「━━━━そうね、貴方と私。共に戦えるかどうか。それを見極めましょう。」
私は、乱入者たる少女へと剣を向ける。
決意を握った彼女、けれど護られるべき日常の証。
━━━━護るべき相手に、この剣を向ける。
当然、そんな事は防人としては恥ずべき行為である事は分かっている。
けれど、それでも問わずには居られない。
「ふぇ……?」
「立花さん、私は小日向さんと約束したわ。『必ず貴方を護る』と。けれど、貴方は自ら危険に飛び込む事を決めた。
━━━━だから、貴方が
貴方が奏から受け継いだ物。ガングニールとは、万象を貫く無双の一振りに他ならない。そのアームドギアたる槍を構える事も出来ない貴方が、どうして傷つきもせず戦えると思うの?」
「未来との約束……それは……けど!!私だって、誰かの役に立ちたいんです!!」
「━━━━誰かの役に立つ事は、死をも覚悟する戦場に立つ事でしか出来ないの?」
「……ッ!?」
言葉の刃が、彼女を貫いてゆく感触。
悪趣味な事だ。と、心の中で吐き捨てる。
けれど、誰かがしなければならない事だ。
この身は剣、人々を護る防人であるのだ。
━━━━ならば、抜き身のままで護るべき誰かから嫌われたとて支障はない。
「翼ちゃん!!」
「共鳴くんは口を出さないで!!コレは私と、彼女自身の問題です!!」
よほど大事なのだろう。彼女を案じて走ってきた共鳴くんを先んじて止める。
コレが、卑怯な物言いである事も承知している。
「……私、まだ分かりません。どうして私なのか、とか。この力がどういう物で、アームドギアっていうのが何なのかも、全然分かりません。
けど!!私は、もう何も握れないままで居るのはイヤなんです!!」
「……それが、駄々を捏ねているだけだという事は、分かっているのかしら?さっきの飛び蹴りについてもそう。
共鳴くんと私の二人共が居たからまだ良かったけれども、もしもどちらかしか居なければ、貴方を支援する事は出来なかった……もしも、その状態で襲われて居たら?」
意地の悪い質問だ。もしもなど有り得ないし、有り得ないように私も共鳴くんも立ち回る。だが、それでも取りこぼさない等と思い上がる事は出来ないのだ。
「うっ……」
「━━━━例え力があっても、握る決意があっても、人はそれだけで戦えるワケでは無いの。
強さとは、鍛えられた技と心と体に宿る物……今の貴方には、心しか無い。けれど、それは当たり前の事でもあるの。
誰もが戦う為に鍛えているワケでは無い。だからこそ、護らんとする防人はその強さを鍛え続ける。」
歌に宿るフォニックゲインを練り上げ、空中に固着させる。作り上げるのは剣の形。
━━━━千ノ落涙
「だから、貴方はどうか戦わないで。」
狙うは彼女のすぐ傍の地面。けれど、決して当たらぬように慎重に狙いを付ける。
恐怖を齎すだろう。或いは、私への嫌悪かも知れない。
だが、それでいい。
……戦う事は、恐ろしい事だ。ノイズを前にして恐怖し、胸の歌を喪えば……彼女は死ぬ。
そうなる前に、戦場から引けば彼女が傷つく事は無い。
━━━━そんな、私の想いは、けれど届く前に打ち払われる。
「……ゴメン。翼ちゃん。響が傷つくのは、確かにもう二度と見たくない。
━━━━けど、その為に翼ちゃんの心が傷つくのも、俺はイヤだ。キミの涙だって、俺は見たくない。」
「……泣いてなんか、居ないわ。」
「きっと、心の中で泣いている。だから、落ち着いて話し合おう?
