戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第十六話 曙光のインプローブメント

ネフシュタンの鎧確保の為、現場へと車を走らせる中、助手席にて現場との中継をお願いしている了子くんがつぶやく。

 

「翼ちゃん……歌うつもりなのね、絶唱を……」

 

━━━━絶唱

 

それは、装者への反動をも考えず放たれる……シンフォギアに搭載された『真の歌』だと、了子くんは言う。

 

前提として、聖遺物の欠片は、適合者のアウフヴァッヘン波形によって励起させなければその力を発揮する事は出来ない。

だがそれでも、その前提を満たし、シンフォギアとして起動した聖遺物がもたらすエネルギーはあまりにも膨大であり、

人一人の大きさで発電所にすら匹敵するエネルギーを継続的に生成し、それを物理的・概念的な武装へと変換する。

だがこの際、引き出した出力により大小はあるが反動が発生する。このバックファイアは振動波の形式をした衝撃であり、最悪に到れば装者であろうとも内部から破壊・崩壊せしめるだろう……というのが了子くんの推論だ。

 

それを裏付けるように、二年前のライブ会場において適合係数が著しく低下していた奏くんが絶唱を放った際、そのバックファイアにより彼女の四肢は崩壊し、炭化して消え落ちた……という事例が報告されている。

このバックファイアは適合係数の高さによって軽減できるが、今もってなお完全な除去方法は見つかっていない。

 

━━━━だが、此処に例外が存在する。

 

奏くんが発した絶唱の規模、そして、当時のデータから推測される奏くんの適合係数、それによるバックファイアは本来ならばその程度で済むはずが無かったのだ。と了子くんは結論付けた。

本来ならば奏くんの四肢どころか、彼女の全身を砕き、ガングニールすらも自壊せしめる程のバックファイアが発生する筈だった、と。

ならば、その有り得ない結果を齎したファクターとはなにか?

その答えこそが━━━━

 

「……今の翼の隣には共鳴くんが居る。最悪には至らん筈だ。だが、万が一を考えて置く必要はあるだろう……」

 

アメノツムギ。

それは、天津家が代々受け継いできたという秘宝であり、聖遺物の残骸でありながらも本来の聖遺物としての特性を完全に喪失した『不完全聖遺物』。

だが、本来の特性を喪失しながらもそれでも残っていたフォニックゲインへの共振によって、奏くんが受ける筈だった絶唱のバックファイアを受け流したのだ。

 

……しかし、アメノツムギによる受け流しがあってもなお、絶唱のバックファイアを完全に除去する事は出来ず、共鳴くんも両腕を粉砕するという大怪我を負う事となった。

もちろん、二年前とは違いアメノツムギもレゾナンスギアという安全装置を得ており、当時、実験への影響を抑える為にリンカーの投与を控えていた為に最悪のコンディションといえた奏くんとは違い、翼は元々リンカーを使わずともシンフォギアを纏う事が出来る適合係数の持ち主であり、命に係わる程の重症に到る可能性は間違いなく二年前より低い。

 

━━━━それでも、そんな危険な賭けに出さざるを得なかった自分の無力に、思わず歯を食いしばってしまう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

翼ちゃんが絶唱を口にするのを見た瞬間、考えるよりも先に身体が動いていた。

翼ちゃんがアームドギアを手放している事から、絶唱での狙いは二年前と同じく広範囲殲滅。

であれば、この身を拘束するトリモチめいた粘液はどうせ絶唱の衝撃に耐えられまい。

そして、それは今俺を包囲している百を超えるノイズも同じだ。

 

━━━━故に、取ったのは単純な策。

 

レゾナンスギアの糸を回転させて形成した簡易的なシールドを頼りにした中央突破。

百を超えるノイズに一度に攻撃されれば、幾らフォニックゲインを得てバリアフィールドを形成しているレゾナンスギアとて、出力限界を超えて機能停止する可能性がある。

先ほどまではそれこそが俺の突破を阻む原因だった。

だが、もはやそんな細々した気遣いをしている場合では無い。

 

絶唱のバックファイアが翼ちゃんを焼き尽くす前に彼女の元へと辿り着く為、全速力で地を駆ける。

 

「あああああああッ!!」

 

