戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第十四話 修練のシミュレイトゲーム

弦十郎小父さんが居を構える風鳴の屋敷は街の外れにある。なんでも、元々は風鳴から離れて行った分家が使っていた屋敷だそうで、本家程の理不尽な大きさはしていない。

そして、今は本家から出て来ている翼ちゃんも此処を間借りしているのだという。

 

「━━━━しかし、珍しいな。授業は真面目に受ける方な共鳴くんが、わざわざ学校を休んでまで特訓を申し込んで来るとは。」

 

「朝夕は響の為に時間を割いてもらってますから……それ以上に時間を割いてもらうなら、挑戦者の方が合わせるのは当然でしょう。」

 

「ハッハッハ!!そんなに畏まらなくても、俺はいつでも挑戦を受け付けるぞ?なんなら本部の中でもバッチコイだ!!」

 

「そんな事したら櫻井女史から説教でしょう……がッ!!」

 

そんな風鳴の屋敷の庭、様々な特訓用具が広がるそこで、俺と小父さんは肉弾戦を行う最中にそんな話を交わしていた。

会話の最中であろうと呼吸を整える事は忘れず、相手の隙を読む事は止めず。

シンフォギア装者と違い、肉体的ブーストに出力を傾けられないレゾナンスギアにおいて、肉弾戦での威力とは即ち自らの筋力と技量によってもたらされる物である。

であるが故、アメノツムギを繰る訓練以外にもこのような肉弾戦を想定した鍛錬はレゾナンスギアの運用において欠かせない物なのだ。

 

軽口を叩きながらも、小父さんの構えに乱れはなく、体幹のブレすら一ミリとて起きていない。

そんな化け物染みたフィジカルを相手に、会話を切り上げながら抜き打ちにて放つは右足によるミドルキック。

当然、一撃だけでは容易く受け止められる為、威力を求めて振り抜く愚は犯さない。

小父さんが構えた腕で蹴りを弾くその反動を利用して足を戻し、その回転を利用して左腕のストレートへと繋げる。

 

「ッ!!」

 

「ハァ!!」

 

そのストレートすら容易く受け止められる。しかも、今度は弾く事すら無い。その鍛え上げられた右腕によって包み込まれ、止められている。

 

「うっそぉ……」

 

「ふっふっふ……まだまだ甘いな、少年。ほっ!!」

 

「んなっ!?」

 

小父さんの掛け声が聴こえた瞬間、俺の天地は逆転していた。

捻られた、と気づいたのは反射的に受け身を取って距離を取ってから。

 

「ほぅ?いい反射だ。やはり共鳴くんの戦闘はよどみなく、そして停止する事が無い。うむ。実に良い!!」

 

「だとしても、完全に受け止められてちゃ世話無いですよ……」

 

━━━━俺の手札となる戦術は、アメノツムギを用いた中距離攻撃と、手元で繰るアメノツムギを邪魔しづらい蹴りを主体とした近距離攻撃である。

対ノイズ戦闘において、アメノツムギは必殺だ。聖遺物もどき(・・・)といえど、現代科学を超越したその構造はノイズの位相差障壁をある程度無効化し、一撃にて葬り得る。

だが、俺の肉体は違う。加速度も、威力も、小父さんや緒川さんと違って生身の人間の域を超えない俺の一撃ではノイズを倒し切る事は難しい。必然と一体を相手に複数回の攻撃が必要となり、それは殲滅速度の低下を招く。

そして、殲滅速度が下がれば、それは響のように共に戦う誰かを危険にさらす可能性が上がる。

故に、打撃力の上昇は俺の急務だった。

 

「ふむ……共鳴くんの場合、基礎はしっかりしているし、鍛錬の成果も着実に身に付いている……この調子なら、いずれ岩を裂く一撃も可能となるだろう。」

 

「いずれ……ですか。」

 

小父さんの判断は妥当な所だ。響のように始めたばかりであったり、緒川さんや小父さんのように鍛え続けた果てであれば修練は大きな成果をもたらすが、俺のように未だ道半ばな頃はそうでは無い。

