の今日で翼さんとお昼を食べるのだし、私のことだから間違いなくヘンテコな事をして未来に心配をかけていただろう。
未来に本当の事が言えないのは心苦しい。けれど、お兄ちゃんがしてくれる事が無意味だった事は無い。
そんなお兄ちゃんが、ここまで気を回してくれる、という事は、この力は、それほど危険だという事なのだろう。
━━━━私は、未来をそんな危険な事に巻き込みたくない。
私はいい。危険に飛び込む事になっても、それはいつもの人助けと同じだから。けれど、未来は違う。
未来は私の帰る場所、あったかい陽だまりなのだ。
だから、どうか何も知らないままで居て欲しい。
偉そうな考えだと、自分でも思う。けれど━━━━
『なんで彼じゃなくて、何も持たないアンタが生き延びたのよ!!』
頭の中をよぎるのは、かつてに浴びた悪意。
ずっと、隣で未来に見せてしまったもの。
━━━━もしかしたら、未来も浴びる筈だったもの。
もう、あんな想いは嫌だ。
未来が大事な存在だからこそ、危険に巻き込むという選択は、私には出来ない。
◆◆◆◆◆◆
「━━━━あら、早かったのね、立花さん。小日向さん。」
昨日に約束した通りに食堂で待っていた私の基に二人が来たのは、随分と早かった。
昼休みになってからまださほど時間は経っていない。まだ人もまばらな時間帯だ。
「はい!!翼さんと一緒にご飯って事で張り切って来ちゃいました!!」
立花さんの返答に、思わず顔がほころぶ。
だが同時に、悲しくもある。防人として━━━━戦士として武器を握る覚悟を持たない彼女が、ガングニールという無双の一振りを纏わなければいけなくなったこの世の残酷にだ。
「……ふふっ、立花さんは相変わらず元気なのね。」
「元気だけが私の取り柄ですから!!」
「……?二人共、なんだか昨日より打ち解けてるような……?」
「あ……あの、それはえーっと……その……」
「……昨日、あの後お話する機会があったの。手隙だったから、共鳴くん達の支援団体が行うボランティアに参加させて貰って、ね?」
「……そう、そうなんだよ!!」
「そう……なんですか。」
「一年程前から、私も都合が合う時には参加させてもらっているの。」
表向きの理由での誤魔化し。だが、あながち嘘とも言い切れないそれは、共鳴くんの発案による物だった。
つまり、『誤魔化しの中に真実を混ぜる』という事。
━━━━こんな細かい嘘のつき方ばっかり上手くなっちゃうなぁ。なんて彼は自嘲していたけれど、効果は上々。
現場に居るのは事実なのだから、『ノイズと戦う風鳴翼を見た』等と言っても避難誘導の事だろうと勘違いされやすくなり、情報処理班の仕事が多少減ったと藤尭さんが言っていた。
「……ごめんなさいね。貴方の友人を、危険な場所に連れて行くような真似をしてしまって。」
━━━━それは、心からの謝罪。
嘘に込めた、一欠片の本当。
「……いえ、響はきっと、目の前で起きたのなら我慢できないと思います。だから……私からも改めて、響の事をお願いします。」
「未来……」
強い少女だ。と思う。
「……わかったわ。必ず立花さんを護ると、そう誓います。」
だから、返す言葉には一点の嘘も無い。心からの言葉。
「……ありがとうございます。」
納得してもらえたかは分からない。けれど、こうして話す事が出来た事は間違いではないと、そう信じている。
◆◆◆◆◆◆
「ビッキー、この後ふらわーに行かない?」
「ふらわーって?」
「駅前のお好み焼き屋さんです。美味しいと評判なんですよ?」
「アニメに出てくるお好み焼きみたいに滅茶苦茶美味しいってさ!!」
その日の放課後、仲良くなったクラスメイト達━━━━
同じ中学から入ってきた入試組だという三人とは入学式も終わってすぐの時、教科書を忘れてしまった弓美ちゃんに教科書を貸した所、『……アンタ、アニメみたいな生きざましてるのね!!』と何故か気に入られた事で友人となったのだ。
そんな三人とのお出かけ、本来なら是非ともお供したい所なのだが……
「あはは……ゴメンね。今日は用事があって……」
「また呼び出し?アンタってばホントアニメみたいな生きざましてるわねぇ?」
