戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第十五話 月下のラストスタンド

『伽羅琉様!!見てください!!今年も村は豊作ですよ!!』

 

『伽羅琉様のお陰で、私は今も生きて此処に居ます。だから━━━━』

 

それは、輝ける記憶。

長く、長く生きて来た中の、たった一刹那。

 

 

━━━━ゴトゴトと、轟々と、鳴り響く音に、意識が浮上する。

 

 

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

 

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間、そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

 

「……久しく見なんだ夢だったが……ふん、感傷だな。」

 

閉じていた瞼を開けた彼女は、夢を見た事を自嘲する。

何故ならば━━━━

 

「……名前すらもはや思い出せん相手の事を今更になってまで思うなど、な……

 ガリィ、どうせ覗いて居るのだろう?出て来たらどうだ。」

 

そう独り()ちてから虚空へと呼びかける彼女。

その声に応えるように現れるのは蒼い人形だった。

 

「はぁい、お呼びに応じてガリィちゃんただいま参上ですよぉ。

 ……んもぅ、それにしたってマスターってばひどぉい!!ガリィちゃんだってマスターの寝顔を覗く趣味はあんまり無いですってばぁ。」

 

「ハッ、それこそ『寝言は寝て言え』という奴だな……それで?『あの女(・・・)』の計画は今の所は情報(・・)通りか?」

 

「ですねぇ。上手い事起動時のフォニックゲインは隠したつもりでしょうけど、あのあからさまに異常なノイズの出現件数、まず以て『杖』の起動に成功したものかとぉ。

 ただ、ガリィちゃんってばステルス苦手だから、これ以上の情報をお求めならならファラちゃん起こした方がいいと思いますよぉ?」

 

「……いや、今の所はガリィのデータだけで十分だ。あの女が計画を進める気だというのさえわかればそれでいい。あの女の計画は確かに完遂されてしまっては困るが、大筋では此方にとって有益な物だからな……」

 

「いやぁ、漁夫の利を取るのって実は大変なんですねぇ。いっその事、彼等に全部明かして仲間にしてもらったらどうですぅ?」

 

その人形━━━━ガリィの言葉に、彼女は一瞬だけ動きを止め、そして言葉を返す。

 

「ふん、心にもない事をぬけぬけとまぁ……あらゆる要素を積み重ね、あらゆる者共にオレの予想通りに動いてもらわなければオレの目的━━━━万象追想曲(バベル・カノン)は完遂しえぬ。

 そこに馴れ合いなど不要だ。いや、むしろ邪魔にしかならん。……不確定要素を自ら増やす必要は無い。」

 

「そうですかぁ。ま、ガリィちゃんとしてはどっちでもいいんですけどぉ。……あ、そうだ。米国はやはり食いつく気満々みたいですよぉ?」

 

「分かり切っていた事とは言え、愚かな……オレ達との繋がりによる異端技術の独占だけで満足しておけばいいものを。

 まぁ、この後の展開を思えばありがたい話だ。米国の持つ手札でオレの計画に組み込める物など、それこそ超ツァーリ・ボンバ級の反応弾頭程度しか無い。むしろ、細々と戦力を投入されても面倒だからな。欲をかいて自滅する分には勝手にすればいい。」

 

「ほーんと愚かですよねぇ。自分たちこそが世界を回してるんだ~みたいな顔しちゃってまぁ……」

 

そう口にする人形の口元は弧を描き、あからさまに笑みの形を作っている。

 

「腐った性根が顔に出ているぞ、ガリィ。では、引き続き監視をしておけ。」

 

「はいは~い、了承致しましたマスター」

 

滑らかな動きでスカートをつまみ、そう言葉を遺しながら人形は転移によって消えていく。

 

「……我が契約者よ。お前が立ち向かう準備は整えてやった。あとは、お前がどこまで手を伸ばして救えるかどうかだ。せいぜい、最後まで足掻き続けるがいい……」

 

総てを睥睨するかのように傲慢にそう言い残す彼女の顔はしかし、隠しきれぬ憂いによって曇っているのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「~♪」

 

「響ったら、今日は機嫌いいのね!!アニメみたいに上機嫌じゃない!!」

 

