戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第十七話 修練のブルース

「……まさか、翼まで入院しちゃうだなんてなぁ。」

 

ベッドに横たわり、未だ目を覚まさぬ翼に寄り添いながら、アタシは独り()ちる。

アタシの場合は正確には休眠であって入院では無かったらしいが、まぁ似たような物だ。

今も尚、アタシの周りで翼の容態を診察する看護師の皆さんが動いている中、その邪魔にならないようにしながらもぼんやりと考える。

 

眠り姫(スリーピングビューティー)にて休眠している間も、アタシは夢を見続けた。

だから、きっと翼も夢を見ているのだろうが、それはどんな夢なのだろうか。

 

それはたとえば、防人としての責務?

それとも、アタシとの何気ない日常?

もしかしたら……共鳴との幸せな時間?

 

なんにしろ、それが翼にとっての悪夢で無い事を、ただ願う。

 

「醒めない悪夢は、つらいもんなぁ……」

 

アタシの悪夢は、今も醒めていない。

あの時、アタシは死を覚悟して望んで地獄に堕ちる為に歌を歌った。そこに後悔は無い。

けれど、生き延びた嬉しさと同居するのは、何も出来なくなった無力感だ。

 

━━━━この身体では、ツヴァイウイングとして歌を届ける事は出来ない。

 

思わず、胸に下がるガングニールのペンダントを見つめる。

何故、ガングニールが応えてくれないのか。

きっと、今までのアタシが燃え尽きたからだろう。そうおぼろげには分かっているけれど、ではどうすればいいのか?

 

「ねぇ、一人にしないで……」

 

思わずに呟いた、かつて胸に灯っていた歌の一節。

そんなアタシの届かぬ声は、誰に聴かれる事も無く、喧騒へと解けていった。

一人にしないでと、そう懇願する相手を思い浮かべぬようにしながら。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

リディアンの屋上で一人、考える。

奏さんから受け継いだ物、翼さんから託された事。

 

翼さんは言っていた。

『貴方の握る答え、いつかゆっくりと聞かせてちょうだい』と。

 

私の握る答え。それは間違いなくコレだと断言できる物がある。

『護りたい』のだ。未来との日常を、お兄ちゃんとの日々を。

けれど、このままでいいのだろうか?

護りたいという想いで握った筈の拳は、あっけなくノイズへの怒りへと変わってしまった。

 

━━━━変わってしまうというのはつまり、私の想いが弱くて脆いからなのだろうか?

 

「私……間違ってるのかなぁ。」

 

わからない。私の想いが正しいのかが。

この想いを、このまま貫いていいのだろうか?

悲しみを見たくないし、目を逸らしたくない。

 

けれど、鎧を纏ったあの子が言っていた言葉━━━━否定する為に拳を握る事。それを否定したいのに、否定しようとする言葉が紡げない。

 

「響?」

 

そんな風に思考が行き詰まる中で、声を掛けてくれたのは未来だった。

 

「あ……未来。どうしたの?」

 

「ん……響が最近、一人で居る事が増えたから、気になって。」

 

「そう、かな?そうでもないよ。私、一人じゃなんにも出来ないし……

 ホラ、この学校に入ったのもお兄ちゃんのお陰だし。家族のみんなにも迷惑掛からないかなぁって……」

 

そういって言い訳する私の手を、未来は隣に座って、何も言わずに握ってくれた。

 

「あ……やっぱり、未来には隠し事、出来ないね。うん……ボランティアの事。ちょっと考えてて。」

 

「……それは、お兄ちゃんが怪我した事?それとも……」

 

「ううん。お兄ちゃんは凄いんだ。決意をしっかりと握りしめてて。迷いなんて無いみたいに真っ直ぐで……

 私が悩んでるのは、私自身の事。だから、コレは私が答えを出さないといけない事なの。ごめんね……」

 

「……わかった。」

 

そう答えて、未来は立ち上がる。

 

「ありがとう、未来……」

 

「……あのね?響。どんなに悩んで、考えて、出した答えで一歩前進したとしても、響は響のままで居てね?」

 

「私の……まま?」

 

