━━━━鍛錬というと、どのような物を思い浮かべるだろうか?
一般的に言えば、いわゆるバトル漫画等の修行パートだとか、滝行のような物を思い浮かべる事が多いのでは無いだろうか。
なにせ、普通の人は身体を鍛えると言ってもダイエットや体力づくりの為であろうし、闘う為の身体作りなど考えた事も無いだろう。
「でも、思ったより普通なんですね……」
「ははは、まぁ、急ぐ鍛錬でも無いのならまずは何はともあれ体力づくりからだ。響くんはカラオケは好きかね?」
「あっ、はい。思いっきり歌うのってすっごく気持ちいですよね!!」
「うむ。それは確かに!!……だが、もしもそのカラオケを走りながら行うとなれば、どうかね?」
「うへぇ……ちょっと考えたくないです……」
考えるだけで嫌になる。カラオケでただ歌うだけでもへとへとのへろへろになるのだ。だというのに、それを走りながらともなれば負担は二倍では済まないだろう。
「だろうな。だが、シンフォギアは歌によって力を得る。であるから、必然とそうなってしまうのだ。だからまずは体力づくりに走り込み、というワケだ。」
「はぇー……」
正直に言うと、始まる前から気が重かった。
私は中学の時も部活には入っていなかったから、未来のように走る習慣が着いていたりはしないのだ。
━━━━けれど、ここで投げ出してしまえば、翼さんに叩いた大口が嘘になってしまう。
それは、イヤだ。未来に本当の事を言えないだけでもこんなに辛いのに、これ以上嘘を抱えるなんて、私には出来ない。
だから、頑張ろう。
「……よし!!お願いします!!師匠!!」
頬を叩き、気合いを入れて弦十郎さん━━━━いや、師匠を見据える。
教えを請うのだ。形から入るだけでも気合いの入り方が違う。
「……あぁ!!ではまずは1㎞の走り込みからスタートだ!!」
「はい!!」
私の新しい朝は、こうして始まったのであった。
◆◆◆◆◆◆
「━━━━というワケで、力不足を痛感した響が体力づくりを所望しまして……」
『……むぅ、納得は出来ないけど、わかった。身体を鍛える事自体は健康にもいいと思うし。』
「ゴメンな、二人一緒の時間を邪魔するような事になって……」
『……ふふっ、大丈夫だよ。響がやりたい事を見つけられたのは、私にとっても嬉しい事だから。』
電話口から聴こえる未来の声。
響の決意を護ろうとすれば仕方のない事だが、やはり未来に本当の事が言えない事には心が痛む。
━━━━だが、米国による誘拐・略取と思しき事件は既に複数確認されている。
天津とは遠縁の親類だという埼玉の神社にて『二件』。
古式ゆかしき神社の跡取り親子が『偶然にも』事故に遭い、一家全員が死亡したとされているが、二件とも揃って、現場には娘の死体が無かったという諜報班の調査があがっていた。
一件だけであれば発見が遅れていただろうその隠蔽は、俺を襲った連中が米国国内での誘拐に従事していた事をゲロった事から国内の不審事故の再調査がなされて分かった事だった。
自国たる米国内での、高額なPMCに更なる追加プランである口止め料まで上乗せしての誘拐。どう考えてもその目的が非人道的極まる物だろう事は推測できる。
日本国内での実際の誘拐事件が複数起きている公算が高い以上、未来に真実を教える事は余計な危険を招く。
勿論、諜報班の一部はリディアン生徒周辺の危険を排除する為に動いてはいるが、現状の米国との勢力差では注力されれば護り切る事は出来ないだろう。
二年前の襲撃の際も、状況証拠はあったにも関わらず表も裏も米国に圧力をかける事が出来なかったのだ。