光、そして衝撃。絶唱がその威を振るう。

絶唱に負けんほどの絶叫を挙げながら吹き飛ぶ、ネフシュタンの少女。

 

だが、そちらに頓着している余裕などもはやなかった。

 

二年前とは異なり、レゾナンスギアを介する事で直接腕に触れているワケでは無い。だというのに、それでもなお腕を持っていかれるかと錯覚する程の莫大なエネルギー。

だが、前回と異なるのはそれだけでは無い。前回のノイズは百には届かぬ程度しか居らず、ただただバックファイアを空へと逃がせば良かった。

だが今は、このエネルギーを逃がさず、使いこなし、今だ周囲を覆う百のノイズを散らさねばならない。

翼ちゃんへと寄っていた百のノイズは出始めの衝撃で消え去った。だから狙わねばならないのは、俺を狙っていた百あまりのノイズ達。

 

「お、おおおおおォォォォ!!」

 

叫びながら、アメノハバキリの震えと同調(シンクロ)する。

この二年。何度悔やんだだろうか。

 

『あの時、俺が絶唱を制御出来ていれば奏さんの四肢は喪われなかったのでは無いか?』

 

これもまた、意味の無いIF(もしも)だ。あの時の俺は、あの時の俺に出来る事を全力でしたし、奏さんのコンディションも最悪だった

だから、誰が悪いワケでも無く、ただ届かなかっただけ(・・・・・・・・)だ。

 

━━━━だが、それが今の俺には許容出来ない。

 

『手の届く総てを救う』。俺の握った新たな理想。

……手の届かない誰かを、初めから決めてしまう、理想。

けれど、だからこそ……

 

「手を届かせると、そう決めた人を……もう二度と……喪って、たまるかァァァァ!!」

 

翼ちゃんが死ぬなんて、到底許容できる筈が無い。

この二年、ずっと共に戦い続けた戦友であり、俺の幼馴染で……

まるで天女のように美しい、彼女。

歌が好きだ、と教えてくれた彼女。

 

「だから……消えろォォォォ!!」

 

絶唱の震えをアメノツムギへと載せ、一閃と振るう。

響が未だ地に転がっている事から狙いは高めに。決して当たらないように。

振り向きざまの一閃によって消え去るノイズ達。

過去最高のキルレートだな。等と思考は逸れながらも、それでも逸らし切れないバックファイアの衝撃。

 

「ぐ、がああああああああ!」

 

一閃してなお、手の内で暴れるエネルギーを握りつぶし、空へと放つ。

腕は無事だ。だが、手の感覚が無い。握りつぶした辺りから痛みも感じなくなってしまった。

超過駆動によって限界を超えた出力を通されたレゾナンスギアは赤熱し、蒸気すら放っている。

 

━━━━けれど、それでも、翼ちゃんは生きている。

 

「翼さん!!お兄ちゃん!!」

 

「翼!!共鳴くん!!無事か!?」

 

「俺は……大丈夫、です……翼ちゃんを、はやく……」

 

「大丈夫。じゃないでしょう……手が炭化しかけてるじゃない……人の肉が焼ける臭いなんて女の子に嗅がせる臭いじゃないわ。ミネラルウォーターだけど我慢してね……」

 

「ガッ!?ぐ、あ、ああああああああ!!」

 

「翼……」

 

「問題は……ごふっ、ありません。共鳴くんを、信じていましたから……」

 

「翼!!」

 

口から血を吐き、倒れ込む翼ちゃんを小父さんが支えるのが視界の端に映る。

だが、それを気にする余裕は俺には無かった。

赤熱する程の熱を持ったレゾナンスギアに焼かれた俺の手に、了子さんがペットボトルの水をかける。

その衝撃に、俺は思わず叫び声をあげていた。

 

「救急搬送二名!!もう用意は出来てるな?」

 

携帯端末にそう叫ぶ小父さんと、ショックを受けた顔で固まる響。

そして、俺の手の状態を看て冷静に処置を行う了子さん。

 

「症状が悪化する前にレゾナンスギアを取るわ。準備はいい?……流石に、中まで焼けてはいないだろうけど……絶対、滅茶苦茶痛いわよ。」

 

「お願い……ッ!!します……」

 

「いち、にの……ッ!!」

 