未来が告げて来た言葉に、思わず呆けてしまう。

 

「そう。変わってしまうんじゃなくて、響は響のまま成長するんだったら、私も、きっとお兄ちゃんも、それを応援する。

 ……だって、響の代わりなんて世界のどこにも居ないんだもの。居なくなってほしくないな。」

 

その言葉は、緒川さんや奏さんが伝えようとしてくれた言葉ときっと同じだと直観する。

 

「私、私のままでいいのかな……?」

 

けれど、私の口からこぼれたのはあの時の返答と違い、思わず出てしまった弱音。

 

「響は響のままじゃなきゃイヤだよ。」

 

そんな弱音にも、未来はしっかりと答えてくれる。

私は、私のままに━━━━

 

学校の隣に立つ病院を見やる。奏さんと、翼さんが居る場所。

きっと、私は私の答えを見つけます。だから、ちょっと待っててください。

そんな誓いを、そっと心の中で立てて、私は未来へと振り返る。

 

「ありがとう、未来。私、私のまま進んでいける気がする!!」

 

「ふふっ、なら良かった。

 ……そうだ、こと座流星群を動画で撮っておいたんだけど、見る?」

 

「えっ!?みるみる!!

 って……うーん?何も、見えないんだけど……?」

 

未来のスマホで見せてもらったその動画には、夜空が浮かぶばかりで、流れ星らしき物は見えなかった。

はて、未来が嘘を吐くとは思えないのだが……?

 

「うん……スマホだと光量不足みたいで……」

 

「ダメじゃん!!ぷっ……あはははは!!」

 

「ふふふっ」

 

なんでもない、そんな映像がとてもおかしくて、未来と二人で涙が出る程に笑いあう。

 

「おっかしいなぁ、もう……涙が止まらないよ。未来、今度こそはお兄ちゃんと三人で流れ星を見よう?」

 

「約束。次こそは護ってね?」

 

「うん!!」

 

 

 

未来と喋って、おぼろげにだけど、私のやりたい事が見つかった気がする。

確かに、ノイズは嫌いだ。コレは譲れないし、だからこそノイズ被害を出来るだけ減らしたい。

その怒りを拳と握れば、あの時のように私じゃない私が力を振るってくれるだろう。

 

━━━━けれど、私は私だ。立花響だ。

 

今の私じゃ足りない。けれど、私じゃなくなってもいけない。

私は私のまま、護りたい物をもっと護れるように強くなりたい!!

 

 

「たのもぉー!!」

 

その足で乗り込んだのは、風鳴のお屋敷。今までは特訓の際に訪れるだけだったが、今日この時からは違う。

 

「うおっ!?響くん!?どうしたんだねいったい……まるで道場破りみたいな声を出して。」

 

「師匠!!私に、戦い方を教えてください!!」

 

「……それは、キミ自身の答えかい?」

 

そう言って、私の意思を確認してくれる師匠は、やっぱりいい人だ。

二課の皆はとってもいい人ばかりで……だから。

 

「はい!!護る為に……私が護りたい物を護る為に、この拳を握りたいんです!!」

 

「……そうか。ならば、これからは今までの筋力トレーニングに加えて、拳法も教えるとしよう!!

 俺のやり方は厳しいぞ?」

 

「もちろん、望むところです!!」

 

━━━━こうして、私の特訓と訓練の日々が幕を上げたのだ。

 

 

ある時は功夫を積み、

 

「ホアチャー!!」

 

「違う!!もっと腹の底から、身体全体を揺らすように叫べ!!」

 

「ホォアチャァッ!!」

 

 

ある時は勁を徹し、

 

「勁を徹す感覚を身体に染みつけろ!!勁は摩訶不思議な力じゃない!!身体の中を通して発揮される『力の流れ』だ!!それを使いこなせなければ拳の威力はただ突き出した勢い任せでしかない!!」

 

「はいッ!!」

 

 

ある時は気の流れを読み、

 

「……マスターズ通信空手?師匠、なんですかコレ?」

 

「友人がくれた宝物……と言った所かな。ふっふっふ……コレを使えば、響くんもシェンロンの意を学ぶ事が出来るだろう……」

 