「えへへ~、実はそうなんだ~。今日のこと座流星群、お兄ちゃんと未来と三人で見に行こうって約束してて~」

 

「もう……この前はボランティアで疲れて半分忘れてたクセに調子いいんだから……」

 

「ともあれ、仲がいいのはナイスな事ですわ。」

 

「そっかぁ、今日って流星群の日なんだっけ。あんま気にしてなかったなぁ……あ、私達はこの後屋上でバドミントンするんだけど、ビッキーとヒナはどうする?」

 

ある日の昼下がり、私達はそんな風になんでもない会話を楽しんでいた。

最近の響と未来は、それこそアニメみたいな事情でお昼はあのトップアイドルの翼さんと食べていたのだけれど、今日はその翼さんがお仕事だという事で、私達五人で揃って外にお弁当を食べに来ていたのだ。

 

「おっ?バドミントン!?いいよー、今の私はなんだって出来る!!気がする!!」

 

「……そういう事言ってると失敗しそうで怖いんだけれど。」

 

「確かに……アニメだったら絶対出来ないパターンよねそれ……」

 

「実際にそうなってしまうと途端にナイスでは無くなってしまいますね……」

 

「えぇ!?皆一斉に否定!?」

 

「いや、まぁ。そこまで気合い入れなくてもいいって。ただ遊ぶだけなんだし。」

 

そんな、なんでもない会話。こういうのもコレはコレでアニメみたいでいいなぁ。なんてふとよぎった想いは、言葉になることも無く風に溶けて行ったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ふんふふ~ん、なっがれぼしーなっがれぼしー。」

 

「もう……響ってば、恥ずかしいから止めてよね?それで、お兄ちゃんとの合流場所は寮の近くの公園でいいんだっけ?」

 

「うん!!先に待ってるって言うから早く寮に戻って━━━━」

 

学校から寮までの帰り道、未来と一緒にこの後の予定で盛り上がる私達の会話を引き裂いたのは、携帯端末の呼び出し音だった。

 

「……未来、ごめん。」

 

「……ううん。困ってる人が居て、響も、お兄ちゃんもそれを放っておくことは出来ないんでしょ?だから……」

 

「……ありがとう、未来。行ってきます!!早く終わらせたら一緒に流れ星、見に行こう!!」

 

未来に鞄を預けて走り出す。走りながらに端末を通話状態に。

 

『すまない!!ノイズの襲撃だ!!場所は塚の森駅!!共鳴くんと翼もそれぞれが向かっている!!』

 

ここから二駅先の場所。近い。

 

「わかりました!!今すぐ向かいます!!」

 

溢れそうになる涙を我慢しながら、走る。

以前なら息も上がる距離だっただろう。けれど、今や二駅、直線で1キロ程度の距離はアップでしか無い。

 

そうして走り抜ける先、地下鉄・塚の森駅へ向けて、走る勢いをそのままに胸の歌を解き放つ。

既に避難は完了しているらしく、人の姿も無い。

 

Balwisyall nescell gungnir tron(喪失へのカウントダウン)

 

輝き、そして変身。

この姿にも段々と馴れて来て、どう動けばどれくらいの動きになるのかもわかるようになってきた。

けれど、未だにこの手にアームドギアは無い。

お兄ちゃんはそれでもいいと言ってくれるけれど、力になれない自分がもどかしい。

 

地下通路に蔓延るノイズに向かって拳を振るう。

当たった拳に返る感触に、溢れそうになる嫌な気持ちを押し殺して拳を振るう。

 

『構内に小型ながらも強力な反応が見られる。翼と共鳴くんが到着するまで耐えてくれ!!くれぐれも、無茶はするな。』

 

「わかってます!!」

 

通信を通して聴こえる司令の声。

お兄ちゃんも来る。来てしまう。

 

流れ星を共に見る筈だったお兄ちゃんが。

 

「私は……ううん、今はまず出来る事をするんだ!!」

 

そんな感傷を振り払い、胸の歌に意識を傾ける。

改札口の向こうには、いつものカエルのようなのと人型以外にぶどうみたいなノイズが居た。きっと司令が言っていたのはアレの事なのだろう。

そんな判断をしつつ改札口を乗り越え、肩口から当たって、がむしゃらながらに蹴って、拳を打ち込んで、近づくノイズを倒していく。

 