「失敬な!!今回のは呼び出しじゃなくて……えっと、そう、ボランティア!!ボランティアの説明会があるの!!」
「もう……響、じゃあ私は皆と行くけど、お兄ちゃんに迷惑かけないようにね?」
「わかってるってばー。」
「お兄ちゃん……?もしや響ってば、ボランティアと言いながら実は未来のお兄さんとデートに……!?」
「「へっ?」」
お兄ちゃんに言われた通りにボランティアと押し切ろうとした私を襲ったのは、弓美ちゃんからの意外な
「ちょ、キューミン。流石にそれは一気に踏み込みでしょ!?」
「そうですわ。せめて響さんが本当にデートする気なのかを確かめてから……」
「な、な、なんでデートする気を確かめる気まんまんなのッ!?」
「それに実のお兄ちゃんでも無いんだけど……」
「えーっ!?違うのぉ!?アニメみたいな展開だと思ったのにー!?」
「さすがに それは ない。」
「それに、仮にそうだったとしても踏み込むのはナイスではありませんわ。」
「ぬぬぬ……響。ごめんなさい。」
「あはは……ま、まぁ幼馴染で仲がいいのは確かだから。うん。気にしてないよ。」
うん、それだけ。確かに一緒に居るのが当たり前で、休日にデートしたりもするけど、幼馴染だから。これくらいは当たり前、だよね……?
「じゃあ、お兄さんによろしくね、ビッキー。」
「ナイスなボランティア、期待してますわね?」
「よよよ……ゴメンよ未来~」
「そこまで気にしてないってば……」
そう言って遊びに出かける皆を見送りながら考える。
━━━━はて、お兄ちゃんとの関係とはどういう物なのだろうか。
お兄ちゃんはあったかい大樹みたいな人で、一緒に居るとゆったり出来る場所。未来とはまた違う、私にとってなくてはならない存在だ。
けれど、こういう存在を世間ではもしや……好きな人、と呼ぶのだろうか。
「…………いや、今はそういう話じゃなくて!!」
「……だったらどういう話なのかしら?」
「ひゅやっ!?つ、翼さん!?」
「話しかけても反応が無いと思ったら急に叫び出す物だからびっくりしたわよ?どうしたの?」
「あー……その、なんでもないです!!えーっと、二課本部に向かうんですよね!?」
「え、えぇ。ホントは重要参考人として来てもらうから規則上は拘束しないといけないのだけれど……女の子が二度も手錠を掛けられるなんてイヤでしょう?だから、暴れないでちゃんとついてきてちょうだいね?」
「はい!!」
気づいてはいけない事に気づいてしまったかのように早鐘を打つ心臓を誤魔化しながら話題を逸らす。
意気地なしだとは思うが、言葉にしてしまえば陳腐になってしまう気がするこの感情をそっと胸に仕舞いながら、手を出してくれる翼さんを握り返しながら二人、二課本部へのエレベーターへと向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆
「はぁい!!それでは結果発表と行きましょうか!!」
「テンション高いなぁ了子さんは……」
「初体験の負荷は若干残ってるけどぉ……身体にはほぼ、異常なし。」
「ほぼ……ですか……」
「えぇ!!ただ、聴きたいのはそういう事じゃないでしょう?」
二課本部内のメディカルルームに、二課のメインメンバーが集合していた。要件はそのものズバリ、響への説明会。
「教えてください!!この力がなんなのか……なんで、私にこんな力があるのか!!」
そして、それは響もまた望んでいた事である。それ故に、隣に居る翼ちゃんが胸元のアメノハバキリのペンダントを取り出し、俺の主導で説明が始まる。
ホントは櫻井女史が喋りたがっていたが、女史の場合専門用語が増え過ぎる為、高校生向けの説明として俺が語らせてもらう事となった。
「翼ちゃんが持ってるそれが第一号聖遺物、アメノハバキリ……その欠片だ。響は古事記とか読んだ事あるか?」
「うっ……漢字ばっかりで難しくてあんまり……」
「まぁそうだろうな。じゃあ、ヤマタノオロチとスサノオは分かるか?」
「あ、それならわかる!!ゲームとかアニメでよく出てくるし!!」