「しぇ、シェンロン!?なんて強そうな……!!」

 

 

ある時は思いっきり遊び、

 

「━━━━この闇を超えてェェェェ!!」

 

「最近の立花さん、力強くてとてもナイスですわ!!」

 

 

ある時は思いっきり食べ、

 

「おやおや、随分と食べてくれる子だねぇ……よーし、おばちゃん特製の大盛お好み焼きを出しちゃうよ!!」

 

「おばちゃーん、今やって……アレ?響達も来てたのか。」

 

「あ、お兄ちゃん。うん、皆で遊びに来た帰り。お兄ちゃんも今ご飯?」

 

「あー、箸が持ちづらいからさ。こういう固定しやすい物多めにしてんの。親戚だから割引効くし。」

 

「おやおや?トモちゃんてば、おばちゃんが見ない間にいつの間にか妹が増えたのかい?御本家の集まりじゃ見た事が無い子だけども……」

 

「前に話したでしょ?幼馴染の響と、未来。……この様子だと今後も入り浸りそうだから。ま、コンゴトモヨロシク。」

 

「はいはい。んじゃトモちゃんはいつも通りの大盛ね。ちゃんと代金払っていくんだよ?」

 

「お兄ちゃんってホント顔が広いよね……」

 

「はぐはぐ……美味しい!!」

 

「あーほら、青のりついてるぞ……ほら取れた。」

 

 

━━━━そして、二週間近くの時が経った。

 

 

「そうじゃない!!稲妻(いなづま)を喰らい、雷土(いかづち)を握りつぶすように打つんだ!!」

 

「言ってること、全然わかりません!!……でも、やってみます!!」

 

今まで師匠から教わった事を一つ一つ繋げていく。腰を低く下げて、踏み込みの力━━━━勁を身体の中を徹して拳へと伝える。

狙うのはただ一つ、『一撃必殺』の拳━━━━!!

 

「はァッ!!」

 

狙いすました拳がサンドバッグを吹き飛ばし、池の水を跳ねあがらせる。

 

「やった!!」

 

「ふっ……そろそろ、コッチもスイッチを入れないといけないか。」

 

それでも、やはり師匠の背は遠い。

技を習うようになって今までよりもずっとはっきり見えるようになった。

 

「……師匠は、すっごく強いですよね。」

 

「ん?あぁ、俺なりのやり方とはいえ鍛えてるからな。」

 

「……そこまでして、師匠が護りたい物がなんなのか。っていうのは、聴いてもいい事ですか?」

 

「護りたい物……か。それは当然、人の命だ。機密自体は割かしどうでもいい……というと流石に語弊があるが、俺の理念としては当然、機密保持よりも人命保護が優先される。

 その為に拳を握る意気地。それが俺の強さを支える物……と、言えるだろうな。」

 

「人の命……」

 

「あぁ。人は、可能性だ。生きている限り人はその輝きを発揮する事が出来る。と、俺は思っている。だから、喪われていい命など存在しないと信じているし、たとえ悪党であろうと和解か……或いは、妥協できるラインは存在するとも信じている。」

 

「……私、師匠が強い理由がちょっとわかった気がします。」

 

━━━━この人は、握った想いを貫くヒトだ。

折れず、曲がらず、真っ直ぐに。

まるで一本の槍のように貫き通す。

だから、強い。

 

「そうか。それなら良かった……響くんも、握った想いがあるのなら、それを貫くと良い。俺達二課はそれを全力を以てバックアップすると誓おう。」

 

「……はい!!」

 

私は、ううん。私達は人の縁に恵まれている。

そんなことを実感した私なのだった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、巨大な屋敷であった。

 

人工の池と、人工の崖。

かつての明治・大正期に、人すら避けての避暑地として建てられたこの西洋かぶれの別荘は、今や没落によりその所有者を喪い、海外の資産家が新たに買い直したのだという。

 

━━━━まぁ、要するにその資産家とは私の事なのだが。

 

『我々が譲渡したソロモンの杖(・・・・・)の起動実験はどうなっている?』

 