……腹立たしい話だが、米国が本気で此方を蹂躙出来ないのは風鳴本家━━━━ひいては、今だ日本国内の中枢に根付く風鳴機関を恐れているからなのだ。
「……ありがとな、未来。でも、未来がやりたい事とかはないのか?」
そんな裏方の暗い話を頭の隅に追いやり、電話口のやり取りに集中する。
未来もまた、響と同じように護られるべき存在なのだ。彼女のやりたい事であれば俺に出来る範囲で叶えてあげたい。
勿論、甘やかす気はないが。
『……やりたい事、かぁ……ねぇお兄ちゃん。響も流石に日曜は自由なのよね?』
「ん?あぁ。そうだな。体力づくりが主眼だから毎日走るのが肝要だし、軽く流すくらいは走るだろうけども、一日中って事は無い筈だよ。」
『うん。じゃあデートしよ。響と私と、お兄ちゃんと三人で。』
「ん。わかった。いつも通り寮の近くの公園まで迎えに行くよ。そうだな……十時くらいでいいか?」
『うん!!ありがとう、お兄ちゃん。久しぶりのデート、楽しみにしてるから。』
「ははは、お手柔らかにね?」
デートというと語弊がある気もするが、こうして響と未来と三人で出かける事自体は月一くらいである事だ。
そういえば、入学準備で忙しくなるからと、前回のお出かけは三月の初め頃にしたのだった。
丸一月も過ぎていたのだから、なるほど。珍しく未来からの催促があったワケだ。
━━━━あぁ、こんな日々を、いつまでも護っていたい。
心の底から、そう思いながらスケジュールを考える。
ノイズの襲撃さえ無ければ問題無いだろう。本来なら日曜に響に伝えたかった事があったのだが、それは土曜に繰り上げればいい。
━━━━俺にしては柄にもなくうきうきしてしまうのは、やはり響と未来と逢えるからなのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
激動の事件から一週間程。
平日の朝と夕に行われる体力作りのトレーニング。そして、ノイズの襲撃があればその対処。
さらにはそれと並行して学業までこなすというのだから、金曜の放課後になった段階で私は既に疲れ果ててしまっていた。
けれど、明日は明日でお兄ちゃんがシンフォギアに関する勉強会を開くって言うし、明後日にはお兄ちゃんと未来と私の三人でデートなのだ。
疲れ果ててはいるけれど、やりたいと自分から言った事であるのだし投げだすワケにはいかないのだ。
「……ホントに大丈夫なの、響?」
そう言って心配してくれる未来にちょっと罪悪感も湧くけれど、未来を護る為なのだ。気合いを入れ直して頑張らなければ!!
「うん、大丈夫!!ホラ、筋トレって始めたばかりが一番キツイって言うじゃない?だから、今を乗り越えちゃえばへいき、へっちゃら!!」
「……もう。わかったけど、今日と明日はちゃんと休んでよね?明後日は大事な約束があるんだから。」
「うん!!」
◆◆◆◆◆◆
「……どう思う?」
同じ教室の中、いつも通り仲睦まじい二人を見ながら私は目の前の友達に話かける。
「どうって言われても……ビッキーの事だし、前言ってたボランティアだとかいつもの人助けじゃないの?」
「確かにお疲れのようですけれども……私達が積極的に介入すべきでは無いと思うのですけれども……」
「ちーがーうー!!そっちじゃなくて!!いやそっちも気になるけど!!問題はその後の方!!
響と一緒なのは当たり前~みたいな顔してる未来がわざわざ『約束』って勿体つけた言い方してる事の方!!