基礎的な体は既に出来上がっており、かといって、技を修めて完璧な立ち回りが出来るワケでは無い。

要するに、伸び悩む時期なのだ。それが頭では理解出来ても、納得出来ない。

 

「……ふむ。今日の所は鍛錬はこれくらいにして、映画でも見ながら語ろうじゃないか。」

 

そんな、俺の焦燥を見抜いたのだろう。小父さんから提案されたのは、いつも通り映画を見る事だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……やはり、心配かい?」

 

タイミングを見計らい、共に映画を見る少年に声を掛ける。

今日の映画の内容は、不良だった主人公が自らの出生の秘密によって格闘大会へと招かれるという物だ。

 

━━━━共鳴くんにも、俺にも、響くんにも縁遠い物。

 

「……やっぱり小父さんには敵わないですね。えぇ、心配です……相談しようかとずっと迷っていたんです。響の事だけじゃない。俺が握る想いについて。」

 

「キミが握る想い……それは一体?」

 

彼と再開した二年前、そして、時にはレゾナンスギアの装者として、時には被災者支援において意見を聞く協力者として、共にあった二年間。

その中で、彼が握らんとする想いには薄々気づいていた。けれど、コレは秘さねばならない類の物であると判断して、彼が打ち明けてくれるのを待っていた。

それ故、俺は聞き役に徹する事にした。まずは何よりも、彼が自らの想いを口にする事。これこそが大事なのだ。

 

「……荒唐無稽な、それこそ御伽噺のような想いです。

 『手の届く総てを救いたい』……ただ、それだけの。」

 

やはり、そうであったか。

彼の行動は、響くんのように自らを度外視した物では無い。無いのだが……限りなく其処に近い。

被害を出来るだけ抑えようと、自らの命を賭ける事を躊躇わないその姿勢。

それを為す根幹に、一人納得する。

 

「……」

 

「そんな事が不可能なのは分かっています。父さんだって、誰をも護れたワケじゃない━━━━バルベルデから帰ってきた父さんの無念そのものな顔は決して忘れられる筈が無い。」

 

かつての事を思い出しながらも、まだ語り切っていない彼に肯定も否定も返さず、ただ彼の想いを聞き届ける。

バルベルデ。その名を忘れられる筈も無い。共行さんだけでなく俺にとっても、それは公安時代の心残りそのものだ。

 

「……でも。それでも、もう力を振るわずに誰かが目の前で零れ落ちて行く事なんて看過できないんです!!

 俺は、竜子さんを救えた筈なのに……積極的に介入してしまう事は歪みを産むだなんて言い訳をして……間に合わなかった!!

 だから……だから……俺の手の届く範囲だけでも、皆に幸せになってもらいたい……ッ!!」

 

その叫びは、大きく矛盾していた。総てを救えないと知りながら、それでも自らの手の届く総てを救いたいと。

だが、そこに籠っている想いは紛れも無い本物であり、その為に何もかもを使おうとしている事もまた、この二年間で彼から見せてもらっている。

 

「……ならば、それでいいんじゃないか?」

 

「えっ……?」

 

その本気が見えるから、俺が返す言葉は決まっていた。

 

「今の君は、その言い訳に固執する事無く、その理想を叶えようとしている。君のような少年が夢を見る事も、それを実現する為にありったけをぶつけるのも、それは誰にだって否定出来ない君自身の選択だ。

 そして、俺のような大人は、そんな君たちの夢を応援するのが仕事だ……響くんも、翼だってそうだ。いつだって頼ってくれていいし、甘えてくれたっていい。」

 

理想は、理想だ。出来るかどうかなんてわからない。

 

━━━━けれど、理想だからと始める前から諦める理由など、少年少女が持つべき物では無い。

 

「……そんな、無茶苦茶な……」

 

俺の説得が届いたのか、静かに涙を流す共鳴くんの頭を優しく撫でながら言葉を続ける。

 