ふと、そんな横道に逸れていた思考を戻し、面倒な電話の相手へと言葉を返す。

 

『報告の通り、完全聖遺物の起動にはそれ相応のフォニックゲインが必要になってくるの。貴方たちも六年前の天の落とし子(・・・・・・)で学んだはずでしょう?そう簡単にはいかないわ。』

 

手慰みにノイズを召喚し、また戻す。

電話の相手へのうっぷん晴らしでしかないが、私の能力の限界を思えば割かし面白いものだ。

 

『くっ……いいだろう。ブラックアート……喪われた先史文明の技術において貴様の右に出る者は居ない。それは認めよう。だが……』

 

『えぇ。私達の関係はあくまでもギブ&テイク……私は聖遺物を起動して貴方たちに渡す。私はその起動実験のデータと、研究に必要な物を貰う。対等な立場なのだもの。

 ━━━━だからこそ、今日の鴨撃ち(・・・)も首尾よく頼むわね?』

 

『ふん……あくまでも対等と。そういうのならば、対等な報酬を要求したいものだ。』

 

『えぇ、もちろん理解しているわ。対等の立場の契約であれば裏切る必要もないもの。』

 

そういって電話を切る。

当然、電話の相手━━━━米国の聖遺物研究機関へ告げた言葉は嘘である。

最終的に勝つのは私だ。ならば、米国が倉庫に仕舞っているだけの聖遺物を貰った所で何の不都合もあるまい。

 

「粗野で下劣……産まれた国の品格そのままで辟易する。

 そんな男に、既に杖が起動している事を教える必要なんて無いわよね?クリス。」

 

そう言って、私はネフシュタンの浸食除去を続けているクリスの基へと向かう。

なんとまぁ、絶唱に阻まれるばかりか、浸食除去に二週間も掛けてしまうだなんて!!

 

「苦しい?可哀想なクリス……あなたがぐずぐずとするからこうなるのよ?おびき出された彼女をここまで連れてくるだけでよかったのに……

 手間取って空手で戻ってくるばかりか、レゾナンスギアの事にまで言及してしまうだなんて……」

 

本当に、使えない駒だ……

レゾナンスギアの詳細な性能にまで言及してしまった事で、二課内部に内通者が居る事まで悟られてしまった。

それでも、立花響の略取にさえ成功すればよかったというのに、あの忌々しい男に阻まれて風鳴翼の排除も不完全になる始末。

 

「これで……いいんだよな……?」

 

「なぁに?」

 

「あたしの望みをかなえるためには……お前に、従っていればいいんだよな……?」

 

あぁ、本当に。使えない駒だ。

駒風情が口答えするなんて。

 

「そうよ。だからあなたは私の総てを受け入れなさい。

 ……でないと、嫌いになっちゃうわよ?」

 

━━━━ネフシュタンの鎧は、所有者を浸食する。

その浸食を除去する為に、クリスへと電流を流す。

ネフシュタンに浸食されきったモノがどうなるのかは……まぁ、起動前のネフシュタンの鎧を見れば分かる。

コイツ(・・・)はそれによって脱皮による新生と、冬眠による永続を象徴しているのだ。

圧倒的な強度と無限再生という、永劫を生きるに相応しい最強の鎧であるネフシュタンの、唯一の欠点がソレだ。

立花響を狙う理由も、その全ては融合症例(・・・・)という特異点によってこのじゃじゃ馬を御す為にある。

 

カ・ディンギル(・・・・・・・)の砲塔こそ完成したものの、それを発射する為に必要不可欠な強大なエネルギー源は未だ確保出来ていない。

今日の鴨撃ちの結果、最終的に得られるだろうデュランダルさえあれば、後はそれをクリスのフォニックゲインで以て時間を掛けて起動し、カ・ディンギルへと舞い戻るだけでいいのだが……

 

「ああああああああ!!」

 

「可愛いわよ、クリス……私だけが貴方を愛してあげられる……」

 