そうやって戦っていると、ぶどうみたいな奴がいきなり変な動きをし出した。なんと、ぶどうの実みたいな部分を飛ばして来たのだ。

 

「わわっ!?」

 

しかもなんと、その実が爆発して天井まで崩してしまったのだ。爆風の衝撃と瓦礫の重み、そして痛みが、我慢していた私の本音を引き出していく。

 

「……見たかった。」

 

そうだ、見たかったのだ。

 

「未来と、お兄ちゃんと一緒に……!!」

 

約束したのだ。

 

「流れ星、見たかったッ!!」

 

嘘なんて吐きたく無いのだ。

 

「うぅ、うあぁぁぁあああああ!!」

 

拳の一振りで、脚の一振りでノイズを蹴散らし、ぶどうノイズを追いながら思考は走る。

どうして、未来に嘘を吐かなければいけなかったのか?

どうして、未来との約束を破らなければいけなかったのか?

どうして、未来とお兄ちゃんと一緒に居たいというだけの願いが叶わないのか?

 

「あんたたちが……」

 

血液が、沸騰、する。

私が私で無くなって行くあの感覚。自分が『ナニカ』に書き換わってゆく実感。

 

「そうやって人々の営みを壊し……」

 

視界が真っ赤に染まる。

いつの間にか改めてぶどうを生やしていたノイズがそのぶどうからノイズを作ってゆく。しゃらくさい。

 

「誰かを護ろうとする想いを踏みにじると、その誇りを『無かった事』にしようと、そう、言うのなら……ッ!!」

 

ノイズを、殺す。歪んだ決意だと分かっていても、今の私が握りたいと思った物はソレだった。

前から嫌いだったんだ。人は産まれて、祝福されて、そして、何かを遺して死んでいく筈なのに。

それを、ノイズは否定する。お前たちは炭の塊でしか無いのだと、個人を証明する何もかもを消しつくす……!!

 

そんな怒りを叫びに載せて、前へ進む。

邪魔だ、消えろ、私の目の前から居なくなれ……!!

 

怒りに任せて手足を振るう感覚。脳内麻薬をドバドバと放出させるそれに囚われた私には、またもや復活したぶどうノイズの実を避けようなんて気も起きる筈もなく。

 

━━━━視界が、爆発に染まった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

現場に駆け付け、残虐ファイトに走る響を見た時、とてつもなく心が痛んだ。

響だって一人の人間なのだ。好き嫌いもあれば、怒りも悲しみもある。

 

━━━━だが、それに対ノイズという方向と、シンフォギアという方法を与えてしまったのは俺なのだ。

 

二年前に響を護り切れていれば、こんな事にはならなかった。

……意味の無い思考だ。くだらないIF(もしも)を思うだなんて。

時計の砂を逆巻く事など、魔法でも無ければ不可能だ。

だから人は今を諦めないように生き続けるのだ。

 

だから、俺も駆ける。響を、俺の大事な少女を取りこぼさないように。

 

「ったく、なーにやってんだお前は。」

 

レゾナンスギアによって爆風を払い、爆風を背に抱え込みながら姫抱きにした響にデコピンをかましながらそう声を掛ける。

 

「あいたッ!?あれ!?お兄ちゃん!?」

 

「もうちょっとで俺も翼も着くって小父さんも言ってたろうに、無茶しやがって……後でお説教な?」

 

「うぅ……だって……」

 

「……あぁ、分かってる。すぐに終わらせて、未来と一緒に流れ星を見に行こう。」

 

響が怒りに身を任せていた理由は大体わかる。未来と一緒に流れ星を見に行こうと、そう約束していたのだから。

ただでさえ未来に隠し事をするという重荷を背負わせてしまった上に、鍛錬やノイズとの戦い等という非日常に巻き込まれてしまったのだ。

そんな重荷は、到底一人で抱えきれる物では無い。コレに気づけなかったのは俺の失態だ。

 

「……あっ!!お兄ちゃん!!」

 