悪役なんて、翼ちゃんには似合わない。」
その真っ直ぐな言葉に、必死に造った虚飾を剥がされてしまう。
こうなってしまっては、悪役となってしまった私の脅し文句も立花さんには通じないだろう。
「……はぁ。貴方はどうしてこう……立花さん、貴方を傷つけようとした事は謝るわ。
けれど、貴方が未だ未熟であると思うのも、貴方に戦ってほしくはない。というのも、私が胸に抱く事実よ。
だから、せめて私か共鳴くんと一緒に戦ってちょうだい。
その上で、貴方が戦士として総てを賭して戦えるのかどうかを見極めさせて貰いたいの。」
「は、はぁ……私がまだまだ未熟だというのはわかりました。
けど、未熟と言われても、何から始めればいいのか……」
それは確かにその通りだ。
今まで鍛える事もしてこなかった少女に、いきなり過酷なトレーニングをしろというのも難題であろう。
しかし、私や共鳴くんのしている訓練は幼少から積み上げて来た物であり、これにいきなり混ざれというのもまた過酷過ぎる。
「言われてみれば確かに……戦ってほしくないって想いばっかり先行してて、響の決意を尊重するとしてどうすべきかは考えて無かったな……」
コレは共鳴くんも同じだったようで、爆発炎上した高速道路を背景に、三人して首を傾げる事となってしまう。
「どれ、だったら俺に任せて見ちゃくれないか?」
そんな私達に声を掛けて来たのは弦十郎叔父様だった。
「叔父様!?どうしてここに!?」
「どうしてってお前……お前さんが響くんにアームドギアを向けるから止めに来たんじゃないか。ま、要らん心配だったようで何よりだ。」
「うっ……」
今度は、私が言葉に詰まる番だった。
確かに全く以てその通りであり、心配をかけてしまった事が心苦しい。
「ま、とりあえず本部に戻ってから話そうじゃあないか。現場の封鎖も必要になるしな。」
そう言ってなんでもない事のように流してくれる叔父様に心の中で感謝しながらも、すべて読み切られていることに顔から火が出そうになる想いが抑えきれない。
そんな、締まらない一幕と相成ってしまったのであった……
◆◆◆◆◆◆
「さて、改めての話だが……響くん、キミもまた、護る為に戦いたい。この気持ちに変わりはないね?」
「はい!!もう、護られるだけなのは嫌なんです!!」
あの後、後処理を任せて俺達は二課本部へと戻っていた。
先ほどと同じメディカルルームで話される内容は、響の決意を受けての現実的な話。
「……小父さんが、響に戦い方を教えてくれるんですか?」
思わずジト目になるのは仕方のない事だ。なにせ、レゾナンスギア完成後に教えを請うたのだが、その特訓の内容というのが━━━━
「……映画見て、映画通りのトレーニングを成し遂げるっていうあのやり方で?」
普通に考えて、ああいう作品のトレーニングシーンというのはエンタメ作品としての見栄えを重視している物であり、効率的なトレーニングと言えるかは微妙なのだが……
「なんだなんだ?オレはいつもあのスタイルなんだが……なにかおかしかったか?」
━━━━この通り、理不尽にも小父さんはやり遂げてしまって居るのだからたちが悪い。
「映画……?映画って言うと……あの、映画ですか?」
「あぁ!!響くんは、アクション映画などは嗜むかな?」
「はぁ……まぁそこそこは……」
「うむうむ……とはいっても、響くんの場合は、今だアームドギアの形が定まっていない。ガングニールという事だし、恐らくは槍の形となるのだろうが……六合大槍の映画は流石にまだ揃えていないし、しばらくは走り込み等の基礎トレーニングからだな。」
「六合大槍ってそれ八極拳じゃないですか……それ、門外不出の技じゃなかったでしたっけ?」
「ふっ……世の中には、浪漫の分かる拳法家というのが居る物なのさ。」
「さっきから、言ってる事全然わかりません……」
響の言う事ももっともである。
中国拳法と一口に言っても様々な物があるが、今話題に挙がった八極拳とは、身体を徹る勁を使いこなし、自らの身体を砲台と化す合理の拳法であり、有名な使い手として李書文などが存在するシロモノだが、コレはあくまでも中国拳法について詳しい界隈にとっての話であり、一般的な認知度は決して高くはない。
「あー……ゲームとかで時々出てくる拳法の事だよ。それの元ネタ。」
「……それって、実現できるの……?」
「あんまり信じたくないけど実現出来てるんだから人間って凄いよなぁ……」
「えぇ……?」
胡乱な物を見る目で小父さんを見る響と、それを気にも留めずに呵呵大笑する小父さん。
「あぁ、そういえば響。ちゃんと宿題はやってるか?ボランティアに参加してるって事になってる以上、勉強に関してまでは流石に手助けしてやれないからな?」
「うぇッ!?」
トレーニングに関してはここまでと切り上げ、表向きの理由と辻褄を合わせる為に念のために話を振ったのだが……この反応はまさか……