「そのスサノオがヤマタノオロチを退治する時に使った剣こそが、このアメノハバキリってワケだ。」
「……えっ?アレってゲームとかの設定じゃないの!?」
響の驚きも尤もな物である。聖遺物━━━━異端技術によって造られた代物など、一般人からすればただの御伽噺にしか見えないだろう。
「あぁ、驚いた事に、こういう神話や伝承に出てくる物の中には、『本当にこの世界に実在した』物が混じっている。そういったかつての超技術で造られた物を『聖遺物』と呼ぶ。」
「聖遺物……でもお兄ちゃん、私そんな物持ってないよ……?」
「……響、二年前のライブ会場で、俺はお前を護り切れなかった。」
「えっ……?」
櫻井女史は察してかスライドを切り替えてくれる。やはり自称する通りの出来る女である。
切り替えられたスライドは、響のメディカルチェックの結果。
━━━━俺とツヴァイウイングの二人の危惧を裏付ける証拠。
「あの時、お前の胸を貫いた欠片……それを俺も含め、誰もがただの瓦礫だと思っていた。けど、実態は違った。」
よくよく考えれば、あの時点で気づくべきだったのだ。
奏さんと俺の間に瓦礫など無かった。であれば、通り抜ける物は炭へと還ったノイズか、『天羽奏の一部』しか有り得ない。
「……あの時、アタシが纏っていたギア、第三号聖遺物、ガングニール。その欠片だったんだよ。」
「奏さんの……」
「あぁ、そして、その欠片は響、お前の想いに答えて歌を造り上げた。」
「歌……そういえば、あの時も胸の中から歌が浮かんできて……それで、翼さんや奏さんみたいに歌えばノイズに立ち向かえるのかなって……」
「……そう、だな。それは大体正しい認識だ。聖遺物は確かにかつての超技術で出来た物だが、その大半は経年劣化や損傷によって失われている。
翼ちゃんのアメノハバキリも、恐らくは草薙剣とかち合った時に零れた刃の欠片だろうし、奏さんのガングニールも一部分の欠片しか残っていない。」
語りたくてうずうずしている櫻井女史を華麗にスルーしながら講義を続ける。
「そんな聖遺物の欠片も、特定振幅の波動━━━━コレを俺達はアウフヴァッヘン波形と呼んでいる。それを受ける事で本来の力の一部を発揮し、無限の力を産み出すアンチノイズプロテクターとなる。それを俺達は『シンフォギア』と呼んでいる。」
「シンフォギア……」
「……ここまでで、何かわからない事はあるか?」
「はいお兄ちゃん!!大体全部、全然わかりません!!」
勢いのある返事、それに対する周囲の反応は納得が強い。
異端技術がどうだの、特定振幅の波動がどうのこうの……専門用語が多すぎるのだ。
「翼は、こういうの得意だったよな?アタシは全然わかんなくてさー。」
「まぁ、私の場合は幼い頃から櫻井女史と共にシンフォギア作成に関わっていたから……完成後に見つかった初の適合者である奏とは少し事情が異なるし……」
「適合者?」
「あぁ、さっきも言ったアウフヴァッヘン波形……つまりは聖遺物が気に入るいい声の持ち主の事さ。」
「気に入るとはまーたロマンチックねぇ共鳴くんてば……聖遺物はあくまでモノでしょう?」
俺の説明に早々と茶々を入れてくる櫻井女史。聖遺物研究の第一人者として譲れないものがあるのだろう。
「確かに聖遺物は物ですけど……物にだって好きや嫌いもあるかも知れませんよ?それに、歌で強くなれるのはシンフォギアだけじゃなくて、俺もですから。」
「それは確かにそうだけれども……」
「あ、そうだ!!」
俺達の話を聞いてなにやら思いついたのか、急に叫び出す響。
「どうした?」
「私や翼さん、奏さんのがシンフォギア、というのは分かりましたけど、お兄ちゃんのはまた違うんですか!?」
「あー……なるほど、そう来たか……」
「うーん……そうねぇ。とりあえず今日の所は、『シンフォギアと一緒に戦うと強くなれる』……そういう物だと覚えて行ってちょうだい。流石に込み入った話はまたぞろ専門用語がいーっぱい出て来ちゃうから……流石に嫌でしょう?」
「うっ……そう言われると……流石に……」
流石は櫻井女史、響が専門用語に弱い事を理解して切り替えてくれた為に、それなりに簡潔にレゾナンスギアの性能を纏めてくれた。