「がァァァァ!!」

 

やけどの応急処置にはまず冷やす事。そして、装身具を取り外す事が肝要である。意外に手慣れたもので、了子さんのお陰で最悪の事態━━━━指を喪うと言った事は無さそうだ。

気づけば、絶唱で吹き飛ばされていたネフシュタンの少女は既に去り、事態はようやく収束を迎え。

病院へと搬送される俺達の頭上を、流れ星がそっと流れていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……翼の容態は……?」

 

「……命に別状はありません。しかし、やはり肺を中心に衝撃を受けた事で内臓にダメージが残っています。仮に今すぐ目覚めたとしても、暫くの間入院するのは避けられません。」

 

「姪を、翼を、よろしくお願いします……」

 

そういって、弦十郎のダンナが深々と頭を下げる。

ここは二課併設の医療施設。絶唱を放って大怪我を負った翼と共鳴は此処へと搬送されていた。

 

「俺達は鎧の行方を追跡する……どんな手掛かりも見落とすな!!」

 

黒服━━━━いわゆる諜報班の皆さんと共に、ダンナは去って行く。そして、残されたのはアタシと、緒川さんと、そして……

 

「あなたが気に病む必要はありませんよ、響さん。」

 

待合所で沈み込む、響だけだった。

そんな響に、緒川さんはコーヒーを奢っていた。アタシはカップの物は危なくて飲めないので今回はパスしておいた。こういう時、首を振るだけで分かってくれる緒川さんは話が早い。

 

「そうだぞ?絶唱を使おうって決めたのは翼自身なんだから。」

 

「緒川さん……奏さん……」

 

響の気持ちは、分かるつもりだ。

今の響とアタシは、とてもよく似ている。

……何も出来ない。という無力感に苛まれている点において。

 

「……二年前、ツヴァイウイングとして翼とコンビを組んでたアタシは、ライブ中に現れたノイズを殲滅する為に絶唱を放った。響の容態は見れば分かる程の最悪で、アタシのコンディションも最悪だったからな。

 あれだけのノイズを一掃するにはそれしか手段は無かった。」

 

「絶唱……あの鎧の女の子も言っていた……」

 

「装者への負荷を厭わず、限界を超えた出力を発揮する、シンフォギアに搭載された最終手段です。

 ……当時の奏さんはある事情から適合係数が高まっておらず、その負荷を受けきる事は出来ない筈でした。」

 

「それって、つまり……今回みたいに……」

 

「あぁ。トモがアタシを救ってくれたってワケだ……アイツ自身は、アタシが手足を喪った事に負い目を感じてるみたいだけどな。

 だから、翼には勝算があったのさ。絶唱を放とうと、死を覚悟しなくとも問題無い。共鳴が助けてくれるってな。」

 

ガングニールの装者として、翼と共に戦っていたからこそ、アタシにはわかる。

あの時、信じていると宣言したのは紛れも無い翼の本音だ。

そして、それはアタシも同じ考えだ。

 

「お兄ちゃんが……助けてくれる……」

 

「あぁ……響も翼も、一人ぼっちで戦ってなんか居ないのさ。司令や緒川さんみたいに、戦えるように皆を動かす人。避難誘導を促すボランティアや一課の皆。

 ……そして、一緒に戦場(いくさば)に立ってくれるトモが居る。」

 

「……響さん。昨日の今日で今はまだ迷うかも知れません。けれど、どうか、奏さんが今言ってくれたことを忘れないでください。

 貴方がどんな結論を出そうと、共鳴くんも僕たちも、貴方の結論を全力で応援するという事を。」

 

……緒川さんが言及したのは、少女が乱入する直前に響が語っていた事。

ノイズを憎んで、力を振るう事の是非について。

だから、アタシはお節介を焼く為に、緒川さんの言葉を聞いてもなお沈んだままの響へと語りかける。

 

「……ちょっとした、昔話なんだけど、さ。アタシも昔、響と似たような悩みを持ってたんだよ。」

 

「えっ……?」

 

「といっても、まぁ。アタシの場合は順序が逆だったんだけど……そもそも、アタシがガングニールを握った理由は、ノイズへの復讐の為だったんだ。」

 

「……そんな……」

 