「えーっと……協力の代わりに免除とかは……あっ、ごめ……ごめんなさーい!!」
「……テストでいい点を取れとまでは言わんから宿題くらいはちゃんと取り組みなさーい!!」
「あばばばば!!お兄ちゃん!!頭ぐりぐりはやめて!!痛くはないくらいの手加減が逆に心に刺さる!!」
「はぁ……前途多難ね、コレは……」
「はっはっは!!元気がいいのは良い事だ!!悩むくらいでちょうどいいのさ。……さて、響くんはそろそろ戻った方がいいだろう。後の話はまた今度にしよう。」
「あっ……はい。じゃあえーっと、翼さん、お兄ちゃん、弦十郎さん。これからも、よろしくお願いします!!」
「……えぇ、お願いね。」
「あぁ、よろしく頼む。」
「……あぁ。」
そう言って改めて、深々と頭を下げて立花響は去って行った。
「……別に、俺にまで改まって言う必要は無いだろうに。」
「貴方が心配している事をちゃんと分かっている証じゃないかしら?……それでも、決意は揺らがない、強い子ね。」
「だからこそ心配なんだが……じゃあ小父さん。俺も翼ちゃんもそろそろ帰りますね。」
「あぁ。」
「あ、ちょっといいかしら共鳴くん。その前に、奏に立花さんの事を伝えたいのだけれど……」
「あ、そっか……じゃあ一緒に行こうか?」
「えぇ、お願い。」
奏さんは二課の一室を改装した部屋……俺が二年前に入院していた部屋に今は泊っている。四肢が崩壊した今の状態では、今までしていたという一人暮らしも不可能な為、経過観察も兼ねての処置だという。
翼ちゃんと共にその部屋に向かいながら考える。
「母さんも今日はコッチに泊まり込みかな……」
「……ごめんなさい。鳴弥おば様に仕事外でまで迷惑を掛けてしまって……」
「いいのいいの。母さんが言うには奏さんのご両親とも知り合いだったって言うし、本人も楽しんでやってる事だから。」
「鳴弥おば様が……?」
「あぁ。母さんがまだ大学で聖遺物━━━━それも、日本の聖遺物について調べてた時、奏さんのお父さんが同僚だったんだそうだ。発掘チームが襲撃される前にはあの現場にも行ったって言うし、あの事故のどさくさで消えた聖遺物━━━━『
「そんな繋がりが……人って、やっぱりどこかしらで繋がっている物なのね……」
「あぁ……響も、翼ちゃんも、奏さんも……皆、この世界の中で繋がっているんだな。」
本当に、そう思う。だから、この繋がりを喪いたくないのだ。
繋がったこの暖かいぬくもり。隣に居るだけであったかいこんな関係を、決して壊したくはないから……
「……共鳴くん?」
そんな風に感じ入っていると、翼ちゃんが顔を覗き込んでいた。
「うぉぁ!?ご、ごめん……ちょっと考え事してて……」
「人の顔を見ていきなり飛びのくのは流石にどうかと思うのだけれども……あ、奏の部屋はここね。」
━━━━改めて思うと、翼ちゃんは可愛らしい顔立ちなのだ。
いや、ツヴァイウイングというアイドルとして世界に羽ばたかんとしているのだからある意味当然なのだが……
俺がよく共に立つ戦場での翼ちゃんは大抵キリリとした表情なので、戦うのに忙しいのも相まってあまり気づけないだけで。
二年前から相も変わらず枯れているだのと良哉達クラスの男子から弄られる俺でも、流石にこうも距離が近いと意識もするのだ。
「奏?居る?」
そうして翼ちゃんが端末でロックを解除した部屋の中には━━━━
「へ?」
「あらまぁ、ロックし忘れてたかしら。」
━━━━服を脱いだ奏さんと、その肌をタオルで拭いている母さんの姿があった。
「ッ!!」
「っぶね!?」
殺気を感じて即座にブリッジ回避、そのまま社会的死を回避する為倒れ込みながら翼ちゃんから離れる方向へと転がり、即座に立ち上がる。
一瞬前まで俺の顔があった所を通過する翼ちゃんの平手を見ながら弁明を考える。いやだってコレどう見ても事故じゃないですか。
「……見ましたか?奏の、裸を。」
「……はい。でもすぐさま回避したのでどうか許してください」
俺が取った手段は、土下座だった。
命を護らんとする本能が翼ちゃんに逆らうなと叫んでいたが故の反射行動。
あと、嘘は言わなかった。翼ちゃんの隣に居た以上、流石に見ていないと主張するのは無理筋である。
「……」
「……」
廊下に流れる気まずい沈黙。
「ごめんね~共鳴。いっつもこんな時間の来客なんて無いから油断しちゃってたわ~」
それを壊してくれたのは、母さんの変わらぬ暢気な声だった。
◆◆◆◆◆◆
━━━━まさか、こんなベタなシチュエーションに遭遇するだなんて思わなかった。
鍵を掛け忘れて裸になってる所に入ってくる異性だなんて、今どき少年漫画のお色気シーンでも見ないだろうに。
生きていれば色々あるものだな、と思う。
だが、それはそれとしてこの空気はどうにも落ち着かない。
裸を見られた事は確かに恥ずかしいとは思うのだが……
━━━━そもそも、今のアタシの裸なんて、見た所で痛々しいだけでは無いだろうか?