なんだかアニメみたいな隠し方で気になるじゃない?」
「……考えすぎじゃないの?ヒナだって私達と組んでビッキーと別行動って事もあるんだし。」
「……でも、響さん達が休日になにか改まった約束をする。というのがあまり思い浮かばないのも確かですね~。
お二人の仲でしたら約束などせずとも一緒に居そうですし。」
「そうそう!!だからさ━━━━日曜日、ちょっと
「いや、流石にそれはマズいでしょ……」
「……気になるのは確かですし、私はナイスだと思いますよ?それに、何でもない二人の逢瀬だったならそのまま私達三人で遊びに行けばいいんですよ。」
「ちょ!?テラジまで乗り気なワケ!?あーもう!!わかったよ!!ただし、怪しく無かったらすぐ撤退!!これだけ護る事!!いい?」
「はーい」
「アニメみたいで楽しくなってきたわ!!」
……響と未来にはちょっと悪いと思うけれど、アニメみたいなちょっとした非日常を感じてみたいという年ごろの乙女の習性だと思って諦めて欲しい。
そんな言い訳を心でつぶやきながら、いつも通りな今日を楽しむ為に私達は三人で遊ぶために下校していくのだった。
◆◆◆◆◆◆
「━━━━さて、では授業を始めます。」
「はいはーい!!」
「はい、なんでしょうか立花さん。」
「……なんで眼鏡と電子黒板?」
「その方が雰囲気出るだろう?」
「確かに……!!」
「……なにが確かになのか、私には全く意味が分からないのだけれど……」
「まぁまぁ、こーいうのはノリだって翼。」
ここは二課本部内の小会議室。その一室を借りて響への授業をしよう。となったのはある重大な事に気づいたからだった。
「さて、今回俺が教える事になったのは響にとっては些細に見えるだろうが、我々二課としては由々しき事態が発覚した為だ。」
「由々しき事態?」
「そう、それは……」
「それは……?」
先を促す翼ちゃん。俺の切り出した話題に食いついてくれたのが分かる。
「……響の口座に給料が振り込めない事だ……!!」
━━━━その発言への反応は三者三様だった。
響は『えっ!?そもそも給料出るの!?』と言わんばかりの顔。
翼ちゃんは『どうしてそれが由々しき事態なの?』と言わんばかりの顔。
奏さんは……よくわからない。顔を伏せて……アレ?もしかして笑ってる?
「……プッ、ハハ!!ハハハハハ!!珍しくトモが神妙な顔で言ってくると思ったら……給料の話か!!」
「ちょ、奏……!!……えーっと、ごめんなさい共鳴くん。給料が振り込めない理由も、それで二課に問題が出る理由も私達にはサッパリ分からないのだけど……」
「そもそも、給料出るの!?」
「オーケー、じゃあそれを解説する為に、まず装者の給与体系についてから説明しよう。翼ちゃんと奏さんは聞きなれた話だと思うけどまぁ復習と思って聞いてくれ。
まず以て、特異災害対策機動部二課は自衛隊の組織に一部組み込まれている。まぁ、要するに上層部の意向もある程度聞き入れないといけない立場にいるワケだな。」
「ふむふむ……」
全然わかってない顔で頷く響に後で頭ぐりぐりだな。と思いながらも話を続ける。どうせここ等辺の話は前提の前提なのでカットしても問題無いのだ。
「……その上で、装者はそこに所属する特殊隊員として基本給が存在する。コッチはまぁ月百万くらいが相場だ。」
「ひゃ、百万!?月で!?」
「あー、そういやそんな感じだっけ。翼も?」
「……私の場合はアーティストとしての収入も入っているからもうちょっと高いわね。」