信じられない。という顔。まぁ、当然だろう。

五年前の事故で家族を喪い、何もかもを喪った当時のアタシを知るのはダンナと翼だけだ。

 

「ん、まぁ理由は省くけど……最初こそ、アタシは憎しみだけでガングニールを振るっていた。けど段々と、歌を歌って、誰かに聞いてもらう事を楽しむようになっていったんだ。

 だからこそ、ツヴァイウイングとして皆に歌を届ける事はアタシにとって一番の楽しみになっていったんだよ。それはガングニールを振るって誰かを護る理由にもなっていった。」

 

「……楽しみ、ですか?」

 

「そう。楽しみ。知ってるか、響?思いっきり歌うとさ、スッゲー気持ちいいんだぜ?

 ……今はまだ、何を握ればいいのかわからないかも知れないけど、いつか響だけの理由が分かる時が来るって、アタシは思うんだ。

 確かに共鳴も翼も使命感で立ち上がれるくらい強い心を持ってるけど、響はあの二人じゃないんだから。あの二人と同じ理由を握らなきゃいけない理由は無いんだ。」

 

「思いっきり歌う……私だけの理由……ありがとうございます、奏さん、緒川さん。私、まだ分からないけど……自分の気持ちに、ちゃんと向き合ってみたいと思います!!」

 

そう言って顔を挙げた響の瞳には、先ほどまでの無力感とはまるで違う輝きを宿していた。

 

「響さんの力になれたのなら、幸いです。」

 

「アタシならいつでも相談受け付けるからさ、迷ったら来てみな?」

 

━━━━どうせ、それくらいしか出来ないのだから。と鎌首をもたげた無力感から目を逸らして、殊更に明るく告げようとした言葉は、彼女にはちゃんと明るく聴こえただろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「やぁやぁ久しぶり。二年ぶりかな?」

 

と、そんな軽い言葉と共に再開したのは、二年前のライブ事故の時に俺の担当だった外科医だった。

 

「……なんで、貴方が……此処に居るんですか……貴方の務めてた病院は別の病院でしょうに……」

 

「ま、引き抜きって奴かな。キミに関わった事もあって、ここの病院の外科方面を任せてもらえるようになったってワケ。」

 

なるほど、二年前にグチャグチャになった俺の腕をなんだかんだと治してくれた医師だ。二課が手を回したのも頷ける。

 

「……それにしても、酷い火傷だね。まぁ、二年前よりはマシだけれどもさ。」

 

彼がそう呟くのも無理はない。指抜きグローブ型のレゾナンスギアの放熱が間に合わなかった事で、俺の手の大半は火傷でグチャグチャになっており、それを覆い隠すように巻かれた包帯は手全体にも及ぶ。

一昔前なら痕が残る事請け合いだっただろうが、これよりも酷かった怪我を見事治したこの医師が治療してくれるというのなら何も問題は無いだろう。

 

「今回はまぁ……装備が良くなってましたので……で、全治まで何週間掛かります?」

 

「本来なら一ヶ月だ。ホントは譲りたくないんだが……最近のノイズの頻発、君はアレを止める為に戦うのだろう?だから、百歩譲って三週間と見積もろう。」

 

「……感謝します。」

 

「……本当に、強くなったねぇ。二年前とは目の強さが違う。」

 

「……色々、ありましたから。」

 

「そっか……」

 

そう言って、暫し落ちる沈黙。色々、に踏み込んでこない辺りは流石に医師なだけはある。

 

「あのー……此方にお兄ちゃんが居ると聞いたんですが……」

 

━━━━そんな空気を裂いたのは、入室してきた響の声だった。

 

「あぁ、俺は此処に居るぞ。どうした?」

 

「あ、えーっと、診察中でした?」

 

「いやいや、もう診察は終わった所さ。それに、ボクも機密については問題無い。気にしなくていいよ。」

 

そう言って、彼はカルテを見る作業に入ってしまう。

……要するに、居ない者として扱えと。

 

「……それで、どうしたんだ?」

 

「あ、うん……流れ星、一緒に見れなかった事。未来にどうやって謝ろうかと思って……」

 

「……そうだな。俺の怪我の事も言わなきゃならないし……じゃあ携帯を使えるとこまで行こうか。俺が伝えるよ……代わりに、通話中は携帯持ってて欲しいけど。」

 