そんな風に抱きかかえられた響が後ろを指す。恐らくはぶどう型ノイズが逃げ出そうとしているのだろう。

だが、シンフォギアによる位相差障壁の調律が為されている以上、壁をすり抜ける事が出来ないノイズに逃げ道は無い━━━━そんな思考を、爆風が遮る。

俺達を狙った物では無い。そうであればとっくに気づいている。

 

「……という事は、上か!?」

 

「うん!!」

 

「掴まれ響!!このまま上まで上がる!!」

 

手を出されれば分かるから、などと油断していた己を恥じながら後ろを向けば、見事に地下鉄の路線の上に空いた大穴をぶどうノイズがハネ上がって行くところであった。

ならば、この姿勢のまま穴の縁を利用してアメノツムギにて駆け上がる……そんな刹那、夜空を横切る流星が見えた。

 

「流れ星……?」

 

「……いや、心強い援軍の到着だ。跳ぶぞ?」

 

「うん……って、うわわ!?」

 

そうして飛び出した俺達は、しかし予想外のバランスの悪さに危うく響を取り落としてしまう所であった。

人を抱えて飛ぶのがここまで辛いとは。スパ〇ダーマンもそこまでは教えてくれなかった。

 

「ッとォ!!こりゃ要練習だな……土壇場でも一発で出来なきゃ意味がない……」

 

「ビックリしたぁ……」

 

それでもなんとか穴の上……公園に着地出来た俺達は空を見上げる。

そこには、天女が飛んでいた。

 

━━━━蒼ノ一閃

 

アメノハバキリによる一閃が空を駆け、遥か上空からぶどうノイズを断ち斬る。

 

「お見事。」

 

「最後の一匹と油断したか?」

 

「あぁ……アレは今後は優先的に狙うべきだな。厄介な奴だった。」

 

着地してきた翼ちゃんにそう声を掛ける。その通り、最後の一体とはいえ、残しておけば大事になりかねない危険なノイズであった。

今後の戦略としても、あのぶどう型は即座に倒さなければなるまい。と思考を巡らす。

 

「さて……立花さん。ここまでの半月で、貴方の戦う理由は見つかったのかしら?」

 

そう言って、翼ちゃんは響に向き合う。

……二週間前に言っていた事。共に戦えるのかを見極めるという約束。

この二週間の間、響は二足の草鞋に苦労していた。であれば確かに、これからもそれを続けられるのかどうかを聞くのはタイミングとして正しい。

 

「……私にも、護りたい物があるんです。それは、人だったり、約束だったり……お兄ちゃんや翼さんからしたらちっぽけに見えるのかも知れません。けど、私にとっては大事な物で、そんな物を護る為に拳を握りたい……そう、思っていたんです。

 けれど、今日、私はノイズを憎んで拳を握りました。護りたい物の為じゃなく、壊したい物の為に……」

 

━━━━だが、今の響は迷っていた。

無理もない事だ。誰もが迷わず戦えるワケでは無いし、人一倍優しい響がそう簡単に割り切れるワケが無い。

その上での今日の暴走だ。幸いにも今回はデコピンで戻ったが、あの状態が続くようなら、俺は立花響を戦場には立たせられない。

 

翼ちゃんもまた、その迷いを分かっているからだろうか、何も言わない。

 

 

 

「だったら、壊したい物の為に握ればいいじゃねーか。馬鹿馬鹿しい。」

 

 

 

そんな静寂を裂いたのは、第三者の声であった。

 

「なッ!?……ネフシュタンの、鎧……?」

 

『ネフシュタンの鎧、だとォッ!?』

 

通信越しに叫ぶ小父さんの声と、翼ちゃんの驚愕の声が重なる。

 

「ネフシュタンの鎧!?それって、二年前の……」

 

ネフシュタンの鎧。それは『青銅の蛇』を意味する完全聖遺物であり、旧約聖書に記された『復活』の象徴。

二年前のライブ会場にて起動実験が行われ、その中で奪取されたと聞いていたが……

そう思考を巡らせながら見やったそこには、蛇を纏った少女が居た。

白一色のバトルスーツに、まさしく鎧を思わせる肩アーマー、そして、ダラリと伸びた鞭状のパーツ。それはまさしく蛇であった。

 