「そして、この基本給とは別に、ノイズによる緊急出動一回毎に支払われる特殊勤務手当ってのがある。コッチも中々馬鹿にならなくてなぁ……一回の出撃で大体、五万から十万程度の給付になる。」
「じゅ、十万!?はわわわわ……」
「とはいえ、本来なら月に一度あるか、無いかという頻度だったんだけどなぁ。」
「……えぇ。最近は、明らかに頻度が増しているわ。」
完全に普段見ない金額に気圧されている響。そこにトドメを刺さねばならないのが心苦しいが、本題は此処からだ。
「……で、響。口座の方、未来に預けてるよな?」
「……あ。」
「え?」
「へぇ?」
そうなのだ。響に全額預けては仕送りしても買い食いで総て立ち消えかねない……という小母さん達の懸念により、響の口座は未来が管理しているのである。
「……幾ら幼馴染とはいえ、他人に口座を預ける。というのは流石にどうかと思うのだけれど……」
「いやー、今のアタシみたく自分じゃ下せない奴も居るし、信頼できる相手ならいいんじゃないの?……んで?それがなんで問題になるのさ。」
「……このままだと、響の口座に一気に百数十万の入金が入る事になります。ボランティア活動と言い張っている以上俺から誤魔化す事も不可能。必然、それは口座を実質的に管理している未来に伝わり……」
「……隠し切れないわね。」
「隠しきれ無さそうだなぁ。」
「自分でもそう思います……じゃ、じゃあお兄ちゃん!!お給料要りませんって言ったら!?」
うむ。やはり響は成績はともかくとして聡い子である。
それが故に此方の想う通りに動いてくれるので、話を用意する方としても資料が用意しやすい。
「残念だが、それを行った場合、俺達二課の立場が最悪になる。」
「ええ!?」
「……なるほど、そういう事ね……」
「えー?翼だけなんでわかったのさ?」
「……本来なら、未成年の就労には様々な制限が課せられるの。勿論、二課は特務機関だから大騒ぎする人はいないけれども……」
そう、未成年をタダ働きさせていたとくれば、上層部の反応も芳しくなくなる。特に、二課の存在そのもを査問する立場を取っている広木防衛大臣などは間違いなく追及してくる。
「……あー、なるほど。広木防衛大臣とかが黙っちゃいない、と。」
「そうですね。勿論、大臣としての職務はともかく、個人としては響の意気を買ってくれるでしょうが……」
「……難しいでしょうね。私人として好ましくとも、公人として、契約も碌に出来ない組織に良い顔は出来ないもの。」
「芸能界もそうだったもんなぁ。そもそもアタシたちはシンフォギア装者として割かしやらかしてたもんだから……」
「……それでも、ノイズ被害を出したくないという想いで私達の活動を後押ししてくれた、護るべき人々よ。」
部屋に落ちる沈黙。それは、ツヴァイウイングとして二人で活動していた奏さんと、ただ一人の装者として活動していた翼ちゃんの間の温度差を表していた。
……どちらが正しいとか、正しくないとかでは無い。ライブ事故の裏側を知っている上層部が翼ちゃんへの優遇措置を取るようになったが故の状況の改善……つまり、時期の違いなのだ。
「……お兄ちゃん、私はどうすればいいのかな……?」
そんな空気に呑まれて、響もまた弱気になっていた。だから、殊更に空気を変える為、つとめて明るく告げる。
「安心しろ、響。とりあえず当面の間は俺の口座に入金されるようにしておく。そして、響はボランティア活動の合間に支援団体の協賛企業を応援する為に株式を買わせてもらった……という事にして、配当金という形で響の給料を分配する!!