「ぷっ、わかった。じゃあ先に行ってるね?」

 

「あぁ。」

 

そう言って、響は先に診察室を出て行く。

 

「……変わったね。」

 

「何がです?」

 

「いや、二年前のキミは笑う余裕も感じられなかったけど、今のキミは笑って居られる余裕が出て来た。いい事だと思うよ?じゃあ、患部は出来るだけ冷やすようにして、お大事に。」

 

「はい……ありがとうございました。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━結局、響とお兄ちゃんからの連絡が無いまま一夜が明けた。

 

なにか、あったのだろうか。心配を抱えながらも、私は録画しておいた流れ星の動画を見る。

なにかをしていなければ不安に押しつぶされそうで。

そんな中、ディスプレイに映った着信にホッと一息をついて応じる

 

「もしもし、響?」

 

『未来!!約束護れなくてごめん!!』

 

「ううん……響が無事でよかった。」

 

『……それで、なんだけどね。お兄ちゃんから、伝えないといけない事があって……今、代わるね?』

 

「えっ?う、うん。」

 

なんだろうか。わざわざ前置きする以上、いい知らせとは思えないが……

 

『もしもし、未来?』

 

「お兄ちゃん……無事でよかった。それで、伝えないといけない事って?」

 

『あぁ……すまん、とちった。怪我しちまってな……それに、コレはオフレコでお願いしたいんだが……翼ちゃんも過労で倒れて……だから、流れ星を見に行けなかった理由は全部俺にある。』

 

告げられた言葉に、息が止まりそうになる。

 

「怪我って……それに過労で倒れたって、どうしたの!?大丈夫なの!?」

 

『あー、俺も翼ちゃんも、命に別状は無い。翼ちゃんの方は、スケジュールが過密過ぎただけだから、大丈夫。ちょっと休めばすぐに良くなる。

 ……俺の方はなんといいますか……避難誘導の際に爆発がありまして、そのぉ……爆風で熱された扉を触ってしまいまして……』

 

……本当に、命を掛けているのだな。と実感する。

爆発なんて、日常の中では殆ど目にする事は無い。

だというのに、お兄ちゃんは爆発自体は当たり前のように話している。

まるで、お兄ちゃんがどこか遠くに行ってしまったようで寂しい。けれどそれ以上に━━━━

 

「よかった……本当に、お兄ちゃんも、響も、翼さんも皆、無事でよかった……」

 

『……心配かけて、ごめんな。』

 

「……うん。心配した。だけど、帰って来てくれたから大丈夫。」

 

『……ありがとう、未来。響は今から寮に向かわせるから、すまないけど、今日も世話を頼む。』

 

『えっ!?ちょ、お兄ちゃん!?それだとまるで私がいっつも未来から世話を焼かれてるように聞こえるんだけど!?』

 

『……事実では?』

 

『ふえーん!!助けて未来ー!!お兄ちゃんがいじめるー!!』

 

そんな風に、コントみたいに掛け合いを始めた二人に、日常を感じて思わず笑みがこぼれる。

 

「確かに事実だけど、私はそんな響の世話を焼くのが好きなの。だから、早く帰って来てね?」

 

『……うん。それじゃ、今から向かうから。』

 

「うん、待ってる。」

 

そう言って、通話を切る。

 

「……さて!!じゃあ、お腹空いてるだろうし、響の為に朝ご飯を作ってまってますか!!」

 

気合いを入れ直して立ち上がる。

今日も、いつも通りの日常が始まるのだ━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……気になるのは、ネフシュタンの鎧を纏った少女の狙いが響くん個人であった事だ。」

 

響を送り出してから集合した二課本部の司令室での緊急のデブリーフィングにて、そう切り出したのは小父さんだった。

 

「そうねぇ。その理由がわからないのよね。」

 

「シンフォギアよりも遥かに先を行くはずの完全聖遺物に、ノイズを従える謎の聖遺物……あれだけの戦力を持ちながら、何故いまさら響個人を?」

 

「五里霧中……って奴かしら?」

 

「……いや、霧中であろうと一つだけ、確かな標はある。彼女は、響くん個人を特定していたばかりか、レゾナンスギアの詳細なスペックにも言及してみせた。」

 