「へぇ?コイツの出自を知ってんだ。」

 

「……忘れるものか。私の不手際で奪われた聖遺物を。なにより!!私の弱さ故に喪われた命の重さを……忘れる物か!!共鳴、力を貸してくれ!!」

 

「了解した……!!響、お前は下がって居ろ!!」

 

疑念を後に、響を庇いながら翼ちゃんと共に立つ。

 

「そんな!!あの子は人です!!同じ人間なんですよ!?」

 

「戦場で何を馬鹿な事をッ!!」

 

「戦場では、人の尊厳を護り切れぬことがあるの……分かってとは言わないわ。」

 

「ほう……?そっちの能天気よりは分かってるじゃねぇか。戦場に立った以上、殺す殺されは前提だよ、なぁ!!」

 

その咆哮と共に、響と、俺と、そして翼ちゃんを分断するかのように鞭が飛んで来る。

 

「クッ!!響!!」

 

その攻撃から響を庇いながら横っ飛びで避ける。だが、それによって彼女の思惑通りに俺達は分断されてしまう。

戦うのが巧い。翼ちゃんと俺の連携を真っ先に潰した事からそれが窺える。

 

「響、このままここで待っていてくれ。彼女は……強い。今の響では立ち向かえない。」

 

響を説得しながら戦力差を考える。こうしている今も、彼女と翼ちゃんは一見すれば互角の戦いを繰り広げている。

しかし、鞭状のパーツによってアメノハバキリの斬撃を真っ向から受け止める、あの防御力。間違いなく、レゾナンスギアでは有効打が入れられないだろう。

となれば、俺が援護に入り翼ちゃんが有効打を叩き込むしか無い。

 

「ハッ!!中々やるじゃねぇか!!これなら、アタシも天辺まで遠慮なくスパート出来るってワケだ!!」

 

「翼さん!!」

 

「悪いがお前はお呼びじゃねぇんだよ。こいつ等でも相手して、なッ!!」

 

思わずに声を挙げた響と、その傍に居る俺。そんな二人に向けて、鎧の少女はその手に持つ『杖』らしき物体を向けてくる。

 

「何を……ッ!?」

 

そうして、彼女が放った緑色の閃光は俺達の周囲に着弾し……

 

━━━━ノイズを、召喚した。

 

「ノイズが……操られてる……!?」

 

「バカな……そんな、バカなッ!!そんな規格外な聖遺物が、今の今まで一度も世に出る事すら無かったというのか!?」

 

召喚されたのは中型の、まるで水飲み鳥のような形のノイズ。

だが、数が多い!!軽く二十を超えるノイズ、コレを片付けねば、翼ちゃんの援護にすら向かえない!!

 

「響!!俺からあまり離れるな!!」

 

「う、うん……」

 

響を後ろに抱えての防衛戦。

この数を相手に初手に選ぶべきは、何よりも数を減らす為の範囲攻撃であろう。故に放つは円舞曲。

 

「うぇ!?な、なにこれ!?」

 

「響!?しまっ……!?」

 

半分を倒した所でノイズの反撃が来た。

だが、水飲み鳥のようなノイズの攻撃手段は直接攻撃では無かったのだ。

粘性のあるトリモチのような液体による拘束。それこそがこのノイズの目的だった。

 

「ぐっ……拘束だと!?ノイズを使ってまで!?」

 

それは、矛盾だ。

言葉を発さぬノイズの目標は分からない。だが、その行動の目的は明白だ。

 

━━━━即ち、人を否定する事。

 

炭素分解によって生きた証すら否定し尽くす悪魔のような存在。それがノイズ。

だというのに、このノイズは悠長にも拘束を掛けてくる。

ノイズがこの世界に居られる時間は決まっているというのにだ。

 

「あの杖との連携が前提のノイズ……!!であれば、やはりアレは聖遺物……それも、『ノイズを作った存在』の手に依る聖遺物か……!!」

 

「へぇ?随分と頭が回る奴が居るみてぇじゃねぇ、かッ!?」

 

「ハァッ!!」

 

俺の推論に反応した少女の隙を見逃さず、翼ちゃんが仕掛ける。

 

「おっと、悪いなアイドルさんよ。だが、今日のステージじゃあの男もアンタも主役じゃねぇ。主役はアタシで、主賓はアイツだ。」

 

「えっ……?」

 

━━━━今、彼女はなんと言った?