最初こそ少額だが、高校を卒業する頃には大株主になったという体にして半年毎に六十万ずつくらいなら余裕で流せるようになるはずだ!!」
「おぉ!!よくわかんないけどお兄ちゃんってば凄い!!」
「……それ、世間一般的には
「まぁ、別段汚れた金でも無いし、いいんじゃないか?」
「そういう問題でも無いような……」
そんな、尤もな翼ちゃんの意見をとりあえず聞き流して、俺は報告書をどうまとめた物かとそちらの方に意識を向けだしたのであった。
◆◆◆◆◆◆
明けて、日曜日。
約束の時間に先駆けて俺は響達が住み始めたリディアン学生寮近くの公園に来ていた。
とはいえ十分程度だが、響達の姿は無い。
━━━━恐らく、というかほぼ確実に夢の中だろう。
だが、それでいいのだ。朝の鍛錬で汗を流してからの二度寝だろうが、それくらいの感覚で響と未来には生きていて欲しい。
鉄火場に備えて常に刃と鍛え上げる。そんな人生では無く、日々の雑事に拘泥して、そこに全力を投じる。それくらいの生き方でいいのだ。
……けれど、それはもう叶わない願いだ。
響は決意を握ったし、俺もそれを助けると認めてしまったのだ。ならば、せめてこれからは響が後腐れ無く戦えるように全力でバックアップしてやらねばならない。
「……って、頭では分かってるつもりなんだけどなぁ……」
過保護だと母さんにも笑われてしまったそれは、俺の心の弱さそのものだ。
━━━━二年前、ライブ会場で血の華を咲かせた響。
あの光景が、どうしても頭から離れない。
あの時、俺の心は一度ポッキリと折れてしまったのだ。
勿論、ヴァールハイトと竜子さんが俺に託してくれた想いによって俺はもう一度立ち上がる事が出来たのだが、それでもなお、立花響の無事というのは俺のウィークポイントなのである。
「……強くならないといけないのは、俺の方なのかもなぁ……」
空を見上げ、一人想う。
『手の届くすべてを救う』。それは俺が掴んだ新たな理想。けれど、それはつまり『俺の手の届かない誰か』を自分の手で決める。という事でもあるのだ。
際限なくすべての人を救う事は、誰にも出来ない。誰をも守れると幼心に想っていた父さんでさえ、一度だけ護り切れぬまま無念の撤退を果たした事があったのだ。
だから、届く範囲、助けられる人を『此処まで』と区切らなければ、待っているのは破滅だけだ。
……それが分かっていても尚、届かなかった手は悔しいし、届く人すら救い切れないなど後悔してもしきれない。
それを割り切れ、というのが必要なワケでも無いだろう。そもそも、本当に割り切れているのなら『手の届く全て』なとという荒唐無稽な夢を握れはしない。
「……自分の中でも消化しきれてないんだなぁ。」
どうすればいいのか?どうあればいいのか?どうしたいのか?
不明瞭な事だらけだが、一つだけ確信を持って言える事がある。
「……一人で悩む必要は、無いんだよな。」
今度、誰かに相談しよう。と思う。小父さんに稽古をつけてもらうというのもアリだな。
そんな風に考えている所で、未来と響が走ってくるのが見えた。
「ごめ~ん!!お兄ちゃん!!」
「もう……!!響ってば、目覚まし掛けたのに寝ながら解除しちゃうなんて新技披露して……!!」
「ははは、気にしてないさ。おはよう。響、未来。じゃあ……まずはここに座ってて。飲み物買ってくるからさ。」
「ゴメンね……」
二人を俺の座っていたベンチに座らせ、自販機へと飲み物を買いに向かう。
━━━━そこで、視線を感じ取った。
顔は向けず、視線のみで確認した先には、三人組の女の子達。うち一人は見覚えがあった。はて?彼女もまたリディアンの生徒であった筈だが、何故こんな所に?
疑問を抱きながらも、緊急性は薄いと判断して飲み物を買う。500mlのスポーツドリンクを三本。
コレは、一日中使えるようにしておくべきだろうな。等と思いながらベンチへ戻り、二人にドリンクを渡す。
「ほい、お待たせ。」
「ありがとう、お兄ちゃん!!」
「ありがとうございます。」
「じゃ、まずは座って飲もうか。どうせ急ぐ用事も無いんだ。」
「うん!!」
そうして、三人でベンチに座る。俺を挟んで響と未来が座る、いつもの形。
「あ、そうだ……未来、あそこの木の影、隠れてコッチを見てるリディアンの生徒が居るんだけど、なんか思い当たる?」
「えっ!?……アレは……ごめんなさい。私達のクラスメイトで……というか、よくわかりましたね?三人とも私服なのに。」
「あぁ、一人知り合いの子が居てね。じゃあ、一回声を掛けて来るよ。流石にまだ肌寒いし、通報とかされても厄介だしね……」
「そうだったんですか……じゃあ、お願いします。」
「ごくっごくっごくっ……ぷはぁ!!アレ?どうしたの二人共?」
「500ml一気飲みかよ……ほれ、ペットボトル寄こしな。捨ててくるから。」
なるほど、彼女達は響と未来のクラスメイトだったのか。
となれば、響と未来の様子がおかしいのを心配してくれたのだろうか?