「俺だって、出来るのならばそんな理想を貫いて生きたい。だから、そんなデッカイ夢を持つ君を応援したいんだ。それじゃ、ダメかな?」

 

「……ダメじゃ、無いです。むしろ、望む所です。どうせ無茶をする響を二度と喪わない為に、小父さんの力、お借りしますから……!!」

 

涙を拭って、俺を真っ直ぐ見つめる共鳴くんの眼には希望が満ちていた。

 

「ハッハッハ!!いつでも頼ってくれていいとも!!男に二言は無いからな!!」

 

だから、その希望に見合う男で居られるように、殊更意識して呵々大笑するのだった。

 

━━━━気づけば流していた映画はもう終わり、チンピラだった少年もまた、自らの戦う理由を握って立ち上がって戦い抜いていたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━最近、響の様子が変だ。

 

いや、理由など分かり切っている。お兄ちゃんが支援しているボランティア団体での活動、そして、そこで人々を助ける為にと体力づくりを始めた事。

嬉しい変化だ。最近は風船を取りに木に登って落ちる時もちゃんと着地出来るようになったし、重い荷物を持ったおばあさんを助ける時に荷物を全部持っていくことだって出来るようになった。

 

……けれど、それで響が疲れ果ててしまっては意味がないのでは無いだろうか?

 

「むにゃむにゃ……」

 

「もう……お兄ちゃんに手伝って貰って早めにレポート減らしたのはいいけど、この後お兄ちゃんとの約束あるんでしょ?ほら、シャワー浴びて目を覚まして……門限もどうにかしてもらってるんだから。」

 

「うにゅ……そうだ、約束……ふぁ……」

 

「そう、約束。そっちだけじゃなくて、一緒に星を見ようって約束も忘れないようにね?」

 

「あ……うん。流星群だっけか。覚えてる覚えてる。」

 

「うん。22日の金曜日、忘れないでよね?」

 

「うん。お兄ちゃんも一緒に三人で。そのために……頑張らなきゃだね……んしょ、んしょ……」

 

「あぁほら、響。バンザイして……」

 

眠気からかもぞもぞと動くだけになってしまった響を手伝ってやりながら、思う。

 

━━━━最近、あまりにもノイズが多すぎはしないだろうか?

 

そもそも、響がここまで疲れ果てているのも、ノイズ出現が昼夜問わず頻発しているがためである。

ノイズが出現する事なんて通り魔に逢うより低い確率だというのが定説だというのに、ここ最近は毎日のようにノイズ出現がニュースに流れてくる。

……それだけに、響やお兄ちゃんが心配なのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「お待たせしましたー……」

 

「ん、早かったな。」

 

 

「はぁい、じゃあ皆集まった事だし、仲良しミーティング、始めましょっか!!」

 

そんな櫻井女史の軽い声掛けで、二課の定例ミーティングは始まった。

 

「ま~ず~は、コレを見てちょうだい。」

 

そんな櫻井女史の掛け声と共にモニターに映し出されるのは、リディアン周辺の地図と━━━━そして、大量に配置された赤い光点。

 

「響くん、コレをどう思う?」

 

「うむ、いっぱいですね。」

 

「ハハハ!!全くその通りだ!!

 ……コレは、ここ一ヶ月のノイズの発生地点を示した物だ。響くんも、共鳴くんと一緒に課題に臨んでいたからノイズについては詳しくなっただろう?」

 

その言葉に、思わず頭が痛くなる。

 

「……まさか、ノイズの基本的な情報だけを詰め込むだけで三日も掛かるとは……」

 

「だ、だって!!お兄ちゃんの説明は分かりやすいけど情報多すぎるんだモン!!幾らシンフォギア装者としては覚えておいた方がいいからって、ノイズが超古代文明と関係してるんじゃないか~?なんて話までされたってレポートには書けないじゃん!!脱線も多かったし!!」

 

「うぐっ……」

 