「ははは……ゴメンなトモ、見せるのがこんな身体で。」
「そんッ!?……申し訳ないです。確認もせずに……」
そんな自虐ネタで空気を変えようとしたのだが、一瞬トモの目線が此方を向いただけで、その後はすぐに顔を背けてしまいどうにも振るわなかった。はて?
そんな想いで翼を見て見ると、般若か何かのような殺気でトモの事を見ていた、なるほど、トモが言いよどんだのは翼の殺気を感知してか。
割と分かりやすいもので、翼はきっとトモの事が好きになり始めているのだろう。
一緒に死線をくぐってきた相棒、それも幼馴染の男性ともなればなるほど、ロマンスである。
それに実際、トモは一緒に居て心地よい男性だ。まだ起きてから数週間程しか交流していないアタシにもわかる。
此方の複雑な立場━━━━アイドルだとか、装者だとか、四肢が無いだとか……そういった事を、大して気にも留めずに、面と向かって一人の人間として向き合ってくれる。
そんな人物は、トモ以外だと弦十郎のダンナくらいだ。しかも、ダンナみたく親目線でも無い、本当に『同世代』なのはそれこそトモしか居ない。
まぁ、そんな彼でも、流石に性的な話題になると動揺するのだな。と、そう想うと同時に、一瞬だけ感じた視線の先を想う。
━━━━アタシの身体。四肢を無くして痛々しくて、見ても面白くないだろうとアタシは高を括っていたのだが、どうやらトモにとってはそれは違ったらしい。
……それがちょっとだけ、嬉しいな。と思ってしまう自分が居る。身体を安売りするワケでは無いが、価値がないと思っていたのに高値が付いたら嬉しさは勿論ある。
けど、そんな思いはそっと胸に仕舞って、鳴弥さんに助けを求める。
起きてからずっと着いてくれている鳴弥さんは、どうもアタシの両親を知っているらしく、ずっと付き添ってくれている。
世話になりっぱなしで恐縮なのだが、四肢も無い今のアタシに出来る事は殆ど無いのだから、大人しく彼女にお世話されていた。
そんなこんなでずっと傍に居てくれたのでアイコンタクトもそれなりに通じるのだ。
「……そういえば、二人共どういう用事で来てくれたの?」
「あっ……はい。奏、あの後色々あって、私達も立花さんの決意を見極めようと、そういう事になったの。」
「おっ、それはありがたい話じゃないか。でも、なんでアタシに?」
「響の事、最初っから信頼してたみたいですから、出来るだけ早めに伝えた方がいいかと思いまして……」
……二人して律儀な事だ。いずれ伝わる事なのだし、別段急がなくても良かっただろうに。
ダンナが走って行って、トモが説得した辺りまでは司令室のモニターで見ていたのだが。
「なるほど……ありがとな、二人共。響の事、これからよろしく。アタシの分もしごいてやってくれ。」
「そういうワケには……護る為ですし……」
「護りたいからこそ厳しく接する、ってのもアリなんじゃないのか?」
「……それもそう、なんですかね。」
「んー、ま、これからがどうなるかは分からないんだ。気長に見たっていいんじゃないか?決意が鈍るか、鈍らないか。それを見極めようって話なんだし。」
「ほーんと、過保護よねぇ。」
「そうじゃないと見てて危なっかしいんだよ……」
鳴弥さんの茶化しにそう反論するトモだが、それが何かを隠しての事である。という事はアタシにもわかった。
けれど、アタシよりもトモについて知っている二人が何も言っていない、という事は問題無いのだろう。と判断する。
「さて、それじゃ俺はお先に失礼しますね。母さん、夜食は要る?」
「ん~、コッチで済ますからいいわ。ゴメンね、まかせっきりにしちゃって。」
「まぁ、家事は嫌いじゃないからいいよ。それじゃ、皆おやすみ。」
そう言って、トモは去って行った。
その中に混ざっていた爆弾発言に翼とアタシの眼は思わず鳴弥さんに向く。