電流を一時止め、クリスへと『たった一つの冴えたやり方』を刷り込んでゆく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「覚えておいてね、クリス……痛みだけが人の心を繋いで絆と結ぶ……この残酷な世界の真実だという事を……大丈夫よ。私はあなたの穢れ(・・・・・)さえ受け入れるもの……」

 

私が掛ける言葉に、クリスが身構えるのが分かる。それはそうであろう。彼女の心の傷を的確に抉る言葉を選んで掛けているのだから。

私にとっては小娘が初物であるかどうかなどどうでもいいし、診断の結果では厄介な病気をもらっても居なかったので気にしては居ないが……この国の、いや、一般的な倫理観に照らし合わせればそうそう受け入れられる物では無いだろう。

 

「さ、一緒に食事にしましょうね?」

 

「……うん。」

 

一緒の食事という飴に簡単に釣られて笑うクリスが愛おしくて、ついまたも電流を流してしまう。

 

「ああああああああ!!」

 

電流を流し、クリスの悲鳴を楽しむ中で考えるのは、あの忌々しい天津という男についてである。

 

━━━━よりにもよって、あの臆病者共(・・・・)の子孫が、この私の計画を邪魔しようと言うのか。

 

皮肉だとすればあまりにも趣味が悪い。奴等が今もなお腐った性根のまま無様にも遺跡(・・)にて生き延びて居るのかは分からないが、まぁカ・ディンギルが起動しさえすればどうでも良くなる事だ。

それに、今はレゾナンスギアの改修と手の怪我であの男は動けない。ならば、デュランダルと共に立花響を奪ってしまえば……ふふふ、その時にはあの男はどれほど絶望するだろうか?

 

あぁ、今からそれが楽しみだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁー……朝からハードだったよ……」

 

「はっはっは、頼んだぞ、未来のチャンピオン!!」

 

朝のトレーニングを終え、司令室に戻ってきた響と小父さんは、そう言ってゆったりと休んでいた。

 

「はい、ご苦労様。」

 

「おほー!!すいません!!」

 

そんな響に、友里さんがスポーツドリンクを渡していた。ちゃんといい感じの温度らしい。中々凄い技量だ……と思わず感心する。

 

「んぐ、んぐ……ぷはっ……

 あのー、自分でやると決めたのにこんなことを言うと申し訳ないんですけど、何もうら若き少年少女に頼らなくても、ノイズを倒せる兵器というのは無いんですか?外国とか……」

 

「公式には、無いな。日本だって、シンフォギアシステムに関しては最高機密扱いで完全非公開だ。」

 

「……勿論、俺の使うアメノツムギみたいに、起動した聖遺物であればノイズを攻撃する事は可能だ。だが、聖遺物以外の場所で触れた瞬間……そんなわけであまりにも荒唐無稽だからな。真面目にノイズ対策に聖遺物を使ってるところなんざ此処くらいだろうさ。」

 

「なるほど……って、私そういうの気にしないでバカスカやっちゃった気が……」

 

「そういう場合の後片付け……情報封鎖も、私達二課の仕事だから。安心……とはいかないまでも、立花さんが深く気にする必要は無いわ。」

 

友里さんのその言葉にうんうんと頷く俺と小父さん。

人の命が護れるならまぁ、金なんて割かしどうでもいいのだ。

 

「……けど、そうやって無理を通して来た部分があって、今じゃ上層部━━━━閣僚や省庁からは嫌われまくってるからね。

 影じゃ『特異災害対策機動部二課』を縮めて『特機部二(とっきぶつ)』なんて呼び方までされてる始末……」

 

「情報封鎖は政府上層部の方針だっていうのに……ホント、やりきれない。」

 

「……まぁ、仕方ない部分はあるでしょうね。対ノイズ戦力として鉄壁の防御力を誇るシンフォギアですが、それ以上に問題なのは『装者さえ居れば半永久的にエネルギーを生成できる』という性質です。

 ……しかも、最近じゃ了子さんがフォニックゲインの電力変換なんて言う戦争が起こりかねない超技術を発明しちゃいましたし……エネルギー問題が叫ばれる昨今の時代にシンフォギアの存在をつまびらかにするのは、外交的にあまりにも危険かと。」