「そうねぇ……国連による『特異災害』への指定こそ13年前だけど、それ以前の太古の昔からノイズの目撃情報は観測されているわ。

 記紀神話におけるヤマタノオロチ、ギリシャ神話におけるエキドナの子ども達、ヨーロッパ圏だと狼男なんかもその可能性があるわね。」

 

「そういった過去の神話や伝承には一部『本当の事』が混じって居たんじゃないか?というのは、櫻井女史の専門の『大統一文明史説』の領分でしたっけか。」

 

「だい……なんです?」

 

しまった。そう思ったのは発令所に集まったメンバーの内の誰の想いだっただろうか。

いや、もしかすると全員の一致した思考だったのかも知れない。

そして、その嫌な予感に違わず、大天才が待ってましたと言わんばかりに語り出してしまう。

 

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました!!テレビや雑誌にも引っ張りだこなこの私!!櫻井了子が提唱している物こそ『大統一文明史説』……つ、ま、り、超古代文明を実際に存在した物として仮定する事で、世界中に存在するオーパーツ━━━━つまり聖遺物の事ね。その存在を肯定する考古学の一体系の事よ。」

 

「?」

 

「あー……つまり。聖遺物を実際の歴史と絡めて考えるって事。」

 

「あー、なるほど。……って、アレ?それだとおかしくないですか?聖遺物って、シンフォギアみたく実在してますよね?なら、了子さんの説が最初から正しいんじゃないですか?」

 

「ところがそうもいかないんだなコレが……聖遺物は確かに存在するし、恐らくは太古に超文明が存在しただろう事も考えられる。

 ━━━━けれど、そこを繋ぐ物が存在しないんだ。響は、道が何故出来るかは分かるよな?」

 

「うん。別の場所と繋がりたいって歩いた人が居るからだよね。それがどうしたの?」

 

「つまりはそういう事。『聖遺物を持った超文明の残滓』は見つかっても、それを繋げる証拠が存在しないんだ。難しい話をすれば確かに、印欧語族圏の神話とか、それこそギルガメシュ叙事詩にまで『文化の交流』があった事はわかる。

 けれど、そんな超技術が実在したというのに、『それぞれの文明圏がそれぞれの文明圏で完結している』……つまり、今の国みたいに隣の国との道が出来てなかったんだよ。

 だというのに、どこの先史超文明も源流は同じだし、聖遺物に到っては同じような機構まで確認されている。まるで『空間を超えて交流したみたい』に不可思議な影響が見られるんだ。」

 

「……すいません。ギブアップです。」

 

「……そうだよな。うん。コレはちょっとかみ砕きにくい部分だから、そう簡単にはいかないって事だけ覚えてくれ。」

 

聖遺物関連に関しては確かに、一般的な常識とは180度かけ離れた物であるのだから当然の話である。

 

「うーん……そうなのよねぇ……其処等辺のミッシングリンクを解決する鍵だと睨んでいたんだけどねぇ……」

 

「母さん?」

 

そんな閑話に反応したのは、意外にも櫻井女史では無く母さんだった。

 

「あぁ、御免なさい。私の専攻……というか、天津家に近づいた理由がまさにその異文明間の交流についてだったものだから、つい。脱線しちゃったけど、話を元に戻しましょうか。ノイズの発生件数についての話でしたよね?」

 

「あぁ……ノイズの発生件数の上昇がみられるようになったのはここ一ヶ月、そして。出現場所は見事にここリディアン音楽院を中心としている……と来たもんだ。」

 

「ノイズの出現というのは本来、ノイズが存在するだろうとされる異空間━━━━これもまた異端技術の結晶じゃないかと目されているわね。そこと偶然にもチャンネルが合ってしまったが故に起きる、いわば時空の交通事故みたいな物。

 ……であれば、この出現数の異常増大には間違いなく何者かの作為が混じっている……と、そう考えるべきでしょうね。」

 