 

「そうか……ならばその主役の座、剣にて奪わせてもらうッ!!」

 

「う、らァァァァ!!」

 

思考が走るよりも先に身体が動く。トリモチで拘束されてはいるが指先は動く。ならばレゾナンスギアを繰るに支障はない。

残る水飲み鳥ノイズを総て蹴散らす。だが、トリモチはノイズ本体とは既に分離している扱いらしく、取れない。であれば一つずつ剥がすしか……!!

 

「おうおう、傍役風情が咆えるじゃねぇか……だったらまずは、こいつ等を捌いてもらおうか!!」

 

翼ちゃんの攻撃をしっかりと捌いた少女は、そう宣言して杖を構える。

そして、連射。

当然現れるは無数のノイズ達。その数はザっと数えても二百は下らない。

そして、ノイズ達は二手に分かれて俺達に襲い掛かる。

 

「ははは!!聞いてるぜ?お前のそのギア、不完全なんだってな!!テメェじゃフォニックゲインも出せねぇ欠陥品!!シンフォギアとの同調の有効距離は大体50m……それを超えれば、アンチノイズプロテクターとしての機能すら効かなくなるってなぁ!!」

 

━━━━やはり、これだけ大量のノイズを召喚した理由はそれか。

翼ちゃんを圧倒する事では無く、響が狙いだというのならば、レゾナンスギアの性能について知らない筈が無いと予想は出来ていた。

トリモチに絡めとられたままの響は戦力にカウント出来ない。その上で、翼ちゃんと俺を分断し、数の圧力で押せば……レゾナンスギアの同調有効距離から押し出す事は容易であろう。

 

「なっ!?」

 

「そんな!?お兄ちゃん!!」

 

「……安心しろ!!お前たちの歌が空に響く限り、俺は死なない!!」

 

勿論ハッタリだ。同調有効距離を超えれば、ノイズの攻撃を受けた瞬間に俺は死ぬ。いいや、もしかするとこのトリモチもノイズだから、その前に死ぬかも知れない。

だが、死ぬ気などさらさら無い。それは、自分だけは死なないなんて全能感では無い。自分だけは生きなければならないという使命感でも無い。

 

━━━━流れ星を共に見ると、約束したのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

トリモチが取れない。

衝撃に強いらしいコレはべっとりと私に張り付いて離れない。拳を握ろうにも、地面にくっつけられた状況でどう握ればいいのかが分からない。

 

━━━━私は、何も出来ないの?

 

心中をよぎるのは最悪な想像。お兄ちゃんが、死ぬ。

ノイズに消されて、この世界に居た証、全部無くして、私の前から消えてしまう。

そんなのはイヤだ!!

 

「そ、そうだ!!アームドギア!!お兄ちゃんを助ける為に力が必要なんだ!!アームドギアがあればそれが出来る!!」

 

━━━━本当に?

 

「出ろ!!出て来い!!アームドギア!!」

 

━━━━お兄ちゃんを助けるためだけなの?

 

そうだ、と叫ぶ心と、憎い、と叫ぶ心が相反する。思えば、悪意を向けられる事は多い人生だったが、殺意を向けられるのを見た事は無かった。

ノイズには殺意なんて無かったし、翼さんが私に剣を向けて来たのも、悪意も敵意も混じっては居なかった。

だからこそあの子に、お兄ちゃんを殺そうとするあの子に、ノイズに向けてしまったような悪意を向けてしまう事が怖くて、私の腕はただただ震えるだけだった。

 

「私……どうすればいいのかわかんないよぉ……」

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「くっ……ッ!!共鳴!!」

 

━━━━千ノ落涙

 

━━━━逆羅刹

 

━━━━蒼ノ一閃

 

対多数を目的とした技をこれでもかと叩き込む。だが、それでも倒した端からノイズが追加されてゆく。ジリ貧という言葉が頭をよぎる。

幸い、拘束されようと共鳴もまた防人の一人。今はまだノイズと戦えている。だが、同時に段々と私との距離を離されている。

同調有効距離はフォニックゲインの発生源の出力にも左右される。50mというのはあくまでも私が本調子の時の話だ。このまま消耗を続ければいずれは……

 