 

「……だろうね。我が国は資源に乏しい。海底資源の掘削で多少は持ち直しているけれど、そもそもの話、前大戦において我が国が米国に喧嘩を売るハメになった理由の一つにブロック経済による輸入の停止━━━━いわゆるABCD包囲網が関わっている。というのも有名な話だ。

 今でも、経済制裁による輸入停止なんて事になったら日本は立ち行かなくなってしまうだろう。」

 

どこの国に持ち込んでも危険な匂いしかしない超技術。それがシンフォギアなのだ。

無限なんて、人類にはまだ早すぎる。

 

「だからこそ米国やEU、そして中国は強固に圧力を掛けてくるワケね……シンフォギアシステム自体、既存の技術系譜から外れた、まさしく異端の技術だから……」

 

「シンフォギアシステムさえ手に入れれば、世界の覇権へと駒を進める……なんて事も夢幻では無いですからね……シンフォギアシステム唯一の欠点を突ける反応兵器を山ほど保有してるらしい米国が躍起になるのも頷けます。」

 

「シンフォギアの欠点?なんなのそれ?」

 

「簡単だよ、響。装者は歌によってフォニックゲインを生成する。つまり『フォニックゲインを形成出来なくなればシンフォギアは纏えない』んだ。つまり、ギアを纏ったまま食事や水分補給をする事はほぼ不可能であり……土壌そのものを汚染する反応兵器によって所属する国家が焼き払われてしまえば補給が出来ずに干上がってしまう。というワケさ。勿論、こうならないように各国は反応兵器の禁止条約を以て抑止兵器としての運用に留めているんだけどね……」

 

「そんな……酷い……」

 

「……まぁ、シンフォギアを含めても、そういう異端技術は国家間のバランスを崩しかねない。という事だけ覚えてもらえれば大丈夫だよ。それに、そういう状況に陥らせない為の俺達二課なんだから。」

 

「……考えたくないなぁ、そんな状況……アレ?そういえば、こういうお話の時に嬉々として出て来そうな了子さんと鳴弥さんは?」

 

ふと、そこでようやく気付いたかのように響が問う。まぁ、仕方のない事だ。了子さんと母さんなら、こういう時にはスッと出て来ただろう事は想像に難くない。

 

「永田町さ。ついでに言えば、鳴弥くんは別件で動いてもらっていてね。」

 

「永田町?」

 

「あぁ、政府のお偉いさんに呼び出されていてね……この前から続いているハッキングの痕跡に、デュランダルを狙っていると思しきノイズの異常発生……二課本部はそんな妨害では落とせない。という事を説明しに行っているというワケさ。」

 

「ホント……何もかもがややこしいんですね……」

 

「ルールをややこしくするのはいつも責任を取ろうとしない連中なんだが、広木防衛大臣はどちらかといえば……ん?そういえば、了子くんの帰りが遅いな……友里くん、了子くんに連絡を取ってもらえるか?」

 

「あっ、はい!!」

 

ふと気づいた時には、時刻はもう夕暮れも迫っている。

確かに、説明をするだけなら一日掛かりとはならないだろう。

 

「しかし……広木防衛大臣か……前の任期の時に何度か我が家で警護させてもらいましたね。一本気の徹った、強い人です。」

 

「あぁ、俺もそう思っている。彼は以前からシンフォギアの軍事運用や無制限な血税投入と言った推進派の意見をバッタバッタと薙ぎ倒しているからな。我々二課とは対峙こそすれ、良き理解者だとも。」

 

「おかしいですね……了子さんの端末にコールしてるんですが、通じません。」

 

「なに?」

 

「もしかして、偉い人の前だから電源切ってそのまんまとか……」

 

「むぅ……了子くんに限ってそんな常識的な事は無いと思うのだが……」

 

そこでやらなそう、と判断される辺りが日ごろの行いという奴であろうか。

そんな風にボンヤリと考えていた俺達の基にその衝撃的な情報が届いたのは、それから一時間としないうちであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ハッハッハ!!電話一本で予定を反故にされてしまうとはな!!まったく、野放図な連中だ。」

 