「トモってば家事得意なの!?」
「知りませんでした……」
「あはは……親としてはちょっと情けない話なんだけどね……私がアメノツムギの研究をしてる時とか、どうしても家事が滞っちゃって、お手伝いさんも雇ってはいたんだけど……
そのお手伝いさんから色々教わっておにぎりとか作ってくれるようになっちゃって……自慢だけど、ちょっと苦い思い出、かな。」
言われてみれば意外では無いのだが、話に聞く限りでは翼のような名家の跡取りだし、さほど苦労はしていないだろうと思ったのだが……思った以上にトモは世話焼きらしい。
「むむむ……」
「翼?」
ふと隣を見れば眉間にしわを寄せる翼の姿。
「ははぁん?世話を焼くどころかむしろ世話を焼かれそうという事に気づいたのかな?」
「ちょっ、奏!?」
翼といえば散らかし、散らかしといえば翼。この等式は不可分であり、アタシも実際見た時は面食らった物だ。
「あらあら~?翼ちゃん、昔から散らかしクセは変わって無かったのねぇ……」
鳴弥さんも犠牲者だったようで、グッと心の距離が近づいたのを感じる。
「うぅ……奏は意地悪だ……」
「ははは、まぁいいんじゃないか?翼の弱虫な所だって、散らかし魔な所だって、トモは気にしないだろうしさ。」
━━━━そう、だからきっと二人はお似合いなのだろう。
「ふふふ……甘いわね奏ちゃん。」
そんな風にチクりと傷んだアタシの心を見透かすかのように、鳴弥さんはアタシに向かって告げる。
「奏ちゃんの事情だって、共鳴は気にしないもの。条件はフェアよ、フェーア。むしろ今のあの子の場合、二人共世話を焼こうとしたりするんじゃないかしら?」
━━━━サラッとぶち込まれる第三の選択肢。だが、それを実の母親が提示するというのはどうなのだろうか。
「……流石にそれは、恥ずかしいですよ……鳴弥おば様……」
しかも、翼は気づいていないようで、ただ世話を焼かれる事への気恥ずかしさから顔を真っ赤にしていた。
「……私はね?あの子が本気で叶えたい願いなら、全力で応援してあげたいと思っているの。だから、あの子が皆を幸せにしたいって思ってるのなら、出来るだけは応援したいかな……って。勿論、皆がどう決断するか次第だけれどね?」
「それは━━━━」
そういえば以前にトモに将来の夢を聴いた事があった。その時に返ってきた、『手の届く全てを救う』という夢想の話。
アタシ達が願ったのなら、トモはそれをもかなえようとするのだろうか?
翼は鳴弥さんの言葉の意味が掴めずに首を傾げていた。という事は完全に無意識なのだろう。羨ましいような、そうでもないような。
━━━━そうして結局、その後も鳴弥さんに翻弄され続けたアタシ達は、そろそろ寝ようとなるまでガールズトークを楽しむ事と相成ったのだ。
◆◆◆◆◆◆
意識が落ちる感覚。落下。墜落。
夢の中に居るのだ、と気づいたのは落下が暫くも続いてからだった。
夢を見ていると気づけば、多少は制御も効く。なにせコールドスリープの間ずっと夢を見ていたのだ。珍しい特技を覚えてしまったものだ。と苦笑する。
━━━━そう。アタシ、天羽奏は夢を見る。
いや、正確に言えば、『夢でしかない』とも言える。
幻、夢。優しい手が私を包んでくれていたそんな日々。それを思い出すのだから。
━━━━あの日、聖遺物の発掘現場に遊びに来ていたアタシの家族は、ノイズに殺されて炭と消えた。
手を伸ばし、喉よ枯れろと言わんばかりに叫ぶ私の前で炭と崩れる家族達。アタシを庇ってノイズに当たった父さんが浮かべていた笑顔が、どうしてか頭にこびりついている。
夢はその場面を変える。そう、次の場面は弦十郎のダンナと、そして━━━━風鳴翼と出逢った場面。
━━━━アタシにアイツ等をぶっ殺せる力を寄越せ!!