最初からそうして欲しいという率直な感想は胸に仕舞っておく。
「あとは、何かあるかな?」
そうしているうちに、小父さんが話を纏めに入ってくれた。
「あの……やっぱり、この力の事を誰かに話すのは、ダメなんですか……?未来にだけは……親友にだけは、隠し事をしたくないんです!!」
だが、それを跳ね返す響の言葉は、俺の胸にも突き刺さる物だった。
……当然だ。響と未来は親友なのだ。こんな大きな隠し事、本来はしなくてもいい関係なのだ。だが━━━━
「それは、難しい。……シンフォギアは、災害であるノイズに対抗出来る現状唯一と言っていい手段だ。さらに言えば、歌に応じて無限の力を得るというエネルギー問題への切り札になり得るその強大な出力……
シンフォギア開発の第一人者である了子くんしか彼女の理論を理解できる者が居ない為に現在は日本にしか存在しないこの力はあまりにも強大だ。特に、米国や中国と言った世界での強権行使を狙う勢力は、是が非でもシンフォギアを、聖遺物を手に入れようとするだろう。」
「……二年前、あのライブ事故の直後に病院を狙ったテロ事件が起きた。空調設備に睡眠ガスを流し込むという大量殺戮にすらなりかねないその事件は、警察の特殊部隊によって鎮圧され、幸いにも死者を出す事無く収束した……と、されている。」
「えっ……?」
小父さんの説明でいっぱいいっぱいだろう響には悪いと思いながらも、俺は語り出す。あの事件の経緯を。
「表向きはノイズを天使であり天罰であると主張する十字教の過激派の仕業とされているが……その真の実行犯は米国から依頼された民間の軍事企業━━━━いわゆるPMCの精鋭だった。明確な証拠こそ残してなかったけどな。
そして、その狙いは俺……そして、俺が使っているこの糸の聖遺物━━━━アメノツムギだった。」
「…………」
響は、何もかもが分からないだろうに、しっかりと俺の目を見ながら聞いてくれた。
「……結局、その事件そのものは弦十郎小父さんと二課の皆のお陰でめでたしめでたしで終わった。けれど、二度目もそうであるとは限らない。実際、何かが違って居れば俺は此処に居なかっただろう。」
「ッ!!」
その言葉に、翼ちゃんや響が身構えるのを感じながらも、その続きを紡ぐ。
「……国家間の暗闘というのは、まるでアニメやマンガみたいだが、本当にある事なんだ。そして、二課という後ろ盾があっても危険な事はある。だから……未来にも、響にも何も告げる事が出来なかった。」
━━━━コレは、贖罪なのだろうか?それとも、単なる自己弁護なのか。
「……勿論、俺達二課が全力で君を護る事は断言する。だが、それでも力及ばない可能性はゼロでは無い。」
「それほどに、シンフォギアという力は強大だという事を分かって欲しいの。」
「……脅しをかけるようになってしまってすまない。それでも、その力━━━━ガングニールのシンフォギアの力を、我々特異災害対策機動部二課に貸しては貰えないだろうか?」
「…………でも。そうだとしても、こんな私が、誰かの力になれるんですよね?」
決断を迫られた響に、俺は何も言えなかった。
何も知らせず、何も語らず、何も教えなかった俺が、今更何を口出しできようか。
だが、それでも━━━━できる事なら、断って欲しかった。そんな俺の甘ったれた我儘は、当然のように打ち砕かれる。
「……そうか。ありがとう。」
「…………」
黙り込んでいたのは、俺だけでは無かった。
翼ちゃんと、母さんもずっと黙り込んでいる。
逆に、歓迎の意を示したのは奏さんだった。
「響、ありがとうな。決意を握ってくれて。」
「奏さん、私……まだよく分かってません。けど、それでも……この力が役に立つのなら、誰かを助けたいんです!!」
「……あぁ、その想いがあれば、ガングニールはきっと応えてくれるさ。アタシの代わりに翼とトモの事、頼んだよ。」
「はい!!頑張ります!!」
━━━━そんな、微笑ましい筈の会話を引き裂いたのは、非常事態を示す警報だった。
◆◆◆◆◆◆
「ノイズ出現!!場所は……リディアンから約200m!!」
「近い……!!翼!!共鳴くん!!直ちに出撃を!!」