響から受け取った空ペットを剥ぎながら、三人の少女達の基へと向かう。
「や、寺島さん。久しぶり。」
◆◆◆◆◆◆
ビッキーとヒナが怪しい約束をしているのでちょっと尾行してみようとなったその当日。
私達は追跡開始から一分で見つかっていた。
しかも……
「あらあら、天津さんもお元気そうで何よりですわ~」
なんか、当たり前のようにテラジが挨拶を交わし始めたのであった。
「って、テラジ!?あんた知り合いだったの!?」
「そんな!?アニメみたいだったのはアタシじゃなくて詩織の方だったの!?」
「えーっと……とりあえず、ベンチ行かない?」
「響さんと未来さんのお邪魔になってしまうのでは?」
「いや……幼馴染でいっつも遊んでる延長線上だから、そこまで気にしなくてもいいよ。むしろ、キミたちの方が悪目立ちしてた……かな?」
……まぁ、さもありなん。なにせ、ユミが『アタシは形から入るのよ!!』と言い出してトレンチコートなど着て来てしまった事で、私達は滅茶苦茶浮いてしまっているのだ。
「……やっぱさ、トレンチコートは無いってユミ。」
「そんなー……」
彼━━━━天津さん、というらしい。その人がペットボトルを捨てに行っている間に私達はビッキーとヒナと合流していた。
「ゴメンねヒナ……ユミがどうしてもって聞かなかったもんで……」
まず真っ先に謝るのは、この約束を楽しみにしていただろうヒナに対して。見守るとか言いながら明確に邪魔してしまったのだから義理立ては大事だ。
「ううん。お兄ちゃんとのデートはそこまでかしこまったものじゃないから。むしろ、皆にお兄ちゃんの事を紹介する手間が省けた分、楽だったかも。」
その言葉に、驚愕が隠せない。当然のように出て来た『デート』という言葉選びもそうだし、なによりもヒナの態度が演技に見えなかったのだ。
それほど、彼という人間に馴れているのだろう。むしろ、そうであるのが自然であるかのような態度には照れ隠しも何も見当たらない。
「お待たせ。とりあえずマックにでも行く?」
「あっ!!賛成!!朝マックまだやってるかな!?」
「確か……10時半までだから流石に厳しいな。普通に昼メニューにしなさい。」
「はーい。」
響と彼の会話もまた、当然の色が強い。
「……ユミ、やっぱコレ私達おじゃま虫になってない?」
「うぅ……痛感してた所を突かれる……」
「あらあらですわね~」
こうして、私達は居心地の悪い中マックへと向かったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
「……さて、改めて自己紹介しておこう。俺は天津共鳴。近くの高校の三年で……こっちの響と未来の幼馴染なんだ。寺島さんとは何回か逢った事があるよね?」
「はい~、お父様と参加したパーティで何回か~」
『パーティ!?』
マックに到着し、注文し終えた辺りで彼がしてくれた自己紹介には、場を混乱させるほどの爆弾も一緒に付いてきていた。
「詩織ってばパーティとか出るの!?」
「というか、お金持ちで天津ってもしかして……」
「その問いは、どちらも『はい』が答えですね~。と言っても、丘の上のお屋敷で有名な天津さんと違い、私の家はそこまででは無くて古美術商なお父様が上昇志向なだけなのですが……」
「まぁ、寺島さんのお父様とは良好な関係を保たせてもらってるよ。……ってか、ウチの屋敷ってもしかして有名なの?」
「あのアニメみたいな豪邸、人住んでたんだ……」
「……って事は、あのノイズ災害の被災者支援団体も……」
「あぁ、それもウチが出資してる事業だね。」
もはや開いた口が塞がらないという奴だ。