心の底から、憎悪を以て叫んだ言葉。今も覚えている。
あの頃のアタシを動かしていたのは、復讐という希望だけだった。
……翼にも、辛く当たってしまった。
けれど、アタシの歌は、いつの間にかそれだけでは無くなっていた。変わる夢の場面と共に思い起こす日々。
━━━━瓦礫に埋まってる間も、歌が聴こえたんだ。ありがとう。
そう言ってくれたのは、一課の人だったか。
いつしか、歌はアタシに必要な物になっていて、それを後押しするようにツヴァイウイングの活動は上り調子だった。
そんなアタシの、ツヴァイウイングの天羽奏の最期になるはずだった日。
アタシが寝ぼけている間に二年も前になってしまったというライブ会場での事故。
場面はその時へと切り替わる。
その時のアタシは、歌によるフォニックゲインの増大がネフシュタン起動実験に支障をきたさないようにとリンカーの量を抑えていた。
元々リンカーで無理矢理に手に入れていた適合係数。それは歌を歌って、ツヴァイウイングとして活躍する度に緩やかに減少していっていた。
理由は、今ならわかる。アタシのガングニールは、復讐を誓った牙だ。家族を奪ったノイズを殲滅する為に握った無双の一振りだった。
……だというのに、アタシは歌う事そのものが楽しくなっていた。ガングニールが悪いワケでは無いだろう。ただ、アタシが変わって行っただけだ。
そんな変遷のツケを、アタシは会場で一気に払う事となった。
リンカーの効果切れ、下がっていた適合係数。全てがあの瞬間を招いた原因だし、けれど何かが悪かったのだろうか?と問われればそれも違うのだ。
━━━━結論からして、天羽奏は生き残った。
低下した適合係数での絶唱。間違いなくアタシの命を燃やし尽くす筈だった歌は、トモによって防がれたという。
それでも内臓もボロボロ、四肢も崩壊と、かろうじて生きながらえているだけとなったアタシは、すべてを喪った。
だって、こんな姿では皆の前で歌えないじゃないか。
ツヴァイウイングの天羽奏として歌う事は最早絶望的だった。
そしてアタシの予想通り、ガングニールはアタシに応えてくれなくなった。
『
そう契約したアタシとガングニールはしかし、アタシの翻意によって道を別つ事となったのだ。
人としてのアタシも、戦士としてのアタシも、あの日の絶唱で燃え尽きた。
それでもまだアタシを繋ぎ止めている物がある。
それは翼。泣き虫で弱虫な彼女、アタシが居なくなったら責任感で潰されそうな彼女を支えたいという、かつてからあった想い。
━━━━そしてもうひとつが、意外にも天津共鳴という男の存在だった。
あの日、あの時、あの場所で、アタシを見捨てられなかった等という理由で絶唱に飛び込み、けれどアタシの事を殆ど何も知らない、新しい友達。
何も知らなかったというのに絶唱にその絶大な威力を分かって飛び込んだその馬鹿げた世話焼き。
そして、目覚めたアタシの事を、ただの少女として扱おうとするその優しさ。
……かつて喪った父さんの笑顔が、少しだけ重なって見える彼の笑顔。
意気投合出来たのは馬が合ったというのもあるけれど、純粋にアタシが依存してしまっただけなのかも知れない。
全てを出し切って歌ったアタシに、それでも残った物。
『触れ合いたい』という、出し切る前は気づきもしなかった最初の願い。
まるで弟分のような彼を、今や失いたくないと心が告げる。
「……アタシは、幸せになってもいいのかな。」
夢からの目覚めと共に放ってしまった言葉は、自らへの疑問。
流れる涙すら拭えないこんな不自由な自分が、その幸せ等という我儘の為に彼を縛りつけてもいいのだろうか?
鳴弥さんの言葉に心を掻き乱されながらも、そうしてアタシの夜は更けていく━━━━
この世界における奏さんの内面はXDUにおける片翼世界の奏さんともまた異なっており、すべてを出し切ってなお生き残った事で、復讐という初めの目標も、歌を届けるという次の目標も喪ってしまいました。
━━━━それでも心が叫ぶのなら、無双の一振りは遠からず彼女の掌に収まる事でしょう。