……それは、認めたくない事だ。ノイズとは災害であり、怪異であり、人類の敵対者だ。炭化によって『人の生きた証』を根こそぎ奪い去るその暴虐は、人が尊厳を掛けて戦わなければならない脅威だ。

それを、人が操っている等と。

 

「作為って……つまり、誰かがコレを意図的にやってるって事ですか!?」

 

「……中心点がリディアンである以上、狙いは二課本部でしょう。であれば……」

 

「サクリストD……デュランダルって言ったっけ?アレが狙いなのはまぁ間違いないだろうな。響が狙われていない以上、シンフォギア自体は狙いでは無いようだし。」

 

ツヴァイウイングの二人の言う通り、狙いは完全聖遺物であるデュランダルであろう。

ノイズという無敵の矛を持つ存在が表に出ないのは、国家を相手に戦える手段を持たない……即ち、ただの人であるからだ。

であれば、無限のエネルギーを放つと言われるデュランダルを求めるのは妥当な線である。

 

「デュランダル……?」

 

「ヨーロッパの伝説的英雄譚『ローランの歌』に登場する剣で……ってのはまた脱線になるか。」

 

「ここの更に地下……『アビス』と呼ばれる場所に保管されている、ほぼ完全な状態の聖遺物よ。」

 

「響ちゃんや翼さん、それに奏さんが持つシンフォギアに使われている聖遺物はほんの一欠片程度なんだ。それに対して、完全聖遺物と呼ばれる物は、ただその存在だけで特殊な力を持ち、一度起動さえすれば装者以外の一般人ですら利用できるだろう……そんな風に研究されている貴重品さ。」

 

オペレーターコンビによる適切な解説に心中で感謝しながらも考える。

 

━━━━果たして、未起動のデュランダルを手に入れたとして、それを黒幕は使いこなせるのか?

 

勿論、レゾナンスギアのような例外もあるので断定はできないのだが、完全聖遺物の起動に成功した例は二年前のネフシュタン起動実験しか無い。

……その結果は、裏社会では有名な話だ。であれば、その情報を基に起動前のデュランダルを手に入れようとこれほど大掛かりな策を組んだ?

なにかが腑に落ちない。起動している聖遺物を使って未起動の聖遺物を手に入れようというのは採算が合わない。

そんな、俺の懸念を他所に話は進む。

 

「それを研究して、シンフォギアやレゾナンスギアを構築したのが……なにを隠そうこの私!!櫻井了子の櫻井理論なのよ。

 ……けどまぁ、完全聖遺物の起動に必要なのはそれこそ、絶唱に匹敵する程の強大なフォニックゲイン……そうそう用意出来ないのよね……」

 

「……だが、今の翼の歌ならあるいは……」

 

「……えぇ。共鳴くんのバックアップがあれば、恐らくは。しかし……」

 

「日本政府の許可とか、めんどくさそうだよなー。あ、でも起動実験さえ行えれば翼のライブ独占とか出来るんじゃないか?」

 

「奏さん……それ以前の話で……安保を盾にした米国からのデュランダル引き渡し要請で斯波田事務次官が蕎麦を啜りに出かける暇も無いとの事で……」

 

「二課との通信しながらまで蕎麦啜るあのオッサンが!?おいおい、米国はどんだけ強硬に圧力をかけて来てんだ!?」

 

「……まさか、この件自体も米国が裏で手を引いているんじゃ……?」

 

「……有り得ない。と頭からの否定は出来ないわね。共鳴を、そしてウチの親戚まで狙った世界規模での誘拐作戦。そして、同時にアメノツムギを手に入れようとしたことからして、米国もまた聖遺物の起動に関する何かしらのブレイクスルーは起こしているようだし……」

 

三度の飯より蕎麦が好き。と公言して憚らない斯波田事務次官が蕎麦も啜りに行けない。という異常事態に、二課を取り巻く陰謀の闇の深さをおぼろげながら思い知る。

 