小父さんが示したのは、鎧の少女が俺を同調限界距離の外に追いやって殺そうとした事。

『聞いている』と言っていた以上、今までの戦闘から推測したワケでは無さそうだった以上━━━━

 

「それってつまり……」

 

「内通者……それも、機密にアクセス出来る立場の人物の関与の疑いがある。って事ですか……」

 

「どうしてこんなことに……」

 

「本来なら身内を疑うなんて真似はしたくないんだがな……了子くん、鳴弥くん。研究班の方で最近、怪しい動きが見られる人物などは居るか?」

 

母さんと櫻井女史にそう問う小父さんの顔は険しかった。

 

「んー……上から指揮する分には、居ないわねぇ。鳴弥ちゃんの方は?」

 

「……いえ。同僚として信頼出来る人ばかりですので、思い当たる節はありません。」

 

「そうか……あとは、米国の動きだが……」

 

「依然として、出所不明のハッキングの痕跡は増え続けています。ですが、逆探知の方も同じく……」

 

そう言って藤尭さんは項垂れる。情報処理は彼の本職だ。プログラミング・ハッキングにも精通する彼からすれば忸怩たる思いだろう。

 

「藤尭さんでも返せないとなると、マシンスペックの問題ですか?」

 

「いや、それ以前の話だ。逆探知してもその場所にはもはや怪しい物は無い……アクセス地点が刻一刻と地球上を移動しているんだ。勿論、それらは米国に好意的な国家だったり、米国内部だったりするんだが……」

 

「……それだけで米国の関与を糾弾するには弱い、と。」

 

「あぁ。実に……金のかかった計画だ。逆に言えば、それだけ怪しいって事なんだけどね。」

 

「……米国があの杖を保持していたというのなら、二年前に共鳴くんを狙った理由にも一応の説明が着く。あの杖によるノイズの召喚、そしてそれによるライブ会場の混乱の最中にネフシュタンの鎧を奪取。

 共鳴くんに手を出したのは欲をかいたからかも知れんが……」

 

確かに、小父さんの推理が当たっているなら、二年前の事件にも一応の筋は通る。

だが、なにか違和感があるような気がして、頭の隅にそれが引っかかる。

 

「ただ問題は、この後どうするかよねぇ……」

 

「……まずは、共鳴くんには治療に専念してもらう。レゾナンスギアも半壊している以上、戦場に立つのは危険が伴う。それは到底許可出来ん。」

 

「それは……はい。わかりました。」

 

当然だ。レゾナンスギアが無ければ、アメノツムギ単品ではアンチノイズプロテクターとしての性能すら発揮出来ない。ネフシュタンの少女が言うとおり、欠陥品なのは事実なのだ。

 

「それに関してなんだけどぉ……折角だから、改造もしちゃわない?」

 

『改造?』

 

櫻井女史の発言に、思わずして皆の声が揃う。

 

「そう。今回、絶唱と同調した事で詳細なデータが取れたのだけれど……このままの形態・形状だと、絶唱クラスのエネルギーと同調した場合、それを放出する放射部の面積が足りないの。

 シンフォギアと違ってレゾナンスギアは殆どが現行技術の産物だから、物理法則を無視できない以上どうしてもね……」

 

「なるほど、確かに出力に対して小型化が過ぎてましたもんね……となると、グローブ式から面積を増やして、ガントレット式に拡張を?」

 

「んー……それもいいんだけど、それだとやっぱり腕が火傷するリスクは変わらないままだから、ここはいっそ発想を転換しちゃうってのはどうかしら?」

 

「発想を……転換する?」

 

櫻井女史の頭の中には完成図があるようだが、イマイチ全体像が見えてこない。

 

「えぇ!!アメノツムギが、元々はアメノハゴロモだった……って言うの、少し前に聴いたでしょう?そこから着想を得てプランニングしたのが~此方!!」

 

そう言って、モニターに資料映像を流す櫻井女史。

そこに映しだされていたのは、ガントレット型のギアと、ベルト、そして、謎の布のような物。

 

「コレは一体……?」

 

「えぇ。フォニックゲインによって物理的に生成されるレゾナンスギアの疑似アームドギア……共鳴くんが増やして振り回してるアレの事ね。

 その糸をレゾナンスギアの起動時に自動的に編み込む事で、マフラー型の放熱部を作り上げちゃおう!!って改造計画よ。

 それに伴って、マフラーを巻く事になる首までの距離を出来るだけ短くする為にグローブ型からガントレット型に拡張。

 で、そこまで大型化するとなると、常時この形のままだと装着に手間がかかるようになってしまっていざ実戦って時に即時対応が出来なくて困るでしょう?