「「はい!!」」
ノイズの警報に反応し、駆けてゆく二人を見届ける。
こんな事しかできない自分に歯噛みする。
ノイズが持つ位相差障壁、そして何よりも万物を炭化せしめる物質転換能力。
その最強の矛と盾を前にしてしまえば、これほど鍛え上げた肉体すらなんら役に立たない。
それ故に、それを打ち破れる少年少女たちに全てを託さなければならない無力は、もう何年も食いしばってきた物だ。
「私も行きます!!」
だからこそ、出来る事ならば彼女を止めたかった。
協力━━━━どちらかと言えば、此方の庇護下に入って欲しいという要請を、快く受けてくれた少女。
ガングニールの新たなる適合者、立花響くんを。
「……響くん、キミはまだその力を纏い始めたばかりだ。……それでも、行くのだね?」
「はい!!私の力で誰かを……お兄ちゃんと翼さんを助けられるなら!!」
「……行ってきなさい。ただし、戦闘中は共鳴くんと翼の言う事にちゃんと従うという事だけは約束してくれ。」
「はいッ!!」
だが、出来なかった。
決意を握った拳という事実は堅く、我々が人手不足である事もまた事実。
彼女という戦力が入れば二課の取れる戦術は大きく増える。
打算的だが、それ故に取らねばならぬ二課司令としての決断。
その打算が示した答えは、庇護者の居るうちに
「……いい子ですね。誰かの為に動けるなんて。」
「それは、どうかな。」
思わず、口に出た言葉。
拳を握って、防人たらんと共行さんや兄貴と共に戦ってきた俺の経験が告げる、彼女の異常。
「翼や共鳴くん、俺達のように防人として鍛え上げて来たのでは無く、ただ『誰かを助けたい』という想いだけで命を賭けて鉄火場に飛び込める……
それは、異常な事では無いだろうか?」
「ライブ会場の惨劇……そしてその後のバッシング……人の無意識な悪意が紡いだ悪意の坩堝……私達は、とんでもない傷痕をあの子に遺してしまったかも知れないわね……」
了子くんの残酷な分析に静かに首肯を返す。
我々が行った実験と、その果ての事故が彼女に齎してしまった物は、あまりにも大きい。
彼女のような人々を護らんと力を振るい続けた共鳴くんが居なければ、彼女の人生はさらに捻れ狂って居ただろう事は想像に難くない。
「別に、そこまで心配しなくても大丈夫だと思うけどねぇ」
「奏くん……しかし……」
「アタシだって、最初に槍を握った理由は不格好だったけどさ。最後には、心から歌を歌えた。
だから、きっとあの子は大丈夫さ。見守ってやんなよ、弦十郎のダンナ。」
彼女を心配する俺にそう冷静に指摘してくれたのは、鳴弥くんに連れて来てもらった奏くんだった。
確かに、そうだ。天羽奏がガングニールを手にした理由はただ一つ。
━━━━アタシにアイツ等をぶっ殺せる力を寄越せ!!
その叫びは、今でも記憶の中に焼き付いている。
そして同時に、確かに今の彼女は自らも言う通り、その時とは全く異なった姿を見せている。
手足が無くなった事では無い。彼女自身の在り方の変化とでもいうべき物。
……屈託のない笑顔を、見せてくれるようになった。
「……であれば、猶更響くんを護らねばならんだろうさ。奏くん。キミのように彼女が屈託なく笑えるよう、汚い事を引き受けるのが大人の仕事だ。」
「ダンナもお堅いねぇ……」
「それと、鳴弥くんにも迷惑を掛けるな……」
「いいえ。コレくらいは迷惑の内にも入りませんよ。響ちゃんがやらかしてしまう時はそれはそれはもう……
ふふっ、だから共鳴が過保護に彼女を護りたいというのも、彼女が共鳴の力になりたいというのも、そのどちらをも、私は見守ってあげたいと思います。
男が決意を握るように、女も覚悟を握る者なんですよ?」
「そうか……ふっ、やはり覚悟を決めた女性には勝ち目がないなぁ男衆は!!」
過去は変えられない。だが、未来はこれからを生きる彼女達のものだ。であれば、そんな彼と彼女達が輝ける未来を握れるようにしなければならない。
そう、俺は改めて決意したのだった。
◆◆◆◆◆◆