丘の上のお屋敷といえばここ等に住んでれば一度は見た事があるだろう大豪邸だし、ノイズ災害の被災者支援団体といえば全国規模で展開する巨大NGOだ。
住む世界が違う。とおもわず一線引いてしまいそうなのだが、ビッキーとヒナは落ち着いた物だ。
「……とは言っても、ここに居るのはそんな畏まった奴じゃなくて、ただの立花響と小日向未来の幼馴染だからさ。そこまで構えないでも大丈夫だよ。……出来れば、名前を教えてくれるかな?」
……なんというか、優しい人だな。と思う。コッチが緊張してしまっているのを分かった上で、此方が切り出しやすいように話してくれている。
「あっ、えっと……アタシは板場弓美、です……アニメとか、お好きです……か?」
そんな風に想っていたからか、ユミに先陣を切られてしまっていた。しかも、緊張からか変な事まで口走っている始末。
「初めまして。俺はアクション系が中心なんだけど、結構好きだよ。よろしく。」
だが、そういった事にも慣れているのか、対応も丁寧だ。とても同年代とは思えない程。
「えーっと、安藤……創世、です。漢字だと創世って書いて……おかしいですよね、は、はは……」
そのせいではないが、私の自己紹介の段になって、思わず自虐ネタに走ってしまう。しまった、この流れは滑る奴だ━━━━!!
「創世……くりよちゃんか。綺麗な名前だね。俺はそう思うよ。」
「……えっ!?」
しかし、そんな予想は軽い感じで彼が返してきた言葉によって覆される。
それに対してヒナとテラジが左右からジト目を向けている辺り、どうもこの人のいつもの行動らしい。
……ヒナ、苦労してそうだなぁ。
「……えっと、はい。ありがとうございます……」
結局、言葉に出来たのはそんな感じの当たり障りの無い返答だけで。
「お待たせしました。注文の品はこちらでよろしいですか?」
妙な感じの空気になっていた所に、現れた救世主は店員さんだった。
皆が会話を止めて、とりあえず注文した品を片付けようとする。
そして、その間にテラジとヒナと私はアイコンタクトで意思疎通をしていた。
━━━━即ち、私達三人のこの場からの撤退である。
この人は、いい意味でダメだ。あまりにも居心地が良すぎて、つい傍に居たくなる。
落ち着いていて、話をしっかり聞いてくれて、そして真摯に応えてくれる。
ある意味で私達のような年頃の女の子には刺激が強すぎるタイプの人。
ずっと傍に居たら、傍に居ない自分を考えられなくなりそうになる。
━━━━けれど、この人は誰にでもそうなのだろう。
半ば確信めいたそんな予感を私が覚える中、その時はやってきた。即ち、完食。
「……さて、俺は支払いをしてくるから、皆はここで待っててよ。」
「あ、いや!!自分たちの分は自分で……」
「いいのいいの。楽しい時間をもらった分のお礼だから。」
「……ヒナ。あの人ってばいつもこうなの?」
「……まぁ、いつも通りかな。」
「お兄ちゃんは誰にでも優しいからー」
ビッキーはそういうが、明らかに度が過ぎている。優しいという言葉で括るには落ち着きすぎている。
一体どういう人生を送ればああもなれるのか。明らかに上流階級と言った感じの彼に翻弄された私達は、結局マックで別れる事とあいなった。
後でヒナから聞いた話によれば、ゲームセンターなどで楽しく過ごしたのだとか。
藪をつついて蛇を出す……では無いが、こういうのは何といえばいいのだろうか。藪から男前が出てくるなど考慮しているワケが無いと言うのに……
とりあえず、ユミにはキツめに説教しておいた。
共鳴と未来と響はこの後、普通にデートを満喫しました。