「ハハハッ!!こんなはした役共にも苦戦するのかよ?のぼせあがってたんじゃないか?人気者さんよォ!!」

 

そう挑発を織り交ぜながらも、ネフシュタンを纏う彼女はノイズを発生・指揮させる事を止める事は無い。

油断も、慢心も無い。私達を封殺する為の最善手を取るその状況判断に舌を巻く。

私の距離に入ってくれば討たれる、という事を先ほどの接近戦にて理解しているのだ。

 

「……賭けるしかあるまい、か。」

 

共鳴との合流も、乾坤一擲の一閃も、彼女の持つ杖が操るノイズによって封じられている。

立花を戦力に換算する事は出来ない。彼女が共鳴の側に居る事でレゾナンスギアの出力が保てているのだ。むしろ此方と合流されてしまえば終わりだ。

 

━━━━であれば、どうするか?

 

「……共鳴!!貴方を、信じます。」

 

「翼ちゃん……まさか!?」

 

叫びは合図。皮肉な事だ。

二年前、ネフシュタンの鎧の起動実験であったライブ会場で、共鳴くんに奏を救って貰った。

その時と同じような状況。早々にノイズを殲滅せねば、今度は彼が死ぬ。

であれば、防人である━━━━剣であるこの身が歌う歌など、一つを除いて有り得はしない。

 

アメノハバキリから小刀を展開し、彼女へと投げつける。三本の全てが弾かれるが、『それでよい(・・・・・)』。

 

「ちょせぇ!!お返しだ!!喰らいな!!」

 

━━━━NIRVANA GEDON

 

ネフシュタンの鎧が形成するエネルギーを弾として彼女が放ってくる。これもまた予想通り。

 

━━━━蒼ノ一閃

 

此方も放つ剣撃にてそれを撃ち消す。それは奇しくも最初の一撃と同じ構図。

 

「ハッ!!苦し紛れの遠距離攻撃なんざ無駄さ!!アタシには通じねぇ!!」

 

「いや……コレで準備は整った。月が出ている間に、決着を付けるとしよう。」

 

「何を……なッ!?足が……!?」

 

━━━━影縫い

 

緒川さんから習った忍術で、確か理屈としては催眠導入のような物だという。先ほど放った小刀こそその影縫いの鍵。

それを受けた以上、ネフシュタンの鎧といえどそう易々と身を動かす事は出来まい。

 

そうして私は、剣を地に突き立てる。本来であれば、絶唱はアームドギアを介して放たれる。そして、そこには聖遺物そのものが持つ特性が乗る。

例えば、アメノハバキリであれば……『蛇』への特効、だとか。

ネフシュタンの鎧だけを狙うのであればアームドギアを使うべきだ。だが、私の目的はそれでは無い。第一目標は共鳴くんを死なせずにこの状況を打開する事だ。それには、アームドギアを介して放たれる一撃では範囲が狭すぎる。

ネフシュタン奪還はその後で考えればいい。

 

「なにっ!?……まさか、歌うのか……絶唱を……ッ!!」

 

「翼さん!!」

 

「……立花さん。貴方の握る答え、いつかゆっくりと聞かせてちょうだい。」

 

「あ……あぁ……」

 

「クソッ!!翼ちゃん!!絶対に護る!!だから……ッ!!」

 

共鳴くんの返答が今は心強い。その危険性から実験すら行われた事は無いが、レゾナンスギアが絶唱のバックファイアを低減できることは二年前に実証されている。

だから━━━━

 

 

            ━━━━絶唱・戦場に刃鳴裂き誇る━━━━

 

 

その歌を、歌う。

 

絶唱のエネルギーが全てを呑み込む中、見えるのは吹き飛ぶノイズと、ダメージを負いながら吹き飛ぶネフシュタンの少女、そして━━━━

 

「おおおおおお!!」

 

光の中に飛び込んで来る、共鳴くんの姿。




握る想いは、今だ分からず。
月下に流れるハジマリノウタ。
その音色に、少女は何を見るのか。

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