 それを解決する為に、今までのようにアメノツムギ本体をはめ込むタイプのギアでは無く、シンフォギアのロックシステムを応用して起動時に変形、装着を行えるタイプにしたのよ!!

 ……ここまで、OK?」

 

よくぞ聞いてくれた。といわんばかりの櫻井女史の怒涛の解説に、母さん以外の誰もが付いていけていなかった。

 

「要するに、機能拡張と放熱機能の向上の代わりに大型化が進んでしまうから、起動時と待機時の2形態を用意する事でそれに対応する。という事ね。」

 

事前に教えられていたらしく、唯一話についていけていた母さんによるかみ砕いた説明によってようやく理解出来た。

つまり━━━━

 

「……なるほど、変身ベルトみたいなもんですか。」

 

「え?……あぁ、なんだっけ。子供向け番組の変身アイテムだっけ?確かに似てるかもしれないわねぇ。シンフォギアと違って質量をある程度確保しないといけないからどうしても待機形態でも大型化しちゃうからベルト式にしただけなんだけれど……

 ……それはそうと共鳴くん、そういうの好きなの?ちょっと意外だわ。」

 

「子供向けと思われがちですけど、基本的にドラマ部分は骨太なので大人が見ても面白いですよ?

 ……ところで、ここまで大規模に疑似アームドギアを作り出すとなると、シンフォギアと共振するだけではフォニックゲインが足りないのでは?」

 

「そこに関しても織り込み済み。そもそも、レゾナンスギアの当初の出力は二年前の翼ちゃんのデータを基に作っていた物だから、それから成長してフォニックゲインの質も上がった今の翼ちゃんとの共振なら問題無くエネルギーを賄えるはずよ。」

 

「翼ちゃんとなら……となると、響とでは難しいですか?」

 

「……えぇ。胸のガングニールと二年も体内で一緒によろしくやってたからか、響ちゃんの適合係数は過去の装者の中でも最速のペースで上昇しているわ。けれど、今はまだ翼ちゃんに届かない物。

 だから、レゾナンスギアの改修後の運用は、翼ちゃんの復帰時期と響ちゃんの成長速度次第で臨機応変に……って所かしらね?一応、マフラー部分無しでの運用なら理論上は今の響ちゃんでも可能な筈だから起動自体は問題ないのだけれど……」

 

「そうですか……」

 

その言葉に、少しホッとしてしまった自分が居た。

響は戦う為に拳を握って、今はもはや二課唯一の戦力と化したというのに、響では力不足であると言われて喜ぶなどというのはまだまだ響が戦う事を割り切れていない証左であろう。

 

「ふむ……では、今までの性能も引き続き発揮できる、と見ていいのか?それならば是非お願いしたい所だが……」

 

「俺も賛成です。絶唱を制御できる方法があれば、絶唱そのものを戦略に組み込む事が可能になる。コレは間違いなく最高クラスのアドバンテージです。櫻井女史、いえ。了子さん。よろしくお願いします。」

 

そうして黙り込んだ俺を見て、話の切り所と見てまとめに入った小父さんの言葉に繋げて俺の意見を述べる。

……呼び方を変えたのはまぁ、ケジメみたいな物だ。

 

「ふっふっふ、ノアの箱舟に乗った気分でお任せなさいな!!」

 

「安心できる筈なんだけど微妙に安心できない気分!?」

 

━━━━こうして、俺の相棒であるレゾナンスギアは改良される運びとなったのだ。

未だ持って全容も、黒幕も、その何もかもが分からない霧のようなこの事件を切り裂く曙光の光となる為に。




羽ばたく翼と共に鳴り響き渡る為、少女は強く拳を握る。
師と慕う漢に頼み込むのは、力では無く技を請う事。
力を恐れるのならば、技にてそれを制さねば。

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