「……諜報班の調べでも、ここ数ヶ月の間に数万回にも及ぶ本部コンピューターへのハッキングの痕跡が認められている。出所こそ不明故に米国政府の陰謀と断定は出来んが痕跡から逆探知を進めている。

 ……ま、こういうのこそ本来の俺達の仕事だ。ドーンと任せて置いてくれたまえ!!」

 

「お願いします。そっちの方には天津として関われないので。」

 

現状、誰が敵かもわからない。

だが、敵は確実にどこかに居るのだ。という事は二課全体で共有出来た。

そんな時に、沈黙を保っていた緒川さんが会話の中にスッと入ってきた。

 

「風鳴司令、そろそろ……」

 

「おぉ、もうそんな時間か。すまんな。」

 

「へ?」

 

「表の顔では、アーティスト風鳴翼のマネージャーをさせてもらっています。どうぞ。」

 

「おぉ……名刺なんてもらったの初めてです……コレはまた結構なものをどうも……」

 

「いや、響。漫才じゃないんだからそんな反応せんでも……」

 

響のお陰で多少軽くなった空気に感謝しながら、翼ちゃんと緒川さんが去るのを見送り、一旦休憩としようという事になったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……次に、月末に予定しているライブですが……あまり時間がありませんので、リハーサルの日程表、目を通しておいてくださいね?」

 

「えぇ、わかっています。イギリスのレコード会社……確か、トニー・グレイザー氏のメトロミュージック、でしたか。そちらからの海外進出の打診にも目を通しておかなければなりませんしね。」

 

緒川さんから予定を確認してもらいながら、本部内の廊下を歩きながら、思い出す。

歌を歌うのは、好きだ。昔、アメノハバキリと共鳴するよりも前、父様に叱られて泣いていた私に共鳴くんが下手な歌を教えてくれた時からずっと、風鳴翼は歌と共に生きて来た。

 

「……やはり、此方の件が終わってからですか?」

 

「えぇ。少なくとも、立花さんが共鳴くんと二人で戦い抜ける戦士となるまでは此処を離れるつもりはありません。

 ……お話をいただいている事自体は嬉しいと思うのですが……」

 

「ボクとしても、その判断で正しいと思っています。今の件もそうですし……そもそも、翼さんはまだ高校も卒業出来ていませんしね。」

 

「えぇ。事情があれこそ、途中で投げ出すというのはどうにも……性に合いませんから。」

 

そう、投げ出す事など出来ようか。共に戦ってくれる共鳴くんの事も、誰かを護らんと自らを鍛え始めた立花さんの事も。

 

「では向かいましょうか、緒川さん。まずはアルバムの打ち合わせでしたね?」

 

「はい。」

 

そうして、私と緒川さんは、私達の戦場へと向かう。

人々に歌を届ける、歌女である私の戦場(いくさば)へと。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……どうして、私達は……」

 

「ん?」

 

場所を変え、あったかいものでも飲みながらと休憩していた俺達は、響の声で静寂から引き戻される。

 

「どうして、私達は、ノイズだけでなく人間同士でも争いあってしまうのかな……?」

 

「それは……」

 

咄嗟に答える事は、出来なかった。

イデオロギー、人種、国家、宗教、思想。

争いあう理由こそたきに渡れども、『何故争うのか』についての根本的な答えは、俺にもわからない。

 

「それはきっと、人類が呪われているからじゃないかしら?」

 

━━━━だから、それに即答した櫻井女史に俺は驚愕が隠せなかった。

 

まるで最初から用意していたように、最初から知っていたかのように澱み無く、こんな哲学的な問いに答えを返せる。

コレが天才という奴か……などと考えていた俺の眼の前で、櫻井女史は耳打ちの姿勢からそのままに響の耳たぶを甘噛みしていた。

 

「うひゃるぇ!?」

 

「櫻井女史!?」

 

思わず、声を荒げてしまう。いや、同性間のスキンシップという物であろうしそこまで過剰反応する必要は無いと思うのだが。

……何故か、ムカッとしてしまった。そのムカムカを飲み干すようにコーヒーを呷った所で……

 