今回のノイズの出現位置は最悪と言ってよかった。二課本部を擁するリディアンの高等部から降りた商店街、もっとも近かったそのド真ん中に出現したノイズ達は瞬く間に深夜まで営業していた善良な人々を炭へと変えて、自らもまた消えて行った。
「……」
怒りを胸の内に抱いて、レゾナンスギアをセットする。
響を止められない俺の無力さへの怒りも、罪なき人々の総てを奪っていったノイズへの怒りも、その全てを表に出さぬように努めながら、俺は翼ちゃんと共に、ノイズの残党が集まっていた高速道路へ立つ。
「……行きましょう。共鳴くん。」
「……あぁ。」
会話は最小限。最速でノイズを殲滅せんとする意思を伝えあう。
「
アメノハバキリが展開し、ノイズを調律し、フォニックゲインを以てそれを殲滅する為に歌が鳴り響く。
「レゾナンスギア、
レゾナンスギアもまた然り。アメノハバキリがもたらすフォニックゲインを受けて震えるギアを握り込む。
『Guoooooo!!』
それに対するノイズの答えは単純だった。即ち、融合と巨大化だ。
数を頼りに押してはただ各個撃破されるだけと知っているのか、それとも単なる条件反射なのか。
クロールノイズ━━━━オタマジャクシに前脚が生えたようなノイズ。その巨大種にも見えるその緑の巨体は、エリマキのように装備していた部分を撃ち出してくる。
「共鳴!!」
「了解!!」
名前を呼ぶだけでお互いのやり方を把握、最適な戦法を選択する。つまり、この場合は翼ちゃんが虎穴へと入り、俺がその穴を保持する、典型的な
翼ちゃんは飛んで来るエリマキを的確に避ける。脚部のブレードの展開すら行わずにすり抜けた翼ちゃんを、ブーメランのように戻ってきたエリマキが撃ち落とさんとする。
「させるかよ……!!」
それを防ぐのが俺の役目だ。
八本へと増やしたアメノツムギによる対空迎撃、基となった技は、矢を相手へと跳ね返す
八つのエリマキを、八本の糸が撃ち落とす。
「はぁぁぁ!!」
そして、接近を許した巨大ノイズに翼ちゃんが肉薄する。逆羅刹による擦れ違いざまの斬撃。しかし、浅い。脚部ブレードだけではあのノイズを一息に切り裂く事は出来ない。
だが、浅いとはいえその損傷ゆえにに動きが鈍ったノイズは最早次斬にて切り裂かれる━━━━筈だった。
「とりゃあああ!!」
「響!?」
響が降ってきたのは、ノイズにとっても、俺達にとっても想定外だった。
体重の乗りも甘い、見様見真似が透けて見える飛び蹴り。
着地の事も一切考えてないそれは、しかしそれでもフォニックゲインによる調律を以て巨大ノイズへと確実にダメージを徹す。
「ゴメン、翼ちゃん!!俺は響を!!」
「了解した!!」
判断は一瞬、あと一撃で倒せるノイズでは無く響の安全を優先する。
翼ちゃんに最後の一撃を任せ、不格好に地面に叩きつけられそうになっている響を捕まえる。
咄嗟の事で足しかつかめなかった事で逆さ宙づりというマヌケな恰好になってしまったが、地面とキスするよりはいいだろうと判断する。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?おーろーしーてー!!」
「いきなり乱入しておいてその態度か……」
「私だって、お兄ちゃん達の役に立ちたいの!!」
「……その気持ちは嬉しい。けど、もしも今日の襲撃がここまで小規模じゃなかったら、響。お前を護り切れないかも知れない。」
「だったら護られないで戦う!!奏さんから受け継いだ想いは、もう私の想いでもあるんだから!!」
その決意に、気圧されてしまう。
そんな俺達の後ろでは翼ちゃんの一撃により巨大ノイズが真っ二つになっていた。
「まず降ろしてってばー!!」
「……わかったよ。」
「ありがとう、お兄ちゃん!!……翼さーん!!」
その決意は確かに強く、尊い。けれど、それで響が傷つけばその分悲しむ人が居ると言うのに……
そう思って響を見守っていた俺の眼の前で起きた事はにわかには信じられない光景だった。
「━━━━そうね、貴方と私。共に戦えるかどうか。それを見極めましょう。」
━━━━まさか、防人である翼ちゃんが、護るべき人である響にその剣を向けているなんて。
その過保護な心配は、きっと同じもので出来ている。