そう言いながらも、口元に笑みが浮かぶのを抑えられない。

確かに、今回の説明会はほぼほぼが対外的な理由で開催されたという経緯があり、なおかつ彼女━━━━櫻井了子が作ったシステムに破綻が無い事など、これまでの一ヶ月半で既に証明されている事だ。

であれば、いたずらに手の内を晒すだけ……とも取れる今回の説明をすっ飛ばす。というのも二課としてはアリなのであろう。

 

「旧陸軍由来の特務機関とはいえ……いくら何でも野放しが過ぎるのでは無いですか?」

 

秘書の青年がそう忠言してくる。確かに、幾らなんでも今回の件はやり過ぎだ。今までは対外的なポーズにはキッチリと応じて来ただけに、多少の違和感はある。

だが━━━━

 

「それでも、特異災害たるノイズに対抗しうる唯一無二の切り札だ。彼等の好き勝手に理屈を付けてやったり、さりげなくサポートしてやったり……そういうのも、私にとっての『防衛』なのだよ。」

 

「『特機部二』とはよく言った物で……」

 

「まったくその通りだな。誰が呼んだか知らないが、いいネーミングじゃないか。ハッハッハ!!」

 

高架下のトンネルへと入る車の中、思うのは二課に所属する少年の事。

はて、彼も今年で十七にもなっただろうか。

かつて、今の内閣よりも以前に防衛大臣を務めた頃、天津家に警護を依頼した事が何度かある。米国や中国からの略取・暗殺の手は緩んでは居ない。

特に、私の場合は明確に日本単独での国防方針を打ち出している為余計に狙われている。

そんな中、私を幾度となく護り切った男こそが天津家先代当主・天津共行であり、彼の家族とも多少なりとて交流はあった。

 

(そんな彼が、シンフォギアと轡を並べて戦っているとは……運命の皮肉、だろうか。)

 

少年少女に日本の未来を預けるなど、防衛大臣としては臍を嚙む想いなのだが、先ほど秘書に言った通り、ノイズに対抗出来るのはシンフォギアとレゾナンスギアを於いて他に無い。

 

(願わくば……彼の行く末に幸多からん事を、願おう。)

 

三年前に共行氏がMIAになったと聞いた時は、私を含めて国内の政治家の間にまで動揺が走ったのだから相当なものだ。

彼はそれを乗り越えて強くなったと聞いている。だが、それでもたった十七の少年なのだ。

本来であれば、こんな国家間の闘争に巻き込まれるべきでは無い。だからこそ、彼の幸福を一人願った。

 

━━━━奴等が襲ってきたのは、そんな瞬間だった。

 

「うわッ!?」

 

まず感じたのは衝撃。急停車……いや、衝突……!!襲撃か!!と思考は走るが、老いた身体はそれに付いていけない。

 

「ぐぁ!!」

 

「ぎゃっ!?」

 

「ガッ!?」

 

護衛達が次々と殺されて行く。銃声の量からして、敵は一個小隊のAR持ちと見ていいだろう。間違いなく、特殊部隊だ。

 

「ぐっ……」

 

だからこそ、渡すわけにはいかないと、既に頭を撃ち抜かれて死んでいる秘書の青年が持っているケースへと手を伸ばし……

 

「がぁッ!!」

 

手を焼かれた。放熱によって熱くなった銃口が押し付けられる。

 

『失礼。広木防衛大臣とお見受けしますが?』

 

「米国……!!」

 

煽るかのように、わざとらしく英語で喋りかけてくる特殊部隊の男。

あぁ、私は殺されるのか。ここまで手札を切った以上、私を生かして帰す理由が彼等には無い。

そんな、今際の際に思うのはただ一つの事。

 

━━━━二課の諸君よ、どうかこの国を奴等の魔の手から守り切ってくれ。

 

そして、私の意識は、とけて、きえて




鳴り響くのは、転換の時を示す砲火の音。
女は嗤う。人よ、我が手の内で踊れと。
少女は決意を新たに握り、鍛えた技で立ち向かう。
黄金の剣は、未だ揺籃の夢より目覚めず。

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