「あら?おぼこい反応で楽しもうかと思ったらもう売約済みだったのね?ごめんなさいね、共鳴くん。」

 

━━━━特大の爆弾が投げ込まれた。

 

「ンブァッ!?ゲホッ!!ゲホ、ゲホ!!……なにを言ってるんですか貴方はァ!!」

 

「そ、そうですよ了子さん!!私とお兄ちゃんはただ幼馴染で仲がいいってだけで別にそんな特別な関係かと言われると確かにそうなんですけど……」

 

「うーん、ナイス青春!!って感じね!!いい物見せてもらっちゃったわ。」

 

「了子さんてば、流石にピュアな少年少女を弄りすぎじゃないのー?」

 

「そうですよ、櫻井博士。こういうのはもっと遠間からニヤニヤしながら見守る物なんですから。」

 

「か、母さんまで……」

 

確かに、昔から響との仲の良さを揶揄される事は多かった、多かったのだが……

ここまでドストレートに『売約済み』等と言われるのは流石に初めてである。

それに加えての母さんと奏さんの援護射撃まで加わってはどうしようもない。コレはこのまま弄られるパターンか……と覚悟したのだが。

 

「うーん、そうねぇ。ちょっとやり過ぎちゃった気もするし、じゃあ代わりに質問タイムと行きましょっか。響ちゃんは、私や鳴弥ちゃんに何か聞いておきたい技術的な事とかってある?」

 

その流れは、意外にも発端である櫻井女史の自重によって終わりを告げる事となる。

 

「え?うーん……あ、そうだ!!前に聞きそびれたレゾナンスギア?についての話が聞きたいです!!それに、今日の話の時も、お兄ちゃんを含めて誰も、レゾナンスギアに使われてるアメノツムギ?の事を聖遺物として話してなかった気がして……それっていったい、なんでなんですか?」

 

そして、それに対する響の答えは、レゾナンスギアに……そして、アメノツムギに関する質問。

であれば、真摯に答えねばなるまいと居住まいを正す。

 

「なるほど……じゃあ、まずはレゾナンスギアについてね。コッチはまぁ、前回の説明の通り、『シンフォギアが発生させるエネルギーを受けて戦える』って言うのが一番簡潔かしらね?

 ただ、やっぱり歌声で起動したシンフォギア程の大出力は見込めないから、貴方や翼ちゃんと違って超人的な身体能力は発揮出来ないというのだけは、覚えてちょうだいね?」

 

「はぁ……え!?じゃあお兄ちゃんってばアレを素でやってたの!?」

 

「まぁ、その為に鍛えてるからな。」

 

「はへぇ……」

 

「そして、アメノツムギ……コッチに関しては、私より鳴弥ちゃんの方が適任かしらね?お願い出来るかしら。」

 

そうして、解説役が櫻井女史から母さんへと移る。

アメノツムギ。それは俺が継承した我が家の秘宝であり、同時に母さんにとっての研究対象でもあった。

 

「はいはい、わかりました。さて、響ちゃんにはむかーしにちょっと語り聞かせた事もあったけれど、改めてのお話ね。」

 

「あぁ、そういえば聴いた事あるような……確か、天神様の末裔なんでしたっけ?」

 

「そう。天津の家は天神━━━━菅原道真公の末裔で、その中でも流された大宰府で防人達と共に在った家系の子孫なの。防人を自認する風鳴と近かったのはそれが理由でね?

 ……道真公は、元々は朝廷の忠臣だったのだけれども、政争に負けて流罪とされた後に京都を厄災が襲った事で人々から畏怖と信仰を集めて、様々な伝説が産まれたの。

 その中の一つこそが、アメノツムギのルーツとなる伝説━━━━古人曰く、『菅原道真は天女の子だった』というお話。

 ……響ちゃんは天女の羽衣って知ってるかしら?」

 

「はい。天女と恋仲になりたくて男の人が空を飛べるようになる羽衣を隠してお嫁にして……でも、最後には離れ離れになるっていう、悲しいお話ですよね。」

 

「そうね……でも、道真公にまつわる天女伝説はちょっと違ってね?恋仲になりたかった男が羽衣を隠す所までは同じなのだけれども、その後が違うの。

 後の道真公を産んだ天女は伝承の類型通りに天に還り……しかし、彼の夫であった桐畑太夫という漁師は、その結末を受け入れられずに、彼女と同じように天に昇って行ってしまったの。」

 

「えぇっ!?それじゃ、道真さんが一人残されて……可哀想じゃないですか!!」

 

我が家の血が天神の末というのは知っていたが、母さんの研究についてここまで細かく聞いたのは俺も初めてであったため、ついついと聞き入ってしまう。

 

「ふふっ、大丈夫よ。彼はその後、母恋しさに泣くのを近くのお寺の阿闍梨……偉いお坊さんが拾って育ててくれた事で、菅原のお家に養子として入る事が出来たそうだから。

 そして、この逸話で大事なのは、天女と添い遂げようと、桐畑太夫が天まで昇って行った事にあるの。だって、羽衣が無ければ天に昇れないというのに、桐畑太夫は天に昇っている。

 だから、私は『桐畑太夫が隠していた天女の羽衣は一つでは無く、菅原道真公もまた受け継いだのでは無いか?』と考えて、子孫である天津の家を訪ねたのよ。

 そして、私の予想通り、羽衣はあった。……いいえ、やはり無かったのかも知れないわね。」

 

「えっ?あったのに……無かったんですか?」

 

此処からは完全に初耳の話だ。アメノハゴロモという聖遺物など我が家にあっただろうか……いや、まさか、そういう事なのか?

 

「私の予想通り、天津の一族はアメノハゴロモと呼んで天女の羽衣を受け継ぎ、そしてそれを使う天津式護布術を用いて怪異と戦っていたというの。

 ……けれど、約350年前、1651年の事。後に由井正雪の乱と呼ばれる事になる事件と時を同じくして江戸近郊の山中に出現した巨大な化生……恐らくは巨大人型ノイズとの戦闘において、アメノハゴロモは完膚なきまでに破壊されてしまったのよ。」

 

「そうか……そういう事だったのか……」

 

つまり、アメノツムギとは、完膚なきまでに破壊されたアメノハゴロモの断片。なるほど、今まではシンフォギアにならないという事で『聖遺物もどき』と呼んでいたが、正しく『聖遺物ですらなくなった聖遺物』であったワケだ。

 

「けれど、当時の当主であった少女━━━━天津鏡花は、その時を回想して『金の御髪(おぐし)の天女、伽羅琉(きゃらる)に救われた』と書いているの。それがなんなのか、もしくは誰なのかはわからないけれど、その天女様のお陰で命だけは助かった天津鏡花はアメノハゴロモの欠片を『アメノツムギ』と名付けて天津式糸闘術を造り上げたというわ。

 ……ざっとした説明でも、ちょっと長くなっちゃったかしらね?」

 

「そんな事無いです!!聞いててドキドキしたし……そのご先祖様が生きててくれて、ホントによかったと思ったんです!!

 だって、そのきゃらる?ちゃんが居なかったら、お兄ちゃんだって此処に居なかったかも知れないんですよ!!」

 

「……言われてみればその通りだな。その天女様にいつか出逢えたらお礼の一つでも言っておくか……」

 

「ふふっ、流石に350年も昔の話よ?天女様が長生きしてても逢えるかはわからないのに……」

 

思いがけず、母さんから貴重な話を聞くことが出来た。伽羅琉(きゃらる)なる天女の存在、アメノハゴロモの存在、そしてなにより、今まで気にしても来なかった俺自身のルーツについて。

響に感謝しないとな……そんなことを思いながら、他愛ない話へと戻って行く皆の雑談へと入って行くのであった。

 

 




伽羅琉……一体何者なんだ……

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